夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
「正義実現委員会に美術講座を開いて欲しいって……それ、本気で言ってるの?」
ある日、美術部の個室でのんびりと創作に励んでいたエスミの下に、美術部副部長である本目キオがティーパーティーからの伝言を持ってきました。
それは犯人の情報提供に役立つ『似顔絵』を描ける正義実現委員会の生徒を育成するため、プロの画家である栢間エスミに是非とも美術講座を開いて欲しいというティーパーティーからの要望であり、伝言を預かってきたキオは大変面倒そうな顔をしたまま溜息と共に頷くのでした。
「ええ。どうやらエスミさんと私がセイアさん相手に定期的に美術講座を開いていたのを、ティーパーティーの情報部が何処からか掴んだようですわ。ご存知の通り、正義実現員会はティーパーティーの直属組織。『ティーパーティーの一員であるセイアさんに講座を開いてくれるのなら、配下の組織に講座を開いても別に問題は無いのでは?』と現ホストが大層嬉しそうに仰っていましたわ」
「そう。そういえば今のホストを務めているのは確か…………ああ、フィリウス分派の彼女か……なるほど。彼女なら言いそうだね」
「あら、もしやエスミさんのお知り合いでしたの?」
「私のクラスメイトだよ。毎年懲りずにティーパーティーに勧誘してくる、かなり諦めの悪い知人だけどね」
それでも不意にパトロン契約を結んで来ようとするナギサに比べればまだマシです。
エスミは苦笑いと共に大きく背伸びをすると、キオにふと尋ねました。
「今週、美術部は何も行事や予定は入れてないよね?」
「……まあ、シスターフッドから依頼された作品が完成したので、それの引き渡しがあるぐらいで他は特に何もありませんわね…………ちょっとお待ちになって。もしかしてエスミさん、先ほどの件を引き受けるつもりかしら?」
苦い顔をしながらキオがそう問い返すと、相手は小さく頷きます。
「運が良いことに今の私は時間に余裕があるからね。ほんの半日ぐらいなら、正義実現委員会を相手に講座を開いても良いかもしれないと思って。それに、彼女達はこのトリニティの治安を維持してくれている大事な組織だからね。力にはなってあげたい」
「はぁ……そうおっしゃるけれど、セイアさんだけを相手するならともかく、今回の件に関しては相当な数の生徒を相手することになりますわ。果たして、半日程度で講座が済むのかしら」
「流石に絵の素人相手に講座を開くつもりはないよ。多少の絵心がある部員を集めて貰って、彼女達の技術の底上げを図るつもり。私が知るかぎり、似顔絵と言っても写実的な技術を求められている訳じゃないからね。参加人数も絞られるはず」
「……そうですか。他でもない美術部のリーダーであるエスミさんがそう乗り気なら、副部長である私から言う事は何もありませんわね。貴女が不在にしている間、ひとまず部の方は私が面倒を見ますわ」
「ありがとう。そう言って貰えると助かるよ」
「その代わり、後日セイアさんの為に時間を作って頂けませんこと? 彼女、近頃エスミさんの事で何やら悩みを抱えているようでしたわ」
「百合園が、私のことで悩みを?」
キオは『さてどう言ったものか』という難しい表情を浮かべましたが、ただ肩をすくめるのみで中身に関しては口を開きませんでした。
「詳細に関しては、今はまだ何も言えませんわね。あくまでもセイアさんの親友として抱いた違和感……あるいは、私が勝手に抱いた不安に過ぎませんもの。本人に尋ねたところで正直に教えてくれるかどうか……ですが、あの様子を見るに悩みの原因は十中八九エスミさんで間違いはありませんわね」
「そう。分かった、その件は後で対処しておくとするよ」
「ええ。ではティーパーティーへのご連絡は私が担当しますわ。エスミさんはその他の手続きをお願いします。セイアさんの件は……心の片隅に留めて頂けると嬉しいわ」
「……そうだね。この件が済んだら考えてみようかな」
エスミは手元にある筆を指先で弄りながら、小さく笑みを浮かべました。
《1-2》
「エスミさん。この度は無理なお願いを引き受けてくださり、誠にありがとうございます。委員長もエスミさんが快く引き受けてくださった事、非常に喜んでいました」
ペコリと大きく頭を下げ、しっかりと滑舌よく感謝の言葉を述べるのは正義実現委員会に所属している2年生こと、羽川ハスミでした。
この度、正式にティーパーティーからの依頼をエスミが受諾した事によって、それなりに交友のあるハスミが仲介人として上層部から抜擢されたのでした。
よって、これからエスミが正義実現委員を相手に行う美術講義にハスミが直接加わる事はなく、どちらかと言うと裏方に専念しつつ彼女のフォローを行う予定です。
とまあ詳細はさておき、既に部室から手持ち用の画材を持って来たエスミは微笑と共にハスミに言葉を投げます。
