夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
いつも誤字修正の報告、並びに多くの感想を送って頂きありがとうございます。
大変励みとさせて頂いております。
20話を過ぎても尚、ブルアカ原作本編に入っていないにも関わらず、多くの方々に読んでいただき感謝申し上げます。
ところで、ここんとこ甘い話ばかりでしたので、たまには苦味のある話でも如何でしょうか。
栢間エスミがトリニティ総合学園に進学して、今年で既に2年。
またこのブルアカ世界に生を受けて早くも16年の歳月が経ち、前世では〝男〟だった人格はこの長い年月の経過でほぼ完全に消え去り、かろうじて過去の記憶だけを受け継いでいる状態の今、気付けばエスミは随分とこの世界に順応していました。
「……頭上に浮かぶヘイロー……銃弾をものともしない頑丈な身体……当たり前に所有している銃器……本当、随分と異質な世界だよねここは」
ゴトンッ、と鈍い音を立てて愛銃の【ニキ】と【炎の人】の2丁を机に置いた彼女は、大きく背伸びをしながら部屋の窓へと近づきます。そして窓の外に広がるトリニティ総合学園の光景に目を細め、静かに壁際に背中を預けるとゆっくりと窓に手を指し伸ばします。
「……目は魂の窓である……」
固く冷たい窓ガラスに触れた途端、エスミは前世で実在した画家【レオナルド・ダ・ヴィンチ】の名言を口にしました。観察力に優れ、頭脳明晰で芸術だけではなく発明にも秀でた天才芸術家。エスミのような美術オタクはもちろん、美術に興味のない人でも一度は必ず聞いたことがある世界で最も名が知られた人物。その彼が言ったとされる非常に短い一言、いわゆる名言というやつです。
もっとも彼が言ったとされる名言は他にも沢山ある訳ですが、芸術家としての一番の基礎とも言える〝観察力〟を重視していると捉えれば、むしろ的を射た言葉と言えるでしょう。
「良い言葉だね」
するとエスミがふと口にした言葉に対し、背後から感想が飛んできました。
エスミは苦笑して息を吐き、後ろを振り返ります。そこには大きなベッドに横たわる百合園セイアの姿がありました。
「……良い言葉? むしろ私のような癖の強い芸術家にはありきたりな内容に思えるけどね」
「もちろん誰もがその言葉を口にした所で様になるとは思えないさ。他でもないエスミ姐が言うからこそ意味がある。何せ私はあまり美術には疎い……だからこそ、静物や風景を目にして独特の世界観を構築してみせる君の芸術家としての手腕が業界ではどれほど凄いのかは正直分からないんだ。だけど、ただ物事を〝視る〟だけでは生み出すことの出来ない境地なのは察しが付く」
エスミは小さく笑って少女に対し顔を斜めに傾けます。
「百合園がそう口にするなんて意外だね。もしかして、君も美術に興味が湧いたの?」
「まさか……私は、絵を描いているエスミ姐の姿を見るだけで美術は十分さ」
「そう。楽しいのに勿体ない」
「……人は本来、結果を得るまで苦労と時間だけを消費する行為に楽しみを見出すことは出来ない。目的地までただひたすら歩き続けるという行動に対し普通は楽しみを感じるかい? 大半の人は労力を費やすその行動に需要が無いと悟り、より便利な手段を考案し手にするはずだ…………だけどそんな大衆のごく一部に、その過程を楽しみ嬉々として挑む者がいる…………つまるところ美術における私の立場は前者で、エスミ姐の場合は制作と結果に楽しみと喜びを見出す後者という事になる」
「なるほど。随分と難解な言葉を百合園は使っているけど、ようは今後も美術に対して興味を持つことは無いって事だね? フフッ、それならそうと素直に言えば良いのに」
肩をすくめて窓から離れたエスミは静かな足取りでセイアの下へと向かいます。その行動に『美術には労力を費やす価値が無い』と遠回しに言われた事に対するエスミの僅かばかりの〝不快感〟を感じ取ったセイアは慌てて言葉を返しました。
「その……君に不快感を与えるつもりはなかったんだが、むしろ美術を愛する君に対して選んだ言葉が失礼過ぎた……すまない、エスミ姐」
