願いの物語シリーズ【千歳紗理奈】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第5話『知りたくなかった。そんな夢』

先生が家に来た次の日。

 

私は佐藤先生に呼ばれて保健室に来ていた。

 

保健室には佐藤先生の他に保健の先生もいて、二人とも難しい顔をしていた。

 

「あの。私、先生に何か酷い事をしてしまったでしょうか」

 

「いいえ。貴女は何もしてないわ」

 

「……えっと」

 

「あのね。千歳さん。一つ確認したい事があるの。でも、これは千歳さんが嫌なら、断っても良い事よ」

 

「えと、はい」

 

「その、ね。背中を見せて欲しいの」

 

背中を見せて欲しいという言葉に私は体を震わせた。

 

やっぱり先生は何か怒ってるんだ。

 

それで、背中に痛い事をするんだ。

 

そう思ったからだ。

 

でも、見せないと、きっともっと酷いことをされてしまうかもしれない。

 

だから、私は震える手で、上着を脱ごうとした。

 

「待った。良いわ。脱がないで」

 

「……え?」

 

「ごめんなさい。無理を言ったわ」

 

「でも、私、大丈夫です。もう痛くても声出さない様に気を付けられる様になりました。だから、お願いです。背中なら、もう大丈夫ですから」

 

私は上着を脱いで、背中を二人に向けた。

 

「……っ」

 

「な、にこれ」

 

私はキュッと目を閉じて、唇を硬く閉じる。

 

すぐに来るのかな。

 

出来れば合図が欲しい。

 

急に来ちゃうと、ビックリしちゃうから。

 

「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい! もう大丈夫だから、服を着て、千歳さん」

 

「え? 良いんですか? ジュってやらないんですか?」

 

「やらない! やるわけない!!」

 

「……っ」

 

「あ、ごめんなさい。違うの。千歳さんを怒った訳じゃないのよ。違うの」

 

先生は何故か私を抱きしめながら泣いていた。

 

どうしたんだろう。また私が酷い事をしてしまったんだろうか。

 

あぁ、もしかして背中が汚いから、それでビックリしちゃったのかな。

 

悪い事したな。

 

「千歳さん。これは、お母さんがやったの?」

 

「ううん。お母さんだけじゃないです。お母さんの恋人って人」

 

「こういう時、どうすれば良いの?」

 

「虐待とかって言うなら、児童相談所? でも、あまり騒ぐと紗理奈さんも傷付くし」

 

「ここまで酷いなら警察とか」

 

後ろでヒソヒソと話している先生たちの話を聞いて、私はびっくりして振り向いた。

 

警察の人が前に来た時の事を思い出したのだ。

 

あれで、お母さんも男の人も凄い怒ってた。

 

あんなに痛いのはもう嫌だ。

 

「警察は駄目!」

 

「千歳さん?」

 

「警察の人にお母さんの事、悪く言わないで下さい! お母さんは、誰も引き取ってくれない私を引き取ってくれたんです! 悪い事なんて何もしてない! 私が、悪いだけなの!」

 

「ちょっと、落ち着いて千歳さん!」

 

「ごめんなさい!!」

 

「あ。千歳さん!!」

 

私は保健室から飛び出して、教室へ向かって走っていった。

 

怖い。怖い。怖い。

 

痛いのは、嫌だ。

 

 

 

私は保健室から逃げ出して、走って、気が付いたらいつもの裏庭に来ていた。

 

佐々木と一緒にご飯を食べる場所。

 

でも、まだお昼の時間には早くて、私はいつものベンチに座りながら、お昼の時間が来るのを待っていた。

 

誰もいない静かな場所で、風が通り抜けていく音だけが聞こえてくるその場所で……。

 

「よぉ」

 

「……っ!」

 

「そんなに驚かなくても良いだろう? サボり同士仲良くしようじゃないか」

 

「……私、サボりじゃない」

 

「そうなのか?」

 

