仮面ライダー焔羅   作:マフ30

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第2話 仮面ノ殺劇浪漫譚(マスカレイド・ウォーゲーム) 後編

 

 

「先輩。ミュータントの連中ってゲームに参加する前の記憶とかってちゃんとあるんですよね?」

「どうした急に」

「だって、いくら戦う手段があるとはいえ普通ないでしょ? いくら願いが叶うとか言われても九人で殺し合えとかあんな怪物と戦えだなんて」

「お前今更なに研修生みたいなこと言うんだよ。それよかさっさと飯行くぞ」

「ウッス。でも先輩は興味ないんですか? 俺があんなもんに参加するハメになったらソッコーで警察行きますよ。どうしてもダメならせめて家族や恋人に会いに行くとかするけどな」

 

「記憶改竄と認識阻害」

「はい?」

「連中に施されてるおまじないだよ。それがあるから奴らはバカ真面目にあんなイカれたイベントを本気でやってるんだ。例えるなら命がけの大河ドラマだな」

「なんすかそれ?」

「お前、映画やドラマは見るか?」

「そりゃあ人並みには」

「こういう逸話を知ってるか? 往年の名女優がある時に余命幾ばくもない病人の役を演じた。長い時間をかけた綿密な役作りと迫真の演技……すると驚くべきことに女優は本当に演じている登場人物と同じ病気に罹ってしまったって事件さ」

「なにそれコワ」

 

「話には続きがある。なんと女優は病床についたまま、まだ台本にも載っていない脚本家の頭の中にしかないはずの役の台詞と同じことを言い出したんだとよ。あまりにも心血を注いで役にのめり込んでいたら、ついにキャラクターになりきりすぎて女優が自分自身を忘れちまったんだと」

「つまり、ミュータントの九人も同じ状態にあると?」

「そんなところだ。記憶、思い出といったそれらは全てただの記録に置き換わっているんだ」

「正気の沙汰とは思えねえ……」

「同感だ。けどまあ、それも不安定なものらしくて我の強いやつはしっかり自分の在り方を見失ってないし、ふとした切っ掛けでかつてを鮮明に思い出して余計なことをやりだすってケースもあるみたいだけどな」

 

「へーなんかちょっと面白そうにも思えてきたな。卒アルとか探して持ってきてやったら案外みんな簡単にその認識阻害とかも解けちゃーー」

「踏み込みすぎだ。上のやることに軽々しく口を出さないように。好奇心は猫を殺す……だ」

「は、はい。ハイ!」

「俺たちは与えられた仕事を粛々とこなせば良い。疑問も意見も考えずにな。ミュータントの連中とどっちこっちさ」

 

 某月某日。

 パレス・フォレストストーンのホールスタッフA、Bの会話記録より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 冷たい夜風を熱く焦がして、二つの人あらざる者がぶつかり合う。手の甲からかぎ爪のように尖った三本の骨を突き出して襲い掛かるアウトエンド・タイプスカルの攻撃を焔羅は背中から引き抜いた先端に真紅のクリスタルがあしらわれた白亜の棒・フレイムロッドを駆使して迎え撃つ。

 

『イ゛イーー!』

『お初な相手だけど……その全身から浮き出てる骨、ただのアクセってわけじゃないんだね!』

 

 矛のように迫る骨をロッドで弾き懐に飛び込んだ焔羅。ガラ空きの胴体に打撃をたらふくお見舞いしようとするもそれより早くタイプスカルの肋骨が展開するとなんと彼女を串刺しにせんとばかりに伸びてきた。

 

『そんなんじゃ届かないって! たあああ!!』

 

 仮面ごと瞳を刺し抜かれる紙一重で焔羅は滑るように両足を180度開脚して屈むという体操選手顔負けな動きで回避する。そこから虚を突かれて動きが鈍ったタイプスカルに炎を灯らせたロッドでのめいっぱいのフルスイングをお見舞いした。

 

『ガアア……ッ!』

『まだまだいっくよ!』

 

 鳩尾に打撃を受けて怯むタイプスカルに軽快に跳び起きた焔羅がさらに畳みかける。

 しなやかな五体を活かして、側転からの浴びせ蹴りを何発も叩き込む。合間にロッドによる打撃も織り交ぜるという器用で美しい動きの連続攻撃でアウトエンドを消耗させていく。

 

『イイガアアアアアア――!』

『うわ!?』

 

 だがタイプスカルも死に物狂いで反撃を試みる。

 何度も降り注ぐ蹴りをどうにか両腕で受け止め弾き返すと焔羅の足を掴んで思い切り投げ飛ばす。彼女自身はロッドを手放し驚きながらも空中で姿勢と整えて着地を試みる。だがそれでもまだタイプスカルの思惑に支障はない。焔羅が空中で無防備でいてくれればいいのだから。

 

『イイ――ッ!』

 

 雄叫びと共にタイプスカルが胸を張ると胴体から剝きだしている遺物な肋骨が再び開いて切っ先を焔羅に定めるとミサイルのように飛び出していったのだ。

 

『うそぉ!? クッ……間に合うかぁあああ!?』

 

 焔羅もこれには面食らって情けない声が出てしまう。しかし、だからと言ってあきらめたわけではなく瞬時に意識を集中させると四肢と双肩から激しい火炎を噴き出して全身に纏う。ギリギリで間に合った灼熱の大楯が飛来した骨を一本残らず焼き尽くした。

 

『セーフ! 焦ったぁ~!』

『ギイイッ!』

『笑ってんじゃねーし! あーそー、つまりガチでボコられたいって嘆願(おねだり)リスエストってわけね……いいよー、かしこま』

 

 不気味な顔面を歪ませて明らかな挑発の笑みを見せたタイプスカルにヤケクソに突っかかったと思えば仮面の奥で不敵にほくそ笑む。そしてゆらりと開いた右手に力を集めるとあっという間に煌々と燃える炎が灯った。

 

『いますぐ骨だけの標本野郎にしてやるから覚悟しなよー!!』

『ゴッ、ギャ!?』

『ウリャリャリャリャアアアアアア!!』

 

