いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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19.幼女無双

あれから少し時間が経って、歓迎の宴が催されることになった。

「今日の金鹿亭は、君たち兄妹の貸し切りだよ」とはオーナーであるノーマンさんの談。彼には俺たちの出奔理由を少し話したので、ありがたいことに人目につかないよう配慮してくれた。

宿の営業については、明日の昼から通常通りに再開するらしい。

 

町長さんには、森で起きた騒動の顛末を話したが『よくわからない魔物が出たが、よくわからない兄妹が、よくわからないうちに倒してくれた』程度にしか受け取らなかった。

あまり大事にされると町に拘束される可能性があったので、詮索されずに済んで助かったのかもしれない。

町の信仰対象だった泉が再び湧き出した件も伝えたが「ああ……そんなものもあった……かな……?」と言われてしまった。泉の扱いが思ったより酷い。

 

というわけで、今この宴の場には七人もの人物が集まっている。

俺たち兄妹、金鹿亭家族、レナルドさん夫妻だ(レナルドさんの奥さんが若くて美人……!)。

ちなみに町長さんは、問題が解決したと判断して早々に帰宅した。若者が徴兵され、現在は何かと忙しい立場だとか。

 

「……うー」

 

リアナはさっそく人に酔ってしまい、顔が青ざめ気分悪そうにしている。妖樹の呪いにはケロリとしていたのに、人前程度でこうなるなんて、なんともあべこべなやつだ。

それでも、部屋に戻らずこの場にいるのは、珍しく空気を読んでくれたからだ。一応、この宴の主役は俺たちだと察してくれたらしい。偉いぞ。

 

「君たち兄妹のおかげで、私と娘は救われた。本当に……感謝の言葉は尽きない。私の怪我を治してくれて、ありがとう。娘を助けてくれて、ありがとう。……このまま彼らを讃えるために一席ぶちたいところだけど、みんなお腹も空いているだろうし、今回は無しにしようか! それでは君たち兄妹の慈愛と紀律と……えー、あと何かをミラナ様に祈って! 乾杯!」

 

「かんぱーい」「何かって何?」「発展だ発展」と様々な声が重なる中、俺も「ウェーイ」と普段ではありえないテンションで盛り上がりたかったが、今朝に飴を一粒舐めただけで、まともに食事を取っていない。

いい加減、すきっ腹が痛くなってきたので、金鹿亭名物のシチューをいただこう。一昨日の夜は諸々の事情で冷めきっていたので、熱々で食べるのは今回が初めてだ。

 

琥珀色のシチューをすくい上げると、トロトロに煮込まれた鶏のもも肉が現れた。香草の上品な清涼感とブイヨンの濃厚な旨味が絡み合い、絶妙な香りが漂って食欲をそそられる。

そんな匂いに我慢ができず、慌てて口に運ぶと、確かな感動があった。鶏肉なのに、歯がなくても噛み切れそうなほどの柔らかさ! こ、これはメチャクチャ美味い……! 美味すぎる……!

 

「リアちゃんリアちゃん! このシチューすごく美味しいよ! 冷めてないし! 冷めてないし!」

「…………!」

 

例によって人前では何も話さないが、どうやらリアナも腹ペコだったようで、熱々のシチューを冷ます間もなく口に運んでいる。普段はお菓子ばかりを頬張り、まともに食事をしない彼女を知っていると、にわかには信じられない光景だった。

 

「ふふっ」

 

いつの間にか俺たちの隣に座っていたベリンダちゃんは、妹がシチューを夢中で食べる姿を見てニコニコしている。まったく、どっちが年上なのかわからないな。

 

「とうぞ。こちらを飲んでみてください」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 

空になったジョッキにワインを注いでくれたのはレナルドさんの奥さん。若くて美人であり、金髪でおっぱいも大きい。……レナルドさんは、これまでの人生でどんな徳を積んできたんだ。

 

「……あ、美味しい。すごく飲みやすいですね」

 

