仮面ライダー焔羅   作:マフ30

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幕間①

 

 ジャブジャブ、ジャブジャブ。

 グルグル、グルグル。

 ゴォンゴォン。

 

 ジャブジャブ、ジャブジャブ。

 グルグル、グルグル。

 ゴォンゴォン。

 

 静まり返った夜更けの中でせわしなく動く洗濯機の音がやけに心地の良いメロディのようだと漠然と思いつつ、ホムラはぼんやりと自分の衣服が清潔に洗われていく様子を椅子に座って眺めていた。

 帝都の中心から外れた一角にある24時間営業のコインランドリー。

 午前三時(こんな時間)なのだから、使用している者は自分一人だけ。

 だからというわけではないが死闘の代償にずぶずぶに汗まみれになった制服もパーカーも下着も全部突っ込んで洗っている彼女の格好はというと持ち歩いている学生鞄の中にあった替えのショーツとブラのみを身に着けたあまりにもラフな姿だ。

 

「ふわぁ~……お腹すいた。服乾いたら吉野屋に牛丼でも食べいこ」

 

 パイプ椅子の背もたれを前にして体を預けるようにけだるげに座っている下着姿のホムラは深夜のコインランドリーの店内というミスマッチ感も相まって、まるでそういう映像の撮影と言われれば信じてしまうような圧があった。

 こんな場所で、こんな格好をしているのは何も彼女に露出趣味があって自分の欲求不満を満たしているからというわけではない。単純に汗をこれでもかと吸った服を着ているのが気持ち悪くて嫌だったのだ。

 ならばランドリー設備があるビジネスホテルやネットカフェに泊まればこんな露出狂まがいのことをしなくてもいいという疑問への答えもとてもシンプル。現在彼女はわけあって金欠だったのだ。

 

「そだ。こんなことしなくてもシローさんとこ行けばよかったじゃん」

 

 ふと近頃に結んだ新しい交友関係のことを思い出し、ホムラは椅子の背もたれに預けていた上半身を元気に起こした。淡いピンクの下着一組だけを纏っている状態なので素肌の殆どが露わになっている健康的な彼女の肢体。飛びぬけて大きいわけではないがハッキリとした凹凸のあるボディラインとほどよく引き締まった脚線美はきっと目にした男たちの誰もが唾を吞むものに違いない。

 

「あー……いや、ダメだ。流石にライン超えてるわそれは」

 

 しかし、そんな魅惑的なホムラの体にはあちこちに打撲による痣や鎖で強く締め付けられた痛々しい痕が残っている。ただ驚くべきはそれらの傷の殆どが一般的な自然治癒では考えられない速度ですでに治りかけていることだ。勿論、彼女が普通の人間ではなくなっていることの紛れもない証明である。

 

 

「……思ったよりも平気っぽいの、どうなん?」

 

 自分以外誰もいない静寂がどうにも嫌で心なしか大きな声の独り言を呟いてみるも、すぐに訪れる無声の空間。

 業務用の洗濯機が脱水を始めた様子を漠然と眺めながら、自虐的にぽつりとそんな言葉が出た。

 今夜、自分は競争相手の一人を殺した。

 人間の形をした生命を、殺めたのだ。

 

「普通なら、もっと苦しんで後悔するもんかな。しゃーないじゃんね、もうフツーじゃなくなってるんだから」

 

 言い訳のように、懺悔のように、ホムラは言葉を吐き出す。

 光我に告げたように人殺しをしたわけじゃない。

 けれど、色んな意味で数少ない自分と同じ生き物を、それが自分たちに課せられた役目の一つだとしても殺害してしまったことへの衝撃は天性の前向きさを持つホムラとて調子を狂わせるだけの重みがあった。

 

「おや、すごい恰好をしているね。風邪ひくんじゃないかい?」

「わぁー!?」

 

 ホムラがセンチメンタルな気持ちに浸っているとコインランドリーのドアが開く。夜闇の向こうから店の中に入ってきた相手が妙に親し気な口調で背中を向けた彼女に声をかけてきた。まさかこんな深夜に他の客が来るだなんて思いもしなかったホムラはたゆんとブラに包まれた胸を弾ませて椅子から飛び跳ねた。

