夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
錠前サオリにとって自身が率いるアリウススクワッドのメンバーは全員が『家族』でした。
学生同士の付き合いよりも長く、幼馴染と言うには互いの絆があまりにも強く、戦友と親友の垣根すら超えた関係。サオリにとって彼女たちこそ命に代えても守るべき存在であり、また同時に自身が帰るべき家でもありました。
だからこそ、このアリウス自治区の完全なる支配者である〝彼女〟の命令に逆らうことは、サオリにとって到底許される事では無かったのです。
「例の計画も実行に移すまで残すところあと1歩。ですが、ここに来てある問題が生じました」
マダム。
アリウス自治区の生徒達及び、サオリからもそういう名で呼ばれている長身の大人の女性は、酷く面倒そうなモノを抱えたと言わんばかりに吐息を漏らすと数年前の内戦によって未だ酷く荒れ果てているアリウス自治区の景色を眺めながら言葉を続けます。
サオリはそんな彼女の背後で直立の姿勢を取ったまま、静かにマダムの言葉に耳を傾けていました。
「アリウスは遥か昔、 トリニティの横暴によって住処を追い出され、度重なる弾圧と迫害に耐えながらこの地を新たな故郷と定めました。外部には知られていない未知の土地。あのトリニティも、キヴォトスを管理する連邦生徒会にも未だ知られていない、地図にすら載らない幻の自治区。それがこのアリウス自治区なのです」
マダムは、荒廃し見るも無残に荒れ果てているアリウス自治区の今の姿に対し、何度か小さく頷きだしました。
「先祖にとってここは天国と呼べる場所だった事でしょう。弾圧や迫害の恐怖に怯えることはない。再び故郷を追放される心配もない…………しかしそれも、過去に起きた内戦によってこの恵まれた土地はすっかり荒れ果ててしまいました」
内戦が終わってそろそろ10年が経とうとしている中、未だに街の復興は行われず、むしろ瓦礫の山と化した場所を訓練場として利用している現在。
丁度マダムの視線の先ではアリウス自治区の生徒達が訓練を行っており、今でもこうして楽しい部活や勉強などではなく〝殺し〟の術を学んでいます。その光景はどう見ても異常でした。しかしこの場に居る者達にとってはむしろ、これこそが普通の日常なのでした。
「サオリ。長きに渡る内戦によって、この土地と共に崩壊の末路を辿るところだったアリウスを救ったのは誰ですか?」
「貴女です、マダム……貴女が私達アリウスを救ってくれました」
ここに来て、マダムからの問いに答えるべく口を開いたサオリ。
しかしその言葉に感情は無く、テストで出された問いの答えを口にするかのような受け答えでした。とはいえマダムは彼女からの答えに満足した様子です。ロ角が僅かに上がりました。
「ええ、その通りです。限られた物資を巡り内戦にまで勃発した貴女方に生きる〝意味〟を与え、協議の名の下に分裂していたアリウス分校を再び1つにまとめたのは、大人である私の力になります。そして今度は貴女たちの先祖が受けた報いを晴らすべく、トリニティに代わって新たな支配者となるため、例の計画の準備を進めてきました」
しかしここで残念そうに首を横に振るマダム。
「ですが、最初に話したある問題が私達の悲願を阻もうとしています」
「……それは一体、何でしょうか」
「〝情報〟です。既にトリニティでは知る者もいなくなったアリウスに関する情報が、不幸にも未だに残り続けているのです。貴女も理解している通り、例の計画はアリウスの存在を向こうに勘付かれないようにする必要があります。相手の油断をつき、静かに喉元にナイフを突き立てる。その実現には、アリウスに関わる全ての情報をこの世から1つ残らず抹消しなくてはいけません」
「はい。マダムの仰る通りです。ではこれからトリニティに潜入して、その残されているアリウスの情報を全て消し去るということでしょうか」
「いえ。トリニティに保管されているアリウスの情報はひとまず諦めましょう。まだ例の計画が実行に移せない今、トリニティで余計な騒ぎを起こして注目を浴びる必要はありません。むしろトリニティの外に残っている情報を消すのが先決です」
「トリニティの外、ですか?」
するとようやくサオリに対して顔を向けたマダムは、その表情に笑みを浮かべました。
まるで蛇にでも睨まれたような錯覚を感じ、サオリに背中にほんの微かに寒気が走ります。
「私の調べでは、どうやらゲへナ自治区のはずれに過去にトリニティの元住民によって築かれた街があるようです。しかしゲへナとトリニティは常に対立を続けてきた間柄。度重なる問題と風化によって、今ではもう街そのものはとうの昔に滅んでいます……問題は、その街にユスティナ聖徒会の教会があるということ」
「……ユスティナ聖徒会の教会が?」
「ええ。当時のアリウスを徹底的に弾圧し、一方的にトリニテイから追放したかつての生徒会。そのユスティナ聖徒会が所有する教会となれば、必然アリウスに関わる情報も残されている事でしょう。そもそも情報自体が残されていない可能性もありますが、用心に越したことはありません。早速ですが、貴女にはその街に向かって頂きます。少しでもアリウスに関わる痕跡があれば、その全てを消し去って頂きます」
「…………分かりました。ではただちにチームを集結させて準備を――」
「いえ。今回の任務は、サオリ…………貴女だけで遂行しなさい」
「……はっ?」
驚きのあまり声が漏れ、初めてサオリの表情が崩れました。
当然です。これまでサオリは何があろうと、家族であるチームの皆と共にどんな過酷な任務も訓練もやり遂げてきました。任務の過程で離れ離れになることはあっても、今回のように始めから自分1人で任務に就くことは無かったのです。
つい抗議の声を出そうとした瞬間、マダムが遮るようにして言葉を続けます。