 焔羅がギラついた戦意を秘めて突き出した右手から拳大の火の玉がマシンガンのように放たれる。倍返しどころか百倍返しな反撃をまともに浴びてタイプスカルは逃げるという思考も持てずに集中砲火を食らう。

 

『ゴリ押しいきまぁす! はあああぁぁっ!』

 

 ファイヤボールの格好の餌食になっているタイプスカルにチャンスを感じ取った焔羅は火の玉の連射を続けながら駆け出すと先ほど自分が落っことしたフレイムロッドを拾い上げて精神を研ぎ澄ます。すると先端のクリスタルが発光して焼けるような熱波を放ちながら真っ赤に燃える直剣型の炎の刀身を作り出した。

 

『おりゃああ! 切り込みだぞおおおお!!』

 

 まるで大きな柘榴石(ガーネット)を刀身として加工したかのような美しい火炎の刃を生じたフレイムロッドを両手で構えた焔羅は気合十分にタイプスカルへと肉薄する。

 

『もらったッ! せええええい!』

『イ――ッ!? ギャアアアアアアアアア!!』

 

 焔羅が繰り出した豪快な袈裟切りが真紅の太刀筋を走らせて見事にタイプスカルを肩から一刀両断に切り伏せた。怪物はその大柄な肉体を二分割にされられて炎に包まれながら崩れ落ちていく。やがて肉体の限界を迎えたアウトエンド・タイプスカルは断末魔を上げながら爆発して果てたのだった。

 

「倒した……すごい、あんなことまで出来るんだ」

 

 余裕綽々でロッドを背中に収める焔羅の姿を見守っていた光我もホッと胸をなでおろす。しかし、不意に背後の茂みが大きく揺れる音が鳴り、再びぶわっと冷汗が浮き出た。

 

「そうだ! あの夜も一匹じゃなかっ……た!?」

『イ……イイ…………ッ』

 

 闇の中からずいっと顔を出した全身漆黒の体色をした新たなアウトエンドの出現に青ざめる光我だったがすぐにその異変に気付いた。

 

『ラッキー探す手間がなくなった! って、ありゃ?』

『イ……ィッ』

 

 別個体のアウトエンドは何故か既に手負いの様子で息も絶え絶えであった。

 困惑する二人の目の前で胴体に大きな風穴が三カ所も空けられたアウトエンドはその場に倒れ込むとそのまま息絶えたようで次の瞬間には全身が塵となって霧散してしまった。

 

「いったい何が起きたんだ?」

「早瀬、光我君」

「え。コウマさん!」

 

 数秒前まで怪物だった塵の山に恐る恐る近づいて観察をしている光我。そんな彼の名前を呼ぶ声に視線を向けるとそこには日中に偶然出会い、知己を得たあの警察官の鋼屋が深刻そうな表情でこちらに近づいてきていた。

 

「ちょうど良かった! これ見てください! 昼に俺が話した怪物がさっきまでここにいて……死んだらなんか塵の塊みたくなっちゃったんですけど! これを調べてもらえれば何かが――」

「こんな時間に何故、君はここにいるんだい? 君は普通に戻ると約束をしてくれたはずだったろう」

「そ、それは……ごめんなさい。ただ今日は学校から帰る途中に本当に偶然襲われただけで!」

「言い訳か。悪い子だ。それに君は噓つきだ」

 

 昼間とは別人のように冷淡な態度の鋼屋に動揺する光我だったが彼ならばきっと信じてくれると縋るように今しがた起きた出来事を必死に説明する。けれど、そんな少年の信頼を裏切るように鋼屋から返ってきたのは吐き捨てるような糾弾だった。

 

「君は他にも見たモノがあるはずなのに本官に話していないものがあるだろう。残念だよ」

「は……あ!? う、嘘ですよね、あの……コウマさん?」

 

 心臓が早鐘を打ち慌ただしい胸中とは対照的にどんどん小さくなっていく光我の声を掻き消すようにガチャン――と冷たく硬質な音が鳴る。少年に失望しきった仄暗い眼差しの鋼屋は淡々と光我の両手に手錠をかけたのだ。

 

「ああ、だけど俺はまだ信じているぞ光我君。昼間の君こそが本当の君だと……いまの君は悪に魅入られかけてしまっているんだと」

「あぐ!? い、ご……やめ、んんん!?」

 

 警察官に手錠を掛けられてしまった事実に呆然自失となった光我だが放心して立ち尽くすことも許されず、鋼屋に乱暴に東屋の柱に押し付けられると追い打ちとばかりに大人の太い指を口の中に突っ込まれる。

 

「さて、悪に染まってしまった部位はどこなんだろうな。少なくとも平気で噓をつくこの口は悪だな。待っていろよ、本官が全力で君を守ってやる」

「んぷんんぐぁうう――!? お゛っご、やうぐううぅうぅ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げて抗う光我に対して鋼屋は嚙み合わない会話をますます情緒不安定にさせながら少年の口内に乱暴に指を這わす。恐らく舌を引き抜くつもりなのだろう。

 理解できない恐怖と大人の男の加減を知らない強い力の前に光我は顔から出せる体液を全て垂れ流して絶望のどん底に突き落とされた。

 

「大人しくしなさい。そうか、既にこの足も悪だな。恐らく腕も――」

『とっとと失せろこの変態ポリスーッ!!』

「ホム、ラ……さん……っ」

 

 一般人に姿を見られたくなくて咄嗟に身を隠していた焔羅だったが光我を放っておくことができずに飛び出すと死なない程度に強い蹴りで鋼屋を吹っ飛ばした。

 

「ごほ! ごふっ……はぁーふぅー……うぅ、し、死ぬ……ひい!?」

 

 解放され無我夢中で深呼吸して間一髪で命拾いした光我であったが目の前に広がる信じられない光景に愕然とした。なんと自分からは引き剝がされた鋼屋ではあったが怪物を屠れる力を持った変身したホムラの蹴りをこの男は鋼鉄のように変貌した素手で掴み止めていたのだから。

 

『アンタ……そっかー、エンカウントしちゃったわけかー』

「初めて見るライダーだな。それにその声、女性か……随分と年若いようだ」

『ハッ……JKですけど、なにか?』

 

