夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない 作:木暮鬼一
あの3年生となった小鳥遊ホシノに敬語か丁寧語を喋らせたいという願望からこの話が生まれたので、凄くウキウキしながら書いてます。
あと最近、ハリウッド俳優のエド・ハリスが演じるガンマンに心奪われているこの頃……。
特に【ウエストワールド】の黒服の男と、【アルパーサの決闘】のヴァージル・コール役はどれもバリカッコいいですよ。
ユーネクストで視放題。
「エスミさんは確か、苦いものが好きでしたよね? どうぞ、インスタントですがコーヒーです」
まるで喫茶店の店員のような手つきでスッとテーブルの上に差し出されたコーヒー。
淹れたて、という事もあり微かにカップからは湯気が立ちのぼっています。
エスミは視線を一旦そのコーヒーに向けると、しかしあまりここに長居はしたくないといった様子で眉をひそめました。
「別に……すぐにバスで帰るから飲み物とか用意する必要は無かったのに」
「そうですか。でも次のバスが来るまであと数時間ぐらいは待つ必要がありますよ。それならコーヒーを飲む余裕ぐらいは普通にありそうですけど」
ホシノは淹れたてのコーヒーをエスミの方へ更に近づけると、そのまま呆れた様子で小さく息を吐いて近くの椅子に腰を下ろしました。
現在、そこそこ大きいテーブルの上にたった1つのコーヒーを置いた状態でエスミとホシノはテーブルを挟む形で向かい合っています。一方は複雑そうな表情を浮かべ、もう一方はこの瞬間を待ち望んだ様子でうっすらと笑みを浮かべていました。
言わずもがな、前者はエスミの事であり、後者はホシノとなります。
「……なら、有難くコーヒーを頂くね」
「どうぞ。手作りでは無いですけど、きっとエスミさんの口に合うと思いますよ」
「……随分と自信があるみたいだね」
「もちろんです。昔、エスミさんに憧れていた頃、色々と貴女の趣味趣向について熱心に調べ上げていましたから」
「……そう」
それは喜ぶべきなのか、それともストーカーまがいの行為をされている事に恐怖を抱くべきなのか。
ひとまず目の前にいるホシノから視線を外したかったエスミは、手元に寄せられたコーヒーを手に取ると、そのまま一口だけコーヒーを飲みました。
直後、全体に広がる強い苦味。
普通の人なら思わず顔をしかめて口を開けてしまうような強い刺激が彼女を襲います。
しかし大の苦味好きなエスミは全く動じることもなく、むしろ嬉しそうに息をふぅっと吐くと、両手で大事そうにコーヒー入りのカップを手にしながらホシノに視線を送りました。
「……美味しいよ……」
「それを聞いて安心しました」
「……それで?」
「それで、とは一体何ですか?」
「いきなり君の家に連れてこられた挙句、ご丁寧に私好みのコーヒーまで出してきたんだから、何か真剣な話でもするつもりでしょ。ならとっとと本題に移ろう」
再びコーヒーを口につけ、エスミは早く用事を済ませたいという丸わかりのオーラを身体から出しながら、オッドアイであるホシノの瞳をじっと見つめます。
そして先ほどまでうっすらと笑みを浮かべていたホシノの顔から一切の感情が消えたのは、そのすぐ後のことでした。
「エスミさんは変わらないですね。そうやって自分が関わりたくない状況を無理に変えようとして、すぐに話題を変えて物事を進めようとするその癖。2年前と全く同じです」
「…………」
「でもむしろ好都合です。2年の月日が経っても、エスミさんはエスミさんのまま何も変わっていないと知れましたから。それに私だって、あの時の答えを早く知りたかったので」
「あの時の答え、ね…………期待しているところ残念だけど私は――」
「言わない、ですよね」
「……小鳥遊……」
「まあ、そうだろうとは思ってました。別にあの時の真実を私に明かすためだけに遠い所からアビドスに来た訳じゃないんですから、そう口を閉ざすのも当然ですし、こうも無理やり連れてこられて『はい分かりました』と素直に従うような人じゃないですもんね」
「……なら何で、そんな答えが返ってこない質問を当然のように私に投げたの?」
「決まってますよ。貴女がアビドスに戻ってきた。それだけですよ、エスミさん……そして本当なら会いたくもなかったはずの私に偶然再会してしまった。2年前のあの頃に止まっていたはずの歯車が、こうして再び動き始めたようなものです…………ほら、十分納得のいく理由だとは思いませんか?」
「…………」
