夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
9月末までの期限ですが、アンケートを設置いたしました。
何かあれば後ほどご質問をどうぞ
これからも宜しくお願い致します。
少女は、夢を見ていました。
懐かしい、懐かしい、過去の記憶。それはまだ少女が〝青年〟だった頃の光景。
何てことは無い。今ではもうほぼ完全に忘れかけている前世の記憶です。
少女……いいえ、青年の目の前には、今年で遂に齢50を迎えようとしている壮年の男性が座っていました。
場所はやや寂れた雰囲気を醸し出す喫茶店。開店して30年、いや40年ほどの歴史をもつ、それなりに長生きしている老舗となります。
ちなみに寂れていると言っても、それなりに年のいった社会人や高年齢層には依然として人気のある店のようで、青年と壮年の男性以外にも何人か客の姿がありました。全員が全員、青年より倍の人生を過ごしている方々になります。
「……相変わらず……ここは良いお店だね。とても静かだ」
男性は手に持っているカップを揺らし、満足そうに笑みを浮かべながらそう言葉を零します。彼の手にあるのは淹れ立てのコーヒー。ただし、このお店で出されているメニューの中では一番苦味が強いことで有名でした。
彼はそれを平然と口に運びます。
生憎とそういった苦味の強いものが飲み物や食べ物問わず〝苦手〟な青年は、男性とは違い砂糖をふんだんに入れた甘いコーヒーを手にし、やや疲れた様子で返事を返しました。
「静か、ですか……本当にそうでしょうか。確かに雰囲気は寂しげですけど、店内に流れている音楽はどこか陽気で曲調が激しいし、他の客のうるさい会話が聞こえてくるのは他の喫茶店と大して変わらないと思いますけど?」
「ハハッ、君は相変わらずだね。その求める『静寂』のレベルの高さは今でも全然変わらないようだ。いやいや、むしろ君らしくて私は心底安心したよ」
「どういう事ですか、それ……まあ、そちらも昔と変わらずお元気そうで安心しました。今でもあの学校で美術を担当しているんですか、先生?」
先生。
かなり敬愛のこもった声で青年にそう呼ばれた男性は、瞬時に嬉しそうに笑みを浮かべ、満足そうに顔を縦に動かします。
「もちろんさ。これでも一応、昔はそれなりに名が売れた芸術家なんだぞ私は? 専門分野の美術を担当教科にするのは当然じゃないか、当然」
「いえ、先生が元芸術家なのは知ってますから。元教え子の俺に芸術家時代の話を何度も繰り返し聞かせてくれたのは一体誰だと思ってるんですか?」
「おっと、それもそうだったな。とはいえ気付けば君が卒業して6年か……いや7年だったかな?」
「8年です。先生の元から卒業して、もう8年が経ちました。流石に世間ではもう『おじさん』と呼ばれてもおかしくはない歳に足を踏み入れました」
「こらこら、もうすぐ50の節目を迎える私の目の前で『おじさん』と名乗るとは、良い度胸をしているじゃないか」
「言われてみれば、そうですね。俺が『おじさん』なら先生はもう『おじいさん』と呼ぶ年齢でしょうか。ああ、それとも『おじいちゃん』とでもお呼びしますか? どうです、おじいちゃん先生」
すると先生は『失礼な!! 私はまだ十分に若いぞ!?』とにこやかに怒ると、残り僅かな苦いコーヒーを飲み干します。青年はその反応に笑みを浮かべつつ『すいません』と言葉を返し、こちらもまた残り僅かな甘いコーヒーを飲み干すのでした。
歳を隔てた友人関係を構築している彼ら2人にとって、このやり取りはもう10年以上前から続く一種の恒例行事。一方に対する遠慮のなさは依然として健在であり、少なくとも片方はそれを不快に感じる事もありません。
それに青年が学びの園から旅立って以降も、お互い既に連絡先を交わしているため、必要とあればトークや通話などで世間話や相談話をしてきました。実際の所、こうして遠慮のない会話を直に交わすことが出来て、双方ともに非常に喜んでいました。
先生の目元が微かに緩みます。
「まあここで一旦、話を少し変えるとしようか……君も知っての通り、私は近々教師を辞める予定だ」
彼は空になったコーヒーのお代わりを店員に頼み、補充を待つ間話題の方向を変えてきました。
対して青年は空となった甘いコーヒーの代わりに氷入りの水を手にしながら、肩をすくめつつ大袈裟に頷き返します。
「らしいですね。先生の娘さんから既にその話は聞いてます。そのあと貴方から直接辞職する旨の報告を受け取りましたし、最初は冗談かと思ってましたが本気だったんですね」
「ああ、本気だ。来年の春を最後に私は教師を辞める。今の3年生が卒業したのと同時に、私もまた卒業だ」