「繰り返すようですが、例の計画はまだ実行段階ではありません。常に慎重な動きが求められている今、滅び去った街で情報を探すだけの任務にわざわざ大人数で行く必要はありません。貴女はこのアリウス自治区では最も優秀な生徒です。単独任務ぐらい簡単にこなせる事でしょう」
「しかし……向かう先はあのゲへナ自治区です。もし不測の事態が起きた場合は……」
「それはあり得ません。現在のゲへナはかつての指導者を失い、惨めにも目指すべき道を失い途方に暮れている状態。自治区はずれにある元トリニティの住民が過ごしていた廃墟など、全く気に掛ける余裕は無いはずです…………ただし懸念している事が1つだけ」
「…………」
「この生徒には気を付けなさい」
何処から取り寄せたのか、彼女は数枚の写真をサオリに手渡してきました。
サオリは内心不思議そうにしつつ、受け取った写真にざっと目を通します。するとそこには薄く青い髪と翡翠色の瞳を持つ美少女の姿が写っており、普段から憎しみや虚無感だけを持つことを強制されているサオリといえども、ついこの生徒に対し心の中で『綺麗だ』と感想を抱きました。
果たしてその反応が顔に出ていたのか、それとも写真の生徒に嫌悪感があるのか。
マダムは嫌そうに顔を歪めながら説明を始めます。
「その生徒の名は栢間エスミ。我々が憎むべき相手、トリニティに通う生徒です。聞いた話では芸術に秀でた才能の持ち主ということですが、正直それはどうでもいい事です。今言える事はこの生徒に私たちの存在を勘付かれる訳にはいきません。もし、例の街でこの生徒の姿を見つけた際はただちにその場で痛めつけなさい」
その言葉に対し『何故ですか?』と問うことは出来ませんでした。
あのマダムが強い嫌悪感を抱いているほどの人物。それはつまり、アリウス分校にとって非常に関わって欲しくない存在であることを指していました。
それにサオリにとってもこの栢間エスミという生徒は、心から憎しみを〝向けるべき〟トリニティの生徒です。痛めつけるのに理由など不要でした。
ただし、それでも古くから続くゲへナとトリニティの対立を知っている分、トリニティの生徒であるはずのエスミが自らゲへナに足を踏み入れる事はあるのかと疑問を抱きます。
「このエスミと言う生徒、本当にゲへナに現れるのでしょうか?」
「ええ、来るでしょう。この生徒は2年前にも何度かゲへナに立ち入っているようです。しかも現地のゲへナの生徒と大変親しくなったとか。対立する自治区であっても平気で踏み込み、挙句には交流すら深めてしまう。この生徒はただのトリニティの生徒ではありません。こちらの常識さえ通じない何か…………そうですね。我々の理解が及ばない存在、さしずめ〝天使〟とでも称しましょうか」
そこでマダムは何やら面白いものを思い付いたとばかりに不敵な笑みを浮かべると、サオリが手にしている写真にそっと指をかけ、こう言いました。
「サオリ。例の計画を無事に遂行するためにも、この栢間エスミという生徒を街で見つけた場合の対処ですが……ただ痛めつけるだけでは不十分ですね。いっそのこと〝殺し〟ましょう。ゲへナで起きた不運な事故として処理するために、この生徒のヘイローを壊すのです」
「へ、ヘイローを壊す……ですか!?」
「ええそうです。これは憎きトリニティを地獄に落とすための最初の1歩です。平和な楽園で日々を謳歌する天使を、貴女のその手で地に堕としなさい」
彼女の手は写真から離れ、今度はサオリの肩に置かれました。
「あの子……ロイヤルブラッドの身を大切に想うのなら、初めての殺人に手を染めることぐらい出来るはずです」
「…………」
「躊躇う必要はありません。貴女にも教えたはずです、アリウスの教義を」
全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。
脳内に今まで何度も復唱してきた例の教義が流れ出し、初めての殺人という行為に対する罪悪感や抵抗がみるみるうちに薄くなっていきました。
やるしか、ありません。
ここでマダムの命令を無事に遂行出来なくては……家族が、彼女の身が危ないのです。
「……はい……マダム」
だからこそ、サオリは決意しました。
「期待していますよ。私の見立てではこの栢間エスミにアリウスの存在を知られた場合、貴女を見ればすぐにアリウスの生徒だと断定することでしょう。もし気付かなければ意識不明の重体にする程度で構いません。ゲへナ側の犯行として罪を被せるだけで済みます。しかしもし……アリウスだと気付かれた場合は、先ほど話した通りへイローを壊しなさい。どちらに転んでもゲへナの自治区で起きた問題は両者の関係に大きな溝を生み出すことでしょう。アリウスの関与が疑われる心配はありません」
マダムは輝きを失っているサオリの瞳をじっと見つめます。
そこには希望も幸福もありません。ただマダムから言われる言葉を素直に受け取り、それを実行しようとする〝駒〟のような存在となった少女の瞳がありました。
「アリウスの情報を消し去るのが先か、栢間エスミに遭遇するのが先か……それとも、その両方か」
錠前サオリは心を殺すしかありません。
「この任務の失敗は、貴女とこのアリウスに住む生徒全員の死を意味します。それを胸に刻みなさい」
あの頃からもう、サオリは目の前にいる大人……べアトリーチェの言いなりなのですから。
《1-2》
マダム……べアトリーチェからの任務を言い渡されてすぐ、サオリは自身が率いるチームの面々に『単独任務で少しここを離れる』と言い残し、アリウスを発ちゲへナ自治区の外れにある街『ソドム』に足を踏み入れました。
最初は人の気配が無いか徹底的に周辺を監視し、数時間ほど掛けたサオリ。
こうして廃墟となっている街に住民が誰もいないことを確認した彼女は、ようやく街の奥深くに建っている教会に乗り込むのでした。
かつてトリニティを支配していたユスティナ聖徒会の情報が眠る教会という事もあり、誰も立ち入ることが無いよう厳重にロックされていた出入口をサオリは躊躇いもなく銃で壊すと、まずは手当たり次第教会の中を散策します。
