いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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25.錬金術師で魔法使いで村長代理でダイニングで牛を飼う臭い美女

ミーシャさんに案内された地下室は、木造の上層とは異なり、壁も床も石造りだった。靴の反響音から、一階よりも広い空間であることがわかる。

ここの照明は、一階のオイルランプとは違い、マジックランプを使っていた。これは、魔力を消費しながら光を灯すという曰く付きの魔法道具の一つだ。

 

『――火光よ。常闇を掻き消せ』

 

彼女は魔法詠唱を行使し、頭上のマジックランプに光を灯した。オイルランプの淡い色とは違い、太陽光に近い昼白色の光だ。

地下室の明るさは相当なもので、日中の屋外にいるように眩しい。この明るさを常に保てるのなら、彼女の魔法使いとしての力量が相当なものだと推察できる。

 

マジックランプの仕組みは至極単純だ。術者の光源魔法を特殊な加工がされたガラス容器に閉じ込め、魔力が拡散しないようにしているだけ。言うなれば、簡単な補助装置と言っていい。

ただマジックランプには大きな問題があった。市販品のオイルランプの方がずっと費用対効果で優れているため、魔法使いの界隈では伊達や酔狂でしか使われない代物なのだ。

 

「…………!!」

 

魔法を使うミーシャさんを見ていたリアナが、なんとも言えない絶妙な表情をしていた。鉄壁の無表情を崩すなんて、何かよっぽどのことがあったのか。

 

灯りが点いて、この地下室が彼女の研究室であることが分かった。部屋の右側の書棚には錬金と魔術の専門書が並び、左側の棚には錬金術に使う素材が並べられている。

どれも見覚えのない錬金素材ばかりだったが、どうしても以前訪れたスパイス店を思い出してしまう。そのことを指摘すると怒られそうなので、思うだけにしておく。

一階と行き来する手間を省くためか、この空間だけで生活をするための家具や日用品が揃っていた。彼女の生活の中心は一階ではなく、この地下室にあるのだろう。そうだとしても、あのダイニングは異常だが。

 

「今お茶を淹れるわ。そこで座って待ってて」

 

錬金術に使うすり鉢や秤が置かれた大きめなテーブルに、椅子が三脚並んでいた。俺たちは、二脚並んでいる側に座る。

ミーシャさんがお茶の準備をしている間、少し手持ち無沙汰だったので、リアナと話すことにした。今の大人しいリアナなら、人前でも会話をしてくれそうだ。

 

「リアちゃん、生活感がある他人の部屋にいると何となく気分が落ち着かなくなるね」

「うん、落ち着かない」

 

……俺には、咄嗟に話題を選ぶセンスがないのかもしれない。律儀に答えてくれたリアナには感謝しかなかった。普段の彼女なら間違いなく罵倒されていただろう。

そんなリアナは妙にソワソワしているが、原因はどうやら本棚にあるようだ。ミーシャさんの蔵書はざっと見る限り、専門書ばかりで妹の興味を引く本はないだろう。リアナの本の嗜好はジャンルにこだわらず雑食だが、さすがに専門書を読む趣味はなかったはずだ。

 

「~~♪」

 

一方でミーシャさんは、大きなビーカーに水を入れ、お湯を沸かしている。……確かお茶を淹れるという話だったはず。おやおや? なんだか嫌な予感がしてきたぞ。

少なくともうちの屋敷では、紅茶やコーヒーを淹れる際にビーカーでお湯を沸かしたりはしない。なぜなら、紅茶やコーヒーを淹れる際にビーカーでお湯を沸かす必要はないからだ。

次に、彼女は一際大きなフラスコを取り出した。ははーん、これがティーポットの代わりか。うん、わかった。この人はちょっと変わっているんだな。

 

「カモミールとローズヒップのブレンドティーよ。飲みやすいように蜂蜜で味を整えておいたわ」

 

出されたハーブティーは紅茶に似た色をしていたが、ずっと鮮やかだった。カップの中心には、乾燥した薔薇の花弁が一枚浮かんでいる。

各種実験器具で作られたとは思えないほど、ちゃんと淹れられているように見えた。お茶をビーカーで出されたらどうしようかと思ったが、ティーソーサーにはちゃんとティーカップが乗っていた。

ハーブティーについては、俺も妹も全くの門外漢だ。専門は紅茶で、たまに飲むとしてもコーヒーぐらい。

……カップを鼻に近づけると、蜂蜜の甘い香りに混じって林檎のような香りがする。確かに美味しそうではある。

しかし、使っている道具が道具なだけに少し飲むのが怖い。『ちゃんと器具を洗っているのか?』『口にした途端に爛れたりしないのか?』など、不安な想像が浮かんでは消えていく。

 

あれこれと理由をつけて飲むのを躊躇っていると、隣のリアナがすでにカップに口をつけていた。……ど、毒とか入ってないよね?

