夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

39 / 54

これにて、桐藤ナギサ、聖園ミカ、百合園セイアの計3名の幕間話は全て書き終えたことになります。

ありがとうございます。
たぶん今後は幕間を書くことはしばらくの間は無いと思います。エスミとの関りが深いティーパーティーの3人に焦点を当てて書いた話だったので……。
もしこの他キャラとエスミの幕間が読んでみたいという方は、感想欄か何かで提案して頂ければ、一応検討はしてみようと思っています。
(作者的にはカヨコ辺りを考えていましたが、現在は保留中です)


次回はちょっと登場人物の一覧みたいなのを投稿して、その次からブルアカ原作直前の話に突入する予定です。


また新たなアンケートを設置しました。宜しければどうぞ





『幕間』第3合作
百合園セイア『私だけの画家』


 

「エスミ姐は〝雨〟に嫌な思い出でもあるのかい?」

 

 悲しんでいるのか、それとも怒りを抱いているのか。

 もしくはその2つの感情をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせているのか、その小柄な体に全く似合わない大きな雨傘を手にし、百合園セイアは非常に険しい顔をしたまま学園の玄関口に立っていました。

 少女の視線の先には、このトリニティ自治区で年に1回か2回は降るかどうかの非常に激しい大雨を前にして、最近ようやく退院したばかりの栢間エスミの姿があります。

 

 彼女は、この大雨の中これから帰宅するつもりだったのでしょうか?……いえ、彼女の手にはあの大雨から身を守るための傘が握られていません。荷物や鞄も無いため、これから自宅に帰るために玄関口に居るというより、まるでこの大雨を直接見るために玄関口に自ら足を運んだと言える状況です。

 

 加えて、今のエスミは何だか不気味でした。

 

 ようやく体調も無事に回復し、以前のように自由に絵を描く日々を送れているというのに、何やらこの〝雨〟に対して彼女なりに未練でも残しているのか、どうも普段の栢間エスミとは違って、セイアの目に映っている彼女は別人な気がしてなりません。

 それこそ、このまま彼女を放置してしまうといずれこの大雨の中を歩き出し、セイアにとって大切な存在である『栢間エスミ』を引き連れて〝何処か〟へ消え去ってしまうのではないかという、一種の恐怖と不安をかき立てられるのです。

 

 故にセイアはそんな生気すら感じられないエスミの背中に向かって、先ほどの言葉を……悲しみと怒りを込めた質問を投げたのでした。

 するとピクッと僅かに肩を揺らしてエスミの顔がゆっくりとセイアに向けられます。何度見ても飽きることのない、その綺麗に整った美貌と翡翠色の瞳。絵を描く時に邪魔になるからと、普段はシニヨンにしてまとめている彼女の薄い青色の髪が微かに揺れ、セイアのよく知る栢間エスミの顔が現れます。

 

「……百合園……これから帰るの?」

 

 彼女の表情に変化はありません。

 加えてその唇から発せられた言葉にも抑揚はなく、同時に感情もありませんでした。ただ目の前に傘を持ったセイアがいるからと、自然と口から出てきたかのように彼女の声は無機質だったのです。

 セイアの目が不快感からきゅっと細くなります。

 

「エスミ姐。まずは私の質問に答えるのが先だとは思わないのかい? こんな酷い大雨の中、まさか傘も無しに手ぶらで帰るつもりは無いと思うけど、こうして玄関口で茫然と立ち尽くしている姿を見るに、どうやら雨に対して何やら思うところがあるようだね?」

「…………君には関係ない話だよ」

「いいや、関係はあるさ。大いにあるとも」

「……?」

 

 エスミの首が微かに斜めへと傾きます。

 

「君は私にとって大切な存在だ。血は繋がっていないが〝家族〟だと思っている。だからこそ、今にも消えてしまいそうな雰囲気をまとう君を心配するのは至極当然で、過去に何があったのか知りたいと感じるのは、当たり前の事だとは思わないかい?」

「…………」

 

 彼女は返事をすることはありませんでした。

 しかしセイアの言い分に納得したのか、それとも『家族』などと口にした事に対して驚きつつも呆れたのか、エスミは息を吐いて肩をすくめると、その翡翠色の瞳を再び外の大雨に向けました。

 セイアはその反応を〝拒絶〟ではなく〝容認〟と受け取り、静かに彼女の隣に並び立つとエスミに続くようにして、彼女もまた視線を外へと向けます。

 

「……酷い雨だ」

「……そうだね」

 

 セイアが零した言葉の通り、酷い大雨です。

 

 地面や建物に雨水が降り注いでいる様子は、もはや雨水を直接叩き付けていると言っても過言ではなく、かつ植物に水をやるじょうろとは全く違い、まるで水圧を高くしたシャワーから降り注いでいるかの如く、ともかく酷く荒れた大雨でした。

 流石に川の氾濫を引き起こすほどの災害レベルにはまだ達していないはずですが、この状況の中を傘も差さずに出て行けばどうなるか。瞬く間に身体中がずぶ濡れになるのが目に見えています。

 

