剣に狂った男が人の心を取り戻すのは間違っているだろうか 作:ロマン剣技大好き侍
分割した番外編、最後の一話です!
くぅ〜っ、疲れました!
これでやっと本編に戻れますね!まさかこんなに長くなるとは思ってませんでした!
日は既に沈み掛けていた。
代わりに顔を出すのは、薄っすらと輝く満月だ。
陽気な笑い声を背に、ベルは大通りを今朝の記憶を頼りに歩いている。
時折怒号なども聞こえてくるが、すっかり慣れてしまった。
長閑な故郷の村が懐かしくなる時もあるが。
「(この辺りだったと思うけど……)」
はっきりと記憶していたわけではない。
いつも通っている道とはいえ、オラリオという都市は広大だ。
意識して覚えなければ、道も建物もすぐに記憶の中で風化していってしまう。
改めて、凄いところに来たものだと思う。
獣人の女性が大胆な服装で客引きをしていたり、それよりもっと露出の多い格好をしたアマゾネスの集団が歩き去る姿から慌てて目を逸らしながら、内心で本当に凄いところだと何度も頷いた。
そして、ようやく見覚えのある風景が目に留まった。
あの時は不思議な視線を受けて周囲を見回していたからか、なんとなく覚えていたみたいだ。
あのカフェテラスがある酒場の店頭で足を止めた。
「……ここ、だよね?」
店名は、豊穣の女主人。二階建ての大きな建物である。
それになんだか大仰な名前だ。というか、店の名前くらい確認しとけよ、と自分自身に対して思う。
外にいても中の喧騒が伝わってくるし、こんなに立派なお店だったら結構お高いのではないかと、今更になって少しビビる貧乏性。
いきなり入る勇気もなく、そっと扉から店内を覗いた。
まず目に付いたのは、カウンターの中で料理や酒を振る舞う恰幅のいいドワーフの女性、恐らく女将さんだろう。
ちらりと見えた厨房には、
そして、ベルにとって最も重要な点は、客に注文を取っている店員の全てがウエイトレス。つまり、女性しかいないのだ。
「(えっ、これ、僕には難易度高くないかな?)」
店員の中に
種族的にプライドが高い傾向にあり、どうしても客との距離が近くなる給仕なんてやる人は限られる。
ただ、エルフ好きであるベルはちょっと残念に思った。
絶対にここの制服を着てるエルフは可愛いので、その気持ちが分かる同士は多いだろう。
何はともあれ、尻込みしていたベルの元に一人の少女が近づく。
「ベルさんっ!」
「……」
当然ながら唯一の知り合いであるシルだ。
いつのまにやら隣に立っており、最早逃げることはできそうになかった。
観念したように苦笑しながら、ベルは軽く会釈する。
「お客様一名入りまーす!」
そんな大きな声で言わないでほしい。
よく通る澄んだ声が店内に響き、なんだか視線を感じる気がしてベルは小さく縮こまった。
恥ずかしいし、情けないやらで泣きたくなる。
そのまま案内されたのはカウンター席だった。
他の客の姿は見えず、女将さんと向き合うようなタイプのものだ。
これなら周囲を気にせず食事を楽しめるだろう。
多分シルが気を遣ってくれたのだと、感謝の気持ちが湧いてくる。素直にありがたい。
「アンタがシルのお客さんかい?ははっ、可愛い顔してるねえ!」
ほっといてくれ、と女将さんからの言葉に思わず半目になって抗議する。
望んでこの容姿に生まれたわけじゃないのだ。ベルも自覚があるだけに、より複雑な気分だった。
「アタシたちに悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだって?たくさん食って、たくさん金を落としていってくれよぉ!」
「はいっ!?」
初耳である。他ならないベル自身が。
いつから大食漢になったのだろうか。全く身に覚えがない。
ぎこちない動きで背後に振り返れば、あらぬ方向を見つめるシルの姿があった。
何処見てんだ!そっち壁しかないでしょう!と内心で悲鳴を上げてはみるものの、この様子では取りつく島もないだろう。
すったもんだの末に、ちょっとだけ奮発することになった。
シル曰く、女将さん──ミア・グランドというらしい──も本当は分かっているとのことで、しっかり食べて金を払えば問題ないとか。
確かにベルは貧乏ファミリアではあるが、今日に限っては多少懐に余裕がある。
ヘスティアからも豪華な食事をしてくるように言われていたのもあり、諦めて奮発することを決めたのであった。
取り敢えず300ヴァリスのパスタを頼んだら、ドンッと置かれたそれは見るからに大盛りだった。
この量なら高くはあるけど、まだ許容範囲だろうか。
でも、ポーションが最低品質でも500ヴァリスはするからなぁ。やっぱり高くない?
