時刻は早朝――準備は整った。
鎧と剣を装備し、俺たちは宿屋を出た。
マレファルから指定された場所は街の西側の入り口だった。
そこへと向かえば奴の部下らしき悪人面の男たちが立っていた。
その傍には大型の魔物もいて、その背中には人を乗せる為の籠を背負わされていた。
魔物はトカゲのような見た目をしている。
何処かで見た事があるかと思っていれば。
それは此処に来た時に見た魔物と似ていた。
違いがあるとすればその体表が白くなっている事だ。
目は赤々としていて、その首には大きな革製の首輪が嵌められている。
「乗れ」
「……」
顎をしゃくって乗るように促す男。
それに無言で従って俺たちは乗り込もうとした。
トカゲは地面に体を密着させる。
その瞬間に丸められていた縄梯子が降りて来た。
それを掴んで上がっていき、扉が開いたままになっている籠に乗り込む。
籠の中は至ってシンプルであり、長い椅子があるだけだった。
窓らしきものは存在せず、気を休めるような要素は何一つない。
上がって来たアードルングに手を貸す。
そうして、ギルバートとレーラも上がらせた。
全員が上がったのを確認すれば、下の男が呪文を詠唱したのが分かった。
瞬間、開かれていた扉は勢いよく閉められた。
ロックも掛けられて逃げられないようにされて……信用している筈ないか。
俺たちはそのまま椅子に座る。
互いに沈黙したまま床を見つめていた。
すると、トカゲが起き上がったのが揺れで分かる。
そうして、そのままドスドスと音を立てながら走り出したと感じた。
「……乗り心地は最悪だな」
「……全くだ」
ドスドスと音を立ててトカゲが走れば。
その分の揺れが籠の中に伝わって来る。
椅子から転げ落ちる事は無いが、それでも長い間このままであれば気分が悪くなるかもしれない。
長々と話を出来る状況でもなく。
闘技場に着くまでに心を整える事も出来ない。
マレファルは最悪なコンディションで闘技者を運んでいるんだろう。
そして、そんな闘技者が無残に殺される様を観客たちに見せるのか……最低のクズ野郎だな。
吐き気を感じるほどの悪だ。
もしも、俺がこの国の人間であれば……いや、ダメだ。
例え、この国の住人であったとしても力の無い俺には何も出来ない。
金も無ければ地位ある立場にもついていないだろう。
そんな中で行動を起こしてもたかが知れている。
住人だろうとなかろうと、結局の所は力が無ければ意味が無いんだ。
……それでも、ヘザーたちだけでも救ってやりたい……俺の我が儘だ。
ただの自己満足であり、感謝されるような事でもない。
ホレスの爺さんを救えたとしても、そこから先はアイツらが努力するしかない。
俺が出来るのは爺さんをヘザーたちに会わせるまでで……歯痒いな。
もっと力があれば、もっと俺が立場のある人間であれば……自然と拳に力が入る。
「……ハガード」
「……何でもねぇよ。何でもな」
アードルングが心配そうな目を向けていた。
俺は首を左右に振り大丈夫だと伝えた。
彼女は不安げに微笑んで、それ以上は何も言わなかった。
前を見ればギルバートとレーラが俺をジッと見つめている。
それは不安でも恐怖でもなく……ただただ怒っているように見えた。
「……悪かったよ」
「……そう思うのなら……絶対に死ぬな」
「そ、そうです! あ、貴方に死なれれば我々は困るんです! だから、絶対に……生きて、ください」
「……ふっ、そうだな……全力で生き残って見せるさ」
俺は親指を立てて笑う。
二人はそれなら良いと言って笑う。
これから死地へと行くと言うのに、俺たちはひどく落ち着いている。
不安や恐怖……それは勿論ある。
怖いし、気を抜けば足が震えそうだった。
今すぐに逃げたいとも思うし、本当に勝てるのかさえ怪しい。
――けど、俺は約束した。
絶対に死なないと、生きて帰って来るってな。
そして、ギュンターさんも俺を死なせないと約束してくれた。
まだ会って間もないが、あの人の言葉は信頼できる気がする。
だからこそ、それを信じる事で恐怖や不安も幾分かは和らぐ。
「……」
カタカタと揺れる籠の中で。