 ふとここで『予報では雨が降るようなので、一応念の為に持っておくべきですわ』と、親友であるキオから渡された手元の傘に視線を落とすセイア。

 耐久性や利便性に問題は無いかもしれませんが、流石にこの酷い大雨を前にしては、いくら傘でも大して役に立たない事でしょう。降り注ぐ雨の方向もそれなりに強い風の影響で右往左往としており、ほぼ間違いなく傘を差しても雨に打たれて濡れる事でしょう。

 

 やれやれ困ったな、と嫌そうに表情を曇らせたセイアでしたが、ふと視線を隣に立っているエスミに向けると、彼女は何処か悲痛な面持ちで大雨を眺めていました。その姿を見てセイアは、一度は開きかけた口を閉ざすものの、少しだけ間を置くと意を決して言葉を投げました。

 

「今日、エスミ姐はどうするつもりだい?」

 

 顔はそのままに、エスミの視線が僅かにセイアへと向けられます。

 

「……どうって?」

 

 相も変わらず無機質な声のままです。

 セイアの好きなエスミは、このような冷たく錆びついた声を出すような人ではありません。温かみがあり、多少の鬱陶しさを滲ませつつも、愛に溢れた声を聞かせてくれるのが普段の栢間エスミという人物です。

 正に家族として、姉として接してくれているような、そんな幻想を抱かせてくれるのです。しかし今のエスミから発せられる声は別人のように冷たく、無情にも『私には関わるな』とセイアを拒絶しているようで胸が苦しくなります。

 

 しかしセイアは臆することなく、言葉を続けました。

 

「この大雨だ。しばらくの間は、徒歩でこの学園から出ることは叶わないはずだ。無理にでも帰ろうとすれば、瞬く間に雨に打たれて最悪体調を崩す恐れがある」

「……かもしれないね」

「まさかエスミ姐。この雨の中を帰るつもりかい?」

「そんな事はしないよ。しばらくの間、作業部屋に籠って雨が止むのを待つつもり」

「この雨が一日中振り続けるとしてもかい?」

 

 すると、ここに来てようやくエスミが視線だけではなく、その美しい顔もセイアに向けてくれました。

 

「百合園、何が言いたいの?」

 

 ですが視線も言葉も冷たいままです。

 セイアはつい目を逸らしたくなる気持ちを必死に抑えながら、真っすぐエスミの瞳を見つめたまま、不慣れにも微笑を浮かべます。

 そしてこう答えるのでした。

 

「偶然とはいえ、せっかくこうして会えたんだ。久しぶりに共に帰ろうじゃないか、エスミ姐」

 

 

 

≪????????≫

 

 

 

「紹介しましょう、セイア。この方が今後、貴女の世話をしてくれる栢間エスミさんです」

 

 ある日のこと。

 突然『貴女に良い話がある』と心底嬉しそうに笑みを浮かべながら、セイアにとっては能力の使い手における師匠とも呼べる存在、医王ツクスが1人の少女を連れてセイアの下を訪れました。

 その少女は、隣にいる身長170超えのツクスと並んでも全く見劣りしないほど、美しく整った顔立ちと優しげな雰囲気が目立つ美少女でした。セイアから見ても『美人だ』と無自覚にも感想を零すぐらいには非常に魅力的な人物だったのです。

 その態度を見て、ツクスは困ったように苦笑いを浮かべました。

 

「こらこら。せっかく時間を作ってエスミさんに来て頂いたのに、そのような態度を取るのは彼女に失礼ですよ、セイア」

「別に構わないじゃないか。私は今まで一度だって『世話をしてくれる人を探して欲しい』なんて願いを師匠に言った覚えは無い。余計なお世話だ。むしろ迷惑だね」

 

 獣耳をピクピクと揺らし、誰が見ても分かるほど不快感を強調させるセイア。

 しかしこのような反応は想定済みだったのか、ツクスは気にもせず言葉を続けました。

 

「まあまあそう言わずに。あと数か月もしないうちに私は学園を卒業します。卒業後の進路も確定している以上、この自治区に留まれるのもあと数か月が限度と言えるでしょう。そうなると、今後は貴女を傍で支えてくれる人がいなくなってしまいます。それでも宜しいのですか?」

「別に私はもう平気さ。昨日だって所有しているヨットを自由気ままに運転が出来たし、体調もどこも問題は無かった。これからは1人でも十分生活は出来ると思うのだけど?」

「ですが今はこうして寝たきりになっているではありませんか。昨日の疲れは当然あるかもしれませんが、貴女のことです。きっと昨夜にまた予知夢を発動して体力を著しく消耗したのでしょう」

「…………」

「どうやら図星のようですね。まあ体力を酷く消耗している以上は、無理に身体を起こせと貴女に強制するつもりはありません。ただし私の〝後任〟となるエスミさんに対してだけは、せめて挨拶だけでもしてください」

 

 彼女はそのまま『お願いします』と隣に並び立つ美少女に小声で伝えると、エスミという名を持つ少女は小さく頷き返しました。そして静かな足取りでセイアが横になっているベッドの傍まで移動し、未だに顔を背けている彼女に向けて口を開きます。

 

「こんにちは。私の名前はエスミ。ツクスさんに頼まれて、今日から君の世話をする事になったから、今後からよろしくね」

「…………」

「セイア。彼女が自ら名乗ってくれた以上は、貴方も礼儀として挨拶だけは返してください。お願いですから……ね?」

 