更に、頼んでもいない
「楽しんでますか?」
「……圧倒されてます」
それから途中でシルがやって来て、色々と話を聞いた。
この店のことだったり、女将のミアについてだったり。あとお値段について遠回しにちょっと文句も言った。
まさか朝食として半ば押し付けられた弁当が、こんなに高く付くとは思わなかったのだ。適当に干し肉でも買った方が安く済むのだから当然だ。
そんなベルの抗議も、あっさりと流されてしまったが。
他にも豊穣の女主人で働く店員がワケアリと聞いて、シルはどうなのかと尋ねてみたりもした。
すると、色々な人を観察するのが趣味とか言われて少し驚いたが、田舎暮らしだったベルにも共感できる話ではあった。
日々刺激を受けているのは、ベルも同じだからだ。
オラリオにはたくさんの種族の人たちがいて、一つの都市が老若男女で溢れている。
天界から降りて来た神々や冒険者たち、ダンジョンが存在する都市に長年住んできた一般市民たち。未だに圧倒されることも多い。
「……ごめんなさい。少し離れますねっ」
「あっ、はい。大丈夫ですけど」
そんなシルだったが、途中でベルの側を離れていった。
なんとなく行き先が気になって目で追うと、丁度シルが出迎える形で大規模な団体客が店内に入ってくるところだった。
いらっしゃいませー、と店員の声が唱和する。
どうやら予約客だったようで、ベルの座る席から対角線上にある空席の一角に案内されていた。
先頭を進む
様々な種族が一堂に介していることが物珍しく思えて、ぼんやりと眺めていたベルは遅れて気が付く。
その中の二人に激しく見覚えがあった。
「(ファッ!?なななななっ、なんでここに────ッ!!??)」
それもそのはずで、他の客たちも正体に気付いて視線を外し始める。
だが、ベルは目を離さなかった。いや離せない。
昨日見たばかりの男女の姿に視線が釘付けになってしまっていた。
いつもより大きな心臓の音も気にならない。
まず、黒髪蒼眼の美丈夫が目に入る。
黒色の無地のシャツ、その上から紺色のカッターシャツと同色のパンツを身に付けて落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。
ワンポイントとして服には金色の道化師が刺繍されており、それだけでお洒落に感じてしまう。
あと、何故か酒場にも関わらず帯剣している。恐らく、昨日と同じ剣だろう。
その隣には、やはり金髪金眼の美少女がいる。
白色の無地のシャツだが、袖の部分がフリルになっていて見る者に控えめな可愛らしい印象を与える。襟元から見える鎖骨が目に毒だ。
ふわりと広がった青空色のスカートは膝上丈と短めで、歩く度に覗く素肌が艶かしい。
美しい金髪は黒色の髪留めによって後頭部で一つに結えられており、揺れるポニーテールに無意識に目が惹きつけられてしまう。
あと、何故か酒場にも関わらず帯剣している。恐らく、昨日と同じ剣だろう。
あの二人をベルが見間違うはずがない。
まだ記憶に新しく、命の恩人であり、一心に憧憬を注ぐ存在なのだから。
敢えて言うまでもないが、ジンとアイズがそこにいた。
「(私服キタぁああああああああッッ!!!!!)」
ベルは心の中で叫んだ。
よく実際に声を出さなかったと褒めてやりたいくらい、その様は歓喜に満ちていた。
「(うっひょおおおーッ!!!!いいんですかっ!?お二人が揃って私服で並んでる姿を
狂喜乱舞しながらも、決して二人から目を離さない。
頭頂部から爪先までじっくりと観察する。網膜と記憶に焼き付けていく。
なんだかジンとアイズが不思議そうに周囲を見回したりもしていたが、まさか視線に気付いたわけでもあるまい。構わず視線を送り続ける。
シルがにこやかにジンたちの食卓に近づいて、大量の料理を渡したところでロキ・ファミリアの宴が始まった。
「(あっ、ちょっ!あの
「(すっごい飲まされてるけど大丈夫かな?お近づきになりたい気持ちは分かるけど、ちゃんと距離感は守らないとダメだよ。ああっ、もう近い近いっ!)」
