一週間が過ぎるのはあっという間だった。
仲間たちと共にトリエストで買い物をし、一緒に飯を食べて。
夜まで騒いだり、浴びるほどにガイと酒を飲んでアーリンたちに叱られて……本当にあっという間だ。
約束の日を迎えて組合の職員から呼び出されて。
俺たちは冒険者組合に足を運んで領長と再び面会をした。
その結果、俺たちの功績は正式に認められる事になった。
報奨金も出るようであり、アーリンたちも胸を撫でおろしていたが。
俺だけが残るように言われてしまう。
何でなのかとビクビクしていればとある朗報があるようだった。
それを聞いた俺は驚きながらも喜び、すぐに手続きへと移って……現在、俺たちは受付の前で立っていた。
ニコニコと笑っている可愛らしいお姉さん。
その人が両手を出してきて、その中には俺が喉から手が出るほどに欲しかったものがある。
俺はそれを震える手で掴んで、静かに見つめていた。
「はい、それではこれにて“昇格の手続き”は完了になります……おめでとうございます!」
「は、はは……まさか、俺が灰燼級をすっ飛ばして“黒炭級”にまで上がるなんて……夢じゃねぇよな?」
「ふふ、夢ではないさ……おめでとう。ハガード」
「ま、当然でじゃないの? これだけの大事件の元凶を追い払った訳だし……おめでとう」
「はは! 流石は兄弟だ! 俺はそうなるって信じてたぜ! おめでとう!」
「うぅ、ありがとよ!」
両目から歓喜の涙が溢れ出る。
俺は鼻をすすりながら、ごしごしと腕で涙を拭う。
ガイが早速つけてみろと言ったので俺は頷く。
貰った指輪を慎重に指に嵌めた。
天に翳せば、その刻印は完成されたものになっていた。
剣と盾に蔓のようなものが絡まり、一凛の薔薇が咲いていた。
これこそが黒炭になった証であり、俺はとても嬉しかった。
ひとしきり眺め終えてからゆっくりとグローブとガントレッドを嵌め直す。
手の開閉を行って違和感がない事を確かめる……よし。
「それと……此方が今回組合から皆様の貢献に応じて支給される報奨金になります。勝手ながら均等になるように配分させて頂きましたが、問題はありませんでしょうか?」
「えぇ、助かります……問題ないようですね」
アーリンとガイは袋の一つを開ける。
ガイは硬貨を齧って問題ないと言う。
アーリンも硬貨を観察してからそれを戻した。
アーリンから渡された金の入った袋を受け取る。
それはかそれなりにすっじりとした重みがある。
今まで受けた依頼を十回受けてもこれほどの額にはならないだろう。
俺はこっそりと受付のお姉さんにどれくらい入っているのか聞いた。
すると、お姉さんは微笑みながらぼそりと言う。
「……おひとり様、金貨五十枚になります」
「ご、五十……マジかよ」
この袋の中に金貨が五十枚も入っている。
かなりの大金であり、俺が今まで受けた依頼の最高額は……精々が半銀貨一枚と銀貨が三枚だったか。
あの危険種の討伐であっても、金貨五枚と銀貨と銅貨が数枚程度だった。
俺としてはかなり危ない戦いだったが。
最低ランクほどの危険種自体はそうは珍しくなかったんだろう。
そう考えれば、終焉の導きの幹部の危険度がどれほどのものなのかは一目瞭然だ。
逃がした事になっているとはいえ、撃退できただけでもこれほどの金が入る。
まぁ骸海のように高額の賞金が掛けられている奴が組織にいるくらいだからな。
そりゃ、これくらいの額を払うに値するって事なのか。
……まぁ俺にとって一番の報酬は一気にランクが上がった事だけどな!
アードルングも言っていたが。
もしも、サボイアに行くのであれば最低でも灰燼級に上がっておく必要があった。
が、今回の働きによって俺のランクは更に一つ上の黒炭級に上がった。
次はいよいよ銅級であり、これなら何の心配もなく関所を超えて行けるだろう。
新しい武器と防具も手に入ったし……また新たな旅立ちって感じだな!
