「――うげ! ぁ、ぁぁ……えぇ?」
目覚めの朝は……最悪だった。
顔に強い衝撃を感じて覚醒し。
目を開ければ目の前には足があった。
ガァガァと獣のようないびきが常に聞こえている……うるせぇぇ。
目を瞬かせながらも、顔に掛かる足を掴む。
それを何とか押しのけて見れば、布団の上で何故か俺を殺しにかかって来た女が寝ていた。
添い寝なんて可愛げのあるものではない。
濃厚な酒気が漂う女が豪快にいびきを掻いていて。
下着だけの状態で腹を掻きながら寝ているのだ。
手には愛おし気に酒瓶が握られていて、涎が口から垂れていた。
色気の欠片も無く、全くて言っていいほど邪な感情は抱かなかった。
「……」
俺は冷めた目で女を見つめる……勿体ねぇな。
ローブを今は纏っていない。
だからこそ、素顔を拝む事も出来たが。
やっぱりエルフだったようで耳が長い。
目は閉じられていて髪も寝ぐせがひどいが、顔はエルフとだけあってかなり整っていた。
体も筋肉質ではあるがいい体つきをしている。
黙っていれば美人であり、男だって沢山言い寄って来るだろう……本当に勿体ねぇな。
俺は小さくため息を吐く。
そうして、自らの体に視線を向けた。
鎧は脱がされていた。
丁寧に置いてくれる訳でもなく、そこらへんに無造作に捨てられている。
今の俺の格好はだぼだぼの灰色のチュニックにベルトを巻きつけているだけだ。
下はズボンを履いていて、足は素足の状態だが傍には砂まみれのブーツが置かれている。
この女のものではないような気がするが……誰のだ、これ?
服装については一旦置いておく。
一番気になっていたのは体の状態だが……すげぇな。
痛みなどはほとんど残っていない。
包帯などを巻いた後も後は無く。
恐らくは、治癒の魔術によって傷を癒してくれたんだろう。
体の部位を欠損した訳じゃないが。
それにしてもかなりの速さの治療であり、腕はかなり高いと素人の俺でも分かる。
……ただのイカれた暴力女じゃないって事か……本当に何者なんだ?
師匠の関係者ではあるようだが。
彼女の口からまだ何も聞いていない。
名前もそうだし、過去の経歴も謎のままだ。
あの時、何故、アードルングは俺を助けてくれなかったのか。
俺はそんな事を考えながらも、腹が小さく鳴ったのを確認した。
「……何か作るか」
俺は布団から立ち上がる。
少しだけ抵抗感はあったものの、ブーツに足を通して紐を結ぶ。
とんとんとつま先を軽く叩いてから足を動かした。
そうして、台所と思わしき場所に向かい……あれ?
よく見れば、俺の荷物が脇に置かれている。
それも鞄事であり……まさか、勝手に運んできたのか?
宿屋にはアードルングたちもいた筈だ。
これを持ってこられたという事は彼女たちが許したと言う事で……あぁそういう事か。
何故、アードルングが連れて行かれる俺を助けなかったのか。
今思えば、彼女があの暴力女を見る目は他とは少し違っていた気がする。
少しばかりの恐怖と尊敬の念だ。
それだけで、彼女があの女を知っていると言うのは何となく理解できた。
つまり、あの女は冒険者だったか。もしくは、エルフにとって偉大な存在かと言う事だ……あんまりしっくりこねぇなぁ。
冒険者の線はあり得るけど、エルフにとって偉大な存在ではない気がする。
酒ばっかり飲んでいて、品性の欠片も無いんだ。
喧嘩っ早い上に、誰かれ構わず暴力を振るうような奴だ。
そんな存在を崇める奴がいるようには思えないけど……まぁいっか。
俺は鞄に近づいて中身を出す。
瓶に入った塩漬け肉や野菜。
後はビスケットではないただ乾燥して石みたいにかてぇパンを出す。
ナイフなども出して、調理器具も出して……。
旅の途中で暇さえあれば料理はしていた。
軽い軽食であったり、おやつのようなものを作っていた。
野宿をする事もあり、その時も俺が料理を作っていた。
