夢叶って画家になれた転生主は、ともかくブルアカ本編に関わりたくない   作:木暮鬼一

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栢間エスミ 『美術バカ』

 

 

「ようこそ栢間エスミ様、わざわざトリニティ総合学園から来ていただき誠にありがとうございます」

 

 高級そうなスーツを見事に着こなしている店員が仰々しくも頭を下げてくると、エスミは作り笑いを浮かべつつこちらも丁寧にお辞儀を返しました。

 

「こちらこそ、常にお忙しいなか私のために時間を作って頂きありがとうございます」

「とんでもありません。トリニティで今、最も注目を浴びている画家が我が社に来て頂けるのです。喜んで時間はお作りしますとも」

 

 ニコニコした笑顔はそのままに店員は続けて『ところで道中は大丈夫でしたか?』と心配そうに尋ねてきたので、一体何の事かとエスミは首を傾げました。

 

「このような所に本社を置いている我々が言うのもあれですが、ゲへナ自治区は大変危険でほぼ無法地帯ですので……もしエスミ様が何かトラブルに巻き込まれてしまってはと我々は心配で……」

「なるほどそういう事でしたか……しかしトリニティからゲへナまでは鉄道を利用していたので、これといったトラブルは特に何もありませんでした。それにゲへナ自治区の駅からお店までの移動中は、あちらの玄関口で立っている方のおかげで面倒ごとに巻き込まれることはまず無かったのでご安心ください」

「なんとお連れ様がいらっしゃいましたか。であれば我々の心配は無用でしたね……しかし、どうして玄関口に? エスミ様のお連れであれば我々は喜んで歓迎するのですが……?」

「それは彼女を見ればお分かりになると思います」

 

 微笑したエスミが手のひらを玄関口のある方向へ向けると、その方向に視線を向けた瞬間店員は張り付いていた笑みを消して『ひえっ』と情けない声を出しました。

 

 というのも玄関口にはエスミとほぼ同じ背丈の白髪の少女がとても怖い顔をして周囲をキョロキョロと見渡していたのです。まるで自分たちに害を及ぼす獣が近くにいないか念入りに確認しているかのように……恐らく外を警戒してくれているのでしょう。

 

 ところで店の外はいつもと変わらず賑やかなゲへナの街並みが広がっているのですが、心なしか道歩く人々は玄関口に居座る彼女の姿に怯えてお店そのものから遠ざかっているように見えました。

 

 しかしあれは確かに余計なトラブルを寄せ付けないだろう、と彼女の姿を眺めながら店員は心の中で断言します。同時に、自分も出来れば彼女には関わりたくないと強く感じるのでした。

 

「エ、エスミ様はとても頼もしいボディーガードをお連れですね……あの方がお傍にいる限り、誰も迂闊に近寄ろうとはしないでしょう……」

「いえ、彼女はトラブルに巻き込まれかけていた私を善意で救ってくれた、ただのゲへナ学園の生徒で私専属のボディーガードではありません。彼女とは今日知り合ったばかりの仲になります」

「あ、あちらがゲヘナの生徒? た、確かにあの制服はゲへナ学園のものですが、てっきり変装か何かかと……しかしそんな方がどうしてエスミ様と共に?」

 

 ごもっともな質問です。

 ゲへナ自治区に住んでいる以上、ゲへナ学園とトリニティ総合学園の対立は誰もが知る話であり、いくら所属を選ばない画家とはいえトリニティ総合学園の生徒であるエスミに、まさかゲへナ学園の生徒が付き添いをしてくれるとは誰も信じないことでしょう。

 エスミもその点に関しては困ったように苦笑しましたが、続けてこう話してくれました。

 

「一応、彼女には私がトリニティの生徒である事と名前は伏せてあります。今回の訪問はお忍びで来ていますし、あまり口にする事でもありませんから。それに、私の素性を追及する事も無かったので信じても良いかと」

「なるほど、であれば安心ですね……そういえば、エスミ様は今日から1週間ほどゲへナ自治区に滞在されるとお聞きしましたが……?」

「はい。今日は挨拶という形で訪問させて頂きましたが、この後は予約していたホテルに滞在して身体を休めるつもりです。明日からは営業部門の方との商談を行って、明後日からは技術部門、開発部門の方の付き添いで工場を見学させて頂く予定です」

 

 1週間の滞在とはいえ、移動と準備の日を除けば実際にゲへナに留まるのは5日間のみ。

 今回、エスミは生徒ではなく画家としてある意味で〝仕事〟をしに来たのです。わざわざ学園を欠席して来たのですから、その目にあるのは仕事に対する熱意だけでした。

 