「久しぶり、羽川。今回はティーパーティーからの依頼の関係で、この美術部部長の私が僭越ながら皆を相手に講習を開かせて頂くね」
「僭越だなんて、そんな……エスミさんは、既に誰もがご存知の有名な芸術家です。トリニティにおいてはその分野で1、2を争うほどの実力者であると伺っています。そんな方が直々に講習を開いてくれるのですから、きっと彼女たちにとっても大きな経験となるはずでしょう」
チラッと視線を後ろの方に向けたハスミ。
その視線を追うようにしてエスミも目を動かすと、そこには数十人規模の集団がわちゃわちゃと中庭に集まって楽しく談笑をしていました。
皆、正義実現委員会に所属している生徒たちであり、各々がある一定の絵心を持つ少女たちです。あくまでも彼女達は自治区と学園の治安維持活動に熱意を注いでいる立場なため、エスミのように深い美術愛を抱いている訳ではありませんが、絵を描く楽しさや、その絵を活かすことで正実や自治区のために役立てることは、あの場にいる全員が理解していました。
故に今回、エスミが開催した講習に彼女たちは自ら望んで参加したのです。
「思っていたよりも人数は多いんだね?」
「ほとんどはエスミさんから教えを受けることに興味津々……と言うより、エスミさんを間近で見たくて志願したようなものですが、参加した生徒のほとんどは1年生になります」
「そう。まあ今日の講習で私よりも技術の習得に集中してもらうよう後で忠告してあげてね。次回も私が彼女たちのために講習を開くとは限らないんだから」
「ええ、存じています。貴重な時間を頂いているのですから、その辺の指導はお任せくたさい。この経験が後に彼女たちにとって大きな飛躍のきっかけになるかもしれません。ただの講習とは思わず、集中して聞いて頂くよう先輩である私が取り仕切りましょう」
頼もしい。
流石、ブルアカ原作では正実で副委員長を務めている人物です。生真面目でありながら、それでいて正実の子達のためを思う優しい心の持ち主。
この調子ならこの世界線でも次期副委員長の座は間違いないと思いつつ、エスミは画材を手にして歩き出しました。
向かう先は、もちろん正実の子達が集っているあの場所です。
「……あっ、ねえ見て。あの方ってもしかして!!」
「間違いない、エスミ様よ!! 本当に来てくださったのね!!」
「栢間先輩、ごきげんよう!!」
「エスミ様!! あ、あの。後でサインとか頂けませんか!? 私、先輩の大ファンなんです!!」
「可能なら握手とかしても良いでしょうか!?」
「講習を開いて頂けると聞いて参加しました!! この度は何卒、よろしくお願いします!!」
「私、前々から絵心はあると思っているのですが、より腕を磨くためにもご指導よろしくお願いします!!」
「あの、失礼ですがエスミ先輩はご自身のことをタチとネコ、どちらだと思いますか!?」
「私はネコだと思います!!」
「私も同じです!!」
「この学園に恋人がいらっしゃるとお聞きしました。それは本当ですか!?」
「違うって、恋人じゃなくて同棲相手ですよね!?」
「スリーサイズ教えてください」
するとどうでしょうか。
エスミの姿が目に入るや、先ほどまで楽しく談笑していた正実の子達が一気に押し寄せ、各々が目を輝かせては様々な質問と言葉を投げてきました。
というより……後半になるにつれて、全く意味の分からない言葉まで飛んでくるほどです。
最後の質問なんか、もはやセクハラではないでしょうか?
同性を相手に、しかも学生同士の交流でセクハラが通用するのかは正直疑問ですが……。
とはいえエスミとしては流石に反応に困ってしまいます。
今までも何度か、ファンやガチ恋勢らしき生徒から似たような質問を受けたことはありますが、原作のゲームではよく目にする正実の子達からも同じ質問を受けるとは心底思っていなかったのです。
これはいわば一種のキャラ崩壊ではないかと思い始めた時、エスミの隣で付き添っていたハスミが手を叩いて声を発しました。
「皆さん!! そう押しかけて質問を投げ続けるのは、わざわざ貴重な時間を頂いてお越しくださったエスミさんに大変失礼です!! 先ほどのような質問は講習が終わってからにしてください!!」
彼女の凛とした声は中庭全体に響き渡り、上級生という事もあってハスミを前にして正実の子達は一気に緊張感を増して背筋を伸ばしました。
「皆さんにとって、エスミさんが気になるのは当然です。それは仕方のない事でしょう。普通であれば、おいそれと話すことも出来ない立場の方です……しかし、そもそもエスミさんに恋人やパートナーなどはいません。信憑性の薄い噂を鵜呑みにして、安易に騙されないようにしてください!! 皆さんは正義実現委員会に所属する生徒なんですから!!」
「羽川……ありがと――」
「ちなみに私は、エスミさんは〝タチ〟だと思います」
「羽川?」
流石は次期副委員長、頼りになる!!