 意味深な言葉を呟く焔羅と奇怪な格好をした彼女を見ても驚かず、それどころか腕が突然金属に変化した鋼屋。明らかに険悪な雰囲気が漂う両名の様子を何度も深呼吸を繰り返して見守っていた光我はいよいよわけが分からなくなり気を失いそうな心地だった。

 

「なぜこの少年を庇う?」

『気分ですけど、文句ある? それよかケーサツがいきなりただの男子高校生に乱暴するとか大問題でしょ? SNS燃えっぞ?』

「本官の活動の邪魔をするな。悪は懲らしめなければいけない。無論、彼に執行を済ませたら次は君だ」

『一応聞くけど、今夜はアウトエンド倒すの優先ってことでウチらが殺り合うのはまた今度にしない?』

「断る。悪を懲らしめる。それが俺の願いであり使命だ。光我少年も君も善良な一般市民の皆様の生活を脅かす悪だ」

 

 ギョロリと眼球が飛び出しそうな勢いで見開いた双眸で焔羅を睨み疑問をぶつける鋼屋に彼女は嫌悪を隠そうともせずに答えつつ、光我の盾になるように前に立ち構えた。

 

「私刑執行を始めよう」

 

 焔羅による休戦の交渉は論じるまでもなく決裂すると鋼屋はどこか熱のこもった声で宣告する。

男の額に縦一文字の傷が生じる。

それが彼の中に秘められたスイッチが押された合図。

 

「私は悪を赦さない」

『言ってなよ。そっちがその気なら、こっちもやるだけだし』

 

 傷はやがて瞼に。

 瞼は瞳に。

 異なる瞳は輝いて。

 第三の瞳、開眼。

 

「変身!」

 

 背筋を正し、厳格な面構えで機敏に敬礼をする鋼屋――いや、コウマの腰にアナザーハートが出現すると荘厳な銀の光が溢れ出す。光の中でコウマは姿を変えていく。

 光が収まるとそこには鋼の執行人の姿があった。

 さながら機動隊員のような防具の形をした鎧を纏う銀の人型。

 両肩には長方形の盾のような防御装甲をあしらい、両腕には分厚い手錠のような腕輪型の籠手を持つ。

 頭部は飾り気のないフルフェイスの銀仮面であるが前面を覆うのっぺりとした仮面に付いた横長の両目に額にはランプのような三つ目の眼、半月状の赤い口部は無機質な印象があるはずなのに怒っているようにも悲しんでいるようにも見える不思議な貌だった。

 

『折角だ、名乗っておこう。鋼魔だ』

 

 鋼屋舞太郎。そんな青年は最早どこにもいなかった。

 ここにいるのは狂気を宿して、自らの職務(生き甲斐)に邁進する私刑人。

 九人の戦鬼の一人――鋼魔。

 ミュータントライダー鋼魔だ。

 

 

「コウマさんも……そんな偶然って、けどそれなら!」

『いくぞ焔羅。不良少女を懇々と補導するのも本官の大切な職務だ』

「ま、待ってコウマさん!」

『やれるもんなら! 生徒指導室は憩いのマイルームかよ?ってぐらい入り浸ったけど、補導だけはされなかったのが自慢なんだから!』

 

 コウマまでもが変身する能力を持っていたことにも驚きを隠せないがそれでも光我の心はギリギリの状態の中でかつての夜に焔羅と共闘していたもう一人の仮面の戦士のことがフラッシュバックして慌てて声を上げた。二人が争う必要はないと。

 しかし、鋼魔はそんな声など聞こえてもいないといった無関心な様子で焔羅に襲い掛かった。

 

『おおお!!』

『このぉ……そりゃ!』

 

 肩の盾を前方に突き出してのタックルの勢いに気圧されながら焔羅は軽やかにきりもみ回転を加えたジャンプで回避するとカウンターのパンチを斜め上から繰り出す。

 

『痛~~~ったあ!?』

 

 よく響く金属音が鳴る中に焔羅の悶絶する声が混じる。

 後頭部に直撃したはずの彼女の拳だったが全身これ全て堅牢な鋼のようなボディをした鋼魔には大したダメージは通らない。

 

『愚かだな。本当の戦闘行為というものを見せてやろう』

 

 いまだに痛みが治まらない右手をさすりながら距離を取ろうとした焔羅に鋼魔が更なる猛攻を仕掛けていく。

 

『フン! 無駄な抵抗はやめるんだな!!』

 

 腰に装備していた飾り気のない鋼鉄のトンファーを握ると慣れた手つきで回転させる。唸るような風切り音を出しながら鋼魔は容赦のない打撃を次々に焔羅に打ち込んでいく。

 警察官として厳しい訓練とちゃんとした武道を修めているであろう鋼魔の動きは洗礼されていてアウトエンドとは比べ物にならない。

 的確な部位に目掛けて放たれる攻撃が身軽さを活かして回避していた焔羅に当たるようになっていく。

 

『この! 調子のんな!』

『純然たる実力さだ。そうやって貴様たち悪は自らの不出来さを棚に上げてすぐに相手を貶めようとする』

『別にいい子だとは思っちゃいないけど、アンタえらそーなこと言えるわけ? このルール違反野郎』

『ほう?』

『知ってんの? あんたサニさんからペナルティもらいまくって討伐対象になってんだよ。そんなやつに好き勝手に悪口言われる筋合いはないっての!』

 

 両手から放つ火炎でかく乱しながらも防戦一方を強いられる焔羅だったが負けん気を漲らせて背中から今度はロッドを二本揃って引き抜く。

 

『生憎だが俺は俺の宿願を実行しているだけに過ぎない。サニーデイズも理解を示すだろう』

『あーそう、好き勝手言ってなよ。ふー……ハアァイ!』

 

 焔羅から噴き上がる紅蓮の炎が二本のロッドの先端に集まると再び形を得る。

 先ほどの直剣とは異なるそれは槍の矛。

 

『それは剣……いや、槍か!』

『そりゃああああ!!』

 

 短槍の二刀流という珍しい装備を構えた焔羅は勇ましく鋼魔に立ち向かう。

 リーチが短いという本来であれば槍の弱点を小回りが利き、軽量で扱いやすいという長所に置き換えて振るわれる焔羅の二槍は炎を走らせながら一方的だったトンファーを弾き、鋼魔本体にも切っ先が当たるようになっていく。

