いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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悪鬼鏖殺
24.殺気立つ村


天国におられるお母様へ。

 

お母様が亡くなられてから、早いもので八年が経ちました。

こんなふうに尋ねるのは些か奇妙かもしれませんが、お元気に過ごされていますか。天国では、お母様の大好きだったお酒の量が、多少なりとも減ってくれればと思うばかりです。

 

こちらでは長い冬が終わり、ようやく春が訪れました。新しい生命が誕生する季節です。そして、悲しいことにお母様が亡くなった季節でもあります。

ある書籍によると、東の果てにある『フソウ』という国では、輪廻転生という宗教的観念が存在するそうです。亡くなった人の魂が浄化され、再びこの世界に戻ってくるという、不思議でもあり、美しくもある考え方です。

我々の知る宗教観とは大きく異なりますが、敬愛するお母様も輪廻転生によって再びクリューガー家に戻ってきてくださることを願うことがあります。

 

なぜなら現在のクリューガー家は、お母様が亡くなられた前とは大きく変わり、居心地の良い場所ではなくなってしまいました。家族を誰よりも大切にしてくれていたお母様に、吉報をお届けできず、本当に申し訳ありません。

 

お父様は病に倒れ、現在療養中です。しかし、治そうという意欲が失ってしまい、寛解の見通しは立っておりません。

お姉様は留学先から帰国した後、まるで取り憑かれたかのように人が変わってしまいました。何が原因かはわかりませんが、かつてのように厳しくも優しいお姉様の姿は、もう見られなくなってしまいました。

現在、クリューガー家の権力はお姉様に集中しており、執務のほぼ全てを父に代わって行っています。とある事情により、未だ家督を継いでいないものの、家の実権はお姉様が握っていると言っても過言ではありません。

 

そんな中で、一つ朗報としてご報告できることがあります。

私は長年幽閉されていた妹のリアナと仲良くすることができました。話してみると、少々ひねくれたところもあり、生意気盛りではありますが、それでも血を分けた妹なのもあり、非常に可愛らしく感じます。

 

「まーた一匹入ったぞ!! 殺せ!! 今すぐ殺せェ!!  一匹たりとも生かして帰すな!!」

「殺せ殺せ殺せェ!! 皆殺しだァ!!」

「だーかーらー! 全部は殺すなって言ってるでしょうが! この馬鹿どもー!!」

 

ともあれ、私たち兄妹は元気にやっています。だから心配なさらないでください。元気にゴブリンを鏖殺しています。

 

 

 

 

 

 

逃亡生活 六日目 夕刻

オルティゼル王国 とある峠道にて

 

 

 

「おかしい。もうとっくに着いているはずなんだけど」

 

右を見ても山、左を見ても山、どこを見渡しても青々とした山々に囲まれている。おかしい。これはおかしい。

目の前にも、どこまでも続くかのような山道。まあ、山道なのは問題ない。当初の予定では、日中のうちにこの峠を越えて目的地の町に到着するはずだった。それなのに、峠に入ってから何時間経った今も、俺たちはまだ山の中にいる。

この道を抜けた先には『セーロン』という町がある。今日の宿として泊まる予定の町だ。しかし、歩いた距離を考えても、とっくに到着していなければおかしいのだ。

 

最終的な目的地であるオルティゼルの首都サカラまでは、まだまだ遠い。

そのため、いくつかの宿泊地とする町や村を金鹿亭で決めていた。計画に一切の破綻もなく、完璧で順調な旅になるはずだった。しかし、どうして計画の初日から頓挫しそうになっているのか。

 

「兄さん、そろそろ日が沈み始めますよ。……まさかとは思いますが、こんな山道で野宿をするつもりではないでしょうね?」

 

抑揚のない口調なのに、リアナから感じる重圧が凄い。まさに蛇に睨まれた蛙の気分だ。これまで蛇に睨まれた蛙なんて見たことはないが、きっと今のような状況なのだろう。だったら今後は蛙に優しくしよう、そうしよう。

 

「いやいや、リアちゃん。もう町に着いているはずなんだ。人目につかない道を選んだけど、この道であっているはずなんだ。……ははーん、さては地図が間違っているな」

 

