夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

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今回は、既に活動報告でお知らせした通り、日を跨いで週に3話投稿いたします。

第22話 3月24日(月)午前0時
第23話 3月26日(水)午前0時
第24話 3月28日(金)午前0時

以上の内容となっております。
何分、時間をかけて執筆していたので更新が遅くなりましたが、今後もよろしくお願いいたします。




栢間エスミ 『部のリーダー』

 

 

「今日は、私から2人にある報告をしようと思うんだ」

 

 数か月……いえ、もしかしたら1年弱ぶりとなる3人揃ってのお茶会を桐藤ナギサの実家で行っている中、開始早々に栢間エスミはそう口を開きました。

 それはカップに手を付けていたナギサは勿論のこと、同席している聖園ミカも手の動きを止めて互いに顔を見合わせるほどの異例な事でした。

 

「エスミちゃんが、私たちに報告?」

「報告、となると直近でエスミさんが携わっている展覧会の件でしょうか? しかしそれは既にモモトークの方でお知らせを頂いているので今更口にされずとも……」

 

 エスミは彼女たちの困惑した反応に微笑を浮かべ、静かにカップに口を付けました。

 

「……私、栢間エスミは来週からトリニティ総合学園の美術部部長を務める事になった、 というちょっとした重大報告だよ」

 

 その発言はナギサとミカ、両名の予想を遥かに超える大きなビッグニュースでした。

 何しろどこの派閥にも組織にも属さず、中立を貫く孤高の存在こと栢間エスミがここにきて部の長を務めると言うのです。しかもその部は今、フィリウス分派とサンクトゥス分派の間で取り合いが発生している渦中の美術部ときました。

 

 ナギサは一度手にしていたカップをテープルに戻すと、神妙な面持ちでエスミに鋭い視線を向けます。

 

「……エスミさん、それは一体どういう事でしょうか。情報屋として密かに活動をされている貴女であれば、今その美術部を巡って我々フィリウス分派とサンクトゥス分派が所有権争いをしているのはご存知のはずです……エスミさんの変わらない美術愛は周知の事実とはいえ、今回の行動は流石に手放しで喜ぶ事は出来ません……」

「うーん。私はナギちゃんほど重く受け止めてはいないけど、それでもティーパーティーが注目している部のリーダーになるって事は、一匹狼のエスミちゃんが嫌でも権力争いに巻き込まれることになるよね。それって大丈夫なの?」

 

 2人ともエスミのぶれる事のない美術愛に理解は示すものの、やはりトリニティ総合学園の中枢を担うティーパーティーの定番とも言える内紛に自ら首を突っ込んできた事に関しては流石に思う所がある様子。

 しかしエスミはさも平然とカップにある茶を飲み続けると、2人からの厳しい視線に一切動じません。

 

「もちろん……その辺のリスクは私もしっかり理解しているよ」

 

 すると彼女は飲み終えたカップを置き、今回の件について詳しく説明を始めます。

 

「まず最初に、美術部は昨年のとある事情が絡んで活動停止処分を受けた。その間、部の中枢を担っていたサンクトゥス分派の生徒を含め当時の3年生は全員が卒業……または、 退学をしてしまった。これは2人とも聞いたことはあるよね?」

「ええ、もちろんです」

「私も先輩から沢山聞かされたよ☆」

「なら結構。じゃあ話を続けるけど、活動停止処分を受けた美術部は結果的に部の存続が危ぶまれることになってね。何しろ当時在籍していた2年と1年の生徒は、美術部に下った処分をきっかけに存在意義を無くして大半が退部。かろうじて残っている部員も謎に満ちた活動停止処分という風評被害を気にしていて部の活動再開にはかなり及び腰……まあその点に関しては仕方ないと言えるけど、これだと美術部の復活は絶望に等しい」

 

 手と手を重ね合わせ、悲しんだ表情を一瞬だけ見せるエスミ。

 しかし気を取り直して普段のすまし顔に戻した彼女は言葉を続けます。

 