出入口を長年封鎖していたおかげか、外の惨状に比べれば教会の内部は多少散らかっているぐらいで一切荒らされていません。流石に草木が茂っているのが目に映りますが、それも大して目立つものではなく、今すぐにでも信徒を呼んでお祈りが出来るぐらいには教会の内部は昔のまま時間が止まっていました。
内戦によって酷くボロボロとなっているアリウス自治区の教会に比べれば、この街の教会は今もなお完璧です。故に荒れ果てたアリウスの街だけが記憶に焼き付いているサオリとしては、こういう平穏の象徴とも言える場所はかなり気分的に悪いものでした。
「…………くっ……空気が合わないな……」
おかげで肝心のアリウスに関わる情報を探すよりも前に限界を迎えた彼女は、一旦外の空気を吸おうと教会から飛び出し、少し離れた所で休憩を取ることにしました。
「……トリニティ……ユスティナ聖徒会……アリウス……その情報が、あの教会に」
新調したばかりの黒色の革手袋に目を向け、その手をまっすぐ教会に向けて拳を握るサオリ。
物資が限られているアリウスで最近ようやく手にしたばかりの手袋という事もあってか、未だ使い慣れていない感じが少々気恥ずかしいものの、サオリはほっと息を吐きました。
「……!?」
その時です。
サオリの視界に誰かの姿が映り込んできました。距離にして数百メートルと言った所でしょうか。目視で確認するには少し遠すぎるのですが、それはつまり向こうも同じと言う事です。
サオリは急いで物陰に隠れると、こちらに向かってくるその人物に対し、静かにアサルトライフルの銃口を向けました。
「あれは……栢間エスミ?」
しかし驚いたことに、謎の人物の正体はあの栢間エスミでした。
長く伸びている薄い青の髪。美しく整っている顔に、スタイルの良い身体。写真で見た時よりも少し穏やかそうな表情をしていますが間違いありません。あれはエスミです。
まさか本当にここに来るとは……。
もしやサオリを待ち伏せしていたのかと疑いますが、目の前にある教会に向かって止まることなく歩み続ける姿を見るに、どうやら物陰に隠れているサオリに気付いていない様子。
彼女の姿が教会に入っていくのを見届けると、サオリは銃口を下ろして眉をひそめました。
「…………」
これはつまり、そう言う事なのでしょう。
栢間エスミとアリウスの情報。その全てを一度に消し去る絶好の機会が訪れたのだと、サオリはよく理解していました。
彼女は自身の利き手が握っている銃に目を向け、深く深呼吸を行いました。
これから彼女は、決して引き返すことの出来ない道を歩むことになります。
守るべき家族のため。例の計画が実施され、あの子が生贄に捧げられないため。
全てはアリウスに残してきたチームのため。
サオリはマスクを装着すると、軽めにアサルトライフルを点検し、決意を新たに自身も教会の内部へと足を運びました。
≪1-3≫
そしてとあるシスターの日記を手にし、何に気付いたのか教会の奥にあった部屋で『アリウス分校』『ユスティナ聖徒会』『カタコンべ』といった情報まで手にしてしまったエスミの下に、もう猶予は無いと判断しお手製のサーモバリック爆弾を投げ込んだサオリは、まず最初にアリウスに関わる情報を葬りました。
延焼しやすいように調整しているため、既に部屋の書物や資料は瞬く間に燃え広がり、これで他人の手にアリウスの情報が伝わる心配はいりません。
そうして残すは栢間エスミの始末となった所で、よりにもよってエスミ本人の口からサオリがアリウス分校の生徒だと断言されたことにより……サオリは、彼女の殺害を決心するのでした。
利き手で握っているアサルトライフルの銃口が、エスミの額に向けられます。
もっとも向こうも黙って殺されるつもりはないのか、頭から血を流している状態でありながら咄嗟に〝右手〟で腰にあるホルスターからリボルバーを取り出すと、アサルトライフルの引き金を引いたサオリの頭部に見事命中させました。
素晴らしいほどの早撃ちと命中精度です。
あの状態から反撃が出来るのかとサオリはつい感心しました。おかげで撃たれた衝撃でアサルトライフルの銃ロはあらぬ方向へと曲がり、エスミにではなく壁に弾痕を生み出していきます。
この瞬間、とうの昔に滅び去ったソドムと呼ばれる街の教会にて、トリニティとアリウスに在籍する2人の生徒の戦いの火蓋が切られたのでした。
《1-4》
(勝てるはずがない)
まるで処刑される寸前の空気の下、咄嗟の判断で〝右手〟で炎の人を抜き取り、サオリの頭部に見事銃弾を命中させたエスミはそのまま危機的本能からすぐに部屋から飛び出していきました。
その背中をサオリの銃弾が追いかけます。
しかしながら相手はブルアカ原作でも上位に君臨する戦闘のプロです。
フィジカル面では最強に等しいミカと満身創痍の身でありながら1対1で戦い抜いた彼女を相手に自身が勝てる見込みはありません。真っ向勝負はもちろん、奇策を用いたところで引き分けにも持ち込めないでしょう。
何しろこちらは利き手が不自由な上、使う武器は骨董品に等しいリボルバーです。アサルトライフルや拳銃などを装備しているサオリに比べれば何とも可愛らしい武器ではありませんか。
(けど、ここで黙って殺される訳にはいかないし……ここでの生死が後のブルアカ原作に影響を与えるなんて事が起きたら非常にマズイ……)
出来ることがあるとすれは、サオリを相手にして程よい感じで負けることでしょうか。
あり得ません。明確な殺意を持っている以上、瀕死などという形で見過ごしてくれるとは思えません。
出来ればある程度戦い抜いて、頃合いを見て逃走するしか方法はありませんが、この街を出たところで一体どこに向かえば良いのか。移動用のタクシーはもう帰らせている状態なのです。
(万事休すってこういう事を言うのかな……って、危ないっ!!)