「理由を聞いてもいいですか?」
あまりこの件に関して詳細を耳にしていなかったのか、水を口に含みながら青年は首を傾げます。
先生は視線を彼から外すと、しばし窓から見える外の光景を眺めながら感慨深そうに口を開きました。
「君は、元は芸術家だった私が何故教師という道を選んだのか、その理由はもう知っているね?」
「ええ、まあ……確か『家族を養うため』でしたね」
「そう。芸術家として活動していた頃、私には学生時代から長く付き合っていた女性がいた。芸術家になりたいという私の夢を応援し、常に傍で支えてくれた恩人にしてとても大切な女性だ。彼女は学校を卒業後、すぐに社会人となり私の活動を少なからず支援してくれた。運が良いことに私は芸術家としての才能に恵まれ、既に活動を支援してくれるパトロンもいたので、あまり生活面では彼女に苦労を掛けることは無かったと思っている」
先生は視線を窓から離さず、そのまま独り言を呟くようにして言葉を続けました。
「ただある転機が訪れた。私と彼女の間に子供が生まれたんだ。いつも君と随分仲良くさせて貰っている例のあの子さ。私と彼女にとって大事な大事な一人娘。私からは芸術家としての才能を、妻からは優しさと聡明さを受け継いだ、正に自慢の娘だよ」
「……まあ、ついでに〝頑固者〟ですけどね。今まで芸術の話題で何度喧嘩したことか……」
「ハハッ。それも彼女の魅力とでも思ってくれ。そういう君だって、恋仲でも無いくせに毎度のように彼女の愚痴や相談には乗ってくれるじゃないか。仕事で手が離せない私の代わりに、いつも彼女の話し相手になってくれて心から感謝しているよ」
「気にしないでください……我が恩師の大事な娘さんですから」
青年は気恥ずかしそうにしながらコップを動かし、その振動で氷が何度か音を鳴らします。
「おっと、つい話が脱線したね。さて時を戻して……そう、あの子が生まれた時の話だ。当時の私はそれなりに芸術家として稼げてはいた。しかし心の中ではどこか、安定が約束されないこの生活に不安を抱いていたのかもしれない。妻はやがて娘を出産するためにしばらく仕事から離れなくてはいけない。当時は今と違って産休や育休があまり普及していなかったからね。となると不測の事態に備えた場合、必然稼ぎ頭は私になる。だけど芸術家一本で生きていくのは、流石に当時の私にはかなり難しかった」
「それで先生は芸術家の仕事を徐々に減らしながら大学に入学。そのまま猛勉強して教員免許を取得した後、俺も通った学校に赴任して美術教科の専属教師となった……そうでしたよね?」
「その通り。私自身、芸術家として活動していた分、それを何とか経験として活かしてみたかったし、何より才能ある若者を導くことに興味があったからね。妻は反対することなく、常に私の背中を押してくれたよ」
とはいえ、当初は芸術家と教師の両方で活動していた彼も、やがて教師が抱える膨大な仕事の量に苦労する事となり、半ば自然消滅の形で芸術家活動を辞めてしまったのでした。聞く話によれば、先生の奥さんはそのことを深く悲しんでいたようです。
青年が彼の教え子として高校に入学したのは、正に先生の肩書が『元芸術家』になっておよそ十数年が経過していた頃でした。
「しかし、どうして今になって突然教師を辞めるんですか? もう芸術家時代に比べたら今の方が生活は安定していると思いますし、何より定年まで働けば退職金も全額貰えるはずでは?」
「勿論、お金が多く貰えることには越したことはない。老後も安定するし、不測の事態に備えることが出来る。けど君も薄々分かっているはずさ。何度も話題に挙げていた娘が来年、ようやく一人前になるんだ」
その話を聞いて、青年の眉がピクリと反応しました。
「……そういえば娘さんは今、社会人3年目でしたね」
「そうだ。もう新人の社会人なんて呼ぶ年頃じゃない。既に一人の大人として、責任を持った生活を送れるだけの経験を積むことが出来たはずだ。元々、彼女の後ろ盾になれるよう今日まで必死に頑張ってきたが、もう私は不要と言ってもいい」
「つまり……今までは家族の為、娘さんの為に時間を捧げて来たのを、今後はご自身のために人生残りの時間を使う……そういう事ですか?」
先生の目がやや細くなりました。
その反応だけで、今の青年が掛けた言葉が正解だったと分かります。
「元々、娘の独り立ちが上手くいけば50歳前後で教師を辞める予定ではいたんだ。私はこう見えて早死にするタイプだと思っているからね。せめて人生の最後ぐらい、好きな時間を過ごして死にたいのさ」
