美味しそうに料理を食べている子供が二人。
ローブのフードを取ればようやくその素顔を見る事が出来た。
レーラはアードルング曰くハーフエルフのようで。
綺麗な金の髪は横で青い髪留めで結っていて、両耳の前からも髪が垂れていた。
それらは赤い髪留めで結われており、何かの術式が組み込まれているらしい。
アードルングと同じ青い瞳ではあるが少したれ目である。
ローブの下には変わった形の白い服装を身に纏っているようだ。
彼女はリスのように頬を膨らませて食べ物を咀嚼しごくりと喉を鳴らして飲み込む。
ギルバートの容姿を一言で表すのなら……闘犬だな。
黒い瞳で、少しだけ釣り目ぎみだ。
髪も黒であり逆立っている。
食事を取っている時もその表情は怒っているように見える。
が、食事の作法はとても綺麗でありナイフとフォークを器用に使っていた。
レーラはあまり気にせずに子供らしく食べている一方で。
ギルバートの所作は貴族のそれであり、やはり良い所の坊ちゃんは確定である気がした。
ローブの下には赤い服を身に纏っているようで、動きからして腰には剣を持っているのだろう。
そんな二人を観察していれば、レーラは最後の料理をぺろりと平らげる。
ギルバートも口元を軽くナプキンで拭っていた。
「……ふぅ……美味しかったぁ……あ、す、すみません」
「……いや、良いんだ。奢るって言ったのは俺だからな……良い食いっぷりだったぜ、二人共」
「……一応礼は言っておく……助かった」
レーラは恥ずかしそうに笑い、ギルバートは小さな声でお礼を伝えて来た。
俺はそれに笑みを零しながら、テーブルの上に積まれた皿や器の山から意識を逸らす。
アードルングに至っては途中から驚きのあまり目を大きく見開いて固まっていた。
俺も現実が見えなくなりそうになったが、何とかギリギリで踏みとどまっていた……想像以上だったな。
肉や魚に野菜も好き嫌いなく食べていた。
惚れ惚れを通り越して畏敬の念を抱くような食いっぷりで。
ギルバートの何倍もレーラが食っていたのは驚いていた。
あんなに出店で食べ歩いてまだこれほど胃の中に入るのかとな。
……まぁ比較的リーズナブルそうな店をチョイスして正解だったな。
此処の料理は量が多く値段が安いのが特徴らしく。
途中の建物の壁で見たこの店の宣伝ではその値段もハッキリと書かれていた。
食べ放題がある店であり、年齢に応じた代金を払えばそれぞれのコースに応じで時間内で色々な料理が食べられる。
ギルバートはほどほどの注文をし、レーラは馬鹿みたいに注文を繰り返していた。
何往復も従業員が行き来をしていたのもレーラが頼みまくるからだ。
二人を連れてくれば、ギルバートはこんな店があったのかと驚いていた……よっぽど焦っていたんだなぁと思ったな。
チラリと従業員を見ればだらだらと汗を流していた。
恐らく、次は利用できないかもしれない。
そんな事を考えつつ、俺は二人に質問をした。
「……で、何で二人は終焉の導きの幹部を倒しに行こうとしたんだ? 飯食わせたんだからそれくらいは話してくれないか?」
「……権力争いと言えば分かるか……俺は父上の跡を継ぐに足る人間になる為に必要な実績を欲している。普通の魔物の討伐や小さな善行を積み重ねていくだけではダメだ……世界にとって災いをもたらすとされる終焉の導きの幹部を倒せば、跡を継ぐに足る人間として十分な実績だ……ただ、それだけだ」
「……なるほどねぇ……それで、親父を説得して金だけ貰って来たって事だな……まぁ何と言うか。現実的じゃねぇな」
「……っ! そんな事は分かっている……だが、俺はリスクを冒してでも……っ」
「――それはレーラを危険に晒してもか?」
「……!」
アードルングが痛い所を突いた。
レーラはハッとしたような顔をしてアードルングに自らの意志でついてきたことを伝えていた。
ギルバートはそんなレーラの言葉を片手で遮る。
そうして、顔を上げてから彼はアードルングを見つめる。
「……それでもだ……使えるのなら何でも使う……例え親兄弟であろうともだ」
「……なら、私が言う事は無い……その後で後悔するのもお前の勝手だ」
「……っ……後悔なんて何度もしてきた……今更だ」
ギルバートはテーブルの上に置いた拳を硬く握る。
こいつも色々な葛藤や悩みがあったんだろう。
俺はそんな奴を見つめながらぼそりと呟く。
「……本当に訳ありなんだなぁ……けど、目的の幹部はもうここら辺にはいないんだぜ? それくらいは知ってるだろ?」
「……あぁ聞いている……だが、今は別の目的がある」
