夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

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アキラ……実装してほしい。



栢間エスミ 『慈愛の怪盗の独白』

 

 

 私、慈愛の怪盗こと清澄アキラが初めて『栢間エスミ』という生徒に……いえ、その存在に初めて出会ったのは、今から遡ること数年ほど前の話になります。

 

 当時、数多の芸術作品に恵まれたワイルドハントに住んでおきながら、もっと多くの芸術作品に触れてみたいと願っていた私は、中等部に進級した事をきっかけに遠出することを選び、ほんの短い間ではありましたがキヴォトス各地へ足を運んでいました。

 その期間は数週間、もしくは数か月だったでしょうか。

 中等部に進級したばかりの幼い子供という事もあり、伝手も無ければ豊富な資金もないその旅路が決して順風満帆だったとは言えませんが、それでもこの無鉄砲にも等しい一人旅が私の人生に良い意味でも悪い意味でも影響を与えたのは事実でした(まあワイルドハントに帰って来て早々、勝手に長旅をしたことで学園からはかなり厳しめに叱られはしましたが)。

 

 そして旅の最後の終着点として選んだ場所。

 私にとって少し長い旅の終わりを告げる場所となったトリニティ自治区で、私は心を掴むあの名作に出会ったのです。

 

 その作品は、一言で伝えるのなら非常にシンプルな小さい絵画でした。

 

 そこに描かれていたのは1人の少女。そう、少女のみです。

 頭上には私たちキヴォトスに住む者達にとっては当たり前となっているヘイローが存在しないものの、背中に羽が生えていることから聖書等に登場する〝天使〟を描いたものなのかもしれません。

 それこそ天使というのは神の使いであり、時には守護するものとして存在します。

 

 つまり私たちを日々温かく見守り、光り輝く太陽のようなもの。

 

 こと芸術分野においては宗教に絡んだテーマや神秘性の象徴として描かれがちな常連でもあります。

 なので、見る人によっては他愛もない単なる宗教画として捉え、その場を後にしていたことでしょう。事実、その作品はトリニティ自治区で開催されている芸術コンクールの応募作品だったらしく、そこで手にした評価は『入選』。

 最優秀賞や佳作といった賞、いわばタイトルには遠く及ばなかったものの、それでも落選した作品に比べれば比較的良いという、ある意味で最低ラインの評価を下された作品でした。

 

 ですが、その作品が『入選』などという低すぎる評価を手にしたのは、何も芸術作品ではありきたり過ぎるモチーフの天使を描いたからでは無いと、当時の私は気付いていました。

 何故なら、その作品は異様すぎるほど不気味だったのです。

 キャンバスのサイズで言えばF20号。

 より正確に数字で表すなら、横が大体60センチ。高さが70センチ程度しかない、最小のキャンバスに描かれたこの絵は、不思議なことに絵とは思えないほどその天使は生きているかのような存在を常に漂わせていたのです。

 まるで、そのキャンバスそのものが〝扉〟であり、または〝窓〟でしかなく、向こうがその気なら今すぐにでもキャンバスを乗り越えてこちら側の世界へ出て来てしまうような……そういった、圧倒的過ぎる生のオーラが絶え間なく絵から放たれていました。

 

 正直、入選という評価を下され、こうして人々の目につく展示会でお披露目されているだけでも奇跡と呼ぶしかない異質な作品です。

 

『……すごいですね……人の手でまさか、こんな絵が描けるなんて……』

 

 ですが一方で、長旅の末に偶然この展示会に足を踏み入れた当時の私は、絵具と筆だけで生み出されたとは思えないこの絵に対して恐怖こそ抱きつつも、むしろその圧倒的過ぎるオーラを植え付けてみせた作品と、その創造主にひたすら感動していました。

 人を元気づけ、夢を与え、癒しや温かみを与えるのが芸術なら、人を不幸にし、恐怖を与え、不安や冷たさを与えるのもまた芸術の魅力です。

 いわば芸術における光と影。

 片方が尊ばれるのなら、その逆もまた然り。

 仮に万民受けするのが常に光であったとしても、影もまた必要不可欠な存在なのだと私は新たな学びを得たのでした。

 

 そしてこの時、私の芸術観にある一種の変化が訪れました。

 

 それは例え絵を評価する審査委員などが、不気味すぎる存在から『入選』などという最低ラインの評価をこの絵に下したとしても、こうして人々の目につく展示会で飾られている限り、私のような当時の幼い子供にすら感動を与え、芸術に対し更なる深みを得る人も生み出すということ。

 

 つまり『美術品は人の目に触れてこそ価値がある』と改めて気づかされたのです。

 