 

「君の趣味に口をはさむ気はないが、同時に君がわいせつ物陳列罪で警察に逮捕されても我々は助けれあげられないから気を付けてくれたまえよホムラ君」

「サ、サニさん!?」

 

 羞恥心が全くないわけではないホムラは顔を赤くして、自分の体の大事な部分を隠そうと腕をバタバタと動かすが目の前にいた黒いスーツの青年の姿に更なる驚きを受けた。

 

「やあ、こんばんわ。こうして直接会うのは初めてだね」

「な、なになに!? なんなのいきなり!?」

 

 そこにいたのはマスカレイド・ウォーゲームのゲームマスターを名乗る謎多き男。Mrサニーデイズその人だったのだ。彼は目の前にうら若き乙女が半裸でいるというのに、しっかりとその全身を視界に入れているはずだというのに、優男然とした整った顔をピクリとも動じさせずに柔らかな物腰で会話を続ける。

 

「ミュータントライダー焔羅。ミュータントライダー鋼魔を撃破おめでとう」

「……っ」

「喜びたまえ。誇りたまえ。誰よりも早く、君が最初に挑戦者の一人を殺して見せたんだ」

 

 淡々と、けれど雄弁な語り口調で放たれたサニーデイズからの言葉に騒々しくしていたホムラの表情が強張る。自然と振り回していた両腕は静かに下ろされて、拳がゆっくりと握られていた。

 下着姿を見られることなど構わず、ホムラは真一文字に結んだ口元の奥で無意識に奥歯を嚙みながら、男の顔を面と向かって僅かに睨んでいた。

 

「そう怖い顔をしないでくれ。軽蔑するつもりなど毛頭ない。言葉通り、私は君を褒め称えに来たんだからね。よく戦った」

 

 音は鳴らさず、何度か拍手をするとサニーデイズは不敵な笑みを作って見せる。

 

「これで願いに一歩近づいたわけだ。今後も健闘を祈るよ。君の戦いぶりには我々も実に期待しているのだから」

「も一回確認していい? ホントに誰よりも勝ち抜けば、どんな願いも叶えてくれるんだよね?」

「そうだ。我々BGインダストリーによって可能な物ならばありとあらゆる願いを叶えよう」

 

 さも当然のようにサニーデイズは亜麻色の髪を揺らしてホムラの問いに断言した。

 不遜にもこの世の支配者のような自信さえ醸し出して。

 

「しかし、言葉だけでは信は得られないのが世の常なわけだ。君の不安を安心に変えるために今夜はささやかな贈り物がある」

「は? えと……どゆこと?」

 

 舞台役者のような朗々とした語り口調で視線を一度外へと向けるとサニーデイズはおもむろにトレードマークの黒いダブルスーツを脱ぐとホムラへと差し出した。

 

「まずはそれを羽織るといい。プレゼントは外に置いてあるからね」

「いいの? 高価(たか)そうだけど? ウチ、まだシャワー浴びてないから正直きたないよ?」

「気にはしない。生きるか死ぬかの決闘を制した君への労いと思えばねえ」

 

 相変わらず何を考えているのか読み取りづらい柔和な顔でそう言う彼にホムラは生返事をしながら言われた通りにスーツに袖を通した。素肌に触れる生地の高級感のある質感が気持ちいい。

 初対面時の状況と肩書から、勝手に高圧的で一方的な人物だと色眼鏡で見ていたサニーデイズの思わぬ発言と物腰にホムラはこそばゆさを感じながら、その辺に脱ぎっぱなしにしていたローファーを裸足のまま履く。

 

「それにその格好のまま君を連れ出して、もしも誰かに見られたらいたいけな少女をあられもない恰好で深夜徘徊させている変態趣味の男と誤解されるかもしれない」

「首輪とリードでもあればパーフェクトだったね、残念」

 