と強い感銘を受けた途端、割と真面目な顔をしてハスミは突然ぶっとんだ事を言い出しました。
エスミの動きがピタッと止まってしまいます。
「まず最初に、エスミさんは普段心優しい方ですが厳しい時はとことん厳しいお人です。以前、救護騎士団に所属している蒼森ミネさんと共に彼女を困らせてしまい厳しいお叱りを受けました。あの時のエスミさんの有無を言わせない冷たい笑顔を私は忘れることは無いでしょう。そんな彼女がネコなんて……正直言ってキャラ違いも甚だしい話です!!」
「……羽川?」
「それにこれはミネから特別に聞いた話ですが、エスミさんはかなり着痩せする方のようで実はスリーサイズは上から順に8――」
「羽川!?」
彼女たちの熱い質問の嵐に影響を受け、普段は冷静な頭がついに壊れたのか。
普通の生徒すら歩いているこの中庭で、未来の副委員長になる存在のハスミが更なる爆弾発言をする前にエスミは慌てて自身の手で彼女の口をふさぐのでした。
一方でその姿を間近で眺めていた正実の子達は、各々自由に『言われてみれば、確かにタチという事も……』とか『いやこれで実はネコならギャップ萌えがあるでしょ?』とか、挙句には『えっ、その制服の中にとんでもないモノを隠しているんですか!?』と羨望や好奇心に近い視線を向けられる事となり、気付けばエスミは人前では滅多に見せない赤面を晒すこととなりました。
結果、その姿を見た何人かがうっかり新しい扉を開いてしまうのですが……ここだけの秘密です。
《1-3》
「さ、先ほどは大変申し訳ありませんでした……」
「まさか君があんな暴走をするなんて……次やったら流石の私も怒るからね?」
「はい……肝に銘じます」
さて時間は多少経過して、しばらく後。
ひとまず我に返って正気を取り戻したハスミの指示の下、無事に美術の講習が開催され、現在は2人1組でグループを組んで互いの似顔絵を描く時間を過ごしていました。
とはいえ講師としてやって来たエスミと、その彼女のサポート役であるハスミは少し離れた所で立ち話をしており、視線の先で正実の生徒達が必死に鉛筆を走らせているのを茫然と眺めています。
「……あの、エスミさん。少し質問しても宜しいでしょうか?」
ふとここで、反省から立ち直ったハスミが小さく片手を上げて尋ねてきました。エスミはその姿を一瞥すると、首を傾げつつも頷きます。
「別に構わないけど、どうかしたの?」
「エスミさんは……ティーパーティーの方々とはどういった関係を築いていらっしゃるのでしょうか」
「…………」
一瞬、エスミの目がきゅっと細くなりましたが、すぐに苦笑して首を横に振ります。
「どうも何も、ただの政治家と芸術家の付き合いをしているだけだよ」
「……聞いた話ではティーパーティーに所属されているセイアさんやナギサさんと、大変親しくされているとか。ああ、それとミカさんとも。特にセイアさんに関してはわざわざエスミさん自らお部屋を訪ねている姿を、巡回中の正実の子達が度々目撃しているようです」
「詳しくは言えないけど、百合園の件に関してはサンクトゥス分派の先々代首長から直にお願いをされていて、素直にそれに従っているだけ……と、説明しても流石に信じて貰えないだろうね」
「そう、ですね……後輩からの話ではまるで実の姉妹のような仲の良さだと聞いているので。一応、病弱体質なセイアさんの介護を任されているという話は前から耳にしたことはありますが……それにしては仲が良すぎると感じています。今回の美術講習も元はセイアさんを相手にエスミさんが個別で開いていたのを、ティーパーティーが話を聞きつけて正実に強引に持ち込んで来た、と委員長からお聞きしました」
「おや。ティーパーティー直属の委員会だけに、ちゃんと情報は共有しているみたいだね」
むしろまだ2年生という立場でありながら、その手の情報を正実の委員長から直々に聞かされている辺り、正実上層部のハスミへの信頼の厚さを感じます。
今回の講義の件も本当はエスミと同学年の3年生を派遣すれは良いものを、こうしてハスミを抜擢したということは正義実現委員会の方でも組織なりに何か考えがあるのでしょう。