 実を言えば、旅の終着点としてこのトリニティ自治区を選んだのは単なる偶然であり、酷い話をすればある意味で適当でした。

 それがまさか、最後の最後で私に大きな影響を与えることになるとは、人生というのは一体何が道中で待ち構えているのか、本当に謎に満ちているとしか言えません。

 

 ちなみに私に影響を与えたこの作品の作家の名は、栢間エスミと言いました。

 

 そして私がエスミさん本人に出会うまで、更にここから数年の月日が経過するのでした。

 

 

 

≪1-2≫

 

 

 

 現在のエスミさんが一体どこまで把握しているのかはさておき、後にトリニティ自治区で開催されている芸術コンクール全てで最優秀賞を手にするなどの史上初の快挙を達成し、まだ中等部でありながら名実ともにプロの芸術家としての歩みを進み始めたエスミさんの噂は、当時のここワイルドハントでも既にそれなりに有名でした。

 

 それこそ芸術家を目指す生徒からすれば、エスミさんの存在はまさに一種の天才であり革命児。

 

 幼い頃からコツコツと努力と研鑽を積み、早く世界の舞台に出ることを夢見ている芸術家の卵たちにとっては、エスミさんはある意味でその夢を見事実現させてみせた先駆者であり、またワイルドハントの生徒達全ての羨望の的だったのです。

 芸術家がデビューすることに欠かせない実力と才能と運。

 その条件全てを極めて若い歳でクリアし、あろうことか『パトロン』として支援してくれる富裕層が多く住まうトリニティ自治区で芸術家としての歩みをスタートさせたのですから、むしろ彼女達のそれは至極当然の反応でした。

 同年代として生まれたことに光栄さを感じるべきか、それとも畏怖の念を抱くべきか。むしろ彼女の技術や思想を学び、それを我が物にして飛躍するチャンスであるとも言えます。

 

 ただし彼女達にとって不幸なことに、エスミさんはプロの芸術家としてデビューした翌年、そのままご自身の生まれ故郷である自治区のトリニティ総合学園に進学されると、そこを自身の活動拠点として定め、腰を下ろすことになりました。

 

 これは当時、かなり大きな話題となりました。もちろんワイルドハント自治区内の話ですが。

 

 というのも、エスミさんが過ごされているトリニティ自治区はワイルドハントに比べてそれなりに芸術が盛んな場所ではありましたが、どちらかと言うと政治や富裕層の権力誇示のために芸術を利用している側面が強く、ワイルドハントのように純粋に芸術を盛り上げているとは言い難い自治区です。

 むしろ豊富な資金を手にして芸術作品を買い漁り、それを独占することで権力を誇示しようとする者が圧倒的に多く、私からすれば非常に唾棄すべき光景でした。

 

 そしてそれは当時のエスミさんも同じだったのかもしれません。

 

 少しだけ話が逸れてしまいますが、本来、芸術家というのは『パトロン』という支援家が必要不可欠です。

 兼業ではなく芸術そのものを専業とする場合、生活を支えるための収入は常に安定していなければいけません。

 それを定期的に提供し、またある時は制作道具すらも負担して用意してくれる存在こそがパトロンになります。

 ただし一般的に見れば、この芸術家とパトロンの関係はいわば雇用契約に近く、場合によっては周囲に対するアピール目的でパトロン契約が結ばれることも多々あります。

 

 ようするに『私はこんな実力のある芸術家を支援できるほどの権力と資金があるぞ?』という宣伝にもなり得るのです。ワイルドハントでも実際にそういう目的があってパトロン契約を結ぶ者はいたりしますが、トリニティに比べればその数は雀の涙ほどしかいません。

 ただし芸術家からすれば、自身の生活を保障し、常に仕事を与えてはお金を出してくれる存在であるため、滅多にパトロン契約を嫌がることはありません。事実、トリニティ自治区で活動している芸術家のほぼ全てがパトロン契約を結んで自身の創作活動に身を捧げています。

 

 ですが、エスミさんだけは違いました。

 

 彼女はプロの芸術家としてデビューすると、すぐに自身の作品を取り扱ってくれる画商を探し出して専属契約を結び、彼女の作品すべてを取り扱う唯一無二の専門店を誕生させました。これは彼女の作品を常に管理しやすい環境下に置くことで、違法に取り扱われることを防ぐ目的で考案された契約のようです。

 そして定期的に個展を開くことで自ら収入源となる客を定期的に確保しつつ絵を売ることで、常に安定した収入を得ることに成功するなど、まだ中等部の生徒でありながら既にパトロンそのものを不要とする完全な経営体制を敷いたのでした。

 

 以上のことから理解して頂けるかもしれませんが、エスミさんはともかくパトロン契約というものを必要以上に避け、トリニティ自治区で過ごしていながら支援家の助けを必要とはしませんでした。