さっきから何度も地図を見直しているが、道は間違えていない。多分。

人目を避けるために大きな道は避けて峠道に入ったのは確かだ。峠道と言っても一本道なので、間違えようがない。多分。

なのに、俺たちはまだ町に到着せず、山の中にいる。うん、だったらこの地図が間違っているんだろう。結論。

 

「そんなに『はずなんだ』を連呼されても反応に困ります。私は地図よりも、それを見ている兄さんの頭が間違っていると提唱したいですね」

 

ぐうの音も出ないツッコミをありがとう。実際、内心では俺も焦りはじめている。

だが、その焦りや不安はおくびにも出してはいけない。何故なら、それが妹を守る兄としての務めだからだ。しかし残念なことに、リアナには俺の心中の不安が伝わっているようだった。くそう、いつになく威厳不足だ!

 

「とにかく! 日没までにはまだ時間がある。明るいうちは先に進もう。今更引き返しても野宿確実だ。だったら前に進む! 前進あるのみ! いっくぞぉ!」

「はぁ……明らかに山岳地帯に向かって吶喊している気がしますけど、本当に大丈夫なんでしょうか」

 

山道と言ってもかなり広く、人の手で舗装がされており、荷馬車が通ったような轍があった。しかし、リアナの言う通り、木々が深くなっているのも確かだった。斜面は緩やではあるが、確実に山の奥のほうへと進んでいる。

それでも前に進もう。どこまでも行こう。それで、どこにも辿り着けずに辺りが暗くなったら、そこで野宿をしよう。

 

リアナに土下座をする覚悟と準備はもうできている。

 

 

 

 

 

 

それから日没寸前まで歩き続けた結果、なんとか俺たちは人家のある場所まで辿り着くことができた。

肉体的にはそれほど疲れていないが、精神的にはヘトヘトだ。何せ、妹の放つ無言の圧がすごい。今だって背中にビンビンと感じている。

 

「やったー! 町だー! セーロンにようやく着いたぞお!」

「……兄さん兄さん、現実逃避をしないでください」

 

今日のリアナは完全にツッコミ役だな。その情け容赦ない冷淡な口調、意外と適材かもしれない。

 

「ここ、明らかに町と呼べるような規模じゃないでしょう。ざっと見た感じ家屋が二十戸ぐらいしかありませんよ。よくて村か集落じゃないですか。いくら私が引きこもりだからといって騙されませんよ?」

「さーて、宿を探すかなー。セーロンは思ってた以上に狭いからすぐに見つかりそうだなーははははは」

「騙されません。騙されませんよ、私は」

 

うん。まだ明らかに山の中にいるからね。いやあ、なんて空気がうまいんだろうか。そうかそうか、実はセーロンは山岳集落だったのか。これは知らなかったな。やっぱり地図が間違えて――。

 

「……お天道様も沈まねえうちから、もう出るようになりやがったか! みんな!! 出たぞ!! 化け物どもだぁー!!」

 

一軒の家から髭を生やした男が、集落全体に届きそうな大声を張り上げ、俺たちの前に現れた。

リアナの三倍近くは体重がありそうな体型だが、筋骨隆々としており、決して太っている印象は受けない。デカくて俊敏で、何より毛深かった。顔全体を覆う髭だけではなく、腕毛も胸毛ももっさもさだ。シルエットだけなら熊にも見える。

 

「ととと、なんだなんだ、人間じゃないか。てっきりアイツらかと。……少し暗くて見間違えたようだ。すまんすまん」

 

男は目を細めて俺たちの顔を確認すると、ばつが悪そうに頭を掻く。

 

「…………」

 

突然の事態に言葉が出ない。いや、それよりもこの人はどうして槍なんて物騒なものを持っているんだろうか。

彼は俺の知らない未開の部族なのか? 熊のような体型はともかく、着ている衣服は至って普通だし、使っている言語も訛りのない共通語だ。

そもそも『化け物』ってなんなんだ。俺たちをいったい何と間違えたんだ。

 

「おーい、俺の勘違いだった。みんなー、家に戻っていいぞー」

 

周囲を見渡すと、他の家にも目の前のおじさんと同じように武器を持った男たちが目を血走らせて立っていた。持っている武器は、斧に剣に槍に斧に斧とよりどりみどりだ……いや、やけに斧率が高いな。

魔法で嗅覚を強化してわかったが、どの武器もベッタリと血の匂いが残っている。うおお、これは本格的にヤバいところに来てしまったかもしれない。

 