エスミは面倒そうに溜息を零すと、腕を組んで天を見上げました。
雲1つない快晴がそこには広がっています。
「正実の委員長から、私の〝監視〟でも任された?」
「……ノーコメントでお願いします」
それはもう半ば認めているようなものですが、エスミはあえて追及する事はしません。
実際、ティーパーティーに所属しているナギサ達とエスミの仲が良いのは周知の事実であり、ナギサやミカとは中等部の頃からの長い付き合いである事も大半の生徒達には知られています。
加えて今の美術部副部長を務めているのはフィリウス分派所属でナギサの付き人を務めるチェリと、サンクトゥス分派お抱えの彫刻家にしてセイアとは親友の間柄であるキオの2人です。
ついでに補足すると、現在正実の委員長を務めている生徒はエスミとは同学年。
言ってしまえばエスミが派閥や組織に属することは無く、トリニティ特有の政治争いを忌避し、孤独に絵を描き続けていた『孤高の一匹狼』時代をよく知る人物だからこそ、ここ最近になってティーパーティーとの絡みが次第に増えつつあるエスミの立ち回りに疑問や懸念を抱くのは、いわば当然の事でした。
(別にそんな野心を抱いている訳じゃないんだけどね……)
エスミとしては自身が深く愛する美術を追求し続ける過程で、不可抗力にもナギサやセイアといったブルアカキャラとの間に強い接点を持ってしまっただけであり、美術部の部長を務めているのも、過去の事件が影響して美術部の部員達が楽しく自由に活動出来なくなるという当時の惨状を見過ごせなかったという事情があります。
とはいえ、それらの理由をハスミに説明する必要はありません。
どのみち後1年もしないうちにエスミはこの学園を卒業し、ブルアカ原作が始まるよりも前にこの世界から退場できるのですから、今のところは目立った動きを見せることなく傍観するに限ります。
「……ん? もうそろそろデッサンが終わる時間だね」
ふと時刻を確認してみれば、向こうで正実の子達が似顔絵を描き始めてそれなりに時間が経とうとしていました。
体感ではそんなに長時間が経った気がしないのですが、ハスミとこうして会話をしていたおかげかもしれません。
エスミは大きく背伸びをして身体を一旦ほぐすと、160センチ台の自分より遥かに背の高いハスミを見上げながら、ニッコリと笑みを向けます。
「それじゃあ、一旦彼女達の所に戻ろうか。どんな絵を描いたのか見るのが楽しみだし、今日の君の役割は私のサポートだからね。監視するのも別に構わないけど、この後も講習の時間は残っているわけだし、少しだけ君をこき使わせて貰うよ」
「……はい。私で良ければ、どんどん頼ってください」
ほんの一瞬ですが、エスミに対し心底申し訳なさそうに暗い表情を見せたハスミ。しかしそれを分かった上で、あえて慈愛の笑みを浮かべているエスミの姿を目にすると、すぐに彼女自身も明るい笑みを作りました。
その姿に大変満足した様子でエスミは彼女に対して背を向け、移動を開始します。
ハスミはそんな彼女の背中を眺めながら、先日交わした正実の委員長との会話を思い出していました。
『ハスミ。貴女には後日、美術部部長の栢間エスミが正実のために開いてくれる美術講習で彼女のサポートを担当してもらいます。画材の準備とか、荷物持ちとか、まあ色々と頼まれるでしょうけど、宜しくお願いね』
『私が、エスミさんのサポートを……ですか』
『ええ。それともう1つ、貴女には美術講習のサポートという立場とは別に栢間エスミの〝監視〟を任せるわ』
『っ……委員長。それはつまり……』
『まあそう身構えないで。あくまでも〝念のため〟よ。彼女を常日頃監視している組織なんて、正実を除いてもティーパーティーやシスターフッドと、この学園にはわんさかいるんだから珍しくも無いわ。それでも彼女から悪事の類の話は一切聞かないし、彼女自身それを望んでするような人物では無いのは同学年である私がよく理解している。いっそのこと本人に監視してる事を堂々と明かしても良いのよ?』
『それは……流石にどうなのでしょうか。監視の意味を成さないような……?』