「……それが定年まで働くのではなく、50を節目に教師を辞める理由ですか……けど辞めた後は一体どうするつもりですか?」
青年の質問に対し、先生は懐から何かメモを取り出してきました。
訝しげにそれを受け取った彼は、ひとまず渡されたメモに視線を落とします。そこに書かれていたのは来年のある月日と、都内にあるレンタルギャラリーの名前でした。
「先生……このメモは?」
「教師の職を辞めた私の……最初の〝仕事〟だよ。」
「……仕事……」
そこへ遂に補充が完了した苦味の強いコーヒーが先生の下に届き、彼は店員に礼を言いながら嬉しそうにコーヒーを飲み始めました。対して青年は未だ困惑した様子でその様子を眺めています。
「あの、先生。仕事とは一体……まさか、既に転職先が決まっているとは知りませんでした」
「いやいや、違うよ。確かに転職ではあるかもしれない。けど私にとってそれは転職であり、ある意味で好きな時間なのさ」
「どういう事ですか……」
「分からないのかい? 戻るのさ、私は……かつての〝芸術家〟に、ね」
直後、ガタンッとテーブルを揺らすほどの音を立てて青年が立ち上がりました。
危うく補充されたばかりのコーヒーが零れる所でした。もっとも青年の行動を事前に予測してか、先生は一足先にコーヒー入りのカップを手に持っていたので大惨事に至ることはありませんでしたが。
先生の表情には、笑みが浮かんでいます。
「せ、先生……それはつまり、その……そういうこと、ですか?」
「ああ、そうだよ。嬉しいことに以前私のパトロンを務めていた向こうと再び連絡が取れてね。私の芸術活動のためにもう一度力を貸してくれるらしい。娘や妻も『最後ぐらい、好きな時間を過ごして欲しい』と強く背中を押してくれてね。家族のために残し続けていた貯金も、少しばかり芸術家としての再出発のために使わせてもらったよ」
「では、ではつまり!! こ、このメモに書かれている内容は、数十年振りに開かれる先生の『個展』ということですか!? いえ、絶対にそうなんですね!!」
テーブルに手を置き、顔を近づけながら興奮した様子で問い詰めてくる青年。
当初はこの喫茶店の雰囲気を『静かじゃない』などと苦言を零した彼ですが、今となっては彼の行動こそ立派な騒音でした。しかしこの店にいる客や店員は一切不快に感じることはなく、むしろ何やら楽しそうにその様子を眺めています。
「勿論さ。近頃は少しだけ制作に時間を掛ける事も出来たからね。昔の作品だけじゃない。新作も合わせてお披露目する、私の芸術活動の再出発を祝した少しだけ大きな個展だよ」
「そんなまさか!! 本当に先生の芸術を生で見ることが出来るなんて、しかも個展で!!……行きます……絶対に行きます、その個展に!! 這ってでも行きますよ俺は!!」
「こらこら、落ち着いて。他のお客さんの迷惑になるじゃないか。気持ちは嬉しいけど、その気持ちの解放は来年まで取っておいて」
「分かりました!!」
ようやく落ち着きを取り戻したのか青年は椅子に静かに腰掛けると、まるで自身の興奮の熱を冷まそうとしているのか氷入りの水をがぶ飲みしました。勿論そうした所で本当に冷める訳では無いのですが、気にせず水の補充まで頼んでいます。
一方で先生はその反応に満足げに笑みを零しつつ、ここ来て更なる爆弾発言をするのでした。
「さて、実は来年の個展開催に合わせてもう1つ、今のうちに君に言っておきたい事があるんだ」
「俺に? もう先生の芸術活動再開と個展の件だけでお腹が一杯です……」
「まあそう言わずに聞いて。私は文字通り来年の春を以て教師職を辞める訳だけど、実は君さえ良ければその時期から私の〝弟子〟になって欲しいんだ」
「……え、でし?」
「そう。弟子だよ」
「えっと……俺が、先生の……弟子? 教え子という意味では無く?」
「それは私が教師だった頃の話。そうじゃなくて芸術家となった私の一番弟子として、一緒に芸術のために時間を過ごしてみないかい? まあ君には仕事があるだろうから最優先にすることは無いけど、それでもいつか芸術家としてデビュー出来るように鍛えるつもりだよ」
「…………」
するとここに来て突然、青年は心ここにあらずといった様子で既に空となっているコップを手に持ち、色々と視線を周囲に走らせてはコップのふちを親指でなぞり出しました。随分と理解不能な行動です。
もっとも先生としては既に何度か目にしている彼の数少ない癖の1つでした。あれは嬉しさが積み重なってパニックを起こしている時によく取る行動。つまり彼は今、先生からの誘いに物凄く喜んでいるのでした。
となれば返事は聞くまでもありません。返事を促せば、迷うことなく肯定の言葉が返ってくる事でしょう。