「謝る必要はないよ。トリニティ自治区は芸術がかなり盛んな方だけど、生憎と他の自治区はそうでも無い。百合園みたいに美術に無関心な生徒はこの学園にもかなりいる訳だし、失礼なことを口にしたからと言ってそんな酷く落ち込むことは無いから。そもそも百合園の美術に対する考えが知ることが出来て良かったしね」
「…………ありがとう。君はいつだって私の心を救ってくれる」
セイアは苦笑と共に感謝の言葉を零すと、突然上体を起こしてもぞもぞとベッドの上で動き出しました。対して彼女の傍まで近寄っていたエスミはその光景に眉をひそめます。
「……百合園。何をしてるの?」
「最近のエスミ姐は疲れているようだからね。せっかく介護の為とはいえ私の部屋に来てくれたんだ。休憩がてらに一緒に昼寝でもしよう…………ほら、君が寝る場所を空けておいたよ」
「……いや、有難いけどそれは無理だからね?」
溜息を吐くと共に近場の椅子を取り寄せ、それに真っ先に座るエスミ。それを見てエスミが横になれるようにとベッドのスペースを空けていたセイアは不服そうに片眉を上げますが、あえて不満の言葉は口にはせず黙って彼女を見つめました。
「そもそも、百合園は私が疲れているなんて一体何を見て判断したの? これでも人に弱みは見せないように平静を装った立ち振る舞いは身に着けているつもりだけど」
「救護騎士団に所属している同学年のミネが教えてくれたよ。最近のエスミ姐は睡眠と食事が随分と減っていて体重が落ちてる、とね。それにこれはサンクトゥス分派の生徒から聞いた話ではあるけど、シスターフッドとの商談で色々と毎日が多忙だったとか……能力のせいで寝たきりな私が言えた話では無いだろうけど、君はもっと自分の身体を大事にした方が良い」
「ああ、なるほど蒼森が…………そういえば君の体調に関する往診は救護騎士団が担当していたね。はぁ……一応言っておくけど、製作に没頭して私が食事を疎かにするのは何も今回が初めてでは無いからね。睡眠は休日にしっかりと取っているし、食事の方もなるべく近いうちに直すつもり。今はただ……体調を管理する暇が無いだけだから」
「という事は今の君は物凄く疲れている。そうだろう?」
「肉体はそうでもないよ」
「肉体は違う……つまり精神的な疲れというわけか。ならエスミ姐に普段世話になっている分、私からも何か手伝わせてほしい。その為にもほら、まずは横になろうじゃないか。君と一緒なら私も良い夢を見れるだろうし、何より抱擁はストレスの軽減に最適と言ったのは君だろう?」
ポンポンと袖口が余っている腕でベッドを優しく叩きだすセイア。
まるで幼女みたいな動きをする彼女に対してエスミは目を細めて『はしたないから止めなさい』と口にし、仕方ないといった様子で椅子から移動すると今度は彼女のベッドの端に腰掛けました。
「…………寝ないのかい?」
「しないよ。人のベッドで寝るなんて、普通は許可を貰ったとしても誰だって戸惑うから」
「私は気にしない」
「君はね。私は違う」
「なら君はベッドの端に座っているだけで精神的な疲れが取れると本気で思っているのかい? 私に対して『無理して動くぐらいなら横になれ』と口うるさく言っている割には随分と説得力に欠けるじゃないか」
「百合園は病人だからだよ。君と違って私の身体は一部を除いて至って健康だし、少し疲労が貯まったぐらいで大袈裟すぎ――てっ、ちょっ!?」
エスミの言い訳にも等しい言葉の羅列は、唐突にセイアが彼女を押し倒してきたことで中断されました。ふかふかな枕に頭を押し付けられ、足だけがベッドの外にはみ出ている状況下で更に身動きが出来ないようセイアが跨ってきます。
「……これは」
「隙を見せたねエスミ姐。もっとも、相手が病人だからといって油断した君が悪い訳だけど」
気付けば彼女との顔の距離はわずか30センチ足らず。いつもは眠たげな目つきをしているくせに、今のセイアは普段とは違い、覚醒した鋭い瞳を真下にいるエスミに向けていました。
一方でエスミは彼女から向けられる鋭い視線を一暼した後、ただ冷静に口を開きます。
「……驚いた。君に人を押し倒す趣味があったなんてね」
