夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
栢間エスミ 『ナイフ』
殺人、という言葉があります。
ご存知の通り、人を殺め、その儚い命をあえて散らせる行為を指す言葉です。
自然死でもない。
病死でもない。
事故死でもない。
人の手によって終わりを迎える唯一無二の死に方。
この世にある罪において最も重罪とされる行為。
それが殺人です。
当然、前世では事故死で命を散らした栢間エスミにとっては全く関わりが無く……むしろ、それが半ば不可能とも言える世界に転生しているという事もあり、長いことその言葉を重く受け止めることはおろか、身近に溢れることもありませんでした。
しかし運とは時にして残酷です。
よもやその殺人そのものに自身が直に立ち会う事になるとは、当時の彼女は夢にも思わなかった事でしょう。
とはいえ普通では考えられない体験をしてみたいと願う創作家においては、それは一種の貴重な体験と言えるのかもしれません。
もっとも、殺されそうになっているのは彼女の方でしたが。
《1 - 2》
「……ハァッ……ハァッ……!!」
彼女は走ります。懸命に走ります。
地面を蹴り、壁に手をつき、まともに呼吸が出来ていないにも関わらず必死に身体を動かしています。
「……あっ、がっ!?」
直後、彼女の背中に激痛が走りました。
弾丸です。
彼女の背中に他でもない弾丸が撃ち込まれたのです。
頑丈が取り柄のキヴォトス人といっても、あくまでも〝頑丈〟なだけであって痛覚はしっかりと機能しています。おかげで弾丸自体は彼女の身体を貫くことは出来ませんでしたが、神経はおろか骨に直接響くような激痛はエスミの表情を歪ませるのに十分でした。
「……ったく、このっバカッ!!」
エスミにしては珍しく声に出して悪態をつくと、すぐに身体を捻り手にもつ愛銃【ニキ】をぶっ放します。
装填されている弾数を思えば無駄撃ちはなるべく避けたい所ですが、あくまでも牽制として2発3発と立て続けに発砲します。すると1発でも命中したのか、もしくは銃撃から隠れたのか、向こうは攻撃を中断しました。
出来れば今の銃撃で運良く戦闘不能になってくれたら嬉しいのですが、既に向こうとの戦いで満身創痍になっているエスミは藁にも縋る思いに等しい、と早々にその考えを捨て去ります。
「はぁ……はぁ……いっ、たいなぁ…………」
傍にある壁に隠れ、勢いそのままに背中を打ち付けて急いで深呼吸を行う彼女。
世間では美少女として広く知られているエスミですが、今の彼女にその面影はありません。長く綺麗な薄い青色の髪は酷く荒れ、着ている服も所々が焼け落ち、彼女の顔に至ってはまるで絵具を垂らしたかのように頭から赤い血を流していました。
痛みも先ほど銃撃を受けた背中だけではありません。身体中が悲鳴を上げています。
(今のうちに……弾、補充しないと……)
ひとまず深呼吸をしてようやく身体が落ち着き始めた頃、先ほどの反撃で全弾撃ち尽くしていたのを確認したエスミは今のうちに愛銃の装填を始めます。
しかし、元から障害を抱えている利き腕の右手がここに来て突然激しく痛みだすのでした。
「…………ぐっ、こ、ここでっ!?」
銃弾を受けた背中の痛みに匹敵するか、それ以上の激痛が絶え間なくエスミを襲います。
これでも右手の酷使はなるべく控えていたはずなのですが、思えば最近は酷使しないにも関わらず突発的に痛み出すことが多くなっていました。
おかげで弾の装填はおろか、激痛のおかげでまともに考える事も出来ません。思わずその場でうずくまってしまったエスミは、荒く呼吸をしながら慌てて懐から錠剤を取り出します。
それは彼女の利き腕の痛みを和らげるために病院から特別に処方された薬でした。
今までも何度かこの激痛を和らぎ、彼女に平穏を取り戻してくれた薬。彼女はそれを取り出すとすぐに錠剤を口の中に入れ、水も無しに唾で無理やり飲み込みます。これで数十秒もしないうちに痛みが治まってくれる事でしょう。
「……嘘でしょ……」
しかしどういう訳か、薬が全く効きません。
数十秒。いえ1分近く経とうとしているにも関わらず、痛みが治まる以前に痛みそのものが軽減されることもありませんでした。
エスミは心の中で再度悪態をつきます。
(ここに来て薬の効果が切れるとかタイミングが悪すぎる)
以前、担当医から『じきに薬の効果が効かなくなる』と警告を受けていましたが、よりにもよって今とは……最悪です。
彼女は自身の運の無さを痛感し、ひとまず薬が効かないなら無理にでも我慢をすれば良いと、酷い痛みに必死に耐えながら懸命に弾を装填し始めます。
ですが、そんな彼女の下に何かが放り込まれて来ました。
スタングレネードです。
音と閃光で相手の行動を一時的に封じる非致死性兵器。
(まずいっ!!)