「もしご迷惑でなければ、営業部門の方に私が無事にゲヘナに到着したことをお伝えして頂けると幸いです」

「承知いたしました。営業部門にはしっかりとエスミ様の件をお伝えします……ただ営業部門について、一つお伝えしたい事がありまして」

「何でしょうか?」

 

 店員は顔をしかめると、周囲には彼女たち以外誰もいないにも関わらず声を落としてきました。

 

「実は……今年に入ってから、我が社の積み荷が運搬中に襲われるというケースが増加していまして、営業部門はここ最近その対応に追われている状態です」

「そういえば、以前までは現金だけ狙われていたのが今は商品も盗まれていると聞いた事があります。あの話は本当でしたか……」

「もう既にご存知でしたか……どうもゲへナ学園の方で【雷帝】と呼ばれる生徒が表舞台に台頭して以降、ゲへナ自治区はどこも問題ばかり起きていまして……情けない話ですが、またトラブルが発生した場合は明日の商談は中止になる可能性がございます……ですのでエスミ様の貴重なお時間を潰してしまう恐れが……」

「ご安心ください。私1人の時間など後でやり直しが可能ですので、会社の命運を担う問題が起きた場合はそちらを最優先にして頂いて構いません」

 

 エスミはそう優しく伝えると、店員も安堵を覚えたようで声に落ち着きが戻りました。

 

「そう言って頂けると大変助かります。エスミ様の寛大なお心に応えることが出来るよう、我が社は全力でこの問題に挑む所存です」

 

 流石はこのゲへナ自治区で店を構え長く存続しているだけあって、多発している問題を前にして諦めるつもりは毛頭無いようです。キヴォトス人による商人魂とでも言うべきでしょうか、店員の目は文字通りやる気に満ちていました。

 この様子なら明日の商談は問題なく無事に終わりそうだな、と内心確信したエスミは『ところで……』と今度はこちらが遠慮気味に尋ねました。すると彼女の姿に何かを察したらしい店員は、背筋を伸ばして『さあ何でもご質問ください! !』という雰囲気を漂わせると彼女の言葉の続きに耳を傾けます。

 そして、先ほどまで浮かべていた作り笑いを消してまるでオタクのように目を輝かせながらエスミはこう質問するのでした。

 

「このゲへナ自治区に……美術館はございますか?」

 

 

 

《1-2》

 

 

 

「……終わったの?」

 

 エスミが店の外に出ると、玄関口でしばらく佇んでいたゲへナ学園の制服を着こなす白髪の少女……鬼方カヨコが心配そうな目で彼女を見つめつつ尋ねてきました。その質問に返すようにしてエスミは小さく頷きます。

 

「終わったよ。今日は挨拶をしに来ただけで、本番は明日からだけどね。この後は予約したホテルで休まないと」

「そうなんだ。なら、明日も傍にいる必要があるね」

「いや、別に大丈夫だから……」

 

 困ったように眉をひそめてエスミはそう優しく拒絶するのですが、カヨコは首を横に力強く振ります。

 

「大丈夫じゃない。列車の件は私の早とちりだったけど、もうゲへナ自治区に足を踏み入れた以上は覚悟した方が良い。ここに居るのは、あの列車の不良達とは違って人の油断を容赦なく突いてくる最悪な奴ばかりだから」

「鬼方って、まだゲへナ学園に通い始めて1か月の新入生だよね。どうしてそう詳しいの?」

「どうしてって……私はこの自治区で生まれ育ったんだけど? このお店に来るだけの為にゲへナにやって来た何も事情を知らない貴女とは違って、私はこの自治区の事なら何でも知ってる。正直、そんな便利な現地民をわざわざ引き離して1人になるメリットがそっちにはあるの?」

「……無い」

 

 ぐうの音も出ない正論とはこの事ですが、だからと言って彼女の同行を認める訳にはいきません。

 何しろこの鬼方カヨコ、ブルアカのゲーム本編にごりごりに絡んでくる原作キャラの1人であり数少ない【18歳留年疑惑付き生徒】の1人なのです。

 まあこの名称はエスミが勝手に付けた名であって特に深い意味は無いのですが、本編に巻き込まれるのを回避したい者としてはゲへナで最も出会ってはいけない人物ランキングのトップに君臨する存在であることに変わりはありません。

 