「(ジンさんもアイズさんも、意外とよく食べるんだなぁ。まさか強さの秘訣は大食漢にある??)」
「(アッ!?あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッッ!?!?!そんなッ……密着ゥッッ!!!?うわあぁあああああああああああ────ッッッ!!!!!!)」
「(えっ!?ジンさんが酔っ払った話?なにそれ聞きたいっ!…………いやあのっ、声デカいって!こっちまで聞こえないよ!ちょっと
耳を大きくして傾けるベルは、ジンとアイズの一挙動ごとに一喜一憂する。
特にアイズが酒を一気に飲み干して、おもむろに椅子を寄せてジンにぴとっ、と密着した時は内心で発狂しそうなほど歓声とも悲鳴ともつかない叫びを上げていた。
まさかこんな公然の場で親密な姿を見せるとは、夫婦関係を秘密にしていると絶賛勘違い中のベルにとっては予想外の
まあ、全部ただの勘違いなんですけどね。
更に、いつのまにか
そんな荒ぶるベルの様子を、隣に座っていたシルが心底から愉しげに眺めていた。
覗き見して悶えるベルを覗き見するシルが愉しむという、全てを知る人物からすれば地獄みたいな状況が繰り広げられる中、ロキ・ファミリアに動きがあった。
「そういや、ふと思ったんだがよお……」
突然一人の
真っ赤な顔でニヤニヤと意地悪く笑いながら、ロキ・ファミリアの仲間たちに一つの質問をした。
その何気ない一言がベルの意識を変えることになるとは、誰も知る由もなかった。
「仮の話だ!もしLv.1の時にミノタウロスに襲われたとするぜ。…………てめェらは、どうする?」
その言葉が耳に入った瞬間。
ドクンッ──。
一際大きく、心臓が跳ねた。
ベルの視線が、強制的に
いや、この酒場で聞き耳を立てていた客や店員の全てが注目する。そうさせるだけの
それぞれ想像しているのだろう。
瞑目したり、斜め上の虚空を眺めたり、首を傾げたり。
しかし、ベルは想像するまでもない。まだ脳裏に焼き付いている。
あの牛頭人体の怪物、ミノタウロスと対峙した恐怖。
フラッシュバックして、反射的に体が震える。呼吸が荒くなり始めて、視界が勝手に霞み始める。
それでも、彼等の言葉だけは聞こえていた。
「状況的に逃げられないと思うし、あたしなら勝てる確率は低いけど死ぬ気で戦うかな?」
「援軍の可能性があるなら、全力で時間稼ぎに徹するわね。それもなくて完全に一対一だとすれば、死んでも殺してやるわ。絶対にね」
あっけらかんと、
ベルには理解できない。脳が、理解を拒む。
だって、死ぬんだぞ。Lv.1であんな怪物に勝てるわけがない。どうしてそんな簡単に割り切れる。
「撤退するかな。例えどんな手を使ったとしても、生き延びれば次に勝つ自信はある。死んでしまったら、そこで終わりだからね」
「ワシは戦うじゃろうな。勝てば生き残る。負ければ死ぬ。冒険者なら当然の話だわい」
「魔導士がソロという状況が既に論外だが、一人なら為す術なく果てるだろうな。無論ただで死ぬつもりはないが……」
あれは特徴から推測するに、噂の三首領だろうか。
特に悩む様子もなく平然と答えているが、実際にその状況で冷静な判断なんてできるわけがない。
直面してないからそんなことが言えるんだ。
「Lv.1の自分っスか〜。どうなんだろう?何もできずに震えて縮こまったまま、あっさり死ぬかもしれないっスねー」
そう言ったのは、誰だろうか。
ふと周囲から『
あれが噂の……魔法もスキルもなく、18階層の
卑屈な発言とは裏腹に、その瞳はギラギラと輝いていた。
「斬る」
「倒します」
そして、憧憬の二人が一言で答えた。
極めて簡潔で、あまりにも残酷な言葉だった。
誰もが理解する。
至極当然の事実を告げただけ。悩む余地はない。
「──俺か?ンなの、喰い殺すに決まってんだろ」
最後に質問者である狼人が犬歯を剥き出しにしながら、傲岸不遜にそう宣言した。
ゴクリ、と無意識に生唾を飲み込んだ。
なんでこの人たちは、ミノタウロスに勝つ可能性を信じている?