「エスミ姐が相手だからさ。君以外に同じことをしようとは思わない」
セイアの袖口の余った腕がエスミの顔の両脇に置かれ、加えて彼女の綺麗で長い金色の髪がエスミの胸や首元に向かって多く垂れ下がっています。まるで髪の滝だな、とエスミは呑気に内心で思いました。
その瞬間、エスミの顔を見つめていたセイアが何かに気付いたように声を上げます。
「…………やっぱり、目の下に隈がある。睡眠不足はかなり深刻のようだね」
「こんな間近で見ておいて今更気付いたの?」
「エスミ姐が常に綺麗だからこの瞬間まで気付かなかったのさ。私はこれまでずっと、君の顔に見惚れていた訳だからね」
「っ!?」
「……おや、少し耳が赤くなっているみたいだ。もしかしてエスミ姐……間近での口説きには慣れていないのかい? なるほど、これは意外だ。周囲から常に羨望の目を向けられている君にこんな可愛らしい一面があったとはね」
すりすりと袖口で耳を弄りながら微笑を浮かべるセイアに対し、エスミは目を強く細めて睨み返しますが状況を鑑みればセイアに押し倒され身動きを封じられているエスミが圧倒的に不利です。
無論、無理をすればなんとか拘束から逃れる事は十分可能でしょう。しかしセイアは病弱で身体が弱く、下手に暴れれば最悪怪我を与えてしまうかもしれません。
しかし、流石にこの恥ずかしい状況が長引くのはごめんです。
「百合園……私を普通に寝かせる気はないの? それともこのまま襲うつもり?」
ぐいっ、と彼女の手から逃れるようにして顔を背けたエスミは苛立ちを隠しながらも言葉を投げます。するとその言葉を聞いたセイアは目を何度か見開くと、突如として手の動きを止めて彼女の胸に顔をうずめました。
それと同時に先ほどまで四つん這いの姿勢でエスミに跨っていたセイアでしたが、こちらも力を無くしたかのように脱力して全身で彼女にもたれかかります。ちなみに一見か弱い病弱少女とはいえそれなりにある体重がエスミの身体全体に伝わってきます。
「……大丈夫?」
一方で、つい先ほどまで意気揚々と自分をからかい弄り倒していたセイアの突然の変わり様にエスミが不安を抱かないはずがなく、ポンッとその小さな頭に手を乗せて身を案ずるようにして声をかけました。
「もしかして、体調が悪化したの?」
予知夢という能力の副作用が原因とはいえ、セイアが情緒不安定になりがちなのは何も今に始まった話ではありません。それを宥めるのはいつだってエスミの仕事であった為、少女の頭と背中を撫でながら気を遣います。
ですがそんなエスミの不安な態度に対し、割と平然とした顔をセイアは向けて来ました。
「……ん? 体調?…………ああ、いやそうでは無いんだ。君が言うように元は寝かせるつもりでベッドに押し倒したことに気付いてね。本来の目的のために途中で君をからかうのを止めただけさ」
「なんだ、そういうこと……心配するんじゃなかった……」
「おや、もしかしてエスミ姐は私の身を心配してくれていたのかい?……それとも私が君に手を出すのを心の底では期待でもしていたのかな? どうやら見た目に反して情事に興味津々の様だね。まあこんな恵まれた身体を持っているのだから、周りからそういう目で見られてきた事も一度や二度では無いだろうけど」
ふにゅんっ、とかなり柔らかい胸の弾力に顔を埋めたセイアは再びからかうようにして口を開いてきました。その心地よさそうな笑みを見るに、どうやら体調に問題が無いのは事実のようで本当にただ寝るためだけに力を抜いてエスミにもたれかかったのでしょう。
「……まったく」
しかしながら、これでも彼女の身を本気で案じていたエスミとしては笑い飛ばせるような冗談ではありません。彼女は先ほどまでセイアの頭を優しく撫でていた手を握り拳に切り替えると、勢いよくその頭上に振り下ろすのでした。
「いたっ」
「人の善意を揶揄うんじゃない。これでも心臓が驚いたんだから……」
「ふむ、どれどれ……うーん。いや、エスミ姐の心臓の鼓動はかなり落ち着いているね。むしろリズムが一定だ。君の心臓は無事だ。安心すると良い」