直後、嫌な予感がして頭を伏せたエスミ。
その頭上を何発か弾丸が通過していきました。もし伏せていなければ間違いなくエスミの頭部に命中していた事でしょう。爆風で頭を負傷している以上、頭部への被害はなるべく抑えたいところです。
「……っ!!」
彼女はすぐさま立ち上がり背後に向かってリボルバーを連射しました。
今度は炎の人ではなく、左手で扱うニキになります。口径もこちらの方が上ですし、多少はダメージに期待しても良いでしょう。
「…………」
しかし生憎とプロの戦闘マシーンであるサオリは素早い動きで物陰に隠れ、エスミからの攻撃を全て回避しました。その間、エスミが急いでリボルバーの装填を急ぎますが、それよりも早くサオリが攻撃をしかけてきます。
今度はフルオートで銃弾をばらまいてきました。
広間に設置されている木製の椅子が次々とサオリの銃弾によって半壊し、破片が周囲に飛び散ります。危うく破片が目に入る所だったエスミは咄嗟の判断で目をつむり、身を低くしました。
しかしその判断は失敗でした。
サオリは自身の攻撃で身動きが出来ないエスミの下に、これ幸いと新たなサーモバリック爆弾を投げてきたのです。 威力は既に先ほどの部屋で体感済み。信徒が座る数多の長椅子の下をコロコロと転がる形でエスミの下にやって来たサーモバリック爆弾は、本日2度目の攻撃を彼女の身体へと与えました。
「あっ……ぐっ、はぁ……!!」
まずは爆風をもろに受け、次に軽く吹き飛ばされて教会の柱へとその身体を叩き付けられます。今度は頭をぶつけて負傷することはありませんでしたが、威力絶大なサーモバリック爆弾をもろに受けておいて、いくら頑丈なキヴォトス人の身体とはいえ無事なはずがありません。
間違いなく今のダメージで背中か、脇腹の骨が数本ほど折れたとエスミは実感しました。
でも別に死んだ訳では無いと考えながらエスミは必死に立ち上がると、柱を背にして周囲を一度見渡します。サオリはそんな彼女に対し再び発砲を開始しました。
「……こ、のっ!!」
サーモバリック爆弾のおかげで痛みが倍増している最中、追加される銃弾の雨。
何とか柱を盾にしつつエスミも負けるものかと反撃を行いますが、リボルバーとアサルトライフルでは両者の銃弾の量に圧倒的な差が生まれます。気付けば遮蔽物として利用していた柱はサオリの攻撃によってみるみると削られていき、エスミは慌てて他の柱へと移動しました。
しかし結局のところ、そういった柱もサオリが容赦なく銃弾の雨を浴びせ、時には手榴弾すら投げ込んで破壊してしまうため、何本もの柱が折れては破片を周囲にまき散らします。すると驚くことに廃墟となり手入れもされていない教会が彼女たちの攻防によって次第に不気味な音を立てて軋み出すのでした。
(いやいや、ちょっと!? ロマネスク様式の教会と言えばゴシック様式に比べれば耐久性に秀でた建築様式のはずだよね!? この程度で崩れるなんてそんなはずは……!!)
柱の上に木造天井を乗せていた以前までの建築様式とは違い、ロマネスク建築は丈夫で頑丈な石造天井を採用しています。という事は木造天井だった今までに比べて天井の重みが遥かに変わる訳で、柱だけでは石造天井の重みに耐えきれず瞬く間に崩壊するため、あえて左右の壁そのものを分厚くすることで耐久性を向上させてきました。
そのため、本来であればこうして教会内部の柱を破壊された程度で建物全体が軋むはずがなく、見た目は綺麗でも実際のところとうの昔に教会が限界を迎えていたのだとエスミは痛感するのでした。
これでは最悪、彼女たちの戦闘に教会が耐え切れず天井が崩落し、サオリと共にこの教会で生き埋めになってしまいます。
歴史ある教会を守るのが先か、それとも自分の身を守りながら最悪生き埋めを覚悟するか。
残された選択肢の中でエスミが取る方法は決まっていました。
エスミは遮蔽物代わりにしていた柱から飛び出します。もちろん無防備な姿をサオリに黙って見せる訳にはいきません。
彼女は偶然足元に落ちていた〝何か〟を手にし、柱から飛び出すや否やサオリに目掛けてそれを投げつけます。当然、サオリは自分の下に投擲された何かから避けようと注意を向けましたが、エスミは素早く銃でそれを撃ち抜くのでした。
「——!?」
エスミが放った銃弾が命中すると、直後にそれの中から白い粉のようなものが飛び出て空気中に散乱し、あっという間にサオリの視界を奪ってみせました。
彼女が今投げたのは【香炉】と呼ばれる、礼拝中に使用される香をたくための道具であり、本来は事前に炭火などを入れて使用するのですが今回は緊急を要するので用意しませんでした。というより、無かったのです。
とはいえ、それでも僅かの間とはいえサオリの視界を奪うことには成功です。
これ以上教会の中で戦う訳にはいかないと、このチャンスを逃さずエスミは出入口に向かって全力で走りました。
「…………ちっ、逃がすかっ!!」
ただしサオリも黙っていません。
まだ視界が回復出来ていませんが、エスミを逃す訳にはいかないと事前に出入口に設置していた爆弾を起爆させました。
果たしてタイミングが良かったのか、悪かったのか。エスミの目の前で今まさに教会の出入り口が爆弾によって吹き飛びました。
(なっ、正気なの!?)