そんなに食材は無いからこそ、あまりレパートリーは無かったけどな……よし。
俺は作るものを決めた。
そうして、変わった形の台に目をやる。
錆び錆の鍋やフライパンが無造作に窪みの中に放り込まれていた。
その近くには奇妙な形をした金属製の細長い筒のようなものが伸びていた。
見れば上の方に大きなタンクのようなものが設置されている。
中身は何かは知らないが、軽く揺すってみれば水の音がした……もしかして……。
俺は手探りでその金属を触る。
すると、上の方にぼこぼことした円状のものがついていた。
それを回せるほうに回して見れば……おぉ。
「……水だ」
水がちょろちょろと出始めた。
生ぬるいが水は水である。
俺は感動しつつも、勿体ないからと慌てて回したものを逆側に回す。
すると、水はぴたりと止まった……なるほどな。
緩めれば水が流れて、逆側に回せば水が止まるのか。
仕組みを理解しながら、調理道具が置かれた台の底を見る。
すると、小さな穴が開いており、恐らくは此処を通って汚水を何処かに流すんだろう。
地下水道へとは流さないだろう。あそこの水はそれなりに綺麗だったからな。
恐らくは、このタンクのように一時的にためて置いて何処かで流すのか。
「……てことは、此処は洗い場か……アイツ、全くやってねぇな」
元は綺麗だったはずの調理道具が汚れなどでさび付いていた。
思い付きで料理をしたが。
そのまま洗う事も無く放置していたんだろう。
そんな予想をしながら、先ずはこのガラクタを捨てる事にした。
汚れを落とそうにも、此処までさび付いていればどうしようもない。
食材などを開いているスペースに一時的に置いてから。
俺は使えなくなった調理道具を両手で抱える。
そうして、近くに無造作に置かれていたボロボロの袋の中に放り込む。
後で捨てられる場所があれば捨てに行こう……じゃ、作るか。
「……これも、もしかして……お、やっぱりそうだ」
魔石のようなものが円状にはめ込まれた器具。
そこの端にある突起に触れて魔力を流せば、魔石が赤々と輝いて熱を発し始めた。
別の突起物にも触れて魔力を流せば、今度は別の魔石が青く輝き熱が一気に冷めていく。
そうして、少し待てば光が収まる。
何となく調理台の使い方を学んだような気がした。
「取り敢えず、水もあるし……よっと」
持って来ていた小鍋の中に水を入れる。
そうして、それを魔石の上に置いた。
指で突起物に触れて魔力を流し熱を発生させる。
水が沸騰するまでの間に、俺は村から持ってきたあるものを出す。
それはまるで木の破片のような形状だ。
丸太から抉り取ったようなもので。
これは魚を煮熟してから乾燥させたものであり、めちゃくちゃに硬い。
これ同士をぶつければ木を叩いたような音が鳴る。
下手をすれば凶器にもなる代物で、鋭利な刃物でなければ表面を削る事も難しい。
俺は持ってきた調理用のナイフに魔力を流す。
そうして、流れるように表面を薄く削っていった。
削って削って、透き通った茶色の削り節が出来上がっていく。
それを丁寧に纏めておきながら、俺はフライパンのもう一つの魔石の上に置く。
そうして、熱を発生させてから俺は塩漬け肉を取り出す。
流れるようにカットしてから、それを水でさっと洗う。
小瓶に入れていた食用油をさっとフライパンに垂らす。
そうして、表面にコーティングし蒸気がふわりと出たのを目視で確認した。
俺はカットした肉を摘まんで、それは熱々のフライパンの上に並べた。
ジュゥと肉が焼ける気持ちの良い音が響く。
薄いピンク色の肉が熱によって焼かれて、部屋の中に塩漬け肉の香ばしい香りが広がっていった。
俺は肉の表面を焼きながら、取り出しておいた硬いパンを並べる。
そうして、くるくるとナイフを回してから魔力を再び流し――斬る。
丸く硬いパンに筋が浮かび上がる。
そうして、片手で持ち上げれば鮮やかに切れていた。
その出来栄えに頷き…アレは、何だ?
