宿屋を見つけて、荷物を置いておいた。
美味しい匂いを放つ酒場も幾つか見つけられて幸先は良い。
ギルバートと合流すればアイツも早速、骨董品を売っている店を見つけたと言っていた。
今日はもう時間も遅いからと明日にその店には行く事にして。
その日は美味い酒と料理に舌鼓を打って気持ちの良い眠りにつく事にした。
ふかふかのベッドで体を横たわらせる。
そうして、枕の上で手を組みながら天井を静かに見つめた。
思い出すのはあの盗人三人組で……まだ子供だったのにな。
子供で盗みを働く奴は珍しくは無い。
生まれ持った環境が悪かったから、何かしらの理由で真っ当に働く道が無くなったから。
理由は幾らでもあるから、アイツらにもきっと理由があったんだろう。
『んなわけねぇだろバァァカ!! あばよぉぉ間抜けぇぇ!! はははは!!』
『お、一昨日きやがれってんだぁぁ!! バァァカバァァカ!!』
『……』
「……ムカつくぜ」
口も悪ければ態度も悪い。
そんな奴らを気に掛けたって何の得も無い……けど、気になっちまうんだよなぁ。
もしも、また会う事があればその時はふん縛っても理由を聞いてやる。
それを聞いて俺が何をしてやれるのかは分からねぇけど。
それでも何も知らずに何処かで野垂れ死んじまってたらって思うとすごく寝覚めが悪い。
そんなのは嫌であり、善行とかそんなの抜きにしても助けてやらなければと思ってしまう。
「……何も無ければいいけどな」
あの動きは昨日今日の動きじゃない。
恐らくは数年は盗みをやっていたんだろう。
誰かから教えられたのであれば、奴らの上司のようなものもいる筈だ。
もしも、今日の成果がゼロであったとすれば……考え過ぎか。
俺は頭を振る。
そうして、体を横にして瞼を閉じた。
嫌な考えはするだけ無駄だ。
今は兎に角、疲れた体を休息させる。
俺はそう自分に言い聞かせた――――…………
§§§
朝に起きて美味い朝食を食べた。
今日は何処かに遠出する訳も無いから鎧は脱いで剣も置いていく。
外に出れば、昨日よりも更に暑さが増したような気がした……鎧を脱いだからだろうな。
宿屋の人から好意で白いローブを貰った。
俺はそれを纏ったが、肌に刺さるような熱の痛みは和らいだ。
三人は普通にローブを纏っていたので貰わなかったが……暑くねぇのかな?
三人の心配をしつつ、俺たちは広大な街であるマルケッテの中を歩いていく。
朝一であるからか人の流れは落ち着いていて、迷う事も無く目的の骨董店とやらに着いた。
ギルバートが案内してくれたその店は確かに古そうなものをかなり取り扱っていた。
外にはよく分からない置物が置かれていて。
中に入ればごろごろと奇妙なものが置かれていた。
彫像や壺やカチカチと音が鳴るものやら……よく分からなかった。
高そうではあるが俺には目利きの才能は無い。
早々に値段について考察する事は止めて。
ギルバートたちと共にいびきを立てている店主に話しかけた。
彼は目覚めると俺やギルバートを見て少し面倒そうな顔をしていた……貧乏人と思いやがったな?
俺は青筋を立てながらも務めて冷静に天空庭園について書かれた本について尋ねた。
すると、店主はもっと面倒そうな顔をしながら適当に置いていた一冊の本を抜き取る。
……いや、本と言うよりは帳簿のようなものか?