俺は静かに自分の掌を見つめる。
危険は十分に分かる。
でも、今回だってきっと――――
§§§
トカゲが止まった。
そうして、扉のロックが解除されて俺たちは外に出た。
目の前には巨大な建造物があり。
此処はそんな建造物の中に入る為の入口の一つだと分かる。
梯子から降りれば、俺は有無を言わさずに連れて行かれた。
後ろの方でギルバートとレーラの声が聞こえて振り返れば。
アイツらも武装した別の兵士に連れて行かれていた。
だが、心配はしてない。
何故ならば、アイツらの方にはアードルングがついているからだ。
俺はそのまま前を見て歩いていく。
薄暗い通路には火の灯った松明が等間隔で設置されていた。
元々熱い土地柄の中で、炎が近くにあれば嫌が応にも熱を感じる。
幾ら鎧の恩恵があっても、この長く薄暗い廊下の中はむせ返るほどの熱があった。
兵士たちは完全武装であるが息一つ乱れていない……いや、違う。
「……」
――“呼吸をしているように見えない”。
動きは人のそれだが。
こいつらからは何も感じなかった。
ヘルムの下の顔も伺い知れないからこそ不気味で。
力は人間以上に強い事だけは分かる。
得体に知れない兵士……あのマレファルにも秘密がある。
こいつらと同じような不気味さを奴から感じていた。
もしかすれば、この闘技場でマレファスの何かを知れるかもしれない。
そんな事を思いながら、俺は連れて行かれるままに歩いていく。
歩いて、歩いて、歩いて……兵士たちが止まった。
拘束を解かれる。
腕を摩りながら前を見れば、そこには十名以上の人間たちがいた。
俺だけだと思っていた。
が、実際には俺以外にも闘技者がいたらしい……最悪だな。
そのどれもがある程度の武装をしている。
剣を持っていたりハンマーを持っていたりだ。
鎧なども着込んでおり、戦い慣れしている奴も数名いた。
が、中には明らかに委縮してしまっている人間もいる。
種族も様々であり、ファーリーだったりヒューマンだったりドワーフもいる。
男のエルフもいたが、彼らは怯え切った表情をしていた。
此処にいる誰もが今から何と戦わされるのかが分かっているのか。
怯え恐怖し、呑まれてしまえば最期で……そうなってしまえば、俺にはどうする事も出来ない。
相手は十中八九が魔物だ。
それも、十人以上はいる人間の相手をするのであれば、確実に等級がついているような魔物だろう。
一級や二級は絶対に連れてこられないのは分かっているが。
最悪の場合、四級危険種に該当するような魔物が出る可能性もある。
そうなれば、最低でも銅級の冒険者が十名はいなくては勝てない事になっていた。
俺一人だけではダメだ。
いや、あの不思議な魔力が使えたら勝てる可能性はある。
が、今の俺はあの力をどうすれば使えるのか理解していない。
闇雲に使おうとしても隙を生むだけであり……だったら。
俺は一歩前に出る。
そうして、彼らに聞こえるような声で話しかけた。
「皆、聞いてくれ! 今から俺たちは危険種に該当するであろう魔物と戦う事になる。個人個人で戦っても、多分、危険種クラスの魔物には勝てないと思う……だから、協力しないか?」
「……きょ、協力って言っても……相手がどんな魔物か分からないのに、どうしろって言うんだよ!」
「……分かっている。けど、バラバラで戦っても勝てる見込みはねぇ! 誰か、パーティを組んで戦っていた奴は此処にいねぇか? 出来れば指示役の経験があったら助かる!」
俺は周りの人間に視線を向ける。
誰かいないかと探すがほとんどの人間が顔を伏せていて……手を上げた人間がいた。
視線を向ければ、そいつは屈強な体つきの戦士風の男だった。
種族はドワーフのようであり、経験があるのかと聞けば元冒険者であると言ってきた。
「戦闘の指示なんかは出来るか?」
「あぁ一応はな……俺を信じるのか?」
「俺は信じる……皆はどうだ?」
俺が視線を周りに向ければ、ほとんどの人間は力なく頷いていた。
が、エルフの男たちは信用できないと言い放つ。
「お、俺たちは勝手にやらせてもらう」
「……悪いが、協力は出来ない」
「……分かった。健闘を祈ってるよ」