撤退すると言った
死ぬ確率の方が高いのに、僅かな可能性を疑わない。
これが第一級冒険者との差なのか。恐怖に思考を麻痺させて、闇雲に逃げようとしたベルとは大違いだ。
「君ならそう言うと思ったけどね。ただ、現実問題どうするんだい?Lv.1の君には決定打となるものが無いと思うよ」
発言を肯定しつつ、けれど当然の指摘を送る。
尤もな言葉であり、実際のところ意気込みだけでどうにかなるものではない。
第二級冒険者さえ時に殺し得る力と耐久を持つミノタウロスを、一体どうやって倒すと言うのか。
常識的に考えて、無理なはずなのだ。
「笑わせんなよ、フィン。てめェがそれを言うのか?
その言葉に、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
狭まっていた視界が開ける。
目の前には心配そうな表情のシルがいた。背後にはミアが真剣な面持ちで仁王立ちしている。
「(そうだよ。さっきから僕は否定的なことしか考えていなかった。いつもあれだけ夢物語を語っておきながら、
改めて思い返して、情けない限りだった。
あまりにも格好悪い。
昨日の記憶が蘇ったから仕方のない部分はあるが、逃げることだって決して悪いことじゃないのに。
「ベルさん、大丈夫ですか?」
「……あはは、すみません。少し気が動転してしまって」
「仕方のない話だよ。正直駆け出しには刺激が強すぎる内容だったからね。気にしすぎるんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます」
シルとミアから声を掛けられて、苦々しい心情を表には出さないように気を付けながら笑みを浮かべる。
呆れたような表情のミアを見る限り、上手くいってなさそうだが。
「本当に、もう大丈夫です。感情に引っ張られてしまっただけで、
言葉にすれば、整理がついた。
いつだって分不相応な夢物語を思い描いていた。
剣一本で並いるモンスターを薙ぎ倒し、美少女を助けて惚れられる、なんて。
想像の中ではミノタウロスだって何回も倒していた。
ベル・クラネルの英雄譚を綴っていた。
「すみません。僕はこの辺りで失礼します」
「……そうですか。ちょっと変な感じになってしまいましたが、また来てくれますか?」
きっと、何度も呼びかけてくれていたのだろう。
シルの少し寂しそうな表情に、申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちが混ざり合う。
ここの料理は美味しかったし、ヘスティアにも食べてほしいと思った。
ならば、答えは決まっている。
「もちろんです!また、次はもっと稼いで来ます!」
「はははっ、いいじゃないか!ここに来たばかりの時よりも、ずっと男前になったね!」
「はいっ、お待ちしています!」
二人に見送られたベルは、豊穣の女主人を後にする。
なんか記憶にない支払いもあって稼ぎの半分くらいが無くなってしまったが、先の宣言の通りまた稼げばいいのだ。
微妙に情けない顔になっていなかったか不安だが、多分それも大丈夫だと信じよう。
そして、帰路ではなくダンジョンへと足を向ける。
今日ヘスティアは帰りが遅くなるという話だし、時間ギリギリまで鍛えたい気分だった。
防具は身に付けていないが、幸い短刀は特に嵩張るわけでもないので持ってきていたし、無理さえしなければ問題ないだろう。
あまり時間もないので、走って行くことにした。
「あれは、こんな時間にダンジョンに……?」
その後を追い掛ける存在に、気付くこともなく。
◆◇◆
気が付けば、ベルはダンジョンの6階層まで来ていた。
いや、本当は日中と同じように4階層で折り返そうと思っていたのだが、ステイタスが上がったことで効率が悪くなってしまったのだ。
コボルトは八匹以上、ゴブリンに至っては十匹以上でなければスキルの強化効果が発動しない。
6階層以降になると、モンスターの出現速度が上がる。
更に、5階層以下にはいない強力な種類のモンスターも出てくるようになるため、窮地判定的には結果的にこちらの方が簡単に満たせた。
というか、ベルの気の所為でなければ
元のステイタスが伸びたから、その分で錯覚しているだけだろうか。
ちなみに、バックパックは廃教会に置いてきてしまったので、バベルまでの道中で手頃な大きさの皮袋を買って体に括り付けている。
バキリ、と。
ダンジョンの壁が罅割れて、
まるで影がそのまま動いているような不気味な外見。人型のモンスターで160Cほどの体躯。両腕には鋭利な鉤爪が付いている。
ウォーシャドウ。上層の初心者殺しとして知られている。