 事実、エスミさんの才能と実力に目を付けた数多の富裕層からパトロン契約に関する誘いの言葉があったとしても、彼女はその全てを拒絶し続け、しつこい相手に対しては作品そのものを売らないという強引な手段に出ることさえあったようです……あくまでも、噂話の範疇ですが。

 

 しかしエスミさんがそこまでして安定した生活と芸術活動に事欠かせないパトロン契約を嫌がっていたのは、恐らく芸術に対する扱いが他に比べて少し歪なトリニティ自治区そのものの文化や空気が影響していたのかもしれません。

 政治や権力誇示のために芸術が利用されることが多いトリニティ自治区でパトロン契約を結ぶということは、自ずとそういった政治闘争や権力争いの渦中に本人の意思など関係なく突然放り込まれるリスクがあります。

 中には権力闘争で雇用主が負け、別の富裕層とパトロン契約を結んで向こうが望む作品を作ることになる、なんていう状況もあり得ます。

 エスミさんはあくまでも芸術にだけ専念し、そこに自身の全力を注ぐ毎日を送りたかったのでしょう。

 

 そのため、そういった文化の違いによる浮き出た話や、信憑性が定かではない考察などがこのワイルドハントでも広まり始めると、次第に周囲からは『栢間エスミはそのうち嫌気が差してトリニティ自治区を出ていき、このワイルドハントの学園に通ってくれるかもしれない』という一種の期待が生まれ出てくるようになりました。

 

 こう言ってはトリニティ側に大変失礼かもしれませんが、芸術を利用するのではなく、むしろ芸術そのものを盛り上げることに熱心なワイルドハントで過ごす方が、エスミさんの芸術家人生に更なる彩を与えることが出来るはずだと、その場にいる誰もがそう信じて疑わなかったのです。

 

 加えてエスミさんの高等部への進学が近づく中、彼女自ら『ワイルドハントに引っ越すならどの場所や物件がお勧めなのか』といった情報を集め始めているという噂までも広まるようになり、増々ワイルドハントへの引っ越しが信憑性を高めるようになりました。

 かくいう私も、いずれエスミさんと共にワイルドハントに通えるかもしれない未来に心を踊らせていました。

 

 ところが結局のところ、高等部の生徒としてエスミさんがワイルドハントの制服に身を包み、この地に足を踏み入れることはありませんでした。

 彼女はそのままトリニティ総合学園の生徒として、向こうの門をくぐる決断を下したのです。

 

 当然、その知らせは私を含め、来訪を期待していた多くの者に強いショックを与えました。

 どうして彼女がトリニティに留まることを選んだのか。地元愛なのか、それとも別の理由があったのでしょうか。

 生憎と、エスミさんの口からその真実が語られることは決してありませんでした。それでも全てを諦めたわけではありません。ワイルドハントの生徒として通う夢こそ散りましたが、学園間の交流としていずれトリニティ総合学園から直接ワイルドハントに来てくれるかもしれないという一抹の希望があったのです。

 

 しかし当時のトリニティ総合学園の生徒会長……いえ、向こうは確か生徒会長の権限を持つ方が3人もいるので、厳密にはその3人の中から選ばれる〝ホスト〟という最高権力者がいる訳ですが、その当時のホストを務めていた生徒(うろ覚えですが、ツクスさんと言う生徒だったかと)の意向により、エスミさんがワイルドハントに来ることは事実上禁止されていました。

 

 なんとも酷い話ではありましたが、どうも聞いた噂によれば、トリニティ総合学園における生徒会ことティーパーティーに対してエスミさんが何やら迷惑をかけたらしく(一部では喧嘩を売った、とも)その責任を取らされていたのだとか。

 ですが数多の魅力的なパトロン契約すら蹴ってしまうほど、政治闘争や権謀術数に巻き込まれることを嫌っていそうなエスミさんが、わざわざ自ら地獄に首を突っ込むような真似をするとは思えません。

 そのため当時のワイルドハントに住む人々は皆、トリニティ自治区特有の〝独占欲〟でも働いたのだろうと考え、怒りや不満こそ抱きはしましたが、そう問題として捉えることはしませんでした。

 かくいう私もエスミさんと共にワイルドハントに通うという願いが叶わなかったことに落胆はしたものの、こちらからエスミさんに会いに行くことを禁止された訳ではありません。

 

 その年、私はエスミさんが今までに開いた個展の中でも特に大規模な個展にわざわざ足を運ぶことにしました。

 

 1日で数百人規模の客が訪れるほどの非常に大規模な個展です。

 従来と違ってその場での絵の売買は禁止。鑑賞のみが許されているなど、まさにエスミさんの作品だけが展示されている、彼女だけの美術館でした。

 私はその当時の光景を、数年の月日が経った今でも鮮明に思い出せます。

 

