ギルバートとレーラが新たな仲間に加わった数日後――俺たちは王都を発った。
本来であればもっと早めに出発するつもりだったが。
俺が無理を言って少しだけ滞在させてもらっていた。
その理由はまだ食べていない料理などがあったからで。
ギルバートには呆れたような目を向けられて「本気で目指しているのか?」と聞かれてしまった。
いや、分かっている。
今までも俺は色々な事をしては目的の地へ行く事を先延ばしにしていた。
魔物との戦闘によって受けた傷を癒すだけなら仕方ないだろう。
しかし、俺は色々な人間の為にと勝手に行動を起こしていた。
その結果が、サボイアへの到着を遅らせていたのだろう。
俺のせいであり、何も言い訳は出来ない……でも、それが旅じゃん?
寄り道上等であり、楽しんでこその冒険だ。
俺の人生であり、好きなように生きて何が悪いと言うのか。
俺はそうやってギルバートに力説したが。
アイツは眉間に皺を寄せながら難しい顔をしていた。
まぁいいさ。
子供に理解できるような話ではない。
俺はそう思ってやってこの話はそれっきりにした。
渋々、ギルバートは俺たちの滞在を許可し。
俺はたらふく飯を食ってから、満足したからと王都を発った。
現在は馬車に揺られながら、サボイアへと繋がる関所を目指していた。
馬車は何とレーラが手綱を握っている。
これはギルバートの所有物のようであり、中々に立派な作りをしていた。
黒塗りの木で組み立てられた荷台はまるで家のように天井と壁がある。
金属の部品も組み込まれていて耐久力も高そうだった。
何でも、元々は要人警護の為に作られていたものを譲ってもらったらしい。
不要なパーツなどは取り外し、頑強さは少し低下したが身軽になった分機動力が十分に確保された。
乗り心地もとても快適で、その秘密は車輪に取り付けられた“板バネ”と呼ばれるものにあるらしい。
何でもこの何枚も重ねた板状の金属が揺れを軽減する効果があるようだった。
今まで乗っていた馬車も乗り心地は悪くは無かった。
が、今後は舗装されていない道なども進む場合がある。
その為、少しでも旅で生じるストレスを軽減した方が良いという考えは俺も納得できた。
「にしても、こいつは良いや……あぁ極楽ぅ」
「確かに、これは快適だな」
「……新参の俺が言うのも何だが……気を抜きすぎていないか?」
俺は荷台の中で足を伸ばす。
座っている座席にはふかふかの敷物が敷かれていた。
対面形式ではなく、御者席へと視線を向ける形で椅子が配置されている。
真ん中は移動用の細い通路としてスペースが空けられていて。
それぞれが足を伸ばせるように広々とした作りが成されていた。
揺れも板ばねのお陰でほとんど感じず。
魔石か何かの効果なのか荷台の中は温かい。
御者席に座るレーラには悪いと思うけど……まぁ交代制にしようか。
特別なガラスが嵌められた小窓から見える景色は代り映えは無い平原だ。
舗装された道を進んでいけば丘の上に建てられた関所に辿り着く。
そこには鍛え上げらた屈強な兵士たちが配置されているだろう。
妙な真似をすれば一発で拘束されてしまう。
「……ふふ」
隣の席を摩る。
触り心地の良い座席だ。
広々としていて、寒さもあまり感じないこの馬車の中はまるで宿屋の部屋のようだった。
手綱に繋がれた二頭の魔物の“シーホース”もよく訓練がされていた。
本来、魔物は気性が荒いのが多いが、こいつらは比較的大人しい。
口がラッパのようになっていてたてがみの代わりに変わった角のような何かが生えている見た目で。
その色も白に黒い斑点と乳牛のようにも見えるが、立派な馬の魔物だ。
その走力は通常の馬よりも高い上に、こいつらは海の中にも潜る事が出来るらしい。
その説明を聞かされて、俺が冗談半分で海の中も冒険するつもりなのかと言えば。
ギルバートは真顔で「必要ならな」と言っていた……すげぇよな、マジで。
ゆったりとした時間が流れる。
俺はボケっと窓の外の景色を眺めていた。
これからいよいよサボイア領内へと入る事になるが。
今から向かう関所は、監視砦のような仰々しいものではないらしい。
だが、関所の兵士は中々に鋭い観察眼を持っているようで。
アードルングが言ったように冒険者ランクが低いままだったら通る事は出来なかっただろうとギルバートは言う……ん?
ギルバートの言葉を思い出す。
しかし、その時に少し疑問が浮かんできた。
俺は後ろへと視線を向けて、手帳のような何かにペンを走らせるギルバートに声を掛けた。
「……なぁなぁ、ギルバート……ちょっといいか?」
「……ん? どうした?」
ギルバートは手帳を閉じる。
そうして、それをポケットに仕舞ってから俺に話すように言う。
「いやさ、お前って……何で俺の昇格の事まで知ってたんだ?」
「当然、調べたからな……それがどうした?」
さも当然のように言うギルバート。
俺は目を細めながら訝しむような視線を奴に向ける。
「……もしかして、お前……俺の昇格に関して何かした?」
俺が問いかければ、ギルバートはきょとんとした顔をしていた……あれ?