駆け出し冒険者なら普通は死を予感する場面だが、ベルにとっては好都合である。
背中が発熱する。全身に熱が広がっていく。
スキルによって全
この状態ならば、この程度の敵に負けることはない。
「はあッ!」
ウォーシャドウの群れに囲まれる前に、一匹の胸に短刀を突き入れた。
反応を許す間も無く、生き絶える。
これでまずは一匹。先手を取り続けて有利に戦う。
鉤爪とは無理に打ち合わない。
最悪刃こぼれする上に、相手が複数匹の場合は足を止めるのは避けたいところ。
常に動き回って一匹ずつ確実に倒していく。
本来なら格上の相手だし、防具も付けていないので無傷ではなかった。
だが、全身に細かい傷がたくさんできているのに反して、戦闘に支障をきたすような大きな怪我は一つも受けていない。
安全第一に立ち回りながらも、隙を見つけて数を減らそうとする。
それでもモンスターは次から次へと補充されていく。
戦闘音につられてか、通路の先からゴブリンとコボルトの群れが現れた。
天井に潜んでいたダンジョン・リザードが飛び掛かってきたのを回避して、フロッグ・シューターの伸びる舌を迎撃する。
ニードル・ラビットの突撃に対して反撃で蹴りを側面から叩き込んだ。
背にしていた壁から突如としてウォーシャドウの鉤爪が飛び出してきて背中が抉られる。咄嗟に躱そうとしたお陰で傷は浅い、独楽のように回転して胴体を両断した。
「はぁ……はぁ……ッ!」
敵の数が増えるにつれて、背中の熱が強くなってくる。
全身が熱を持っているように熱くて、熱くて、熱くて…………どうしようもなく狂おしかった。
無限に湧き出てくる力に振り回されないように己を律しようとするが、頭が熱に浮かされたようになってしまい上手くいかない。
荒い息を吐きながら脳裏に思い浮かべるのは、憧れであるジンとアイズの姿だった。
「(あの時、ジンさんの剣は速すぎて見えなかった……この程度で満足していて、どうしてあの二人に追いつけるッ!?)」
努めて冷静でいようとしても、背中の刻印を中心として広がる熱がベルの思考を狂わせていく。
そうして秘めていた激情が顔を出し始める。
「僕はっ……弱いッ!」
そんなことはベル自身も理解していたはずなのに。
叫ぶような声で吐露しながら、コボルトに白刃を突き刺し、地面に転がるゴブリンの頭を蹴り飛ばす。
あの二人なら、このくらい一瞬で殲滅するだろう。
「何もしていないのに、何かを期待していたッ!!」
憧れる存在と出会ったことで、勘違いしてしまった。
まるでベルも二人の英雄譚に加わったかのような、そんな錯覚を起こしてしまった。
スキルも発現して、全てが順風満帆だったから。
いつもと変わらない日常を繰り返しておきながら、勝手にベル・クラネルの英雄譚が幕を開けたのだと期待していた。
「はぁああああッ!!!!」
裂帛の気合いと共に一回転して、包囲を力づくで弾き飛ばした。
倒れたやつは無視する。仕留めるのは後でいい。
この階層で最も強敵なのはやはりウォーシャドウだ。優先して減らしていく必要がある。
しかし、多勢に無勢。
何にやられたかは定かではないが、まともに一撃を喰らって無様に転がる。
「──もっとだ……ッ!」
ジン・ブレイドはたったの半月でLv.2にランクアップしたと聞いた。
つまり、現在のベルと同時期ということになる。
幾度も無謀な冒険を繰り広げて、幾度も強敵と戦い続けて、幾度も死を覚悟したことだろう。
アイズ・ヴァレンシュタインだってそうだ。
一つか二つしか年齢が変わらないのに、Lv.6という世界でも有数の実力者になっている。
毎日欠かさずダンジョンに潜っているらしく、ベルでは及びもつかない高みにいながらも常に向上心を失わない。
そんな二人がどんな出会いをしたのかは知らない。
だが、今はベルも憧れて羨ましいと思うような関係を築いている(……と、ベルは思ってる)
肩が触れ合う距離で並び立ち、互いを見る瞳は優しかった(そうだったかな……そうかも?)
私服だってそれぞれの色を取り入れたりしていて(ジンは金の刺繍、アイズは青のスカートと黒の髪留め)
背中を合わせて笑みを交わし合い、恐ろしい強敵を討ち果たし(最早妄想の域)
そして、夫婦になったんだッ!(想像の飛躍)
「もっと、もっと熱く──ッ!!」
こんなところで立ち止まっていられない。
あの二人はベルが上がってくるまで待ってはくれないだろう。
ならば、追い付くしかない。
死に物狂いで走って、時には無理も通して、駆け上がっていく以外に、二人の側に立つ方法は存在しない。
もっと近くで二人を見るためにも、いつまでも下を向いてたらダメだ!