一体何の爆弾を使用したのかは不明ですが、この教会はごく一部を除けば全て石造です。
それを木っ端微塵に出来るほどの破壊力となれば、木製の扉は跡形も無く消え去り、出入ロの壁や柱は音を立てて崩れ、その影響で支えを失った天井が崩れ落ちて道を塞いでしまうのでした。
幸いにもエスミはその瓦礫の下敷きになる事はありませんでしたが、この教会における唯一の出入り口を失ったのは痛手です。
もっとも、ここは教会なのですから他の場所に出入口がある可能性は十分にあります。しかしあのサオリと戦闘しつつ、まだ十分に探索していない教会内部を動き回るのは得策ではありません。
エスミは瓦礫の山となった出入口から顔を背け、嫌そうに眉をひそめながら周囲を見渡します。
(窓を使うべき? いや駄目……ロマネスク様式の建築は強度の問題で大きな窓を作ることが出来ないし、この教会の窓は全て小さい……映画みたいに脱出するなんてまず無理)
窓に目を向けても結局は望み薄だと肩をすくめ、エスミは愛銃を手に一旦その場を離れることにしました。
と、その時。ようやく視界を確保できたサオリが運悪く弾切れとなったアサルトライフルを背中にしまい、いきなり距離を縮めてきました。逃走を許すぐらいなら、リロードする手間が勿体ないとでも判断したのでしょう。
対してエスミが手にしているリボルバーには弾が残っている状態でしたが、今の状況下でサオリを撃っても全く足止めにもならないと察し、咄嗟の判断ではありましたがナギサから貰った例のポケットナイフを取り出しました。
「……!!」
銃弾をまともに受けても平気でいられるキヴォトス人の身体に対し、果たしてこのナイフが通用するのかは不明です。ですがエスミの手にナイフが握られているのを目にしたサオリが軽く驚いているので、どうやら一定の殺傷力はあるのでしょう。
これで、彼女の接近を阻むことに成功しました。
(と言っても、人に向けて使うなんて初めてなんだけどね……)
あくまでもこれは画材の1つとして利用しているナイフです。エスミ自身、対人用に扱う訓練は受けていませんし、そもそも人にナイフを向けるなんて行為自体工スミは初めてなのです。
それが如実に態度で表れていたのかもしれません。エスミがナイフの扱いに全く慣れていないのを見て、サオリは冷静にも地道に距離を縮めて来ました。
背丈で言えば向こうが上。身体能力や戦闘経験もエスミに比べてサオリが全て勝っています。
下手な攻撃に出れば瞬く間に返り討ちにあうことでしょう。
可能であれば絶対に近づかないで欲しいと願いながらエスミが1歩1歩と後ずさりをすると、それに合わせてサオリも一定の距離を保ちながら近づきます。
「…………」
「…………」
両者ともに一歩も譲れない中、その緊張感を一気に崩しに来たのは頭上から降り注いできた天井の瓦礫でした。
「えっ!?」
「くっ……!!」
まさかピンポイントで自分たちの場所に降って来るとは思わず、サオリが本能からすぐ後ろに退いて回避したのに対し、エスミは少しだけ反応が遅れて瓦礫が身体に直撃してしまいました。激痛が彼女の身体を襲います。
おかげで手元からナイフが落ちてしまい、その間も頭上からは依然としていくつか瓦礫が落ちてきます。これは流石に場所が悪いと判断し、エスミは地面に落ちたナイフを拾う余裕もなく大慌てで教会の内部へと走り去っていくのでした。
「…………」
一方で、落ち着いて瓦礫から身を守っていたサオリはひとまず崩壊が治まった天井を見上げて安全を確認すると、ただ冷静にアサルトライフルの弾倉を交換しました。生憎とエスミには逃走を許しましたが、彼女が向かった先は教会の内部。逃げ場はほぼありません。
「……良いナイフだ」
弾倉の交換を終え、アサルトライフルに何も問題が起きていないのを確認したサオリ。そんな彼女の視界に、先ほどまでエスミが手にしていたポケットナイフの姿が映りました。
芸術家という役職を手にしている人物にしては何とも不釣り合いな高価なナイフ。
試しにそれを拾って深く観察したサオリは、このナイフが非常に高品質でかつ特注品であることを見抜くのでした。
「…………」
サオリは拾った彼女のナイフをそっと懐にしまうと、エスミが逃げた方へ視線を向け、アサルトライフルをしっかりと握りつつ自身もまた勢いよく走り出しました。
《1-5》
「……ハァッ……ハァッ……!!」
エスミは走ります。懸命に走ります。
地面を蹴り、壁に手をつき、まともに呼吸が出来ていないにも関わらず必死に身体を動かしています。
「……あっ、がっ!?」
直後、エスミの背中に激痛が走りました。
弾丸です。
彼女の背中に他でもない弾丸が撃ち込まれたのです。
頑丈が取り柄のキヴォトス人といっても、あくまでも〝頑丈〟なだけであって痛覚はしっかりと機能しています。おかげで弾丸自体はエスミの身体を貫くことは出来ませんでしたが、神経はおろか骨に直接響くような激痛はエスミの表情を歪ませるのに十分でした。
「……ったく、このっバカッ!!」
エスミにしては珍しく声に出して悪態をつくと、すぐに身体を捻り手にもつ愛銃【ニキ】をぶっ放します。
装填されている弾数を思えば無駄撃ちはなるべく避けたい所ですが、あくまでも牽制として2発3発と立て続けに発砲します。すると1発でも命中したのか、もしくは銃撃から隠れたのか、向こうは攻撃を中断しました。
出来れば今の銃撃で運良く戦闘不能になってくれたら嬉しいのですが、既に向こうとの戦いで満身創痍になっているエスミは藁にも縋る思いに等しい、と早々にその考えを捨て去ります。
「はぁ……はぁ……いっ、たいなぁ…………」
傍にある壁に隠れ、勢いそのままに背中を打ち付けて急いで深呼吸を行う彼女。
世間では美少女として広く知られているエスミですが、今の彼女にその面影はもうありません。長く綺麗な薄い青色の髪は酷く荒れ、着ている服も所々が焼け落ち、彼女の顔に至ってはまるで絵具を垂らしたかのように頭から赤い血を流していました。
痛みも先ほど銃撃を受けた背中だけではありません。身体中が悲鳴を上げています。
(今のうちに……弾、補充しないと……)
ひとまず深呼吸をしてようやく身体が落ち着き始めた頃、先ほどの反撃で全弾撃ち尽くしていたのを確認したエスミは今のうちに愛銃の装填を始めます。
しかし、元から障害を抱えている利き腕の右手がここに来て突然激しく痛みだすのでした。
「…………ぐっ、こ、ここでっ!?」
銃弾を受けた背中の痛みに匹敵するか、それ以上の激痛が絶え間なくエスミを襲います。
これでも右手の酷使はなるべく控えていたはずなのですが、思えば最近は酷使しないにも関わらず突発的に痛み出すことが多くなっていました。
おかげで弾の装填はおろか、激痛のおかげでまともに考える事も出来ません。思わずその場でうずくまってしまったエスミは、荒く呼吸をしながら慌てて懐から錠剤を取り出します。
それは彼女の利き腕の痛みを和らげるために病院から特別に処方された薬でした。
今までも何度かこの激痛を和らぎ、彼女に平穏を取り戻してくれた薬。彼女はそれを取り出すとすぐに錠剤を口の中に入れ、水も無しに唾で無理やり飲み込みます。これで数十秒もしないうちに痛みが治まってくれる事でしょう。
「……嘘でしょ……」
しかしどういう訳か、薬が全く効きません。
数十秒。いえ1分近く経とうとしているにも関わらず、痛みが治まる以前に痛みそのものが軽減されることもありませんでした。
エスミは心の中で再度悪態をつきます。
(ここに来て薬の効果が切れるとかタイミングが悪すぎる)
以前、担当医から『じきに薬が効かなくなる』と警告を受けていましたが、よりにもよって今とは……最悪です。
彼女は自身の運の無さを痛感し、ひとまず薬が効かないなら無理にでも我慢をすれば良いと、酷い痛みに必死に耐えながら懸命に弾を装填し始めます。
ですが、そんな彼女の下に何かが放り込まれて来ました。
スタングレネードです。
音と閃光で相手の行動を一時的に封じる非致死性兵器。
(まずいっ!!)