「はは、すまんな。ここ最近、村の連中は殺気立ってるんだ。……んで、アンタたち、こんな時にどこからやってきたんだ?」

 

どうやらこのおじさんは、熊のような外見に反して意外と話が通じるようだ。かたや俺は、人を見た目で判断する人間のクズなので、鞄のマチェットをいつでも取り出せるよう握りしめている。

 

「…………」

 

敵愾心はもう感じられない。俺たちを驚かせてしまった動揺は感じられた。男に対する警戒を何段階か下げる。

……血の匂いがする武器を持った巨漢が殺気立って現れれば、誰だって警戒の一つはする。自己防衛のあまりに、凶行に走りかけたとしても俺は悪くない。うん、何事もなくてよかったよかった。

 

「俺たちは国境近くの町から来ました! そしてここはセーロンですよね!」

 

後は勢いに任せて、この熊おじさんにこの場所がセーロンだと認めさせるだけだ。そうすればここはもうセーロンだ。

 

「……セーロンだって? だったらアンタたち、道を間違えてるよ」

 

うん、知ってた。はは、俺はいつだって道を間違えているな(詩的表現)。兄としての自尊心のために、自分から間違えているとは言えなかったのだ。

後ろにいる妹は、熊おじさんの強烈な野性味に当てられて、完全に及び腰になっていた。これならしばらく時間が稼げそうだ。やったぜ。

 

 

「――旅人さん、こんばんは。ここはカソという村よ。国境のサロからセーロンに向かうにしては、また随分と東に逸れたわね。……ねえ、どんな道の間違え方したの?」

 

そう尋ねてきたのは、俺より少し上ぐらいの落ち着いた感じの女性だった。彼女は淡い灰色のチュニックに深緑色のロングスカートを合わせ、大判のストールを羽織っていた。髪はブラウンで、後頭部で球状に結び上げられている。

この血生臭い村には、似つかわしくない美しい女性だと言えた。何よりも、他の人と違って物騒な武器を携帯していないのもポイントが高い。

 

「わかりません。俺たちだって知りたいです。その……よければなんですが、この地図を見てもらってもいいですか?」

 

手持ちの地図を広げながら、女性に接近する。ついでにストールに隠された乳房をこっそりと確認したが……普通ぐらいの大きさだった。うん、普通サイズも趣があっていい。なんせうちの妹も普通ぐらいだ。それを本人に言えば、多分殴られるだけじゃ済まない。

 

「……?」

 

近づいてわかったが、この女性は何か奇妙な匂いがした。獣のような、とでも言うべきだろうか。それとは別に薬品の匂いもする。

その二つが混ざり合って、得も言われぬ匂いを醸し出していた。言葉を飾らずに言うと、ただただ臭い。どうやら、臭い美人というのは俺にはまだ早いジャンルのようだ。

このまま嗅いでいると、俺の鼻どころか性癖もおかしくなってしまう。今は嗅覚強化をカットしておこう。

泉の森で聴覚を痛めた時も思ったが、五感の強化は便利な反面、時として深刻なダメージを被りかねないものだ。不用意に使うのは控えた方がいいかもしれない。性癖も歪みかねない。

 

「……えっと君。この地図、だいぶ古いわよ。もうこの峠道はずっと前の土砂災害で無くなってしまったわ。それで間違えてこの山村に続く道に入っちゃったのね」

「マジですか。じゃあ最初から間違えていたんですね」

 

この地図古かったのか……。いつから屋敷にあったものなんだろう。

ちなみに、特定の地図だけ持っていくと逃亡先の足がつくと思って、あるものは片っ端から持ってきた。使わない地図は、かさばるので焚き火の燃料にした。

でもこれで我が家の地図が全て最新版に更新されると思えば、決して悪いことではない。

 

「大マジのマジよ。可哀相な旅人さん。君たちは最悪な時にこの村に迷い込んできたわね」

「……最悪の時?」

 

ふむ? 『最悪の時』とはなんなのだろう。その情報だと最悪であることしかわからないぞ。

……どうにもこのカソという山村には、村全体にきな臭い……というか、不穏な空気が漂っている。

出会い頭に『化け物』と勘違いされたところから始まり、彼らの持つ武器には血が付いてた。極めつけは、この悪臭を放つ美女。

やはり、俺たちはとんでもないところに迷い込んでしまったようだ。

 