ふと視線を床に向ける。
そこには四角い箱のようなものが置かれていた。
何やら冷気のようなものが出ており、気になった俺はその中身を確認する……いいね。
中に入っていたのは――野菜だった。
魔石が入れられていて、それが冷気を発している。
鮮度が保たれており、瑞々しささえ感じる程だ。
俺は悪いかとも思ったが、あの女の分の飯も作るからと理由を作って野菜を拝借した。
それを台の上に載せて素早くカットしていく。
シャキシャキの緑の葉っぱが瑞々しいそれを食べやすい大きさに切っていった。
「……お?」
鍋からぼこぼこと音が聞こえて来た。
そんなこんなで鍋も沸騰し始めて、俺はのけておいた削り節を豪快に掴みお湯の中にぶちこんだ。
衛生的には悪いかもしれないが、軽くナイフで混ぜておく。
俺はつまみ食いでもするように切った葉物の野菜を摘まみ口に運ぶ……うめぇ。
シャクシャクと食べる。
素材本来の味であり、ほのかな甘みが感じられた。
そうして、良い感じに焼けた肉をひっくり返す。
暫くの間は、黙って様子を伺う。
待って、待って、待って、待って…………頃合いを見て鍋を熱から逃がす。
そうして、ナイフを巧みな手さばきで操り削り節だけを取り除く。
鍋を台の上に置き、後は適当に手で握りしめて汁を戻すだけだ。
「器、器……お、これだな」
台の下の棚を開ければ木の食器があった……ほとんど使ってねぇな。
埃をかぶっているそれを見て呆れたようにため息を零す。
そうして、鰹節を適当に台の上に置いてから器を取り出し水でさっと洗っておく。
乱雑に置かれていた使われてもいない布で水気を取る。
器の中にだしが良く取れている黄金色のスープを注ぐ。
残りは大きな器に取っておいてから、俺は空になったそれにそのまま水を注ぐ。
だしの残り汁と混ざった水がたっぷりと入った鍋を再び熱へとあてる。
次にやるのはこの野菜を使った料理だが……先に肉だな。
肉からほのかに煙が上がっていた。
丁度いいくらいだろうと切り分けたパンをフライパンの端に並べる。
そうして、暫くの間眺めていて…………もういいかぁ?
先にパンを取り出す。
すると、焼けているのか焼けていないのかというくらいの焼き加減だった。
元々、保存食として水分を抜いていたものだ。
あまり長い間、熱に当てていれば焦げて砕けちまうのは目に見えているからな。
焼き上がったパンの表面に黄色のソースを塗る。
これはドニアカミアの王都で買った調味料だ。
何でも若い商人が試行錯誤の末に開発した代物らしく。
元々、世間一般で広まっていたそれを更に改良したのがこれらしい。
名前は確か“マスゥトゥドォ”だったか……凄く辛いって言ってたな。
これくらいが丁度いいと思いつつ、次に肉をナイフで刺して確認する。
刺したところから僅かに肉汁が出る……いいねぇ。
こんがりと焼けた肉を次々と回収。
そのままパンの上に綺麗に置いてから、瓶に入れていた酢漬けのキュウリを取り出す。
それを華麗に切り分けてから、俺はそれを肉の上に並べた。
後は切り分けた別のパンを上に載せて……完成だ。
また一つ品が完成すれば、ぐつぐつと水が沸騰していた。
そこに予め切っておいた葉物の野菜をぶち込む。
煮えたぎる湯の中で煮込みながら、ナイフでかき混ぜていく。
暫くの間、俺はただボケっと眺めていて…………うし。
良い感じに柔らかくなったのを確認した。
鍋を取ってから水を捨てる。
そうして、器に盛ってから適当に放置していた鰹節を混ぜ合わせる。
そこに塩をパラパラっと振りかける。
後は適当にきゅうりを入れている瓶から酢を垂らし……完成だぁ。
「質素だけど……俺にしちゃ中々の出来だな、うん」
「あぁテメェにしては上出来だな」
「……何時からいたんだよ」
背後から声がした。
恐る恐る振り返れば、ぼさぼさ頭の女が腹を掻きながら立っていた……服、着ろよ。
ほぼ下着のままだ。
色気は全く感じないが、目のやり場には困る。
俺が戸惑っていれば、女は俺に何の断りもなく肉を挟んだパンを掴む。
そうして、豪快に齧り付いていた。
何度も何度も咀嚼し、喉を鳴らして飲み込み……にやりと笑う。
「お前、センスが良いな……こいつは良いもんだ」
「え、あ、あぁ……どうも?」
「勝手に人様の食材を使ったのはぶち殺し案件だが……美味い飯に免じて許してやる。また作れ」
「え、ま、またって……?」
女は俺の意見を無視して、他の料理も持っていく。
ご丁寧に自分の分だけであり、そこは弁えているようだった。
俺はパンを口に挟み、野菜の和え物とスープを運ぶ。
女は手も使わずにテーブルに置かれていた邪魔な空き瓶などを弾き飛ばす。
その上にスープの入った器と残りのスープの入った器を置いていた。
そうして、何かが俺の頭スレスレを飛んでいき、それを女は視線を向ける事無くキャッチしていた……えぇ。
新しい酒瓶を手に持ち、指でコルク事弾く……人間か?
