足を引きずりながら歩く。
毒の効果はいまだに抜けておらず。
ワイバーンイーターから受けた攻撃の痛みが残っていた。
精神的なものであり、実際はそこまでの痛みでは無い筈だ。
が、毒の効果によって直接傷を負ったかのように感じている。
毒が抜けない限りはこの痛みが引く事も無いだろう。
アードルングに会えれば、痛みを和らげる事も出来るだろうが……皆は何処にいるんだ?
仲間と再会できるのかと不安に思う。
兵士に勝手に連れて行かれて、観客席にいたのは知っていたが。
それでも、マレファルが素直に俺たちを再会させるかは分からない。
もしも、約束を反故にしようとしたのなら。
荒事にはなるが、無理矢理にでも奴に会いに行くしかない。
ホレスの爺さんの自由を取り戻し、マルケッテへと帰るのが今の俺の目標だ。
それが達成できない限りは、まだ終わりじゃない。
「……ふぅ」
静かに息を吐く。
階段を下りていき、長く続く廊下を歩いていった。
靴の音が反響し、遠くから声が微かに響く。
鼻を鳴らせば、肉が焦げたような臭いが鼻にこびりついていた。
自分から肉の焼ける臭いがしていてひどく不快だが……今は気にしていられない。
「……この先に、仲間たちがいるのか?」
「……」
「……無視ってか……はぁ」
先頭に立ち、俺を何処かへ案内する兵士。
ガチャガチャと鎧の音をさせるだけで何も喋らない。
長く続く廊下は緩やかに曲がるようになっていて。
等間隔に明かり用の少し大きな魔石が壁に埋め込まれていた。
此処は比較的、温度は低いようで暑さは感じない。
何方かといえばひんやりとしていて、熱を持った体を冷ますには丁度いい。
奴は俺の歩幅に合わせて移動してくれてはいるが。
此方には一切視線を向けてこない。
どうやってペースを合わせてるのかと思いながら俺は歩いていき……兵士が止まる。
横の方に逸れて、一つの扉の前で止まる。
金属製の頑丈そうな両扉であり、中からは微かにだが声が聞こえた。
この空間自体は静かなものだ。
闘技場から聞こえる歓声も此処ではとても小さくしか聞こえない。
階段を下りて行った先でぐるりと回るようにして着いた場所だ。
此処は地下空間であり、恐らくはこの扉の先に……俺は扉に手を振れる。
冷たい扉に触れて軽く押せば、扉は抵抗もさほどなく開いていく。
俺が中へと入れば、既にアードルングたちがいたようだった。
「ハガード!」
「……何とか再会できたな。良かった」
「うぅ、無事で何よりです」
「……はは、無事って訳じゃねぇけどな」
俺は乾いた笑みを零す。
三人は安心した様に胸を撫でおろしていた。
彼女たちの顔を見てからぐるりと部屋の中を見渡す。
赤い絨毯が敷かれた広い部屋だ。
白い彫像が幾つか置かれていて、そのどれもが鎖に繋がれた片翼の天使たちだった。
中には亀裂が走っているものもあり、少し不気味に思う。
「お疲れ様でした。とても見応えのある良い戦いでしたよ」
「……そいつは、どうも」
声がした方向に視線を向ける。
高そうな木の机の前で革張りの椅子に座る男がいる。
机の上で腕を組み、ジッと俺を見つめていた。
猫のように細めた目を俺に向けて薄い笑みを浮かべる男……マレファルだ。
やはり、奴も此処にいた。
此処で俺の戦いを眺めていたんだろう。
奴の背後にある大きな鏡には闘技場が映し出されている。
そこでは今も闘技者と魔物の戦いが行われているようだった。
『はぁはぁはぁ……来るな、来るな……あぁ、あぁ! ああああぁぁぁ――――…………』
『――オオォォォ!!!』
「……チッ」
惨たらしい光景だ。
人が生きたまま食われる様であり。
同じように観客として見てしまったが、こんなので興奮できる訳がない。
狂っているとしか思えないような光景に思わず舌を鳴らしてしまう。
それを聞いていた奴は笑みを崩さずにジッと俺を見つめていた。
俺はそれを一瞥してから、約束はどうなったかを問いただした。
奴がゆっくりと手を上げる。
すると、奥に繋がる扉が開かれてじゃらじゃらという鎖の音が聞こえて来た。
視線を向ければひどくやせ細って白い髭を生やす老人が立っていた。
彼の首には首輪が嵌められていて、兵士の一人が彼の首輪に繋がる鎖を持っていた。
「ぅ、ぅぅ」
「……アンタが、ホレスさんか?」
「そ、そうですが……貴方たちは?」
ホレスの爺さんは目を瞬かせる。
俺はすぐにヘザーたちの事を彼に伝えた。
すると、彼は両目を大きく開いて驚いていた。
俺はにかりと笑い「もう心配はいらねぇよ」と伝える。
「鎖、外してくれ」
「……外してあげなさい」
マレファルは兵士に命令する。
すると、兵士は奴の指示に従って首輪と鎖を外した。
拘束が解かれて自由になったホレスの爺さん。
安心したのかふらりとその場に膝をつく。
アードルングが駆け寄り心配すれば、彼は両目から大粒の涙をぽろぽろと流していた。
「あり、がとう……本当に、ありがとう……また、子供たちに、会えるなんて……あ、あぁ」