 満面の笑みと共にツクスがそう語りかけ……いえ、むしろ笑みと共に圧をかけてくると、セイアはぎこちない動きで顔をエスミへと向けます。そしてやや嫌そうにしながらも、その小さな口を開くのでした。

 

「セイア……私は、百合園セイアだ」

「そう。素敵な名前だね。ただこれは私の個人的なお願いになるけど、今後からは君のことを〝百合園〟と呼ばせて貰えるかな? 名前で呼ぶのはどうも気恥ずかしくて」

「……好きにすればいいさ。けれど私の方は君のことを苗字や名前で呼ぶつもりはないし、別に仲良くなる気も無い。これからも君のことは〝いない〟ものとして扱わせて貰うよ」

「……はぁ」

 

 ツクスは困ったような、それとも呆れたような様子で深い溜息を吐きます。

 ですが失礼な態度を取るセイアをこれ以上叱ることもなく、むしろこれで目的は果たしたと言わんばかりに彼女はエスミを連れて早々に帰ってしまいました。

 

「これからは週に1回の頻度でエスミさんに来て頂きます。お願いですから、彼女とは仲良くしてくださいね、セイア」

 

 帰り際、そう言葉を残したツクス。

 その声色にはセイアの身を心配する年長者としての憂いが込められていました。

 

「……何度来たところで、私は心を変えるつもりは無いね」

 

 ただしセイアは冷たくそう言い返すと、そのまま『疲れた』と零してベッドに身体を沈めたまま、目を閉じてしまうのでした。

 

 

 

 これが栢間エスミと百合園セイアの初めての出会い。初めての会話でした。

 

 

 

 その後、ツクスの言う通り決まって週末になるとエスミは律儀にもセイアの下を訪れるようになりました。

 

 何故週末なのかと問われれば、それはエスミが生徒として学園に通っている以上、休日の方が勉強や帰宅時間を気にすることが無いからという、至ってシンプルな理由ではありましたが、逆を言えばこれはセイアの下で滞在する時間に〝制限〟が設けられていないという事でもありました。

 故に、別にエスミと仲良くする気など皆無に等しいセイアとしては、部屋の隅で読書をしているか、またはスケッチブックを手に熱心にデッサンをしているエスミの姿をほぼずっと一日中眺めている事となり、言葉を交わすよりもエスミを鑑賞する時間の方が多いという有様でした。

 

 もちろん時々エスミの方から何度か声をかけられ、一言二言返事を返すことはあります。

 しかし、それだけです。

 どんな時でもセイアは彼女を相手に冷たい態度を崩すことはなく、君と親しくなるつもりは無いと、常にその頑固とした姿勢を維持し続けてきました。エスミの方も積極的にセイアに関わるような事はまず無く、セイアの体調が優れて外出が可能なほど活発に動き回れる日が訪れた際には、むしろ彼女の部屋で留守番して帰りをただ待つだけなど、緊急時の世話役という立場にひたすら徹してくれていました。

 

 しかしながら一体何故、セイアは頑なにエスミと親しくなろうとしないのでしょうか。

 

 その理由はセイアが持つ能力。未来予知にありました。

 セイアはキヴォトスでも数少ない……いえ、むしろ唯一無二の極めて高い未来予知能力を持つ少女なのです。未来、現在、過去。その全てをセイアは観測し、その目で視ることが可能でした。

 故に、その未来予知の夢を通すことで人柄や存在をそれなりに把握することが可能となるため、向こうからすれば現世では〝初めて〟の出会いだとしても、セイアからすれば久しい〝再会〟と言えます。

 おかげで一度未来予知の夢で目にした人物ぐらいなら、多少は距離感が掴めるからとセイアも安心して人々と関われていたのですが……彼女、栢間エスミだけは違いました。

 

 未来。現在。過去。その全てにおいて彼女の存在を確認することが出来ず、加えてツクスの紹介で直接出会って以降も一度として彼女が出てくる夢を見たことがありません。

 まさにこのキヴォトスに存在しているかどうかさえ怪しい、まるで幽霊のような存在。それが栢間エスミという人物でした。

 

 一応、セイアが〝師匠〟と仰ぐ医王ツクスは未来視に特化した能力者であり、彼女の予知夢には1度だけエスミが登場した事があるという話でしたが、だからといって『素晴らしい能力です。正に私の上位互換ですね』とツクスが嬉しそうに認めるほど、極めて高い未来予知能力をもつセイアの夢にだけエスミが登場しないのはあまりにも不自然です。

 

 そんな『本当にこのキヴォトス世界の住人なのか?』と心から疑いたくなるような人物が、よりにもよってツクスの代わりにセイアの世話をするのです。未来予知の夢では見たことが無いだけに、その人柄や胸に秘めている考えも全てが不明です。

 それに世間から見ればセイアはまだ幼い中等部の生徒。正に思春期の真っただ中の訳ですから、彼女を相手にセイアが拒絶反応を示すのもいわば当たり前の話でした。

 

 そうして幾日か過ぎたある日のこと、珍しく身体を動かせるほど体調が良かったセイアは師匠であるツクスの下を訪れ、彼女に尋ねたことがあります。

 

「どうして師匠は、彼女を私の世話役にしたんだい?」

 