店主は頭に掛けていた眼鏡を掛けながら帳簿のような何かを捲る。
そうして、パラパラとページを捲って――指を止めた。
「……あぁアレかぁ……えっと、天空庭園について書かれた本だったね? アレ――もうウチには無いよ」
「……あぁやっぱりか……そんな気はしてたけど。売れちまってたか……はぁぁ」
「……店主。その本は何時頃に売られたんだ? それと、出来ればそれを買った人間の特徴についても教えてくれ」
「えぇぇ? 何時頃って……記録では三か月ほど前だねぇ……特徴って言われれてもなぁ。うーん」
店主は腕を組んで考える。
しかし、目を小さく開けて俺たちの事を見ていた。
人差し指がくいくいっと動いており、馬鹿な俺でも何を要求しているのかはすぐに分かった。
ギルバートは流れるように袋から金を出して店主に渡す。
すると、店主はそれをこっそりと受け取ってからギルバートに耳打ちをする。
「……その人は恐らくは……貴族様だ。身なりはそこらへんの一般人を装っていたが、私の目は誤魔化せない……外国の人では無さそうで土地勘もありそうだったから、恐らくはこの国に住んでいるんだろう……肌は浅黒く、顔立ちは男の私が言うのも何だがかなり整っていた。軟派そうな感じで口調もとても軽かったのを覚えているよ。身長は……そこのお兄さんくらいはあったかなぁ。ローブで見えなかったけど、細身で鍛えられている感じがしたかな」
「……おっさん、やけに詳しく覚えているじゃねぇかよ」
「……そりゃ、お金を持っている人は……んん! お得意様になってくれるかもしれない人の特徴は覚えるだろ?」
「……全然下心が隠せていない気がするが?」
俺とアードルングはジト目でおっさんを見る。
すると、おっさんは用が無いなら帰るように俺たちに言う。
ひとまずは情報をくれた事に礼を言って俺たちは店を後にした。
外に出れば、またじりじりと日が差す。
ローブのお陰で暑さは和らいでいるが、それでも暑いものは暑い。
光の強さに至っては軽減することは出来ないし……眩しいぃ。
「……さて、本は既に買い取られた事になるが……次はその買った人間を探すか?」
「……まぁこの国の人間で貴族様って言うんだったら、探せなくもないしな……伝手とかあるんだろ?」
「あるにはある……が、俺の事を良くは思わないだろう」
「……?」
ギルバートは少しだけ重たげに言う。
俺は何か訳アリなのかと思ったが。
レーラが少し悲しそうな顔をしていたので深く聞く事はしなかった。
「まぁ取り敢えず、その謎の貴族を探すとしてだ……何処に行けば良いと思う?」
「冒険者ならば酒場に行けば自然と情報が集まるが……貴族であるのなら、高級店だろうか」
「宿屋では情報は得られないだろう。そこは主に外国からの客が多い……服飾などは取引こそあるだろうが、あぁいった所は口が堅い。情報屋を頼れば話は早いが、奴らは我々のような旅人からは多額の金を請求してくるだろう」
「……それに情報屋の情報の精度は当たりはずれがある。信頼できる人間がいないのであればそれに頼らない方が良いだろう」
「……そ、それじゃ……えっと、その土地の有力者に直接聞きに行くのは、どうかと」
「え? でも、俺たちに会ってくれるのかなぁ? 有力者っていうほどだったら予定もぎっしりだろうしなぁ」
「ぅ、ぅぅ……すみません」
レーラは体を縮こませて謝る。
俺は気にするなと励ましながら、どうしたものかと考えた。
すると、道の端で煽情的な格好をした若い女が男を引き留めているのが見えた。
「お兄さんたちぃ今からウチの店に来ないぃ?」
「えぇ? 今からかぁぁ? 昨日は飲み過ぎて頭がなぁ」
「えぇいいじゃないぃ? いっっぱいいサービスるからぁ、ね?」
「えぇサービスってぇ……行っちゃいますかぁ!?」
「行く行く行く!」
「はぁい二名様ご案内ぃ!」
お姉さんは客となった男たちを連れて行く。
俺はその光景をジッと見つめながら、三人に提案をする。
「……大人の店っていう可能性は」
「「「――無い」」」
「いや、即答かよ!? 少しならあるだろ!? イケメンで軽い感じだったならそういう店にもさぁ!?」
俺は必死に説明する。
が、ギルバートとレーラは難しい顔をしていた。
アードルングにも説明したが道端に転がるクソを見るような目を向けられた……何でぇ?