 

「! ……おいしい」

 

普通に感嘆の声を上げていた。毒見役(妹)の感想を信じて、俺も飲むとしよう。

 

「……あ、ホントだ。すごく美味しいです」

 

多少の苦味と渋味はあるが、それは紅茶も同じこと。紅茶はそうした独特の風味を味わうのも楽しみ方の一つだ。ハーブティー初心者の俺たちに合わせて蜂蜜を入れてくれたおかげで、その苦味も大分緩和されている。

確かに、何回か飲めば蜂蜜なしでも癖になる味かもしれない。ミルクを入れても良さそうだ。この味なら間違いなく合う。

 

「気に入ってもらえて何よりだわ。……カモミールにはリラックス効果があるの。今の私たちには丁度いいかもね」

 

少し含みのある言い方だった。発言の意図は理解できるが『私たち』というワードに引っ掛かりを覚える。

 

「いやいや、落ち着くべきなのは、リアの腕を掴んだミーシャさんだけじゃないですか?」

 

あの瞬間を思い出し、つい皮肉めいた言い方になってしまう。今夜の宿を確保するため、村からの印象を良くしなければならないのに、一時の感情を制御できない駄目なお兄ちゃんだった。

 

「そう? 君、さっき凄い顔をしてたわよ。……殺されるかと思った。ま、おかげさまで冷静になれたけど」

「凄い顔?」

 

あの時は確かにキレかけていたが、俺にそんな人殺しの凄味を出せるような貫禄があったのか。俺の人生は姉に舐められるか、妹に舐められるかのどちらかだったので、そんなことを言われても判然としない。

 

「非は完全に私にあるけど、だからといってあんな顔で人は見るものじゃないわね」

 

自分じゃちっともわからない。正直言ってしまえば、ミーシャさんにからかわれているようにしか思えなかった。

 

「……リアちゃん、お兄ちゃんそんな顔してた?」

 

間近にいたリアナも、俺の『人を殺しかねない顔(笑)』を見ているはず。しかし、これは自分で言うとなるとかなり恥ずかしいぞ。

 

「わかんない。……あの、おかわり欲しい」

「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。でも時間が経って苦味が強くなってるから、このお菓子と一緒に食べなさいな」

 

俺の気恥ずかしさ満開の質問は「わかんない」の一言で一蹴されてしまった。どうやらリアナにとってはどうでもいいことだった模様。

彼女は、ハーブティーという新しい世界に興味津々だ。表情は相変わらずだったが、二杯目のハーブティーを前に、瞳だけは輝いている。……出されたお菓子はバタークッキーだろうか。これもお茶の渋味に合い、とても美味しそうだ。

 

「うんうん、あなたはとてもいい子ね。……さっきは本当にごめんなさい。私もいつもはあんなことしないのだけど……」

 

ミーシャさんが改めて謝罪の言葉を口にする。……正直、あんな行動を普段しようがしまいが、どうでもいい。あの瞬間にリアナにやったことは決して覆らない。それを帳消しにして信用を得ようとするのは、あまりにずるい言葉だ。

 

「……ん。気にしてない。クッキーも美味しい」

「…………」

 

この馬鹿ヤロウ。気にしているだろう、絶対に。いつもは減らず口ばかり叩いて生意気な妹だが、その実、コイツは誰よりも繊細だ。昔あった出来事をいつまでも気にしていて、思い出す度に溜息を吐いている。その所為もあって、未だちゃんと笑うこともできない。

だけど、今のリアナは少し違った。ベリンダちゃんとの交流から生まれた素直モードとでも呼ぶべきだろうか。二重人格ではないし、リアナには他人に対して猫をかぶるような演技力もない。

他の人とも多少会話ができるようになって嬉しくもあるが、何とも言えない気持ちにもさせられる。すごく可愛らしいけれど、こんな状態が続けばいつか精神が乖離してしまうのではないかと心配になる。