ほぼ直感に従いエスミはそれを勢いよく蹴り飛ばします。
とはいえピンを抜いてそれなりに時間を置いて投げ込まれたのか、彼女が蹴り飛ばした瞬間それは爆発し大音量と閃光が発せられました。
決して安全とは言えない距離に蹴飛ばすことが出来ず、もろにスタングレネードの効果を浴びてしまったエスミは、酷い頭痛に耐えながらかろうじて目だけは守り切りました。
さて、そんな彼女の下に先ほどのスタングレネードを投げ込んだ人物が遠慮も無しに突っ込んできました。些細な隙も逃さず仕掛けてくるとは、この人物は手練れです。あまりにも戦闘慣れしているべテランでした。
「――!!」
「……くっ!?」
彼女を確認するや否や、素早く、それでいて重い足蹴りが飛んできます。
ひとまず目が無事のエスミは間一髪それを左腕で防ぎますが、代わりに手にしていた愛銃を相手の蹴りで落としてしまいました。装填途中という事もあり、地面に落下したことで銃弾がそこらへんに散らばります。
それでも相手の攻撃は止まりません。
エスミは自身の目と反射神経に頼りながら、ひたすら防戦に徹しました。
するとこのままでは埒が明かないと感じたのか、相手が少しだけエスミから距離を取ります。次の攻撃に備えた予備動作でしょうか。
(……今なら!!)
その瞬間を逃す訳にはいきません。
エスミは痛む右手を無理やり動かして、もう1つの愛銃である【炎の人】をホルスターから抜き出します。本来なら使う機会すら滅多に無い愛銃ですが、ニキが手元にない以上はこの子に頼るしかありません。
とはいえ未だに激痛が走る右手でこの銃を使いこなすことは事実上不可能でしょう。しかし幸運な事に、相手との距離はそれほど離れていません。つまり乱暴な射撃でも当たる確率が高いのです。
それは微かな望みを賭けるにはあまりにも十分でした。
「――!?」
相手もこのタイミングで彼女がもう一丁の銃を取り出すとは思わなかったようで、半ば反射的に自身の銃を構えようとしました。
それをエスミは愛銃の銃弾で弾き飛ばします。命中精度が著しく低い腰だめ撃ちではありましたが、幸運にも何とか相手の武装を解除させる事に成功したのです。ですが安堵する余裕もなく、エスミが続けて発砲しようとした瞬間、相手は強引にもエスミの愛銃を足で蹴り飛ばしました。
ニキに続けて炎の人まで。
愛銃を立て続けに蹴り落されたことでエスミが嫌そうに顔を歪めるものの、相手は容赦なく今度はエスミの胴体を吹き飛ばすように蹴りました。重さと勢いのあるその蹴りは相手の思惑通りエスミを背後の壁まで吹き飛ばします。
「う、ぐっ……!?」
ろくな受け身も取らずに壁にぶつけられ、勢いよく後頭部まで壁にぶつけてしまったエスミは一瞬だけ意識が飛びそうになりました。
ですがこのような状況下で意識を失うのは命に関わります。
歯を食いしばり、身体を駆け巡る痛みを根性で抑え込んだ彼女。
そうして意識をかろうじて保った彼女の目に、キラリと光る刃物が見えました。
「ああ……そう」
それが〝ナイフ〟だと分かった途端、相手は本気でエスミを殺しに来ているのだと認識しました。骨折や気絶では済ませない。相手はエスミの命を、本当に刈り取る気でいるのです。
しかしそうと分かっていても、生憎と壁に打ち付けた衝撃でエスミは身体をまだろくに動かせません。あのナイフを避けることはまず不可能でしょう。
愛銃もない。防ぐ手立てもない。
「――!!」
相手が刃先を真っすぐ向けたまま、勢いよくナイフを振り下ろしてきました。
(……よりにもよって、そのナイフで殺されるなんてね)
あのナイフが狙っているのは首か、それとも心臓か。
エスミは苦笑します。