「……考え過ぎだ。幾ら何でも個人のランクに口出しは出来ない……偶々だ」
「えぇ、本当かぁ? 怪しいなぁ」
「自分の功績が信じられないのか?」
「え、いや、そういう訳じぇねぇけどさぁ……王族なら何でも好き放題じゃないかって」
俺が思った事を言えば、御者席の方から何かを開ける音が聞こえた。
びくりと肩を揺らして視線を向ければ、レーラが俺を睨んでいた。
「――ぎ、ギルバート様は私とずっといました! おおお王族と言えども、く、組合の決まりを変える事、は…………ぅぅ」
手綱を握っていたレーラが口を挟む。
が、途中で余計な事を言ってしまったと思ったのか声が小さくなった。
俺は彼女に謝って、ギルバートにも謝った。
彼は「気にするな」と言い、レーラにも前を見るように言う。
レーラは開けれていた戸を静かに閉める。
前に向き直り、俺は自らの発言を反省した。
王族だからってこんな言いぐさは無かっただろう。
確かに色々話が進み過ぎて怪しいとは思っているけど。
もうこの二人は俺たちの旅の仲間なんだ。
俺は顔を軽く叩く。
そうして、もう一度ギルバートに話しかけた。
ギルバートは笑みを浮かべながら「今度は何だ?」と聞いて来る。
「それでさ、これからサボイアに行く事になるけど……本当に良いのか? 俺の情報よりもオベリッシュの書庫を漁った方が……」
「……いや、その必要はない。皇国の書物には全て目を通した……重要な情報は既に頭に入っている。その中で、サボイアにも天空庭園に繋がる情報があると書かれたものもあった……それに、俺よりもお前を信じてついて行った方が効率が良いと俺は思う」
「その根拠は?」
「――勘だ」
「勘って……まぁ俺も似たようなもんか……因みにその書物にはサボイアの何がとかは書いていたのか?」
俺は気になった事を聞く。
すると、ギルバートは記憶を思い出しながら話してくれた。
「過去に天空庭園を目指した冒険者や探検家は多い。単純に願いを叶える為や未知を探求したいからか……まぁ理由はどうでもいい。重要なのは天空庭園へと至った人間が“数名”いるという事実だ」
「……っ! まさかとは思ったけどよ……本当にアレは実在したのか」
「驚く事ではあるが……此処まで仕込んでいた男が何の勝算も無く我らの旅に同行する筈が無い。ただの愚か者であれば金に物を言わせるだけだろうがな」
「……厳しいな、お前は……その男はかつて名の知れた冒険者であり、未知を追い求める探検家でもあった。彼の功績は大きく、今までに発見された遺跡や神殿の調査もそのパーティによる働きによって大部分が解明されている。そして、組合に保管されている神具なども彼らのパーティーが発見した物がほとんどだ」
「へぇ、それはスゲェな。よっぽど勘が良いのか。それとも、単純に才能があったのか……でも、過去形って事は既にその人はいねぇって事か?」
「あぁ残念ながらな……彼が活躍していたのは百年以上も前だからな……組合での記録では“星歴1449年”には三十歳という若さで白金級にも上り詰めたと書かれていた」
「……あぁ聞いたことはある。“探求者”の名で呼ばれていた伝説のヒューマンだな……流石に百三十年以上も前となると私は見た事は無いがな」
二人は伝説の男について話していた。
俺はそんな凄い人が百年以上も前にいたのかと驚く。
「でさ! その人の名前は?」
「ん? あぁ……エイブラハム。エイブラハム・ミューアだ……どうかしたか?」
「……ハガード?」
「……え? あ、あぁ、エイブラハム……ミューアか……はは、偶然にしては出来過ぎてるな」
俺は乾いた笑みを零す。
二人は何の事かと分からないといった目を俺に送って来る。
無理もない事であり、俺自身もその名を聞いて少し驚いた。
だけど、流石に関係者では無いだろう。
「……俺の師匠も……ミューアって言うんだ」
「……! 名前は?」
「……アレックスだけど」
俺が師匠の名を伝えれば、ギルバートはこめかみに指をあてる。
そうして、目を閉じて考え始めた。
アードルングも顎に指を添えて何かを考えていた。
「……確か、エイブラハムには妻と息子がいた筈だ……妻はエルフであり、もしかしたら生きているかもしれない……が、息子の方は公式の記録では死亡が確認されている。それも、不治の病によって十三歳の若さでな……血縁者の可能性もあるが。ミューアの性を名乗る者なら俺が目を通していない筈もない……その師匠は他に何か言ってなかったか?」
「……うーん、師匠は自分の過去とかはあまり語らなかったからなぁ……あ、でも、昔すげぇ剣の達人と戦って重傷を負ったらしくてな。その怪我の後遺症のせいで冒険者は引退したって言ってたよ」
「……剣の達人と戦って、引退するほどの怪我……いや、足りないな……だが、ハガードの師匠ともなれば全く関係ないとも言い切れない……取り敢えず、これはオベリッシュへ戻った後に調べよう」