「ブラッドおじさん、後は私がこの可哀想な旅人さんと話すわ。もう暗くて危ないから家で休んでてください。……きっと、今夜も長くなるでしょうから」

「ああ、わかったよ。それじゃあな、ミーシャちゃん。後はよろしく頼むわ。……しかしアンタたち、本当についてないな」

「はあ、お騒がせしました」

 

ブラッドなるおじさんに念を押されてしまった。うーん、本当についていないのか。何がどうついていないのかを具体的に教えてほしい。

リアナは熊おじさんが登場してから、だんまりに入ってしまったので、今の機嫌は測れない。今回の失態……土下座だけで済めばいいんだけど。

 

「こっちよ。私の家まで案内してあげる。といっても狭い村だからすぐそこだけど」

 

こうして、立ち話をしているうちにすっかり暗くなってしまった。

あと少しここに着くのが遅かったら、野宿コースだったかもしれない。でも、この村に宿はあるのかな。規模からしてかなり怪しいぞ。

 

「さっきのおじさんが言ってた通り、私の名前はミーシャ……ミーシャ・ノルドマンよ。この村で錬金術師と魔法使いをやっているの。それで君たちは?」

 

彼女は錬金術師だったのか。どうりで薬品みたいな匂いが染み付いているわけだ。

それに魔法使いでもあるのか。それなら、警戒レベルを上げないと。魔法使いは奇人か変人か、よくて悪人しかいない。

……でも魔法使いって、こんな獣じみた悪臭がしたっけな。多分しないよな。俺もリアナもこんな臭いはしないはず。

念のため、リアナの黒髪をすくって嗅いでみるが、別に変な臭いはしない。

 

「…………?」

 

俺の行動にリアナは変な顔をしているが、今朝手入れをした時と同じ、香油の上品な香りがする。彼女のような獣臭さなど、まったくない。それよりも少しも引っ掛かることもなく、指の間をするすると通り抜けていく感触が、とても心地よい。

 

しかし、錬金術師と魔法使いの両方を名乗るということは、そのどちらにも精通しているのか? 学問として紐解けば、確かに似た部分もあるが、それでも個別の才能が求められる分野だ。

この話が本当なら、彼女は若くしてとんでもない逸材と言える。それがどうしてこんな過疎化が進んだ村にいるんだろう。もしかして、この強烈な体臭のせいなのかな。

 

ちなみに俺は、魔法使いと自称するには些か抵抗があったりする。超優秀な姉を持ってしまうと、自分も同じ魔法使いだと名乗るのに烏滸がましいと感じてしまうからだ。

妹のリアナについては、まあ、そうだな。彼女は魔法使いである以前に、偏屈でものぐさな引きこもりだ。こちらに関しては、悪い意味で名乗りたくない。

 

「えっと、俺はアリでこっちは妹のリアです。訳あって兄妹二人で旅をしています」

 

『アリ』は俺の偽名だ。本名の『アンリ』を縮めただけの粗末なもの。逃亡生活を始めて最初に泊まった金鹿亭の宿帳を書く時に、数秒で思いついたものだから適当にも程がある。

 

「……ん」

 

そんな俺の紹介に対してリアナもペコリと会釈をした。おおおお……妹が自主的に体外的な行動をしている……! 妹の成長が見られて兄として嬉しい!

 

「アリ君と、リアちゃんね。へぇ……ご兄妹なのか。……失礼だけど、ご両親は随分と適当に君たちの名前を付けたのね」

「え? どうしてですか?」

 

数秒で考えた『アリ』はともかく『リア』は『リアナ』の愛称だし変な名前でもない。呼び方としては『リアナ』の方が好きだが、『リア』もまあまあ気に入って使っている。最近はちゃん付けで呼ぶのがマイブームだ。

 

「だって妹さんの名前は君の名前を逆から読んだだけじゃない」

「……あっ、本当だ。気付かなかった」

 

言われて初めて気付いた。俺たちの本名は『アンリ』と『リアーナ』だから、ただの偶然だ。長女に至っては『アイリス』だ。

でも兄弟全員の名前に『ア』と『リ』が入っているな。何かしらの意図があるんだろうか。もし、父にまた会える機会があったら、その時に訊いてみるのもいいかもしれない。まあ、そんな機会は二度と訪れないだろうけど。

