昼の時間帯、雲一つない空の上で太陽が輝いていた。
そよ風が吹けば俺の体は揺れる。
飛ばされないように必死に踏ん張りながら俺は道を歩いていく。
眠い……死ぬほどに眠かった。
頭がぼんやりとしているようだ。
痛みを感じる時もあったが、今は力が抜けそうなほどに眠い。
気を抜けば一瞬で倒れてしまいそうであり。
後ろからついてくるアーリンとアードルングも俺を心配そうに見ているんだろう。
「ひゅぅ、ひゅぅ……ぁ、ぁぁ……」
「……まるで、動く死体ね」
「……見た事があるから分かるな」
後ろからついて来る二人が何かを呟いていたが。
それを気にしていられるほどの余裕は俺には無い。
俺は気力を振り絞りふらふらと道を歩いていく。
すれ違う人間は俺の顔を見てぎょっとしていた……ひどい顔をしているんだろうなぁ。
徹夜で作業を繰り返し。
指定された期限内に間に合わせようと必死だった。
手元が狂いそうになれば、アーリンに頼んでコーヒーを飲ませてもらった。
アードルングは俺の為に僅かな時間で食べられる軽食を買ってくれて。
少し眠ってしまったりして予定よりも遅れそうになったが。
それでも、俺は何とか仕事を果たせた。
今、俺は箱に入れた品を運んでいる。
よろよろとした足取りの中でも意識だけは保っていた。
落とさないように汚さないように意識を向けて……着いた。
ガラガラと扉を開けて中に入れば、そわそわした様子で待つネモ爺が立っていた。
俺は彼に笑みを向けながら、ゆっくりと彼の前に立つ。
そうして、箱の蓋を開けてそれを見せた。
ネモ爺は大きく目を見開きながらそれを両手で持つ。
俺はそんな彼を見つめた。
「ふ、ふふ……間に、合わせた、ぜ……こ、これで……どう、だ」
何とか期限ぎりぎりに完成させた俺作の猿のぬいぐるみ。
可愛らしい猿の特徴を捉えた顔に、尻尾や真っ赤な尻。
手には金属製の楽器を持っており、魔力を少しだけ流す事で声を出しながらぬいぐるみが動く。
ふわふわでありながらもしっかりと形を保つ素材。
縫い目は完全に消しており、寸分の狂いも無い黄金比のような体と顔のバランス。
全てが完璧であり、俺が今まで作った中でも最高の出来だと自信がある。
一応は試運転はしてあるので動作には問題は無いが……爺さんは何も言わない。
ただじっとぬいぐるみを見つめていた。
俺は疲労困憊の中で爺さんが気に入ってくれなかったのかと不安になる。
しかし、それは杞憂だとすぐに分かる。
爺さんはゴーグルを外す。
そうして、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「うぅ、うぅぅ……最高じゃ……あぁ、言葉が見つからん……ありがとう。本当に、ありがとう」
「爺さん……へへ、まだ安心するには早いぜ……お孫さん、そろそろ来るんだろ? ほら、笑え笑え!」
俺は爺さんの肩を叩く。
すると、爺さんはしっかりと頷いてから溢れ出る涙を拭う。
そうして、綺麗な青い瞳を俺に向けてにかりと笑う。
そのタイミングでガラガラと扉が開かれる。
見れば小さな子供と爺さんに似た顔つきをした女性が立っていた。
その後ろには優し気な顔の青年がいて疲れたような笑みを零していた。
爺さんを見れば、慌ててプレゼントを背中に隠していた……本当にギリギリだったみたいだな。
俺は爺さんから離れる。
そうして、客を装いながら四人の会話を聞く事にした。
「リース! レン坊! おぉおぉ、よく来てくれたのぉ。疲れたか? 喉は乾いておらんか?」
「じいじ! 僕は大丈夫! お父さんがおんぶしてくれたからぁ」
「おぉそうかそうか……お前さんもさっさと入らんか」
「す、すみません……ほら、レン。お爺ちゃんに言う事があるんだろ?」
「あ! そうだったぁ……えっとね。じいじ……ありがとう!」
「……ん? 一体何のお礼かのぉ?」
俺たちは家族団らんの邪魔をしないように息を潜める。
すると、お孫さんはネモ爺さんの手を取ってにかりと笑う。
「じいじがね。僕の為にぷれぜんとを作ってくれてるって聞いたからぁ」
「……! おぉそれで……その、リース。すまなかったのぉ。前回、儂は」
「……お父ちゃん、それは言わないで……私が悪かったの。お父ちゃんは一生懸命に作ってくれたのに、私ったら……」
「いいんじゃいいんじゃ! 儂の考えが古かったのがいかんかった……レン、これを受け取ってくれるか?」
「んー? なぁにぃ……! わぁあ!」
ネモ爺さんは背中に隠していた猿のぬいぐるみをお孫さんに渡す。
すると、お孫さんはそれを満面の笑みで受け取る。