「そこで私の出番。もうだいぶ画家としての知名度は十分築けているし、有難いことに学園内でもそこそこ人気があるからね、私……そんな私が美術部に入れば悪い噂や風評被害はほぼ無くなるだろうし、興味を持った生徒が美術部に入部してくれるかもしれない。それがかえって宣伝効果にでもなれば嬉しいけど」

「……ですが、それこそ正に火中の栗を拾う行動に他なりません。トリニティの内外問わずに注目を浴びているエスミさんが美術部に在籍されたとなれば、これまで以上に他派閥からの介入が予想されます」

 

 今まで断固として組織に属さず、一匹狼よろしく中立と孤独を貫いてきたエスミ。そんな彼女が遂に美術部と言う住処を得たとなれば、あの手この手で彼女を懐柔しようと周囲が躍起になるかもしれません。

 

「そうだろうね。だけどフィリウス分派とサンクトゥス分派、そのどっちかが美術部の権利を手にして部の存続問題を解決させたとしても、結局のところ私を引き込む為の駒にするつもりだったとは思うよ。まあサンクトゥス分派に関しては、美術部は元々向こうの支配下にあった訳だから〝取り戻す〟と言った方が合っているのかもしれないけど」

 

 淡々と事実と仮定を述べていく彼女。

 ミカはあまりにも小難しい政治と策略の話にいまいち理解が追い付いていない様子を見せていますが、対してナギサは非常に重苦しい表情をしていました。

 無理もありません。

 フィリウス分派は元よりエスミを引き込むための策として美術部を手中に収めようと画策していた所があります。エスミの言う通り、仮に彼女が美術部を救う云々を放棄して無視を決め込んだところで、フィリウス分派が部の所有権を手にしてしまえば彼女を引き込むための駒の1つとして存分に利用されていた事でしょう。

 

 となれば、まだ双方の毒牙に掛からないうちに美術部に入部するというのも多少は理解できる話です。

 例えるならある空き家の所有権と利用方法を巡って2つの派閥が裏で睨み合っている最中、 どさくさに紛れてその空き家の入居者になったようなものです。

 もっともこの件に関してはより複雑ではあるのですが、分かりやすく説明するならこれで十分でしょう。

 

 それに今日に至るまで政治争いを極力避けてきたエスミが、自らその争いの渦中に飛び込んでおいて打開策を用意していないはずがありません。

 

「実はこの話、既にティーパーティーの現ホストには話を通してはいるんだ。フィリウス分派とサンクトゥス分派、この2つの派閥が直接介入してこないよう取引をさせて貰ったよ」

「……取引?」

「栢間エスミが美術部の部長を務める代わりに、その補佐を担う副部長にフィリウス分派とサンクトゥス分派からそれぞれ1名ずつ任命すること。また、今後はティーパーティーから美術製作や作品展示を依頼された場合はこれを優先すること。以上の2つだよ」

「ティーパーティーからの依頼を優先、ですか……確かに学園主催の文化祭や外交を目的とした展示会が開催される場合、既に多くの場数を踏まれているエスミさんが擁する美術部が主導すれば問題なく物事が進みそうですね……しかし製作の依頼という点に関しては、 今までエスミさんが常に避けて来られていた内容では? それは宜しかったのでしょうか?」

 

 資産家や富裕層の庇護下に入る訳でもなく、パトロン関係を築いて一定の仕事を貰う訳でもない。組織や個人を問わず誰からも依頼を受けることは無く、ただ自由に絵を描いては生み出し、世に作品を放つ。

 それが、栢間エスミが今日まで貫いてきた画家としての生き方でした。

 しかし優先事項とされるティーパーティーからの依頼の中に『美術製作』とあります。 つまりこれはティーパーティーのために美術作品を制作するという事を意味します。

 それではエスミが今まで貫いてきた意志は一体何だったのでしょうか?