 

「お詫びというわけでもないけど、今夜はここに泊まっていきなさい。これから夕飯も用意するわ。お互いに訊きたいこともあるでしょうし」

「ありがたい申し出ですけど、どこで寝ればいいんですか? あの厩舎と化したダイニングはちょっと……」

 

思いがけず宿泊先が見つかって幸運ではあったが、この地下室にはベッドが一台しかない。

そうなると残されたのは、あのダイニング兼厩舎ということになる。 ……嫌だ、あそこだけは絶対に嫌だ。俺は牛と一夜を共にしたくない。あそこで寝るなら、納屋か軒下を借りたほうがましだ。

 

「まったく、そんなわけないでしょ。二階よ、二階。私の両親が使っていたベッドがあるわ。あ、でもリアちゃんもお年頃みたいだし、お兄さんと一緒の部屋は困るかな?」

「ううん。お兄ちゃんと一緒がいい」

 

ふるふると首を左右に振った。普段だとまずしない仕草だった。しかし、リアナは嬉しいことを言ってくれる。このまま兄離れをしないでおくれ。

 

「じゃあ、ご両親はご不在なんですか?」

「……いいえ、去年の冬に流行り病で二人とも亡くなってしまったわ。だから私は大学を辞めてこの村に帰ってきたの」

 

去年の冬というと一年以上前の話だ。表情に翳りはなかったので、心の整理はできているのだろう。それでも、いらないことを訊いて、言わなくてもいいことを言わせてしまったのは俺の落ち度だ。

 

「辛いことを言わせてしまって、申し訳ありません」

 

少し抵抗はあったが、頭を下げた。リアナに対する仕打ちは忘れないが、それとは別問題だ。

 

「あら? 意外と律儀なのね。そういうところは君も可愛いわ。……で、お父さんはこの村の村長だったから、今は私が村長代理ってわけ。まだ若輩者なのに村のみんな私の言うことをよく聞いてくれるわ」

 

村長代理だったのか。村長代理と村長との違いはよくわからないが、とにかくこの村の代表で一番偉い人ってことだろう。……錬金術師で魔法使いで村長代理でダイニングで牛を飼う臭い美女。ミーシャさんの肩書が多すぎて、どんな存在かわからなくなってきた。

あっ……そうだ、牛だ牛。俺は家の中にいる牛の正体が知りたかったんだ!

 

「そ、それでなんですけど! あのダイニングにのさばる牛のことを教えてもらってもいいですか!」

 

これでついに事の真相が判明するのか。いやっほう! こいつは、ワクワクが止まらないぜ。

 

「ああ、リッキーのこと。そういえば君はずっと知りたそうにしてたわね。あの子はね」

 

牛の名前はリッキー。ふむ、名前をつけるってことは、それなりに愛着を持って接しているのだろう。うーん、益々わからな――。

 

「……話の途中、すみません。何か、外の様子がおかしいです」

 

家の外から、喧噪とは違う慌ただしい騒音が聞こえてきた。よりにもよって何故このタイミングなんだ。牛の秘密まであとちょっとだったのに。

 

「外って。ここ地下室なのよ。そんなの聞こえるはずがないじゃない」

 

ミーシャさんが少し呆れたような反応を示すが、聴覚強化の魔法は俺たちの生命線であり、余程の理由がなければ常時展開している。リアナの目と違い、別に大したものでもないので説明してもよかったが、今はその時間も惜しい。

 

「取り敢えず全員で一階に行きましょう。外から争う音が聞こえてきます」

 

本当はリアナを地下に置いていきたかったが、俺はまだミーシャさんを信用しきれていない。それなら、二人とも目の届く範囲にいてもらった方がいい。

 

「争い……? まさか、もう来たって言うの!? 君たちは危ないからここにいて!!」

 

そう言うや否や、誰よりも早くミーシャさんは一階へと駆け上がっていった。俺たちも彼女の後を追うように階段を登る。

一階にいるリッキーくんは、さっきと変わらない様子で反芻中だったが、外の様子は一変していた。まるで唐突に祭りが始まったような大騒ぎだ。

 

「まーた出やがったか! 薄汚い化け物どもめ! 殺せ殺せ殺せェ!!」

「死ね! ここで死ぬためだけに生まれてきた糞虫どもめが!! 死ね死ね死ねェ!!」

 