「……可能性、あると思ったんだけどなぁ」
「……まぁダメもとで伝手を頼ってみよう。聞くだけなら邪険にもされないだろう」
ギルバートはそう言って歩き出す。
二人も奴の後をついて行き、俺もため息を零しながら歩いていった。
とぼとぼと歩きながら、俺はふと視線を横に向ける。
すると、ゴミの山の中に倒れている人がいた。
虫が飛んでおり、浮浪者かと思って視線を外そうとして――もう一度見る。
「……アイツら!」
「……ん? どうした?」
「ちょっと待っててくれ!」
俺はギルバートたちにそう言って駆けだす。
ゴミの山に近づけば暑さによって生ものが腐ったような臭いがした。
鼻をつまみながら倒れている奴の顔を確認し……やっぱりだ。
汚い布で顔を隠し、少し汚れた白いローブを纏った子供の三人組。
昨日、俺からマーサさんの紹介状を盗んだガキどもだった。
マスクをずらして呼吸を確認すれば息はしていた。
見えている範囲でなら、ひどい怪我だと一目で分かる。
顔面はパンパンに腫れあがっていて痣だらけだ。
ローブの下も恐らくは痣だらけになっているだろう。
恐らくは棍棒か何かで滅多打ちにされたのか。
意識は朦朧としていて危険な状態であると分かり――
「待ってろ! 今、治癒師の所に連れてってやるからな!」
「ぅ、ぅぅ……」
「ハガード! どうか――っ! 見せてみろ」
アードルングたちがやって来る。
ギルバートとレーラは眉を顰めて動揺する。
アードルングは落ち着いた様子で三人の様子を確認していた。
そうして、呪文を詠唱し手から魔力の光を発していた。
薄い青い魔力が彼らの体を包み込む。
暫くすれば光は徐々に収まっていく。
三人の顔色を見れば、少しだけ苦しさが紛れたような気がした。
「取り敢えず応急処置はした……すぐに治癒師の元へ行くぞ」
「あぁ」
「「……っ」」
俺は二人の少年を担ぐ。
アードルングは少女を両手で抱いていた。
俺はギルバートたちに行くぞと声を掛けて走り出す。
二人はハッとした様子で俺たちの後をついてきた。
「……傷の治療はしておいたよ。暫くは薬で様子を見るけど……“彼以外”は一週間もすれば歩けるようになるよ」
「……コリーは危険な状態なのか?」
「……彼は当たり所が悪かった……もしかしたら、後遺症が残るかもしれない。下手をすれば、歩く時に補助具が必要になるかもしれない……その時は申し訳ないけど、諦めてくれ」
「……分かった。ありがとう、治癒師のおっさん」
俺たちは頭を下げる。
すると、治癒師のおっさんは困ったように頬を掻く。
「……君たちは“良い人”だ……だからこそ、忠告しておくがね……あまり、この子たちのような人間には関わらない方が良い」
「え? 何でだよ。こいつらは怪我をしてたんだぞ。助けるのが当たり前じゃねぇか」
「……ごもっともだ……ただ、優しさだけではどうにもならない事がある……彼らは“マレファル”の部下だ。盗みや殺人を平気で子供にさせるような“悪魔の僕”なんだよ……悪い事は言わない。彼らとはこれ以上は関わらない方が良い」
おっさんはそう言う。
俺たちの身を案じているのが伝わる。
だが、それ以上におっさんも苦しんでいる事が分かった。
おっさんは危険があると分かった上でアイツらの治療を行ってくれた。
此処に来る前に二軒ほど別の治癒師の元を尋ねていたが。
そいつらはアイツらを見るなり血相を変えて出ていくように俺たちに言ったからな。
アレが普通の反応であり、おっさんの優しさがこの街では異常なんだ。
俺は少し考えてからおっさんに話しかけた。
「……アンタ、優しいな……けど、子供をあんな目に遭わせる奴を放ってはおけねぇよ」
「……っ。そうか……分かった。私はもう何も言わない……だが、怪我が治ったらすぐに出て行ってくれ……それじゃ」
おっさんはそう言って部屋を出ていく。
俺は扉が閉まるまでおっさんに頭を下げ続けた。
そうして、扉は閉まったのを確認してからベッドに横たわるガキどもに話しかけた。
「……起きてるんだろ」
「「……っ!」」
俺が話しかければ、奴らはびくりと僅かに体を揺らす。
アードルングはジッと俺を見つめて来る。
俺は彼女に微笑みかけて、また面倒事に巻き込んでしまう事を心の中で詫びた。
ギルバートとレーラは子供たちをジッと見つめるだけで身動きしない。
俺は三人の前を横切ってから、ベッドの傍に椅子に腰を下ろした。
「……話してくれよ。この前、言ってくれなかった……理由ってやつをな」
「……い、言う訳ねぇだろ……お前たちはよそ者で、信用なんか……なん、か……く、うぅぅ」
最初に声を出したのはバリーだった。
彼は自由に体を動かせない中で首だけを此方に向けて俺を睨む。
が、最後まで言葉を吐く事も出来ずにポロポロと涙を流していた。
俺はそれをジッと見つめていた。
