いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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20.ロールシフト

歓迎の宴の後、女将さんのご厚意で洗濯だけではなく、お風呂まで借りることができた。ここ数日は石鹸と布巾で体を拭くだけだったので、思いがけない幸運だった。

 

そして、明日に備えて早めに寝ようと考えていた時、ベリンダちゃんが俺たちの部屋に訪ねてきた。

 

「おねーさん! お迎えに来ました! わたしのお部屋にご案内しますね! なんと! ちょっと前から一人部屋なんですよ! おねーさんとふたりきりです!」

「!!!!」

 

宴の席での公言通り、リアナと一緒に寝るために迎えに来たようだ。その瞬間、数日ぶりのお風呂にご満悦だったリアナが凍り付いた。

 

「う、あ……」

 

妹がベリンダちゃんに伝えたのは『おいしかった』『ありがとう』という二つの言葉だけ。どちらも拙い言葉だった。それでも彼女にとって、リアナから話しかけられたことは何よりも嬉しかったに違いない。

 

「それじゃ、わたしの部屋でいっぱい遊びましょ? おにーさん、おやすみなさい!」

 

満面の笑みで妹の手を取ると、そのまま自分の部屋へと連れて行く。その時のリアナの顔は、まるで屠殺場に運ばれる家畜のように悲痛だった。口をパクパク開けながら「タスケテ、タスケテ」と言葉にならない言葉を訴えてくる。俺は当然それをスルーした。

 

「おやすみー! あまり夜更かしはしないようにねー!」

 

それだけをベリンダちゃんに伝えて、二人を生温かい目で見送った。妹を心配していないわけではない。それよりも、人見知り克服の一助になればという思いが、この場では勝っただけだ。

リアナには、俺の後ろではなく隣を歩いてほしい。決して、ちょっと面倒だったわけではない。

 

 

「…………!!」

 

妹がベリンダちゃんに拉致されてから、二時間ほど経った頃。ドタドタと興奮した様子でリアナが部屋に戻ってきた。無表情のまま顔を赤くして怒っている。器用なやつだった。

 

「あの子は寝ました! 私はここで寝ます! あの子が起きる前にまた戻ります! 兄さんの裏切り者!」

 

そう矢継ぎ早に吐き捨てると、ウトウトしていた俺を蹴り飛ばし、そのままベッドを奪われた。リアナは俺の体温でぬくぬくになった毛布に潜り込み、怒りながらも眠りについた。器用なやつだった。

冷たい床に蹴落とされた俺は、元々リアナが寝るはずだったベッドに移動するしかなかった。うう、何もかもが冷たい。

……どうやら女の子同士でも、他人と同じベッドで同衾するのは、難易度が高かったようだ。やはり、段階は踏ませるべきだったか。

 

 

「うー……さっさと完成させないと……」

 

翌朝の五持ごろ、リアナは宣言通りに起き出し、寝ぼけ眼でふらふらとベリンダちゃんの部屋に戻っていった。

妹は寝付きも悪ければ寝起きも悪いので、ちゃんと起きられるか心配だったが、それは取り越し苦労だったようだ。なんというか、思った以上に義理堅くて、逆に感心してしまった。

 

 

 

逃亡生活 六日目 朝

 

オルティゼル王国国境付近の町 サロ

オッシアン商会所属の宿舎「金鹿亭」にて

 

 

 

この町に滞在して三日目の朝。時刻は八時を少し過ぎている。

森の中で丸一日を過ごしたから『三日間の滞在』というのは、いくらかの語弊があるかもしれない。

ともあれ、俺たち兄妹は今日この町を発つことになる。もともとは一泊の予定だったが、まさかここまで予定が大幅に狂うとは思わなかった。誰の責任かと問われれば、完全に俺の責任だ。

結果的には、洗濯物の処理もできたし、風呂にも入れたし、ぐっすり眠れた。それに今朝は金鹿亭で飼っている犬とも遊べた。やはり犬はとても良い。おかげで心身ともに万全だ。

リアナは、ベリンダちゃん襲来の件もあって少し疲れた顔をしているが、こればかりは仕方がないので放っておこう。心配しても、たぶん睨まれるだけだ。

 

一番の懸念だった姉からの追っ手も、今のところ姿を見せていない。それなら、この逃避行の旅はまだ順調と言ってもいいのだろう。……いや、そんな甘い考えが命取りになるかもしれない。あの姉を裏切った以上、どんな時も警戒を怠るべきではない。