若輩者の俺は、酒を勧められてた際に味がよくわからなくても『美味しい』『飲みやすい』『深い味わい(笑)』と言ってその場を凌いでいるが、これは本当に美味しくて飲みやすかった。適度な酸味とフルーティな甘味が強く、これは濾過をせずにボトル詰めした生ワインに近い味わいかもしれない。

 

「うちのレナルドが作ったワインです。まだ三年の若いワインですが、お口に合ったようでなによりです」

「えっ、レナルドさんが作ったんですか!」

「そうですよ。私はこの味に惚れ込んで彼と結婚しました。だから私は彼ではなく、このワインと結婚したようなものですね」

 

彼女は波々と注がれたワインを一気に煽る。うーん、酒豪の美女も悪くない。しかも金髪でおっぱいも大きいし。……レナルドさんは、これまでの人生でどんな徳を積んできたんだろう(再確認)。

 

「……リアちゃんも飲んでみる? お酒は飲んだことないよね」

「おねーさん、もうお酒飲めるんですか?! わたし、一回も飲んだことないです!」

「おいおい、俺のワインを飲んでくれるのは嬉しいが、まだお嬢ちゃんに早いんじゃないか? というか、今いくつなの?」

「十五です」

 

リアナが他人からの質問に答えるわけがない。気分を害させる前に、俺が答える。

 

「へー、もっと下だと思ってたわ。じゃあ、味見程度に舐めさせてもいいかもな」

「わたしもおねーさんとそんなに変わらないと思ってました!」

「そうなの? ベリンダちゃんって今いくつ?」

「九歳になったばかりです!」

 

まさかの年齢一桁。それにしては随分としっかりしている。宿舎という接客業の家に生まれ、人と接する機会が多いのだろう。その影響で早熟なのかもしれない。

 

「…………」

 

一方で我が家の十五歳様は、二人の反応に少しだけ不満そうだった。

普段から『可愛い』よりも『美人』と呼んだ方が喜ぶので、大人に強い憧憬があるかもしれない。彼女のメモ用紙一枚で収まる人間関係を考えると、これまで読んだ本にそんな大人がいたのだろう。

 

 

「ほらほら、次の料理を持ってきたよ。当店自慢の特製レシュティだ」

 

女将さんが大皿に載った料理を運んできた。バターの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

レシュティは、茹でたジャガイモを細切りして、大量のバターでこんがり焼いた家庭料理だ。ジャガイモにはでんぷん質が多いため、つなぎなしでも形成できる。

シンプルなものだとジャガイモだけで作るが、女将さんのレシュティにはタマネギやベーコン、さらにチーズもたっぷり入っていた。表面はサクサクのきつね色で食欲が刺激される。

 

「あっそれ、わたしがいちばん好きなお母さんのごはんなんです! すっごくすっごくおいしいんですよ!」

「うちの娘はこんなもので喜んでくれるんだから、安上がりで済むとてもいい子だよ」

 

女将さんの言葉に笑いが上がったが、ベリンダちゃんは気にした様子もない。慣れた手つきでレシュティを取り分けると、リアナの前に置いた。

 

「お、ベリンダは偉いな。その甲斐甲斐しさはうちの奥様にも見習ってほしいものだね」

「私は、あなたのお腹の肉がこれ以上増えないように敢えてそうしているのよ」

「そ、そうだったのか。優しいんだな、おまえ……」

 

新婚だというレナルドさん夫妻がいちゃつき始めたが、今はそれよりもリアナとベリンダちゃんの動向が気になる。

 

「おねーさんも、私の大好きなお料理食べてみてください!」

 

さて……ベリンダちゃんの厚意に、どう応えるのか。この場で俺がしてやれることは何もない。差し伸ばされた手を握るかどうかは、自分自身で決めなければならない。

 

 

「…………」

 

リアナは、盛り付けられた皿をただ眺めていた。

ベリンダちゃんが取り分けてくれた料理に手を付けようとせず、誰とも目を合わせないようにじっとしている。

……今、この場にいる全員が妹を見ていた。何もしないリアナに疑問を感じたのか、レナルドさん夫妻が自分たちにしか聞こえない声で耳打ちをする。

 