ほぼ直感に従いエスミはそれを勢いよく蹴り飛ばします。
とはいえピンを抜いてそれなりに時間を置いて投げ込まれたのか、彼女が蹴り飛ばした瞬間それは爆発し大音量と閃光が発せられました。
決して安全とは言えない距離に蹴飛ばすことが出来ず、もろにスタングレネードの効果を浴びてしまったエスミは、酷い頭痛に耐えながらかろうじて目だけは守り切りました。
さて、そんな彼女の下に先ほどのスタングレネードを投げ込んだ人物……錠前サオリが遠慮も無しに突っ込んできました。些細な隙も逃さず仕掛けてくるとは、やはり彼女は相当な手練れです。あまりにも戦闘慣れしているべテランの動きでした。
「――!!」
「……くっ!?」
サオリはエスミの姿を確認するや否や、素早く、それでいて重い足蹴りが飛んできます。
ひとまず目が無事のエスミは間一髪それを左腕で防ぎますが、代わりに手にしていた愛銃を相手の蹴りで落としてしまいました。装填途中という事もあり、地面に落下したことで銃弾がそこらへんに散らばります。
それでも彼女の攻撃は止まりません。
エスミは自身の目と反射神経に頼りながら、ひたすら防戦に徹しました。
するとこのままでは埒が明かないと感じたのか、サオリが少しだけエスミから距離を取ります。次の攻撃に備えた予備動作でしょうか。
(……今なら!!)
その瞬間を逃す訳にはいきません。
エスミは痛む右手を無理やり動かして、もう1つの愛銃である【炎の人】をホルスターから抜き出します。本来なら使う機会すら滅多に無い愛銃ですが、ニキが手元にない以上はこの子に頼るしかありません。
とはいえ未だに激痛が走る右手でこの銃を使いこなすことは事実上不可能でしょう。しかし幸運な事に、サオリとの距離はそれほど離れていません。つまり乱暴な射撃でも当たる確率が高いのです。
それは微かな望みを賭けるにはあまりにも十分でした。
「――!?」
サオリもこのタイミングでエスミがもう一丁の銃を取り出すとは思わなかったようで、半ば反射的に自身の銃を構えようとしました。
それをエスミは愛銃の銃弾で弾き飛ばします。命中精度が著しく低い腰だめ撃ちではありましたが、幸運にも何とかサオリの武装を解除させる事に成功したのです。ですが安堵する余裕もなく、エスミが続けて発砲しようとした瞬間、向こうは強引にもエスミの愛銃を足で蹴り飛ばしました。
ニキに続けて炎の人まで。
愛銃を立て続けに蹴り落されたことでエスミが嫌そうに顔を歪めるものの、サオリは容赦なく今度はエスミの胴体を吹き飛ばすように蹴りました。重さと勢いのあるその蹴りは相手の思惑通りエスミを背後の壁まで吹き飛ばします。
「う、ぐっ……!?」
ろくな受け身も取らずに壁にぶつけられ、勢いよく後頭部まで壁にぶつけてしまったエスミは一瞬だけ意識が飛びそうになりました。
ですがこのような状況下で意識を失うのは命に関わります。
歯を食いしばり、身体を駆け巡る痛みを根性で抑え込んだ彼女。
そうして意識をかろうじて保った彼女の目に、キラリと光る刃物が見えました。
「ああ……そう」
それが〝ナギサから貰ったナイフ〟だと分かった途端、相手は本気でエスミを殺しに来ているのだと認識しました。骨折や気絶では済ませない。相手はエスミの命を、本当に刈り取る気でいるのです。
しかしそうと分かっていても、生憎と壁に打ち付けた衝撃でエスミは身体をまだろくに動かせません。あのナイフを避けることはまず不可能でしょう。
愛銃もない。防ぐ手立てもない。
「――!!」
サオリが刃先を真っすぐ向けたまま、勢いよくナイフを振り下ろしてきました。
(……よりにもよって、そのナイフで殺されるなんてね)
あのナイフが狙っているのは首か、それとも心臓か。
エスミは苦笑します。
ブルアカ本編に巻き込まれる前にこの舞台から早々に立ち去りたいと常々思っていましたが、まさか〝死〟という形で一足早く向こうから迎えが来るとは思いもしませんでした。
(……ああ……悔しいなぁ……)
そして振り下ろされたナイフは、寸分の狂いもなくエスミの〝命〟にしっかりと突き刺さったのでした。
《1-6》
「……!?」
サオリが振り下ろしたナイフは、確かにエスミの〝命〟へと突き刺さりました。
しかしそれは〝心臓〟ではありませんでした。
「……お前……右手を?」
「—————!!」
ナイフが彼女の心臓に突き刺さる直前、エスミ自ら右手を胸の前に突き出し、その刃を代わりに受け止めたのです。
おかげで勢いよく振り下ろされたナイフの刃は深々とエスミの右手を貫くだけで止まり、残念なことに彼女の胸に刺さることは叶わなかったものの、今までにない激痛がエスミを襲いました。
芸術家であり、画家としての商売道具でもある栢間エスミの大事な右手。
彼女にとっては心臓と同等の価値を持つその〝命〟は、今まさに悲鳴を上げるのでした。
元から不定期の痛みに耐えてきた彼女と言えども、流石にこれは声にならない絶叫を上げ、目からポロポロと涙をこぼします。
しかし、何故なのでしょうか?