嬉しそうに笑ってそれをくるくると体を回転させながらはしゃいでいた。
ご両親もそんなお孫さんの嬉しそうに見つめて微笑んでいた。
俺はこそっと爺さんに近づいて耳打ちをする。
「爺さん……魔力を流したら……な?」
「……そうじゃったな……んん! レン坊、それを一回貸してもらってもいいかの?」
「えー? んー……はい」
レン君はネモ爺さんのお願いを聞いてぬいぐるみを渡す。
ネモ爺さんはお孫さんによく見ておくように言う。
そうして、爺さんが微量の魔力を流せば――ぬいぐるみが動き出す。
《こんにちは! 僕はお猿のショーンだよ! よろしくね! レン君!》
爺さんの声とは思えないほどに高い声だったが。
その声と演技力によってお猿のショーンというキャラクターに嵌まっていた。
最初は不安であったものの、これならばと俺はお孫さんをチラリと見て……ふふ。
「わぁあ! わぁぁ!! 凄い凄いすごーい! 見て見て! お猿さんが動いてるよ! お母さんお父さん!」
「へぇ! 凄いわねぇ! こんなの今まで見た事無いわ」
「本当だねぇ……お義父さん、もしかして?」
「……儂が作った……と言いたいところじゃが。これを作ったのは此処にいる彼らじゃ」
「爺さん!」
爺さんは自分が作ったと言わなかった。
俺は思わず、俺たち何て気にしないでくれと言おうとしたが。
爺さんは首を横に振り「儂はそこまで恩知らずではない」と言う……爺さん。
ご両親は俺たちに目を向けて笑みを浮かべて頭を下げる。
「あぁそうだったんですか。見ず知らずの私たちの為に……その、お代は」
「いえいえ! そんなのいりませんよ……そう、ネモ爺さんに借りがあったんですよ!」
「ん? 儂は――むぐぅ!?」
「ははは! 爺さんってばぁ。借りはこれでちゃらだからな! な!?」
俺は爺さんの口を押えて強引に話を押し通す。
すると、ご両親は首を傾げていた。
爺さんは俺の手を振りほどき、ジト目で俺を見る。
俺は頭を両手で抑えながら口笛を吹いた。
「……はぁ、全く……すまんが。レン坊を連れて何時もの店で待っていてくれんかの? 昼食はまだじゃろ?」
「えぇまだだけど……それじゃ、荷物は此処に置いておくね」
「あぁ後で運んでおく……マルさん、娘と孫を頼むぞ」
「は、はい……それじゃ行くか」
「うん! お爺ちゃんありがとー! お兄ちゃんたちもありがとー! またねー!」
「おう、またな!」
俺は去っていくレン君に手を振る。
ご両親は持って来ていた荷物を扉の近くに置いて店から出ていった。
俺は静かに息を吐き、これで一件落着だと思った。
アードルングとアーリンを見れば俺をジッと見つめている……何だよ。
「……アンタって本当に……底抜けのお人好しよね」
「あぁ馬鹿のように正直だ」
「……何で俺、仲間から貶されてるんだ?」
二人は首を左右に振りながら笑う。
俺はがっくりと肩を落とした。
すると、爺さんが俺の隣に立ち気持ちの良い笑い声を響かせながら俺の背中をバシバシと叩く。
「ははは! 気に入った! 気に入ったぞぉ! 若者よ!」
「い、いでぇ! いでぇよ!」
「名前、そう名前じゃ! 聞いとらんかったの! 教えてくれ!」
「お、俺はルーク・ハガード! あっちのエルフはイルザ・アードルング! いでぇ!?」
「ハガードとアードルング……ふむ、覚えたぞ! フロックハートは良い仲間と巡り会えたんじゃの! 善きかな善きかな!」
爺さんはそう言って笑う。
俺の背中を叩くのを止めた事で、俺はじりじりと痛みを発する背中を摩る。
アーリンはにやりと笑い「まぁね」と呟く。
「……さて、此処までの恩を受け取って、何もせんで返すのは我が一族の恥……お主、見たところ冒険者であろう」
「え、あぁそうだけど……それが?」
「ふふ、それがか……無欲であるのか、それとも馬鹿なだけか……まぁ良い。ハガードの望みはきっと……これも運命かのぉ……ついて来るがいい」
「お、おぃ。今度は何なんだ?」
爺さんは俺たちの横を通り過ぎていく。
そうして、店の外へと出ていった。
俺は何なんだと思いながら追いかける。
後ろからついてくる二人に何なんだろうなという視線を向ければ、二人は俺を温かな目で見て来る。
理解したような目で、俺だけが何も分かっていないようだ。
何か疎外感を感じる気がするが、俺はそれを敢えて気づかないふりをする……寂しくなんかねぇからな。
店から出て爺さんを探せば、隣の建物の扉の鍵を開けていた。
そうして、爺さんは手招きをしながら中に入っていく。
俺は爺さんの後を追って建物の中へと入っていき……!