『どうせ隠したところで遅かれ早かれ彼女に気付かれるのがオチよ。この学園に入学してからずっと美術だけに愛を注ぐ変わり者として有名な彼女は、賞賛や尊敬以外の視線も毎日向けられてきたもの。そういう視線や空気には人一倍敏感でしょうしね』
『なら監視なんて後ろめたいことはせず、普通にサポートをすれば良いだけかと……』
『体裁よ、体裁。ただでさえ近頃ティーパーティーと随分仲良くなっている美術部の部長が、わざわざティーパーティーからの依頼で正実のところに来て講習を開こうとしているのよ? それも昔は大の政治や派閥嫌いで有名だったあの栢間エスミがね。邪推するような周囲を牽制するためにも一応のアピールぐらい必要と言った所かしら』
『…………』
『あら、それでもやっぱりハスミは不安かしら?』
『え、ええ。まあ……はい……』
『ウフフッ、安心しなさい。彼女は自身が愛する〝美術〟を汚されるか、蔑ろにでもされない限りは滅多に怒らないし、暴走することもないわ。貴女が真摯に彼女のサポートをしてあげれば何事もなく無事に例の講習は終わるはずよ。もちろん気が乗らないなら監視という任務を放り投げても良いわ。近くにいるだけでも一応監視をしている事になるんだから。律儀にこなす必要は無いわ』
『あの、前々から思っていましたが……委員長は時々、仕事に対して適当過ぎませんか?』
『そりゃあ勿論、私は根っこからの武闘派で現場主義者よ。回りくどい政治とか書類事務とか、正直嫌いよ大嫌い。銃片手に暴れている方が性に合うわ』
『それは受け持った仕事を適当にこなして良い理由にはなりません。まったく、委員長と同じ武闘派でもツルギの方が一番真面目に仕事してくれますよ?』
『確かに。なら次の委員長は彼女で決まりね!! ええ、そうね。是非ともそうしましょう!! ちなみに貴女は副委員長に抜擢ね!!』
『ちょっと委員長!! 後任ぐらい真面目に考えてください!!』
何だか他愛もない話まで思い出してしまいましたが、結局のところエスミの行動は良くも悪くも注目を浴びているのです。
わざわざ一般の生徒すら利用している中庭で堂々と講習を開いているのも、元から政治的野心は抱いていないという意思表明なのかもしれません。
ちなみに先ほどから対象を観察するが如くエスミを凝視している生徒が何名か、遠くの物陰に隠れているのが見えます。
ここは正実の活動の一環として注意するべきかハスミは悩みますが、肝心の観察されているエスミ本人が全く気にしていない素振りを見せているので、恐らくあれは放っておいても特に問題は無いのでしょう。
いえ、むしろ正実の子達が描いた似顔絵を手に取りながら、目を輝かせ心底楽しんでいるエスミの姿を見るにあれはどうやら存在に気付いていないだけかもしれません。
「……本当に、美術がお好きなのですね」
呆れつつ言葉を漏らしますが、むしろあの無邪気な姿を周囲に見せつければティーパーティーや正義実現委員会との関係について邪推される事はないでしょう。
ハスミはもう一度エスミを観察している遠くの生徒たちの姿を視界に収めると、今度はもう興味は無いとばかりに顔を背け、正実の子達を相手に講評を始めたエスミの下に向かって自身の足を動かすのでした。
「今日の私は、貴女のサポート役に徹しましょう……エスミさん」
《1-4》
美術分野における人物デッサンと、目撃証言を元に描く犯人の似顔絵は、似ているようで実は中身が全く違います。
というのも対象をよく観察し、細かい陰影やシルエットすらも取り込んで描いていく人物デッサンに比べて、そもそも対象のモデルすらいない状態で文字通り〝0〟から人を描き上げるのは至難の業と言えるからです。
当然、目撃証言の言葉だけを頼りにこの世に実在する人物を描くわけですから、そこに絵の上手い下手といった技術は大して関係はありません。特にこのキヴォトスで生活している種族は人間だけに留まらず、ロボットや犬など非常に様々なのですから。
この場合、目撃証言を元に描くにあたって大事なのは『印象』です。
怖い人相だったのか?
笑うと明るいのか、それとも暗いのか?
健康そうなのか、それとも不健康なのか?