 彼への警戒心が少し解けたことで普段のフレンドリーな性分が戻ってきたホムラはわざとしおらしい態度でそんなことを言ってみる。サニーデイズがどんな反応をするのか気になって、既に艶やかな唇はいたずらっ子っぽく緩んでいた。

 

「君に隷属(れいぞく)など似合わないだろうに」

「はあっ!? 風俗(ふうぞく)ぅ!? サニさーん……いくらなんでも風俗が似合わないとか誉め言葉のつもりでも女子相手にそれはやばいよ」

「君を受け持っていた国語教師の苦労が目に浮かぶよ」

 

 などと滑稽なやり取りを交わしながら二人はコインランドリーの外に出た。

 手狭な専用駐車場には一台のバイクが停車されていた。

 

「これを君に渡そう。遠慮せずに活用してくれ」

「うわーぉ。ウチの知ってるバイクじゃない……タイヤのおばけじゃん」

「機体名はグランホイール。いまのところ、世界に君だけのスペシャルだ」

 

 ホムラの例えたように二人の目の前にあるカスタムバイクはかなりの異彩を放つ外観をしていた。

 ダッジ・トマホークと呼ばれる車種に似ているがそれよりも大型の四輪タイヤを備えて頑強な真紅のフレームを持つ車体はまるで装甲車のバイク版だ。分厚いカイトシールドをそのまま溶接したような武骨なフロントカウルもいかつさに拍車をかけている。

 

「プレゼントしてくれるのは嬉しいんだけど……ウチ、原付の免許も持ってないんだけど?」

「杞憂だね。一緒に免許も持ってきた。それに君は、いや……君たちは既に動かし方も概ねのルールも識っているようにしてあるから大丈夫だ」

「マジぃ?」

「一応、マニュアルも渡しておくから服が乾くまでの間に目を通しておくといい」

 

 突然のことで事態についていけていないホムラは生返事をしながらサニーデイズから運転免許証とそれなりに分厚い説明書を受け取った。怪訝な顔で免許証を一瞥するとそこには確かに自分の顔写真とでたらめな仮名やらが記されている。

 

「ありがとう、でいいのかな?」

「こちらこそ。今回は君の戦果もだが少なからず暴走してルール違反を繰り返していた鋼魔を討伐してくれて感謝しているよ」

 

 自分のものになったグランホイール(愛車)をまじまじと見て、確かにカラーリングは好きな方だと素直に感じて、折角だし跨ってみればサニーデイズも喜ぶかなとズッシリとした車体に身を預けているとサニーデイズが初めて苦笑というリアクションを見せた。

 鋼魔が警察官に成りすまして一般市民を襲っていたことは食禍総會からのメールで他のライダーたちも知るところだった。

 

「サニさん。あいつの願いってなんだったの?」

「うん?」

「別の人からの受け売りだけど、殺し合って生き残るのが一人だけって結末が変わらないなら、せめて自分が殺した相手がどんな奴でどんな願いを懸けてたのかぐらいは知っててもムダじゃないかなって」

 

 跨るのをやめてグランホイールのシートに座り直したホムラはそう答えた。意外な質問にサニーデイズはしばし黙考すると「まあ、いいか」と呟くと彼女の希望に応える。

 

「強い正義感を持って警察官をしていたのは本当だ。しかし、不条理の多い現実に屈折して私刑行為をやり始めたようだ」

「そう」

「叶えたい願いだが……これは残念だが私も確かなものは把握していない。しかし、この四ヶ月の彼の動向を考えれば自ずと答えは見えてくるんじゃないかね?

