いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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21.つまりは絶好の旅日和

俺たちは、町と町を繋ぐ道の一つを歩いている。向かう方角は北、天気は快晴で微風、気温も湿度も春先らしく快適。つまり、絶好の旅日和だった。

 

今日からは、自国アルメルから脱出した時のように、妹を背負って走ることはしない。人を背負っていれば目立つのもあるが、それ以上に俺たちには急ぐ理由がもうなかった。

なんせこの逃避行の旅は、突発的であるが故に計画性がなく、故に頼れる寄る辺もなく、故に目指すべきゴールもない。そんな無い無い尽くしの根無し草の旅だった。

一つだけ目的と呼べるものはあるが、それも自己満足に過ぎず、現状を取り巻く事態の解決には無関係だ。ともすれば、リアナにとって余計なお世話とも言えるだろう。

 

まだ屋敷から抜け出して六日目だが、俺たちはこの生活をいつまで続けられるのか。

姉の動向を知る術はない。彼女の留守中、秘密裏に抜け出したので当然だ。だから、どこにいるかも分からない姉の影に怯えながら、行動するしかなかった。

ただ、姉が俺たちを探すには、人海戦術に頼るしかない。魔法に頼った捜索だけは絶対にできない。それが俺の唯一の奇策であり、万全と言える対策だ。

リアナと出会って間もない頃、彼女のために奔走していた時期があった。その莫大な費用と時間を掛けた行為は、その時は無駄に終わった。しかし、屋敷から抜け出す際に思わぬ形で役立ったのだ。それは偶然としてあまりにも出来すぎていた。そんな偶発的な要因に助けられたこともあり、この一点だけは、姉さんを出し抜いたと言ってもいい。

 

「…………」

 

それでも、あの姉が本気を出したら「それすらも無駄なのでは」と思うような、信頼にも似た感情があった。

俺のしたことは全て無駄で、破滅はそう遠くないのでないか。本気になった姉は、どんな不可能ですら可能にしてしまう。それを俺たちはよく知っていた。

仮にそうだとしても、決して自暴自棄にはならない。不安を口にしてはならない。それは妹を守る兄としての最低限の務めだ。最愛の妹には、最後の瞬間まで幸福であってほしい。それだけを希望にして、今の俺は生きているのだから。

 

……旅をして出会いがあった。

人との出会いは心の栄養になる。たった三日の出来事だったが、リアナは見違えるほど成長してくれた。彼女が得た友達というものは、唯一無二の財産であり、人生をより良い方向に導く糧になる。ベリンダちゃんとの出会いは、彼女の成長を正しい方向へと導いてくれるだろう。

 

宿を発ってからしばらく経つが、少し後ろを歩くリアナの調子も良好だ。歩く姿勢はよく、歩幅も一定。呼吸も乱れておらず、汗もかいていない。表情は……いつも通りだ。いつも通りの無表情だ。

ベリンダちゃんと別れる時にも思ったが、せっかく可愛い顔をしているのに、笑わないのはもったいないと思う。まあ、これについては個人的な好みなので、口には出さない。第一、笑みとは自然に浮かぶもので、作るものじゃない。

 

「さっきからずっとニヨニヨこっちを見て何のつもりですか。まったく、気持ちの悪い兄ですね」

「……お兄ちゃんは、妹ちゃんに友達ができた感想を聞きたいのです」

 

自分の顔がニヤついている自覚はあったが、どうにも止められなかった。なんせリアナに初めての友達ができたのだ。こんなに嬉しいことはない。

これは彼女の世話をするようになってから、ぼんやりと抱いていた夢の一つだった。その夢がまさか今日、こんな形で実現するとは思ってもみなかった。

 

「感想、と言われても……えーと、兄さんは私に何を求めているんですか?」

「なんてたって、リアちゃんの初めてのお友達だし、俺も家族としては今の気持ちを聞いておきたいのさ」

 

『お兄ちゃん』と呼んでくれたリアナはもういない。ベリンダちゃんたちと別れた後は、いつもの憎まれ口が絶えない妹様に戻っていた。

念のためにあれこれ確認してみたが、二重人格というわけではなさそうだった。彼女は自らの言動をはっきりと覚えており、自覚もしていた。

「あの時のリアはかわいかったよ」と正直に伝えたら「私はいつでもかわいいですけど? そして美人ですけど?」と、さも当然のようにドヤられた。ウザい妹だった。

 

「ふーん、そんなものなんですかね。……たとえばですけど、あなたは私にどんなことを言って欲しいんですか?」

「そんな難しく考える必要はないよ。ただ、思いの丈をありのままに伝えてくれるだけでいいんだけど。ほら『天にも昇る気持ち』とか『諸手を挙げて喜びたい』とか、いろいろあるだろ」

 

そして今、まさにそんな気分だ。実は、ちょっと小躍りしたいのを我慢している。

 

「たとえがいちいち大げさ! うーん……でもそうですね。強いて言うなら『嫌われなくてよかったです』」

「……えーと、それだけ?」

「それだけですが。何か?」

「えー……何その感想。……ものすごくつまらないんですけど」

 

うーん。照れ隠しにしても、もうちょっと言いようがあると思うけどな。まあ、リアナは何かと斜に構えていて素直じゃないからなあ。

 