ブルアカ本編に巻き込まれる前にこの舞台から早々に立ち去りたいと常々思っていましたが、まさか〝死〟という形で一足早く向こうから迎えが来るとは思いもしませんでした。
(……ああ……悔しいなぁ……)
そして振り下ろされたナイフは、寸分の狂いもなくエスミの〝命〟にしっかりと突き刺さったのでした。
《1 - 3》
「……ミ……ん……スミ……さん……エスミさん……起きてください、エスミさん」
「……んっ?」
肩を揺すられ、耳元で何度もエスミの名を呼ぶ透き通った声。
瞼をゆっくりと開けたエスミは、緩やかな動きで隣に顔を向けました。
「……桐藤?」
そこには既に5年以上の付き合いになる生徒、桐藤ナギサの顔がありました。
相も変わらず、綺麗で美しいその顔には笑みが浮かんでいます。
「フフツ、おはようございます。夢の旅は如何でしたか? 先ほどから私の肩にもたれ掛かって……中々起きないので少しだけ心配していました」
「そう……ごめん桐藤、勝手に肩にもたれ掛かって……まさか寝るなんて……大丈夫そう? 肩、痛くない?」
「いえ、気になさらないでください。むしろエスミさんの方こそ大丈夫ですか? 私が相手とはいえ、人の肩を借りてエスミさんが居眠りをするのは今回が初めてのような気がします」
「まあ、確かにそうかもね……記憶にある限り、たぶん今回が初めてかな」
昼寝だったのか、寝落ちだったのか。
生憎と寝る直前の記憶が無いためエスミは原因が分からないでいましたが、それはそうとナギサから身体を離します。
「昨晩はお休みになれなかったのでしょうか? ここの所、美術部の運営とエスミさん個人の制作で大変忙しくされていたとチェリさんから伺っていましたが……」
「いや、それでも生活に支障が出ないよう睡眠時間はそれなりに確保しているけど……なんだか最近は眠りが浅くて……」
「ではべッドを新調されてみてはどうでしょうか? 恐らく睡眠の姿勢やクッションが原因なのかもしれません」
「あり得る話だね……だとしたら、これを機にべッドを買い換えてみようかな?」
「であれば、今度私とミカさんとご一緒に3人で家具探しに出掛けてみるのは如何でしょうか? 偶然にもトリニティ自治区に最近、開店したばかりの家具屋があると噂をお聞きしました。大手メーカーのお店ですので、品揃えに関して特に心配は無いかと」
「ああ、それなら私も聞いたことがあるよ。後輩や、美術部の子達も何度か会話の話題にあげていたからね。庶民やお嬢様関係なく店の評判も良いみたいだね」
「なら話が早いですね。私もまだ足を踏み入れた事が無いお店ですので、どんな商品が置かれているのか楽しみです。次週の休日に共に行きましょうか」
「…………普通に私が行くこと前提で話を進めるんだね」
お互い、ふかふかな弾力が持ち味のソファに座りながら、他愛もない世間話を続けます。
しかし寝不足気味なのか、それとも単に調子が悪いのか、エスミは時々眉をひそめては重い溜息を何度も吐くのでナギサは苦笑して彼女を気遣い始めました。
「本当に大丈夫ですか? あまり調子が良くないように見えますが……」
「大丈夫、なはず…………だけど……うん、あまり集中力が持たないね。何だか意識もボンヤリとするし……自分の身体だけど、流石に様子がおかしい」
「……エスミさん、少し額をお貸しください……うーん……熱がある訳でも無いようですね。手で触れてみても平熱に近い体温ですし……ちなみに、お身体が鈍いとかはありませんか?」
「無い……手も足も普通に動かせるよ」
「では只の寝不足でしょうか?」
「そうなる、のかな?」
そう言いながらも再び溜息を吐いたエスミ。
ナギサは何かを考えるようにして視線を床に落としましたが、彼女の不調をなるべく解決してあげたいと思うようになり、突然エスミの身体に手を伸ばし自分の下へ引き寄せました。