 自身の固い意志まで崩してしまうほど、美術部に救う価値があるのかナギサには些か疑問でした。

 

「どうやら、桐藤は誤解をしているみたいだね」

「……誤解?」

 

 ですが、一方のエスミは大変面白そうに笑みを浮かべています。

 それは相手を軽蔑する笑みなんかではなく、勘違いから焦りだす子供を見守っているような優しい笑みでした。

 

「確かにティーパーティーとの間で取引した内容には美術製作も依頼もしっかり含まれてはいるよ。けど私は今までどおり誰からも依頼を受ける事はしないし、美術部の為とは言え自分の画家としての意志まで曲げるつもりは絶対に無いかな」

「……し、しかしそれでは取引の意味が全く無くなることに…………ま、まさか……美術部の存続のため、学園トップのホストを騙したのですか!?」

 

 驚きに満ちた顔でテーブルを叩き付けるようにして両手を置いたナギサは勢いよく立ち上がります。それを見たエスミは困惑と呆れの表情を作ると、すぐに深い溜息を吐きました。

 

「待って、落ち着いて桐藤。よく聞いて……美術製作の依頼を引き受けるのは〝私〟じゃなくて〝美術部〟だから。私は制作の過程を見守って完成まで助言をする監督役に徹するだけだよ。当然私は絵を描くことはしないけど、あの栢間エスミが監修している作品となればそれなりの価値が付くだろうし。勿論ちゃんとこの件についてはティーパーティーからの了承は得ているから安心して」

「な……なるほど……そういうことでしたか……その、お騒がせして申し訳ありません」

 

 よりにもよって、美術部のためとはいえ学園トップのホストを相手に詐欺師よろしく騙したのかと心底驚いたナギサでしたが、どうやら彼女の単なる勘違いだったようです。

 いえ、政治的介入を極力避けたがるエスミがそんな愚策を犯すとは思えない、とナギサ自身ちゃんと理解はしていたのですが、やはり一度抱く勘違いはそう簡単には振り払えません。

 

 ちなみに隣では先ほどから会話に混ざってもいない幼馴染のミカが心底呆れたように菓子を食しており、加えて普段通り冷静なエスミを省けば今のナギサは随分と浮いていました。

 

「まあナギちゃんの勘違いはもう気にしないでおいて……まだ2年生のエスミちゃんが部長って事は、今の上級生はどうするの? 普通部長になるのは3年生からだと思うけど?」

「3年生はもう卒業まで残り僅かだから入部はお断りさせて貰うつもりだよ。今の時期に入部されても、しばらくは美術部の運営と部の整備で活動どころじゃないからね。しっかりと部活動が再開出来るのは大体4か月ぐらい先になるだろうし」

「じゃあそれまでの間はエスミちゃんがリーダーとして頑張る感じなの?」

「まさか。私も本業の画家としての仕事は依然として山積みで手が足りないから、副部長になってもらう予定の1年生達に張り切って貰うつもりだよ」

「えっ、副部長になるのは私達と同じ1年生なの!?」

 

 驚いたミカが皿に乗っているナギサ手作りのロールケーキを自身が手にしているフォークで無意識に刺して形を崩すと、それを見た隣のナギサが『……あっ』と小さく嘆きの声を漏らします。しかし手元の惨状に気付いていないミカは尚も会話を続けます。

 

「大丈夫なのそれ!?  2年生が部長で、1年生が副部長の部活なんて全然聞いた事無いよ!? しかも1年生はそれぞれティーパーティーの派閥の生徒なんだよね!! むしろ余計に政治利用されちゃわない!?」

「せっかく白紙の状態から再出発する訳だし、未来のためにも後輩には経験は積んでもらわないと。それに人選は私の方でやってあるから安心して。サンクトゥス分派の方は私の目で最適な人材を選んでおいたし、フィリウス分派の方は君たちもよく知る生徒だから」

「私たちがよく知る生徒を副部長に?…………あっ、それってもしかして!?」

 

 何かに気付いた様子でミカが後ろを振り返ると、そこには部屋の扉で直立姿勢を取っている1人の生徒……小樽チェリの姿がそこにはありました。

 ミカの視線に引っ張られるようにして彼女の主人であるナギサもそちらに視線を向けます。

 するとナギサの付き人としての役目を全うしている最中であるチェリは、2人からの熱い視線を浴びている中、師匠でもあるエスミに無言で視線を送った後自ら口を開きます。

 