「……ご老体、泣くのはまだ早い……私がおぶって行こう。レーラ、私の弓と矢筒を持ってくれ」
「は、はい!」
アードルングはホレスの爺さんを背負う。
レーラはアードルングの武器を大切そうに抱えていた。
ギルバートはホレスの爺さんの手を取って脈などを計っていた。
俺に視線を向けて静かに頷いている……体調は問題なさそうだな。
俺は少しだけ安堵した。
が、まだ完全には安心できない。
俺はそれを爺さんたちから視線を外しマレファルを見つめた。
「……もう二度と、ホレスの爺さんとヘザーたちに関わるな……約束だよな?」
俺は改めて奴に言う。
これでごねれば強行突破になってしまう。
兵士たちはこの闘技場に多くいて。
帰る為には馬車か魔物の乗り物を奪う他ない。
もしも、この国にいられなくなったのならその時は――
「えぇ、えぇ、それは勿論です。神に誓いますとも……これで彼らは真に自由の身です。良かったですね」
「……っ」
奴はあっさりと――俺の言葉を受け入れた。
奴はにこりと笑う。
まるで、心の底から良かったでも言いたげな笑い方だった。
彼らから自由を奪った張本人の癖に、こうもあっさりと約束を守った。
そして、後悔も何も無く純粋な笑みを浮かべている……ひどく不気味だ。
何を企んでいるのか。
いや、そもそも俺と取引に応じたのは何故だ。
参加者の一人が死んだから人手が欲しかった。
それは分かるが、何故、態々俺を参加者として誘ったのか。
別の人間でも良かった筈で、何なら現役の冒険者を雇えば魔物を倒されてしまう恐れもあった。
現に俺は生き残って奴らが飼っていた魔物は死んだ。
奴らにとっては大きな損失の筈で、怒りの一つもある筈だが。
奴らは怒る事もせずに、あっさりと約束を守っていた。
「……あっさりしてるんだな……アンタ、怒りもしないのか?」
「ん? 何故、私が怒らなければいけないのですか? 私は貴方のお陰でまた“大きな利益”を得ましたから」
「……? 利益だって?」
「えぇ、言ってはいませんでしたが、この闘技場では賭け事もしています。魔物に賭けるか、人間たちに賭けるか……また、どれくらいの時間人間達たちが耐えるのか。はたまた、誰が一番最初に死ぬのかなど……そういった賭けによって莫大な金が此処では動くのですよ」
「……それで、何でお前たちの利益に繋がるんだ。お前たちは魔物の方が勝つって思ってたんだろ。だったら」
「――いえいえ、私は“貴方様が勝つ”と思っていましたよ。その結果、これは“一部”ですが私はこれだけの利益を得ました」
奴が指を鳴らす。
すると、控えていた兵士が何かを運んでくる。
それは樽であり、どかりと置けば金属が擦れる音がした。
大きな樽が五つもあり、蓋を開けば中には金貨が山ほど入っていた。
「……いいのかよ。主催者が自分で賭けるなんて」
「ははは、心配なさらないでください。良い悪いではなく……私が“ルールを作っています”ので、ね?」
奴はにこりと笑う……支配者だって言いたいのかよ。
まるで、王様だ。
この国の真の支配者を気取っている。
だからこそ、俺が此処を出て言いふらしても別に構わないと言いたいんだろう。
誰が聞いて文句を言ってきたとしても、こいつならば力でも何でも使って黙らせられるからな。
ニコニコ笑う男。
裏も表も感じず、これが素であると言わんばかりだが。
間違いなく、こいつの皮の下は得体の知れない何かだ。
悪魔と呼ばれた男が、ただの金儲けに勤しむだけの悪党の筈が無い。
こんな悪趣味な場所を作り、剰え人間たちの命を金に換えてしまうような男だ。
「……」
俺は奴を見つめる。
奴は変わらず笑みを浮かべていた。
……これ以上は何も言わない方が良い……本能で分かるが、こいつには深く関わらない方が良い。
人の良さそうな顔をしているが。
こいつからは邪悪な気配を感じる。
純粋な悪と言ってもいい、自らの悪行を罪だと認識していない。
だからこそ、こいつはやろうと思えばどんな残忍な事でも出来るんだろう。
同じ空気を吸うだけでも悪い流れになりそうな気がする。
俺は仲間たちにマルケッテへと帰ろうと視線で促す。
すると、奴は俺たちが帰ろうとしているの察して口を開いた。
「帰りの手配はしています。それと……これを差し上げます」
「……?」
奴は机の下に置いていた何かを取り出す。
それは箱であり、それなりの大きさをしていた。
綺麗な白い箱であり、赤いテープでラッピングがされている。
悪魔と呼ばれた男が渡すものとは思えないような小綺麗さで。
俺は訝しむようにそれを見つめていた。
「私から貴方へのささやかな贈り物です。どうぞ、宿に戻られてからゆっくりと……“鑑賞”してください」
「……いらないと言ったら?」
「えぇ勿論それでも構いませんが……どうしますか?」
奴は俺を試すように聞いてきた。
俺は奴から視線を逸らして箱をジッと見つめる。
大きさは二十から二十五スンチはありそうだ。
立方体であり、ゆっくりと顔を近づけて臭いを嗅ぐ……花の匂いか?