 

『少しはやるようだ』

『まだまだこれからなんですけどぉ?』

『ところで納得のいく質問の答えを聞いていなかったな。どうして早瀬光我を守ろうとする』

 

 質実剛健な格闘術で戦いを有利に進める鋼魔は決死になって自分に食らいついていく焔羅と得物と得物の鍔迫り合いを演じながらそんなことを尋ねだした。

 

 

『気分だと? ふざけているのか。悪に侵されたお前たちがそんな理由で道徳的な行動を行えるだなんて考えられない!』

『さっきから聞いてれば自分の世界だけで語ってんじゃねーっての!』

 

 短く持った左の短槍で盾の如く防御を固めて、右で持つ長めに握ったもう一振りの短槍にて鋭い刺突を繰り出していく焔羅は癇に障ることばかり言ってくる鋼魔に怒りに任せた蹴りもオマケにぶちかます。

 

『早瀬助けた理由ぅ? そんなんアンタのやってる弱い者イジメがムカつくからだよ! 分かったかバーカ!』

「ホムラさん……!」

『ま、それにウチのパンツ見た仲の早瀬がくだらない理由で死んじゃってもいい気分じゃないしね』

「ホムラさぁん!?」

 

 歪な正義感と使命を押し付ける鋼魔に堂々と啖呵を切った焔羅。

 ぶつかり合う二人のミュータントライダー。

 だが、どういう巡り合わせか今宵この帝都で死闘を演じる戦鬼は彼女たちだけではなかった。

 

 

 

 

 帝都・某港湾にて――。

 

『良い夜だ。月が綺麗ですね(・・・・・・・)……お嬢さん』

 

 湧いて出た数体のアウトエンドたちを迸る電撃を操って蹴散らす黄色く細身なシルエットの戦士が小洒落た口調でこの場に居合わせたもう一人に声をかける。

 

『あら、もしかして口説いているつもり?』

 

 蒼く荘厳な鎧を纏う女人が変身したライダーはそんな言葉は聞き飽きたという素振りでコンテナの上で怪物たちと戦う片手間に聞き流す。

 

『俺はご覧のように戦い方が乱暴(ラフ)なもんだからよ、ちゃんと教養もあるってところを知ってもらいたくてねえ』

 

 鮮やかなイエローをメインに青い刺し色の紋様が施されたスマートで鋭利な生体装甲を纏う男は眩く激しい雷電を纏い荒々しい拳闘と両肩の輪型のアーマーに何本も刺さった長く鋭いスパイクを駆使して戦っていた。

 猛禽類を思わせるフルフェイスの仮面と背中の肩甲骨の辺りから伸びた二本の乾電池を思わせる発電器官を有した戦士の名は雷狂(ライキョウ)

 ミュータントライダー雷狂だ。

 

『意図は認めますけど遠慮しておきますわ。だって、自分の言葉で愛も囁けない男なんて退屈なだけでしょう』

『こいつは手厳しい』

 

 そして水で作り出したハルバードを持ち、優雅かつ豪胆な動きで敵を次から次に切り伏せていく女戦士はたおやかな声色で雷狂の口説きも容易くあしらってみせる。

 流線型の気品のある紺碧の生体装甲は前腕の籠手から伸びたヒレのような突起などからも水龍や海洋生物のそれを想起させる。

 女傑の如き勇ましさと貴婦人のような優雅さを併せ持つ蒼き戦士の名は流狩(ルガル)

 ミュータントライダー流狩。

 

 

 

 

 帝都・某陸橋上にて――。

 

『イ……ギィ』

『だらしないわねえ。もっと怪物らしく襲ってきてもいいのよ?』

 

 陸に打ち上げられた魚のように弱々しく地面に倒れ伏すアウトエンド。

 その体には一輪の妖しげな花が突き刺さっている。恐るべきことにその妖花は異形の全身に根を張り養分を根こそぎ吸い尽くして美しく咲き誇っているのだ。

 

『まるで歯応えがないわね。貴方もそう思わない』

 

 他愛ないといった様子で妖花の主が呟く。

 鮮やかな緑の五体、左半身を白百合の花弁のようなマントで包み、右肩には向日葵の盾鎧を纏ったいで立ちはまるで騎士のよう。

 マスケットハットのような仮面から鋭い三つ目を輝かせて、右手に握る薔薇のサーベルの切っ先を向けてそのミュータントライダーは居合わせたもう一人に尋ねる。

 百華の騎士、その名は草呪(ソウジュ)

 

『べつに。こんなおばけたちはいらないだけ』

 

 草呪の視線の先にいる人影は舞いながら綺麗な声で答えた。

 それは恐ろしいほど美しい人型。

 この世の一切の不浄を忘れさせるような白で全身を染めて、刃を振るう御子。

 否――振るうのではない刃として振舞うのだ。

 やんごとなき紋様が彫り巡らされた薄い白亜の装甲に包まれた肢体は変身者の本来あるべき華奢だが艶のあるボディラインを露わにしている。

 

『ぼくがほしいものじゃないならきるだけだよ』

『ワガママな子ね。ならアタシは如何かしら?』

 

 無垢で可憐な声で嘯き、御子は両腕を振るう。

 その美しき双腕に五指はなく、前腕より先は鋭利に煌めく刃となっていた。飾り気のない鉄仮面が当然のように素顔を隠しているが唯一、うなじからは腰まで伸びた白銀の御髪が溢れており、御子が剣舞を踏むごとに月光を浴びてキラキラと輝いた。

 

『うーん……なぜだかすぐにわからないからためしてあげるね』

『そうこなくちゃ。言っておくけどアタシ、こう見えてかわいい子には厳しいわよ』

 

 美しいだけではない。御子の白髪もまた変身していることで鋼の強さを帯び不届きにもその玉体に触れようとする輩を切り刻むのだ。

 神剣の如きミュータントライダー、現世にて刻まれし名は切戈(キリカ)

 

 

 

 

 帝都・郊外森林エリアにて――

 