「はい。間もなく活動を再開する予定の美術部で、若輩ながら副部長を務めさせて頂くことになりました……他でもない師匠からのお願いです。断る理由がございません」

「じゃあチェリちゃんが副部長をやるのは本当なんだね!! すごーい大出世じゃんね!!……あれ? でもチェリちゃんが美術部の副部長をやるなら、ナギちゃんの方のお世話はどうするの? 仕事を掛け持ちしていたらそのうち過労で倒れちゃうかもしれないよ?」

「ご心配は無用です、ミカ様。元より弟子として師匠の下で続けていた活動が部活動に置き換わるだけですので。普段から多忙の身である師匠の負担を少しでも減らせるのであれば、私の事情など全く問題ではありません。何より師匠の話では、忙しくなるのは最初の数か月のみとの事。その短期間であれば多少の無茶は十分可能です」

「なるほどなるほど……ちなみにチェリちゃんはああ言ってるけど、ナギちゃんはこの話、前々から知ってたの?」

 

 突然話題を振られたナギサは気分転換のために手にしたロールケーキを食しながら『ぞ、存じておりません……』と辛そうに返事を返しました。どうやらエスミだけではなく、信頼の置けるチェリにもこの件を秘密にされていたことに心なしかショックを受けている様子。

 

 その姿を見たチェリは申し訳なさそうに目を伏せました。

 

「誠に申し訳ございません、ナギサ様……師匠にこの事を伝えられた時、まだ正式な話をティーパーティーに通す前だった為、もしこの件が周囲に漏れればフィリウス分派や他派閥が妨害目的で先回りをする危険があると言われ……可能な限り秘密を知る者は少ない方が良いと言う師匠の判断により、今日まで口を閉ざしていました……」

「そ、そういう事でしたか……ならばチェリさんが謝る必要はありません。むしろエスミさんの為に、今日まで秘密を守って頂きご苦労様でした」

「いえ、勿体なきお言葉です」

 

 深く頭を下げて忠誠を誓うチェリに肩をすくめたエスミは再び会話を続けました。

 

「私が美術部の部長になるという事。そして小樽とサンクトゥス分派のもう1人を副部長として補佐に回し、美術部の活動を再開させる。これは今のところ、ティーパーティーのホストを含めて各派閥のリーダー並びに副部長になる小樽ともう1人だけが知る秘密。今回こうして桐藤や聖園に秘密を明かしたのは、もう他の派閥の介入を心配する必要が無くなったからだよ……まあ私としては、情報が漏れないように立ち回るのは結構大変だったけど」

 

 普通であれば外部に情報が漏れないよう立ち回るのは至難の業となります。

 

 そもそも政治争いと権謀術数にまみれたトリニティ総合学園に生徒として通い続けている以上、あらゆる行動、会話、履歴が周囲に監視されていると言っても過言ではありません。

 特にティーパーティーを形成する各派閥はその手の情報収集には余念がない組織であり、かつティーパーティーそのものには情報局と呼ばれる極めて優秀な組織が存在しています。それらを踏まえた上で、情報戦においてたった1人でティーパーティーを相手取るのはほぼ無謀と言えるでしょう。

 

 ただし画家として活動しているエスミにはもう1つ、情報屋としての裏の顔がありました。

 

 本来は数多の情報を仕入れるためだけに活用している彼女ですが、今回は逆に相手を誤魔化すため偽の情報を拡散させることでこれを利用したのです。嘘と真実を混ぜた情報を周囲にばらまき、まるでパズルを解くようにして真意を掴ませないよう時間稼ぎをする。

 通常この手の些細な誤魔化しは長期戦においては滅法不利となるのですが、逆に短期決戦となる今回の件では大いに効果を発揮する事となったのでした。

 