「……あたし等には、金がいるんだよ」
「……金か……何で、金がいるんだ?」
「……私たちを育ててくれた恩人……ホレスの爺さんを救う為さ」
ヘザーはぽつぽつと語りだす。
自分たちは孤児であり、そんな彼女たちを育ててくれたのがホレスというお爺さんだったっと。
ホレスという老人は元々は小さな酒場を経営していて。
彼女たちはそんな酒場で働かせてもらっていたらしい。
と言ってもやっていた事はお手伝い程度の事で、お爺さんは子供である彼女たちに無理な事はさせていなかった。
病気になれば薬を買って看病をし、欲しいものがあれば買ってくれた。
普通の家庭の子供と同じような暮らしを彼はさせてくれていた。
お爺さんは自分たちを本当の子供のように可愛がってくれていたとも彼女は言う。
「……でも、ある時に“悪魔たち”がやって来た……アイツらは店の権利書を渡すように迫って来たんだ。土地ならもっと他にもあったのに、気分で私たちの店を潰しに来たんだよ……勿論、爺さんは断ったよ。でも、その日から奴らは店に嫌がらせを始めて……ある時に、私たちが奴らの所に言って抗議をしに行ったら。アイツらは置いてあった壺を私たちが割るように仕向けて……爺さんは私たちを信じてくれたけど。悪魔の親玉がやって来て、落とし前をつけるって言って私たちを裁判に掛けようとしたんだ」
「……裁判か……恐らく、奴らの言いなりに事が運ぶんだろう」
「そうさ。この国の法律は強い奴らの味方なんだ……もしも、裁判が始まれば私たちは罪を着せられて最悪死罪になる……爺さんはそれが分かっていたから、店の権利を渡した……でも! クズ共はそれでも満足せず爺さんを奴隷にして、奴隷市で見世物のように扱ってるんだ! 許せない。絶対にアイツらだけは……金さえあれば、アイツは爺さんを解放するって私たちに約束した。だから、私たちは何としてでも金がいるんだ」
「……それで盗みか……他に方法が無かったかって聞くのは野暮だな」
恐らくは、この街で真っ当な方法で稼ぐ事は出来なかっただろう。
その悪魔とやらの影響力のせいで、彼女たちは何処にも雇ってもらえなかったのか。
その結果、世界で一番憎い奴に従わされていたと……ひでぇ話だ。
「……それで、その金は幾ら必要なんだ?」
「……聖金貨二枚分だ……無理な額じゃない。後、数年もすれば……すれば……でも、爺さんは……っ」
「……ダメだ。盗みを続けて得た金じゃ、爺さんは喜ばねぇよ」
「――っ!! だったらァ!! どうしろって言うんだッ!! 私たちに何が出来るって――っ!?」
「叫ぶな。傷に響くぞ……はぁ、簡単じゃねぇかよ。分からねぇか?」
俺は頭を掻く。
子供であれば誰だって出来る事だ。
俺だってガキの頃は良くやっていた事だ。
ヘザーは俺を睨み、バリーも悔しそうな顔をしていた。
俺は立ちあがり、ヘザーとバリーの頭に手を置く。
そうして、にかりと笑って伝えた。
「テメェらで解決できねぇ時は――大人を頼れ!」
「「……え?」」
俺は簡単だろうと伝えながら奴らの頭を乱暴に撫でる。
そうして手を離してから、用が出来た事を伝えて出ていく。
すると、ギルバートとレーラは慌てた様子で何をしに行くのかと言ってきた。
俺は振り返って当然と言わんばかりの顔で二人に伝える。
「問題を解決しに行くんだよ」
「……全く……世話の掛かる男だよ。お前は」
アードルングが首を左右に振る。
が、その表情は何処か嬉しそうだった。
彼女は俺について行くと言い、俺は助かる事を伝えた。
「それじゃ、ガキどもは任せたぞぉ」
「お、おい! 何を勝手に……っ」
「あ、あわ、あわわ……ど、どうすれば」
俺たちは扉を開けて部屋の外に出る。
そうして、扉を閉じてから横に視線を向ければ……先生が壁に背中を預けていた。
「……これを」
「……アンタ、本当に良い奴だな!」
「……その逆さ……僕は最低のクズ野郎だよ」
彼は悲し気に笑って奥の部屋に入っていった。
俺は受け取った布の切れ端を見て、此処に目当ての奴らがいると確信した。
アードルングに視線を向ければ、彼女は決意を込めて静かに頷く。
俺たちは武器となるものは携帯していないが。
今はそれが逆に良い状態であると言える。
別に戦いに行く訳じゃない。
金が払えるのなら、それで解決できるんだ……だけど、少し嫌な予感がするな。
妙な胸騒ぎであり、簡単に終わりそうにない気がする。
が、そんな事で足を止めていてはいけない。
見世物にされている爺さんだって何時までもそんな環境で耐えられるとは思えない。
事は一刻も争う事であり、迅速に問題を解決しなければならない。
俺は静かに歩き出す。
これからサボイアの裏に巣食う悪魔に会いに行く。
金で解決できればそれで良いが……俺は汗ばむ手をギュッと握りしめた。