「うん。先生の所に行ってた」

 

「なるほど、ね。しかし、今はここに先生は居ないが。それは良いのか」

 

「それは」

 

「ま。言えんわな。まったく。しょうもない嘘を吐くもんだ。くくく」

 

「……? なんで笑ってるの」

 

「そら、面白いからさ。面白い事があれば笑う。人間として当然だろ?」

 

愉快そうに笑うその人は、なんだか今までに会ったどんな人よりもおかしな人だった。

 

そして、そのおかしな人は背負っていたリュックを下ろすと、その中を漁りチョコレートを取り出した。

 

「食べるか?」

 

「貰っても良いの?」

 

「あぁ。俺は甘い物が嫌いだからな」

 

「……じゃあ何で、鞄に入れてるの?」

 

「くく、アハハハ!! ハハハ!!」

 

「なんで笑ってるの?」

 

「面白いからだよ。いやいや。本当に面白いなお前は。本当によく似ている。ちょっと気に入ってきたぞ」

 

「私は、ちょっと苦手」

 

「そうか。それは残念だ。俺はお前の事が少し好きになったがな」

 

「……なんで」

 

「人が人に好意を抱くのに理由なんて無いだろう? それともお前は理由が無いと、信じられない。か?」

 

「……」

 

「おや、今度はダンマリか」

 

「私、貴方嫌い」

 

「天野だ」

 

「……?」

 

「俺の名前だよ。貴方。じゃない」

 

「天野。私は千歳紗理奈」

 

「千歳紗理奈ね。ふむふむ。なるほど。千歳加奈子の妹にして、佐々木和樹と親しい仲の大人しい少女。現在中学二年。容姿が整っており、上級生下級生問わず、人気は高いが、社交性の低さと佐々木和樹と親しい関係から告白等はされたことがない」

 

「……」

 

「そして現在両親は離婚していて、母親と二人暮らし。ただし、母親は娘に虐待を繰り返しており、歪な親子関係を構築している。また母親は男癖が悪く、連れ込んだ男による娘への暴行も確認されている。大分男に影響されやすい母親みたいだな。一応愛情はあるみたいだが、疲れとストレスで頭がパーって感じか?」

 

「なんで」

 

「秘密が知られてビックリって感じか?」

 

私は何かを喋るとまた何かを知られてしまうと、口を閉じたまま頷いた。

 

特にこの胸の奥に秘めている事だけは絶対に誰にも知られたくないのだ。

 

「まぁこの辺りは秘密でも何でもないさ。噂を集めりゃ誰でもたどり着ける情報だ。真実秘密というなら、お前の心の奥底に秘められた想い。例えば……佐々木和樹への想いとか」

 

「……!」

 

私は思わず右手を振り上げて天野に向かって振り下ろしていた。

 

しかし、そんな拳は容易く止められてしまう。

 

「当たり、か」

 

「絶対に、誰にも、言わないで!」

 

「言わないさ。秘密ってのは誰かに話した瞬間に意味を失うものだ。しかし、そうなると困ったな。実に困った」

 

「困った?」

 

「あぁ。困ったことだ。現状は俺の趣味じゃない。お前には幸せになって貰わなければいけない」

 

「しあ、わせ? なら私は今、幸せ」

 

「そんな訳あるか。今のお前の状態は幸せなんかじゃない。幸せってのはな。常にお前が笑顔で居る状態の事だ」

 

「常に笑顔?」

 

そんな事言われても、良く分からない。

 

だって、痛いのも、苦しいのもいつも来るのだ。笑ってなんて居られない。

 

「ふむ。そうだな。なら、想像してみろ。例えば、紗理奈。お前が佐々木和樹と結婚した未来だ。結婚ってのは愛し合う二人がずっと一緒に居る為の儀式。お前の両親の事は考えなくていい。ただ考えるのは佐々木和樹と共にいる未来だ」

 

