仮面ライダー焔羅   作:マフ30

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第0話 バケモノたちの夜

 20XX年、日本。

 とある深い森の奥にポツンと一棟の劇場が建っていることを知る者は少ない。

 劇場とは名ばかりの王侯のパーティが開かれていてもおかしくはない豪華絢爛な西洋式建築物の正門にはパレス・フォレストストーンという名が刻まれている。

 

 あなた(・・・)は幾許かの不安と戸惑いを抱えながらもその門扉を潜り劇場の中へと入っていく。

 

「ようこそ、いらっしゃいませ」

「会員証もしくは招待状はお持ちでしょうか?」

 

 劇場の入り口には警備員というよりは門番と表現した方が相応しい厳めしい男たちがスーツとサングラスに身を包み。待ち受けている。

 一度、右手を高々と上げてから深々と一礼する動作は彼ら(・・)流の挨拶のマナーなのだろうか。

 

 

             【YES/NO】

             

             →【YES】

 

 

 しばしの沈黙の後にあなたは微かに震える手で懐から取り出す。 

 いまならば、まだ引き返せる。

 この何の変哲もない封筒を目の前にいる男に差し出してしまえば、もう――。

 

 

          【封筒を見せる/劇場を後にする】

 

 

             →【封筒を見せる】

 

 

 あなたはゆっくりと左側に立つ男へ封筒を手渡した。

 もう、後戻りはできない。

 

「確かに本物のようです。改めて、当館へようこそ。間もなく本日の上映前の支配人による挨拶が始まります」

「ホールへとご案内いたしますのでこちらへどうぞ」

 

 あなたは背を向け歩き出したスーツの男の後ろ姿を見つめながら、そっと胸に手を当てて小さく深呼吸を繰り返す。

 恐れることはない。

 自分はただ見せ物を観に来たのだ。

 命の危険などはない。

 命の危険などはない――あなた自身に。

 

 

 

 

 あなたが連れてこられた場所は言うなれば劇場のメインホールだった。

 しかし、芝居小屋のように舞台があるわけでも映画館のように座席が規則正しく設置されているようなものではない。

 美しい内装と調度品で飾られた大広間と言ったところか。

 変わっていると言えば壁の四方に大型のモニターが何枚も設置されている。

 そこには既にパレス・フォレストストーンに到着していた御同輩たちが用意された美酒と美食に舌鼓を打ちながら、歓談を楽しんでいる。

 

「レディース&ジェントルメン! 本日は当館にお越し下さり誠にありがとうございます!」

 

 あなたが給仕からグラスを受け取ったところでちょうど部屋の照明が落とされて、奇抜ないでたちの若い男が客人たちの前に姿を現した。

 

「支配人のMrサニーデイズであります。初めてのお客人も馴染みのお客人も共に格別な時間を楽しみましょう!」

 

 亜麻色の髪をした見目麗しい優男といった感じか。

 前髪で片目が隠れていることもあってかどことなくミステリアスな雰囲気がする。

 大きな黄色い四つのボタンが目立つ漆黒のダブルスーツにスーパーヒーローを気取ったような膝裏まで届く長く赤いマフラーという組み合わせがなんともアンバランスだ。

 

「それでは選ばれしBG(ブライト・グローバル)インダストリーのプライベートサロン優良会員の皆々さま! 今宵も心ゆくまでお楽しみください! 我ら食禍総會プレゼンツ! マスカレイド・ウォーゲーム! シーズン34の上映開始であります!!」

 

 Mrサニーデイズもまた玄関の門番と同じように右手を掲げて、深く一礼する動作をしながら今夜の催しの開始を宣言する。

 それに呼応するように招かれた客人たちからは大歓声が上がり、まだ場に慣れぬあなたは驚きのあまりビクリと肩を震わせる。

 アルコールで鈍らせていた感性が蘇り、あなたを興奮と恐怖で掻き乱す。

 これからあなたは目の当たりにするのだ。

 あの日、巡り合ってしまった非日常の真実を。

 あの日、触れてしまったこの世界に隠された秘密を。

 