「えっ、何いきなり……おっと――」
「手荒な真似をして申し訳ありません。しかしエスミさんの身体がとても心配で……」
「……それで膝枕をするなら普通に言えば良いのに……」
効果音で表すならポンッと言った形でさり気なくナギサの太ももへと頭を乗せられたエスミ。普段使用している枕に比べたら弾力が少し足りな……いえ、簡易的な枕としてはむしろ十分過ぎます。
顔をゆっくりと上に向けて見れば、あらビックリ。彼女の顔がすぐ近くにあるではありませんか。
不安そうな、それでも役得を感じているような複雑な表情を浮かべています。
加えてその綺麗で長い髪がエスミの邪魔にならないよう、ナギサは片手で自身の髪をどかしながら覗き込むようにして顔を向けてきました。
「……ど、どうでしょうか……」
「それは体調が落ち着いたのかってこと?……それとも、君がしてくれた膝枕に対する感想?」
「…………ど、どっちもです」
「……体調は……うん、少し安定したかも。それに何だか好きかもしれない、これ」
くすっと微笑を零し、エスミは瞳を閉じながらナギサの太ももに頭を沈ませ、徐々に身体の力を抜いていきます。
まるで安住の地を得た動物のようです。
てっきり『寝れたもんじゃない。体調が悪化した』などと言われてしまうのでは、と内心不安だったナギサでしたがエスミの満足気な言葉を聞いて心から安堵するのでした。
するとここで、一体何を思ったのかナギサは手を伸ばしエスミの頭を優しく静かに撫でると、微かながら彼女の身体がくすぐったそうに反応を返してきました。
ナギサはその様子を見逃さず、頭から髪へ、髪から耳へ、耳から頬へと手を動かしていきます。触る部位が変わり、彼女の美しく細い指先が肌に触れる度にエスミの口からは微かに吐息が漏れ、完全に力を抜いている身体は面白いように反応を返してきます。
何だか病みつきになりそうです。
しかしながら、これだけナギサに好き勝手されているにも関わらずエスミは抵抗しようともしません。
無理やりナギサの腕を掴んで中断させるのは勿論のこと、拒絶の言葉を吐き出すぐらい今のエスミには造作もない事のはずが、この行為に心地良さでも感じているのか、瞳は閉じたまま彼女はナギサの好きなようにさせています。
(……それは私を誘っているのでしょうか? 私の忍耐がどこまで持つのか。間違っても貴女に変な気は起こすことはないと、私を試しているようにしか思えません……)
荒れてもいない彼女の綺麗な肌を、まるで貴重な宝石を扱うかのような慎重さで撫でていきます。天真爛漫な幼馴染が傍にいれば、指先で撫でるだけでは飽き足らず頬を執拗に突き始めるか、あるいは指先で頬を掴んで遊び出していた事でしょう。
しかしナギサは指先で撫でるだけで精一杯であり、万が一にもその肌に傷を付けてしまうのではと内心恐れていました。
「…………」
にも関わらず、エスミは依然として『どうぞ、君の好きなようにしたら?』と言わんばかりに彼女に対して無防備にも瞳を閉じたまま顔を向け、自身の手足を一切動かそうともしません。
ナギサがその気になれば、エスミの身体に手を伸ばすことぐらい簡単でしょう。
自身よりも大きい彼女の胸に触れる事はもちろんのこと、殺意をもって彼女の首に手をかけて絞め殺すことだって十分に可能です。
いわば今、生殺与奪の権利をナギサは手にしていました。
「…………エスミさん」
頬を撫でていた指先が、気付けば彼女の首まで移動しています。
それでも尚、エスミは言葉を上げるどころかその行為を止めようともしません。
やがてナギサの細くて綺麗な指先はエスミの首にまるで一本の線を引くような形で首元までずるずると下りていき…………トンッ、と彼女の服がそれ以上の進行を妨げました。