 しかしそのおかげで、エスミ自身も短期間とはいえティーパーティー相手に慎重な立ち回りと頭脳戦を強いられる事となり、これまで以上に生活習慣が乱れてはストレスと過労で体重が減り続けてしまう結果となってしまった訳ですが……まあ終わり良ければ総てよしとはこの事です。結果として向こうとの勝負には勝ったのですから。

 

「ティーパーティーの各派閥のリーダーには改めて感謝をしないとだね。権力争いのため無駄に労力を費やして美術部を支配下に収めるぐらいなら、私を部長に添えて仲良く手を携える方が得となると判断をしてくれた訳だから……正直、1年の生徒を副部長にするという話は自分でも無理難題を言っている自覚はあったけどね」

 

 新たに茶を補充されたカップを手にし、エスミはそれを口に運びます。

 

「そうでしたか……無事にエスミさんの思惑通りに事が進んだのであれば結構ですが、まさかエスミさんがティーパーティーの上層部と秘密裏に交渉出来るパイプをお持ちだったとは知りませんでした」

「まあ……過去にティーパーティーのごたごたで向こうとは少しばかり縁が出来たからね」

「……?」

 

 前年にサンクトゥス分派のリーダーを務めていたツクスの不敵な笑みを思い浮かべながら、エスミは苦笑しつつ肩をすくめます。

 とはいえ目の前にいる2人は卒業生である彼女のことは詳しく知らないはずですし、何よりサンクトゥス分派に起きた出来事に関しては基本他言無用となっているため、エスミの口から詳細を語るつもりはありません。この秘密は卒業しても隠し通す事となるでしょう。

 

 するとそこへ、またまた疑問が浮かんだのかミカが首を傾げて口を開きました。

 

「あれ? そういえばチェリちゃんが副部長になるのは分かったけど、サンクトゥス分派の方は誰を選んだの? エスミちゃんがわざわざ自分で選んだくらいだから凄く優秀なんだろうけど」

「言われてみればそうですね。私もミカさんと同じでその生徒に興味があります。エスミさんに才能を見出された方と言うことは、恐らく美術の面でかなり秀でた方なのかもしれません」

「私もサンクトゥス分派から選ばれた生徒については詳しくは知らない為、個人的にも気にはなります。今後はその生徒と共に師匠を支えていく訳ですから、ある程度情報を頂ければ幸いです」

 

 ナギサ、ミカ、そしてチェリ。

 お茶会を開いているにも関わらず、エスミ以外全員が動きを止めて好奇心が宿る瞳を彼女に向けています。

 対して熱き視線を向けられているエスミは、手に持つカップの水面を眺めながら楽しそうに笑みを零しました。

 

「そうだね……分かりやすく一言で彼女を表するなら……私と同じで、かなり狂った美術愛を持つ才能豊かな生徒だよ。まあ、ちょっとばかり癖が強いけどね」

 

 彼女はそう呟くとカップの縁を指で優しくなぞるのでした。

 

 

 

《1―2》

 

 

 

「話は聞いたよ。どうやら、近いうちに美術部の副部長を務める事になったようだね」

 

 未来予知の能力を持つ生徒、百合園セイアは手元にある紙を眺めながら、のんびりとした口調でそう言葉を発しました。

 

「あら、正式な発表はまだまだ先のはず。一体どこからその情報が漏れたのかしら」

 

 カンッ、と何かを叩き付けるよう甲高い音が返事の後に続きます。

 それは耳が敏感な者であればつい顔をしかめてしまうような音ではありましたが、既にその音を聞き慣れているセイアは全く気にもしません。

 

「君の上司となる生徒……栢間エスミから、と言えば信じてはくれるかい?」

「ああ、なるほどそうでしたの。あの方から直接お聞きしたのであれば否定は致しません。確かに私は数日後に活動を再開する美術部で、かのエスミさんの隣で副部長を務めさせて頂きますわ…………まさか貴女、私の昇進祝いをしにわざわざ来られたのかしら?」

 

 再びカンッと音が鳴り響き、続けてガリッと何かが削り落ちる音が続きます。しかしそれでもセイアと言葉を交わす謎の少女は止まることなくカンッ、カンッと何かを叩き続けるのでした。