目撃証言をしてくれる人は大体の場合、犯行が起きた際の衝撃と恐怖の感情に左右されて、事実からかけ離れた証言をしてしまう事があります。
いくらキヴォトスに住む人々全員、銃弾を受けたところで大したダメージを負わない身体を持って生まれるとはいえ、誰しもが銃火器を所有している訳ではありませんし、弾を1発や2発受けただけでも痛いものはかなり痛いです。
ですから当然、犯行が起きた事に対する若干の恐怖や不安は存在し、その感情に支配されることで犯人の印象を勝手に決めつけてしまう事もあまり珍しくないのです。
ブルアカ原作においてもアビドス編で銀行強盗をした主人公チームを前にして、ブラックマーケットの銀行員が酷く怯えていたのが良い例と言えるでしょう。下手に逆らえば大怪我をする。
それはブルアカの世界であっても決して覆ることのない常識。
故に、目撃証言の言葉だけを頼りに似顔絵を描くのではなく、あらかじめ数パターンの似顔絵を描き上げて『どれが犯人に一番近いですか?』と尋ね、そこから目撃証言を元に改良を加えてみるのも1つの手と言えるでしょう。
となれば顔を描く基礎が大事となり、数パターンの顔を描き分けるための経験や知識も必要不可欠となります。
そのため今回の美術講習を開く際、エスミは条件として絵心のある生徒を志願制で正実からかき集めたのでした。まあ少々予想していた人数より多かったのは誤算でしたが。
そして数時間に及ぶ講義が遂に終わりを迎えた時、エスミは彼女たちに〝宿題〟と称して定期的に人の似顔絵を描くよう伝えました。
『結局、量と質が大事だからね。同じ正実に勤めている仲間の顔を描いても良いし、クラスの友達や自治区の住民の顔を描いても良い。ともかく週に1枚か2枚は他人の顔を描いて、その特徴や印象を徹底的に覚えて頭にインプットしていこう。もしまた次も講習を開くことがあった時は、君たちの成長した姿を楽しみに待っているね。頑張って』
ニッコリと笑みを浮かべ、片手をひらひらと振りながら講習を締めくくったエスミ。
直後、彼女の下に全員が押しかけ各々が感謝の言葉を述べるという一種のハプニングが生じたのですが、この時ばかりは冷静にハスミが対処してくれたおかげで何事もなく終わりました。
そして現在、エスミは中庭を散策しています。
無事に講習も終わった為、今日の出来事を委員長に報告する義務があるハスミは一足先に帰宅しました。つまり今のエスミは文字通り1人。
先ほどまで講習に参加していた正実の子達も学園の巡回や担当している部署の仕事があるため、今この中庭にいるのは一般の生徒を含めてもごく僅かとなっています。
「…………良い時間だったなぁ」
心地良い風が木々を揺らし始める中、たいそうご満悦な表情を浮かべているエスミは独り言を零しました。
どうやら彼女にとって今回の講義は非常に満足のいく結果で終わったようです。むしろ才能ある芸術センスの持ち主に出会えたり、癖のある描き方をしてみせた生徒に出会ったりと、美術を追求しかつ愛してやまない彼女にはさぞ至高の時間だったことでしょう。
この調子だと次回の開催もそう遅くはなさそうです。
(部室に戻ったら久しぶりに人物デッサンでもしようかな? ああ、でも最近全然描いてないから腕が落ちてる可能性もあるし、基礎を固めるためにヌードデッサンをしてみるのも有りだね……そもそもトリニティってお嬢様学校だから、外部からヌードモデルを呼んで良いのか分からないけど……)
自身の顎に手をあてて深く熟考を始めながら、ひとまず傍にあるべンチに腰掛けます。
するとそんな彼女の下に、1人の生徒が近寄ってきました。
「あ、あの。少し、お時間をお借りしても宜しいですか!?」
「ん? 私に何か用でもあるのかな?」
熟考しているところを邪魔してしまい、少々申し訳なさそうな声を発した生徒に対し、全く気にしていない様子でエスミは微笑を向けました。彼女にとってこの程度の熟考は日常茶飯事であり、中断された所で時間さえあればすぐに再開するので特に問題ありません。
「は、はい。エスミ様にどうしてもお願いしたい事があって……!!」
「私にお願いごと?……良いよ。話してごらん」
エスミの下に駆け寄ってきた生徒は……正実の制服を着ていました。
身長はエスミより少し低いですが、そのうち背が抜かされそうです。それに彼女よりも長い……まるでハスミのような黒い長髪と背中の羽が目立ちます。残念ながら前髪が目に被さっているため少女の目元は分かりませんが、それでもエスミとの会話に酷く緊張しているのが分かります。
ちなみに少女の手にはスケッチブックや鉛筆が握られているため、先ほどの講習に参加していた生徒の1人なのでしょう。
エスミは『講習の件で何か質問でもあるのかな?』と疑問を抱きつつ、目の前の少女をじっと見つめ言葉を待ちます。
さて気になる少女は真っすぐな目を向けてくるエスミを前にして小さく何度か深呼吸を行うと、次の瞬間には頭を下げてこう口にしたのでした。
「お願いします!! どうか私に、エスミ様の似顔絵を描かせてくださいっ!!」
それは、まるでエスミを相手に愛の告白でもしているのか、と疑いたくなるような気迫でした。
少女からの言葉をもろに受け止めたエスミは勿論のこと、周囲を歩いていた一般生徒も何事かと歩みを止め、しばし硬直してしまいます。当然、この場の空気が一変したと言っても過言ではなく、我に返った少女は周囲の状況を目にして途端に顔を赤くするのでした。
