願いの物語シリーズ【千歳紗理奈】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第8話『私では、佐々木の役に立てない。それがただ、辛かった』

高校一年生の夏。

 

光佑お兄ちゃんが事故に遭った。

 

試合の最中に倒れて、佐々木は動揺して、辛そうにしていた。

 

私は佐々木が悲しくない様に、辛くない様にその手を握っていた。

 

でも、佐々木の手の震えは止まらなくて、私は朝陽さんに話をして、佐々木が大丈夫になるまで、佐々木の傍にいたいと伝えた。

 

佐々木のお父さんとお母さんも良いよって言ってくれて、私は佐々木の家で苦しそうにする佐々木の傍にいる事にした。

 

それでも試合には行くと言って、何とか一緒に甲子園に向かい、試合はしたのだけれど、結果はあまり良くなかった。

 

苦しそうだった。

 

辛そうな佐々木を見ていると、私まで辛くなってしまう。

 

家に帰ってきてからも、寝ている時にたまに光佑お兄ちゃんに謝っている事もあった。

 

私では、佐々木の役に立てない。それがただ、辛かった。

 

「紗理奈ちゃん。少し休みなさい」

 

私は佐々木のお母さんに首を振って、寝ている佐々木の背中を撫でていた。

 

でも、それを二度、三度と繰り返すうちに、良いからと連れ出されてしまい、一緒にご飯を食べる事になった。

 

「ほら。食べなさい。食べないと倒れちゃうから」

 

「でも、佐々木も食べて無いのに」

 

「良いのよ。あの子はお腹すいたら食べるから。それに普段から鍛えてるからね。多少食べなくても大丈夫。でも貴女はそんなに細いんだから、ちゃんと食べないと駄目」

 

「……はい」

 

「食べたらちゃんとお風呂に入って、よく寝る事。寝る時は和樹と手を繋いでいれば安心でしょう?」

 

「……ありがとう、ございます」

 

私は佐々木のお母さんと話ながらも、やっぱり佐々木が心配で、何度も佐々木が寝ている部屋を見てしまうのだった。

 

でも結局私に出来る事は何も無くて、光佑お兄ちゃんが目を覚ましたという話を聞いた時、佐々木は、もう大丈夫だからと私を立花家に戻る様に言って、私を遠ざける様になってしまった。

 

私、嫌われちゃったのかな。

 

傍に居るのは、嫌だったのかな。

 

迷惑だったのかな。

 

そう聞きたかったけど、聞くのは怖かった。

 

そして、立花家に戻ってからも、やっぱり佐々木が心配で、私はボーっとしたまま過ごしてしまうのだった。

 

そんなある日。私は朝陽さんに呼び出され、帰ってきた光佑お兄ちゃんと陽菜ちゃん、綾ちゃん。そして幸太郎さんに囲まれて、正座をしながら問い詰められていた。

 

「さぁ、正直に言ってもらいますよ」

 

「吐けー!」

 

「証拠は全部あがってるんだよ。紗理奈ちゃん!」

 

「全部言って楽になろうか。紗理奈ちゃん」

 

「あ、あぅ」

 

私は助けを求める様に唯一何も発言していない幸太郎さんへと視線を向けた。

 

しかし、幸太郎さんは笑顔のまま私の前にあった救いを断ち切っていく。

 

「僕はね。紗理奈ちゃん。家族には幸せになって欲しいと常々考えているんだ」

 

「……!」

 

「だから、悩みがあって、それで苦しんでいるのなら、それを打ち明けて欲しい。そう思うね」

 

「あ、あぅ」

 

私は観念して、佐々木の事を洗いざらい話した。

 

そして、その日から、佐々木に私が出来る事を考えていく会議が定期的に開かれる事になる。

 

しかし、何をやっても佐々木の反応は良くなくて、結局二年生の夏になっても、佐々木は一人で練習を続けているのだった。

 

でも、その努力は結果に繋がらなかった。

 

私も応援しに行ったその試合で、佐々木は、凄い凄い頑張ったのに、結局負けてしまった。

 

観客席から見ていても、ベンチに居た佐々木は凄く辛そうで、すぐに走って行きたいのに、この遠すぎる距離が悲しかった。

 

どんなに手を伸ばしても、届かない。

 