ギィ、と座っている椅子が体重の重みで大きな音を立てて軋んだのは、果たして嫌な予感がして逃げようとしたエスミか、それとも彼女に近づこうと身体を動かしたホシノのどちらだったのか。
もしくは2人同時だったのかもしれません。
しかし結局、お互いそれ以上大きな行動に出ることはなく、エスミは酷く疲れた様子でコーヒー入りのカップをテーブルの隅に置いて溜息を吐くと、ホシノもその行動に連なるような形で苦笑し、そのままドスンッと椅子の背もたれに自身の背中を預けました。
「なんて、久しぶりにこうして会えたのに空気を酷く悪くしてすみません。正直、エスミさんに会えて嬉しかったのは本当です。ユメ先輩の件とは関係なく、貴女が変わらずお元気そうで安心しました」
「私も……君の姿をこうして直に見ることが出来て少しだけ嬉しいよ」
「おっと、少しだけですか? 私、これでも手に負えない生意気な1年の小娘から、だいぶ立派に育ったとは思っているんですけど。ほら見てください、あんなにも短かった髪が今はもう背中にまで届くほど長くなりましたよ?」
先ほどまでの暗く、酷く淀んだ空気を放っていた少女とは思えないほどの切り替わりで『うへへ』と笑みを零し始めたホシノ。
まるで燦燦と輝く太陽のような明るい姿です。
彼女の言う通り、2年前に比べて雰囲気はかなり以前に比べてだいぶ変わっていました。
ですが、エスミはそんな少女の姿をまじまじと見つめると『まあ……そうだね』と激変した姿にあまり驚くこともなく、むしろ『だろうね』と言わんばかりの反応を返すのでした。
「……あれれ?」
当然、昔に比べて髪がだいぶ伸びていたり、ガチガチした服装や鋭い目つきも今ではすっかり変わっているので、てっきり『見違えたよ』という言葉が聞けるとばかり思い込んでいたホシノは、意外にも呆気なさすぎるエスミの言葉に唖然としてしまうのでした。
「あの、なんか……反応薄くないですか? 2年ぶりの再会なんですから、もっとこう……『大人びたね、小鳥遊』ぐらいの言葉が出てくると思ってたんですけど!? 3年生になったんですよ、私!!」
「……それはそうだけど……けど、あまり変わってないと言うか……」
「んなっ!? い、今私のどこを見てそう言ったんですか!? 背ですか!? それとも胸ですか!? 言っておきますけど、ユメ先輩が規格外なだけで女の子が皆してあんなボンキュッボンになると思ったら大間違いですからね‼ 私だってお2人みたいにもっと大人に近づいた体に成長したかったですよ‼」
「えっ? いや別に君の小柄な身体を見てそう言った訳じゃ――」
「小柄!? 小柄って言いましたね!? ああそうですか、そうですか。エスミさんは私のことを今でも背の小さい幼児みたいな女の子だと思ってるんですね‼ 酷いです‼」
「……はぁ」
別にエスミはそんなこと微塵も思っていません。
前世からの転生者である彼女にとって、今の高等部3年の小鳥遊ホシノというのは前世の頃から常に目に焼き付けてきたおなじみの姿であり、どちらかと言うと見慣れた姿を改めて目にした事で心のどこかで少し安心感を抱いているのです。
何しろこれまでに会ってきたブルアカ生徒の中で、本来なら糸目キャラのはずなのにエスミの前だけでは常に開眼している仲正イチカや、前世では怪盗としての姿しか見ていないにも関わらずワイルドハントの生徒として当たり前のように過ごしている清澄アキラとミリアみたいな、原作との剥離が少しだけ見受けられるキャラをそれなりに多く目にしてきた為、ホシノもそっち側のキャラになっていたのではと内心不安だったのです。
もちろん結果としてはその心の中に抱えている大きすぎる闇さえ除けば、ほぼほぼ原作の小鳥遊ホシノそのままである為、エスミとしては『変わっていない』の感想一言に尽きます。
ちなみに身長160丁度のエスミに比べて、ホシノの身長は現在145。
隣に並んで立つとどうしてもエスミは視線をぐっと下に向け、加えてホシノは上目遣いとなるため、何度見ても小柄で可愛いという認識を彼女から捨てることが出来ないでいたので、小柄という言葉が自然と口から出てしまったのは単なる不可抗力でした。
それこそ、あの小柄のイメージの強いセイアですら身長は149なのです。
彼女よりも更に背が低いホシノに対し、そういう感想を抱いてしまうのはむしろ仕方がないと言えるでしょう。
(そういえば身長差カップルで一番王道なのは確か15センチだったような? 今の私とホシノぐらいの差が丁度良いんだね……いや、何でそんな関係ないことを考えてるんだろう、私?)