 もちろんカヨコが本気でエスミの身を心配してくれているのは本人も重々承知しています。

 現時点でゲへナ最強の風紀委員長はまだ高等部に進級していませんし、見たところカヨコは組織に所属していない様子(しかしフリーで活動はしているみたいですが)。組織的な活動で治安維持でもしない限りゲへナはこのまま危険地帯のままでしょう。

 だからこそ、ここはカヨコの言う通り同行を許可して傍にいて貰うべきだと思うのですが……やはり、既に桐藤ナギサと聖園ミカという重要キャラとの接点を持ってしまっている事から、これ以上のブルアカキャラとの関わりは是が非でも避けたい所でした。

 

「……学園はどうするの? 私は5日間もここに滞在するつもりだし、その間も私に付き添うなら鬼方は授業を欠席することになるけど……下手したら1年の時点で留年するかもしれないよ?」

 

 正直これに関しては1週間も授業を欠席しているエスミが言えた話では無いですし、もし本編通りの時間軸に進んでいるのならカヨコも何かしらの理由で留年するのは確実です。ここで留年の件をネタに使ってもいずれカヨコはそれを迎える運命にあるでしょう。

 故にエスミのこの言い分は全くもって説得力に欠けるものでした。

 

「それは貴女も同じでしょ? 私と同い年の生徒が学校を休んで1週間もゲへナに滞在するなんて、普通に考えたらあり得ないし……そっちも無断欠席して来てるんじゃないの?」

 

 ちなみにカヨコの方もちゃんとした反論を返してきたので、エスミはもう何も言い返すことが出来なくなりました……。

 

「私は……ちゃんと許可貰ってるし」

 

 情けないことに自分は彼女とは違うぞと言い訳をする始末です。そもそもエスミが貰ったのは〝黙認〟であって 〝許可〟ではありません。どちらにせよ進級にかなり響く欠席という形を取っているのは紛れもない事実なのです。

 

「そういえば見たところ育ちの良さそうな学園の生徒みたいだけど、ちゃんと戦えるの? 頑なに私抜きでも大丈夫って言うけど、無法地帯のゲヘナ自治区に1人で来たからには大人数を相手に出来るぐらいには強いってことだよね?」

「まあ……君ほどじゃないけど、そこそこ戦えるから……うん」

「……はぁ……心配だから、貴女の使っている銃を見せて?」

 

 エスミは彼女の指示に従い羽織っているジャケットを広げました。

 するとどうやらエスミは拳銃を愛用するタイプの生徒のようで、ショルダーホルスターとヒップホルスターをそれぞれ身体の右半身に身に着けていました。どちらも頑丈な革製のホルスターですが多少の年季が入っているのが目に見えて分かるため、あながち『そこそこ戦える』というのは嘘では無さそうです。

 ただし、何よりもカヨコが一番気になったのは両方のホルスターに収められているその〝銃〟でした。

 

「……使うのはリボルバーなんだ……でもこれ、流石にちょっと……」

 

 興味深そうにしてカヨコが口にした通り、ホルスターに収められている銃は全てリボルバーでした。

 しかしただのリボルバーではありません。年代物です、それもかなり昔の。

 

「ルフォーショー・リボルバー。キヴォトスでこれを愛用している生徒を見るのは貴女が初めて」

 

 ルフォーショー・リボルバー。

 エスミの前世において19世紀中頃のフランスで開発され、民間と軍用共にフランス含めて広く国外で運用された6発装填式のシングル&ダブルアクション式のリボルバーになります。

 いわゆるピンファイア型(別名:カニ目打ち式)と言う古式銃に分類される銃なため、前世では銃刀法にかなり厳しかった日本でも正式な手続きさえ踏めば誰でも所持が許されるという、ある意味で稀有な銃でもありました。

 

 とはいえこのリボルバー、名前の通り装填する薬莢の後方にピンが飛び出しており、それを撃鉄が叩くことで火薬を爆発させて弾丸を発射するという仕組みになっているのですが、そもそもピンが露出していることから事故による暴発性が極めて高かった為、後に一般的となるカートリッジ式の薬莢が開発されると急激に衰退したことで知られています。

 

 それはこのブルアカ世界でも同じ運命だったようで、リボルバー自体を愛用する生徒はキヴォトスでは全然珍しくないものの、このピンファイア型の銃を好んで使用している生徒はまずいません。年代物の銃を使用している事の多いトリニティでも流石にピンファイア型を使用している生徒を見かけることは無いでしょう。

 