何故、エスミはそんな事をしたのでしょうか?
何故、右手ではなく左手で庇うことをしなかったのでしょうか?
何故、気絶してもおかしくない激痛に耐えながら、今の彼女は笑っているのでしょうか?
あまりにも理解不能です。
恐怖ではなく困惑だけが脳を支配し、サオリは追撃することも忘れ自然とエスミから距離を離しました。訳が分からない。この人物は一体何を考えているのか。世間では芸術にだけ愛を注ぐ人物だと噂されているようですが、先ほどの行動はその愛を自ら手放したのと同じです。
「…………お前は一体……一体……」
何者なんだ?
という言葉は続きませんでした。彼女が疑問を抱いたその瞬間、ついに限界を迎えてしまった教会が一気に倒壊し始めたのです。
サオリたちがいる場所の壁が音を立てて崩れ出し、真っ先にサオリの方へと倒れてきます。
「しまっ――!?」
理解不能なエスミの姿に全意識を持っていかれ、茫然と立ち尽くしていたサオリは少し前に天井の瓦礫を避けた時とは違い、今回ばかりは反応に遅れてしまいました。このような状況下では、その油断こそが死を招くと誰よりも理解していたのに、です。
石造天井の重みに耐えきれなくなった壁や柱などが、サオリを圧し潰そうと迫ってきます。
その光景を眺めながらサオリは自身の不注意を呪うのでした。
「……君はここで死ぬべきじゃないよ」
が、しかし。
いつの間に距離を縮めてきたのか、耳元でエスミに苦しそうな声でそう囁かれました。立て続けに起きた理解不能な行動にサオリがまたもエスミに意識を持っていかれそうになると、気付いた時には彼女に強く蹴飛ばされていました。
「ぐっ、ぁ……!?」
右手には未だにナイフが突き刺さっているため、自分よりも体格の大きいサオリを押し退けるには左手だけでは不可能と判断したのかもしれません。
もしくは先ほどの格闘戦で痛めつけられた事に対する仕返しのつもりなのか。
どちらにしろ、随分と威力のある蹴りはサオリをその場から吹き飛ばすのに十分でした。
それこそ、迫りくる壁や瓦礫の被害に遭うこともないでしょう。
もっとも先ほどまでサオリが居た場所には、代わりにエスミが居る訳ですが……。
「……お前っ……何をして――!?」
蹴り飛ばされた先の地面で受け身を取ることも忘れる中、最後までサオリの視線はエスミに注がれます。
彼女は……サオリの視線を浴びながらふと満足そうに笑みを零すと、瞳を閉じ、崩れる壁や瓦礫に埋もれました。最後の最後まで理解不能な行動を取る少女だと、サオリは感じました。
その後、長い歴史を誇っているはずの教会が瞬く間に倒壊し始め、これ以上中に居るのは危険だと判断したサオリは自身の命を最優先で守るべく大急ぎで逃げ出します。
とはいえ逃げる最中であっても、サオリの頭の中には常に先ほどのエスミの姿がチラつくのでした。
《1-7》
歴史ある建造物の倒壊。
正直なところ、長い内戦によって見る影もないほど荒れ果てているアリウス自治区で育った影響からか、目の前で古い教会が瓦礫の山に変わる様子を目にしても、その実行犯でもあるサオリの心が痛むことはまず無く、むしろ『こういう形で崩れるのか』と違う視点で感想を抱いていました。
「…………」
彼女は足元に転がっている瓦礫を足で踏みつけ、ほんの数分前まではこの街で一番目立つほど立派な教会だった〝モノ〟に視線を落とします。
「……呆気ないものだな」
初めてここの教会を目にした時はあまりにも大きく、かつ頑丈そうな外見に心底驚いていたサオリ。しかし柱の破壊や出入り口にしかけた爆弾によって、僅か1時間も耐えることなく教会は音を立てながら倒壊してしまいました。
きっと建てられた当初はその程度の破壊ではビクともしなかった事でしょう。
人の手入れが途絶え、長い時が流れるだけで、このような結果を生むことになるとは。サオリは何とも言えない表情で瓦礫の山に目を向けます。
「……ん?」
その時、彼女が被っているキャップに何かが当たりました。
いえ、正確には滴り落ちてきたとでも言うべきでしょうか。ふと顔を上に上げたサオリはその正体に言葉を漏らします。
「……雨」
そうです。
いつの間にか彼女の頭上には黒い雲が空を覆っており、雷こそ鳴らないもののポツポツと雨を降らせ、徐々にその勢いが増していきます。まるで雨水のシャワーでした。
先ほどの戦闘により随分と身体が火照っているサオリの身体を冷ますには、むしろ十分過きるほどの冷たさを持つ雨水に打たれながら、サオリは何かを探すかのように瓦礫の山に向かって突如歩き出しました。
雨は依然として勢いを増していきます。長時間、雨に打たれ続ければいくらサオリでも体調を崩す事でしょう。本来であれば即刻アリウスに帰還するべきです。
しかし彼女は歩き続けました。瓦礫を踏みつけ、雨で視界が制限されながらも懸命に歩きました。
「……そこに居たか」
そしてサオリは見つけました。いいえ、見つけたのです。
瓦礫に埋もれながらも何とか抜け出し、地面に横たわっている自分以外の生存者。
栢間エスミ。
しかし意識はありません。
あの後、自力でこの瓦礫の山から抜け出したのかもしれませんが、右手には未だにナイフが深々と突き刺さっており、今もなお頭から血を流しているなど、サオリとの戦闘で身体中傷だらけの彼女にとって意識を保ち続けるのは流石に無理だったのかもしれません。傍から見れば死人も同然の姿を晒しています。
微かに呼吸によって胸が上下しているため命はあるようですが、この大雨です。早く起きなければ、冷たい雨水によって彼女の身体から体温は奪われやがて死に至るはずです。
正に、サオリが止めを刺す必要が無いほど今の彼女は酷く弱っていました。
「…………」
サオリは黙ります。
雨水が服に沁みこみ、ボタボタと地面に滴り落ちていく過程を肌で感じながらも視線はエスミに注がれていました。一体何を思うのか。この目の前に突きつけられたチャンスを、彼女は一体どうするつもりなのか。
やがてエスミの下に駆け寄ったサオリは、おもむろに彼女の右手に手を差し伸べ、優しく突き刺さっているナイフを抜き取りました。
「……っ……ぁ……」
意識を失っていても痛覚はあるのでしょう。
少しだけ眉をひそめたエスミでしたが目を覚ますことはありません。サオリはその様子に安堵し、彼女の血がべったりと付いているナイフを自身の懐にしまうと、代わりに包帯を取り出し彼女の右手を止血します。
本当は自分が怪我した時に備えて用意していた治療道具ですが、このような形で使う事になるとは思いもしませんでした。ただし訓練の過程で怪我をすることが多かったサオリは、あくまでも応急処置とはいえ見事な腕前であり、終わってみればエスミの右手には立派な包帯が巻かれていました。これで傷口が雨に濡れて悪化することはほぼ無いでしょう。