何でも2人並んだ際の見た目のバランス的にも良いらしく、キスやハグ、手を繋ぐといった行為が一番自然に出来る身長差なのだとか。
生憎と恋人はおろか友達すら持とうとしないエスミには全く関係のない話ではありますが、ひとまず2年経っても劇的に成長しなかった小柄すぎる自身の体格にいよいよ不平不満を口に出し始めたホシノを宥めます。
しかし、ホシノを宥めようとして無理に立ち上がろうとしたのがいけなかったのか。
それともホシノの家という事もあり、小柄な彼女の体格に合わせたテーブルと椅子であったが為なのか、ガタンッと大げさなほどに足をテーブルの隅にぶつけてしまったエスミ。
直後、テーブルの片方がぐわんっと一瞬だけ宙に浮きました。
そして再びテーブルが床に着地した途端、偶然にも先ほどエスミがテーブルの隅に置いていたコーヒー入りのカップがその振動によってバランスを大きく崩し……次の瞬間、カップはテーブルからものの見事にこぼれ落ち、まだ3分の1ほど残っていたコーヒー全てをエスミの身体へとぶちまけたのでした。
「……あっ」
「……おっと」
何とも運の悪い、といった様子で互いに顔をしかめるエスミとホシノ。
元々着ているトリニティ総合学園の白い制服に加え、現在短期留学しているワイルドハント芸術学院から特別に頂いたブレザー(以前は私物のダークグリーンのブレザーを着ていましたが、ワイルドハントから友好の証として有難く頂いた特注品。ただし普段は肩に付いている校章のみ念のため外している状態) を組み合わせて着こんでいるエスミ。
ある意味でパッと見ただけでは何処の学園の生徒なのか非常に分かりにくい恰好をしており……というより、 初めて彼女に出会ったシャーレの先生は文字通りその格好に困惑し、結局最後まで出身校に気付かないままエスミと接していた訳ですが……。
とはいえ、そんな転生者という異質な彼女を際立たせるのにも一役買っている独特な服装に対し、まるで関係ないと言わんばかりに容赦なくコーヒーをぶっかけたカップは、これで自身の役目は果たしたと床に落下するや、パリンッと大きな音を立てて割れるのでした。
エスミは自身の制服に付いてしまったコーヒーの染みに目を向け、そして床に散らばったカップの亡骸に視線を動かすと、最後は目の前で肩をすくめているホシノに目を向け、溜息を一つ吐いてこう口にしました。
「掃除道具……貸してもらえる?」
「その前にまずは制服を脱いで洗濯をしましょうか。服についた染みを取らないと」
ただし、自身の服装などお構いなしに掃除を始めようとした彼女に対して、ホシノは呆れた様子でそう言葉を返すのでした。
≪1-2≫
さて、何事もイレギュラーというものは時として必ず、むしろ立て続けに起きるものです。
偶然シャーレの先生に出会い、アビドスまで同行してしまったこと。
かつての知り合いであるホシノに出会い、彼女の家まで連行されたこと。
コーヒー入りのカップをこぼし、制服を染みで汚して着替える必要が出来てしまったこと。