 すると先程から理解できない図が描かれている紙を茫然と眺めていたセイアは、面白くなさそうにその紙を傍の机に置くと視線を部屋の中心へ向けます。

 

「祝い、というよりは質問をしに来ただけさ……サンクトゥス分派の生徒の中でも君は派閥への忠義がかなり厚い。分派の為にならない仕事は基本受けることはしない主義だっただろう? そんな君がサンクトゥス分派に利益をもたらす事はしないエスミ姐の下で、美術部に籍を置くことを受け入れた……さて、一体どういう風の吹き回しか聞かせて貰おうじゃないか」

 

 部屋の中心……そこには作業着を着こんだ1人の少女が、大きな大理石を前にしてノミや木槌を手に作業をしています。

 

 身長はセイアよりも高いですが話に出たエスミ程ではありません。背中にはやや大きな羽が生えており、今は折り畳まれてはいますが手入れは十分行き届いている様子です。他にも、光を反射しているのかと疑ってしまいそうなほどに真っ白な肌が特徴的でした。

 しかし何よりも一番目を引くのは青く綺麗なアップスタイルにしている髪と、赤と緑のオッドアイの瞳でしょう。普段は〝両目〟を開くことが滅多にない彼女の貴重な姿とも言えるため、セイアはゆっくりと彼女の下へ歩み寄りました。

 

「……また何かを彫っているのかい?」

「ええ、サンクトゥス分派のリーダーからの注文になりますわ。何でも『誰もが心を打たれる立派な像が欲しい』と仰っていましたわね」

「それはまた随分とシンプルすぎる注文内容だね……」

「同感ですわ。けど、私にはこれが一番有難いのよ」

「……?」

 

 カンッカンッカンッ、と立て続けに振り下ろされた木槌によってノミに強い振動が伝わり、 その先端が当てられている大理石の一部が大きく剥がれ落ちます。

 気付けば彼女の足元には数多くの石の破片が散乱しており、その惨状に危険性を察したセイアは迂闊には近づきません。その代わり、彼女は偶然にも足元近くにある石を手に取ると、部屋の照明にかざしながら自身の小さな首を傾けるのでした。

 

「今の時代、こんなにも石を無駄にしながら生み出す彫刻に価値を求めるなんて……先代の〝彼女〟に似て、歴代のサンクトゥス分派のリーダーは随分と変わっているようだね」

「彫刻とはすなわち、具現化された象徴に他なりませんわ。壁に掛かっている絵を一方向から眺めるのとは違い、あらゆる方向から眺めては様々な感想や感情を抱く。時が流れ、時代の流行が変わろうとも、彫刻が人々に与える影響の強さは決して変わることはありませんのよ、セイアさん」

 

 一通り大理石を粗方削り切ったらしい少女は、用済みとなった木槌とノミを傍にある机に置くとその左右で色が違うオッドアイの瞳をまっすぐセイアへと向けました。

 

「それでは製作の手をひとまず止めて、セイアさんが抱かれている疑問にお答えしますわ」

「答えるだけなら、別に作業の手を止めなくても良かったと思うのだが?」

「他でもない、友人である貴女が来られたのよ? 流石に真面目な話ぐらいは私も制作の手を止めるわ」

「なら先ほどまでの会話は真面目でも何でも無かったということかい?」

「あら、中身の無い会話に真摯に向き合う必要性はあるのかしら」

 

 少女は腕を組んでそう言葉を発すると、セイアは肩をすくめて持っていた石を地面に戻します。

 

「先の会話は余計な導入だったようだね。なら気を取り直すとして……早速だけど先の質問について君の答えを聞かせて欲しい。エスミ姐の下に私の友人でもある君が付くのは素直に嬉しい所ではあるけど、さっきも言ったように君が心から忠義を捧げているのはサンクトゥス分派に対してだけだ……そんな君が、望んで個人の下に付くのは何か意味があるとしか思えない……一応サンクトゥス分派に彼女を引き込む為かと思ったけど、そもそも君はその手の策略や陰謀は下手だし、あのエスミ姐がそれを危惧しないはずが無いからね」