 もう間もなくトリニティ総合学園を卒業する身であるはずのツクスは、近頃『ようやく面倒な〝掃除〟が終わりました……』とかなり疲れた様子で日々を過ごしていたのですが、愛弟子であるセイアが直接会いに行くと、いつもと変わらず満面の笑みで彼女を出迎えてくれました。

 そして喜怒哀楽で言えば『喜』を無駄に強調させるほどの笑みと共に、ツクスはこう言葉を返したのです。

 

「セイアは彼女のことを、どう見ていますか?」

 

 まさかの質問に対する質問返しでした。

 流石のセイアも呆気に取られましたが、すぐに気持ちを切り替えるとしばらく熟考した末にこう答えました。

 

「彼女は……まるで幽霊だね」

「おや、随分と面白い意見ですね。その理由は何でしょうか?」

「……彼女は、確かにこの世界に実在している人物だ。戸籍もあるし、学園にも在籍している。過去のネットニュースや記事に目を通してみれば、画家になるまでの経緯も全て知ることが出来る」

「ええ、そうですね。その通りです。確かにエスミさんは記録上ちゃんと存在している方です。別に不思議に思うことは無いようですが」

「そうだとしても、私の予知夢に彼女が一切出てこない理由が分からない。別に私の能力が師匠よりも優れているとかで自惚れているつもりはないさ。けれど記録上では存在し、世間では名の知れた有名人として過ごしているのに、私の未来予知にだけ姿を見せないというのは、あまりにも変だ」

「ですが私の予知夢には1度だけエスミさんは出ています。同じ未来予知を持つ者として、実例がある以上は信じるべきでしょう」

 

 毅然とした態度でツクスがそう言葉を吐くと、セイアはまだ納得がいかない様子で視線をうろうろと周囲に走らせます。まるで親に聞き入れてもらえない事に反感する子供のようです。ツクスは依然として笑みは浮かべたまま、その170の長身を動かしてセイアの傍に近寄ると、彼女の両肩にそっと手を置きました。

 

「これは師匠としての助言です。セイア、貴女はどうも自身の能力に対して無意識にも依存しているようですね」

「依存?」

「ええ。夢に出ているのなら間違いなくその人は実在する。夢で見せてくれる姿こそ、その人の真実に違いない……現実で物事を視るのではなく、能力頼りで相手を見てしまっている。断言しましょう。それは悪手ですよ、セイア」

「……」

「とはいえ、未来しか視ることが出来ない私に比べれば、過去や現在すらも視ることが出来る貴女は、私がこうして言わずとも生き方に大変苦労していることでしょう。しかし未来予知はあくまでも能力の1つです。時として便利な能力であることに変わりはありませんが、それを信用し続けてしまっては余計なフィルターとなってしまいます」

 

 わざとらしくセイアの目の前で両手を使って円を作り、まるで眼鏡をかけるような仕草をしてみせるツクス。

 

「予知夢に出てこないからと、目の前にある存在を根本から否定してはいけません。人というのは古来から自身の〝目〟を使って数多の情報を仕入れてきました。もちろん、貴女の未来予知の力も合わせれば、その情報は確実なものとなる事でしょう。ですがセイア、貴女はまだ幼い。幼すぎます。その目で直接見たモノと、未来予知で目にしたモノを上手く結び付けるには、貴女の人生経験はまだまだ足りていません」

 

 ツクスは彼女の肩に再び手を置くと、今度は優しく揺らし始めました。小柄なセイアの身体がツクスの手によって、ゆらゆらと交互左右に揺れ出します。

 

「それに。私は貴女の師として、同じ未来予知能力を持つ者として、教え導くことは出来ますが、残念ながら貴女の成長に欠かせないあるモノが欠けています」

「……それは、一体……」

「愛ですよ、セイア。愛です。他者を慈しみ、他者を労り、他者の気持ちを尊重する。貴女にはこの先の人生で行き詰った際、傍で支えてくれる〝心の拠り所〟が必要です」

「それが、師匠には欠けていると?」

「ええ。私は生まれた時からずっと、権謀術数や騙し合いに夢中になってしまうような生粋の政治家です。正に他者を利用し利用され、遥か先の利益と繁栄を手にするために日々を楽しく生きる……本当、どうしようもない冷徹な女です。おかげで人の心を理解出来たとしても、私はこれまで他者を本気で愛したことはありませんでした。恐らく、この先も無い事でしょう」

「…………」

「そんな私が、貴女の心の拠り所になれると思いますか? 貴女が困った時、疲れ果てた時、絶望した時、私自ら救いの手を差し伸べる事は出来るでしょう。ですがその手に、貴女の心を包み込んでくれるような温かみがあるのかと問われれば、私は〝否〟と答えるでしょう」

 

 セイアは自身の肩に置かれているツクスの手に意識を集中させます。

 彼女の言う通り、比喩でも何でも無くツクスの手から温もりを感じることが出来ません。小柄な少女の視線が悲しく地面へと落ちました。

 

「なら……私はどうすれば」

「フフッ、だからこそエスミさんを。彼女を貴女の世話役にしたのですよ?」

 

 ポンッと少女の両肩を優しく叩き、ツクスの手が離れます。ここに来てエスミの名が出てきた事に対し、セイアの視線がゆっくりとツクスへと向けられました。

 