言わずもがな、この先に待っているのはエスミの胸元です。
同時にナギサの指は今、エスミの首元にあります。
正に色欲に走るのか、突然の殺意に走るのか。2つの選択肢を眼前に付き付けられているような気分です。
とはいえ勿論、ナギサがその両方に走ることはまずあり得ません。
彼女にとって栢間エスミは確かに特別な存在ではありますが、だからといって〝恋人〟でも無いのに色欲に駆られるほどナギサの理性はそう崩れ易いものではありません。
ナギサはそっと彼女の首元から指を離すと、再び当初と同じようにエスミの頭を撫で始めます。その顔に浮かんでいるのは、誘惑に打ち勝ったという安堵の笑みでした。
「…………手、出されるのかと思って少し動揺した」
すると焦りを感じる言葉を口にしながらエスミが瞳を開けました。その姿にナギサは苦笑を返します。
「でしたら、私の理性を試すような行動はこれを機に止めて頂けると幸いです。正直、私も緊張で心臓が破裂するかと思いました……」
「そうだね……善処するよ」
エスミはちらっとナギサの表情を一瞥し、そのまま身体を起こしました。
どうやら体調は万全に戻ったようです。彼女の表情に余裕を感じます。
「膝枕してくれてありがとう。おかげで気分が良くなったよ」
「それは安心しました。もし私の膝で良ければ、今後もエスミさんのためにお貸しする事は出来ますが……如何でしょうか」
「……まあ、また今日みたいな時は有難く貸してもらおうかな」
「ええ、是非とも遠慮なく頼ってください。もちろんエスミさんの方でも体調はしっかりと管理してくださいね? 私としてはエスミさんの体調が万全である方が一番嬉しいのですから」
「ありがとう。それじゃあ……話の続きでもしようか。えっと、何処まで話してたかな?」
「サンクトゥス分派に所属されているセイアさんの為に、エスミさんが美術部副部長のキオさんと共に美術講座を開かれたお話ですね」
「ああ、そうだったね。その話だけど実は続きがあって……本目が彫刻について熱く語りだしたおかげで、1日だけのはずの講座が結局2日間になってしまったんだ」
「それは……凄い事ですね」
「私も彼女に負けず劣らず大の美術オタクだけど、流石に彫刻だけであんなに熱くは語れないかな……ちなみに桐藤はどう思う? 私が美術について数時間も熱く話し続けていたら? 流石に迷惑だよね」
「いいえ。元々私も美術は好きですし、何より美術を前にすると人が変わったように明るくなるエスミさんのお姿はむしろ貴重です。迷惑どころか、もっと沢山見せて頂きたいとすら思っています」
「本当に? 君とはそこそこ長い付き合いだから遠慮しているつもりは無いけど……熱が入るとそれなりにうるさいからね、私」
「過去に美術館で恍惚したお姿を見せていた頃に比べれば、口数が増えるだけで特に問題は無いのでは? 正直、ミカさんに比べればエスミさんはむしろ静かすぎます。ミカさんのように、どんな話題でも常に賑やかであれば話は変わりますが……」
「おっと。今、遠回しに聖園が騒々しいと言ったね? あの子が聞いたら頬を膨らませて抗議して来そうだけど良いのかな?」
「では先ほどの話は無かった事にいたしましょうか。これは私とエスミさんだけの秘密です、フフッ」
「悪い顔……やけに似合うね、それ」
「そ、そうですか? あまり自覚は無いのですが……」
「何だかんだ政治だらけのティーパーティーに所属している訳だし、知らない間に板についてきたのかもね。それに君、元からかなり大人びているし」
「では遂に私も敏腕の政治家のような雰囲気が出始めたという事ですね」
嬉しそうに胸を張って喜びを露わにするナギサ。