佐々木の苦しみに寄り添う事の出来ない自分が嫌だった。

 

「もう限界だね」

 

「え?」

 

「和樹を呼ぶ。直接話すべきだ。俺も、紗理奈ちゃんも」

 

「……」

 

でもそんな、ただ見ているだけの日々に、光佑お兄ちゃんも思う所があったのか、家に佐々木を呼んでもらえる事になった。

 

そして、私は、この一年であった事を考えながら佐々木に想いをぶつけてゆく。

 

今日までの沢山のありがとうと、これからのお願いしますを、佐々木に投げる。

 

光佑お兄ちゃんに教えて貰ったキャッチボールで。

 

私の想いを届ける。

 

私じゃ大した事は出来ないけど、それでも佐々木の支えになりたい。

 

佐々木の傍に居たいから。

 

何でもいい。佐々木の役に立ちたいから。

 

貰った優しさを、佐々木の温かさを、佐々木に返したいんだ。

 

そう、佐々木に私は、伝えるのだった。

 

そして、私は、ようやく佐々木とまた手を繋げるようになったのだった。

 

 

 

それから。私は、立花さんの家で、思いもよらない人と再会していた。

 

もう会ってはいけないハズの人。

 

ずっと、ずっと謝りたかった人。

 

「お、お姉ちゃん」

 

「紗理奈。久しぶり」

 

「あ、あの。ごめんなさい。すぐ出ていくから、だから」

 

「待って! 違うの。追い出しに来たとかじゃないの。紗理奈と話をしに来たのよ」

 

「話?」

 

「そう。話。ちゃんとした、話を」

 

お姉ちゃんは私の手を握ったまま放してくれなくて、私は一緒に奥の部屋に来ていた。

 

そして、正面から向かい合って座り、ようやく手を離して貰えた。

 

「ごめんね。強引に連れてきちゃって」

 

「……ううん」

 

「何から話したら良いのかな。ごめん。私、紗理奈に謝らないといけない事が、いっぱいあるよね」

 

「私に、謝らないといけないこと?」

 

「そう。私、朝陽さんに聞くまで、何も知らなかったから、目を逸らしてた。見ようともしなかった。まずは、それについて、ごめんなさい」

 

「ううん。お姉ちゃんは何も悪くないよ。悪かったのは全部私だもん」

 

「違う! 違うの。そうじゃないのよ。紗理奈。そうじゃないの」

 

「違う?」

 

「もう我慢しなくて良い。お願い。正直な貴女の気持ちを教えて」

 

お姉ちゃんの言葉に、心の奥底にある何かが小さくひび割れた様な気がした。

 

ずっと、ずっと昔から固く閉ざしていた扉が、開く様な、そんな感覚がする。

 

開いてはいけないと、閉じた扉。

 

願ってはいけないと、考えてはいけないと、奥底にしまい込んだ想いが出てこようとしている。

 

でも、それは恐怖だ。

 

「だ、駄目だよ。何もない。私はずっと正直だよ」

 

「紗理奈。もう良いの。私は、全部受け止めるから。だから」

 

だめ。

 

出しちゃ、だめ……。

 

でも、抑えられない。

 

「……なんで! なんで、お姉ちゃんは、紗理奈を置いて出て行っちゃったの?」

 

「……っ」

 

「なんで、お母さんは紗理奈をぶつの? なんで、お母さんは紗理奈が痛いって言うと笑うの? なんでお父さんは居なくなっちゃったの? なんでお姉ちゃんは紗理奈の事が嫌いになっちゃったの? なんでお母さんは紗理奈を見てくれないの? なんでお父さんは知らない人の話をずっとしてるの? なんで、お父さんもお母さんも紗理奈を見てくれないの? なんで、誰も、わたしを……愛してくれないの?」

 

「……紗理奈」

 

「お店で見た子みたいに、手を繋ぎたかった。頭を撫でて貰いたかった。抱きしめて貰いたかった。ここに居ても良いんだよ。って言ってもらいたかった」

 

話しているうちに、あの時の苦しさが蘇ってきて、苦しい。

 

ずっと、ずっと気にしない様にしていた背中もズキズキと痛みを発していた。

 