「最初に、貴女が私に質問した事に対する答えです。どうして芸術家の栢間エスミを百合園セイアの世話役にしたのか。それは、彼女なら貴女を愛してくれるからです」

「彼女が……私を、愛する……?」

 

 何を根拠にそう断言するのか、とセイアの目が不信感から細くなりました。

 しかしそのような視線を向けられても尚、ツクスは一切気にもせず、むしろ楽しそうに何度も頷くのでした。

 

「彼女は不思議な方です。芸術を愛し、美術を愛し、その分野のためなら自身の命すらも燃やそうとする生粋の芸術家。ですが同時に、彼女は人すらも愛することが出来る。フフッ、いいえ……正確には、このキヴォトスの大地に生きる全ての人々に対し、彼女は等しく愛を注いでいるのです」

 

 彼女はセイアから身体を離すと、次に自身の部屋の壁にかけられている無数の絵画に歩み寄りました。それらはツクスがこれまで支援してきた芸術家から直接頂いた正真正銘の真作。その中に何点か、直に買い取ったエスミの作品もありました。

 ツクスの顔に張り付いている笑みが増々深くなります。

 

「本来、芸術家というのは人付き合いをあまり好みません。まあ例外はあるかもしれませんが、ほとんどの芸術家は極度の人見知りで、プライドが高く、自分以外の事など目にもかけないのが普通です。むしろそうでなければ後世まで語られるような唯一無二の名作を生み出せるはずがありませんので、これに関しては少しだけ仕方ないと言えるでしょう」

「けれど彼女は……栢間エスミだけは、他の芸術家とはまるで違ったと言うのかい?」

 

 数多の絵画を背景にして、ツクスが嬉しそうに振り返ります。

 

「〝目〟です。彼女は私だけではなく、誰を相手にしても目の奥には常に慈愛に満ちた優しさがありました。まるでこの世界に住む人々全員を心から愛し、推しているかのように」

「…………」

「セイア。最初に貴女が言った通り、確かに彼女はどこか〝変〟なのかもしれません。多くの人生経験を重ねた大人でも無いのに、私よりほんの2つ3つ若い学生でありながら、この世に生きる全ての人々に対し一定の敬意と愛情を抱いているというのは、あまりにも信じがたい話です」

 

 するとツクスは『だからこそ』と力強く言葉を続けます。

 

「そんな何処か常識とはかけ離れた彼女なら、貴女の心の拠り所になれるに違いないと私は確信したのです。良いですか、セイア。これは未来予知で視た景色ではありません。これまでの人生経験を糧にし、私の直感がそう告げているのです」

「……師匠」

「セイア。彼女を信頼するか、それとも否か。それを今の段階で決めてしまうのは、あまりにも早すぎます。まずは未来予知に頼るのではなく、この世に生を受けた時から授かったその〝目〟で彼女を見てあげてください。それでも彼女の存在が受け入れられないと言うのであれば、その時は私も考えておきましょう。宜しいですか?」

 

 返事の代わりに、セイアは渋々といった形で大きく頷き返しました。

 そしてこの日を境にして、セイアは自ら積極的にエスミに関わるようになったのでした。果たしてその結果がどこに辿り着いたのか、今更説明するまでもありません。

 

 

 

≪1-2≫

 

 

 

「エスミ姐。風呂とシャワー、君の好みは確か……どっちだったかな?」

「シャワーでお願い」

 

 トコトコと可愛らしく部屋の中を忙しく走り回りながら、ベッドの上に2人分の着替えを用意し、今度は風呂場へと駆け込んでいくセイア。

 そんな彼女の後姿を眺めながらエスミは眠たそうに目を細めると、自身の身体をぎこちなく動かし、ベッドの端にポスンッと音を立てて腰掛けて大きな溜息を吐きました。

 

「……何で、彼女の部屋に居るの……私」

 

 学園の玄関口でセイアと偶然出会い、その場で彼女と少しだけ会話をしていたエスミ。

 外は依然として大雨です。本来ならあのまま学園の中で時間を潰す予定でいたエスミでしたが、気付けばセイアが所有している車に無理やり乗せられ(セイア自ら運転)、あれよあれよという間に彼女の部屋に招かれていました。

 ちなみにサンクトゥス分派の次期首長として就任した影響か、今まで住んでいた部屋に比べて現在セイアが住んでいる部屋の面積は遥かに大きく、かつ豪華です。危うく高級ホテルの一室かと勘違いしそうでした。

 正直、あまり落ち着きません。

 

「……」

 

 ひとまずエスミは彼女が用意した〝着替え〟に目を向けます。

 そこにあるのは寝間着。そう、寝間着です。

 どうやら今夜、エスミは彼女の部屋で一夜を明かす事になるようです。ご丁寧にも寝間着はエスミの体格にピッタリなものが用意されていました。彼女には自身のスリーサイズを公表した覚えは無いのですが、どうも不思議です。

 まさかとは思いますが、この日のために前々から準備していたのでしょうか?