「流石にセイアさんが口にされた『策略が下手』という部分に関しては、心が少し傷つきましたわね…………しかし、セイアさんは1つ勘違いをされているわ」

 

 セイアからの疑問の視線をぶつけられる中、少女はにこやかな笑みを浮かべました。

 

「……理由を聞かせてくれ」

「簡単な話、あの方の傍にいることで彼女が持つ技術や知識を全て吸収するためですわ。芸術家という面だけで見れば、あの方は既に神の領域に手を触れている……そんな方から美術部の存続のためとはいえ〝左腕〟として傍に置きたいと言われたのよ? これは私にとっても新たな芸術を学ぶチャンスになる……ふふ、私こう見えて自身の芸術に活かせるモノは何であろうと全て吸収して取り込みたい性分ですの。断る理由がありませんわ」

 

 ニコニコと笑みを絶やさない少女は、自身の手で削りに削られた大理石を優しく撫で始めます。まだ滑らかにする処理もしていないため、手触りとしては危険と最悪に尽きるのですが、不思議にも彼女の手はまるで布を撫でているかのように綺麗に、かつ静かに大理石の表面を動き回ります。

 

「芸術、と口にして作品を生むのは簡単。けれど自らの手で想像を実現化させるには、多くの知識と技術を必要としますわ。この大理石もそう。闇雲にノミと鋸で削ったところで突然彫像が出来上がる訳でもない……まずは想像を紙に書いて浮き上がらせ、構図やサイズを地道に計算し、念入りに下準備をした上で石を削り始める……一部は描き直しが可能な絵とは違って、彫刻には一切のミスも許されない。それを満足に扱えていない私はまだまだ半端者よ」

「……半端者、か。だけど君は既にサンクトゥス分派のお抱えの芸術家として大成しているじゃないか。君が生み出した彫刻の数々は現にワイルドハント芸術学院から多くの賞賛を受けているとも聞いた。私はあまり、そう卑下するものでは無いと思うのだが」

「大成ね……確かにセイアさんが仰るように、私はもう十分過ぎるほど芸術家として……いえ彫刻家として成功を収めていますわ。サンクトゥス分派という強い後ろ盾とパトロンを得ることができ、常に仕事が舞い込んでは作品を制作して賞賛を受ける日々……しかし、 元より芸術家の能力と知識には〝上限〟というものが存在しませんのよ」

 

 大きさで言えば高さ1メートルはあるか無いかの大理石の周りを歩きながら、少女は羽を広げ、身振り手振り激しく熱く語り続けます。

 

「私は名声に興味はありませんわ。お金も、賛美も、言ってしまえば食事や睡眠さえいらない。ただこの手が動く限り、私の頭からアイディアが枯渇しない限り、永遠に石を彫り続けたい!! そもそも私がサンクトゥス分派に心から忠誠を誓うのは、こんな狂った私のために彫刻家としての〝居場所〟を与えてくれたからですわ!! 私の創作性を限界まで引き出すような尽きる事のない制作依頼の数々、言葉足らずでシンプル過ぎる注文内容から相手が望む完成形を生み出すためにアイディアを駆使する日々……彫刻家としての血が騒ぐ充実した毎日を過ごさせてもらって、私はサンクトゥス分派に対して深く感謝をしていますわ!! これこそが、私がサンクトゥス分派に心から忠誠を誓う全ての理由よ!!」

「……なるほど。エスミ姐に似て、かなり狂った美術愛を抱く生徒なだけはあるね、君は」

 

 似た者同士、というのはまさに彼女たちの事を言うのかもしれません。

 実際には画家と彫刻家。派閥に属さない者と属する者。仕事を受け取らない者と受け取り続ける者と、細部に渡って見てみると相反する部分は多くありますが、2人に共通しているのはその底のない深い美術愛と、それを恐れもせず快く拾ってくれた〝理解者〟の存在でしょう。