倉庫らしき建物天井の魔石が明かりを灯す。
その瞬間に広い倉庫の中に鎮座するものたちがハッキリと見えた。
中へと入れば、様々な武器や鎧が置かれていた。
そのどれもが見事な逸品であり、丁寧に掃除もされている。
埃一つ被っておらず、綺麗に並べられたそれら。
これらも商品なのかと思っていれば、アーリンがちょいちょいと俺の服を引っ張って来た。
「どうした?」
「……此処、魔術の結界が張られていたわ。盗まれない為のものみたいだけど……多分、奥には相当なお宝が……ふ、ふふ」
アーリンは不気味な笑みを浮かべる。
その視線はまるで黄金を見る人間のそれだ。
俺はそれに怯えながら、絶対に盗むなよと警告をしておく。
すると、アーリンは鼻を鳴らし「盗むまでも無いわよ」と言う……どういう意味だ?
「何をしておる。さっさとついて来んか」
「はいはーい……ほら、さっさと進む!」
「お、おぃ。押すなよ……何なんだぁ?」
「……ふふ」
アーリンは俺の背中を押し、アードルングは俺を見て微笑む。
俺はそのまま武器や鎧が並ぶ倉庫の中を進んでいった。
すると、後ろの方で扉が勝手に閉まる音が聞こえた……自動なのか?
俺はそこまで金を掛けているのかと思った。
爺さんを追っていきながら周りの宝の山を眺める。
それにしても惚れ惚れするような出来だ。
丁寧な意匠に加えて、鍛え上げらた鎧の装甲。
魔物の素材を使ったものもあり、皮のなめし方にもムラが無い。
鞘に入れられた剣からは不思議な力を感じる。
これらはもしかして伝説にある魔剣や聖剣の類なのか。
俺は唾を呑み込みながら、場の空気に呑まれないように冷静を装い……お?
爺さんが奥の方で止まった。
見れば布に掛けられていた何かを眺めている。
何をしているのかと声を掛ければ爺さんはゆっくりと頷く。
そうして、布の封印を解くように紐を解いていった。
「……見てくれ」
「……! これは……っ」
爺さんが布をばさりと捲る。
現れたのは鎧一式と腰につけられた剣だった。
普通の鎧ではない。
フルプレートのような重装備ではなく。
魔物の素材を使って作られた軽装鎧だとすぐに分かった。
少し赤黒い何かの骨で作られたガントレッドと肩の装甲にグリーブ。
胸の部分は革の素材をベースに何かの鱗で補強されていた。
それらはくすんだ灰色のような色をしている。
鎧と一体となったコートのようになった布の素材も普通のものには見えない。
これもくすんだ灰色であり、文様などは無いが薄っすらと何かが見えているような気がした。
「……これは“特級危険種”に相当した力を持ったドラゴンの“ケイオスブリード”の素材を使って作られた軽装鎧じゃ。その他にも、一級クラスの水龍“コルチカムブルーム”の鱗に“
「特級に一級の魔物の素材って……嘘だろ」
「……でも、この鎧は紛れもない“本物”よ……凄まじい力を感じるわ。見ているだけで威圧されそうなほどの神秘を感じる」
「あぁこれは凄まじい……震える程にな」
アーリンはたらりと汗を流す。
アードルングに至っては手を少しだけ震わせていた。
俺だけが何とも思っておらず、ただジッと――剣を見つめていた。
「……爺さん、その剣は……」
「……はは、鎧ではなくこれに目が行くとはな……見て見るか?」
「あぁ頼む」
爺さんは鎧から剣を外す。
そうして、俺にそれを手渡してきた。
何の変哲もない鞘に納められた剣。
飾り気は全くなく黒ずんだ木で作られていて鞘尻は金属製だ。
ポンメルはただの球体状の金属であり、少し欠けているようにも見えるが使い込まれていたのだろうか。
グリップも細かい傷があるものの、とても握りやすそうに感じる。
ガードは少し太めであり、鈍い銀色の輝きを放っている。
俺はそれを受け取ってからゆっくりと柄に触れ――っ!?