そして、一応アビドス自治区に来た客人であるエスミに対し、割れたカップの掃除をさせるわけにはいかないとホシノが自ら率先して掃除を始め、ならその間に洗濯機を使って染みのついた制服やブレザーを洗濯しようとした途端、突然ホシノの家の洗濯機が故障して使えなくなってしまった……など。
ある意味でエスミにとって今日は〝不幸〟とも呼べる出来事の連続でした。
「……はぁ」
「すみません、エスミさん。洗濯機が使えない以上はその染みを落とすのは手洗いか、近くにあるコインランドリーを使用するほうが良いかもしれないですね」
「そうだね……ちなみに近くのコインランドリーまでの距離はここからどのくらいなの?」
「ざっと6キロぐらいです」
「……えっと、他には?」
「残念ですけど一番近いコインランドリーがそこです。他はその何倍も遠いですよ」
衰退し人が年々減りつつあるこのアビドス自治区において、人が利用しない限り決して儲からないコインランドリーはあまりにも環境が最悪です。故に、人が多く住まう地域にだけ限定して経営しているとホシノは説明しました。
「なので染み抜きは一旦応急処置だけ済ませて、あとは夜か明日にでもコインランドリーで洗濯しましょう。 ちなみに服の替えはありますか?」
「泊まるつもりで来た訳じゃないんだから、当然持って来てないよ」
「ああ、そうでしたね。なら洗濯機の修理を頼むついでに、エスミさんの替えの服をあとで買ってきます。ひとまず今は……お風呂に入りませんか?」
「お風呂に?」
ホシノは大きく頷くと、やがて恥ずかしそうにしながら視線をエスミから外します。
「だってエスミさん。さっきから下着姿でうろついて、見るからに寒そうというか目に毒なんですけど」
「……替えの服がないからね」
「だからって、これでも昔憧れてた人が下着姿で私の部屋に中をうろつくのは……その……なかなか心臓に悪いです」
「いや同性なんだから全然気にしなくていいのに……とは、言えないか。君は昔からそういう事を気にしないでいられるタイプの子じゃ無かったからね。ごめん、つい忘れてたよ」
「まあ……はい。でも替えの服がない以上はどうしようもない、というのは流石の私も分かってるので」
「それじゃあ、せっかくだし有難くお風呂を借りようかな。ここ最近はシャワーだけで済ませていたから、久しぶりに湯船に浸かってみたい」
短期留学先のワイルドハントでは、美術製作に夢中になるあまり時間を惜しんで風呂ではなくシャワーだけで済ませていたエスミ。
なので、久しぶりにお湯たっぷりの湯船に浸かり、全身をほぐしたいと思うのも当然でした。
ホシノはその言葉を聞いて嬉しそうに頬を緩めると、何を思ってか直後にこんなことを言い出しました。
「では一緒に入りましょう、エスミさん」
「はい?」
≪1-3 ≫
(……という経緯があって、私は今こうしてホシノと一緒にお風呂に入ってる訳だけど……)
そこそこ長い回想を挟みながら、ややぼんやりした様子で風呂場の天井を眺めていたエスミ。
そしてふと視線を下ろし、ちらっと隣を見てみると、そこには湯船の中でだらけきっているホシノの姿がありました。
(でも何でホシノと一緒に風呂に入ってるの、私?)