 

「ふぅん……まあいいわ。じゃあどうぞ、お入りください」

 

彼女の家は木造でそこそこ大きかった。他の家にはない二階もある。道すがらの中央広場で見た鐘楼付きの教会を除けば、この村では一番大きな建物だろう。

 

 

「……ず、随分と可愛らしいペットをお飼いになられてますね」

 

ミーシャさん宅の玄関を開けると、一頭の牛が俺たちを出迎えてくれた。

くっちゃくっちゃと反芻行動をしている。……えっと、ここ牛舎じゃないよね。

今は嗅覚の強化はしていないが、それでもメッチャ臭い。なんせ涎とかアレとかアレを床に垂れ流している。どれも最悪レベルの臭さだ。……あ、ゲップした。何だこれ臭い。臭すぎる。あまりの臭さに目に沁みる。

牧草を敷き詰めているけど、ここ木造の床だぞ。そんな状態じゃ、牛の涎やアレやコレが垂れ流されて、一生臭いが取れなくなるぞ。

……そうか、わかったぞ。この人の悪臭の正体はこれか。この牛の臭いか。……なんなんだこの人。ヤバいだろうこの人。何を考えてダイニングのど真ん中で家畜を飼っているんだ。頭おかしいんじゃないか?

 

「ああ、この子のこと? 気にしないでちょうだい」

 

気にしないでと言われても、物には限度がある。そしてこれは明らかにその限度を超えている。

 

「ここだと……うーん、ちょっとお話をするって感じじゃないわね」

 

ちょっとどころではない。ダイニングを占拠する牛の咀嚼音を間近で聞きながら、どうやってまともな会話をしろというのだ。

 

「地下室がここよりも広いからそっちに行きましょうか。そこで色々と説明するわ」

「……行きましょう行きましょう。今すぐ行きましょう!」

 

牛について今すぐ問い質したかったが、説明してくれると言ってくれたので素直に従おう。俺は人よりも好奇心が旺盛な方だが、まさかここまでのものが出てくるとは思わなかった。答えが知りたくてウズウズしている。

あと、今すぐこの場所から離れたい。せめて換気のために窓だけは締め切らずにいてほしかった。

 

「リアちゃんも牛さんを撫でなくていいからね。早くついておいで」

 

妙に大人しいと思っていたら、リアナが牛を撫でていた。それも随分と楽しそうにしている。

犬を飼いたいと言っていたし、意外と動物が好きなのかもしれない。そういや以前、子供向けの動物図鑑を食い入るように読んでいた気がする。

でも、俺が狼を殺した時には、そんなでもなかったような。どういう差なんだろうか。

 

「ふふ、うちの子、かわいいでしょう。名前はリッキーよ。私も最初はなん、で……えっ……嘘っ! なんで!? あなたその目!!」

「…………!」

 

ミーシャさんが突然、牛を撫でていたリアナの右腕を掴んだ。口許を微かに緩めて楽しそうにしていた妹の顔が、恐怖のあまりに一瞬で引きつってしまう。

 

「あ……うう、う……!」

 

妹の赤い瞳を、ミーシャさんが食い入るように覗き込む。外では暗く、リアナの目の色までは気付けなかったのだ。ランプの明かりに照らされて、妹の顔が白日の下に晒された。

ミーシャさんに詰め寄られた恐怖に耐えられず、リアナの目の周りがストレスで細かく痙攣している。

 

「今すぐその手を放してください。妹が怖がってます」

「……君、この目がなんなのか知ってるの?」

 

リアナに代わって今度は俺が睨まれる。名うて査問官が尋問するかのような高圧的な視線だ。その鋭い視線だけで、彼女が只者ではないのがわかる。

……それがなんだというのか。いくら凄まれようとも、魔力も込められていない瞳では虫の一匹だって殺せはしない。

……リアナの目の正体だって? ああ、当然知っているとも。答えてやる義理は当然ないが。

 

「確かにこんなふうに赤い目は珍しいですよね。それがどうしたんですか?」

「……魔力は感じる。でも微弱過ぎて意識しないとわからないぐらい。……じゃあ私の勘違いかしら。でも……」

 

