願いの物語シリーズ【千歳紗理奈】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第10話『既に鍵は開かれている』

大岩を探すのは大分時間が掛かってしまったが、何とか夜が明ける前に見つける事が出来た。

 

木に覆われた林の奥にあるのが大池だろう。そして上の方にあるのが大岩だ。

 

「よし」

 

私は気合を入れて、大岩に登ろうと歩き始めた。

 

しかし、後ろから誰かが近づいてくる様な音が聞こえ、私はビクリと体を震えさせる。

 

どうしてこんな夜に、こんな所へ人が来るのか。それが分からない。

 

もしかして怖い人だろうか。

 

痛いのは嫌だ。

 

私は急いで逃げようとするが、体は上手く動かなかった。

 

だが、後ろからくる人の声は私がよく知っている人の声だった。

 

「紗理奈!!」

 

「お、姉ちゃん? どうして」

 

「どうしてじゃ無いわよ!! 変な男に付いて、こんな夜更けに家を出て、心配かけて!」

 

変な男って天野の事?

 

でも何で天野の事、お姉ちゃんが知ってるの?

 

「紗理奈さん! 良かった。見つかったんですね!」

 

「朝陽さんまで……駄目! 来ないで!!」

 

「紗理奈……?」

 

私は近づいて来ようとしている二人から離れようと一歩一歩後ろに下がる。

 

それでも二人は近づいてくるのを止めない。

 

「駄目! それ以上近づいちゃだめ。なんて説明したら良いか分からないけど、私の体、呪われてるの。だから触っちゃ駄目」

 

「知ってるよ。何でか分からないけど、紗理奈がアイツと話してた事は全部知ってる。夢で見たからね」

 

「なら、知ってるでしょ。触っちゃ駄目なの!」

 

「知ってるから、紗理奈を抱きしめに来たんだよ」

 

「……!?」

 

私はお姉ちゃんの言葉に体を硬直させてしまった。

 

そしてその隙にお姉ちゃんが私の右腕を掴む。

 

瞬間、お姉ちゃんの顔が苦悶に歪んだ。

 

「やめて、離して!」

 

「絶対に、離さない」

 

涙を浮かべながら、歯を食いしばりながら、それでも私の腕を握り、池に近づけまいとするお姉ちゃんに私は涙を止める事が出来なかった。

 

そしてお姉ちゃんだけでなく、朝陽さんまで駆け寄ってきて、私を抱きしめる。

 

痛みに声を漏らしながら、それでも強く、強く私を抱きしめる。

 

「これが、紗理奈さんの痛みですか。本当に、一人で、こんなにも」

 

「朝陽さん。離れて、下さい。これは、私の、紗理奈を見捨てた。私の」

 

「いえ、私が、あの時動く事が出来た私が」

 

「やだ、二人とも、離れてよぉ」

 

「絶対に、嫌!」

 

「それだけは頷けません」

 

涙が出る程痛いのに、辛いのに、なんで離れてくれないの?

 

私は二人が分からなくて、涙が止まらない。

 

「なんで」

 

「分からないよね。紗理奈。ごめんね。でもね。今更だけどね。私は紗理奈のお姉ちゃんをやりたいの。だから、この痛みから逃げたくないんだよ」

 

「私は、紗理奈は……」

 

「紗理奈さん。こんな事でしか、貴女に想いを伝えられない自分が情けないです。でも、これは知っておいてください。私たちにとって、貴女を抱きしめる為なら、例え身を裂かれる様な痛みでも、耐えられるんです」

 

私は首を振りながら、嫌々をする様に体をずらすが、二人は離れてくれない。

 

だって、紗理奈の痛みは苦しくて、息が出来ないくらい痛くて、紗理奈を隠したくなるくらい辛かったのに。

 

紗理奈に触れようとしてくれたのは佐々木だけだったのに。

 

「なんで……」

 

「紗理奈さんを愛しているから」

 

「間違え続けた私だけど、まだ、取り戻せるなら、私は、紗理奈のお姉ちゃんになりたいんだ!」

 

もう涙が止まらなかった。

 

辛くて、私ひとりで痛みを堪えていた時よりも苦しくて、嬉しかった。

 

でも、駄目だ。

 

だからこそ、私も二人の愛を信じられたからこそ、もう駄目だ。

 

これ以上は。

 

「天野! 見てるんでしょ! 終わりを、頂戴!!」

 

「良いだろう」

 

天野は私の前に現れると、お姉ちゃんと朝陽さんを不思議な力で私から引き離して、地面に転がす。

 

私はそれを見て、天野を睨みつけた。

 

「乱暴しないで!」

 

「やれやれ。願いを叶えてやったというのに、文句の多いお嬢さんだ。で。終わりだったか?」

 

「そう」

 

「俺がここで素直に渡すと思うか?」

 

「思う」

 

「……信頼が重いね。仕方ない。そこまで信頼されているなら、渡そうじゃないか。ほれ。これが終わりの鍵だ」

 

天野はそう言いながら、私の手にやや重い包丁みたいな道具を渡してきた。

 

先っぽが尖っていて痛そうだ。

 

でも、これなら終わる事が出来そうだった。

 

「そのナイフを胸に突き立てれば、全て終わる」

 

「分かった。ありがとう。天野」

 

「おかしな奴だな。俺のせいで、こんな状況になってるんだぜ?」

 

「でも、それでも、天野のお陰で最期にお姉ちゃんと朝陽さんを信じられたから」

 

私は天野にお礼を言い、大池の前で、渡されたナイフを胸の前に置いて目を閉じた。

 