俺はそんな事を考えながら、受け取った金を背中に背負った鞄の中に仕舞う。
そうして、鞄を背負い直してから俺たちは受付のお姉さんに一礼し去っていく。
組合から出れば、感じていた視線も消える。
道を歩きながらアーリンは深いため息を吐いた。
「……あの領長、ずっと見てたわね……まだ、私たちを疑っているのかしら?」
「……まぁそうだろう。私も同じ立場なら疑わざるを得ないと思う……何せ、あの死狂と戦って生き残った上に撃退したのだからな……偉業と言っても過言では無いだろう」
「……皆、必死だったからな……俺もミノタウロスと戦った時は絶対に死ぬって思っちまったからな。それでも、何とか勝てたけど、運が良かったのかなぁ」
俺たちは雑談をしながら歩いていく。
すると、アーリンは宙に浮いてからくるりと俺の方に向く。
そうして、移動しながら俺の顔の前に指を向けて来た……な、何だよ。
「それ、絶対に違うから」
「な、何がだよ?」
「運とかそんなもので模倣したものとはいえミノタウロスに勝てる訳ないでしょ……正直に話して、アンタはどうやってあの怪物に勝てたの? 嘘でしたぁなんてのは信じないから」
「……そうだなぁ」
俺はミノタウロス戦を思い出す。
あの時の俺は普通の状態では無かった。
奴に勝てた要因となったのは間違いなく――あの“白い魔力”だ。
「……俺にも分かんねぇんだけどさ。こう、絶対に負けられないって思った時にさ……体から熱を感じて、痛みとかが全部嘘みたいに消えてさ……魔力の操作がイメージ通りに出来るようになって、その魔力自体も白く輝いていたんだよ」
「……白い、魔力……そんなの聞いたことが無いわ」
「……あぁ私も初めて聞く。通常の魔力は青で、濃さの違いはあるが……黒い魔力なら見たが。それとは正反対のものになるのか?」
「うーん。どうだろうなぁ……でも、アレのお陰で俺は奴に勝てた。もうほとんど死に体だったのによ、力が湧いてきたんだ……もしも、あの力がもっと上手く使えたらなぁ」
「……その言い方だとよ、兄弟……自分の意志では発動できないのか?」
「ん? あぁ、出来ないと思うぜ……アレから何度か試してみたんだけど……普通の魔力しか感じなかったし」
「……アンタ、私のいいつけを破ったの? へぇ良い度胸じゃない」
「ち、違うって!? ちょっとほんのちょっと部屋の中でさ!?」
アーリンは目を細めて俺を睨む。
彼女の杖を顔に押し付けられながら、俺はそれを両手で押し返す。
アーリンはくるりと宙を回転し、そのまま俺の隣に降り立ち歩き出す。
「……そうね。アンタたちはサボイアに行くって言うし……良い機会だから、私が紹介状を書いてあげるわ」
「しょ、紹介状って何だよ? 宿屋の紹介状ならもう持ってるけど」
「違うわよ……私の師匠と言えばいいのかしら。その人がサボイアで商売をしているの……ちょっと胡散臭そうに見える人だけど悪い人じゃないわ……その人なら、アンタたちの今後の旅を“占ってくれる”かもしれないわ」
「占いぃ? 何だよそれぇ胡散くせぇな……あぁごめんごめん! 昔、村に来た自称占い師の野郎に散々な未来を言われてな……それでちょっと怪しんじまっただけなんだ」
「……因みに、どんな未来だって言われたんだぁ?」
「……何も出来なくなって、嫁さんの尻に敷かれる……無職で、放浪者になって……ああぁぁ!!」
俺は両手で頭を抱える。
いや、結婚しているっていう未来だけならいい。
それだけならまだ明るい未来だ。
だけど、何も出来なくなるってどういう意味だよ!?
俺が過去のトラウマにうなされていれば、アーリンは片手を口に当ててくすりと笑う。
「ぷ……あ、案外当たってるかもしれないわよ……ぷふ!」
「く、くそぉぉ。だから占いとか未来診断は嫌なんだぁ……はぁどうせまた碌な結果じゃねぇんだろうさ」
「まぁまぁ、良いじゃない。所詮は占いよ。そうなるかどうかはアンタ次第……ま、今後の行動を考える要素くらいに考えればいいじゃない、ね?」
「……どうしてそこまで俺を占いに行かせたがるんだよ。紹介料でも貰うつもりか?」
「……はぁ、バッカじゃないの……心配なだけよ。アンタたち二人が……それだけよ」
アーリンは腕を組んでそっぽを向く。
帽子に隠れて表情は見えないが。
その言葉からは一切の嘘を感じなかった。
心からの言葉であり、俺はそれだけで笑いが零れた。
「……そっか……じゃ、占い受けるよ! 仲間からのアドバイスだしな!」
「……ふん、最初からそう言えばいいのよ……はい、これね」
「お? 何だよ、もう書いてたのか……あんがとよ」
アーリンは帽子を取って手を突っ込む。
そうして、彼女は俺に紹介状らしき紐で括られた紙をくれた。
俺はそれを受け取って鞄の中にすぐにしまう。
「……一応忠告しておくけど……くれぐれもあの人の機嫌を損ねないように。すごく口が悪い上に化粧も濃いけど、絶対に魔物とか怪物何て言うんじゃないわよ」
「……言ったらどうなる」
アードルングが質問をする。
すると、アーリンは静かに自らの首を掻き切るジェスチャーをする。
「これよ……冗談じゃないから。本当よ?」
「……おっかねぇな」