 明るく温かみのある絵を前にして感嘆のため息を吐く者。

 壮大な絵画を目にして唖然としてしまう者。

 優れた画法で描かれていることに驚愕して思わず頷いてしまう者。

 その日、個展に足を運んだほとんどの人々が圧倒的すぎるオーラを放つエスミさんの作品を生で鑑賞し、思い思いの感想を抱いては表情に出していました。

 

 やはり、エスミさんの作品は誰かが特別に独占していいものでは無い。

 

 そんな思いを再び胸に抱いたその時、私は幸運にも目にしたのです。

 栢間エスミさんという人物のお姿を。

 

『皆さん。本日は私の個展にお越しいただきありがとうございます。ご覧の通り多くの方々に足を運んで頂いて感謝に堪えません。小規模の個展はこれまで何度か開催してきましたが、今回のような大規模は初めてだったので』

 

 そう口にし、微笑を浮かべてみせた少女。

 この場にいる誰よりも輝き、美しく、そしてこの場で展示されている数多の作品群の創造主としての存在感を放つ極めて特異な人物。

 間違いありません。彼女こそ、あの美少女こそ、栢間エスミさんです。

 既にネットやメディアなどで姿を目にしている私でしたが、それでもやはり直接目にすると本物は違うのだと強く実感しました。

 正に数多の芸術作品と同じで、エスミさんもまた画面越しや写真を通して見て感じるのではありません。こうして直接目にしない限り、その魅力や芸術家としての圧倒的な存在感が心に伝わることは無いのです。

 

 さらに私はこの時、この瞬間、どうして周囲の方々が何度断られようとも懲りることなくエスミさんとパトロン契約を結ぼうと躍起になっているのか、少なからずですがその心を理解しました。

 周りはただアピールや権力誇示のためにエスミさんを狙っているのではありません。

 

 彼女を、エスミさん本人をただただ独占したいのです。

 

 芸術家としての成功を掴み、人々を魅了する作品を生み出し、同時に本人もまた人々を無意識に虜にしてしまう。こうして姿を一目見ただけで彼女の存在感に圧倒されている私がいるのですから、既に彼女と言葉を交わし、それなりに交流をしている者たちは良い意味でも悪い意味でも〝手遅れ〟になっていることでしょう。

 彼女がいるだけでどんな日々を送れるのか。どんな空気を味わい、未知の景色を見せてくれるのか。

 文字通り人の心を刺激し、魅了し、夢中にさせてしまう。

 故に、当時まだ高等部1年生だったはずのエスミさんは、もはや芸術家でありながら生きている芸術品と呼べる存在になっていたのでした。

 

 これでは仮にあの時ワイルドハントに進学していたとしても、今と似たような状況になっていたことでしょう。芸術家というのは、作品だけではなく芸術家そのものにも強く惹かれがちな所があるので、良くも悪くもワイルドハントを騒がす台風の目として過ごすエスミさんの姿がそこにはあったのかもしれません。

 本人の意思とは関係なく、勝手にエスミさんを祀り上げて派閥なんかが誕生した恐れもあります。

 

 とはいえ一方で、私はそんな未来があったかもしれないエスミさんをただ茫然と眺めながら、むしろ彼女をこの手で守ってみせたいと心の奥底で強く思うようになったのでした。

 もっともお互い在籍している学園が違う為、それはまずもって叶わぬ夢であり、この内に秘めた強い想いも周囲から見れば単なる〝独占欲〟と変わりないのかもしれないと、その当時の私は自嘲気味に溜息を吐きました。

 

 それがまさか、本当にエスミさんと共にワイルドハントに通う事になり、挙句にはルームメイトになれる日が来るとは……人生とは、本当に何が起きるのか予測が不能です。

 

 

 

《1-3》

 

 

 

「エスミさん……これはどういう状況ですか?」

 

 さて、私の他愛ない回想はこれで終わるとしましょう。

 場所は現在、ワイルドハント芸術学院へと移ります。

 

 今、私の目の前には絵具で汚れても良いようにと作業用のツナギを着用し、筆を手にしてキャンバスに向き合っているエスミさんの姿があります。

 ええ、そうです。どうやらこれまでのように、部屋にこもり創作活動に熱中していたのでしょう。それは別に構いません。

 エスミさんが創作に励み、より素敵な作品が多く生み出されるのなら私としては本望なのですから。

 しかし……しかし、です。

 

「どうして下級生の方を同伴させているのでしょうか? それも、ご自身の膝の上に乗せて」

 

 唯一理解が出来ないのは、エスミさんがご自身の膝の上に素性も知らない赤の他人を乗せていることでした。

 というより、相手が少女とはいえ膝に人を乗せて重くはないのでしょうか?