 

「……気にするだけ無駄だね……」

 

 彼女のことです。どうせ親友のキオを頼ったか、ちゃっかりエスミの健康診断でも入手したのでしょう。

 エスミとセイア、両名の体調管理を担当しているのは救護騎士団の次期団長に就任した蒼森ミネですので、彼女から直接聞き出した可能性もあり得ます。

 とはいえセイアとの付き合いはそこそこ長いですし、今更彼女にスリーサイズを知られた所で恥ずかしがる事も、個人情報を勝手に知ったからと怒る気にもなりません。

 エスミはベッドに横たわり、部屋の天井を見上げ、そして自身の〝利き手〟をまっすぐ伸ばしました。

 

 触覚過敏となってしまった利き手。その症状を和らげるために装着している、黒色の革手袋。

 

 彼女はそのまま手を何度か握りしめては開き、自身の利き手の感触を何度も確かめます。やはり手袋を付けているとはいえ感覚には未だ違和感がありますが、正直生活に支障をきたすほどではありません。退院後もあまり悪化している様子はなく、元々あった酷使による腕の痛みもより強い処方薬を病院から受け取って以降は、全く悩まされることも無くなりました。

 満足した様子で利き手を下ろし、エスミは深く息を吐いて今度は目を閉じます。そして耳に入ってくる外の雨音に意識を向けました。

 すると聞こえてくるではありませんか。壁や窓すらも貫通する、忌々しい酷く荒れた天候の鳴き声が。

 危うく呼吸を忘れそうになりながら、エスミは丁寧に息を吸っては小さく吐き捨て、この雨音に負けないように意識を強く保ちます。

 

 しかし建物に叩き付けられているはずの雨水が、まるで直接自身の身体を襲っているような感覚へと変わり、雨音も次第に大きく激しくなり、四方八方を雨で囲まれているような錯覚に陥ります。それでもエスミは意識を強く保とうと懸命に耐えました。

 

 するとそこへ、ポンッと肩に誰かの手が置かれました。

 酷い大雨の中、背後から1本の傘を差して守ってくれたかのような謎の安堵感がエスミの身体を瞬く間に包みます。

 目を開くと、そこには心配した表情を浮かべているセイアの姿がありました。

 

「……エスミ姐。大丈夫かい」

「……百合園……私、今もしかして酷い顔をしてる?」

「ああ。酷いね……それも、死人みたいでかなり酷い。気分が悪いなら、早くシャワーを浴びてくると良い。既にタオルとドライヤーは向こうに用意してあるから、ここにある着替えを持って身体を起こすとしよう」

 

 彼女の視線が一瞬だけ雨の様子が見える部屋の窓へと向けられ、何やらもの言いたげな顔をしましたが、すぐに表情を切り替えてエスミの身体を引き上げました。

 着替えを手にして起き上がったエスミは、次の瞬間申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女を見つめます。

 

「……迷惑をかけてごめん、百合園」

「構わないさ。今まで、君には何度も助けられてきたんだ……それに君が病院で眠っていた4か月間の苦しい日々に比べれば、こうしてエスミ姐を傍で支える事が出来てホッとしているよ」

「……何だか、以前に比べて変わったね。少し、君が頼もしく見える」

「おや、少しだけなのかい? むしろ今日だけは私の胸に顔をうずめて眠ってくれても構わないのだがね。まあエスミ姐の大きくて寝心地の良い胸に比べたら、私の胸はかなり貧相で固くはあるけど。そもそも私は小柄過ぎて、君を包み込むような体格があるわけでも無いし、偉そうに提案したところで無駄ではあったか」

 

 そうわざとらしく自嘲し、苦笑いまでする彼女。

 エスミはその様子を呆気に取られた様子で眺めていましたが、少しして『ふふっ』と小さく笑い声を漏らし、にこやかな笑みを浮かべて彼女の頭を優しく撫でました。

 

「いつも人の胸を枕代わりにして寝ているくせに生意気だよ、百合園。それに私は君の容姿が好きだし、よく見ていて癒されてるから気にしなくて大丈夫……あと添い寝の件は提案してくれて、ありがとう。ちょっとその気分になってきたかも」

「ほう……なら、今日は共に寝るという事で無事に決まりのようだね」

「一応言っておくけど、君の胸を枕にはしないからね?」

「むっ。それはつまり私の胸は貧相過ぎて、エスミ姐のように枕の代わりを務めるのは無理に等しいと、そう言っているんだね」

「そもそも人の胸を枕代わりにはしないから……正直言って、人に胸を揉まれる事はよくあるけど、枕にして寝るのは君だけだよ」

「……揉まれた事があるのかい?」

 

 ここに来て心底ショックを受けた様子を見せるセイア。眉をひそめ、エスミを睨みます。

 対してエスミはうっかり失言をしてしまったと、ほんの僅かに身体を停止させましたがすぐに復帰しました。

 

「別にいかがわしい意味じゃないから安心して。普通にわるふざけの範疇で、決してそういう行為の一環として揉まれたことは今まで一度も無いから…………たぶん?」

「たぶん!? ちょっと待ってくれないかいエスミ姐、誰なんだい⁉ 誰に胸を揉まれたんだい⁉ さっきの発言で、君の貞操観念が酷く心配になったのだが!?」

 

 脳裏に横切るピンク髪の天真爛漫なお嬢様。その子と過去に一回だけ、危うくそういう行為になりかけた事を思い出し、エスミは口を濁してしまいました。

 しかし、いかがわしい行為には絶対に『NO』を叩き付け、危機的状況を回避し続けてきたに違いないと、憧れのエスミを強く信じていたセイアとしては先ほどの発言は爆弾に匹敵する代物でありました。