それを自問自答したところで分かるわけがありません。
かといって、ホシノに直接尋ねても『一緒に入ってみたかった』の一点張りです。正直、あの小鳥遊ホシノの事ですから、その程度の理由でエスミと一緒に入ろうなどと思うはずがありません。
何か、この風呂場という状況下でしか出来ない事でもあるのかと、エスミはじっと彼女の横顔を見つめました。
「エスミさん……そんなに見つめられると照れます」
「それは謝るけど、でもいきなり君と一緒にお風呂に入れられて不思議に思うのも当然だからね。その顔を凝視したくなるよ、そりゃあ」
「貴女と一緒に入りたかった。こう何度も口に出してるのに、理由としては全然納得できない感じですか」
「当たり前でしょ。自治区の見回りで身体が汚れた時、決まって梔子に風呂に誘われても断固として首を縦に振らなかったあの小鳥遊が、だからね?」
「ユメ先輩はまぁ……一緒に入るとなんか、鬱陶しいほどに構ってきそうな予感がしていたので」
「……それは確かにそうだね」
間違いなく、あのユメなら年上としての意地を見せたがってホシノに引っ付き、あれこれと世話を焼こうとするでしょう。
そしてトラブルや問題を起こしてホシノに毎度のように叱られるのです。
そう思うとエスミならそんな心配も杞憂も無いということなのでしょうか。確かにエスミ自身、そんな事をするキャラではないという自覚はありますが。
「ところで、それはそうと小鳥遊。話は変わるんだけど」
「はい。何ですか?」
「さっきから私の右手を気にしてるみたいだけど……どうして?」
するとピクッと分かりやすいほどに身体が反応したホシノ。
お風呂という環境下故に、心が緩み切っていたのかもしれません。
そのまま静かに首だけをエスミに向け、申し訳なさそうにしながら彼女は苦笑しました。
「気づいてましたか」
「流石にね。私に再会した時から手袋をはめてた右手にずっと視線を向けてたでしょ?」
湯船の中に沈めている自身の右手を左手で触りながら会話を続けるエスミ。
生憎と入浴剤を入れているため、湯船の中に沈んでいるエスミの手に視線を向けることが出来ないホシノは、代わりにエスミの顔を見つめています。
やがてエスミの視線が彼女と交差しました。
「どうしても、気になるの?」
「……はい。昔は、あんな手袋をはめていなかったはずなので違和感がありすぎました。それこそ片手だけ手袋というのも、ファッションにしてはエスミさんらしくないと言うかその…………例の話って、もしかして本当なんですか?」
「君の言うその〝例の話〟というのが、果たしてどういう内容なのかによるけどね」
するとホシノは一旦口を閉ざすものの、やはり好奇心には逆らえなかったのか再び口を開きました。
「エスミさんが襲われ、数カ月間も意識不明の重体で入院したという話です……右手だけあんな革手袋をはめているのは、その時の傷を隠すためですか?」
「……驚いた。トリニティの学園でもほんの一部しか知らない重要秘密のはずなのに。一体どこで掴んだのかな、その秘密」
お見事、と彼女の推理を褒めているつもりなのか、クスッと笑みを零して肩をすくめました。
確かにホシノの言う通り、エスミはゲヘナ自治区にて何者かに襲われ、結果数カ月の間も意識不明の重体として病院で入院していました。
右手はその襲撃の際、相手が持っていたナイフを素手で受け止めたことで刺されてしまい、やがてその怪我が原因となって触覚過敏という厄介な症状を持つようになったので、その症状緩和の為あの黒色の革手袋をはめているのです。
とはいえ、これでもエスミはトリニティ総合学園に籍を置く生徒。
故に、彼女が襲撃被害を受けた場所がよりにもよって治安が最悪なあのゲヘナ学園の自治区内だったという事から、長きにわたる天敵とも呼べる双方の険悪な関係をこれ以上拗らせないためにも、表向きにはエスミの身に起きた悲劇は『事故』として処理されています。
それこそ長期入院による出席数未確保が原因の留年や、右手の触覚過敏も全てその『事故』によるものとされ、真の秘密を知るトリニティのごく一部の生徒達を除けば、栢間エスミという少女に対し世間は『突如として不運な事故に見舞われてしまった天才芸術家』という偽の情報を植え付けられているのです。
当然、トリニティから遠く離れたここアビドスにおいても例外は無く、本来であればそんな〝表向きの偽の情報〟が流れていたはずなのですが、どうもこの小鳥遊ホシノという生徒はそう簡単に騙される側の生徒では無かったようです。
もちろん、あんな目立つ黒色の革手袋を右手にはめ続け、全く人前で脱ごうとしなかったエスミにも多少の原因はあると思いますが。