「へぇもう次の目的があるのか……で? それは何なんだ。すぐに済むような事なら手伝ってやれるかもな」
「おい、ハガード。私たちの目的は」
「いいじゃねぇか。聞くだけならただだからよ」
「……まだ話すなんて俺は……いや、いい。どうせ今すぐどうこうの話ではない……人を探しているんだ」
「人探し? また急だな……どんな奴を探しているんだよ」
俺は気になって聞く。
すると、レーラは持っていた鞄を開けて漁る。
そうして、雑に丸められた紙を出した。
「探している人物は“四人”。“凄腕の冒険者が三名”と“駆けだしが一名”だ」
「ほぉほぉ」
「その四名は終焉の導きである“死狂と遭遇し退けた”。そいつらに俺は会い我が国へと連れ帰る事が今の目標だ」
「……へ、へぇ……な、何で連れ帰るんだ?」
ギルバートの言葉に俺は内心で焦る。
チラリと隣のアードルングを見れば涼しい顔で茶を飲んでいた。
慣れたような落ち着きようであり俺とは大違いだった。
俺の質問にギルバートは「決まっている」と呟く。
「我が国の利となる人材だ。そいつらを俺が雇っていた事にすれば、奴らの実績は雇用主である俺のものとなる……その実力が本物であれば、別の幹部の討伐隊を編成する事も出来るだろう。実績を手に入れ、終焉の導き壊滅の一手も打てる……これ以上のものはない」
ギルバートはにやりと笑う。
つまり、金に物を言わせて手柄を奪って。
別の幹部を倒す為の部隊にも強制的に加えられると……やべぇな。
「そ、そっかぁ。見つかると良いなぁ。応援してるぜぇ。あ、そろそろ店を出るかぁ! 俺たちも行くところがあるから、今日は此処でお開きだなぁアードルング!」
「……はぁ、下手くそ」
「……? そうか。まぁいい。俺たちもこれ以上、お前たちに迷惑を掛ける訳にもいかん……レーラ?」
「……」
俺たちは席を立つ。
俺は金の入れた小袋を出しながら、レーラが座っている事を不審に思う。
ギルバートもくしゃくしゃの紙を広げたまま固まっている彼女を見て不思議そうにしていた。
俺は少しだけ嫌な予感がしてその紙は何かと聞く。
「あぁ、いや、組合で貰った“人相書き”だ……伝手があってな。記録から出してもらったその四人の内、一人の人相書きを写して貰ったんだ……駆け出しだが、一番接触しやすそうだと思ってな」
「へへへへへへぇぇ!! そそそそそうなんだぁぁ!!」
俺はだらだらと汗を流す。
カタカタと手を震わせればアードルングは膝で俺の脇腹を小突く。
分かっている、分かっているけど――レーラが顔を上げる。
――彼女は、すっと自らの指を俺の方に指してきた。
「……いました」
「……は?」
「ヒトチガイダヨ」
レーラが発言した瞬間に俺は顎をしゃくれさせる。
そうして眉間に皺を寄せ捲り人相を強制的に変えた。
ギルバートはレーラから人相書きをひったくり何度も紙と俺の顔を交互に見た。
俺は誤魔化せない事を悟り、小袋に入った金をがさりと出してテーブルに叩きつけた。
「勘定此処に置いておくから釣りはいらないよぉぉ!!」
「あ、待て!!」
「待たないぃぃぃ!!!」
俺はアードルングと共に店を飛び出す。
扉を開けて入ろうとした二人組の客は驚いて飛びのく。
俺は彼らに謝りながらも全力で駆けて行った。
此処は大通りから離れた場所だ。
道幅はそれなりにあり、人の流れはそれほどなく走ってもぶつかる事は無い。
奴らを撒くのであれば裏通りに行くのもありではあるが。
俺たちは王都での土地勘はほとんどない。
だからこそ、行き止まりに当たってしまえばそれまでだ。
だからこそ、直線であろうとも行き止まりの無い道を行くしかない。
が、その道を進むのであれば距離を離さない限りは奴らの視界から消える事は出来ない。
「――今は兎に角、逃げる事だ! それで宿屋に戻って此処を発つぞ!!」
「分かった……待て。奴らの様子が――」
アードルングは並走しながら背後を見る。
すると、奴らはゆっくりと店の外へと出る。
もう既に距離はそれなりに離れている。
此処まで来れば子供の走力では追いつくことは――
「捕らえろッ!!!」
「「……!」」
ギルバートが叫ぶ。
瞬間、隣に立っていたレーラの姿が揺らぐ。
彼女は主の命を受けて――地を蹴った。
瞬間、彼女は子供とは思えない速度で走り出す。
いや、子供どころか並みの冒険者を遥かに超える脚力。
まるで、魔装で身体強化を施していると思えるような速さだった。
彼女は静かに俺たちを見つめながら息を乱す事も無く走る。
距離を離していた筈が、どんどん距離が詰められていく。
俺はそれを見て冷汗を流しながら、アードルングにどうするかを尋ねて――へ?