しかしエスミはその姿に対して眉をひそめて肩をすくめるものの、あえて何も言わず再びナギサの隣に腰掛ける形でソファにお尻を沈ませます。
そうして当初と同じ状況に戻った2人は、いつものように世間話に花を咲かせ始めるのでした。
《1 - 4》
「ところで、エスミさん。実は今回私の方から1つプレゼントを贈らせて頂きたいのですが……受け取って頂けるでしょうか?」
それは先程の膝枕の件から少しばかり時間が経った頃。
世間話のネタも底を尽きかけ、状況的にいよいよお開きをするべきと悟ったナギサは、最後に何やら緊張した様子で隣のエスミにそう言葉を投げてきました。
「プレゼント? 君から……私に?」
「はい。去年……いえ、正確に言えばまだ数か月前の話になるのですが……エスミさんが私にロールケーキを送って頂いた件に対するお礼品になります」
「ああ、私たちの記念日の……」
記念日。
厳密にはナギサとエスミが初めて出会った日の事であり、前回の件をきっかけに今後から2人は互いにプレゼントを贈り合う事を決めていました。
しかし次回の記念日はまだまだ遠い先の話。
そのためナギサが先ほど口にしたように、彼女が渡そうとしているプレゼントはあくまでも前回エスミから頂いた品に対する〝お礼〟という事になります。
エスミとしては『別に返礼は求めてなかったのに……』と返したい所でしたが、それでも彼女からプレゼントを貰えることに素直に喜びを感じていました。
何であれナギサが自分に合うはずだと選んでくれた品なのです。中身に対する好奇心が勝ります。
「そのプレゼントはどこ? せっかくだし、君の手で直接見せて欲しいかな」
「わ、私がですか……エスミさんがそう仰るのなら……えっと、サイズは少し大きめですが紙袋がこちらに…………ありました、こちらです」
少しだけソファから離れ、部屋の隅に置いていた私物から1つの紙袋を手に戻って来たナギサ。彼女の言う通り、その紙袋は確かに大きいものでしたが中から取り出されたのは意外にも片手で掴める程度の木製の箱でした。
「……?」
「私なりに考えてエスミさんにお似合いなプレゼントを選んだつもりなのですが……き、気に入って頂けると幸いです……」
そう口にして、緊張した様子で木箱を開けるナギサ。
気になる箱の中にあったプレゼントは、正直エスミとしても予想外のモノでした。
「これって……ナイフ?」
驚きです。
あのナギサが、贈り物としてこのような物騒な物を選ぶとは。てっきり画材か何かを選んだものと思っていただけに良い意味で予想を裏切られました。
しかし何か理由があるのだろう、と目を何度か瞬かせながらエスミは目の前にあるナイフをじっと見つめます。
「はい。こちらは主にキャンプ用品向けに販売されているナイフにはなりますが、それだけではなく鉛筆を削る際にとても役に立つかと。エスミさんは普段、鉛筆を削るときに使われる道具はいつもカッターナイフでしたので……ならば、ナイフは如何かと思いました」
「まあ、ほとんどの画家はカッターナイフで鉛筆を削るからね。でも……そっか、鉛筆を削るのにナイフという手もあったね。完全に盲点だったよ」
そうは言っても特に珍しい話でもありません。
エスミの前世ではかの有名な画家【パブロ・ピカソ】もまた、彫刻や鉛筆削りのために折り畳み式の小型ナイフを愛用していた例があります。
むしろ日本に比べれば海外ではポケットナイフを愛用することは非常に多く、それは画家や芸術家であっても例外ではありません。
それにナギサが用意してくれたこのナイフをよく見ると、キャンプ用品向けとは言いつつも製造しているメーカーはかなりの大手。加えて耐久性と利便性に秀でていることで有名な、ある意味で高級ブランド品でした。
まさかとは思いますが、これはオーダーメイドなのでしょうか?
