いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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23.とある死霊術士のはなし

オルティゼ王国 首都サカラ

 

 

 

痩せぎすの男は革鞄の中から一本の試験管を取り出し、その中をじっと見つめていた。彼の鞄には他にもいくつもの試験管が入っており、それぞれに異なるラベルが貼られている。

 

「おかしいな……まだ芽が出るはずがないのに。芽が出るどころか枯れてしまった」

 

試験管の中には、琥珀色の液体が満たされており、小さな木片が浮かんでいた。彼は試験管を二度三度と振ってみたが、木片は何の反応も示さず、沈黙を続けている。

 

「……僕の設計に何か不備があったんだろうか。それとも近隣の術士に見つかってしまったのかな」

 

試験管をテーブルの上にそっと置き、ティーカップに入った紅茶で喉を潤す。

 

「あの辺りに僕の隠蔽を見抜けるような術士はいなかったと思うけど……」

 

男はオルティゼの魔法使いで、該当者がいないか考えてみたが、条件に合う者は思い浮かばなかった。

このサカラの代表的な魔法使いにはアーヴィング卿がいる。だが彼は都市防衛の要であり、よほどの事情がなければ街から離れることはない。

国境付近であること以外、何の特徴もない田舎町に訪れることは考えにくい。彼はこの瞬間も、後進の育成のために大学で教鞭を振るっているだろう。

 

「師匠! それは先月『挿木』をした呪体十四号ですか!?」

 

対面の席に座っていた少女がテーブルに身を乗り出し、興奮気味に質問を投げかけた。ウェーブのかかった金色の髪を持つ十代半ばくらいの少女で、小柄な体型には不釣り合いな黒い外套を羽織っているのが特徴的だった。

外套の少女とは対照的に、男は黒のベストの上に灰色のスーツジャケットを纏っていた。そのシンプルな装いにもかかわらず、彼の着こなしからはどこか気品が感じられる。

 

「その十四号だね。それと……僕のことを師匠と呼ぶのはやめてくれと何度も言ったはずだ。僕は君を預かっているだけだからね」

「ですが、私にとって師匠は師匠です! 大変尊敬しています!」

「はあ……僕は尊敬できるような人物でも、何かを教えられるよう人間でもないよ」

 

男は頭痛の原因を取り除くかのように眉間の皺を指で押さえ、残った紅茶を一息に飲み干した。苦味の奥に隠された上品な甘みが口内に広がり、少しだけ幸せな気分になったが、それで事態の解決に繋がるわけではない。

 

「いいえ! 師匠からは色々と学ばせてもらっています!」

 

外套の少女は、どうあっても呼び方を改めるつもりもなさそうだった。本当に弟子であれば、男も強く言えただろう。しかし、事実として少女は弟子ではない。ただ、男の実験や研究には付き合っているので『弟子もどき』と呼ぶのが精々だ。

 

彼女はオッリ家の秘蔵っ子であり、とある事情により少し前から預かることになった。オッリ家は三つある屍術師のグレートハウスの一角で『我ら魂の結束は、血よりも濃い』を理念に活動をしている。

同時に、彼女の家は男のパトロンでもあったため、強く言えるはずもない。もし彼女の機嫌を損ねてしまったら、資金提供の打ち切りだけでは済まなかった。

 

「一族の懐古主義者どもと違って、換気がない部屋で釜をぐるぐるかき回していませんし! 今だって、お洒落なカフェーです!」

「……わかったから声を小さくしようね。こんなところで騒がれると、僕も恥ずかしいし」

 

身を乗り出し、声を張り上げる少女に対して、周囲の客は冷ややかな視線を送っていたが、彼女はそれを気にする素振りも見せなかった。その様子だけで、男の脳裏にはオッリ家での少女の扱いが想像できた。手の掛かる幼児のように我儘し放題でも、誰一人として諌めることはなかったのだろう。

 

(今は子犬のように懐いてくれているが、実際には火薬庫にいるのと変わらないな)

 

慎重に扱わないと、噛みつかれるだけでは済まない。この子犬の尾を踏めば、身の破滅を招きかねないだろう。

 