「上映中は自由に飲食ご歓談をお楽しみください。映像に対しての歓声や野次に暴言などもお気軽に発していただいて結構でございます。それではどうかステキな日曜日のひと時をお過ごしくださいませ」

 

 禁じられた遊戯の全貌がいま、あなたの目の前で流されていく。

 

 

 

 

 

 

 20XX年、帝都東京。

 先の世界大戦で二度に渡り勝利した我が国は極東の小さな島国でありながら世界の中心国として隆盛を極めていた。

 我が国の発展の鍵となったのが昭和初期に興った巨大企業BGインダストリーであったことは日本国民ならば誰もが知っている常識であるだろう。

 とはいえ政治を含めた日本の中枢の多くは北米大陸など海外に拠点を移しており、この東京でさえ都市としては旨味を失い、歴史と日本文化を頼みの綱に体裁を整えている有様だと大人たちは口にしないだけで認めている。

 

 でも僕は、

 だが僕は、

 そんな旨味を失った街だって良いじゃないかと思う。

 少なくとも僕が暮らす範疇では目を背けたくなるような飢えもなければ貧しさもない。

 娯楽だって、憩いだってまだ十分に残っている。普通の生き易い街がそこにある。

 だから、良いじゃないかと……僕こと早瀬光我(はやせ こうが)は思っていた。

 つい、この間まで――。

 

「三つ目の怪物、帝都に潜む……ねえ」

 

 中学卒業を控えたある日に惰性で流し見していたSNSにあったオカルトめいた書き込み。

 なんでも帝都のあちこちを三つの瞳を持った恐ろしい怪物が徘徊していて、人知れず人間を襲っているのだと言う。そして、その怪物は何十年も昔から日本の各地で目撃情報があるとか何とか。

 

「くっだらない」

 

 当時の僕は作り話にしてももう少しリアリティを考えて作ればいいのにと鼻で笑ったことを覚えている。自分の行動をほんの一週間後に後悔することになると知るはずもなく。

 

 ある薄ら寒い3月も終わりが近づく、とある夜のことだった。

 僕は不意に非日常・非常識を目撃したんだ。

 

 

 

 

『イ゛イイイィイイイイィィィッ!!』

 

 場所は真夜中の廃工場。

 切っ掛けは友人たちと行った中学卒業の打ち上げの帰りに地下鉄を寝落ちで乗り越したことで。

 少しでも近道をするために立ち入り禁止の廃工場を突っ切ろうとしたところ僕はソイツと出くわした。

 

『ギイイイィィィィッ!!』

 

 暗がりで全貌はしっかりと見えなかったが夜闇の中で爛々と輝く血のように赤い三つの瞳を持った未知の二足歩行生物。

 野犬の遠吠えとも鴉の鳴き声なんかとも違う気味の悪い雄叫びと生臭い吐息を自分の耳で、肌で感じたことで信じられないものがこの世界には存在している。あの書き込みは嘘じゃなかったと僕は細胞レベルで解らされた。

 

 ガラスが所どころ割れて、錆ついた倉庫の鉄扉を挟んで赤い三つの目玉がこちらをゆっくりと向いた瞬間に僕の身体は頭が真っ白になりながら、土地勘も何も無いながら走ると言う動作を行っていた。

 もしも恐怖で逃げ出せずにいたとしたら僕はいまもこうして生きていることはなかっただろう。

 真っ暗闇の中で体のあちこちを何度もぶつけて、鈍い痛みに苦しみながら積み上げられた木箱の死角に隠れた僕。

 怪物は地獄の底から響くような恐ろしい鳴き声を上げて、年季のあるコンクリート壁を何枚もぶち破って探し追っているのをけたたましい物音だけで感じ取っていた。

 

「……うそだ。こんなの、最悪だ」

 

 息を殺して、身を縮めて、どうか見つかりませんようにと祈っていた僕はその最中に自分を追いかけてきた物とはまた別の足音と気配を聞き取ってしまった。

 

「もう一匹いる……?」

 