『……あの子、さっきから一言も喋ってないけど、どうかしたの?』

『さあね……お兄さんが言うには、なんでも人見知りらしいけど』

『へぇ、そうなの。変わってるっていうか……ちょっと異常な感じよね』

 

周辺を警戒し、常に魔法で聴覚を強化している俺には、二人の会話が聞こえてしまう。聞きたくもないのに聞こえてしまう。

――『異常』。その言葉は、普通と異なることを意味する。つまり、俺の妹は『普通ではない』と言われてしまった。

そんな思いやりのない言葉を聞いて、胸が潰されそうになる。鼓動が速まり、目の奥が熱くなる。それに……悔しかった。たまらなく。

 

『リアナは、言葉もろくにわからない頃から実の父親の手で監禁されたんだ!』

 

そう言葉にして、吐き出してやりたかった。彼女がどんな生活を送ってきたのか、今ここで叫び出したかった。

部屋から出ることも、家族と会うことも許されない。傍にいたのは、たった一人の従者だけ。そのぼんやりとした鳥籠の中での生活は、十年以上続いた。

 

だけど……ここにいる人たちに関係のないこと。

リアナは自分の足で、鳥籠の外に出てしまった。安寧と怠惰だけが保証された世界には、二度と戻れない。外の世界では『過去になにがあった』ではなく『今なにをしているか』でしか評価されないのだから。

 

リアナに難色を示したのは、レナルドさん夫妻だけではない。可愛い盛りの娘の厚意を蔑ろにされて、喜ぶ親などいない。女将さんもノーマンさんも口には出さないが、明らかな不満を滲ませている。

 

それでも黙って俯いているリアナ。張り詰めた空気が漂い、これまでの和やかで温かな雰囲気が霧散してしまった。

 

「…………はぁ」

 

小さな小さな、誰かの溜息が漏れた。それもそのはず。ここにいる誰もが居心地の悪さ感じている。リアナも、ベリンダちゃんも、それは同じだろう。

……そろそろフォローに入らなければ、まずいかもしれない。妹の選択に口を出すのは避けたかったが、こんな状況では仕方がない。

 

だが、最初に動いたのは、この場で誰よりも小さな女の子だった。

 

「おねーさん、このお料理はとってもおいしいですよ」

 

ベリンダちゃんは、自分の皿のレシュティをリアナに見せるように食べ始めた。

 

「うん、とてもおいしいです。お母さんのお料理はみんなおいしいですけど、このお料理がわたしにはいちばんです。だからおねーさんと一緒に食べてみたいです」

 

自分が一番と思う料理を食べてほしい。それは、共有したいという気持ちの表れだ。

誰かと何かを共有したい。経験の共有、感覚の共有、感情の共有。手段はなんだっていい。リアナが放棄している会話こそ、その最たるものだ。

ベリンダちゃんは、リアナと共有するために自分の一番を勧めている。……リアナには、それがどういう意味なのか気づいてほしい。

 

「おねーさんは昨日、お父さんのけがを魔法で治してくれました。そーですよね、お父さん」

「あ、ああ……君のおかげで私は救われた。命の恩人だよ」

 

その言葉を聞いて、少女は微笑みながら満足そうに頷く。

 

「おねーさんは、とてもすごい魔法使いなんですよ。わたしはお母さんとお父さんの次に、えっと……おねーさんを、尊敬しています……」

 

そんな優しい言葉をもらっても、リアナは顔を伏せたままだった。……兄として情けないが、俺には今の妹の感情が読み取れない。彼女が何を考えているのか。

 

「……わたしは、おねーさんから嫌われているかもしれません」

「……ち、ちがっ」

 

『嫌われている』という言葉に過敏な反応して、リアナが初めて声を発した。しかしその言葉は勢いを失い、散り散りになってしまう。

おそらく、その小さな声を聞き取れたのは俺だけだ。自分の想いは、勇気を出してしっかり言葉にしなければ、ベリンダちゃんには伝わらない。

 

「……ですが、わたしはおねーさんが大好きです」

「…………!」

 