俺は彼らにそう伝える。
そうして、協力してくれる人間たちを近くに呼ぶ。
ヒューマンの男が五人に、ファーリーの男が三名。
ヒューマンの女性が二名とドワーフの男が二名か。
ドワーフ同士は知り合いのようで。
彼はもう一人のドワーフも元冒険者であると教えて来た。
「俺も冒険者だ。階級は黒炭級だ」
「……俺たちも同じだ。と言っても、二年前に引退したがな」
「ほ、本当に指示なんか出来るのか?」
黒い毛並みの猫のファーリーが不安げな表情で尋ねる。
すると、ドワーフの男は「問題ない」と言ってくれた。
「何十年と戦ってきた。技術が衰えたとしても、勘は鈍っちゃいない……任せてくれ」
「おぅ、頼りにしてるぜ……時間はあまりなさそうだから、先に立ち回りだけ教えてくれ」
「……よし、ならお前とお前は――」
ドワーフの男から作戦の説明を受ける。
彼は各々が持っている武器と身体的特徴などを分析し。
最適な立ち回りについて俺たちに教えてくれた。
同じ冒険者として彼の目は冴えわたっていると思う。
もしも、少しでも違和感があれば指摘しようと思ったが……これなら問題ない。
ドワーフの男は説明を終える。
すると、ざわざわという人の声が聞こえていた会場から歓声が上がる……時間か。
「今言った通りに立ち回ってくれ。少なくとも、敵について分析するまでは生き残って欲しい。四人一組で、この中で一番若くて力のあるお前がそこの女たちとそこのひ弱そうなヒューマンの男を守れ」
「分かった……よろしくな」
「「「は、はい」」」
ヒューマンの女性が二名と杖を持つ魔術師風のやせ細った男が一人。
パワーバランス的には間違っていないだろう。
ドワーフたちの方の戦力は高そうに見えるが。
彼らも同じように恐怖や不安に呑まれそうになっていた。
彼らを守りながらの戦闘になる事は自明の理で……何としないとな。
ゆっくりと目の前の鉄冊が上がっていった。
後ろを振り返れば、兵士たちが此方に槍を構えていた。
此処でジッとしていても殺される。
それが分かっているからこそ、全員が重い脚を闘技場内へと向けて進めていく。
会場へと入れば、天から降り注ぐ陽の光を全身に浴びる。
薄暗い場所から光のある場所に出て来た事によって視界が白一色になる。
が、すぐに目が慣れていき――空気が揺れる。
「「「「――――!!!!」」」」
「ひ、ひぃ」
「何よ、これ……ぅ、ぅぅ」
円形に広がった巨大な闘技場。
石でくみ上げられた舞台であり。
全ての席に白いローブを身に着けた人間たちが座っていた。
奴らは片手に焼いた肉などを持って喰らい。
もう片方の手には奴隷を繋いだ鎖などを持っていた。
奴隷たちを顎で使って飲み物を飲ませたり足を揉ませたり。
中には裸に剥いて下品な行為に及んでいて……ひでぇな。
薄汚い格好のまま、こんな大衆の場でやらせる事じゃない。
人を人とも思っていない事をさせていた。
そんなおぞましい人間が此処に集まっている。
今から俺たちが殺されるかもしれないというのに飯を食いながら見ているんだ。
正気とは思えないが、ギュンターさんが言う様に奴らは正常なんだろう。
俺は舌を鳴らす。
そうして、目の前に視線を向けた。
《さぁさぁ間もなく開始される今回の闘技ッ!! 今までとは違い今回の戦いは――何とッ!! 人対魔物ですッ!!》
「オオオォォォ!!!」
《選ばれし勇者は総勢で十五名ッ!! 中には戦闘のプロである冒険者もいるようですがァァッ!! 今回我々が用意した魔物はなななんとぉぉ……“四級危険種”に相当する魔物である“ワイバーンイーター”だァァ!!》
「ウオオオォォ!!!」
「……! ワイバーンイーターだと……まずい」
ドワーフの男が呟く。
俺自身も師匠から教わった魔物の情報を思い出していた。
ワイバーンイーターとは黒い大型の蜘蛛の魔物だ。
その特徴としては空から獲物を捕らえに来るワイバーンを逆に食い殺す獰猛さからワイバーンイーターの名で呼ばれている。
自然界のハンターであり、ワイバーン以外の大型の魔物にも嬉々として襲い掛かる戦闘狂だ。
例え相手が自分よりも格上の相手であろうとも獰猛に狩りを行う様から“死を恐れぬ狩人”として呼ぶ冒険者もいたらしい。