花であったり、果物のような甘い香りがする。
箱の中身は花などだろうか。
箱の外まで匂いがするほどにきついが……まぁいいか。
持っていかなければいかないで、この男が何をするかは分からない。
魔力の反応も無ければ、術式が組み込まれている感じもしない。
爆弾であれば火薬の臭いがする筈だが。
花や果物の匂いだけではそれを誤魔化す事は出来ない。
アレは独特な香りがするからな……危険は無さそうだな。
俺は箱を両手で持つ。
すると、重さもそれなりにあると分かった。
花だけであれば重いが、果物が入っているのであればこれくらいはするのだろうか。
だが、鑑賞するというのはどういう事なのか。
果物であれば食べるのが普通だが……いや、いい。
考えてもこの男の思考は読めない。
俺に対しての嫌がらせという線もあるが。
そういう思考になるのであれば捨てるのが普通だ。
恐らくは、そういう考えになると分かった上で鑑賞しろという事だろう。
「……」
嫌がらせの仕方が回りくどい気がする。
が、此処で文句を言ってもこの男が何かをしてくれる訳でもない。
そんな事を考えて、俺たちは無言で部屋を出ていった。
扉の外に出れば、ゆっくりと扉が閉じられていく。
奴は笑みを浮かべながら手を振っていて――
「それでは皆様――“また”、お会いしましょう」
「「「……!」」」
扉が閉じられた。
俺たちは無言で互いに視線を交わす。
誰もが息を飲み、誰もが口を開けぬまま、ただただ時間が過ぎていく。
俺たちは奴の最後の言葉を聞いて……震えた。
また会おうという言葉はただの社交辞令だったのか。
それとも、本当にまた奴と会う機会が来るのか。
俺たちは奴が投げて来た言葉に少し怯える。
……考えても仕方ねぇよな……兎に角、今は先生の所に戻ろう。
何はともあれ、俺は生き残った。
戦いに勝利し、目的であるホレスの爺さんも連れ戻す事が出来た。
後は爺さんをヘザーたちの元へ連れて行くだけだ。
これで解決であり、これで俺がやりたい事は成し遂げた。
全てが上手く行って丸く収まった……が、何故か俺の心は安心しきっていない。
冷たさを感じる空間にいるからか。
心が冷え切っており、ぬくもりが足りていない。
何も不安は無く、奴の言葉を信じるのであれば爺さんたちは安全だ。
ヘザーたちは愛する家族と再会し、これで一件落着だ。
「……っ」
それなのに、何で俺の心はざわついているんだ。
まるで、これで終わりじゃないと物語っているようだが。
それの原因が何かさえ俺は理解できていない。
とても寒く、静かな空間で俺は胸に手を当てる。
「……行こう。もう此処に用はない」
「……そうだな。帰ろう」
「……今日のような事は……二度目は無いと信じたいな」
「……うぅ、此処はとても居心地が悪いです……死臭がします」
アードルングは歩き出す。
ギルバートとレーラはついて行った。
俺は最後に硬く閉ざされた扉を見つめる。
その先にはまだ奴がいる筈だが。
中からは“声も聞こえなければ物音ひとつすらしない”。
まるで、この部屋の中にはもう誰もいないと言わんばかりで……。
俺は頭を振る。
そうして、貰った箱を両手で抱えながら皆の元へ走る。
案内人の兵士は俺が来れば再び足を動かして歩き出す。
アードルングの隣に立てば、彼女は俺に視線を向けて来た。
「……痛むか? 見せて見ろ」
「わりぃな」
「……これは……毒か……少し時間が掛かるが、これなら……」
アードルングが俺に片手で治癒の魔術を施す。
温かな青い光が俺の傷を癒してくれた。
とても気持ちが良く、ようやく感じられたぬくもりに少し安堵する。
そうして、段々と痛みが和らいでいくのを感じながら。
俺は心の中を満たそうとしていた不安を忘れる為に、口を動かして言葉を紡いでいった。