「何さり気なく人の胸の鼓動を聞いてるの……あと、そう強く獣耳を押し付けなくて良いから。十分聞こえるでしょ。それにもぞもぞと動いてなんか少し……くすぐったい」
ピコピコと獣耳を動かすセイアは『このぐらい良いじゃないか』と返すと、あろう事か瞼を閉じて睡眠モードへと移行してしまいました。
「……君の匂いに包まれると心が落ち着くね……それに……何だか、眠く…………なって……」
「……えっ、ちょっと百合園?」
しかもエスミに抱き着いたことでかなり気が緩んだのか、または元々眠かったのか、言葉を言い終えるよりも前にあっという間に寝息を立てる始末。
結果としてエスミの身体をクッション代わりにして熟睡するセイアの姿がそこにはありました。
「……はぁ」
さて、抜け出そうにも百合園セイアという重しが身体に乗っている以上それが不可能となったエスミは酷く疲れた溜息を吐くと、こちらも近頃の睡眠不足がここに来て影響を及ぼし始めました。
何しろ病人であるセイアが不自由なく寝るためにと用意されたふかふかのベッドで絶賛横たわっているのです。部屋の窓から差し込む暖かい日の光と、かつセイアから漂う心地の良い匂いも合わさり、逃げるよりも前に睡魔が勝利の旗を掲げようとしています。
いえ、実を言えば今すぐにでも眠りに入りたい所なのですが、彼女の中にある僅かな抵抗心がそれを防ごうと躍起になっていました。しかし気になる勝敗の結果はほぼ目に見えているため、どうにかこうにかと彼女は現実逃避を始めます。
「……そういえば、前にも似たような事があった気がするような……?」
思い返してみれば、去年いきなり部屋に押しかけて来たミカとは成り行きで添い寝をしたはずです。他にも豪雨の中救ってくれたナギサとも添い寝(彼女の誕生日を含めると計2回も) をしていますし、これでエスミは遂に原作のティーパーティーキャラ全員と寝た事になります。
プレイボーイならぬプレイガール過ぎて流石に自分でもドン引きしてしまうような現状でした。
(大丈夫かな、私……ブルアカキャラと添い寝するなんて展開、これ相当原作に悪影響を与えていたりしないよね?…………というより、セイアってこんなにも庇護欲をかき立てられるようなキャラだったかな……前世の私の記憶違い?)
等しくキャラ全員を推していたエスミの前世ではまず抱く事がなかった庇護欲というもの。
果たしてブルアカ世界で〝女〟として生まれたが故に抱いた特別な感情なのか、それとも卒業したツクスとの約束を守り彼女を世話していく最中で突然芽生えただけの感情なのか、正直言ってどちらなのかは不明です。
とはいえ現時点で分かっているのは、思ったよりもエスミは原作キャラとの関係性が深くなりつつあるという事でした。美術好きとして芸術に特化しているワイルドハンドではなく生まれ育った自治区のトリニティ総合学園に進学した以上、ブルアカキャラである彼女たちとの関わりは極力避けられないと覚悟していたとはいえ、些かこの状況は予想外です。
「……卒業まで残り1年、か…………無事に卒業出来ると良いけど」
来年にはもう〝未来の2年生組〟も入学してきます。となれば今まで以上にネームドキャラとの関わりが増えることでしょう。
常に逃げ続けるにしても流石に限度があります。
可能なら今のナギサ達の世代だけで関係性を留めておきたい。そんな現状を鑑みるにあまり叶いそうにも無い希望を抱く彼女は、無意識にセイアの背中に手を伸ばして抱きしめると、いよいよ勝利の旗を掲げ始めた睡魔に従い自身もセイアと共に夢の世界へと旅立つのでした。
「……どこにも……行かないでくれ……エスミ姐……君は……どこに……」
しかし、夢の旅に出てしまった彼女は聞き逃しました。
無意識に予知夢か悪夢でも見てしまっているのか、本来ならその〝世界〟に存在しないエスミの姿を求めて苦悶の表情を浮かべるセイアの悲痛な声を……その額に不安からくる緊張の汗が浮かんでいるのを、穏やかな寝息を立て始めたエスミは全く気付く事はありませんでした。
このか弱い少女が今、悪夢を見ているとも知らずに……。
《1-2》
今度こそ、良い夢を見ることが出来る……と数時間前の私はそう信じていた。