えーっと、彼らはどこの蛮族なのかな。血気盛んなんて生優しい言葉じゃ片付けられない怒号と罵声が村中に溢れている。

 

「てめーらはどいつもこいつも臭えんだよ! 人間様の真似をして二足歩行をするなら風呂ぐらい入りやがれ! さもなきゃくたばれ!!」

 

おや、この声は第一村人の熊おじさんだ。やっぱり見た目どおりの怖い人じゃないか。俺の判断は間違っていなかった。

しかしまあ、聞くに堪えない罵声のオンパレードだ。リアナの情操教育のために耳を塞いでやりたい。

 

「リア、怖いなら地下室に行きな。誰も入って来られないように守ってあげるから」

 

リアナは村人の怒号にすっかり脅えてしまっている。今ならミーシャさんも外にいるし、地下に戻しても大丈夫だろう。

 

「うんん、ここにいる」

「……そっか。じゃお兄ちゃんの後ろにいてね」

「ん、わかった」

 

分かり切ったはずの返答だった。そうだとしても、妹の安否に関わることだ。しつこかろうが、兄として確認せずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

夜だというのに空が明るい。日中ほどではないが、村全体を見渡せる程度の視界は確保できている。

これはミーシャさんの光源魔法によるものだ。地下室のマジックランプに使っていた魔法であり、これが本来の使い道だ。

夜の帳が降りた屋外で使ってこそ、この魔法は真価を発揮する。まさに詠唱通りの『闇を掻き消す光』だ。

 

襲撃が始まってしばらく経ったが、争いの声は未だ途絶えない。村のあちこちから怒声が聞こえることから、襲撃者は四方に散り、同時多発的に攻撃を仕掛けているのだ。

戦力が分散されるとはいえ、小さな村では守りを一箇所に固められないのは致命的だった。村を守れる人数が限られているため、必ずどこかで綻びが生じる。村の守りの一部でも崩壊すれば、後は襲撃者の意のままにされるだろう。

 

なんだなんだ。『ゴブリン』の小さな頭でよく考えているじゃないか。

 

「そっちも一匹行ったぞ!! 村長の家の方だ! これ以上は村に入れるな! 殺せェ!!」

 

村長の家。つまりはこの家のことか。この家のことなんだろうなぁ。

家に入ったら牛とご対面。家の外に出たらゴブリンとご対面。一体この村はどうなっているんだ。

 

「リアちゃんはここから動かないでいてね。お兄ちゃんがすぐにやっつけちゃうから」

「うん、がんばって」

 

少しして目の前に現れたのは、小型の亜人種。やはり、襲撃者の正体はゴブリンだった。

……ゴブリンなんて、随分と久しぶりに見た。でも懐かしい気持ちなんて一欠片も沸かない。それ以上にその汚らしい外見に辟易する。

人間の子供程度の大きさしかないのに、どうしてこんなにも醜悪な姿になれるのか。

不健康そうな緑色の肌、僅かな髪を散らかしたような不潔な頭皮、何の動物の毛皮かもわからない脂ぎった腰巻、片手に持った粗雑な棍棒。まあ、そんな典型的なゴブリンだ。

 

「ギギ、ギャギャ、ギャギャ!」

 

何が楽しいのか、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、白濁した眼球で俺たちを観察している。

笑っているようにも見えた。……いや、事実として、ヤツは笑っていた。俺たちという弱そうな獲物の存在が面白くて仕方がないのだろう。

 

「ゲギャギャ! ギャ!」

 

特にリアナのような十代半ばの女の子なんて、ゴブリンからすれば最上級の供物が捧げられたようなもの。 獣や他の魔物とは違うゴブリン特有の悪臭を撒き散らし、俺の妹を見て舌なめずりをしている。嬉しくて堪らないのだ。

 

「ギャ、ハハー!」

 

直後、醜悪な魔物が涎を垂らしながらリアナに向かって襲いかかってきた。そのちっぽけな脳味噌に浮かぶのは食欲か性欲か。いや、そのどちらもか。

 

『――――』

 

視覚に魔力を灯し、マチェットを引き抜く。俺は、一秒たりともこのケダモノの存在を許しておけなかった。

 

「ギ、ガ……?」

 