「あ、す、すみません!! と、突然こんなお願いをしてしまって!! エスミ様が講習の終わりに口にされた宿題の件で、出来れば最初の1人目はエスミ様を描きたいと思っていたのですが……こ、こんな事いきなりお願いされて、ご迷惑ですよね。申し訳ありません!!」
ペコペコと止まることなく頭を下げては上げ、下げては上げの行動を繰り返す少女。
傍から見れば愛らしく、また滑稽な姿ではあるのですが、エスミは『落ち着いて』と口にしながら彼女を宥めます。
「そう慌てなくても大丈夫。私を描きたいって話だけど、君のお願いを断るつもりはないから安心して」
「ほ、本当ですか!?」
「むしろ私の所に来たのが君1人なのが意外だけどね。自分で言うのもあれだけど……私、意外と君たちから人気があるみたいだし」
講習が始まる前と終わった後の光景を思い出し、わざと苦笑するエスミ。
それにつられて少女も苦笑いをしました。
「ア、アハハハ……そうっす――ああいや、確かにそうですよね。エスミ様が不思議に思うのも仕方ないと思います。実は皆、もっと上手くなってからエスミ様の似顔絵を描くつもりでいるんです」
「それで私の下に誰も来なかったということ?」
「はい」
「そう……でも、そんな中で君だけは私の所に来た。どうしてか聞いても良い?」
「それは……私が、エスミ様に憧れているからです」
「憧れ? それが理由で最初に私の似顔絵を?」
「あっ、す、すみません言葉足らずでした…………ちょっと自分語りになってしまいますが、少しの間だけ私の話を聞いて頂けますか?」
「それで理由が分かるなら是非とも聞かせて」
「あ、ありがとうございます……実は私、昔から夢中になれる〝趣味〟を持った事がなくて、ほとんど練習やコツさえ掴めばあっという間に上達しちゃうんです。でもそのおかげで何をやっても熱中出来なくて……」
「趣味を……成程ね」
少女は手に持っているスケッチブックを胸で強く抱きながら、微かに身体を震わせました。
「絵を描くのも同じです。技術さえ覚えたらあっという間に人並みに描けるようになって……でも今までと同じで、いくら絵を描いても熱中したことはありませんでした。そんな時、エスミ様が私達のために講習を開いてくれると聞いて、真っ先に飛びついたんです」
「私の講習を?」
「はい。エスミ様の名声や功績は私もよく知っています。幼少期の頃から絵を描き続け、中等部の頃には自治区で開催されたコンクール全てで最優秀賞を受賞。史上最年少で画家となり、今ではキヴォトス全土で名が知られる有名人となっているお方……しかしその代償として、利き腕に障害を抱えていることも……」
途端に少女の顔が曇り、視線がエスミの右腕へと移ります。
まるで同情されているようなその視線に痒さを感じ、自然と右腕を左手で摩りながらエスミは黙って彼女の言葉の続きを待ちました。
「そこで私は感じたんです。いつの日か絵が描けなくなるかもしれない障害を抱えても、エスミ様は今でもずっと絵を描き続けている。夢中になるとか、熱中するとかの話じゃない。文字通り人生を、自身の命を懸けて、美術に向き合っている……その生き様こそ、私がずっと求めていた姿なんじゃないかと……!!」
「なら、君が私の講習を受けた理由は……私のことをよく知るために?」
「はい。でもそれ以外にもエスミ様から教えを受ける事で私自身、絵を描くことに対して何か意識が変わることを期待していました。今のところはまだ実感はしていませんが、私にとって初めて持つ〝趣味〟になれることを祈っています……だからこそ、その第一歩としてエスミ様の似顔絵を描かせてください!! 私が憧れている貴女を描くことで、何か生まれ変わることが出来るかもしれないんです!!」
趣味探しという目的のため、もしくはそのきっかけを掴むため。
少女は無意識ながらもエスミとの距離を縮めると、前髪が揺れて今まで隠れていた少女の瞳が一瞬だけエスミの目に映ります。
非常に綺麗な、強い覚悟を宿した目でした。
エスミは深く息を吐くと共に、仕方なく肩をすくめます。
「そう。まあ完全に納得した訳じゃないけど、大体の事情は把握したよ。ようするに君は、私の似顔絵を描くことで自分が生まれ変わる可能性に賭けているという事だね?」
「えっと……簡単に言うとそうなります、はい……や、やっぱり失礼ですよね。自分勝手な理由でエスミ様の貴重な時間を奪おうとしている訳ですから」
「確かに随分と自分本位な理由ではあるね。こんな一般生徒が利用している中庭で、断りにくい状況を生み出してもいるし。断ったら私、しばらくの間は非情な先輩として過ごさないといけないかも」
「うっ……」
「でも、そこまでして自分を変えたいという願いとその覚悟は伝わったよ。果たして似顔絵を描くことで生まれ変われるのかは全然分からないけど、君がそれを頑なに信じているのなら、希望を抱かせた者として協力はしてあげる」
「あ、ありがとうござ――」
「ただし。1つだけ私からの条件を呑んで欲しいかな」
今度はエスミの方から少女に顔を寄せると、右手でそっと彼女の前髪に触れ、優しくかき上げました。
綺麗な瞳が露わとなります。エスミはその瞳をじっと見つめると、クスッと笑みを零しました。
「綺麗な目だね。せっかく綺麗な顔立ちと素敵な瞳を持っているのに、この前髪で隠れるのは勿体ないね」
「……あ、あの……エスミ様。これは……」
「先輩で十分だよ。正直、私は別に令嬢でも富裕層の娘でもないから様呼びには慣れないんだ」
「では失礼して……エスミ先輩。その、条件とは一体?」
「君が私の似顔絵を描き終えたら、次は私に君を描かせて」
少女の目が軽く見開きます。