容姿については禁句であると肝に銘じる……いや、常識があれば人の容姿をどうこう言う奴はいねぇけどな。
暫く談笑しながら歩いていけば、すぐに俺たちの目的の馬車の停留所につく。
そこでは既に御者たちが準備を進めていた。
此処にいる全ての馬車がサーガに加入している。
信頼と安全はある程度保証されており、俺たちは声を出して客を募っているそいつらを見ていた。
「……さて、それじゃ、そろそろお別れね」
「え? 何でだ? アーリンたちも王都に行くんじゃねぇのか?」
「行くには行くわ……けど、私たちはそのままそこを通過していくから。オベリッシュへの特急よ」
「特急か……よほど急かされているのだな」
「……まぁね。あのハ――んん! 雇用主は私たちからも報告を聞きたいのよ……何か問題が起きているみたいだし」
「……それ大丈夫なのか? もし大変そうなら俺たちも――!」
背中を思い切り叩かれた。
見ればガイがにしりと笑っていた。
「兄弟、それは要らぬ世話だぜ……俺たちは俺たちだ。お前たちはお前たちの道を行け。此処までで十分だ……本当に世話になったからよ、また会えた日には――冒険譚を語り合おうぜ?」
「ガイ……あぁ! そうだな!」
俺は手を差し出す。
ガイはすぐに意図に気づいて手を握ってくれた。
互いに固い握手を結び抱き合う。
再会を誓い俺たちは手を離す。
すると、アーリンもそっぽを向きながら手を出してきた。
その頬は少し赤くなっている。
恥ずかしいのか。それとも……ふふ。
俺はアーリンの手を握る。
柔らかくて小さい手で……この手に救われたんだ。
「……ありがとう、アーリン……また会おうな」
「……絶対に死ぬんじゃないわよ……次に会った時はもっと強くなってるって思っていてあげるから。私の期待を裏切らないで頂戴?」
「ふふ、言うじゃねぇかよ……勿論さ! 俺は今よりも強くなってやるよ!」
「……それでこそよ……風邪、引くんじゃないわよ」
アーリンは俺を抱きしめる。
そうして、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。
まるで、母……いや、姉のようだ。
俺は彼女のそれを受け入れる。
アーリンはゆっくりと離れていった。
彼女はアードルングとも握手をする。
「……ハガードの事、頼むわよ」
「あぁ任された……旅の無事を祈っている」
「えぇありがとう。私たちも祈っているわ……それじゃ、待たせるのも悪いから行くわね。ガイ」
「おぅ……またな! 二人共!」
アーリンとガイは一つの馬車に向かっていく。
その馬車は他の馬車とは違っていた。
黒い装甲のようなものがつけられていて、馬も調教された魔物のようだった。
それが合計で六頭であり、冒険者らしい装いの人間たちが馬車の上に座っていた。
二人はそのまま御者に急かされながら中に入っていく。
最後に二人は手を振って、そのまま扉は閉じられた。
「……出発します!」
ポケットから何かを取り出した職員。
取り出したものを確認してから、彼は出発の合図を送る。
手に持っていたベルをかき鳴らし、御者はすぐに手綱を動かす。
全体的に黒い馬車はゆっくりと動き出す。
俺とアードルングが一足先に出ていくそれを見ていた。
すると、馬車の窓が開いてアーリンとガイが顔を出す。
アーリンは帽子を押さえながら手を振って、ガイも土産に買っていた酒瓶を振っていた。
俺たちはそんな二人に手を振る。
「また会おうなー!!」
「達者でなー!!」
「アンタたちもねー!!」
「先で待ってるぜー!!」
二人の乗った馬車は門を超えていった。
そうして、そのまま速度を上げていく。
馬車は見る見るうちに遠ざかって行って……行っちまったな。
アードルングと二人になる。
少しだけ寂しさを感じるが、同時に楽しみも出来た。
サボイアで俺たちの旅が終わる事はあり得ない。
きっとその先にも俺たちは行く事になる。
その時にまたあの二人に会えるかもしれない……楽しみだよ。
俺は笑う。
旅で出会った人たちとの交流。
そして、別れの時であろうとも思い出として俺は覚えている。
悲しい事も嬉しい事も……この先でまだまだ味わえるんだ。
俺はアードルングを見る。
彼女は先に行った二人の影を見つめていた。
俺ももう一度それを見つめながら、彼女に語り掛ける。
「……旅って良いな……また、やる事が一つ増えたよ」
「……ふふ、奇遇だな。私もこの先へ行く目的が増えた」
「だったら――行くっきゃねぇな」
「あぁ行こう。お前となら何処までも行ける気がする」
俺たちは笑いあう。
すると、王都へと行く馬車が閉め切ろうとしていた。
俺たちはハッとして手を振りながら乗る意思を全力で伝える。
慌ただしく、騒がしく。
無謀で一直線で……でも、それが俺だ。
俺たちは馬車に乗り込む。
そうして、すぐに馬車は動き出す。
俺は青空で輝く太陽を見つめながら、にしりと笑った。
「さぁ次はどんな出会いがあるのか――楽しみだなぁ!」
俺は心を躍らせる。
出会いを経験し別れを乗り越えていけば。
何時か俺は天空庭園に至れる。
アードルングとなら、そしてまだ見ぬ仲間たちとなら――