 正確には怪物はもう二匹、その廃工場にはいた。

 遠くの物は何も見えない闇に包まれて。

 頼りのないボロい木箱の山を隠れ蓑にして、必死に隠れる僕を取り囲むようにあちこちから異形の息遣いと足音が鳴り続けた。

 気が狂いそうだった。

 よく漏らさなかったといまでも自分に驚いている。

 痛いほど高鳴る心臓に顔を歪めながら、僕はいつかは見つかって、食われて死んでしまうのだと指先まで真っ青にして絶望して膝から崩れ落ちようとしていた時だった。

 

『見つけたぞ。アウトエンド(・・・・・・)……お前らはここで終われ』

「あれは……人?」

 

 そう、僕がいまもこうして生きている最大の理由。

 そして、怪物とはまた別のこの世界の裏側に実在していた摩訶不思議。

 僕はその時確かに見たんだ。

 三つ目の怪物たちと戦う仮面で顔を隠した謎の戦士たちの姿を。

 

 

 

 

 彼が廃工場に駆けつけた時、ちょうど夜風が強く吹き荒び空を覆う雲を散らした。

 降り注ぐ月明かりが声の主の姿を照らす。

 

『トアッ! ハァッ!!』

 

 飛蝗(バッタ)あるいは(イナゴ)の意匠をした仮面と深藍色の武骨な装甲を全身に纏った戦士がそこにいた。少年が知る由もないがその戦士の名は無式(ムシキ)

 無式は軽快な身のこなしと徒手空拳で怪物たちとの戦いを繰り広げる。

 

『イ゛ィ゛イ゛イイイイーーッ!!』

『分かり易いんだよね……君たち!』

 

 怪物たちは恐ろしい見た目に違わぬ怪力と俊敏さを持ち合わせていた。

 爪は呆気なく金属を裂き、太い腕はコンクリートを粉々に砕く。

 だが無式は口笛を吹く余裕の態度でそれらの攻撃を紙一重で捌くか回避してはカウンターを繰り出す。

 

『イ゛ィ゛イ゛イイイイーーッ!!』

『ギギギィイイイイイイ!!』

『ウゥ……ギギギィ!!』

 

 しかし、どれだけ打撃を叩き込んでも怪物たちは怯みはしても倒れはしない。

 どうやら無式は技量こそ優れていても腕力そのものは低い個体なのかもしれない。

 敵対者の戦力を理解したアウトエンドと呼ばれた三つ目の怪物たちは三体が集まるとまるで息を合わせて連携を取るような動きで襲い掛かる。

 

『全く、なまじ賢いのが本当にイヤらしいなコイツらは……うん?』

 

 鬱陶しそうに短く溜息を吐いて間合いを取り直す無式。

 どうやってアウトエンドたちを始末しようか思案していると夜の静寂をぶち壊すような熱風が廃工場に吹き荒れた。

 

『ひゃっほぅ! ブエナスノーチェス(こんばんは)! なんてねー!!』

『ぅゎ……君かぁ』

『ウェーイ! JKに昼も夜も関係なーい! 常在戦場(オールウェイズ)よゆーっしょッ!!』

 

 真夜中の暗がりを照らし尽くして、それは熱く燃え盛る。

 真夜中の冷たさを消し飛ばして、それは激しく燃え滾る。

 新たに現れた仮面の戦士は四肢や肩に装甲を纏ってはいたもの、まるで燃え盛る炎が人の形を得たような姿をしているようだった。

 

 

『およ? ムシの人じゃーん! なぁに? ピンチってた? ウチってばナイスタイミングだったぁ!?』

『まあ、そうかな? そうかも』

『そっかー! まぁた徳積んじゃったなウチ! ノッてきたし、このままアウトエンドらも蹴散らしちゃうかー!!』

 

 真紅と橙色が混じったような炎色をしたその燃ゆる仮面の戦士は声色からして年若い女性のようだった。仮面の頭頂部から白銀のポニーテールのように伸びた灯芯のようなパーツをせわしなく揺らして戦いに加わる。

 達人めいた冴えた動きで戦っていた無式と比べると火焔の戦士の戦い方はまさに思うまま、感じるままといった天衣無縫の激しさを孕んでいた。

 ――この戦士の名を焔羅(ホムラ)と言う。

 