しかし先生はあえて返事は保留にするよう言葉を返し、こう続けました。
「返事はその個展の日に直接私に教えてほしい。それまでの間、どうしたいのか……それをゆっくり考えておきなさい。誰かに相談するのも良い。自分だけの時間に浸かりながら、先の将来を考えてじっくりと、けど深く考えなさい。これは君の今後の人生を左右する大事な選択肢だよ。迂闊に決めてはいけない……なに、安心しなさい。時間はたっぷりある。個展の日に、考え抜いた君の答えを聞くのが私は楽しみだよ」
コーヒーに口をつけ、強い苦味など全く気にしていない様子のまま、先生はにこやかに片手でピースサインを作りました。
青年は微笑し、顔を強く縦に動かして小さく息を吐きます。
(ずっと尊敬している先生の芸術家復帰……それに数十年ぶりに開く個展……挙句には芸術家としての師弟関係まで……まさか俺に、こんな幸運が訪れるなんて……夢じゃない。これは現実なんだ)
芸術家になりたい。
これはこの青年がずっと抱いていた幼い頃からの夢であり、一種の人生の目標ですらありました。
しかし彼にはこれといった特別な芸術的才能はなく、加えてそれに費やす労力も時間も圧倒的に足りていませんでした。そのため現在は夢だった芸術家などではなく、社会人として人生を過ごしているのです。
彼が先生に憧れの対象を抱き、そして現在に至るまで友好的な関係を築き、このような付き合いを欠かさないのも、一度芸術家になってみせた先生に対する尊敬と嫉妬が【執着心】として姿形を変え、彼の心に住み着いていたからに他なりません。
その人生が遂に変わるかもしれない。
他でもない。心から尊敬している先生の導きによって、長年の夢だった芸術家に至るための最初の一歩を踏み出せるのです。
これを幸運と呼ばずして何と言うのでしょうか。
青年は決心しました。何があろうと。例え天変地異が起きようとも、この想いは大事に大事に心の中で燃やし続け、いずれ訪れる個展の日に直接先生にこの想いをぶつけてみせよう、と。
とはいえ彼ならほぼ間違いなくこの想いを受け入れてくれる事でしょう。これでも彼との間に結ばれた絆は強く、深いのです。向こうも個展の日に青年がどんな言葉を吐き出してくれるのか、十中八九想像が付いているはずです。
しかしそれでは駄目です。将来のこと。襲い来るだろう挫折と困難。それに耐える心の強さ。その全てを自分は必ず超えてみせると、あの人に見せつける必要があるのです。
だからこそ先生はあえて答えを保留にさせたのです。
青年の心が、夢が、それだけ強いという事を直接見るために。
想いは決して風化はしない。諦めず夢を抱き続ければ、いつかはチャンスが訪れ、それを手にする瞬間が必ずあります。
青年は正に今、そのチャンスが訪れたと言えるのです。
「分かりました……では先生、俺からの返事はしばらく保留ということで……次に直接会うのは、その個展にしましょう」
「良い提案だね。今私の目の前にいる君がどう成長し、どんな表情をして私に会ってくれるのか……ハハッ、非常に楽しみだよ」
先生は手を差し出しました。
歳をとり、少々皺が目立つようになった男性の大きな手。しかしよく見ると、僅かながらに洗剤で落としきれていない絵具があちこちに付着しています。
それは油彩絵の具でした。
どうやら最近、絵を描いたのでしょう。もはや絵を描く者なら既に見慣れている、ある種の日常茶飯事な汚れです。
故に青年はその汚れを見て、ふと心から強い喜びを感じました。
ああ、先生は間違いなく自分のために絵を描き始めたのだ、と。
「ええ、先生。これは俺たちが絶対に守るべき〝約束〟です……もちろん、必ず守ってみせます」
彼は先生の手を掴み、固く強く握手をします。
久しぶりに触れた先生の手は相も変わらず、かなりがっしりしていました。
そうして月日が少しばかり経ち、喫茶店で話した通り先生が『教師』の職を辞してしばらくの後、遂に彼の芸術活動復帰を祝した個展が開かれました。
開催期間はほんの2、3日とかなり短いものの、かつての彼の芸術家時代をよく知る顧客や、好奇心旺盛な客が数多く足を運び、個展は非常に大盛況でした。
一方で、勤めている仕事先が多忙だった青年は何とか苦労して1日だけ休みの日を手にすることが出来ましたが、不幸にも個展が開かれている時期は梅雨。
しかも彼が向かおうとした日は近年まれにみる大豪雨となっており、大雨特別警報までは出ていないものの本来なら不用意な外出が危ぶまれる危険な状況でした。
ですが彼は向かいました。他でもない、それは先生と交わした約束を守るため。