いや〝現世の私〟が、と称した方が良いのかもしれない。
どちらにしろ、敬愛する彼女が傍にいれば嫌な未来も辛い過去も見せてくるこの最悪な夢に抗う事が出来ると前までの私はそう高を括っていた。
私、百合園セイアにとって彼女……栢間エスミは特別だ。
私の不安定な感情を抑制し、むしろプラス思考に働かせるのが絶妙に上手い美術だけを愛する不思議な人。彼女の口から出てくる言葉、知識、感情。その全てが私の心を震わせ、喜びと興奮を与えてくれる。
今更この気持ちを隠すことはしない、この際だから打ち明けよう。
私は彼女に惚れている……それも心の底から。もはや彼女の虜になっている、とも言えるだろう。
だけどこれは恋愛感情ではなく、あくまでも独占欲が強いだけの単なる家族愛だ。
まあ、そうは言っても別に私と彼女との間に血縁関係はない。完全に赤の他人だ。小柄で病弱な私と、強靭で恵まれた身体を持つ彼女とを比べれば一目瞭然だろう。
だけど人と言うのは時に、実の家族以上の繋がりを周りに求めることがある。遺伝子情報や血縁、伝統によって形成される家族の団結は確かに強固なものだ。
しかし人の歴史というのは何も家族との団結だけで築き上げてきたものでは無い。師弟や主従、王や忠臣、上司と部下……生い立ちも経歴も違う者同士が結ばれ、または片方を敬愛し続けることで私達人類は長い歴史を積み上げて来た。
実の家族以上に互いを信頼し団結する……これも1つの家族愛と呼べないだろうか?
ふむ、話が逸れてしまったね。
再び繰り返すようだけど私は確かにエスミ姐が好きだ。心の底から大好きさ。もはや家族以上恋人未満の愛を向けているとさえ言っても良い。未来予知の使用で情緒不安定になりがちな私を時に支え、時には鼓舞して立ち直らせてくれる。
まさに妹を導きながら常に手を差し伸べる姉のような人だ。
だからこそ私は彼女を深く敬愛し、〝エスミ姐〟と敬意を込めて呼んでいる。
勿論これは私に対して慈愛以外の愛を向けてくれない彼女に対する、些細な悪あがきとも言えるだろう。
彼女はどうも恋人はおろか信の置ける友人すら築こうとしない。おかげで誰かの特別な存在になるという不安は無くなる訳だけど、逆を言えばそれは私の特別にもなってくれない事を意味する。
でもそれでも良い。いや、それで良いんだ……彼女が傍にさえいてくれれば私は普通の学生、ただの百合園セイアでいられる。
エスミ姐がいる世界こそ現実であり真実。
彼女のいない世界は単なる夢だ。無駄にリアルで正確性に長けた、不吉な夢なのだと……彼女と共にいれば不安は消し飛ぶに違いない。
だが現実はそう甘くは無かった。
「ああ……最悪だね」
私は今、夢を見ている。それも相も変わらず例の予知夢だ。避けようのない未来を視ることが出来る不吉な夢……。
「今回はなんの夢だろうか……?」
予知夢とは言うけど、これを夢と断定出来る判断材料はハッキリ言って皆無に等しい。
あくまでも今日に至るまでの経験と、ただエスミ姐の存在有無によって見分けているだけだ。もちろん先ほどまで彼女の胸に顔をうずめていた事を明確に記憶している以上、見知らない場所に突然立っているとなれば嫌でも気づく。
だけど私の目を通して脳に入ってくるこの景色や空間は紛れもなく現実に近い。人は情報の大部分をこの〝目〟を通すことで手に入れるからこそ、現実に限りなく近い予知夢は時として私の感覚と意識を大きく混乱させる。正にエスミ姐が口にした『目とは魂の窓である』を正確に表していると言えるだろう。
今回もまた私はこの夢を、魂を通して視ることになる。
「ここは……病院? 学園の施設では無いみたいだね」
少し視線を周囲に向けてみる。
分かってはいたけど、向けたところで全く見覚えのない景色が広がっている。
建物の構造、そして通路の造りや周囲に点在する備品を見る限りどうやらここは病院らしい。だけどトリニティ総合学園の救護騎士団が本部としている施設では無いみたいだ。つまりはこの施設があるのは学園外……もしくはトリニティ自治区内にある大病院なのかもしれない。