『とりまアウトエンドたちボコっちゃうね!』 

『あ、はい。……若い娘の扱いは苦手なんだよねえ。草呪とかなら良かったけど……聞く耳も持たない連中に割り込まれるよりはマシだし贅沢は言ってられないか』

『ヒョオオオオアアアアアアッハハハハハ――!!』

 

 無式が自身と焔羅とのノリの温度差にげんなりしているのを尻目に彼女は狂騒ともいえる勢いでアウトエンド三体を相手に飛び掛かる。

 格闘技を修めているようには見えないがしなやかな体の動かし方と威勢の良さから繰り出される打点の高いハイキックや掌打が次々にアウトエンドに炸裂する。

 

『イ゛イ――ッ!!』

『ハッ……ウチに気安く触んなし!』

 

 しかし数で勝るアウトエンドは二体が囮となって注意を引き付けて残る一体が背後に回るという連携で後ろから焔羅を羽交い絞めにする。

 

『ウチとハグするなら火傷上等ってことでヨロ♪』

 

 組みついたことで分かる見た目からは想像できないぐらい華奢で柔らかな焔羅の肢体をアウトエンドが力づくで蹂躙するよりも前に彼女の双肩から噴き出した激しい炎と高熱が容赦なく異形を焼いた。

 

『おーい確か焔羅だったね、名前? ボクが適当に奴らを一か所に引き付けるから一気に片付けてもらえるか?』

『かしこまー!』

 

 仲間があっという間に黒焦げにされたことで戦意喪失をした残りの怪物たちが逃げ腰になったのを見逃さなかった無式が焔羅と入れ替わるように躍り出る。

 

『フゥー……ハアッ!』

 

 無式の拳に妖しげな光が淡く灯る。

 右腕を振りかぶり矢継ぎ早に二体のアウトエンドに彼が拳を打ち込むとどういうカラクリか怪物たちは途端に電池が切れた玩具のように動きが鈍り出す。

 

『いまだよ!』

『任された!』

 

 瞬間、焔羅の額にある瞳のような結晶体が輝きを放ち、彼女の五体にエネルギーが満ち満ちていく。それに呼応するように焔羅の四肢と頭部から伸びる長い灯芯は激しい炎が燃え上がった。

 

『いきまぁーす♪』

 

 やがて四肢を纏う火焔は鎮まる。

 鎮火したのではない、激しいエネルギーが収束されているのだ。

 その証明に彼女の両脚は焼けた鋼のような赤熱の煌めきを放ち、怪物たちを竦ませる。

 

爆燃必焼(ばくもえひっしょう)ッ! ウリャアアアアアアッ!!』 

『ガァァァァァッ!?』

 

 裂帛の気合と共に駆け出した焔羅が夜闇を翔んで、渾身の飛び回し蹴りを繰り出すと彼女の右脚からは火柱のような猛火が噴き上がる。まるで大剣のような火焔を纏った鋭い蹴りの横一閃を浴びてアウトエンドは二体まとめて灰燼に帰したのだった。

 

 

 

 

 それから無式と焔羅の二人はしばらく互いを見合った後に何も言葉を交わさずにそれぞれその場を立ち去った。

 

「すごい……! すごいや! なんだったんだアレ」

 

 全てが終わって、夜の無音が戻った廃工場をおぼつかない足取りで後にした僕がそれからどうやって自宅に帰ったのかはよく覚えていない。

 僕の思考と胸中は今夜遭遇した非現実で昂り続けていたから。

 帝都の闇で蠢く怪物とそんな脅威から人々を守るために人知れず戦う仮面の戦士たち。

 子供だましなTV番組のような絵空事に聞こえるけど、それが本当に実在していると識ってしまった時の興奮は想像つかないぐらい高尚で素晴らしいものなんだとあの夜の僕は信じて疑わなかった。

 

 だけど、すぐに思い知らされることになる。

 この帝都東京に――。

 僕らが生きるこの街に――。

 正義と平和を守るヒーローなんて誰もいなかったことを……。

 

 

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