特に命を懸けてぶつかり合った君ならば尚更に」

 

 悪を懲らしめる。

 サニーデイズの言葉を聞いてすぐにホムラの頭に浮かんだのはとても単純で暴力的な鋼魔が常に口にしていた信念だった。恐らく彼は本当にそんな子供が夢見るような純粋な願いを恐ろしいほど狂った執念で行い続けたかったのだろう。

 

「私の答えは満足のいくものだったかな?」

「うん。とりあえずは……」

「ならば良かった。それでは邪魔をしたね。私の要件は以上だ。これからもウォーゲームに励むことを期待するよ」

「もう帰るの? ヒマだしもうちょっとウチとだべってかない?」

「嬉しいお誘いだが私はあまりヒマでもないからね」

「じゃあさ、RHINEでも交換しない? っていうか、サニさんってそんな声してたっけ? 初めて喋った時はなんていうかにゃんこの妖怪みたいな声してた気がするんだけど、いまはなんていうかでっかいテントウムシ的な?」

「ハハハ。君の感性は愉快だね。個人的にはやぶさかではないがゲームマスターの立場としてはどれも難しい願いだ。すまないね」

 

 まるで仕事に行く父親を寂しさから引き留めようとする子供のように絡んでくるホムラをやんわりとかわして、サニーデイズは傍に控えさせてあった部下が運転する車のドアを開けた。

 

「サニさん! このスーツ忘れてるよ!」

「あげるよ。いまの君から返されても追い剥ぎをするようで心苦しい。適当に捨ててもらっても構わないし、自由にしたまえ」

 

 小走りで自分を追ってくるホムラにやや一方的にそう告げるとサニーデイズは車のドアを閉め、間髪入れずに黒塗りのベンツは静かに走り去ってしまった。

 

「行っちゃったよ……どうしよこれ」

 

 独り、漆黒の闇夜に取り残されたホムラは所在なさげに羽織っているスーツの袖をまじまじと見る。

 すぐに捨ててしまうのもなんだか悪い気がして、どうしたものかとランドリーの方からまるで彼女を呼び戻すようにピーピーと洗濯完了を教えるブザーが鳴った。

 

「とりま、自分の服着よ」

 

 ホムラは羽織っていたスーツをグランホイールの車体にカバーのように被せて、店の中へと入っていった。

 彼女が乾燥まで終わった自分の制服を気直している間にサニーデイズのスーツは強く吹いた夜風によって何処かへと飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

 四月某日。

 パレス・フォレストストーンにて。

 

 この日も洋館に招かれた者たちに向けて上映されているマスカレイド・ウォーゲームの定期上映会は大盛況を博していた。帝都全域に配置された無数のカメラにて撮影され、観賞用に編集加工された九人のミュータントライダーたちの闘いの記録。

 毎週日曜日に公開されるスリル満点の無修正映像を愉しむことがBGインダストリーのごく一部のサロン会員たちの間では最高の娯楽であり、一種のステータスとなっていた。

 

「殺せ殺せー!」

「あっははははは! すごい戦いだ! もっとだ! 相手を切り刻め! 撃ち殺せ!」

「すげー! 血がぶっわーっと! うひゃはははは! 上半身が玩具みたく吹き飛んだぞおおおお!」

 

 帝都各地で戦いを繰り広げているミュータントライダーたちの映像を見て、着飾ったギャラリーたちが下卑た笑いを木霊させている。美食を貪り、美酒を浴びるようにして呑み、こうして彼らは安全であたたかな場所で他者の命のやり取りをスポーツでも観戦するような心持ちで毎回見ているのだ。

 

(浅ましいものだな。崇高な祭典には、観覧者もまた気高くあるべきだというのに……時代の流れというものか。ここを利用する者たちの質は落ちるばかりだ)

 

 上辺ばかりが絢爛で中身は醜悪極まるを体現するような大広間に集った人間たちの有り様を冷淡に眺めながら、この日も館の支配人も兼務するサニーデイズは内心を悟られないように客人たちの応対にあたっていた。

 

「おや……」

 

 馴染の上流階級の人間たちへの挨拶が一段落したところでふと彼の視界は顔色を悪くしながら、それでも食い入るように大型モニターを見つめている若い女を映していた。

 

「失礼。顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」

「え……あの?」

「申し遅れました。私、当館支配人のサニーデイズです」

「あ、ああ。はい、先ほど自己紹介をされていたのを聞いていたので……はい」

 