ふと、何かに引っ張られるようにして意識を通路へと向けた。
すると向こうから青ざめた表情をしている生徒が数名私の下へやって来た。とはいえ今の私は出来事を俯瞰視点で眺める霊体のようなもの。彼女たちが私の存在に気付く事はまず無い。
言い換えれば、彼女たちが向かう先は私の〝下〟ではなくて私の〝背後〟にある部屋なのだろう。丁度、私はある病室の前にいる。この部屋の中に彼女たちが会いたい患者がいるのかもしれない。
しかし扉近くにある病室のネームプレートにはその肝心の患者の名が無かった……妙だね。
「……あれは」
そんな疑問を抱いた直後だった。
この病室を目的地に通路の向こうから姿を現した例の生徒達。ようやく誰なのか顔が見える距離まで近づいてきた時、私は彼女たちの正体に気付いた。
「……ナギサ……チェリ……それと彼女は確か、パテル派の聖園ミカ?」
ティーパーティーの三大派閥、フィリウス分派に所属している桐藤ナギサと小樽チェリ。
2人とも私が敬愛しているエスミ姐とは顔馴染みとあってか、それなりに深い関係を築いている。
片方はエスミ姐に美術の才能を見出したご令嬢。もう片方は画家であるエスミ姐の唯一の愛弟子。どちらも私とは違った特別な関係性をあのエスミ姐との間で築いた猛者、いわば恋敵とも言える。
だけど残る一人だけは詳細が分からなかった。
聖園ミカ。
パテル分派に籍を置くティーパーティーの一員。聞いた話だとナギサとは幼馴染らしい。
でもそれだけだ。エスミ姐とはナギサとの縁で交流があるとだけしか本人の口からは聞かされていないし、彼女たちのように他者とは違う関係性をエスミ姐との間に築いている訳でも無い。それに私自身、彼女とはそれなりに面識がない。
分からない。そんな彼女たちが何故、3人揃ってこの病室にやって来るのか。
そしてこの先の部屋の中に誰がいるのか。
だが次第に深まっていく私の疑問を無視するようにして、彼女たちは互いに目配せをするとナギサが率先して病室の扉を開けた。緊迫した様子だった。
その瞬間だった。突然場面が切り替わるようにして私は病室の中へといつの間にか移動していた。
「…………え?」
そして私は見た…………いいや、見てしまったんだ。
桐藤ナギサ、小樽チェリ、聖園ミカ。
先の廊下で目にした3人だけじゃない。
救護騎士団の蒼森ミネ。正義実現委員会の羽川ハスミ、剣先ツルギ。シスターフッドの歌住サクラコ。彼女達以外にも私と同学年でありながら既に周囲から注目を浴びている期待の新星たちが、たった1つのベッドを囲むようにして皆で立ち尽くしていた。よく見てみればベッドの傍には点滴棒が置かれていて、傍にある心電図モニターには非常に低い数値の心拍数が表示されている。
ほぼ間違いなくベッドで眠る患者は酷く弱っているのが分かる。昏睡か、または植物人間状態か……いつ意識が戻るかさえ分からない状況だ。彼女たちが成す術もなく茫然と立ち尽くすのも無理はない。
だけど私は……そんな彼女たちが揃って囲んでいるベッドで横たわる人に、最悪にも心当たりがあった。
「……違う……そんなはずは無い……これはきっと、何かの間違いだ……」
実を言うとベッドで横たわるその人の全貌は全く分からない。何故ならベッドを囲んでいる彼女たちの後ろ姿が邪魔でよく見えないからだ。
だけど彼女たちの隙間から見える薄い青色の髪の持ち主は、私が知る彼女の特徴に合致している。
それにベッド近くに置かれているテーブルには酷く汚れて損耗が激しい2丁のリボルバーが放置されている……現世で最近目にしたばかりの彼女の持つ愛銃にそっくりだった。
これらの状況証拠だけでも私は十分に察することが出来る。
あのベッドに横たわっているのは、彼女だ……栢間エスミなのだ。
「……嘘だ……認めない。彼女は今まで、予知夢に出たことは一度も無かったのに……」
脳は不思議とこの光景を平然と受け止めている。だけど私の心は、この光景を強く拒絶した。
当然だ。
もしあそこのベッドで横たわっているのが本当に私の知るエスミ姐なら、そう遠くないうちに彼女の下に昏睡状態に陥るほどの危険な何かが訪れるという事になる。それは事故によるものなのか、それとも事件によるものなのかは今のところ全く分からない。