 一応このエスミが使用している銃は改造してカートリッジ式に対応させているみたいですが、それでも1発ずつ弾を排莢して装填するというシリンダーが固定式の銃である事から、リロード時には無防備な姿を長く晒してしまうという欠点が残っています。

 以上のことを踏まえると、乱戦がほぼ当たり前のキヴォトスにおいては最も不向きな銃と言えるでしょう。特に単独で戦うような人が持つ代物ではありません。

 

 当然、酷い言い方をすれば〝骨董品〟とも言えるこの銃を手にエスミはたった1人で危険地帯のゲへナにやって来た訳ですから、カヨコの怖い顔つきは更に怖くなりました……背筋が冷えそうです。

 

「ねえ……もしかして本気でこの銃だけで1人でゲへナを出歩く気だったの?」

「……その……えっと……」

「リロードは手順が面倒で時間が長い、弾数は6発だけで心許ない、何より銃撃戦の経験が豊富そうには見えない。こんなにも不安要素があるのに加えてゲヘナの事を全く知らない……本当に、私が傍にいなくても大丈夫だって?」

「…………」

「黙ってないで、答えて」

 

 もしこの険しいカヨコの表情を間近で見たら、後々に登場するだろうシャーレの先生でも裸足で逃げ出しそうだなぁと場違いなことを考えつつ、エスミは両手を胸の前まで上げながら『ごめん。無鉄砲過ぎた』と素直に謝罪を返しました。

 断言しましょう……降参です。

 こうも立て続けに正論で追及されてしまっては、もはやカヨコの同行を認めるしか道はありません。彼女の言う通りエスミが愛用している武器の性能があまりにも銃撃戦向きではありませんし、前世の知識頼りとはいえゲヘナを危険地帯と理解しつつ少々軽く見ていたのは事実です。

 もうこの際ですから自身の保身は一旦捨てることにして、この1週間弱の滞在中だけはカヨコの世話になることをエスミは決断しました。別にこの数日間だけのやり取りで交流が深まるわけでもないですし。

 

「分かってくれたみたいで良かった。他の自治区なら好きなだけ1人でいて良いから、せめてゲヘナに滞在中は私を頼ってほしい……お願いだから」

「……分かった。この5日間だけだよ」

 

 素直に謝罪し、加えて同行の許可も得れたことで多少は怒りが下がったのか、表情に変化は無いものの今度は別の質問をカヨコはしてきました。

 

「ところで貴女の右腰に付けているホルスター……収めている銃のグリップが逆を向いてるけど、それってもしかしてキャバルリー・ドローにしてるの?」

 

 キャバルリー・ドロー。

 いわゆる騎兵隊スタイルと呼ばれる、銃のグリップが本来とは真逆の方を向いて収められているホルスターの事を言います。

 

 このスタイルが生まれた理由は様々ですが、諸説として騎兵隊はサーベルを失った際の副武器としてリボルバーを使用するものの騎乗中にホルスターから抜け落ちないよう本来よりも高い腰の位置にホルスターを付けるため、従来のやり方では中々抜けない事からグリップを反対向きにし、そのままグリップを掴み手首の捻りを利用することで銃を抜きやすくしたと言われています。

 また騎兵隊のサーベルは基本左腰に付けるため、左手で銃を抜きやすいようにグリップを反対向きにして右腰に付けていたことも理由の1つではあったようです。

 

 とはいえ、ここはキヴォトス。

 別に馬に乗って移動するわけでも戦うわけでもないので、このようなスタイルをしている生徒はごく僅かといった所でしょう。

 そのごく僅かなうちの1人が、こうして目の前にいる訳ですが。

 

「昔見てた映画の影響を受けて少し真似をね……でも普段は左手でショルダーホルスターの方を使用してるし、こっちはあまり使うことは無いよ。使うとしても早撃ちするぐらいかな? まあ利き手の右で銃を扱うことは滅多に無いけどね」

「利き手に何か問題があるの?」

「……まあ、君には言っても良いかもね…………昔、絵を描くのに手を酷使しすぎたせいで神経をかなり痛めちゃって……正直、1発か2発撃つぐらいが限界なんだ、私の右手は……」

「それって……」

「簡単な話、私の利き手は〝障害〟を抱えてるんだよ」

 

 ブルアカ世界におけるキヴォトス人は、銃弾を直に受けても大したダメージを負わないという屈強にして頑丈な身体を持っています。車に跳ねられても打ち所さえ大丈夫なら五体満足ですぐに動けますし、大爆発に巻き込まれても気絶程度で済むなど、もはやギャグにも等しいレベルの耐久性を持っているのです。