 見た目だけで判断すれば品のある女性だった。

 少しくたびれたような佇まいをしているが派手に着飾るようなこともせずに自然体の美しさを備えたどこかの令嬢のような女、それがサニーデイズが感じたその女性への印象だ。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます。申し遅れました……私、雪城鳴衣(ゆきしろ めい)と申します」

 

 サニーデイズから渡されたミネラルウォーターを一口飲んでから女性は名を明かす。

 

「私の記憶違いでなければこちらには初めてお越しになられた?」

「ええ、そうです。今日はたまたま父の代理で……こちらに招かれる皆様によくご挨拶をしておくようにと」

「なるほど。でしたら、当館で上映される催しは聊か刺激が強すぎましたかな? ご気分が悪いようでしたら個室をご用意しますよ? 普段からお泊りでご利用される会員様もいらっしゃるのでご遠慮なく」

「お気遣いありがとうございます。大丈夫です。その、戦われて見える九人の中に友人に似ている人がいて……驚いてしまって。そんなはずないのに」

「ほお……」

 

 視線を伏せながら苦笑する鳴衣の言葉にサニーデイズも驚きを隠せなかった。

 過去に開催されたマスカレイド・ウォーゲームにおいても参加者がかつての知人に遭遇するケースはそう珍しいことでもなかったが視聴者側にそれがいるのは非常に稀であった。

 純粋な好奇心でサニーデイズが詳しい事情を鳴衣に聞こうとした時だった。

 

「ふざけんなよ! お前が賭けてたライダーが死んだんだからさっさと負け分払えや!」

「うるせえ! あのクズ鉄野郎はルール破ってほぼ失格状態だったんだからノーカンだ!」

 

 奥の方から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

 どうやら個人的にウォーゲームで賭博行為をしていた者たち同士でトラブルが起きたようだった。

 

「失礼、私はこれで。何が不便がありましたら近くのスタッフに気軽に声をおかけください」

「恐れ入りま……す?」

 

 困ったような笑みを浮かべて溜め息を一つ零すとサニーデイズは鳴衣の許を離れてトラブルの対処へと当たらねばならなくなった。

 欲望の吹き溜まりのような雰囲気の場所にそぐわない物腰のサニーデイズにいくらか気が楽になっていた鳴衣であったが去っていく彼に小さく会釈して挨拶をする。そのほんの数秒にも満たない僅かな時間でサニーデイズの姿が忽然と消えてしまっていたことに目を丸くして驚くほかなかった。

 誇張ではなく彼は一瞬で彼女の目の前から移動していたのだ。

 次に鳴衣がサニーデイズの姿を見たのは約五秒後。

 彼が言い争いをしている迷惑な会員二人の首を掴んで大広間の天井に押し付けている光景を他の会員たちと目撃した時だった。

 

 

 

 

「ご無礼をお許しくださいませ。しかしながら、当館をご利用されるお方たちには品位ある行動を心がけていただくことにしておりますのであしからず」

 

 空に舞った羽毛がゆっくりと落ちてくるように、静かに着地したサニーデイズは仕置きを済ませて既に生者ではなくなった不埒者二人に最後の言葉を送っていた。

 

「支配人!」

「お手を煩わせてしまってすみませんでした」

「構わないよ。それよりもこの二人だがくれぐれも丁寧に処置してやってくれ」

 

 騒ぎを知って慌てて駆けつけてきた黒スーツのスタッフたちに片手でそれぞれを持ち上げたままのサニーデイズはそんなことを言って身柄を一人ずつ、優しく手渡した。

 

「はあ……?」

「いやなに、少し力加減を間違えてしまってね。いまその二人は中身がドロドロのさしずめ小籠包のような状態だからね。ちょっとでも傷をつけると中身が漏れ出して大惨事だから気を付けて欲しいということさ」

「か、畏まりました!」

「私のミスを押し付けてしまってすまない。今度、昼食でも奢るよ」

 

 どんな芸当を行ったのか定かではないがサニーデイズがこういう時に決して冗談は言わない人物だと知っているスタッフは決死の表情で受け渡された心なしか触り心地がぶよぶよする遺体を迅速に運び出していった。