もっとも、幼い頃からずっと抱えていた夢が成就するかもしれないこの大事な時に、悪天候なんかにあっさり諦めてなるものかと血の気が騒いだのかもしれません。
結果、彼は飛び出しました。そして向かったのです、尊敬する先生の下へ。
この日を持って晴れて心の底から『師匠』と呼べるかもしれない、彼の恩師の下へ。
しかし、彼が先生の下に辿り着くことはありませんでした。
≪1-2≫
「…………最悪な夢…………」
口から出てきた言葉は、思いのほか乾いた響きを放ちました。
まるで水分も取らずに寝続けていたような……いえ、実際に長い時間に渡って眠り続けていたので、実際にそうなのでしょう。
乾燥した唇に意識が向きそうになりながら、少女は視線を周囲に走らせます。
(……ここは、病室……ゲヘナ? それとも他の病院?)
見慣れない天井。そして自分が寝ているベッドや画材以外、一切何もない部屋。
わざわざ自分のために個室を用意してくれたのか、生憎と入院生活はこれが初めての経験となるため実感はわきませんが、それなりに周囲からは慎重な扱いを受けているようです。
(……外には誰かいるの?……この足音は、何度も廊下を周回しているようだけど……警備? それとも私の監視?)
何であれ病室には入ってこないものの外に何人かはいるのでしょう。
少女は全く力の入らない身体に対し、懸命に鞭を打ちながら何とか上体だけでも起こしました。その際、身体に刺さっている点滴や心電図の機器が目に入り、思っていたよりも自分の容態が深刻だったことに気付きました。
(まあ……爆弾を受けて、銃弾も浴びて、挙句には瓦礫の山に埋もれたんだから当然だね)
むしろ五体満足で生きていることに感謝するべきでしょう。
少女は小さく息を吐き、何とか深呼吸は問題なく行えていることを確認すると、視線を右に左にと動かしながら、再び、今度は大きな溜息を吐きました。
(……私は一体、いつまで寝ていたの……この病室、カレンダーがどこにも見当たらないし、時計しか置いてない……)
彼女が自力で起きる事など想定していなかったのでしょうか。あまりにも無機質な病室の姿に、これが本来の病室の在り方なのかと誤解してしまいそうでした。
それに、これで実は1年か2年ほど、もしくは9年も眠っていましたとか医者から聞かされたら流石に反応に困ってしまいます。勿論そこまで時が進めばブルアカ本編に巻き込まれる云々の心配はせずに済みますが、代わりに今後の生活に不安しか抱けません。
(ひとまずはナースコールをして目が覚めたことを知らせるべきだけど、それで騒がしくなる前に状況を可能な限り把握しないと……)
彼女は身体を捻り、ベッドの付近にあるモノや備品にもう一度目を向け、状況の把握に動きます。
するとベッドから離れた場所に自身の制服が置いてあるのに目に入りました。あれはトリニティの制服のようです。意識を失う前、つまりゲヘナを訪問する際に着ていた服ではありません。
銃弾や爆弾、それに瓦礫などが原因で処分されてしまったのかもしれません。残念ですが仕方ありません。今は病院の患者衣を着ているので、ひとまず代わりに着るものがあるのは助かります。
(他には……あれは、私の銃だね。瓦礫の下敷きにでもなったのかな? 随分と損傷が激しいけど後で修理してもらおう。あとはゲヘナに持っていた荷物が少しだけあるみたいだけど、例のホテルでプレゼントされた画材は無いみたい……残念)
見るも無残な愛銃の姿に悲観の溜息を吐き、続いてゲヘナで貰った貴重な画材すら紛失してしまっている事に対し、少なからずショックが隠せない少女。それにスマホも画面が割れて完全に壊れているらしく、ほぼ間違いなく中にあるデータはお釈迦になっている事でしょう。データ復帰出来るのかどうかは正直分かりません。
しかし無くなったモノに対し酷く悲しんだ所で、今更それらが生き返る訳がありません。
どれもこれは、全てはあの時アリウス分校の錠前サオリに襲撃され、最終的に彼女を救い自ら瓦礫の山に埋もれた自分が悪いと言い聞かせ、ここに来てようやく少女は現状把握が済んだとベッドの脇に置いてあるナースコールに手を伸ばしました。
「……あ」
そして目にしたのです。
丁寧に包帯が巻かれ、しっかりと治療が施された自身の〝利き手〟。芸術家になるために幼いころから酷使し続け、その代償として痛みを背負い続ける事となった自身にとってもう一つの命とも呼べる存在。
当たり前の話ですが、そこにナギサから貰った大事なナイフは刺さっていません。先ほど周囲を見渡した時も、愛銃のほかにあのナイフの姿を見付けることは出来ませんでした。