「調べるのか?」
「……まぁ念の為にな……もしかしたら、その男は偽名を名乗っていた可能性もある。ミューアを名乗るのは危険だからな」
「……?」
ギルバートはそう呟く。
何が危険なのかと思っていれば、彼はそれも簡単に説明してくれた。
「……エイブラハム・ミューアはその生涯をかけて天空庭園に至ろうとした……そして、彼は間違いなく天空庭園に至った。噂では彼が病で亡くした息子が生き返ったという話もあるらしい……エイブラハム・ミューアは天空庭園の行き方を唯一知っている。他の人間からすれば自分の家族にだけそれを教えていたと思う輩がほとんどだ。だからこそ、ミューアを名乗れば狙ってくる輩もいるという話だ……他に至ったものもいるにはいるが、それらが書き記した書物よりもより信ぴょう性のある文献が幾つかある」
「……息子が生き返ったってか……本当なら、願いが叶うって事だよなぁ……で、その文献って?」
「……彼が天空庭園を探す上で書き記した“記録書”だ……息子が病に罹ってから消息を絶つまでの記録が事細かに書かれていた」
ギルバートはその中にはサボイアで彼が天空庭園に繋がる物を見つけた事が記されていたと言う。
発見したのならもうないのではないかと言えば、それは道具のようなものではないと言った。
「……恐らくは、簡単に持ち出せないような何かだ……彼は他の人間が記録書を奪う事も考えて何であるかは記さなかった……恐らく、その何かを発見できれば天空庭園に繋がる何かが分かる筈だ」
「……何か、ねぇ。すげぇ曖昧だなぁ……アードルングはどう思う? 古いものならエルフの方が詳しいだろ?」
「……お前はエルフを何だと思っているんだ……まぁ簡単に持ち運べないのなら、彫像や石碑か……あるいは、術式が組み込まれた何かだろうな」
「だそうだ……まぁ色んなものを見つけて来たって人なら。もしかしたら、神殿とかにある物じゃないのか?」
「その可能性は高いだろう……だが、サボイアの地にある神殿は既に調査を終えているからな……大規模な結界術によって隠されているのか。それとも、神殿の中に何かしらの仕掛けがあるのか」
「「「うーん」」」
俺たちは腕を組んで頭を捻る。
これからサボイアに行って本を探すつもりであったが。
ギルバートとしてはその記録書に書かれた何かを見つけたいんだろう。
……でも、ギルバートは俺の判断を信じてくれるらしいし……先ずは本を探してみるか!
もしかしたら、その本にその隠された何かのヒントが書かれているかもしれない。
楽観的過ぎるかもしれないが、旅ってのはその時その時によるものが多い。
上手く行く時は上手く行くし、無理な時は無理なんだ。
だからこそ、難しい顔をして悩んでいても仕方がない。
出来る事をしていって、今しておいた方が良いと思うことをする。
失敗を恐れず、間違っても次があると考えれば良いんだ。
「――うし! 兎に角だ! 先ずはサボイアに無事に入国して! そっから本を探そうぜ!」
「……そうだな。その本についての情報は俺は手に入れられなかった。もしかしたらがあるかもしれない」
「私は元よりハガードの判断“だけ”を信じている」
「……俺は相当、お前の怒りを買っているようだな」
「……何の事だ? “老いぼれ”の頭はすぐに忘れていかんな、えぇ?」
「……はぁ」
アードルングが目を細めて笑う。
ギルバートは苦笑しながら腹を摩っていた。
すると、御者席に繋がるガラス戸が開く。
「も、もうすぐ関所に着きます。身分を証明できるものの準備を……あ、後、ギルバート様をいじめないでください!」
「……ふん」
レーラがアードルングを睨むが。
彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
レーラは頬を膨らませて怒っていたが。
ギルバートはため息を吐きながら「前を向いてくれ」と呟く。
まだまだ打ち解けられていない感じではあるが……ま、これからだな!
いよいよサボイアへと入る事になる。
天空庭園に繋がる何かがそこにあり。
もしも発見できれば、すぐにでも天空庭園に行けるかもしれない。
師匠との約束が叶うかもしれないんだ……そして、俺自身の夢も!
「ぐふ、ぐふふ、ぐひひひ!」
「……なぁ、こいつは何を考えている」
「……多分、いやらしい事を考えているんだろう」
「……こ、怖いです」
俺は笑う。
願いが叶う日が近いのだ。
笑わずにはいられない。
例え、仲間から汚物を見るような目を向けられてもだ。
「よぉぉし! 絶対に辿り着いてやるぜぇぇ! 待ってろよ、天空庭園!!」
「「「……はぁ」」」
俺は拳を突き上げて高らかに宣言する。
顔はだらしのない笑みを晒している事だろう。
仲間たちは俺の表情を見てため息を零していた。