「もっと熱くなれよぉおおおおおッッ!!!!!」
全身が発火したかのような熱に包まれる。
背中が火傷したかのように熱く、痛みさえ感じるほどだ。
けれど、ベルの意識は目の前の敵だけに向いている。
脳裏にはジンとアイズと共に戦場を駆け抜ける無数の妄想が広がり続けている。
地面を砕くような勢いで踏み込む。
視界が一瞬で切り替わり、目の前には呆然とするモンスターの姿があった。
先程までとは比べ物にならない加速により、ルームの中を縦横無尽に駆け巡って当たるを幸いに短剣で斬りつける。
明らかに速度に振り回されているが、もうベルは立ち止まらない。
「うわぁああああああああ──ッッ!!!!!!」
何度も、何度も繰り返すうちに、狙いが正確になってくる。
致命傷となる首や面積の広い胴体を斬り裂く度に、目に見えてモンスターの数が減っていく。
時に倒れ込みそうなほど前傾姿勢で駆け抜けて、時に壁を蹴って急速な方向転換をして、動きを止めることなく蹂躙する。
「ぜえッ……はあッ……!」
どれだけ時間が掛かっただろうか。
気が付けば、周囲はモンスターの死骸と灰の山で溢れ返っていた。
限界を超えた挙動に呼吸が儘ならない。
ベルの叫びに反応して集まってきていたらしく、一時期は広間が埋まりかねないほどだった。
窮地を脱したのに、何故か熱が収まらない。
まさか発動時間が長引くと、効果が一定時間残るのだろうか。
熱に茹った頭の何処かで冷静に現状を分析するが、相変わらず思考は狂ったままであることに違いはない。
ここで引き返すべきという当然の判断をすることもできず、全身に広がる熱に突き動かされるようにして、その後もモンスターと戦い続けた。
「あっ……(やばいっ、意識が……)」
そして、当然の帰結として。
スキルによって増したステイタスに任せた暴走は、ベルの体に大きな負担を掛けていた。
理解していても御しきれなかった結果、疲労が極限に達してしまう。
「……はぁ。こんなところだろうと思いました」
このまま気絶するという時、ふと涼やかな声が耳に届いた。
朦朧とする意識の中、霞む視界で必死に声の主を確認しようと首を動かす。
金色の長髪、尖った耳、緑色の
「声は聞こえていますか?」
「は……はい……」
「では、所属するファミリアは?貴方の名前も教えてください」
「ヘス、ティア、ファミリアの……ベル・クラネル、です」
「……
エルフ特有の美しい顔が目に入る。
その人は、ベルの無事を喜んで小さく微笑んだ。
「あな、たは……?」
「そういえば名乗っていませんでしたね。これではまた、
そう言って膝をついて立ち上がれないベルの前で視線を合わせるように屈むと、生真面目な表情で名乗った。
「
その言葉を耳にしたのと同時、ベルの意識は暗転した。
アストレア・ファミリアのリュー・リオン、美しいエルフの名前を脳裏に刻み込みながら。
もしかして新スキルが便利で強いメリットしかないと思ってたやついる!?いねえよなぁ!!?(暗黒微笑)
そんなわけないんすよね、世の中そんな甘くない。
熱狂って、文字通り熱に狂うんですよ。
正気でいられると思いますか?ご覧の通りで御座います!
あんな爆盛りスキルでデメリットの一つもないなんて、そんな都合良くはいかせません。
精神汚染抵抗っていうのも、狂気を狂気で中和するってことですから。
狂信者(ファナティカー)の栄光(クレース)。
熱狂するほど効果向上…………ぶっちゃけ罠ですね、はい。
強靭な精神の持ち主じゃないと暴走の危険があるという、特大のリスクを抱えたレアスキルでした。
気付いていた人、いますかね〜?
あと、アストレア・ファミリアについては続報を待て!
満を辞して登場したリューさんとベルくんの関係はこの先どうなっていくのか!楽しみにしていてください!
というわけで、次からまた本編に戻ります!
風邪引いたので少し遅れるかも?
皆様、元気が出る薬の処方をお願いしますね!(高評価&お気に入り登録&感想お待ちしてます!)