『僕としては今夜はアウトエンド狩りに専念して君たちとは争いたくないんだけどダメかなぁ?』

 

 既にそこに出現していた怪物を倒し、いまはこの場に揃ってしまった別の競争相手からの攻撃を無手で捌くのはあの夜、初めて早瀬光我が目撃した深藍色の装甲を纏う戦士。ミュータントライダー無式。

 

『バッカじゃないの? メインクエストに本気出さないとかありえないから! やる気ないなら死ねば(リタイア)すればいいじゃん』

 

 攻撃的な口調で銃撃らしきものを無式に浴びせるのは濃い紫のカラーリングをした重厚なシルエットを持つミュータントライダー。ゴツい見た目とは裏腹にその声色は幼さが残り生意気と感じるほどに生命力に満ちている。

 難攻不落の重装歩兵めいた巨体の戦士は乱土(ランド)

 

『そっちのでけーおねえちゃんはどうなの? 見た目だけのクソ雑魚かオレに教えてよ!』

『あうぅ……そんなヒドイこと言わないでください』

 

 乱土は無式に続けている攻撃とは別に空いた片手で投擲武器を投げつけてもう一人にも挑発を行った。

 

『それにお願いだから、私と戦わないで……うぅ』

 

 三人目。女性と思わしき九人目のミュータントライダーはおどおどした物腰でどうにか投擲された乱土の武器を避けると大柄な体を縮こまらせて非戦を乞う。けれども、少し様子がおかしい。ただの臆病者ならば敵に背中を向けて逃げているだろう。だが彼女はそれをしない。

 

『だって、だって、だって……私と戦ったら――』

 

 自らを搔き抱くように震えていた女戦士が突如として両腕を大きく開き背筋を伸ばす。それにより彼女本来の体躯が曝け出される。

 漆黒に分厚く強靭な四肢に迸る真紅の紋様はまるで古の大英雄の戦化粧を思わせる。他のライダーの生体装甲とは異なり彼女の有する異形は鎧ではなく極限まで錬磨された強化筋肉という形で現れ彼女を守り、願いを果たそうと唸るようだ。

 

『私と戦えば……みんな壊れてしまうから』

 

 3メートルはあろうド迫力ボディの上に乗った頭部で三つ目がギラギラと輝く。

 鶏冠のような飾りをあしらった剣闘士の兜のような仮面の凄戦士。

 そのミュータントライダーの名前は破王(ハオ)

 

『今夜は疲れそうだ』

『どいつもこいつもフルボッコにしてオレの足でも舐めさせてあげるよ。クソ大人どもがよ!』

『ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

 眠る木々を揺り起こして、三つ巴の戦いは加速する。

 かくして今宵、九人の戦鬼たちは皆がこの帝都のどこかで鎬を削り合っていた。

 願いのために争うあう九人のミュータント。

 能力も姿かたちもバラバラだが一点だけ共通するものがあった。

 それが三つの瞳と仮面のような頭部を持つこと、そんな九人が各々の死力を尽くして殺し合うのだ。それはまるで兄弟殺しにも、同族殺しにも見えて、どこか空しさを漂わせていた。

 

 

 

 

 ある警察官の話をしよう。

 その職務に誇りを持っていた男だった。

 正義と理想に燃えていた男だった。

 

 だからこそ、現実は彼にとって残酷だった。

 汚職。横暴。不正。差別。欺瞞。

 犯罪を公正に裁くことは数えるほどしかできなくて。

 悪を正すことなんてこれっぽっちもできなくて。

 それどころか、彼の周りですら正義は惨めに汚れていた。

 

 歯を食いしばり、踏み止まろうとする彼の目の前で。

 面倒を見てくれた良き先輩は心身を壊して退職していった。

 競い合おうと誓った同僚は虐めを受けて自殺していった。

 自分を慕っていた後輩は正しく生きるのに馬鹿らしくなって犯罪に手を染めた。

 

 それでも男は警察官を続けていた。

 転機を迎えたのは一人の酔っぱらいを逮捕した時だった。

 ひどく酩酊していた中年男性は男が警官だと知っても暴れて危害を与えようとしてきた。

 男は酔っ払いを叩き伏せた。

 公務執行妨害。正当防衛。

なによりも――命の危機を感じて酔っ払いを手酷く叩きのめした。

 酔っ払いは重体。上司からはこっ酷く叱責されて、免職とは言わなくとも処分を受けた。

 けれど、数日たって男にお礼を言いに訪ねてきた者たちが現れた。

 酔っ払いは前科者だった。

 酒に酔い。罪もない女子学生を乱暴し、心と体に一生残る傷を与えた。

 だのに、酔っ払いはあらゆる言い訳と権利を主張して罪に対して遥かに軽い刑を受けるだけで赦されたという。

 

 被害者の両親は泣いて男に感謝した。

 娘の無念を晴らしてくれたと。

 老いた祖母は男に手を合わせて頭を垂れた。

 少女の友人たちも口伝に男のことを知り、お礼を言いに来た。

 友人をひどい目に遭わせたやつを懲らしめてくれてありがとう、と。

 警官()の中で何かが弾けた。何かが産声を上げた。

 悪を懲らしめなくてはならない。

男は私刑執行人となった。

 

 そして、数年後のある日。

 男は通勤中の自動車事故に巻き込まれて呆気なく死んだ。

 犯した暴挙は明るみになることなく、最後まで頼りになる町のお巡りさんのまま男は死んだ。

 

 

 

 

 帝都・公園にて――。

 

 焔羅と鋼魔の戦いは鋼魔のやや優勢のまま続いていた。

 激しい舞踏めいた動きから繰り出される天衣無縫な二槍捌きは見事だがそんな焔羅の攻撃を鋼魔は質実剛健の動きで防いでいく。

 

『下着を見せた? 素行不良に加えて淫行の常習犯とは救いようがないな』

『言い方! ウチのことなに勝手にド変態みたいに言うなし!!』

 

 徹底して自分を侮蔑と軽蔑の目で見て物を言う鋼魔に焔羅は口調こそ明朗だが怒りを滲ませて槍を振り回す。

 

『これならどうだ!』

 

炎を散らせて、強引に付け入る隙を自分で作り出すと目にも止まらぬ乱れ突きを仕掛ける。

 