「わ、私なんかで良いんでしょうか……?」
「人物デッサンのモデルに『容姿の良し悪し』は関係ないよ。ただ直感に従って描きたいと感じたものを私は描く、ただそれだけ。それに君の瞳はとても魅力的だからね。もしくは惹き込まれた、と言った方が良いのかな?」
幼さの残る顔立ちを眺めながら、エスミはこう言葉を続けます。
「本音を言うとね。その瞳、私は好きなんだ。だから……君を描きたい。贅沢を言えば私に身を委ねてほしい」
緊張のせいか、もしくはエスミとの距離の近さによるものか。
または口説き文句に近い彼女のセリフによるものなのか、気付けば少女の顔は見る見るうちに真っ赤に染まり、いつの間にかエスミに手まで握られていました。
「さあ返事を聞かせて。君は生まれ変わるために私を描きたい。私は自身の欲に従って君を描きたい。お互いの目的と利益に繋がる良い条件だと思うけど……さあ、どうする?」
どうするも何も、少女の答えは元から決まっています。
「お、お願いします……エスミ先輩に心から満足して頂けるなら、私の身体いつでもお貸しします!!」
流石に言い方というものがあるのですが、すっかり美術脳に染まっているエスミは特に違和感を感じることはなく、条件を呑んでくれたと満足そうにしながら大きく頷いています。
一方で羞恥心と緊張感のせいで勢いそのままとんでもない発言をしてしまった少女はというと、表情に変化は無いものの内心酷く焦っていました。
(な、何かとんでもなくヤバイ発言をしちゃった気がするっす!! 正実の発言としては大丈夫っすかねこれ!? というか私、エスミ先輩に身も心も捧げるみたいな事を言ってるのに、どうしてエスミ先輩はそんな笑顔なんすか!? もしかしてエスミ先輩って、本当に〝タチ〟だったりする感じっすか!?)
別にタチもネコもあまり関係は無いと思うのですが、至近距離で見つめられ、手まで握られている少女の身を思うとそう慌てるのも仕方がありません。
今になって思えば、この出来事をきっかけに良くも悪くも栢間エスミという人物の虜になってしまったのだと、この当時まだ正実の1年生だった少女……仲正イチカは振り返ります。
結局、エスミの似顔絵を描いたところで自身に大きな変化が訪れることはなく、後にイチカは絵を描くこと自体かなり消極的になってしまうのですが、そんな結果に行き着いたとしてもエスミは怒ることも突き放すこともなく、傷心してしまったイチカを励ましたり、時には悩みに乗って他愛もない世間話に付き合うなど積極的に交流が増えていき……気付いたときにはもう、栢間エスミという人物をひたすら追いかけている仲正イチカの姿がそこにはありました。
ええそうです。この日、この時に起きた出来事が1人の少女の未来を変えてしまったのです。
そんな未来が訪れることを知りもしないエスミは、無邪気にもスケッチブックと鉛筆を手に楽しそうな笑みを浮かべながら、この時まだ1年であるイチカと言葉を交わしていました。
栢間エスミの秘密・17
実は人の顔の部位では『瞳』が好き。何なら性癖だったりする。
流石に異常性癖の1つである【オキュロフィリア】とまではいかないが、割と他人の瞳に惹かれがち。
ちなみに彼女が見て来た瞳の中で一番好きなのはナギサ。
次点でイチカ。
しかし今回会った生徒がイチカである事には気付いていない。
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
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拳銃(M1911,グロック等)
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リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
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自動小銃(HK416、AK-47等)
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短機関銃(M1921、MP5等)
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小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
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散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
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機関銃(MG42、M249等)
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対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
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擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
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素手