「……はあ、私に友達ができたことを、面白いかつまらないかで語る兄さんの方がどうかしていると思いますけどね」

「……あ」

 

何でもないように言うリアナの言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。どうやら浮かれすぎて、頭が馬鹿になっていたようだ。こんなに簡単なことを妹に諭されるまで気付かないなんて。

 

「ごめん……俺が間違ってた。二人の友情に泥を掛けるようなことをしてしまった。本当にごめん」

「ま、別にいいですけど。所詮、兄さんは兄さんですし」

 

そう言うリアナは大して怒っていなさそうだった。それどころか、怒る以前に気にもしていないようにも見える。

俺の無神経な言動は叱責されて当然なのに……。友達ができて優しくなったのか。いや、昨日今日でそれはないか。

 

「……そういや、寝る前に二人で本を読んでたみたいだけど、ベリンダちゃんとどんな本を読んだんだ?」

 

自戒の念を込めて、彼女好みの話題を振ってみる。大人しそうな顔に似合わず、リアナはとても話し好きだ。よっぽど臍を曲げない限り、いくらでも俺の話に付き合ってくれる。そんなできた妹なのだ。

 

「ミレ祭……『ミレーヌの祝祭日』という児童書ですね。さる国の王女様が退屈な社交界から抜け出して、平民の女の子と仲良くなるというお話です。彼女たちの身分差からすれ違う感情。欠けたピースを埋め合うような成長。そして最後に遠く離れることになっても、互いに尊重しあう友情。……とまあ、妹絶賛の名著です」

「へー、ちょっと俺たちの状況と似ているかもな。……実際、シンパシー感じてるのか?」

 

ちょっとした表情の変化。僅かな瞳孔の拡散。興奮の度合いと口ぶりからして、過去に読んだことのある本のようだ。さすが、人生の大部分を読書に費やしただけはある。

 

「私たちは一応貴族階級ですが、王族ではありませんけどね。そもそもアルメルに王はいませんし。もし私が君主制のこの国で王族を名乗ろうものなら、不敬罪で処させるのでしょうか? ミレーヌは金髪で白のエレガントドレスですが、私は黒髪で黒のゴシックドレスです。色は違えど、服飾のひらひら具合は似ているかもしれません。ところで、社交界ってなんですか? 美味しいお菓子と紅茶はありますか? 私はなぜ参加できなかったのでしょうか? え、人がいっぱいいる? じゃあいいです。お断りします。……まあミレーヌが美人なところは私とそっくりですけどね!」

 

本の話になると早口になるのがリアナの悪い癖だった。それより、その服はワンピースじゃなくてゴシックドレスというのか。お兄ちゃん、初めて知ったよ。

 

「リアちゃんは間違いなく美人さんだけど、自分で強調すると安っぽくなるからやめたほうがいいと思うんだ」

 

まったくの余談だが、リアナが社交界に参加したことがないのは羨ましく感じた。俺が姉に連れられて参加した魔法使いの社交界は、どれもこれも異常なものだった。

他者にへつらう者、他者に迎合する者、他者を貶めようと者、他者を搾取しようとする者、他者を操ろうとする者、他者を裏切ろうとする者、他者を支配しようとする者、他者を殺そうとする者。表面上は、どいつもこいつも笑っていたが、その実、腹の中は泥炭よりもドロドロで真っ黒だった。

あれは、他者を疑う目――猜疑心だけが養われる歪んだ空間だ。慣れてしまえば、自分の腹も気付かないうちに黒く染まっていく。俺の知る魔法使いの社交界というのは、あらゆる陰謀と謀略が渦巻く伏魔殿と呼んでも言い過ぎではなかった。

……そして俺たちの姉は、今挙げた全てをやってのけたし、俺も少なからず加担していた。

 

「ミレ祭は、私がずっと子供の頃、エイラに何度も読み聞かせてもらった本でもあります。ページをめくる度に私が質問ばかりをしてましたから、全然進みませんでしたけどね。まあ……少しだけ懐かしい思い出を振り返ることができました」

 

エイラは、かつてリアナの従者だった女性で、それこそ物心がついた頃から面倒を見てくれた人だ。俺は本邸の廊下ですれ違った程度にしか面識がないが、リアナは母親同然に懐いていたらしいし、エイラもまたリアナを我が子のように溺愛していたと聞かされている。

 

「そんなわけで昨日の夜は、あの子が眠るまでずっとミレ祭を読んでました」

「おお、友達になる前からちゃんと友情を育んでいるじゃないか。お兄ちゃんは感心したぞ」

 

一冊の本を誰かと楽しむことができる。感動は共感を呼び、共感は理解を呼ぶ。互いの理解が深まって、二人の仲はより深まるのだ。イエイ。

リアナは本当に得難い友達を得た。またいつかベリンダちゃんに会わせてやりたい。

 

「まあ、読むペースがあまりに遅くてイライラしましたけど。そもそも私にとっては暗読できるほど読み込んだ本ですし」

「……九歳児相手に無茶言うなよ」

 

友達ができて成長とした思った矢先のこの言い草だ。やはり、どこまでも捻くれていて、大人気のない妹だった。

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