 

「宿泊代をタダにしていただいて、ありがとうございます」

「君たちは私と娘の恩人だ。今更お金なんて受け取れないよ」

 

ノーマンさんのご厚意で、宿泊費から食事代まで全て無料にしてもらった。ある程度まとまったお金は持っているが、現状収入の見通しが全く立っていない。そんな事情から、節約ができるに越したことはないので、申し出を遠慮せずに受けた。

 

「……本音を言っちゃうと、私たちがお金を包むべきなんだろうけどね。この町も何かと問題が多くて、いろいろと入り用なんだ。……こんなの代わりにはならないけど、良かったら持っていってちょうだい」

「ごちそうになります。女将さんの料理はどれも最高に美味しかったです。……実際うちの妹があんなにがっついてご飯を食べる姿を初めてみまし――」

 

女将さんからライ麦パンのサンドウィッチをもらった。とても美味しそうだ。一方、リアナからは肩甲骨あたりにパンチをもらった。とても痛い。妹の奇行に夫妻から苦笑が漏れたが、俺にはもう慣れっこだ。

 

女将さんの言う問題というのは、領主が来るべき戦争に備えて領民を徴兵している件だろう。若い働き手が減れば、その分だけ町は衰退していく。気の毒だと思う。

だけど、俺にできることは何もない。今回は、結果として人助けに奔放したが、俺たちは行きずりの旅人に過ぎない。そもそも凡庸な俺に、土地を治める権力者を相手取る実力も豪胆さもないのだ。

それに、俺たちの立場でそんな大それたことをすれば、間違いなく国際問題に発展する。クリューガー家は、アルメル評議会の五議席のうちの一席を預かる名家であり、その影響力は国内外問わず、善くも悪くも絶大だ。俺の行動が、緊張が続く両国間の戦争の引き金になったら、それこそ大問題になる。

 

まあ、今はどうでもいい話だ。それにもう一人、俺たちを見送りに来た人物がいる。それは言うまでもなく、夫妻の愛娘であるベリンダちゃんだ。

 

「う、うう……」

 

彼女は、俺たちとの別れを惜しんでいるのか、今にも泣き出しそうだ。……結局、俺たちはこの子を泣かせてばかりだった。主な原因はリアナだけど。

ちなみにワイン農家のレナルドさんは、二日ほど仕事をサボったせいで見送りには来られないらしい。原因の一端が俺にあるので、多少の責任を感じた。

 

「うー……おねーさん、行っちゃうんですね……。昨日の夜は楽しかったです。またいっしょにベッドでご本を読みたいです……」

「ん」

 

え? ええええ!? リアナが受け答えをしている! ……えっと、これはしているのか? 少なくとも俺の背中に隠れずに、ベリンダちゃんと目を合わせているのは確かだ。

たった一夜の荒療治で、ここまで成長するとは思わなかった。ここに来た初日なんて、彼女に話し掛けられただけで四半刻フリーズしていたのに。

 

「……あ、あとこれ、おねーさんにあげます!!」

「ん?」

 

少女の手に握られているのは、上質な半紙に貼り付けられた赤い花だった。それは押し花だろうか。

 

「わたしが作った押し花のしおり、です。……本当は押し花じゃなくて、ちゃんとしたお花を渡したかったけど……」

「昨晩、ベリンダに相談されたんだ。枯れそうな花をプレゼントしたいけど、どうしたらいいかって」

 

ノーマンさんが言葉を補足する。どうやら彼のアドバイスで押し花にしたようだ。

 

「仕上げに鉄アイロンを掛けたから、押し花の乾燥の具合も問題ないと思うよ」

 

押し花だけではなく、俺たちの服が今パリッとしているのは、そのアイロンのおかげです。朝から清潔な服が着られて気分爽快です。

 

「見たことのない花ですね。この辺りに生えているんですか?」

「トルメリアと言って、この地方ではあの森の泉にしか自生してない珍しい花だね。……ベリンダがあの場所に行きたがった理由は、この花を君の妹さんに渡したかったからなんだ」

 

最後まで残っていた疑問が、たった今氷解した。まさか、彼女が森に入った理由がうちの妹のためだったなんて。うう、どこまで甲斐甲斐しいんだ、ベリンダちゃん。

 