お姉ちゃんと朝陽さんは動く事が出来ないみたいで、私の名前を叫ぶばかりだ。

 

もう誰も止められない。

 

これで終わりだ。

 

……。

 

でも、最後に。

 

「佐々木に会いたかったな」

 

私は一粒の涙を流しながら胸にナイフを突き立てた。

 

その衝撃で、私は勢いよく後ろに倒れながら、大池に落ちる。

 

「紗理奈!!!」

 

遠くで、佐々木が私を呼ぶ様な声が聞こえた。

 

でも気のせいだろう。

 

佐々木がここにいる訳がない。

 

だからきっと、佐々木に会いたい私が聞いた幻なんだろうなと思う。

 

そしてこのまま水底に沈んでいくんだろうと、力の入らない体で沈んでいた私は、不思議な事に誰かに引っ張られながら水面へと浮き上がっていた。

 

「紗理奈!! このバカ!!」

 

「……? さ、さき?」

 

「あぁ、そうだ。僕だ! 何勝手な事やってるんだよ! 僕から離れて一人でどこに行くつもりだ!」

 

「あ、佐々木、離れて」

 

「離れるもんか! 離すもんか! 約束しただろ!」

 

「違う、そうじゃなくて、痛みが」

 

「痛み?」

 

「痛くないの?」

 

「まぁ、別に。まぁ水に飛び込む時に少し打ったから痛みはあったけど、もう消えたよ」

 

「なんで」

 

呆然とし、私は佐々木に体を預けながら答えを探すように周囲を見渡した。

 

そして、その答えを知っていそうな人が大岩の上から私たちを見下ろしている。

 

「はっはっは。実にいい見世物だった。やはり愛の力は偉大だな」

 

「天野! なんで」

 

「なんでと言われてもな。お前に言われた通り、昨日までの千歳紗理奈と、お前に掛けた願いが、終わる鍵を渡してやっただろう? お前らが勝手にそれで死ぬと思い込んでいただけだ」

 

「だま、したんだ」

 

「人聞きの悪い事を言うな。騙される方が悪い」

 

「……」

 

「なぁ千歳紗理奈。人を愛するというのは難しいことだ。そしてとても勇気がいる事だ。だが、お前は愛する者を守る為に勇気を見せる事が出来た。それが出来るなら、己を開かす勇気も持てる筈だと思わないか?」

 

「そんなの」

 

「出来るさ。お前は知っただろう? 例え己がどれほど切り裂かれようとも、夜の闇で先が見えない池の中だろうと、お前の為に飛び込む人間がいる事を。お前が信じられる確かな愛情を向ける存在を」

 

「う、うぅ……うぅ」

 

「今は泣け。そして泣き止んだなら周りをよく見るんだな。この世界はまだ、地獄じゃない。例えお前を救う神が居なくても、お前の願いを叶えてくれる人間が傍に居るさ。それを忘れるな」

 

私は佐々木に縋りついて泣く。

 

佐々木もまた私を何も言わず抱きしめてくれて、私はその温かさにまた泣いた。

 

そして、私は天野が消えた空を見て、別れを告げる。

 

多分もうあの人が私の前に現れる事は無いだろう。

 

何処までが本当で、どこからが嘘だったのか分からない。

 

でも、あの人のお陰で今がある事だけは確かだった。

 

だから、私は向き合おう。

 

勇気を出す大切さを教えてもらったから。

 

既に鍵は開かれている。

 

心の奥底に閉じ込めた、隠した紗理奈に。

 

独りぼっちで誰も信じられなくて、痛みにただ泣いていた少女に。

 

私は向き合って、その手を取った。

 

どんなに辛くても、悲しくても、触れ合った先の温もりが私に勇気をくれるから。

 

 

 

それから。

 

私は気が付いたら意識を失っていたらしく、目を覚ますとお姉ちゃんの横で手を繋ぎながら寝ていた。

 

まるで天野の事なんて何も無かったかの様に。

 

全て夢だったんだろうか。

 

でも。

 

「ねぇ。お姉ちゃん。私、昨日の夜、何処かに出かけてた?」

 

「知らないわよ? ずっと寝てたでしょ」

 

「朝陽さん!」

 

「私も知りませんよ」

 

「……じゃあ二人とも、なんで腕の所怪我してるの? 昨日までそんな怪我無かった。まるで地面を転がったみたい」

 

「転んだだけよ。朝陽さんと一緒にね」

 

「そうですね。ただ、転んだだけです」

 

「……うーん。やっぱり夢、だったのかなぁ?」

 

でも、夢だと言うには凄く現実感のある夢だった。

 

右腕を掴まれた感触だって。

 

「ひし」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

「気にしない。気にしない」

 

お姉ちゃんに抱き着かれた感覚で、右腕をお姉ちゃんに掴まれた感触が頭の中から消えてしまった。

 

でも、まだ左側から朝陽さんに抱きしめられた感覚が……。

 

「ぎゅ」

 

「朝陽さん!」

 

「気にしないでください」

 

「気になるよぉ!」

 

左側から朝陽さんに抱きしめられ、何だか頭の中が混乱しよく分からなくなってしまった。

 

こう考えると、全部夢だったのかもしれない。

 

でも、それでも、今感じている温もりは、二人の想いは、確かにここにあるのだ。

 

それだけで良いのかもしれない。

 

「あー、みんなズルい―! 陽菜もやる! ぎゅー!」

 

「綾もー!」

 

「お兄ちゃんも来て来てー!」

 

「お父さんもー」

 

「わ、わ、いっぱい」

 

今ここにある幸せを、私は信じていれば良いのだから。

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