最悪の予想が当たってしまった。
第五級であればまだやりようはあった。
が、相手はそれよりも上の四級だ。
今ある戦力では真面にやり合えば勝てる見込みは無い。
「おっちゃん。どうする」
「……考えがある。ワイバーンイーターにも弱点はある……分かるな?」
「……なるほど。でも、どうやって“上を向かせるんだ”?」
「任せろ……お前たちは左側面。俺は正面で、お前たちは右側面だ」
「あぁ」
「分かったぜ!」
俺たちは動き出す。
指示役のドワーフのおっちゃんは一番危険な正面に立つ。
おっちゃんの知り合いのドワーフのチームは左側面に展開する。
俺たちは右側面へと行き、配置についた。
そのタイミングで司会をしていた男の説明は終わる。
そうして、カラカラと冊を引き上げる男が聞こえて前方のそれが開かれて行った。
《それではそれではァァ!! なぁぁがらくお待たせいたしましたァァ!! たぁぁだいまよりぃぃぃ闘技戦をぉぉぉ開始しまぁぁぁすぅぅ!!》
「「「「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――ッ!!!」」」」
完全に開かれた鉄柵。
そこからかさかさと音を立てながら魔物が這い出る。
それは蜘蛛の形をしていた。
が、普通の蜘蛛とは到底呼べない異形だった。
太く長い脚が六本生えていて、腹部は大きく膨らんでいた。
目となるものは赤々と輝いていて、体中に浮き上がっている。
口となる部分からは細く鋭利な歯が無数に生えていて螺旋状に広がっていた。
そして、最も特徴的なのは体中から突き出している不揃いの白い何か。
骨のようにも見えるが、奴の外骨格となるものからは色が違う。
まるで、後からつけたしたような何かで、奴の体にはアンバランスに見えた。
「――――」
「「「……っ!!」」」
ワイバーンイーターから放たれる殺気。
きしきしと不気味な鳴き声を上げながら。
奴は体を地面に密着させて足を僅かに広げていた。
此方を完全に獲物と定めていて、今にも飛び掛かってきそうだった。
これが四級危険種に該当する魔物の放つ殺気。
これが銅級の冒険者十名でやっと倒せるほどの魔物なのか。
俺はごくりと喉を鳴らしながら武器を構えて――ッ!!
奴の姿が消えた。
瞬間、俺は反射的に横へと飛ぶ。
仲間である女性の背後に躍り出た。
そうして、考える間もなく後ろに向かって剣を全力で振るった。
「――!!」
「ぐぅ!!」
振り抜いた剣の先に何かが当たる。
甲高い音を立てながら互いに弾かれた。
女性の横へとずるずると地面を擦りながら強制的に移動する。
視線を前に向ければ――ワイバーンイーターがいた。
奴は今、あの一瞬の内に音もなく背後に回り仲間の一人を捕食しようとしていた。
俺はそれに直感で反応し、間一髪のところで奴の攻撃を防いだ。
遅れて気づいた女性が振り返る。
そこにはきしきしと鳴き声を上げる奴がいた。
「あ、あぁ、いやぁ……ぁ、あぁ」
「落ち着け。アンタはまだ生きてるんだ」
俺は今にも壊れてしまいそうな女性を勇気づける。
仲間たちも恐怖に顔を染めていて真面に戦えそうにない。
そんな俺たちをカバーするようにドワーフのおっちゃんのチームが奴を囲う。
「狼狽えるな! 奴は常に死角から迫り、この中で一番弱い者から食おうとする。死にたく無ければ抗え!」
「……く、くそォォ!!」
「し、死んでたまるかァ!!」
おっちゃんの言葉に勇気を奮い立たせる男たち。
俺の仲間たちも互いに勇気づけ合ってくれていた。
俺は武器を構えながら奴を注意深く観察する。
落ち着け、落ち着くんだ……大丈夫だ。俺は反応できていた。
ミノタウロスとの戦いで、敵の常人離れした速度にも目が慣れていた。
あの魔力が使えなくても、培った経験が活かされている。
俺はそう自分に言い聞かせながら、どくどくと強く鼓動する心臓を落ち着かせようとする。
会場の奴らは狂ったように俺たちに死を叫んでいて。
俺はそんな言葉をシャットダウンしながら、目にも留まらぬ速さで移動する魔物に意識を集中させた。