女はどかりと座り、そのまま飯を食い始めた。
俺は野菜の器と自分の分のスープを置く。
「……野菜は食わねぇのか?」
「んあ? ふうよ。あんだ?」
「……何か、肉の方が好きそうに見えたから」
「あはりまえだ! ほっちのほうがふっあきあするんあよ!」
「……あ、そう」
女はパンを頬張りながら器用に喋る。
俺はこれ以上は殺されるかもしれないと考えて自分も黙々と飯を食べ始める。
魚で出汁を取ったスープを飲む……うめぇ。
そこまで時間は掛けていなかったが。
たっぷりと削り節を使ったお陰でよく味が出ていた。
暑い国で熱いスープは飲めたものでは無いと言うが。
美味けりゃ対して気にならないと俺は思った。
そうして、特製の肉挟みパンを喰らう……うん、これもイケるな。
ピリッとしたマスゥトゥドゥが食欲を引き立てて。
肉汁が染み込んだパンも少しだけ柔らかくなっていた。
それでも硬いは硬いが、噛み応えがあってこれはこれで良い。
長時間塩の中で漬け込んでいたからか、軽く洗ったくらいでは肉についた塩味は消えないな。
ちょっとだけ塩味がきついようにも感じるが……まぁこんなもんだろう。
黙々と食事を取りながら、手で野菜を掴んで口に運ぶ。
エルフの女も同じようにひょいっと掴んで野菜を食べていた。
塩と酢で味付けしたシンプルな和え物であるが、朝食であるのならこれくらいが丁度いい。
あまりガツンとしたものを起き明けに大量に食べるのは体に良くないしな。
俺たちは黙ったまま、飯を食べていく。
食べて、食べて、食べて…………ふぅ。
飯を食い終わった。
腹は満たされていて、俺は満足した様に息を吐く。
女を見れば、彼女も嬉しそうに笑いながら酒を飲んでいた。
俺は命令されるでもなく、空いた食器を持って洗い場に運ぶ。
そうして、せっせと食器などを水で洗っていった。
「……おめぇ、料理が出来たんだな……誇れ。それは冒険者にとって必須の技術だ」
「はいはい、そりゃどうも……なぁ、いい加減、自己紹介くらいしてくれよ。流石に飯まで作ってお互いに知らないままなのは可笑しいだろう?」
「あぁ、それもそうかぁ……私はディアナ・アンカー。元冒険者で、今は組合で若手育成の指南役を……同じ説明を何で何度もしないといけねぇんだよ。めんどくせぇ」
「いや、俺は一度も聞いてないんだけど……ま、まぁ大体は分かったよ。アンカーさんだな、覚えたぜ。俺は」
「――ルーク・ハガード。知ってるよ……“ジョン・カーバー”は元気か?」
アンカーさんは目を細めて笑う。
何か試すような口ぶりだが……?
「……ジョン・カーバーって誰だ? そんな奴、俺は知らねぇけど」
「……はは、そりゃそうだ……はぁ、やっぱり、お前で間違いねぇみたいだな……ってことは、アイツは……アレックス・ミューアは死んだんだな?」
「……! やっぱり、師匠の事、知ってんだな!」
ジョン・カーバーは知らないが。
アレックス・ミューアは師匠の名だ。
俺が笑みを浮かべながら聞けば、彼女は肯定していた。
「あぁ知ってるよ……アイツは、私の――“弟子”だからな」
「で、弟子!? え、ちょ、はぁ!? え、じゃアンタ……幾つなんだよ?」
「あぁ? そうだなぁ……まぁ三百は超えてるな、うん」
「さ、三百歳!? う、嘘だろ……えっとじゃ人間換算で……六十以上って事かよ、マジかぁ」
「……何だぁその目はぁ? 年齢なんて関係ねぇよ。私はどこからどう見てもピチピチさ!」
アンカーさんは胸を張る。
立派ではあるが、彼女の年齢のギャップで頭が激しく混乱していた……い、いや、今は置いておこう。
洗った食器を重ねる。
そうして、調理器具などを布で拭った。
自前のものはせっせと鞄に詰め込んでおく。
俺はせかせかと動いてから、彼女の傍に正座する。
「んん! ……まぁそれは置いておいて……アンカーさんが師匠を育てたのか?」