すっとぼけてみせたが、彼女は俺の話など聞いていなかった。何やらぶつぶつと呟くだけで、俺の存在なんか歯牙にも掛けていない。

魔法使いを名乗るだけのことはある。俺なんかに訊かなくても、勝手に分析をして、勝手に結論を出せるのだろう。

しかし、彼女がこの目のことを知っているとは予想外だった。歴史的に見ても数が少なすぎて、研究の対象にもなってないのに。

 

「怖がらせてごめんなさい。リアちゃん、あなた魔法は使えるの?」

 

魔法使いは珍しい存在ではない。生まれ持った素養さえあれば、訓練次第で使えるもの。でもリアナにとってそれは。

 

「ミーシャさん、妹は――」

「君には何も訊いてない。私は彼女に質問しているのよ」

 

俺の言葉をピシャリと遮り、リアナの赤い目だけを見据えている。先程までの高圧的なものとは違い、多少なりとも和らいだものだった。

 

「ん。使える。少しだけ」

 

未だ脅えた様子ではあったが、ミーシャさんの問いかけに、リアナの掴まれていない左手が青く光る。淡く頼りない光ではあるが、その効果は俺が一番よく知っている。

……だけど、それを今やるのはまずい。リアナは自分がやっていることの意味をまるで理解していない。

 

「これは回復の系統、かしら? ……それも詠唱なしの。フフ、あなた一体、どうなってるの……!?」

 

妹が良かれと思ってやった魔法行使は、ミーシャさんを更なる震撼へと誘うものだった。

リアナの腕を握る力が強くなり、今まで自由だった左腕までも掴まれてしまう。両腕を完全に拘束され、身動きが取れなくなってしまった。

 

「ひっ! いや、お、おにぃちゃん……!」

 

リアナが助けを乞うために俺を呼ぶ。身動きが取れず、顔だけをこちらに向けて救いを求める。普段は無表情である妹が、完全に怯えきっていた。

 

「――――」

 

そんな妹を見て、頭が一瞬で沸騰する。

……これは脅迫、いやもう攻撃と言ってもいいんじゃないか? それなら仕方がない。悪いのは全部この女なのだ。

ああ、ああ……だったら。だったらコイツをこの場で――。

 

「やめてくださいやめてください。うちの妹をいじめるのはやめてください」

 

本気でブチ切れそうになったが、ギリギリのところで自制心を保つ。いつものふざけた調子を演じ、リアナに詰問をする彼女を止めた。

 

「…………ハァ」

 

胸中に溜まった怒りや燻りを残らず吐き出すように、深いため息をつく。

……こんな狭い村で敵を作ったら、野宿は確実。さもなければ、例の武器を持った村の連中に夜通し追いかけ回されるかもしれない。

ここは歯を食いしばってでも冷静でいよう。

 

「そう、ね。……ごめんなさい、私もどうかしてたわ。うん、ちょっと落ち着かせてちょうだい。地下に行きましょう、お茶でも淹れるわ」

 

リアナが泣き出しそうになるのを見て、やり過ぎたと感じたのだろうか。ようやく掴んでいた手を放してくれた。

俺もまた、大きく深呼吸をして冷静になろうと思ったが、すぐ隣にいる牛の存在を思い出して止めた。頭に血が上って忘れていたが、やはりここは臭い。

 

「……紅茶?」

 

解放されてすぐ俺の背中に隠れたリアナがミーシャさんに尋ねる。……あんだけ怖い目に遭わされたのに、よくそんな質問できるな。妹の成長を嬉しく思う反面、この妹はどれだけ紅茶が飲みたいんだと呆気にとられてしまう。

そういえば、もう一週間近く紅茶を飲んでいない。禁断症状でも出ているのだろうか? 何でも、体の半分が紅茶でできているらしいし。

 

「いいえ、ハーブティーだけど?」

 

リアナはガックリと肩を落とした。あんな目に遭わされたんだ。少しぐらいの我儘は許されるだろう。

 

「リアは紅茶が大好きなんです! 紅茶は、紅茶はありませんか!?」

「ありません。ハーブティーだけです。私が手ずから摘んで作ったものです。嫌なら飲まないでくれても結構」

「ごめんなさい……ハーブティーをいただきます……」

 

あまりにしつこくしたので怒らせてしまった。くそう、本当に怒りたいのはこっちなのに。

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