 

「お集りの皆さま。お騒がせしてしまって大変申し訳ございません。ご覧のようにトラブルはただいま解決致しましたのでどうか引き続き、良き日曜日をお過ごしくださいませ」

 

 余談ではあるがその日のパレス・フォレストストーンは演奏会でも聴くような静けさで粛々と一日を終えたという。

 

 

 

 

 一方でサニーデイズと別れた後の雪城鳴衣は結局彼の好意に甘える形で個室の一つを貸し与えられて体を休めることにしていた。

 瞳を閉じて、呼吸を整えるように努めるが大画面で見せられたミュータントライダーたちの戦いは刺激が強く、少しでも思い返すだけで鼓動が早まるばかりだ。その中でも特に鳴衣は赤いミュータントライダーのことが気になって仕方なかった。

 

「やっぱり……貴女なの? 輝火(かがほ)

 

 ベッドに腰かけた鳴衣は自分の体を抱きしめて、寒さに耐えるように声を震わせて誰かの名前を呟いた。

 彼女にとって、特別な人だった者の名前を。

 雪城鳴衣は瞳を閉じて思い出を揺り起こす。

 愛しき日々を、愛しき友人と過ごした眩しかった時間を――。

 

 ■■年前――。

 

 高校三年生の秋。

 運動部たちにとって大切な灼熱の夏を見届け、自分たちが出場できる最後の大会も無事に好成績を収めて円満の終わりを迎えることが出来た私を含める城南学園高等部チアリーディング部の三年生たちは後輩たちからの盛大なお別れ会を開いてもらい、その帰路へ就いていた。

 

「いやー終わったねー! これで明日からはギリギリまで寝て、放課後は思いっきり遊ぶぞー!」

「もう輝火ったら、私たちはここからは受験への追い込みでしょ?」

「鳴衣はそうだけど、ウチは就職組だからよゆーがあるのだー」

 

 茜色に照らされたいつもの帰り道を貴女と一緒にこうして歩くのももうすぐ終わってしまうのかと思うとどうしようもなく寂しくなってしまう。いつだって眩しい笑顔を絶やさずにいた彼女のを見て、思う――穂村輝火(ほむら かがほ)と一緒にいるこの時間が永遠に続けばいいのにと。

 

 雪城鳴衣(わたし)と穂村輝火は中学以来の親友だった。

 BGインダストリーの役員を父に持つ私と一般家庭の生まれの彼女がどうしてこんなにも仲が良いのかあれこれと根も葉もない噂を流す人もいたけど、とにかくなんとなくウマが合ったのだ。

 中学時代に最初の体力テストで偶然にペアを組んだあの日から、趣味も性格もちぐはぐなのにお互いに一緒にいると妙に居心地が良くて、喧嘩もしたがずっと一緒だった。

 

「本当に高校を卒業したら働くの? 輝火ならスポーツで推薦だってきっと」

「いくらエースだからって、部長としてずっと頑張ってくれてたのは鳴衣だしそう甘くはないっしょ?」 

「でも、実力は輝火の方が上だってのは誰だって知ってるはずだよ。先生もきっと後押ししてくれる」

「それに弟のこともあるから自立して、できたらちょっとでも家にお金も入れたいしね」

 

 輝火には今年で六歳になる小さな弟さんがいた。

 生まれつき体が弱くて、何度も入退院を繰り返しているという。

 ご両親も弟さんに掛かりっぱなしで彼女は何でも自分のことは一人でやらされたという。

 それでも輝火が弟さんの話をするときはとても嬉しそうで良いお姉ちゃんだなと赤の他人な私でも鼻が高かった。

 

「ねえ、それなら私とシェアハウスしない? 進学と就職で生活リズムはズレちゃうけどその分、お互いに暮しは支え合えるしきっと輝火も家計を節約できるよ」

「いいのぉ!? ウチは嬉しいけど……鳴衣の親さんがそんなの許すぅ?」

「大丈夫! 社会勉強だとか家の格を上げるために絶対に役立てるって説得して見せるから!」

 