私は言われるままに目を閉じて、佐々木との未来を考える。

 

「まずは朝のおはようだ。お前が目を醒ますと横には佐々木和樹が寝ている。無防備な寝顔だ。お前は少しいたずらでもしてみようかと思い。その頬を突いてみたりする。その刺激で起きた佐々木和樹はお前の悪戯に怒りながらも、そんな悪戯すら愛おしいとお前を抱きしめるだろう」

 

「朝から布団の上でいちゃついていたお前たちだったが、朝ごはんを食べなくてはいけないと思い出し、二人で布団から出て、朝の準備をする。そして準備した朝ごはんを食べていると、目の前には佐々木和樹が居り、お前の視線を見て、どうかしたのかと笑う」

 

「その後、佐々木和樹はプロ野球選手として出かけていく。そしてお前は佐々木和樹の帰りを待ちながら、家の仕事をして、佐々木和樹が帰ってくるのを待つ。夜になり、佐々木和樹が帰ってきた事を知らせるチャイムがなり、お前は玄関まで佐々木和樹を迎えに行くだろう。そして扉を開ければそこにはお前が帰りをずっと待っていた佐々木和樹の顔があり、お前をただいまと抱きしめるだろう」

 

「夕ご飯を共に食べ、食後は大き目なソファーに二人で肩を並べながら座り、今日あった事を互いに話し、ゆったりとした時間を過ごすんだ。そして夜になれば、共に並べた布団に横になり、佐々木和樹の手を握りながら、お前は眠りにつく。共に歩む佐々木和樹の事を思いながら、な」

 

私は、天野の話す幸せの話に、ただ涙を流していた。

 

だって、それはきっと叶わない夢だから。

 

願ってはいけない夢だから。

 

でも……知ってしまった。知りたくなかった。そんな夢。

 

「なんで、なんで……教えたの?」

 

「お前を幸せにするためだ。自らの願いを知らなければ幸せになんてなれないだろう?」

 

「幸せに、する? 私を」

 

「そうさ。これ以上ないってくらいのハッピーエンドをくれてやろう」

 

「……なんで、私にそんな事をしてくれるの?」

 

「まぁ俺にも色々と目的があるんだよ。ただ、その目的はお前の願いとはぶつからない。だから手を貸してやる。ただそれだけだ」

 

「天野の願いって、なに?」

 

「聞いてどうする」

 

「私に出来る事なら、協力する」

 

「……」

 

「天野?」

 

「バカ。お前は今、自分が大変なんだから、自分の事だけ考えてろ」

 

「それでも、ね。お願いを聞くだけでも」

 

「……しょうがねぇな。平和だよ。世界平和」

 

「世界、平和」

 

「そうだ。笑うか?」

 

「ううん。笑わないよ。笑わない。とっても素敵な夢だと思う」

 

「お前、意味分かってないだろ」

 

「意味。意味? みんなが楽しく笑って過ごせる世界じゃないの?」

 

「いや、まぁそうなんだが……まぁ、いいや。俺の願いは重要じゃねぇから。今は自分の事に集中しろ」

 

「でも、私も、何か出来るかもしれない」

 

「……はぁー。めんどくせぇな。まだ信じてるのかお前は」

 

「どういうこと?」

 

「嘘だよ。嘘。世界平和なんて願う奴が居る訳ねぇだろ。間抜けが」

 

「だましたの!?」

 

「騙される方が悪いってね。俺は嘘つきなんだ」

 

天野は振り回した私の手を軽く受け止めて笑うと、そのまま背を向けて歩き出した。

 

しかし途中で立ち止まると私の方を振り返って、口を開く。

 

「あぁ、そうそう。言い忘れてたよ」

 

「お前に教えた幸せな夢の名前だ」

 

「『お嫁さん』」

 

「あの未来は確かにお前の中にある。勇気をもって、踏み出せよ千歳紗理奈」

 

それだけ言い残すと、彼は去っていった。

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