彼女は俺の首根っこを掴み頭上に飛ばす。
そうして、そのまま彼女は両手で俺の体を受け止めた。
「しっかり掴まっていろ」
「――うあぁぁ!!?」
彼女がそう呟いた瞬間。
彼女は全身に魔装を使い身体能力を強化した。
そして、無詠唱で魔術を行使したのか彼女は風のように駆けて行った。
道行く人は彼女の姿を捉える事も出来ていない。
彼女は一陣の風となり王都を駆け抜けていった。
俺は彼女に両手で抱えられながら、必死に彼女の首に手を回す。
立場が逆な気はするが、今はそんな事を気にしていられる余裕はない。
俺は風を切り裂く音を聞きながら後方を見て――はぁ!?
「……」
「……!」
レーラは無言のまま更に速度を上げていた。
魔術での強化はしていない。
単純な魔装による強化なのか……いや、判断は出来ない。
アードルングは驚きながらも速度を高める。
レーラはそのまま地面を蹴りつけて建物の上に上がった。
そうして、そのまま屋根を飛び越えながら追ってきていた。
アードルングも一気に飛び上がり、建物の上に上がった。
彼女はそのまま左方向へと進路を変更し駆けていく。
俺は宿屋とは反対の方向に行ってどうするのかと彼女に言う。
すると、彼女は「これでいい」と言う……一体、どうして……。
アードルングは屋根を飛び越えていった。
レーラも無言のまま俺たちを追ってきている。
速度を高めていても距離を離すことは出来ない。
それどころか少しずつ距離を詰められているような気さえした。
このままでは時間の――!
アードルングが飛ぶ。
すると、地上には無数の人がいた。
此処は大通りであり――そうか!
「すまん!」
「おわ!!?」
彼女は俺から手を離す。
俺は彼女の意図に気が付き手を離した。
瞬間、俺はそのまま空中を滑空した。
アードルングは腰の鞄から筒状の何かを取り出す。
そこから伸びる紐に魔術で作った火を近づけた。
すると、すぐに紐の先端に火が付いた。
彼女はそれを空中に投げる。
一瞬遅れてそれが一気に爆発し白い煙が辺り一帯に広がっていった。
大通りの人間たちは驚いて足を止める。
周りを見ながら声を掛け合っていて。
それが功を奏したのか俺は誰にもぶつからずに地面に着地できた。
アードルングの姿は見えない。
が、俺たちが合流する場所は既に決めている……そういう事だな。
各自、バラバラに動いて宿屋を目指す。
この濃い煙の中では俺たちを発見する事は不可能に近い。
流石は銀級冒険者のアードルングだ。
俺は彼女の賢い判断に惚れ惚れしながら、そのまま人ごみを避けていき――
「――ッ!!!」
「――イィ!!」
頭の中が割れるような咆哮。
思わず耳を塞いだが空間が激しく揺れているように錯覚した。
凄まじい突風が発生し、王都の住人たちは悲鳴を上げながらその場で立ち尽くしていた。
瞬間、辺りに広がっていた煙は一瞬で払われる。
「……へ?」
目が点になる。
ぎぎぎと視線を逃げて来た方向に向ければ……いた。
建物の上で下を見ている少女。
雲一つない青空をバックに目を細めて俺たちを見下ろしていた。
いや、アレは少女の皮を被った――“狂戦士”だ。
異常だ。異常なまでの身体能力だった。
魔装による強化はまるで見えない。
アレほどの力を少女が出すのであれば相当な魔力を使う筈。
それなのに全くと言っていいほど魔力の揺らぎを感じないのは――アレが“素”であるからだ。
素のままの身体能力が異常なまでに高い。
アレほどの飯の量を一人で平らげていたから何かしらの特殊能力があるのではないかと思っていた。
その読みは当たっていたようで、彼女は明らかに手練れの冒険者すらも遥かにしのぐ力を秘めていた。
……勝てないな、多分……捕まれば最後だろうな。
手荒な真似はされないだろう。