 輝火の心配は図星だった。

 私の家族は古くから続く名家だとかで悪い意味で旧弊的で頭の堅い家風だった。

 裕福な暮らしをさせてもらっているという負い目があるから割り切っているが父なんかは実のところ私が輝火と友人でいることも快く思っていない。

 だけど、私が実家のために貢献するような行動をすればいくらかの嘆願は聞き届けてくれた。

 華やかさもなくて、リーダーシップもカリスマめいた魅力も輝火に劣る私がチアリーディング部で部長をやれていたのも彼女が面倒ごとを押し付けるという体で譲ってくれたからだ。

 そして、部長の私が率いるチアリーディング部が歴代でも抜きん出た活躍を見せたことで近頃の父は機嫌がいい。振り返ってみると我ながら打算と妥協の多いことに嫌気がさす。

 

「いいね! よーし、それなら一丁就活バリバリ頑張って、ついでにバイトもガンガンやって軍資金でもためちゃいますかー!」

 

 私のワガママにすっかり乗り気な輝火はトレードマークのポニーテールを元気よく揺らしてやる気に燃えていた。ああ、まるでお日様のよう。いいえ――あなたは間違いなく私の太陽だった。

 

「いっぱい稼いで誠意ってのを見せれば鳴衣のパパさんももうちょっとはウチのこと認めてくれるかもだしね」

「ごめんね。私の親本当に古臭い考え方で……この分じゃあろくに恋愛とかも出来ずにお見合い結婚させられちゃうんだろうな」

 

 いま言ったのは予想ではなく真実だ。

 正直、物心ついた時から諦めはついている。

 フィクションのような燃えるようなロマンスなど私には縁の無いことだと。

 

「鳴衣」

「なに輝火?」

「ん……っ」

「ぁ、ちゅっ……!?」

 

 ふと近いぐらい目の前に顔を出した輝火に驚く間もなく、彼女の唇がそっと私の唇と重なった。

 柔らかくて、瑞々しい彼女の唇の感触と、さっき食べたたこパのソースの味がキスを介して私へと伝わる。

 

「にへへ! お見合い野郎よりも先に鳴衣のはじめて奪ってやったぜ♪」

「もう……もう! もう! もう! 輝火ったら、バーカ♪」

 

 いつか彼女に借りて読ませてもらった漫画に出てくるやんちゃな男の子の主人公みたいに得意げな笑顔を浮かべる輝火につられて、私も笑顔がこぼれていた。

 

「良いこと思いついた! この際、鳴衣が大学卒業するまで稼いで貯金しまくってさ!」

「う、うん」

「どこかに、一緒に逃げちゃおうっか?」

 

 どうしようもなくだらしない笑顔でそんなことを言う輝火にゾクリと背筋を震わせる私がいた。

 胸の奥がどうしようもなく熱くなった。

 とても無理な夢だと思っても、手を伸ばしたくなる欲に駆られてしまう。

 まるで太陽へと飛んでいくイカロスのよう。

 どちらが真実で正しいのか分からない。解りたくないような不思議な気持ちが止まらない。

 

「無理だよ……それは」

「試してみないと始まらないって! ほらほら、いくぜウチらの逃避行ってね!」

「わっ! ちょっと輝火あぶないって! 転ぶよ!?」

 

 屈託のない大笑いを上げながら、心の踊るままに私をお姫様抱っこで抱き上げて走り出す輝火にしがみついて、私は彼女の体温と埋めた胸元からかすかに聞こえる心音に満足感を得ていた。

 そうだ。

 そうよ。

 あなたがいれば、どんなに冷たい現実が待ち受けていても怖くない。

 あたたかな未来を信じて耐えていける。

 

 輝火、私の親友。

 輝火、私の太陽。

 なのに、私の太陽はこの日から一週間も経たない間にこの世界から亡くなってしまったんだ。

 

 





余談ですがグランホイールのモチーフは映画ザ・フラッシュ版のバットサイクルをイメージしています。
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