ぞわりと全身の毛が逆立つ。
凄まじい何かを感じて俺の全身が恐怖に震えた。
殺気、怒り――強い念のようなものだ。
渦を巻くような負の念。
心臓を握られたかのように息が苦しくなる。
寒気のようなものも感じて僅かに手が震え始めた。
恐怖や不安が心から湧き出すようであり、俺はたらりと冷汗を流す。
心を大きくかき乱すような何かであり。
これがこの剣が俺に向けているものなのかと錯覚してしまう。
だが、実際にはそうではないのだろう。
この剣には呪いの類は無い。
生きている訳でもない。ただの剣だ。
ならば何故、この剣の柄を握っただけでこれほどの念を感じるのか。
「……これは相当な……修羅場を潜ってるな。十や百どころじゃない……だろ?」
「……そうじゃ。それは聖剣でも魔剣でも無いが。決して折れる事の無い剣……幾千の戦場を生き抜いた古強者の振るった名剣じゃよ」
俺はすぐに爺さんの方を見る。
爺さんはこれがどういうものなのかを俺に明かしてくれた。
その上で、爺さんは目を細めながら「感じるか?」と言う。
「……あぁ得体の知れない何かを感じた……見た事も触った事も無いけどよ。きっとこれは魔剣に匹敵するものなんだろうな」
「「……!」」
俺の言葉に二人は驚く。
すると、爺さんは首を静かに左右に振る。
「その可能性はある……が、断言しよう。それは魔剣ではない……それは多くの血を吸い過ぎた。魔物に人に、それは生き血を吸いつくしてきた……その結果、その剣の剣身は薄い赤みを帯びてな。折れる事が無いほどの魔性を秘めておる。神秘と言ってもいいじゃろう……が、その所為で誰もその剣を抜く事も出来なくなってしまった……ただ一人、その主だけは別じゃったがな」
「……この剣の主は何処に行ったんだ?」
「……知らん。儂に鎧の製作を依頼して、その剣も儂に預けたままじゃ……もう二十年以上も前の話じゃが。そいつは儂にこう言った……その剣が抜ける者に鎧を渡せとな……全く得体の知れない男じゃったよ」
「……」
謎の男は恐らくは冒険者だったんだろう。
相当な実力者であるから、恐らく実力は金級……いや、生きていたら白金級に昇り詰めていたかもしれない。
特級を一人で討伐したとは思えないが。
恐らく、実力はかなり上の部類だったと分かる。
そんな男が自らの愛剣と自分が使う事の無い鎧を製作させて消息を絶った。
その意味がどういう事を表しているのかは分からないが……不気味だな。
元は白く塗られていたであろう鞘は血を浴びた事で黒ずんでいた。
爺さんの性格からして汚れを落とそうとはしたんだろう。
しかし、汚れが落ちないほどにこの鞘にも血が染み込んでいたんだ。
この剣全てから禍々しい力を感じる。
恐ろしいほどの力を感じると同時に、全てを威圧するような殺気も感じて……よし。
俺は柄を握る。
すると、殺気のようなものは更に濃くなる。
まるで、剣全体が震えているかのように感じて――俺は力を込める。
本来であれば動く事の無い手が。
何の抵抗もなくするすると動く。
俺の中にある何かがこいつの禍々しい力を抑えているようだ。
俺はそのままゆっくりと剣を抜いて……おぉ。
綺麗な金属が奏でる音を聞いた。
さらりと水面を滑る葉のようにそれが動いた。
天井の魔石の光を浴びてそれが赤く輝く。
剣を掲げる。
爺さんの言った通り剣は薄っすらと赤い光を放っていた。
まるで生きているかのような光り方で。
俺はそれをジッと見つめてから、満足したと剣を鞘に戻す。
「ありがとう……爺さん?」
「…………まさかとは思ったが…………こうもあっさりと抜くとはのぉ…………やはり、お前さんじゃったか。ハガード」
「……? どういう事だ?」
「……その男はこうも言っていた。この剣を抜くに値するのは自らとは正反対の男じゃと……あやつは力を求めて、自らが進んで多くの血を流せる場所へと向かっていった。戦いの申し子であり、火種を作るものとはまさに奴じゃったろう……だが、お前さんは逆じゃ。一目見ただけで分かったよ。戦わなくていいのならその方が良い。血を流させないように、誰もが悲しまないように行動する。平和に生きる者、それがお前さんじゃ……ひょっとすればと儂は思ったんじゃよ」
「……確かに、それならこいつが相応しいわね。敵も救おうとするくらいだし」
「……ご老体。その言い方からして……これをハガードに?」
「え? そうなのか?」
俺はネモ爺さんを見る。
すると、ネモ爺さんは無言で床を見つめる。
何かを迷っている様子で、俺は暫く黙ったままの爺さんを見つめた。