「えっと、あの、受け取って、くれますか……?」

「……ん」

 

少し逡巡していたが、リアナは少女の押し花のしおりを受け取った。今の生活だと本はかさばるので一冊も持ってきてないが、それを気にするのも野暮だろう。

……しかし、リアナは会話すべてを『ん』だけで押し切るつもりか? そりゃ無視やだんまりを決め込むよりかは、ずっとましだけどさ。

 

「そ、それと、ですね。その、あ、う、ああうううう……」

 

ベリンダちゃんが何か言いたげに、エプロンスカートの裾を握ってモジモジしている。この押しの強い少女が言い淀むなんて珍しい。

 

「えっと、うんと、あ、あの、わたしと、と、友だちに、なってください……!」

「ん」

 

……その返事は、肯定と捉えていいのか。間髪入れずに応えたし、友達になることに難色を示しているわけではなさそうだ。とにかく表情が硬いから、兄の俺でもよくわからない時がある。

 

「え、あの、ホントにホントですか……? わ、わたしと、と、友だちになってくれるんですか……?」

 

俺と同様の疑問をベリンダちゃんも感じていた。確認するように聞き返している。ベリンダちゃんは、あまり自信がないのか? 俺からしたら、このぼっちな妹と友達になってくれるなんて、望外の喜びなんだけど。

 

「うん。いいよ」

 

うわあああ! リアナがちゃんと喋った! これにはお兄ちゃんもびっくりだ! 表情の変化は乏しいものの、口から出る言葉は柔らかい。しかも、いつものヘンテコ敬語ではなく、砕けた口調なのも不思議な感じだ。

 

すると、リアナがベリンダちゃんに右手を差し出した。

 

「握手。友達だから」

 

……マジか。マジなのか。

人見知りで捻くれ者のリアナからは、到底考えられない行動だ。いったい、うちの妹はどうしてしまったんだ。何か悪いものでも食べたのか。でもこの生活を始めてから俺と同じものしか食べてないぞ……?

 

「お、おねえさ~ん……!!」

 

ベリンダちゃんは感極まって、とうとう涙が溢れ出してしまった。差し出されたリアナの手を両手で握り、ブンブンと振り回している。ど、どうしよう、俺も涙が出そう。

 

「……ちょっと痛い。優しくしてくれると嬉しい」

「ご、ごめんなさ~い!!」

 

うちの妹の言動がやけに男前で格好いい。もはや言葉の一つ一つがベリンダちゃん特攻の殺し文句だ。

 

 

このまま少女二人を眺めているのも目の保養になり、とてもいい気分に浸れるのだが、俺には他にやるべきことがあった。

後は若い二人にお任せして、俺は大人な人たちに別れを告げなければならない。

 

「では、名残惜しいですけど、そろそろ出立しようと思います」

 

友達になったばかりの二人には酷だが、こればかりはどうしようもない。ベリンダちゃんもそれがわかっているから、このタイミングで告白をしたのだろう。

それに、これ以上この町にいれば、みんなに迷惑を掛けるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「……これからどこに向かうのかは決めているのかい?」

「ええ、一応は」

 

決まっているが、行き先を告げるわけにはいかなかった。本当に隠し事ばかりで申し訳ない気持ちになる。

 

「……それがどこかは聞かないほうがいいのかな」

「はい、そうですね。そうしてくれると助かります」

 

多少の事情を知っているノーマンさんが、俺より先に言葉にしてくれた。

……万が一、姉さんがこの宿に辿り着いた場合。彼女は、合法非合法を問わず、あらゆる手段を用いて、俺たちの居場所を調べ上げるだろう。

それに姉には、その『万が一』を引き当てるような天運があった。あの人は、魔法使いとして突出した才とは別の、ありとあらゆる状況をひっくり返す運命力としか言えない力がある。たとえば、サイコロで同じ目を十回連続で出し続ける程度なら容易くやってのけてしまう。だからこそ、俺たちについて何も知らない方が被害を未然に防げる。

 

「……もし何か困ったことがあったら私たちを頼ってね。詳しい事情はわからないけど、何があっても絶対に味方でいると約束するよ」

「そうだね。君たちみたいな魔法使いと違って大したことはできないけど、匿うぐらいならできると思うよ」

「ありがとうございます。その時は是非お願いします」

 