元々は雇うだけの話だったからだ。
しかし、使えるものなら何でも使うと言った小僧の目は本気だった。
殺されないが、馬車馬の如く働かされるかもなぁ。
……嫌だなぁ。大人顔負けの力があるとはいえ、見かけは少女だ……そんな子に顎で使われる何てのはなぁ……。
俺はそろそろと離れていく。
煙は消えたが、まだ俺たちの姿は見つけられていないようだ。
俺は適当に道端に転がっていたぼろを拾う。
それを体に纏いながら、ゆっくりゆっくりと人ごみから離れて……
「――見つけた」
「……ぇ」
今、不穏な言葉が聞こえた気がした。
背後で何か重いものが落ちて来たような音も聞こえた。
気のせいだと思いたい。いや、振り返りたくもない。
俺はだらだらと汗を流す。
そうして、自らに気のせいであったと言い聞かせ一歩を――踏み出せなかった。
腰の位置を掴まれていた。
その力は半端ではない。
一歩が踏み出せないほどに腰を掴む何かはビクともしなかった。
俺は全力で歯を食いしばりながら一歩を踏み出そうと――が、ダメだった。
「……そのぉ……な? ……は、離して……くれない?」
「……ごめんなさい……一緒に来てください……手荒な真似は……あまりしたくないです」
「は、ははは……や、やだなぁ! 手荒な真似だなんて……れ、レーラみたいな女の子はそんな事しないだろぉ?」
「……ごめんなさい」
「あ、謝るって……え、マジ?」
「……ごめんなさい」
彼女は同じトーンで謝るだけだった。
恐らく、手荒な真似もしなければならない状況ならするんだろう。
明らかに常軌を逸した力を持つ彼女と戦うのは得策とは言えない。
このまま逃げようとしても、俺一人では逃げる事は絶対に出来ない。
俺は必死にこの状況を打破できる何かを探す。
周りの人間は俺たちか距離を取っていた。
そんな状況であれば色々なものが見えてきて……アレは!
アードルングが立っている。
上手く周囲に溶け込んでいた。
恐らく、俺よりも気配を断つ能力が高い彼女はレーラに発見されずに済んだんだ。
俺は必死に視線だけで何とかしてほしい事を伝えた。
すると、彼女はゆっくりとした動きで口を動かし……
《あ・と・で・た・す・け・に・い・く》
「……嘘だろ」
「……? 早く、行きましょう……衛兵や騎士の方々が来られるとまずいので……さぁ」
「あ、はい……うぅ」
俺はレーラに引っ張られる。
彼女はまるで犬でも散歩させるように俺を引きずっていく。
いや、これでは散歩ではなく引き回しの刑じゃないか?
「あ、あの……歩けるから」
「……す、すみません」
彼女は気が付いたようで手を離す。
ぺこりと頭を下げながらもどうしたものかたあたふたしていた。
ぼろを捨てて俺は服の汚れを払った。
そうして、俺は考えた末に手を差し出す。
すると、彼女は恐る恐る俺の手を握ってくれた……普通の女の子なんだよなぁ。
手はは少しごつごつとしているが年相応に小さい。
指も細く綺麗だ。
顔も非常に整っていて見てくれは華奢な女の子だ。
しかし、彼女の身体能力は紛れもなく銀級をも凌ぐものだろう。
あのアードルングでさ引き離せなかった相手だ。
「……俺が敵う訳ねぇよなぁ」
「……?」
俺は彼女の手を握りながら天を仰ぎ見る。
そうして、滝のように涙を流した。
こんな少女にさえも勝てない俺って一体……雑魚?
自らの不甲斐なさに涙しながらも。
彼女がそわそわとし始めたので歩き出す。
周りの人間たちは道を開けてくれて。
俺たちはその中を通って、人の少なそうな通りへと進んでいく。
果たしてアードルングが俺を助けに来てくれるのか。
そして、俺の運命はどうなってしまうのか。
そんな事を物語の語り部のように脳内で垂れ流しながら。
俺は自分よりも遥かに強い少女に内心でびくびくと怯えていた。