「毎日、夢を見るの。紗理奈の事を見てくれるお父さんとお母さんがいて、お姉ちゃんが、紗理奈の事を嫌いにならない夢。手を繋いでね。一緒に笑ってる夢。羨ましかった。でも、ずっと遠くて、紗理奈、届かないって分かって全部見ない様にしようって思ったの」

 

「だって、紗理奈には何も出来ない。生まれ損ないだから。生まれてきちゃいけない子だったから。紗理奈がいなくなれば、みんな幸せになるって、でも、紗理奈は我儘だから、死にたくないって思ったの。佐々木が、手を握って、くれたから、生きたいって思えたの。でも、それでも夢は消えないから、私は、ぜんぶ、奥に隠して、大丈夫に、なったんだよ」

 

「もう、大丈夫なの」

 

だから泣かないでと言おうとした私の言葉はお姉ちゃんに抱きしめられて言う事が出来なかった。

 

痛い。けれど温かい。

 

ずっと、憧れてたお姉ちゃんの、温かさだ。

 

「ごめ……ごめんなさい。紗理奈……!」

 

何とか出てきたものを奥に隠したけど。お姉ちゃんを傷つけてしまった。

 

また、傷つけてしまった。

 

それが悲しい。

 

でも、ズルい私は、お姉ちゃんに抱きしめられているという感覚が嬉しくて、離れようという気にはなれないのだった。

 

それから少しして、落ち着いたお姉ちゃんは、涙は止まっていなかったけど、私から離れて行った。

 

それを少し寂しく思う。

 

「ごめんね。紗理奈」

 

「ううん。落ち着いた?」

 

「うん。ありがとう。それでね。こんな事聞くのは本当に図々しいんだけど、貴女に償う機会を貰いたいの」

 

「つぐなう機会?」

 

「そう。紗理奈が良いなら、こんな私でも許して貰えるなら、まだ、紗理奈のお姉ちゃんで居ても、良いかな」

 

「紗理奈にとってお姉ちゃんはずっと、お姉ちゃんだよ」

 

「……っ、ありがとう、紗理奈。ごめん、ごめんね」

 

「ううん」

 

「……っ、そうだ。紗理奈。何かお姉ちゃんにして欲しい事、ない?」

 

「して欲しい事?」

 

「そう」

 

いつか、朝陽さんとお風呂に入った時も同じ事を聞かれたなと私は思い出していた。

 

でも、お姉ちゃんに頼んでも大丈夫かな。

 

怖いな。

 

「……なんでも、良いの?」

 

「勿論! 何だっていい!」

 

「なら、その、ね。ぎゅって、して欲しいな。って」

 

「紗理奈!」

 

「お姉ちゃん……ありがとう」

 

「バカ。こんな事。こんな事! そんなに仰々しく言わなくても、いくらでもやってあげるわよ。こんな……!」

 

「あたたかい」

 

お姉ちゃんの温かさはとても心地が良くて、私は多分世界で一番幸せになっていた。

 

佐々木が居る。

 

お姉ちゃんや朝陽さんがいる。

 

幸太郎さんも、光佑お兄ちゃんも、陽菜ちゃんも、綾ちゃんもいる。

 

お料理部の人たちもいる。友達も出来た。

 

こんなにも優しい人たちに囲まれて、私は、これ以上ないくらい、幸せだった。

 

そして、その夜。

 

お姉ちゃんが一緒にお風呂に入りたいって言って、背中を見られた時は大変だったけど、何とか落ち着いて、一緒にお風呂に入る事が出来た。

 

湯船の中ではずっと後ろから抱きしめてくれて、何だか得した気分だった。

 

そしてご飯も一緒に食べて、夜寝るときは手を繋いで一緒の布団で寝てくれた。

 

ずっと憧れていた物が全部、ここにあった。

 

天国という場所があるのなら、きっとここなんだろうと思えた。

 

 

 

……そして。

 

多分そろそろだろうなと思っていた人が、この日の夜。

 

私の前に姿を現した。

 

「まったく。しょうがない奴だ」

 

「……? 天野?」

 

「よう。良い夜だな。対価を、貰いに来たぜ」

 

鍵が掛かっていた筈の窓を開いて、私のすぐ横に立つ天野は、全身に黒い服を着て、まるで死神の様に、立っているのだった。

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