じっと料理を眺めていたリアナが、顔を上げた。これまで見せたことのない表情だった。驚いたようで、どこか安心したような、複雑な感情をごちゃ混ぜにした顔だ。

 

「おねーさんを初めて見た時、本でしか見たことのないお姫様が飛び出てきたかと思いました。だから、お話できなくても見ているだけ幸せでした」

 

妹は乱読家だ。読んだ本のタイトルがわかれば、ベリンダちゃんとの共通点が見つかるかもしれない。……彼女と話す切っ掛けはいくらでもあるはず。それを自分の力で見つけてほしい。

 

「……おねーさんは、こわくて手が震えていたのに、それでもがんばってお父さんを治してくれました。それを見たら、ずっとずっと、好きになりました」

 

そんな妹の些細な変化も見逃さなかった。目聡くて気配りのできる、本当に良い子だ。だけど、リアナはリアナだ。だから『手本にしろ』なんて絶対に言わない。それでも、少しだけこの少女と向き合えないだろうか。

 

「……だから、もう見ているだけじゃ満足できません。わたしも、おにーさんみたいにおねーさんとお話がしてみたいです……」

 

ベリンダちゃんの頬に一筋の涙が伝った。リアナに気づかれないよう、すぐに服の袖で拭う。だが、涙を拭っても、ずっと見せていた笑顔を作ることはできなかった。

彼女はリアナと仲良くなるため、全てを出し切ってくれた。もう、笑顔を作る余力も残っていないのだろう。

 

……酒場に再び沈黙が流れた。少女の真摯な気持ちに圧倒されて、誰も言葉を発することができなかった。

 

 

カチャカチャと無機質な食器の音が鳴る。音の行方を追うと、リアナがベリンダちゃんの取り分けてくれた料理を口へ運んでいた。二度三度と大げさに咀嚼し、彼女の大好物だという料理をゆっくりと飲み込んでみせる。

 

「あの、その……と、とても、お……おいしいです。あ、ありがとぅござ、います……」

 

独り言のように妹が呟く。今も視線は料理に向けられて、少女と目を合わせない。……でも、その言葉は俺に向けたものではなく、間違いなくベリンダちゃんに向けられていた。

 

「おねーさん……! こちらこそありがとうです……!」

 

満開の笑顔を取り戻した少女が、リアナに抱きつく。

 

「……むぐむぐ」

 

妹はベリンダちゃんに抱きつかれても、料理を食べる手を止めなかった。味がわかっているのか、半ば義務的に詰め込んでいるようにも見えた。

『勧められた料理を食べる』。それはなけなしの勇気を振り絞った行動で、急には止められないのだ。

妹のキャパを考えると、最初のシチューの時点で既にお腹は満たされている。

 

「……今日も泊まっていくんだろう? シーツは新しくしといたからね」

 

完全に打ち解けたとまでは到底言えないが、ベリンダちゃんとリアナのおかげで場の空気が少し明るくなった。そんなタイミングを見計らったように、女将さんが俺に尋ねる。

 

「はい、是非お願いします」

 

今日は朝から色々あってクタクタだったので、宿泊を申し出ようかと思っていたが、彼女が先に言ってくれた。それと、迷惑ついでに洗濯もできないか訊いてみよう。少し漏らしたと噂のリアナの下着もそのままだし。

逃亡者の俺たちが国境の町で三日も滞在するのは避けたかったが、今日が今までで一番疲れている。本当に何度死にかけたかわからないのだ。全ては突然沸いて出た妖樹が悪い。許すまじ……!

 

「えっ! おねーさん、今日もうちに泊まってくれるんですか! 嬉しい! 嬉しい! あ! そうだ! 今日はわたしの部屋で一緒に寝ませんか? きゃー! 眠くなるまでたくさんお話しましょうね!」

「~~~~!」

 

「しません! そこまでは無理です!」と顔にハッキリと書いてあったが、知り合って間もない少女にそれが伝わるわけがない。

 

繰り返すが、会話とは誰かと何かを共有するための最も有効かつ効果的な手段だ。本当に嫌だったら言葉にして断ることも覚えよう。

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