 見たところ背丈はエスミさんと同じですが、やけに大きいとんがり帽子をかぶっているせいで顔までは見えません。しかし体格や制服、そして無駄に恥ずかしがっている様子からして下級生であるのは間違いないようです。

 むしろエスミさんの膝の上に乗っているという事自体、周囲からすれば非常に羨ましい話なのに何を恥ずかしがっているのでしょうか、この子は。

 もっと私が嫌がるほどの誇らしい顔でもしてください。100人が頼み込んでも1人か2人しか許されないような聖地なのですよ、そこは?

 そんな『どうしてこんな事に?』といった貴女の心の声が聞こえてきそうな、同情を誘うような顔をされると反応に困ります……いえ、既に大困惑しているわけですが。

 

 すると、不満そうな気持を抱いている私に気づいたエスミさんがふと顔をこちらに向け、意外そうにその首を斜めに傾げました。

 

「あれ、ミリア? 今日は帰ってこないと思っていたけど、随分と早いお帰りだね」

「……そうですね。少し当初の予想を上回る形で用事が済んだので、早めに帰ってきました……エスミさんの護衛をするという大事な仕事がありますので」

「ふふっ、そっか。まあ別に一日ぐらい休んでも良かったのに。私の護衛をしてくれるのは正直助かるけど、たまには君自身も体みを取らないと。無理はよくないよ」

「なるほど。他でもないエスミさんにそう言われてしまっては後々休日を取らせてもらってゆっくりさせて頂きます……ですがそんな中、早くも私の不在を良いことにエスミさんに寄り付く者がいては話になりません。そもそも何処のどなたですか、その生徒は?」

 

 少々、寮監隊の仕事とは別で〝怪盗〟としての用事のため今日一日ワイルドハントを不在にしていた私でしたが、こうして用事を済ませて帰宅してみればあら不思議。早速エスミさんに寄り付く者がいるではありませんか。

 こうしてキャンバスを前にしてエスミさんと同じくツナギを着用して一緒にいるということは、恐らく以前のように美術に関する悩み相談で彼女を頼ったのかもしれませんが、だからと言って寮監隊から正式に禁止事項にされたものを堂々と破るとは、中々に良い度胸をされているようですね、この生徒は。

 

 それと、いい加減その膝から降りてください。

 流石にここまであからさまに見せつけられると、貴女に対する怒りよりも羨ましさの方が勝ってしまいます。

 

「……あ、あの……エスミ師匠。や、やっぱり私なんかが膝を借りるのは失礼だったのでは? その、ルームメイトの方が私のことをすごい剣幕で睨んでいるんですけど……」

「うーん……百合園にはこの姿勢で教えてあげるのが有効で、よく真剣に私の講義を聞いてくれたから採用したつもりだけど、やっぱり全然集中できない感じかな?」

「いえ。その生徒はたぶん、こうすればエスミさんと合法的にくっつく事が出来るので、対価として真面目にエスミさんの講義を聞いていただけかと思います。私も同じ立場なら同じことをしますので」

「わ、私も同意見です……」

「……そう」

 

 実際、絵に興味があるなしに関わらずあのエスミさんの膝の上に座り、背後からエスミさんの温もりや匂いを常に感じながら講義を受けるとあれば、授業料として数百万円を徴収したとしても誰だって受けることは間違いありません。

 どうやら芸術、強いて言えば美術が関わると途端に察し能力や警戒心が低下してしまうエスミさんは、その事実に全く気づいていなかったようです。

 まあだからこそ、私が彼女の専属警護として名乗りを上げた訳ですが。こういった行動や性格が、余計に邪な気持ちを抱く者を招き寄せてしまうのです。

 

 ちなみに私の目の前にいる生徒だけは、流石に心臓に悪くて冷静ではいられなかったようですね。

 エスミさんの膝の上に座るというご褒美を受けておきながら、常に恥ずかしがっていたのはこれが理由だったのでしょうか。

 当初は困惑や羨ましさが勝っていた私でしたが、こうして見ると彼女なら私利私欲目的でエスミさんを狙う心配はなさそうですね。それこそ下心があって、悩み相談を餌にエスミさんに近づいた訳でもなさそうです。

 

 とはいえ、その安心感とは別に私は少しだけ眉をひそめながらエスミさんの肩にそっと手を置きました。

 

「ところでエスミさん。先ほど彼女が口にした『師匠』という言葉について、今一度詳しくお聞かせ願えますか?」

「ん?」

「ひっ!!」

 

 私が知る限り、エスミさんと師弟関係を築いている生徒はトリニティ総合学園に在籍している小樽チェリさんという生徒のみのはずです(聞いた話ではエスミさん推しがかなり強い、一種のオタク的な側面を持つ癖の強いお方のようですが) 。