『子供騙しだな。悪である以前に愚かだ』

 

 しかし、一枚上手だったのは鋼魔の方だった。

 

『ファッ!?』

 

 会心の一撃と思った突きを鋼魔の左籠手からいきなり延伸した不揃いの長さの棒状の突起物に阻まれて焔羅はつい間の抜けた声が漏れた。

 

『俺の戦力にまだ余裕と種類があると考えられなかったのか?』

『がっ!?』

 

 鋼魔の籠手から伸びた三連ロッドは十手のように短槍を絡めとると彼女の手から奪い取る。間髪置かずに打ち込まれたトンファーが鈍い音を上げて焔羅の腹部にめり込んだ。

 

『さあ、とことん懲らしめてやろう! お前という悪を!!』

 

 体内の酸素を無理やり吐き出されるような圧痛に意識が遠のきかける焔羅を鋼魔は力任せに蹴り上げる。さらに今度は宙高く浮かんだ焔羅を鋼魔の両肩から射出された無数の鎖が拘束する。

 

『う……あっ』

 

 首や腹に絡みついた鎖が締まり、無遠慮に焔羅の肢体に食い込むと不快な痛みが彼女の意識を無理やりに現実に引き戻す。まるでこれから始まる責め苦をしっかりと味わわせるように。

 

「ホムラさん!?」

 

 高所に放られたと思った焔羅は意識が定まらぬ前に四肢に巻き付いた鎖によって強引に鋼魔の許へと手繰り寄せられて重たいロッドでの殴打を浴びる。

 何度も何度も、何度も鋼魔が振り下ろす硬く冷たいロッドが焔羅の体に叩きつけられる。腹を、背中を、手足を、頭部を――夜の公園には少女の苦悶と重苦しい打撃音が肝を冷やすような二重奏を奏でる。

 

『まだ生きているか、しぶといな。まるでゴキブリだ。やはり世界から嫌悪される物というのは腹立たしいぐらいに生き汚いのが常だな』

『フー……フー……日本のJKを甘く見ちゃいけないぜってね?』

「もうやめてコウマさん! なんであなたたち同士で争うんですか!? 倒さなきゃいけないのはあの黒い怪物だけでしょ!!」

 

 鋼の鎖で鞭打ち、鉄の棍棒で打ち据え、容赦なく攻め立てる鋼魔に焔羅は全身のあちこちを傷つき歪ませながらも意地を張って虚勢を飛ばす。

 そんな凄惨な戦いの光景を見せられるのに耐えきれなくなった光我が声を張り上げた。

 

「ホムラさんは今日もあの夜の日も怪物を倒して帝都の平和を守ってくれた! あのバッタみたいな仮面の仲間の人と協力して! あなたたちはアイツらから平和を守ってくれる正義の味方なんでしょう!? だったら仲間同士の戦いなんてやっちゃだめでしょう!」

 

 光我の悲痛な叫びを耳にしてか鋼魔の手が止まった。

 

「目を覚ましてくださいコウマさん! 昼間に俺の話を聞いてくれた優しいお巡りさんに戻ってください!」

『約束も守れない悪に魅入られた子供が何を馬鹿なことを言っているんだ? 本官は正義の味方だなんて陳腐なものになった覚えはない』

「は………?」

 

 自分のことを様子がおかしい人を見るような態度で接する鋼魔の言葉に光我は絶句した。

 

『正義……正義だと? くだらない、そんなものがあるのなら! そんな都合のいいものを司る神のような存在がいるのならこの世界はもっと正しく悪が裁かれているはずだ!!』

 

 乱暴に焔羅を地面に叩きつけ、力任せに踏みつけることで動きを封じた鋼魔はその場で光我のことを食い殺すような剣幕で睨み叫ぶ。

 

『現実を見ろ。見て触れられる世界に耳を澄ませ……そこには善良な市民の皆さまの苦しむ声と姿しかない。生ぬるい法律とふてぶてしい一部の権力で手厚く守られた悪が我が物顔で私欲を満たしている』

 

 決して妄言なのではない。

 それは確かに鋼屋舞太郎として挑むも屈服せざるを得なかった理不尽という社会の悪だ。

 

『正義の味方などクソ食らえだ! 俺は……俺の願いは一人でも多くの悪を絶望に陥れることだ! 俺が裁いてやる! 俺が懲らしめてやる! そのために俺はマスカレイド・ウォーゲームを勝ち抜いて願いを叶える!』

「なんですか、それ……」

『喜べ不埒者の女。お前が最初の一人だ。残りの八人も必ず、俺が殺してやる』

 

 少年の信頼は悉く裏切られていく。

 歪んでいるが恐ろしいほど熱意が宿る叫びを聞かされて光我は生気が褪せた顔で何度もこんなのは悪い夢だと首を振り、間違いであってくれと見たこともない神様に願った。

 

「うそだ。そんな……ひどい嘘、あってたまるもんか」

『ごめん、早瀬。悪いけど、いまの全部ホント』

 

 光我の脳裏に再生されるあの夜の焔羅ともう一人の戦士の勇姿。

 カッコ良くて憧れを感じるほどに頼もしかったあの光景が全部偽りだったということを受け入れられなくて静かに涙する少年に残酷な言葉が贈られる。

 

『ウチらはヒーローでもなんでもない。ただ自分たちの叶えたい大事な願いのために残りの面子を殺せる覚悟を決めちゃえれたどうしようもない九人だよ』

 

 背中から強い力で踏みつけられながらも焔羅はボロボロの体に気合を入れてゆっくりと立ち上がろうと抗っていた。

 その言葉もまた光我が抱いていた幻想を容赦なく踏みにじる無情なもので、どうしようもなく彼の心を締め付ける。

 だけど――。

 

『けど、まあ……ウチとしては早瀬みたいな気に入ったやつは死んでほしくないし、関係ない人が巻き込まれてひどい目に遭うのはなんか違うなーって感じだけどね』

「もう意味わかんないですよ、ホムラさん」

『驚け、正直ウチもあんまり意味わからん。ただ今夜早瀬が死んだり、大怪我するとかはないから安心しなよ』

「……っ」

『とりま、コイツからは守ってやんよ』

 