「わかりました!! 大変失礼しました!!」

「うん、少しもわかっていないのがよくわかったよ。……しかし、想定外のトラブルだ。これは困ったな」

 

男は『呪体十四号』と書かれた試験管の蓋を開け、空になったティーカップに中身の液体を流し込む。一瞬だけ黒い煙が上がると、中に入っていた木片は跡形もなく消え、琥珀色のスープだけが残った。

 

「……そんなに困るんですか?」

「十四号は強力な魂喰らいとして設計したからね。国境で戦争が起きた時に、戦死者の魂を纏めてもらうつもりだったんだ」

 

ネクロマンサーという違法性の高い職業柄、資源は非合法なものが多く、常に枯渇していた。それこそ、パトロンが付かないとまともに研究ができないほどに。

人間の魂は他の魔物や動物に比べて情報量が多く、適切に扱えば上質なリソースとして利用することが可能だ。男の得た情報通りに国境で戦争が起きれば、一生分の蓄えになったかもしれない。だが、その望みも何らかのトラブルによって潰えてしまった。

 

「……その情報って、本当に信用できるんですかね。私はオルティゼとアルメルがあんなケチなことで戦争するとは思えないんですよね」

 

オルティゼ王国と隣国のアルメル共和国は、国境の沿岸から数里離れた無人島の領有権を巡って緊張状態にある。歴史的背景を考慮しても、アルメルの主張はやっかみに等しい難癖に過ぎなかったが、それでも一歩も引く気はなさそうだった。

かつてアルメルは、大陸の南と東の国々を支配していた帝国であり、その時の気風が未だ根強く残っていた。

 

「情報筋にそれなりの金を積んだから間違いないよ」

「情報筋ですか。私に言わせれば、それこそ眉唾ですね!」

 

まだ両国は水面下で係争しているだけで、武力衝突どころか小競り合いにも達していない。それが近い将来、大きな戦争になると言われても、にわかには信じがたい話だ。

 

「情報屋は情報を売るのが仕事なんだ。もし売っている商品が偽物だったら、顧客はつかなくなるからね」

 

彼自身、情報屋である女を信用していなかったが、情報そのものは信頼していた。貴族や役人からハニートラップで情報を仕入れているという噂もあるが、男にとってはどうでもいい話だった。重要なのは、情報の中身と鮮度だけ。

 

「確かに! 偽造品だらけの店なんて誰も寄り付きませんからね! 師匠! このケーキ美味しいですね! これは本物です!」

 

気付けば、運ばれてきたチーズケーキに舌鼓を打っていた。少女の興味はすでにそのケーキに移っているようだった。

 

「……島の領有権なんて表向きの理由だろうさ。お互いに戦争をしたい理由がもっと別にあると思うよ。それが何かまでは興味ないけど」

 

戦争が起きる原因は様々だが、今回のような領土や資源以外にも、種族、民族、宗教、貧富の格差、イデオロギーの対立、歴史上の恨みつらみなどがある。そのどれもがくだらなく、男の興味を引くものではなかった。関心があるのは、いつどこで戦争が起きるかという確たる証拠だけだ。

 

「ふーん、そういうものなんですかね。……それで、これからどうしますか?」

 

少女は僅かに残ったケーキを惜しみながら、男に今後の方針を確認する。

 

「そうだね。また遠出になるけど、もう一度あの森に行ってみようか。今後の参考に何が起きたのかだけは確認しておきたい」

「『失敗は成功以上に学ぶものがある』ってやつですね! 師匠の金言は、常に私の心のアルバムに記録されています!」

 

失敗は自分の弱点を曝け出す。そのミスを分析すれば、今後の対策にできる。何かの偶然によって成功するよりも、はるかに価値がある。それが男の考えだった。死霊術を主とする魔法使いであるが、その実、研究者としての気質が強いかもしれない。

 

「その言葉は別に僕が考えたわけじゃないけど……まあいいか。じゃあヴィオラいくよ、これから旅仕度だ」

「はーい! 外で待っててくださーい!」

 

ケーキと紅茶の精算を済ませると、男はカフェを後にした。春風に運ばれてきた潮の匂いに、顔を忌々しそうに歪ませる。そして、音もなく雑踏の中へと歩き出した。

 

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