 それこそ本人の許可も無しにエスミさんの事を堂々と『師匠』と呼べる者は、このワイルドハントにはまずいません。本人に無断で勝手に師弟関係を築くのは基本的にはご法度ですし、特にそれが芸術家の卵となれば尚更。

 相手はトリニティ自治区における最高峰の芸術家、栢間エスミさんなのですから。

 

 それを目の前にいる生徒はいとも簡単に『エスミ師匠』と呼んだではありませんか。

 

 こうしてエスミさんの膝の上に座っているだけで酷く恥ずかしがるような少女が、師匠などという恐れ多い言葉を簡単に口に出来るとは思えません。

 まさか……そのまさか、が起きてしまったのでしょうか。

 私はエスミさんの瞳をじっと見つめながら彼女からの言葉を待ちます。

 

「話も何も……今日から彼女は、私のもう一人の弟子だよ。まあもっとも、私がこのワイルドハントに滞在しているごく短い間だけの関係にはなるけどね」

 

 ところが肝心のエスミさんはまるで『当たり前』だと言わんばかりにそう即答したのでした。

 

 うむむ、やはりそうでしたか。

 どうやら本当にエスミさんは、この素性の知らない生徒を弟子として受け入れることにした、と。

 短い間とはいえ、ワイルドハントで出来た新たな愛弟子ですか。なるほど……なるほど。

 

「い、いやいや待ってくださいエスミさん‼ それは本当ですか!? い、いえそれよりも正気ですか!? このワイルドハントで新たに生徒を1人弟子として認めるということが一体何を意味するのか、流石のエスミさんでもお分かりかと思うのですが!?」

「もちろん分かってるよ。たぶん、それなりに騒ぎが起こるかもね」

「たぶん、ではなく確実に騒動が起きます‼ あの有名な芸術家のエスミさんに新たな弟子が出来たとあれば、先日までの悩み相談騒ぎとは到底比べ物にならない大パニックに発展します‼ それも、よりにもよってその弟子がワイルドハントの生徒となれば当然です‼」

「ふふっ、うん。きっとそうだろうね」

「エスミさん!?」

 

 どうして彼女はこんなにも落ち着いて、しかも冷静にいられるのでしょうか。

 このまま弟子となった彼女の存在が露見してしまえば、間違いなく再びエスミさんの下に多くの生徒が押しかけるようになります。誰だってエスミさんの弟子になりたいと思うのですから当然でしょう。

 ワイルドハントに短期留学している間だけの関係だとか、そういう細かい話が過激な人達に通用するわけがありません。前例があるならば自分もいけるに違いないと、余計に火に油を注ぐことになってしまいます。

 

 エスミさんの方こそ、以前のように悩み相談ぐらいなら嬉々としてその期待に応えるかもしれませんが、アトリエよろしく数多の弟子を一気に抱えるのは流石に不可能だと心の中では分かっているはずです。

 

 それが何故、こうも落ち着いているのか……その答えは、他でもないエスミさんの口から返ってきました。

 

「そうだね。君が不安に思うように、彼女が私の弟子だと知られればすぐに話題になるかもしれない。だからこそ私は、新しい弟子が出来たことを〝公表〟しないつもりだよ」

「公表をされない? それはつまり、彼女の存在を今後もずっと隠し通すということですか?」

「その通り。彼女が私の弟子だとバレなければ、周囲は普段のように気にする事はないだろうしね。私だって、自分の知名度が持つ影響の大きさぐらい分かっているつもりだし、芸術が盛んなここワイルドハントに滞在して既にそれなりの日数が経っているんだから余計に身に染みているよ。君だって、いきなり周囲から注目を浴びるのは困るでしょ?」

 

 そう口にしたエスミさんは優しい視線をその生徒に向けます。

 対するとんがり帽子の少女は複雑な様子で視線を床に落とすと、そのまま遠慮がちに『さ、流石に、周りから注目を浴びるのは困ります……』と力なく返事をしました。

 

「…………」

 

 正直に申し上げて、驚きました。

 てっきり、あの名高い芸術家であるエスミさんの弟子になれたことを、この生徒は声高々に周囲に自慢するつもりかと思っていたのですが、どうやらただ純粋にエスミさんから絵を学びたいがために彼女は弟子になったのかもしれません。

 

「しかし貴女がそう思っていたとしても周囲はすぐに勘付くことでしょう。人生経験豊富なエスミさんだけならともかく、ただの一般生徒でしかない貴女が果たして、彼女の弟子であることを隠し通し、周囲の目を掻い潜りながらこの先の学生生活を無事に送ることが出来ますか?」