「だからぁそう言ってんだろぉ? アイツが十八……いや、二十歳くらいだったか? そん時に私が目をつけてやってな。同じパーティにもいて、そりゃもう何度も助けてやったもんさ……ま、結局、最後の最後で私は判断を誤っちまったけどよ」
「……? 判断を誤ったって――うぐぅ!!?」
彼女は酒瓶を俺の口に突っ込む。
ごぷごぷと中身を強制的に呑んでいき。
慌てて瓶を押しのけた。
彼女はケラケラと笑いながら「しみったれた話は無しだ!」と言う……何だよ、もう……。
「お前の話はアイツから聞いてるよ。光るもんがあって、何よりも強い意志があるってな……お前、本気で天空庭園を目指してんのか」
「……はい、目指してます。師匠との約束で……俺自身の夢でもありますから!」
俺はハッキリと伝える。
暫く、彼女は俺を見つめて……笑みを浮かべる。
「だったら、それを貫け……アイツが叶えられなかった夢だ。お前が叶えたんだったら、育てたアイツも悔いはねぇだろうよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
彼女に言われた言葉に胸が熱くなる。
師匠の師匠からの言葉だ。
俺はによによと笑って――
「……ただな……今のお前のままなら――“絶対に無理だ”」
「……ッ!」
彼女の言葉が、ずきりと胸に刺さる。
彼女はハッキリと俺には成し遂げられないと言う。
俺は動揺しながらもその言葉の意味を理解した。
恐らく、俺が弱いと言いたいんだろう。
それは正しく、今のままではこの先で出会うであろう強敵との戦いで俺は間違いなく命を落とす。
俺は拳を握る。
そうして、暫くの間顔を伏せて――バッと顔を上げた。
「お願いします。俺を――強くしてくださいッ!!!」
「……へぇ」
俺は両手を床について頭を下げた。
彼女は酒を飲みながら俺を眺めていた。
「……知ってんだろ。私の性格を……ピンチのお前を助けず、理不尽にお前を痛めつけて……こんな飲んだくれのババァにてめぇは命を預けられるのか?」
彼女は試すように言ってきた。
俺は顔を伏せたまま答える。
「貴方は俺を助けなかったんじゃない。俺に試練を与えた。自分のケツが自分で拭けるかどうかを見ていたんだ。もしも、本当に俺が何も出来ない男だったなら、貴方は助けていた筈だ……それに」
「それに、何だ?」
俺はゆっくりと顔を上げる。
「アンタは理不尽に俺を痛めつけた訳じゃない……俺を計っていたんだろう」
「……聞いてやる。言ってみな」
「……アンタは魔装を解いていた。もしも、本気で俺を痛めつけたいのなら魔装を解かなくても良かった……アンタは何も纏っていない状態の拳で俺の体を調べていた。何処が弱いのか、どれだけの耐久力があるのか、俺の集中力は何時までもつのか……単純に痛めつけていたのなら、骨折なりしていたけど。治癒魔術ですぐに怪我を治せたって事は……そういう事なんだろ?」
俺は少し口角を上げて笑う。
すると、彼女は持っていた酒瓶を静かに床に置いた。
にこりと笑みを浮かべながら彼女は静かに頷く。
そうして、ゆっくりと手を伸ばしてきて――イツゥ!!!
「――っ!!?」
バチンと音が響いた。
瞬間、俺の額に強い衝撃が走った。
俺は大きく頭をのけ反らせた。
そうして、ぐわんと頭を戻しながら額を両手で抑えた……い、いでぇ。
「生意気に分析か。十年はえぇんだよ……だが、良いセンスだ」
「……そ、それじゃ……俺を育ててくれるのか!?」
「ま、お前が何か言わなくてもそのつもりだったけど……少しだけやる気が上がったぜ」
彼女は立ち上がる。
そうして、転がっていた服などを着始めた。
服を着て革の装備を纏い、ローブを羽織る。
彼女は剣などを装備してから、俺に視線を向けて――にたりと笑う。
「じゃ、行くぞぉ」
「え、行くって……何処に?」
「さぁ何処だろうな……楽しい楽しい修行の始まりだ。三十秒で支度をしな」
「……よ、よし! やってやるぜぇ!!」
俺は両頬をぱしりと叩く。
そうして、やる気を漲らせながらいそいそと服を着替え始めた。