 他にも反動の強い武器を片手で撃っても一切ブレないなど、その握力と体幹の強さもかなりの異常さを誇っており、中には戦車を軽々とひっくり返すほどの筋力バカがいたりもします……。

 

 しかしそんな身体を持ってして生まれても、エスミの場合は話が違いました。

 彼女は夢見ていた画家になるため、ほぼ赤子同然の時期から毎日絵を描く修行を続けていた訳ですが、この身体が著しく変化する成長期の最中で手を酷使しすぎたのがいけませんでした。

 毎日十数時間に及ぶデッサンの練習とその復習。元々美術に対しては度を越えた愛を注いでいるエスミでしたので、自身の身体に与えるリスクを鑑みない美術浸りの偏った生活習慣は、ほぼ確実に彼女の身体を徐々に蝕んでいきました。

 

 結果として長い期間に及ぶ手の酷使で神経を痛めてしまったことでエスミは利き手の自由がある程度制限される事となったのです。医者の診断では平均的な握力を大幅に下回っており、特に長時間に及ぶ利き手の使用は激痛を伴うと忠告を受けました。

 現に画家として活動しているエスミですが、デッサン含めて絵画の制作が長時間に及ぶほど痛みを我慢しているのがほとんどです。なるべく痛み止め薬を服用していますが焼け石に水といった所でしょう。

 

「……そんな状態になっても、貴女はその【画家】になりたかったの?」

 

 もはや今更驚くことも無くなったのか、カヨコは彼女の右手を一瞥して表情を見つめます。

 

「なりたかった……昔からの夢だったから」

 

 しかし対してエスミの表情は幸せそうな笑みが浮かんでいました。

 利き手を酷使することで念願の画家になれた代わりに、今度はその利き手が問題を抱えている。カヨコとしては本末転倒としか言えない姿でしたが、エスミはそんな事は思っていないようです。何故なのかと聞いてみると彼女はさも当たり前と言った様子でこう返してきました。

 

「代償無くして画家になれるほど美術の世界は甘くない。これはどの分野でも言える事だけど、画家になれずに障害を抱えて生きるよりは全然マシだからね。流石に制作中も痛みが伴うのは個人的には予想外だったけど、むしろそれだけ私が美術に向き合っていたと思えるから苦には思ってないかな? むしろ痛みを感じる度に喜んでるぐらい」

「……今のだけ聞くと、貴女の美術愛は中々に狂ってるね」

 

 呆れたように、でも何処か納得した様子でカヨコが呟くと突然エスミは声を上げて笑い始めました。綺麗で整っている美少女の顔にはやや不釣り合いな満面の笑みでしたが、むしろこっちの方が彼女の〝素〟なのでしょう。不思議にもカヨコはその笑みに見惚れながら、同時にいきなり笑い出した彼女の姿に呆気にとられました。

 

「ごめんごめん。美術を一方的に愛してる異常オタクの私にとって、君のその言葉はむしろ誉め言葉だからつい嬉しくて笑っちゃった」

「はぁ。本当……どうしようも無いほどに狂った美術オタクだね」

 

 口ではそう言うものの、どこか満足げな顔をしながら彼女はエスミの隣に並びました。

 

「それじゃあ、骨董品の武器を手にわざわざ1人でゲヘナにやって来た正体不明の美術大好きな画家さんをしっかりと守り切らないとだね」

「一応これでも左手でも銃は全然扱えるから足手まといになるつもりは無いけど?」

「分かってるから。そもそも私がいる限り面倒ごとは勝手に向こうから離れてくれるだろうし」

「そう……ところで、私のこの右手の秘密を打ち明けるのは実は君が初めてなんだよね。どのみち今年中には公表するつもりだったけど、おめでとう鬼方、君は私の秘密を握ってしまったね?」

「名前も出身の学園も教えてもらってない事を考えたら、むしろ秘密1つ教えてもらうのは当たり前だと思うけど……」

「ふふっ、生憎と君に私の名前を教えるつもりは二度と無いから、これで我慢してもらうしかないね」

「不公平だけど、たった5日間の交流だし仕方ないか……」

 

 普通はゲヘナ自治区で同行してもらう以上は名前ぐらい明かすべきだとは思いますが、これ以上カヨコとの出会いイベントを増やしたくはないエスミは徹底して名前を明かそうとはしません。どちらにせよカヨコとの交流は今回限りで終わってほしいと心の底から願い、エスミは彼女を連れてゲヘナの街へ歩みを進めるのでした。