そして最後にこの酷い大雨に濡れないようにと、自身の右手にはめていた黒の手袋を彼女に差し出します。もっとも、この行動は単なる気休めにしかならないと理解はしています。
彼女の手に自身の手袋をはめたところでこの大雨です。濡れるのは時間の問題のはずです。
「これで貸し借りはなしだ」
ですがサオリにとっては十分過ぎる行為でした。
この先、彼女を助けるつもりは2度とありません。このまま奇跡的に回復してサオリに復讐をするのか。それとも雨に体温を奪われ続け、その命の灯を消すことになるのか。
今のところサオリが彼女を見捨てれば十中八九、エスミは間違いなく死にます。しかしそれでも構いません。
彼女の右手を手当てしたのは、あくまでも崩れ落ちてくる瓦礫からサオリを守ってくれた事に対する礼であり、本来は彼女の命を奪うつもりで先ほどまで必死に戦っていたのです。心の内を明かせば、こうして瀕死の状態でいる事に少なからず安堵さえ覚えていました。
サオリは彼女の頭にそっと手を乗せ、呟きます。
「……全ては虚しい……どこまで行こうとも、全てはただ虚しいのだ……」
幸福や希望を持つことを禁止されてきた彼女にとって、エスミに対し奇跡を願うことはありません。
言ってしまえば、これこそが結末なのです。自分たち以外誰もいないこの街で栢間エスミはこのまま人生に終止符を打つ事となり、サオリは守るべき家族のために自ら手を汚し、生涯この光景を記憶したまま生き続けることになる。
間違いなく自分は地獄に落ちるだろう。サオリはそう確信し、立ち上がりました。
「栢間エスミ。私は、お前のことを忘れはしない……絶対に、な」
そうして彼女の最後を見届けることもせず、サオリはその場から立ち去ってしまいました。
その後、雨に打たれながら横たわるエスミに対し、もう一度サオリの視線が向くことはありませんでした。
≪1-8≫
さて、サオリがああして最後も見届けず立ち去ってしまい、エスミだけがこの場に取り残されてしばらく時間が経過した頃。
一向に収まる気配のない雨によってエスミの身体から体温がどんどんと奪われていき、あと数時間も経たないうちに文字通り死を迎えようとしていた……その時でした。
「これは……何があったの?」
突如として瓦礫の山から姿を現した謎の人物。
背丈はかなり低いのですが、手にしている武器はその身長に匹敵するほどに大きいです。種類としてはマシンガンに分類されるものでしょうか。
身に着けている服装から察するにどうやらゲヘナ学園の風紀委員のようですが、この街はゲヘナ自治区のはずれにあるため彼女たちの最優先巡回ルートからは基本的に外れています。にも関わらず、何か〝異変〟でも嗅ぎ付けたのかもしれません。
風紀委員の少女は周囲を見渡し、やがて地面で横たわる形で意識を失っているエスミの姿を見ると、途端にその顔を歪めながら慌てて駆け寄りました。
「貴女……トリニティの栢間エスミね……酷い怪我。ゲヘナの誰かにやられたの?」
雨が降り出してからまだ1時間も経っていませんが、既にエスミの身体は冷たくなりかけています。
少女は困惑した様子を見せつつも、まずは瀕死状態の彼女を助けることが最優先だと考え、急いでスマホを取り出しました。
「もしもし……ええ、私。ヒナよ……至急助けがいるわ。怪我人はトリニティの生徒、栢間エスミ。そう、あの有名人。けど、時間がないわ。見たところ怪我が酷くて今も意識がない。骨折や打撲、出血もしているけど最悪にも雨のせいで体温が徐々に奪われているわ……いえ、誰の仕業かは不明ね。でも出来るだけ早く来て頂戴、セナ」
ヒナ。
そう自身の名を口にした少女は、連絡を終えてスマホをしまうと今も意識がないエスミの身体を両手で抱きかかえ、雨に濡れない場所へと避難しました。
「……お、れ…………やく、そく……まもれ…………すみま、せ、ん…………せ、んせい……」
その間、微かにエスミの口から何やら苦しそうに言葉が呟かれましたが、勢いの激しい雨音にかき消されてしまいヒナの耳が拾うことはありませんでした。
ソドムの街は依然として、全てを洗い流そうとする大雨が降り続けています。
その光景はまるで天から降り注ぐ硫黄と火の雨で滅亡した聖書でのソドムを再現するかのようでした。
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
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拳銃(M1911,グロック等)
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リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
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自動小銃(HK416、AK-47等)
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短機関銃(M1921、MP5等)
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小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
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散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
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機関銃(MG42、M249等)
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対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
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擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
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素手