「そ、それは……」

「そもそも一体どちらが先に師弟関係の話を持ち出したのかは存じ上げませんが、エスミさんの弟子になるという事はそういう事なのです。日頃から数々の視線を浴びているエスミさんはこういった環境下に慣れていらっしゃるので仕方ありませんが、普通は私のように慌てふためくのが正解です。それこそ生半可な覚悟で彼女の弟子になることを望んだのであれば、悪いことは言いません……貴女の今後の人生のため、今すぐにでも師弟関係の話は撤回するべきです。」

「………」

「加えて貴女はエスミさんの専属警護である私が今日不在にしていた事を良いことに、こうして直接エスミさんの部屋に押しかけてしまっています。本来、エスミさんに直接面会したいのであれば寮監隊に連絡するか、もしくはその幹部である私を直に通すのが暗黙のルールとなっているはずです。先日まで活発だった悩み相談が公に禁止された理由を、ワイルドハントに在籍しているはずの貴女が知らないはずが無いと思うのですが?」

「……うぅ……はい……その点に関しては大変申し訳ございませんでした……でも私、それでもやっぱりもっと絵が上手くなりたくて……」

「それはこのワイルドハント芸術学院に通っている生徒の全員が思っている事です。貴女だけが特別扱いされても良いという理由にはなりません」

「うっぐぅ……全くもってその通りです……あの、エスミ師匠……いや、エスミさん……やっぱりさっきの師弟の話は、無かったことにし――」

「君は本当にそれで良いの?」

 

 直後、エスミさんはすっと目を細めると、彼女にしては非常に珍しいことに少し冷たい声を出してきました。

 それは目の前にいる少女を含め、私でさえも驚きで目を見開くほどの変わりようでした。

 

「あ、あの……エスミさん?」

「君、もっと上手く絵を描けるようになりたくて私を頼って来たはずでしょ。寮監隊に禁止されているにも関わらず、私のルームメイトでもあるミリアにも無断で、それも自己紹介もなしに突然押しかけては私の目の前で酷く泣きつくほどに。そこまでして絵が上手くなりたい、私から技術や教えを受けたいと思っていたのに、今さらそれを無駄にするつもりなの?」

 

 エスミさんはそのままポンッ、と少女の頭に手を置きました。

 正確には、少女がかぶっている帽子がその行く手を邪魔しているのですが、エスミさんは気にすることなく手を置き、また宥めるようにして言葉を続けました。

 

「確かに君は一度定められたルールを破ってしまったし、思い付きで私の弟子になると言ったばかりに、その先の人生に対する心構えが出来ていなかったりと色々と粗はあるけど、むしろそういう若さゆえの無鉄砲な一面、私は素直に尊敬するし好きだよ」

「っ!?」

 

 エスミさん、その言葉は容易に口にしない方が賢明です。

 たぶん彼女は誉め言葉として素直に受け取ったかもしれませんが、周囲に対してあらぬ誤解を招く言葉ですよ、それは。

 かくいう私も危うく惚れそうになってしまいました……別に私に言った訳ではないのに。

 

「もちろん色んな人に迷惑をかけるような無鉄砲さは遠慮したい所だけどね。今のところ迷惑を受けていると言えるのは、創作の時間を奪われている私だけだから別に気にする事でもないし。それにせっかく師弟としてプロの芸術家の教え子になれる〝チャンス〟をこうして掴んだんだから、それを自ら手放すのはあまりにも愚策だよ。チャンスは、一度掴んだのなら絶対に放しちゃダメだからね」

 

 何だか、最後の言葉に関してはエスミさんの実体験が込められているように感じました。かなり説得力のある言葉です。

 しかし不思議ですね。確かエスミさんは師匠と呼べるような芸術家などは、彼女が生まれた時から傍にはいなかったと聞いていますし、そもそも誰かの下で従事したという話も聞いたことがありません。

 私が知らないだけで、本当は身近にそういう方がいたのかもしれませんね。

 

 まあとはいえ、今の状況を察するにエスミさんはどうやら『今さら撤回して引き返すなんてダメ。決めたならそのまま前に突き進みなさい』と彼女の背中を強く押してくれているのでしょう。

 本当、芸術や美術が関わるとこの方は冷静沈着な普段の姿とは打って変わって、かなり心が熱くなってしまうようです。

 そうやって芸術に関して人助けばかりしていると、ご自身の大事な創作の時間が奪われる一方であるというにも関わらず……しかしながら、今さら私があれこれと現実的意見や不安要素を口にしたところで、聞く耳は持ってくれそうにありません。

 そういう芸術一筋なエスミさんの一面も大変素敵ではありますが、やはり見守っている側としては中々心が落ち着きません。

 