 道理でエスミが彼女を美術部の副部長にスカウトするはずです。こんなの、絶対意気投合するに決まっています。

 しかし、美術に疎いセイアとしても気になる点が1つだけありました。

 

「君はさっき、エスミ姐から技術も知識も全て盗むと言っていたが……絵を描く彼女と、 石を彫る君とでは同じ芸術でも専門としている分野は違うように見えるのだが、何か意味はあるのかい?」

 

 そう尋ねてみれば、相対する少女はクスクスと笑いました。

 

「甘いですわセイアさん。例え石を彫るのに筆を持つことは無くても、絵を描く上で大切な想像力と観察力は彫刻でも必要とされていますのよ。対象物を観察し、光の陰影や構造を掴んでこそ彫刻の些細な作業に活かされる。それは逆も然り……360度眺めることの出来る彫刻のバランスや重量感を理解すれば、絵を描く上でその人体や構造物をよりリアルに描き出すことが可能となりますわ」

「……なるほど。彫刻にも彫刻なりに、絵画にも絵画なりに得られるモノがあるという訳か」

「エスミさんはこのトリニティ総合学園のみならず、この自治区で……いいえ、このキヴォトス全土において真に絵画の道を極めているお方よ。あの方から技術を得ることはすなわち、私も彫刻家として更なる飛躍を遂げることになる……そしてその経験が、成長が、私を拾って頂いたサンクトゥス分派への最大の恩返しとなるのですわ」

「つまり話を整理すると、君がエスミ姐からの誘いを受けた理由は彫刻家としてのレベルアップ……そして、サンクトゥス分派への芸術活動における貢献のためという事かい?」

「ええ、そうなりますわ。とはいえ美術部に副部長という形で籍を置く以上、エスミさんの為にも私なりに手腕は振るうつもりですわ。私、自身だけが得となる行為は好きではありませんの」

 

 笑みを浮かべてそう口にする少女ですが、セイアは心の中で『だから策略や陰謀が下手なのでは?』と疑問を抱きました。しかし彼女の名誉のためにも黙っておくことにします。

 

「まあ友人である君の更なる飛躍と、今後のエスミ姐の負担が少しでも軽くなることを願って私からはこの言葉を言わせてほしい……本目キオ、どうかエスミ姐のことをよろしく頼む……」

「セイアさん?」

 

 本目キオ。

 サンクトゥス分派に所属する分派専属の彫刻家。

 セイアにとって数少ない友人の一人である彼女は、普段とは様子の違う姿を見せたセイアに一瞬だけ目を細めたものの、深く追求することは無く、すぐに頷き返しました。

 

「……ご安心を。セイアさんにとってエスミさんがいかに〝大切な方〟なのかは存じていますわ。芸術業界においても、仮に彼女の身に何かがあれば非常に大きな損失となる事でしょう。果たして、そうなる未来をご覧になってしまったのか……それともセイアさん個人のいらぬ心配なのかは、今この場で直接尋ねる事は致しませんわ。ただ、友人である貴女から強く頼られている……それを胸に深く刻む事と致しましょう」

 

 キオはここで突然、懐からアイパッチが施されている片眼鏡を取り出すと、それを自身の左目に装着するや再びセイアに対して慈愛の笑みを向けました。

 

「あの方に何かがあれば、私はセイアさんの為にも何とかしてみせますわ……必ずね」

 

 






今回登場した新キャラにも、小樽チェリ同様にモデルとさせて頂いた芸術家がいます。

詳しいキャラ紹介等は次回になりますので、宜しければこの新キャラのモデルとなった芸術家が一体誰なのか? 
是非とも考察を楽しんで頂ければ幸いです。
モデルとなった芸術家の紹介も次回ご説明いたします。

では次回の話は水曜日の26日午前0時。
楽しんで頂ければ幸いです。

もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)

  • 拳銃(M1911,グロック等)
  • リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
  • 自動小銃(HK416、AK-47等)
  • 短機関銃(M1921、MP5等)
  • 小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
  • 散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
  • 機関銃(MG42、M249等)
  • 対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
  • 擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
  • 素手
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