(でもまあ襲われた云々の話はナギサ、ミカ、セイアだけじゃなくてあと数十人ぐらいは耳にしている訳だし、私を襲ったのがあの錠前サオリだったという唯一の秘密さえ話さなければ、別にホシノにも伝えて良さそうかな)
湯船の中で右手を触りながらそう考えるエスミ。
実を言うと例のエデン条約というものが話題になっている今、もはやゲヘナ自治区で襲われたという真実をいまだに世間に対して隠し通す必要はありません。
あの条約自体、エスミの身に起きた悲劇が発端になったようなモノ。今さらエスミの身に起きた悲劇を知って暴動を起こすような者がトリニティに居るとは思えません。
やがて何かを決めた様子でエスミはそっと湯船から右手を出すと、その手のひらを静かにホシノへと差し出しました。
「ほら小鳥遊。見ても良いよ」
「……そんなあっさりと私に見せていいんですか?」
見たがっていたとはいえ、こうも素直に彼女から見せてもらえるとは思ってもいなかったのか、身体を引き、かつギョッとした様子で眉をひそめるホシノ。
「別に人に見せられないほどの傷でもないし、こうして一緒にお風呂に入ってる以上はどっかのタイミングで偶然君に見られてもおかしくはないでしょ?」
「それは……そうですけど……何だか、こうも簡単に見せてもらえるなら無理にお風呂に誘わなくても良かった気がしてきました」
「まさか、そういう目的があったから私と一緒に入りたかったの?」
「まあ、はい……頼んでも断られそうな予感しかなかったので」
彼女の中では自分はどれだけ秘密主義者なのだろうか、とエスミは呆れながら溜息を吐きます。
「そうやって盗み見するつもりだったなら、せめて私には気づかれないように立ち振る舞って。君の視線、意外とバレバレだからね」
「それはエスミさんの観察力が凄いだけですよ」
「君のような戦闘の腕前が飛びぬけている実力者が、ただの芸術家でしかない私みたいな生徒に簡単に動きを見破られたら意味が無いよね?」
「それもそうですね。なら、エスミさん以外の人に見破られないよう精進します」
「私は良いの?」
するとホシノはすっと自身の身体を動かし、お互いの肩が触れるか触れないかの距離まで近づくと、エスミの顔を間近で見つめながらニコリと彼女は笑いました。
「うへへ……はい。エスミさんだけが特別です。貴女ならきっと……私に異変があったら、すぐにでも気を遣って言葉をかけてくれると思うので。貴女はどんな時もずっと心優しい素敵な方ですから」
「小鳥遊……もしかして逆上せた? 顔が酷く赤いね。すぐにでも風呂から出た方が良いよ」
「おっとっと、そうやって話題を変えて誤魔化すのは駄目ですよ。お世辞でも冗談でもなく、私が本気で言ってる事ぐらい、貴女なら最初からお見通しのはずです。たまにはそうやって照れてないで、少しぐらい正面からちゃんと賛辞を受け止めてください」
「君の方こそほんの短い間しか交流してなかったのに、私のこと随分とよく分かってるようだね」
「そりゃあ勿論。憧れてましたから……腹黒い大人たちを相手にしても冷然と立ち振る舞い、普段から常に落ち着いていて、私とは1歳差のはずなのに達観した姿勢を崩さない、もう一人の先輩……貴女のような頼もしくて素敵な人になりたい、と何度思ったことか」
「…………」
「だから、これだけは言わせてください……こうして再びお会いできて、本当に良かったです」
彼女は心から嬉しそうな顔でそう口にすると、これで満足したとばかりにエスミから少しだけ身体を引き離し、浴槽から立ち上がるや否やそのまま浴室の出口へと向かい始めました。
一方で、エスミは少し驚いた様子で彼女の背中に向け、慌てて言葉を投げます。
「小鳥遊、もう出るの? 私の手、見たかったんだよね?」
「すみません、エスミさんの右手についてはまた今度で。やっぱりエスミさんの身に起きた悲劇の証ですから、時間をおいて改めて頼もうと思います。ひとまず私は一足先に上がって、エスミさんの替えの衣服を外で調達してきます。パジャマはたぶんエスミさんの体格にあったモノが家の中に置いてあったはずなので、時間も遅いので今日はこのまま私の家で泊まってください。あとは明日の午前中にコインランドリーで制服を洗濯すれば、午後のバスの便でトリニティに帰れると思います」
「驚いた、君……私をすんなり帰してくれるんだね?」
エスミが驚くのも無理はありません。
何しろエスミが再びホシノと出会った時、彼女は確かにこう言ったのです。
『帰しませんよ』 と。