「は、はいっ……元はと言えば、エスミ師匠に会えば全てが解決するとタロット占いに従ったのが全ての始まり……ここで私が諦めてしまっては、オカルトや魔法の存在を諦めたようなもの……ダメですね。そんなのダメです……分かりました、エスミ師匠。私、この先に何があろうとも必ず付いて行きます‼」

「うん、良い返事だね」

 

 一方で先ほどエスミさんから熱い激励の言葉を受けたことで、とんがり帽子の少女もまた再び決意をその心に宿したようです。帽子をかぶり直した彼女は両手で小さな拳を作ってみせると、間近にいるエスミさんを見つめながら『私、頑張ります‼』と宣言をしてみせました。

 

 しかし、先ほど彼女が口にした『タロット占い』や『魔法』という単語でようやく察しましたが、どうやらこの生徒。あの404号室を拠点にしているオカルト研究会の会長(というより部長でしょうか)、2年生の白尾エリさんで間違いは無いようですね。

 元よりワイルドハント芸術学院は部活制度が無いので、彼女が所属しているオカルト研究会は事実上非公式の部活とはなりますが、芸術作品やその歴史を辿ることで〝オカルト〟がいかに貢献してきたかを研究している熱心な部ということもあり、それなりに学園内では有名です。

 

 というより、目的のためならば校則すら平然と無視するような問題児の集まりという側面が強く、私が所属している寮監隊のお世話になったことも1度や2度ではありません。むしろ寮監隊の面々からはある意味で常に注目を浴びている部と言えるかもしれません。

 そう思うと、私が不在にしている隙をつき、エスミさんの下に押しかけてきたその無鉄砲な行動もある程度は納得出来てしまいます。

 やはり彼女たちの前ではせっかく作った校則やルールは全く意味を為さないのかもしれませんね。

 

 ですが、エスミさんはあまり気にしていないご様子ですし、エリさんの方も別に下心があってエスミさんに近づいた訳では無いと分かった以上、私が出来ることはひとまずこの場を傍観し、事の成り行きを見守る事だけです。

 いずれにしろ、エスミさんの弟子になったという情報が自治区内に遅かれ早かれ出回ることになると思うので、その時の混乱に備えて私なりに何か対策を練っておくことにしましょうか。

 

 と、その前に。

 

「エリさん……そろそろ。いえ、いい加減エスミさんの膝から降りませんか? そうやって至近距離で見つめ合っている時間が続くのであれば、流石の私も我慢の限界が来てしまうかもしれません。いくら師弟になられたからと言って、誤解を招くような態度は控えてください」

 

 こうしている間もずっと、エスミさんの膝の上に座っているエリさん。

 最初の頃の恥ずかしがっていた姿は一体どこに行ったのでしょうか。エスミさんから激励の言葉を受けたことで気持ちが前向きになってしまっているのか、彼女は至近距離でエスミさんと見つめ合うという非常に羨ましい光景を私に見せつけていました。

 恐らく2人とも、そういった感情は全く抱いていないのかもしれませんが、見ているこっちがモヤモヤしてしまいます。

 

 これでも私、エスミさんの専属警護並びにルームメイトという大変美味しい立場にいるはずなのですが?

 

 なんて複雑な気持ちを前面に押し出していると、ふとエスミさんの視線がこちらに向きました。

 

「なら、ミリアも後で私の膝の上に座ってみ――」

「是非とも座らせてください。エリさん、あともうしばらくだけ膝の上に座って頂いて結構です。そして今のうちに堪能しましょう。エスミさんの膝の上に合法的に座れるという、弟子だからこその特権です」

「いや、別に愛弟子の小樽にはしたことが無いからね、こんなこと。したらあの子、鼻血出しそうだし……」

 

 そうですか、なんとも勿体ない方ですね。

 私ならそのまま隙を見てエスミさんを縛り付け、あれこれと好き放題するというのに……おっと、ただの軽い冗談ですのでご安心を。

 流石にそんな事は致しません。ミリアではなく〝慈愛の怪盜〟でならば、少し話が変わるかと思いますが。

 

 どちらにしろ、エスミさんから信頼を寄せられている現状だけで、私は大変満足していました。

 

 





前世では美術関連でそれなりに苦い思い出があるエスミとしては、エリに対して過去の自分を重ね合わせて見ている部分があるため、無意識に彼女に対してだけ甘々な対応をしている。

※原作でも登場しているキャラだと知っていたら、流石にこんな行動はしていない。

ちなみに、エリを見ていると何だか庇護欲がかられるらしい。

もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)

  • 拳銃(M1911,グロック等)
  • リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
  • 自動小銃(HK416、AK-47等)
  • 短機関銃(M1921、MP5等)
  • 小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
  • 散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
  • 機関銃(MG42、M249等)
  • 対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
  • 擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
  • 素手
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