恐らくあの場所で紛失してしまったのでしょう。何とか瓦礫から這い出て来たときは依然として刺さっていたような覚えがあるので、あのまま何かの拍子で抜けたのかもしれません。
(せっかくナギサから貰った大事な物なのに……酷いことをしちゃった……)
思えばあの時、どうして自分はこの右手をサオリから振り下ろされるナイフの前に持ってきたのでしょうか。
自身の心臓を守るため? いいえ、それなら芸術家としての人生に全てを捧げると決めたこの利き手を盾にすることはありません。可能なら左手を犠牲にすれば良かったのです。
それにあのナイフが振り下ろされる瞬間、自分は呑気にも考え事をしていました。一体何を考えていたのでしょうか。
まさか、あのまま人生を終わらせるぐらいなら芸術家としての自分もまた同時にその命を散らすべきとでも思ったのでしょうか。笑える話ですが自身の思わぬ行動に驚くサオリを相手にして、大胆にも笑みを零したような気さえします。
生憎と記憶が混濁し、当時の心境を思い出すことが出来ません。
今のところ確かなのは鋭利なナイフに刺されても尚、こうして自由に利き手を動かすことが出来るという事です。神経をズタズタにされなかった奇跡を祝福するべきか、それともこれは身勝手にも自ら死のうとした自分に対する何かの罰なのか。
正直、眠りから覚めたばかりの身体で考えることではありません。思ったよりも身体が動かせないほど筋力が落ちているようですし、何よりエネルギーが足りません。脳をフル回転させようにも、まずは十分な食事が必要です。
その為にもナースコールを使用して医者に診てもらい、現状に関する話を聞くのが賢明でしょう。
少女は利き手を使い、今度は迷うことなくベッドの脇にあるナースコールを使用しました。もう間もなく医者や看護師が駆けつけてくれるはずです。
「……ん、あれ?」
しかしナースコールを使用した瞬間、少女は眉をひそめました。
まるで回り始めた全ての歯車の中で、たった一つだけ動きが鈍く、このまま回し続けてはいずれ壊れてしまうと危機感を抱いてしまうような、そんな異変を感じ取ったのです。
「………………」
少女は確かめます。何度も、何度もそれを確かめました。
きっと何かの間違いであり、ただの気のせいかもしれない、と。
しかしながら非情にも現実は間違いなくそれが〝事実〟であると表していました。
彼女、栢間エスミは見つめます。自身の……利き手であるはずの右手を。
「……私……右手の感覚が……?」
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
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拳銃(M1911,グロック等)
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リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
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自動小銃(HK416、AK-47等)
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短機関銃(M1921、MP5等)
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小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
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散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
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機関銃(MG42、M249等)
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対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
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擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
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素手