 彼女の言葉と姿から光我の心に伝わってくるものは辛いことだけじゃなくて。

 苦しいものだけじゃなくて。

 あからさまに空元気な、それでも凛々しい仕草の焔羅。そんな彼女の蒼い三つ目が真っすぐに自分を見つめてきたことに光我は無意識に息を吞んだ。

 

『うおあああああああ――――!!』

『むぅ! なに!?』

 

 叫びと共に焔羅の全身から猛々しい火炎が噴き上がり、ついに彼女は鋼魔の拘束から脱出する。

 

『たっぷりサービスしてやるから泣いて喜べ!』

 

 灼熱の炎を纏った焔羅は決死の勢いで背後を取るとそのまま鋼魔にしがみつき、彼を諸共に劫火で包む。

 

『うっ……ぐお、お!? これしきの炎がなんだ!』

『もっと、もっとおおおおお!!』

 

 強制的に火だるまにされている鋼魔も流石に全身を蝕む高温に怯むがそれでもその鋼鉄の肉体はまだ融解するほど軟ではなく、どうにか焔羅を引き剥がそうと彼女を殴りつける。

 

『意地の張り合いでJKに勝てると思うなあああああ!!』

『ぬおおおっ!?』

 

 だがどんなに硬いロッドで殴られようとも焔羅は鋼魔を逃がさない。

 獣のような荒々しい息遣いで炎の火力を上げながら、逆転の策を思いつき鋼魔を巻き込んで公園の水飲み場に突っ込んだ。

 

「うわあっ!?」

 

 水栓柱が破壊されて噴き出した冷水が焔羅たちに当たり公園内を夥しい勢いの水蒸気が包み込んだ。

 

『ぐぁあああああああ――――!!??』

 

 水蒸気の靄のかかった夜闇の中で絶叫を上げたのは鋼魔だ。

 光我が目を凝らして蒸気の先を見るとそこには堅牢だった鋼鉄のボディにあちこち亀裂が入って消耗している鋼魔の変わり果てた姿があった。

 

「そうか! 金属疲労!」

 

 何が起きたのか困惑する光我だったがいまも噴水のように瓦礫の隙間から溢れる水道水を見て気付いた。焔羅の炎で高熱に熱せられた鋼魔の体にいきなり大量の冷水がかかったことで急激な負荷が掛かり想定外のダメージが入ったのだ。

 

『これはいかん……! 早急にこの女を仕留めなければ』

 

 気を抜けば体が崩れ落ちてしまうような激痛に苛まれ、焦る鋼魔は縺れるような姿勢で何とか立ち上がる。焔羅を一瞥すれば彼女とてギリギリの苦境にあるのは変わらず、いまだにぐったりとだらしのない恰好で倒れ込み、大きく肩で息をしていた。

 立て直される前に焔羅を殺さなければ立場を覆されると鋼魔は勝負に打って出た。

 

『フェイバリット・ナウ――!!』

 

 鋼魔がそう唱えると額の超瞳が輝き、全身にエネルギーは巡り回る。

 彼らミュータントライダーには内包した強大な力を一気に解放するためのキーワードが仕込まれてある。いま彼が口にした言葉がそれだ。

 

『焔羅だったな……裁きの時だ』

 

 鋼魔が弓を引くように左拳を振りかぶると籠手の三連ロッドが一度引き戻される。

 静かに一撃必殺の拳を叩き込むべき相手を視界に捉えると焔羅は立ち上がっていたものの、あの激しい炎は鎮火したと見えてボロボロの手足から煙が弱々しく上がっている有り様だ。

 勝てる。

 

『地獄で悔い改め続けていろ!! ヌオオオ――!!』

 

 目にも止まらぬ速さで焔羅の懐に潜り込んだ鋼魔は全身全霊の正拳突きを彼女の腹へと叩き込んだ。拳の直撃と同時にパイルバンカーのように一斉に突出される三連ロッド。先に屠ったアウトエンドのように焔羅の胴体に三つの風穴を穿ち息の根を止めたと彼は確信した。けれど――。

 

『もしかして、いまのが必殺技だった? ふふっ、ショボくない?』

『――馬鹿な!?』

 

 死ぬどころか軽口を叩いて自分を煽ってくるピンピンした様子の焔羅に鋼魔は自分の目を疑った。よほどのショックでしばし呆然としていた彼をお返しとばかりに焔羅が強烈なキックで追い払う。

 

『やーい! このふにゃチン! ただボーボーと火ぃ出せるだけが取り柄じゃないんだよね!』

 

 全身を焼けた鉄のように輝かせて不敵に立つ焔羅。

 その姿と飴のようにドロドロに溶けて変形していた左腕のロッドを見て鋼魔はそのカラクリを理解した。

 

『クッ……熱か!』

 

 彼らミュータントはそれぞれに固有の能力がある。

 鋼魔ならば肉体の鋼鉄化による防御力と攻撃力の大幅な上昇。彼は焔羅が炎を自由自裁に操れるだけが能力だと見誤っていた。

 そう彼女は炎と熱を自在に操れるミュータントなのだ。

 故に焔羅は自身の肉体に単純に炎を纏う時以上の超高熱を巡らせることで人間マグマのような状態になり鋼魔の必殺の一撃をほぼ無力化していたのだ。

 

『――フェイバリット・ナウ』

 

 その言葉が今度は焔羅の口から唱えられる。

 額で輝く蒼き超瞳が更に激しく光を強めていく。

 

『別にあんたが何を願ってどんなことやろうとウチには関係ないんだけどさー……一つだけ言わせてくれない?』

 

 けだるそうな口調で焔羅は一足飛びで鋼魔に肉薄すると一切躊躇いなくその腹部に赤く熱く煌めく右手を貫き手で突き刺した。

 

『――――っおお!?』

『ウチらのこの力を使ってフツーの人間をボコるのってただの弱い者イジメだよね?』

『がっは!? ふざける、な! 俺の願いが……悪を懲らしめるというこの世界に必要な正しき行動を……そんなくだらないものと一緒にするなああ!!』

 