けど私はこれを信じるしかない、いや受け入れるしかなかった。
これは予知夢だ。
私が今まで何十回、何百回と見てきた他の夢と大差のない確定している後の未来の話。
避けることは出来ない。
逃げることも出来ない。
忘れることが出来ない。
今見ている景色を、私はいずれ再び目にすることになる。
敬愛するエスミ姐がまるで死んでいるかのようにして眠っている姿をきっと……きっと?…………いや、待つんだ。落ち着こう。
これは本当に予知夢なのだろうか?
私は一瞬何かがおかしいと感じた。
何故なら今まで私が見てきた予知夢に、エスミ姐の姿は一切無かった。元からその世界には存在しないかのように彼女の姿はおろか名前すら出てくることさえ無かった。
だからこそ私はエスミ姐がいる世界こそが現実だと、疑う事もなく認識することが出来たと言えるだろう。
そんな私の未来予知ですら認知しない異質の存在のエスミ姐が、どうして今になって私の予知夢に出てくるのか?
もしかすると私が今見ているこれは予知夢ではなく悪夢なのかもしれない、とその考えが脳裏に横切った。いや、そうだ。そうに違いない。
私は願う。強く願うしかない。これは悪夢だと……普段目にする予知夢ではなく、ただの気味の悪い夢なんだと自分に必死に言い聞かせる。
彼女のおかげで現世に希望を見いだせた。
彼女の慈愛のおかげで私は予知夢に振り回されたとしても必死に奮い立つことが出来た。誰が何と言おうとも、よりにもよってエスミ姐の身に降り注ぐ不幸が初めて目にする彼女の予知夢になるなんて私は絶対に認めない。
「……どこにも……行かないでくれ……エスミ姐……君は……どこに……」
彼女を失うかもしれない恐怖。これが予知夢なのか悪夢なのか判断できない自分への苛立ち。
そして〝もしも〟の未来に対する覚悟が全然出来ない、酷く情けない自分。
様々な負の感情に押し潰されそうになる中、気付けば私は本物の彼女を……栢間エスミを求めて無意識にも声を出していた。
まさに姉の背中を追い求める未熟な妹のように……。
果たして、現世の彼女はこんな情けない私に救いの手を差し伸べてくれるだろうか。
彼女のことだ。聞く耳を立て、いつものように抱きしめてくれるだろう。
対して私は?
彼女に何が出来る?
今まで何度も私を支え、優しく接してくれた彼女の未来をただ眺めることしか出来ないのか?
それに対する答えは出ない。いいや出せないでいた。
それこそ現世でエスミ姐が口にした言葉を引用させてもらうなら、もはや私の目は……魂の窓は、予知夢と悪夢の見分けが付かないどころか疑心と恐怖で何も信じる事が出来ないでいた。
私はもう一度視線を向けた。だがそれでも心が、脳が受け入れようとしない。
私が視ているこの光景は、本当に訪れる未来なのか……?
それとも、単なる悪夢なのだろうか……?
未来予知能力を持つ百合園セイアにとって初めて抱く未知の恐怖が、そこにはあった。
栢間エスミの秘密・■■
・■■■■■の頃に■■■■■■■■■■■■■■■死■■■■意識不明■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
-
拳銃(M1911,グロック等)
-
リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
-
自動小銃(HK416、AK-47等)
-
短機関銃(M1921、MP5等)
-
小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
-
散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
-
機関銃(MG42、M249等)
-
対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
-
擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
-
素手