 当然、誤解を解くために例の一件についてセイアにちゃんと説明を行ったエスミでしたが、結果的に『なら私もエスミ姐と一緒に風呂に入りたい!!』と強く懇願するようになり、どういう訳かシャワーを浴びる予定が一転、セイアと共に入浴する事となったのでした。

 

「あの……忠告はしておくけど、別にそういう目的で入るつもりじゃないよね?」

「心配はいらない。私は今までエスミ姐のことをそういう目で見たことは無いさ。普通に共に風呂に入るだけで、手出しをするつもりはないよ」

「……そう」

 

 とはいえ、口では何とでも言えると終始信じられない様子で常に身構えていたエスミでしたが、意外にもセイアは自身の言葉通り一切彼女の身体に触れるような事はせず、むしろ『見ていて分かった事だが、エスミ姐の身体はあまりにも危険だ。魅力的な果実のあまり、いつの日か誰かにその身を貪られてもおかしくはない。気を付けてくれ』と謎の忠告をされたのでした。

 その後、外の荒れた大雨なんて一切気にしなくなるほどにセイアとの談笑を楽しみ、近況について熱く語り合ったエスミは結局のところ『やっぱり』と言うべきか、ベッドに入るとエスミの胸にセイアが顔をうずめる形で互いに抱き合い、そのまま深い眠りに付くこととなりました。

 

 寝る前、エスミは小声で感謝を伝えます。

 

「百合園のおかげで、外の雨を気にすることなく無事に寝ることが出来るかも……結果論ではあるけど、強引に部屋に連れ込んでくれてありがとう……そして、おやすみ……もうすぐ君も3年生だね。毎日が忙しくなるけど、たまにはこうした日を共に過ごすのも悪くないかも……」

 

 ふわっとした少女の後頭部を撫でつつ、良い素材で出来ている高級な枕に頭を沈めるエスミ。

 対して彼女の胸に顔をおしつけていたセイアは返事を返す代わりに、彼女の背中に回している自身の腕に力を込めました。ぎゅっと互いの距離が縮まり、更に彼女の胸に自身の顔が埋まっていきます。

 そして瞳を閉じ、彼女の匂いに包まれながら、しっかりと聞こえてくるエスミの心臓の鼓動に意識を向けるのでした。

 

(私も……出来ることなら、エスミ姐と一緒にずっとこうしていたい……君が眠り続けていた、あの悪夢の4か月間……私はずっと自分を恨んでいた。遂に見てしまった君の未来。けど私はそれを信じることはなく、ずっと現実から目を逸らし続けていた……その結果があれだ。君の右手には一生消えることのない傷が刻まれ、不幸にも〝心の拠り所〟でもあった美術部すら奪われた……それに君が〝雨〟に対して、どんな因縁があるのかは分からないし、それに対する救いの手すら私は持たない……私は、私が嫌いだ……だからこそ、見ていて欲しい……私は今度こそ、君を守る……守ってみせるんだ)

 

 疲れ果ててしまったのか、気付けば先に寝息を立てながら熟睡を始めたエスミ。

 その音を自身の獣耳で拾ったセイアは、ようやく彼女の胸から顔を離すと、そっと目の前にいる彼女に視線を向けました。そこにあるのは何度見ても……いいえ、永遠に見飽きることのない美しく整った美少女の顔があります。

 あの日、ツクスの紹介で初めてエスミに出会った当時は、まだ彼女の身長は現在の160に到達しておらず、顔も少しだけ幼さが残っていました。

 あれからもう数年の月日が経過しています。片方は画家としてのキャリアを確実なものとし、もう片方は次期サンクトゥス分派の首長となりました。早い時間の流れです。生憎と身長や体格はたいして激変することが無かったセイアでしたが、それでも多少は成長できたと自負しています。

 

「それもこれも、君が私の傍にいてくれたおかげだよ……エスミ姐」

 

 セイアの表情に、笑みが零れました。

 

「……私の名前は百合園セイア……これからは、私が君の守護天使だ……」

 

 直後、少女は静かに顔を近づけます。

 そして何かにその小さな柔い唇を押し付けると、満足した様子で自身もまた瞳を閉じるのでした。

 

 

 

≪????????≫

 

 

 

「君は……私の世話役になった事に、不満を抱えてはいないのかい?」

 

 上体だけベッドから起こし、セイアはそうぎこちなく質問を投げました。

 彼女の視線の先では、スケッチブックを片手に絵を描いていたエスミが先ほどまで走らせていた鉛筆の動きを止め、意外そうにセイアを見つめています。

 

「驚いた。君の方から私に声をかけてくれるなんて」

「別に……先日師匠に説教をされて、少しだけ君との距離を縮めようと思っただけさ」

「なるほど、ツクスさんが」

 

 納得した様子で笑みを零し、彼女は楽しそうに肩をすくめます。

 

「それで先ほどの質問だが……」

「私が君の世話役になった事に不満があるのかどうか、だっけ? まさか、全然。そんな事は無いよ」

「本当かい? 君はこのトリニティ自治区ではかなり有名な画家のはずだろう。作品の制作関係を考えたら、こんな所で病弱な年下の世話をしている時間がむしろ勿体なく感じるはずだ。師匠に無理やり頼まれたのなら、むしろ断っても良い。君は、君だけの時間を大切にするべきだ」