そのため大袈裟ではありますが、監禁または軟禁ぐらいはされるものかとエスミは考えていたのです。
原作における小鳥遊ホシノならまず実行するとは思えない狂気の行動ですが、最悪の事態はいくつでも想定しておくべきです。
しかしそんなエスミの予想に反し、ホシノは翌日には帰って良いと言いました。
まあ厳密には無事にこのまま帰れたとしても行く先はトリニティではなく、短期留学先のワイルドハントになる訳ですが……そんな細かい点は一旦無視します。
何であれ、2年前のユメの件について洗いざらい吐くまで身柄を拘束されると思っていたエスミとしては、良い意味で予想を裏切られた形となります。
なんて、そんな安堵がエスミの表情かその翡翠色の目にでも表れていたのか、ホシノは困った様子で苦笑いをしました。
「あれはその場の勢いというか……2年分の想いが爆発してしまったというか……その。冗談なので真に受けないでください」
「いや、あの時の君の目は割と本気だったからね?」
「たぶん見間違いだと思いますよ。他校の生徒を無理やりアビドスに閉じ込めるなんて、そんなの立派な犯罪ですから」
「それは……そうだね」
あまり納得がいかない様子でそう言葉を返したエスミ。
しかしこれ以上尋ねるのも野暮と判断したのか、湯船の中に更に身体を沈め、溜息を1つ吐きました。
その姿を見てこの会話は終了したとホシノも理解します。
「ではエスミさんはゆっくり浸かっててください。私はこのまま出かけてきます」
「分かった……この自治区は君のテリトリーだから心配するのも無用だとは思うけど、気を付けて帰って来てね」
「……ええ。行ってきます」
嬉しそうに笑みを零し、ホシノは浴室から出ていきました。その後、手早くタオルで身体を拭いて着替えまで完了したのか、トタトタと足音を立てながら遠ざかっていきます。
しばらくしてエスミは、ホシノが出て行ったばかりの出口を軽く一瞥すると、ザバァッと湯船から右手を上げ、浴室の天井に向かってそれを大きく伸ばします。
浴室の照明に照らされながら、サオリによって刺されたナイフの傷跡がこれでもかと存在感を強調させていました。痛々しく、それでいて不思議と綺麗なナイフの刺し傷。
意外とこうして直接目にしていてもトラウマが刺激されるどころか、心がざわつく事もありませんでした。
「……今さらだけど……この傷は、この身体は私への罰なのかな、梔子……それに、あの子の事が……小鳥遊が一体何を思ってるのか、今は全く理解できないよ……」
もうこの世には存在しない者に対して呟かれたエスミの言葉は、そのまま浴室の中で響くこともなく消えていきました。
代わりに、蛇口から滴る水滴が浴槽へと落ち、ポチャンッと小さな音を奏でます。
エスミは最後にもう一度だけ溜息を吐くと、疲れた様子でその瞳を閉じるのでした。
≪?????????≫
「クククッ、そうですか。彼女がこのアビドスに戻って来ましたか」
「この寂れたアビドスに来た身元不明の生徒……という事もあってか、念のため情報として伝えてみた訳だが、どうやら知り合いのようだな?」
「ええ、ある意味ではそうなります」
「こんな砂漠に飲み込まれつつあるアビドスにわざわざ足を運んだとあって少し興味がある。是非とも教えてくれ、どんな生徒だ?」
「彼女の名は栢間エスミさん。かの有名なトリニティ総合学園に在籍している生粋の芸術家となります。 また、あの暁のホルスこと小鳥遊ホシノさんにとっては、2年前の出来事に関する最後の心残りであり、同時に弱点ともなる方。そして、私にとってもそれなりに因縁のある方になるので、こうして再び出会う機会に恵まれるとは思いもしませんでした……それで、彼女は今どちらに?」
「例のアビドス生徒会の副会長と1日だけ行動を共にしているようだったが、どうやら翌日には交通機関を使って帰ったらしい。そもそもこの情報が私の下に届いたのは昨日だ。気にした所で、もうその行く先を追うことは難しいかもしれない…………が、もし望むなら今からでも部下を手配しよう」
「いえ、それは必要ありません。むしろ無用でしょう。あのエスミさんが1日だけ滞在したと言うのなら、それは想定外の事情があったという事。何かしら目的があってアビドスに来られたのなら、軽く3日4日は滞在していたはずです。ふむ、とはいえ残念ですね。せっかくお会い出来ると思っていたのですが」
「珍しいな。随分とその生徒について興味があるようだ」