 灼熱の掌が鋼魔を内部から焼き尽くす。

 吐き出す血も煮え立つような筆舌に尽くしがたい苦悶の中で焔羅に自らの行いを指摘されたことに彼は狂ったように反論する。

 

『さっきは早瀬に正義なんてクソとか言ってたくせに、調子の良い甘えたことばっか言ってじゃねえし!』

 

 鋼魔の身勝手極まる屁理屈を跡形もなく焼き払うような激情を込めて焔羅は続けて右手に重ねるように左の掌も相手の腹に突っ込んだ。

 

『おおおおおおおおおおおお!?!?』

『そんなに悪い奴を懲らしめたいんなら地獄で一生やってなよ。閻魔さまの代わりにいまはウチが裁いて送ってあげるからさぁ!!』

 

 裂帛の気合を込めて焔羅は強く一歩踏み込み、両腕にいま一度力を漲らせる。

 

『爆燃必焼! ヒーートォスラッシャアアアァァァーーーッ!!』

 

 劫火の刃と化した双腕を振り抜いて、焔羅は鋼魔を文字通りに一刀両断して見せた。

 下半身から切り離された上半身は切り口から灼け解けながらくるくると空中を回って、やがて光我の足もと近くにボトリと落ちた。

 

「ひぃ!?」

『あ、ああ……』

「コウ……マさん」

『悪め……懲らしめ、ねば! 俺に……懲ら、しめ、させ……ろ』

 

 ぶるぶると痙攣する右手で光我のことを指さしながら、眼球が飛び出してしまいそうな鬼気迫る眼力で焔羅のことを睨みながら、鋼魔はそう断末魔を呟くとアウトエンドと同じように大量の塵の塊となって死亡した。

 今回のマスカレイド・ウォーゲームが開始されて四カ月。

 ミュータントライダー鋼魔。

 彼はこうして最初の死亡者として禁じられた遊戯の舞台から退場した。

 

 

 

 

「はー、はー……ふぅー、きっつ」

 

 死闘を制したホムラが変身を解いて地べたに座り込む。

 まるで服を着たまま長時間サウナに閉じ込められていたように全身汗だくであちこちが痣だらけ、傷だらけの彼女はとても勝者とは思えない見てくれをしていた。

 

「人殺し」

「うん?」

「なんでコウマさんを殺したんですか!? あそこまでやらなくたって良かったのに!」

 

 汗で髪や衣服が貼りつく不快感にげんなりしながらホムラが体を休めているとふらふらとした足取りで彼女の許へとやってきた光我がもっともな言葉で糾弾した。

 

「殺らなきゃこっちが殺られてた。それにウチが勝たなきゃ早瀬も酷い目確定だったんだよ?」

「だとしても……こんなの酷すぎるよ! 滅茶苦茶だ! ホムラさんたちは一体何なんですか!?

「そりゃ同感だよね。だいじょーぶ、ウチらも自分たちがどうかしてる自覚はあるからさ」

「それなら! それなら話し合えば良かったじゃないですか! 本当に最後の一人だけが願いを叶えられるだなんて胡散臭い理由でこんな殺し合いをしてるんですか! ホムラさんたちは!?」

「そうだよ」

 

 あまりにも当然のように答えられた彼女の言葉に光我の涙声は一時停止ボタンを押したようにピタリと止んだ。

 

「叶えたい願いがあるんだよ、ウチにも」

「いったいどんな願い事なんですか? 人を殺してでも叶えたい重大なことなんですか!?」

「……胸を張って言えるような願い事じゃないけど、ウチにとってはそうだね」

 

 しばしの思案の後にホムラはいつもの賑やかな佇まいを一変させて真剣な眼差しで答えた。その神妙な剣幕に興奮しきって語気が強くなりがちな光我はあっという間に気圧されてしまう。

 

「それから一つだけ訂正。ウチは人殺しはしていないよ」

「なにを……?」

「ウチもコウマ(そいつ)も、もう人間じゃないんだってさ。いっぺん死んで黄泉がえらされたミュータントってやつなんだって」

 

 あっけらかんとしたホムラの言葉をしっかり聞き取れているはずなのに光我の理性がそれらを理解するのに拒んだ。どんな言葉を口から出せばいいのか分からずに、ただふるふると首を弱々しく横に振るので精いっぱいだ。

 

「とにかくさぁ……早瀬はもうウチのことも忘れてフツーの高校生に戻りな。これ、親切じゃなくて忠告ね」

「ヒゥッ!?」

 

 ゆらりと立ち上がった少女が自分をニィっと見つめてくる。

 ただの人間にはありえない三つの瞳を見開いて。

 ちろちろと舌なめずりをしてみせた口から火の吐息を吐きながら。

 

「あんまり鬱陶しいと今度は食べちゃうぞ♪」

 

 早瀬光我は泣き叫びながら逃げ出していた。

 本人の意思がちゃんとあったのかは定かではないが死を恐れる人間らしい本能のままに逃げ出した彼はあっという間にホムラの視界から遠くなっていき暗闇の奥へと消えていった。

 

「ふー! マジしんどい。ホント大変な目に遭ったよー」

 

 独りになったホムラはやれやれとその場に寝っ転がり大きめの声の独り言をぽつりぽつりと零していく。自分の中にある人間らしさを繋ぎ止めるように。

 

「早瀬ちゃんと帰れるよねー? にしてもちょっと脅かしすぎちゃったかなー……仮にあいつがおしっこ漏らしちゃったら超気まずかったから次からは気を付けよう」

 

 ひとしきり独り言を言い終えると彼女はむくりと起き上がり、ふと夜空を見上げた。

 

「殺しちゃったんだよね、私。もう後戻りはできない……絶対に、願いを叶えてやるんだ」

 

 悲痛な決意を自分に課して、ホムラは傷ついた体で立ち上がると歩き出す。

 他者の命を奪って平気なわけではない。

 けれど、後悔も懺悔もいまは抱かない。

 鋼魔/鋼屋舞太郎がそうだったように、

 彼女もまたかつての自分にまつわる出会いを経験してしまっていたのだから。

 

 全ては三ヶ月前。

 マスカレイド・ウォーゲームが開始された寒空の季節に遡る。

 

 

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