「その通りです。エスミさんの為に色々と要望を通した上でメーカーに作って頂いた特注品になります」
「そ、そこまでしてくれたの?」
「他の方であれば『ただ鉛筆を削るだけで、そこまで拘る必要はない』と思われるかもしれません。ですが、鉛筆を削ると言っても些細な力加減や削りやすさで鉛筆そのものの使い心地が大きく変わります。特にエスミさんはプロの画家です。むしろ道具にも拘りは必要でしょう…………とはいえ、エスミさんに黙ってこのような品を勝手に用意したのは流石の私もやり過ぎだとは思っています……申し訳ありません」
「謝ることはないよ。桐藤はただ私の為を思って色々と考えてこのナイフを用意してくれたんだよね? なら有難く使わせて貰おうかな」
くすっと微笑を零し、木箱から丁寧にナイフを手に取るエスミ。
さて、いざナイフを持ってみた感想ですが『軽い』の一言に尽きます。
もちろん種類的にはポケットナイフに該当するため重くては全く話にはならないのですが、右手に障害を抱えているエスミとしては長時間利き手で使用しても問題がない軽い道具は非常に助かります。
特に鉛筆を削る以外でもナイフの使い道は多くある訳で、利き手に負担が掛からない軽さというのはかなり重要でした。
「……驚いた。ナイフの刃はそれなりに大きいのに、こんなにも軽いんだね」
「やはり使用する上では扱いやすさと軽さが何よりも大事ですので。もちろん耐久性も問題はありません。定期的な刃の手入れは必要ですが、それでも簡単に刃が折れることは無いはずです」
「何だか、聞けば聞くほど私には勿体ない代物だけど……でも、ありがとう。大事に使わせて貰うね」
元々ナイフが収められていた木箱ごと受け取り、エスミは嬉しそうな声と共にナギサに感謝の言葉を述べます。
「せっかくだから、このナイフの試用も兼ねて絵でも描こうかな。桐藤、この後一緒に素描でもしてみない?」
「エスミさんと共に絵を描けるのならむしろ喜んで。場所やモチーフはどうされますか?」
「時間はまだまだ有ることだし、それを今から一緒に探そうか。私が勝手に決めるのもあれだし、たまには一緒に話し合いながら題材を決めていこう」
「承知しました。では『善は急げ』です。今から探しに向かいましょう。少しお待ちください、すぐに準備を済ませてきますので」
そう言うや否や、大変ウキウキした様子で画材を準備するために慌ててソファから立ち去るナギサ。
普段はあまり2人きりで会うことが無いため、まだ一緒にいる時間が増えるとあって彼女なりに嬉しいのでしょう。
エスミはそんな彼女の後姿を眺めた後、手元にあるナイフに視線を落として微かに笑みを零し、自身もまたソファから立ち上がり彼女の後を追うのでした。
ナギサから貰ったナイフを大事に胸に抱えながら。
栢間エスミの秘密・16
・利き手の負担をなるべく避けるため、使用している鉛筆は基本芯が柔らかい『B』。
しかし本人としては芯が固い『H』が好みだったりする。
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
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拳銃(M1911,グロック等)
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リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
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自動小銃(HK416、AK-47等)
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短機関銃(M1921、MP5等)
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小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
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散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
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機関銃(MG42、M249等)
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対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
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擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
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素手