「それは勿論。ホシノさんに出会う前から特別に目をかけていた生徒ですので。しかし、そろそろ受け身で居続けるのも流石に無理がありますね。2年前も接触する機会こそ少なからずありましたが、生憎と実現は叶いませんでした…………正直、このままエスミさんと対面すること無く過ごすというのもなんですし、時には私の方から行動を起こすべきかもしれません」
「ほう。何をするつもりだ」
「彼女の大事な美術愛を餌にして、もう一度だけこのアビドスに呼び戻してみる事にします。彼女はこと芸術や美術が危険に晒されると、周囲の反対も押し切って自ら乗り込んでくるような熱意ある方なので、きっと上手くいくことでしょう。出来る事なら、彼女と対面して有意義な時間を過ごしてみたいものです」
「それは妙案かもしれないが、そもそもアビドスにはもう利用価値のある芸術品など全て回収され、それなりの金額で売り払われているはずだ。今さら生き残っている芸術品でも必死に発掘して探すつもりか?」
「確かにアビドスの歴史ある芸術品の数々はもう既に残ってはいません。しかし、エスミさんが個人的に関与している作品がまだアビドスに残っているとなれば話は変わります」
「…………興味があるな。聞かせてもらおう、それはどんな作品だ」
「肖像画です」
「なに、肖像画だと?」
「ええ。あのトリニティ最高峰の芸術家とも称される栢間エスミさんが、ある生徒のために特別に描き、そしてその方にプレゼントしたとされる数少ない貴重な肖像画です。元々、彼女は誰かに依頼されて絵を描くような方ではありません。このキヴォトスにおいて、一体どれほどのファンが彼女に肖像画を描いてもらいたいと思っていることか。それを見事叶えてみせた運の良い方がいたのです。正に周囲が羨むような貴重すぎる作品と言えるでしょう」
「なるほど。偉大な画家がアビドスに残した数少ない芸術品か……中々に興味深い話だが、まずそもそもその絵は今誰が保有している? 残念だが、たった1人の生徒をアビドスに呼び戻すためだけに、絵の所有者から高値で買い取るような無駄な労力を費やすことは出来ない。無理やりに奪うとしても人員を割くことも難しい。むしろ、私の元々の計画においてその生徒は全く関係がない」
「ごもっともな意見です。しかし、もしその肖像画を運良くこの私が〝保有〟しているとしたら、どうでしょうか」
「何だと?」
「加えて、その肖像画に描かれている人物が、エスミさんやホシノさんにとって非常に関わりの深い方であり、万が一にでも公にされては非常に困る代物だとしたら尚更どうでしょう。クックック……そうですね。より正確に申し上げるのなら、2年前に不慮の事故で亡くなってしまった、ある生徒を描いた肖像画となれば貴方もきっとことの重大さを理解してくださるはずです。恐らく、使い道によっては貴方の計画に利用できるかもしれません」
「……良いだろう。あくまでも暇つぶしの一環として手を貸す。それで何が必要だ?」
「では偽のオークションを開く準備をお願いします。場所や人員の手配は一任しますので、それらしい会場を用意して頂ければ、あとは私の方で対応します。さて目玉となる出品作品の名前ですが……せっかくですので【アビドス生徒会長の肖像画】にでもしましょう。ただし、エスミさんは慎重かつ警戒心の強い方なので無暗に情報を広めるのは得策ではありません。少しずつ時間をかけて、信憑性の高い噂を流す。そうすれば彼女は必ず食いつきます」
「一応聞かせて貰うが、それだけの労力と時間をかけるだけの価値があの生徒にはあるのか?」
「勿論です」
「分かった。ならすぐにでも準備を始めよう。それで良いな、ゲマトリア」
「ええ。宜しくお願い致します。カイザーコーポレーションの理事殿」
もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)
-
拳銃(M1911,グロック等)
-
リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
-
自動小銃(HK416、AK-47等)
-
短機関銃(M1921、MP5等)
-
小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
-
散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
-
機関銃(MG42、M249等)
-
対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
-
擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
-
素手