おそらく、その機会が訪れることはない。俺たちの問題にこの家族を巻き込むのは許されない。……それでも、彼らの優しい言葉に感謝しかない。その気持ちだけで俺は救われる。

女将さんもノーマンさんも優しい人だ。ベリンダちゃんが良い子に育つのも頷ける。まだ子供なのに礼儀正しく、愛嬌もあり、こんなどうしようもない妹にも懐いてくれた。まさに理想的と言ってもいい。

 

……俺たち三兄弟が問題児なのは、親の責任だろうか? いや、それはただの責任転嫁だろう。俺がやったことは、全て俺の責任だ。姉しても同じだ。

それでも、妹にした仕打ちだけは許せない。育児放棄だけではなく、誰にも合わせないよう幽閉した。これだけはリアナの責任ではない。親の――父の責任だ。どんな事情があったとしても納得できない。彼女を幽閉した理由は、子供だった当時と違って今では多少理解はできる。

それでも、他にやりようはいくらでもあったはず。幽閉だけでなく、一人の従者を除いて誰とも会わせないなんてやり方は異常だった。彼女の奪われた十年以上の歳月はもう二度と戻らない。

……父のことは尊敬している。かつての隆盛は失ったが、それでも立派な人物だ。だからこそ、父が妹にしたことを思うと、どうしようもない怒りを覚える。

 

「どうかしたの? ちょっと怖い顔してるよ、お兄ちゃん」

 

ベリンダちゃんとの熱烈な握手が終わったのか、リアナが俺の服を引っ張っている。今は、父のことで腹を立てている場合ではない。リアナの言う通りここは……? ん? お兄ちゃん?

 

「リアちゃん?」

「んー?」

 

はてなという感じに首をかしげる。何だこのかわいい生き物。でも、この妹にはデジャヴュがある。昨日、森の中で俺に飴を分けてくれた時もこんな様子だった。

 

「リアちゃん、もう一回『お兄ちゃん』って呼んでみて?」

「えっと、お兄ちゃん??」

「ああうん、なんでもないよ。なんでもないんだ……」

 

ヤバい。鼻血出そう。……何度でも言うが、俺はシスコンではない。妹からの呼び方なんて気にしていなかったが『お兄ちゃん』と呼ばれるとなんだろうか。すごく嬉しい。

だが、このワードは過剰摂取によって毒に成りかねない。『お兄ちゃん』は用法用量を守って、正しく摂取しなければならない。

ふう……落ち着こう。冷静にならなければ。なんせ人前だ。ご家族の前だ。小さい子供もいる。醜態は晒せない。もしリアナと二人っきりだったら、俺は妹の頭をずっと撫でていただろう。それだけ今のリアナは可愛かった。

 

「……も、もう発とうと思います。この三日間、お世話になりました」

 

一度大きく首を振り、ベリンダちゃんたちに別れを告げた。おそらく、これが今生の別れになる。でも何か奇跡が起きて、俺たちの問題がすべて解決したのなら、妹のためにももう一度会いに行きたい。そう、強く願う。

 

「……寂しくなるね。二人とも喧嘩せずに仲良くやりな。でも、その調子なら心配はなさそうかね」

「ははは。今日はちょっと機嫌がいいみたいですね……」

 

リアナは、俺の腕を自分の胸に抱きかかえていた。形の良いおっぱいも、ばっちり当たっている。そりゃ仲が良いように見えるだろう。でも年頃の兄妹にしてはちょっとばかし距離が近すぎる。これだと変な勘ぐりをされかねない。

 

「君たちの旅の無事を祈らせてもらうよ。……ほら、ベリンダ、泣いてないで、お別れの言葉を言ってあげなさい」

「ううー……おねーさん……いっちゃ、イヤ、ヤだよぉ……!」

 

ベリンダちゃんが泣いていた。別れを惜しむように右手を伸ばし、リアナの手を掴もうとしている。でもその小さな体では、空中しか掴めない。どうしようもないことだが、居た堪れない気持ちになる。

 

「…………」

 

そんな姿を見たリアナは、俺の腕を放し、少女と視線が合うように身を屈める。そして、伸ばされた小さな手を両手で包むように握った。ベリンダちゃんは、その優しげな仕草にきょとんとして、泣き止んでいた。

 

「ばいばい」

 

そう言って別れを告げるリアナの顔に笑みはない。だが、その一連の行動は本当に友達のようであり、少女が呼ぶように姉のような姿でもあった。

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