 

 

 

 ちなみに余談ですが、この後2人は5日間行動を共にしたものの暇な時間があれば必ず美術館に直行するエスミに何度も付き合わされた事で、カヨコは彼女の名前を知らないことから『美術バカ』という愛称をエスミに付けて呼ぶようになりました。

 意外にもエスミはその愛称を喜んでいましたが……。

 





栢間エスミの秘密・7


・好きな映画はウエスタンもの全般。
一番のお気に入りは『続・夕陽のガンマン』。
その影響を強く受けてリボルバー絶対主義になった。
ちなみにキャバルリー・ドローを扱うキャラは映画作品では意外にもそこそこ多い。

【マグニフィセント・セブン】
2016年公開
サム・チザム(デンゼル・ワシントン)

【3時10分決断のとき】
2009年公開
チャーリー・プリンス(ベン・フォスター)

【ハムナプトラ】
1999年公開
リック・オコーネル(ブレンダン・フレイザー)

【LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標】
2014年公開
ヤエル・奥崎(声:広瀬彰勇)



【栢間エスミの扱うリボルバーの詳細】

・ルフォーショー・リボルバー(45口径/ダブルアクション)
主に左手で扱う銃。普段はショルダーホルスターに収めている。
愛称はニキ。
名前の元ネタは実在したフランス芸術家ニキ・ド・サン・ファル
(1930年生~2002年没)。
元フランス貴族にして元ファッション・モデル。
1960年に芸術表現の自己解放として〝射撃絵画〟を制作。これは彼女曰く『誰も殺さない殺害』と称された石膏に絵の具入りの袋を固定してそれを狙い撃ちするパフォーマンスである。実際に鑑賞者に銃を持たせて撃たせるという展示会も数回行っており、実際に当時の映像も残っている。
またニキという名前は本名には存在せず、彼女の母ジャンヌが幼少期によくその名で呼んでいた事から生涯に渡って芸術家として使用した名である。
ちなみに『Les Tirs de Niki de Saint Phalle』でYouTube検索すると射撃絵画のパフォーマンスをしているニキが見れる。めっちゃ勇ましいお方です。


・ルフォーショー・リボルバー(22口径/シングルアクション)
右手で扱う銃。普段はヒップホルスターに収めている。
愛称は炎の人。
右手の負担にならないよう小口径かつシングルアクションにしているが、まず滅多に使う機会がない銃でもある(一応利き手での射撃はめっちゃ上手い)。
名前の元ネタは実在した画家フィンセント・ファン・ゴッホ
(1853年生~1890年没)。
美術オタクでなくとも一度は名前が聞いたことがある〝ひまわり〟等の油彩画を生み出したポスト印象派画家であり、生涯で生み出した作品は画法問わず合わせて約2100枚以上。しかし存命中に売れたのは僅か数点のみで、彼の死後に再度評価されたことで有名となった。
実はこのエスミが炎の人と呼んでいる銃はゴッホの自殺(又は他殺)に使用されたとされる銃と全く同タイプのリボルバー。
加えて余談だが、使用されたとされるリボルバーは1960年にオーヴェル=シュル=オワーズにて農民により発見され、一時期は2016年にゴッホ美術館で展示されていたが2019年にオークションで約2千万円で落札された。予想されていた額のおよそ3倍だった模様。
ちなみにゴッホ本人は右利きである。


エスミ曰く
『ニキが射撃絵画を生み出した1960年に、同じフランスの地でゴッホの自殺に使われたリボルバーが発見された。こんな偶然は二度とない』との事でこの銃とその愛称を決めた。

普通に美術狂いすぎて頭がぶっ飛んでいるオタクである。

もしも仮にブルアカ世界に転生して生徒になれるなら、どんな武器を所持して愛用したいですか?(※作者は愛用するならリボルバーしかあり得ません.)

  • 拳銃(M1911,グロック等)
  • リボルバー(SAA、コルト・パイソン等)
  • 自動小銃(HK416、AK-47等)
  • 短機関銃(M1921、MP5等)
  • 小銃(M1ガーランド、Kar98k等)
  • 散弾銃(ベネリM4、AA-12等)
  • 機関銃(MG42、M249等)
  • 対物ライフル(AW50、ヘカートⅡ等)
  • 擲弾発射器(M79、ダネルMGL等)
  • 素手
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