 

 エスミは少しだけ顔を斜めに傾けると、こう尋ねます。

 

「なら、君の世話をすることも私にとっては大切な時間だね」

「……は?」

 

 セイアの目が丸くなり、ぽかんと口が開いてしまいました。

 

「君は……何を言って……」

「百合園は勘違いをしているようだけど、私は君の世話をすることに不満は全く無いし、この時間が無駄だと思ったことも無い。確かに君の体調悪化に備えて油絵の制作が出来ないのは残念だけど、それでもこうしてスケッチブックを片手に絵は描ける。そもそも君の世話をするのは週に1回だけ……ずっと制作部屋に籠るよりは、たまには強制的に外に出るのも必要だからね」

 

 右手に握られている鉛筆を揺らし、エスミはこう言葉を続けます。

 

「だから、君は遠慮なく私を頼っても良いんだからね。流石に君には劣るかもしれないけど、そこそこ難しい会話は君と出来ると思うし、必要なら君のために買い出しや部屋の掃除も担当する。今、百合園の目の前にいるのは世間では有名な画家として名が知られている〝栢間エスミ〟じゃない。君の世話を担当し、君のためだけに力を貸す1人の少女……〝百合園セイアだけの栢間エスミ〟だよ」

 

 彼女はそのまま『もちろん、迷惑なら今すぐに解雇しても良いけどね』と苦笑いをしながらセイアに伝えると、視線を再びスケッチブックに落とし、作業に戻ってしまいました。

 恐らく普段の流れだとセイアが大体このタイミングで会話を打ち切っていたのでしょう。未だに視線を彼女に注いでいるセイアとは違い、いつもの光景とばかりにエスミは絵を描き続けています。

 

「…………」

 

 セイアは開きかけた口を何度か動かしますが、声が出ません。

 緊張しているのか。それとも言葉が思いつかないのか。

 せっかくセイア自ら切り出し、こうして会話をしたのです。少なくとも向こうはセイアに対し悪印象を抱いてはいません。あれだけ失礼な態度を取り続けていたというのに、です。

 こんな所で以前の状況に逆戻りする事だけはいけません。

 

 少女は息を整えます。

 

 師匠であるツクスから言われたはずです。未来予知に頼るのではなく、自分の目で彼女を見るべきだと。

 そして少女は動き出しました。

 勢いそのままにベッドから飛び降り、セイアに対して驚きの表情を見せるエスミの下に向け、彼女は自ら歩み寄りました。今日は運悪くセイアの体調が芳しくない日。一歩一歩、足を動かすだけでも疲れます。しかしそれでもセイアは自身の身体を必死に動かし、エスミの下に辿り着きました。

 

「……百合園、大丈夫?」

 

 不安そうに眉をひそめ、セイアの顔を見つめるエスミ。

 その綺麗な翡翠色の瞳をじっと眺め、倒れないよう意識をしっかりと保ちながら、セイアは彼女に向かって自身の片手を差し出しました。エスミの視線が一瞬だけ差し出された手に向かいます。

 

「……やり直し」

「……はい?」

「あの日のやり直しさ。今ここで、もう一度だけ私に挨拶をさせてほしい」

 

 まだ彼女に対する信用は低く、全てを頼ることは難しい状況です。

 それでもやはり、先ほどのエスミが語ってくれた言葉には嘘偽りがなく、その翡翠色の瞳にはツクスの言う通り慈愛に満ちた優しさが存在していました。

 ならば信じるべきでしょう。これを機に少しずつ彼女との距離を縮め、その性格、人柄、特徴を全て把握するのです。大丈夫、幸か不幸か……お互い、時間はたっぷりあります。

 

「……私の名前は百合園セイア……これからは、君が私の守護天使だ……」

 

 自分だけの世話役。

 自分だけの栢間エスミ。

 今の時点では、特にセイアの心に響くことが全くない所有権。

 これが変わるのはいつになるのか。明日か。数か月後か。それとも数年後か。

 

「そう……改めて、よろしく。私はエスミだよ」

 

 ぶっきらぼうに差し出されたセイアの手を優しく右手で握ってくれるエスミ。そんな彼女の美しい顔を眺めながら、セイアは互いに幸せな未来が訪れることを強く望むのでした。

 

 





エスミに対してセイアが向けている感情は友達以上恋人未満の家族愛です。
ちょっと独占欲強いですけど。

あとお気づきの方がいらっしゃるかと思いますが、作者は添い寝フェチ野郎です。
主に百合分野に関してだけは添い寝のシチュが大好きです。基本的に添い寝シーンだけは作者の好みがもろ出てます(すみません)。



追記

誤字脱字の報告、いつもありがとうございます。
大変助かっております。

現時点で、好きなエスミとのCPはございますか?(アンケート内容は幕間を書いたティーパーティー限定としているため、それ以外であれば感想欄等で教えて頂けると幸いです)

  • 栢間エスミ × 桐藤ナギサ
  • 栢間エスミ × 聖園ミカ
  • 栢間エスミ × 百合園セイア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。