と思った直後、ゴブリンが前のめりに倒れた。今はまだピクピクと筋肉が痙攣しているが、生物学的には完全に絶命していた。

ゴブリンの首筋に氷柱が刺さっていた。鋭く尖った氷の杭が延髄から脳幹にかけて貫かれている。こうなればどんな生物だって死ぬ。

 

「大丈夫? 怪我してない? ……だけど! 君たちどうしてここにいるの!!」

 

なるほど、これはミーシャさんの魔法か。大気中の水分で氷の杭を生成し、ゴブリンの後頭部を狙って飛ばしたのだ。

頭蓋を貫くほどの発射速度もそうだが、動くゴブリンの急所を正確に狙う命中精度に感心してしまう。下手をすれば、ゴブリンではなく俺たちに命中していた可能性だってあった。

これは、自分の魔法に絶対的な自信と、その自信を支える確かな経験がなければできないもの。やはり、彼女は魔法使いとしての技能も相当なレベルのようだ。

しかし氷の魔法か。氷を生成する魔法は夏場に重宝しそうで羨ましい。清潔な氷と水がいつでもどこでも手に入るじゃないか。

 

「はい。大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」

 

別に助けられなくても問題のない相手だったが、ゴブリンが死んだことで気持ちが少し楽になった。血で汚さずに済んだマチェットをシースに戻す。

ミーシャさんに武器(マチェットは武器じゃないけど)を見られてしまったが、特に気にしている様子はない。

 

「そうじゃなくて、『地下室にいて』って言ったでしょ!? なんでそんな簡単なことが守れないの!!」

 

それよりも、俺たちが言いつけを守らず地下室から出たことに彼女は怒っていた。こうして改めて言われるまで、すっかり忘れていた。

今はもう村のあちこちから上がっていた怒号も収まっている。ゴブリンの襲撃は終わったのだろう。大体二十分ぐらいの騒動だったので、想像以上に早く片付いたようだ。この村の住人は戦闘民族かなにかなんだろうか。

 

「……歯を食いしばって、顔をこちらに向けなさい。もし君の妹が怪我をしてしまったら、お兄さんである君の責任なのよ」

「う……ごめんなさい」

 

リアナについては、ミーシャさんの言う通りだ。彼女にも余計な心配をかけてしまったし、一回ぐらい殴られても仕方がない。

 

「……お、お兄ちゃんをいじめちゃだめ」

「え、リアちゃん……」

 

視界を遮られたと思ったら、リアナが俺とミーシャさんの間に立って、両腕を目一杯に広げて俺を守ろうとしていた。

え? なになになんなの、その自己犠牲精神。お兄ちゃん、そういうのに弱いから感動しちゃうんだけど。

自ら矢面に立つなんて相当な覚悟が必要だったはず。今だって、怖くて怖くて肩が震えているというのに。 うわー、あまりの愛おしさに今すぐ後ろから抱きしめてやりたい。

 

「はぁ……もういいわよ。さて、襲撃も終わったみたいだし、夕食の準備を急ぐわ。それから話の続きをしましょうか」

 

リアナのお兄ちゃん愛に溢れた献身に毒気を削がれたのか、ミーシャさんは固く握っていた拳をひらひらと振って、家の中に戻っていった。

……というか、パーじゃなくてグーで殴るつもりだったのか。てっきり平手打ち程度かと。やはりここは蛮族の村か?

 

いやまあ、ミーシャさんも格好いいじゃないか。光源魔法に氷魔法、その両方を的確に適切に使いこなしている。錬金術師という肩書から魔法に関しては研究職かなと勝手に想像していたが、とんでもない。あの氷魔法の精度からして、実戦経験も相当積んでいる。

そして何より、リアナの俺を庇うという咄嗟の行動が格好良くて愛おしくて、打ち震えてしまった。こんな妹を持てて俺は世界一の幸せ者だ。

 

……あれ? そうなるとこの場で唯一格好悪いのは、独断で行動してつまらない迷惑をかけた俺なんじゃ?

 

ミーシャさんを追うように家に入ると、やはりそこには牛がいた。リッキーくんは、ゴブリン襲撃の騒動に気づかなかったようで、なんとも長閑なご様子。

……この牛については未だに謎だ。なぜ彼女は、自分の体臭を犠牲にしてまで、ダイニングのど真ん中に牛を飼っているんだか。村に家畜小屋ぐらいはあるだろうに。

 

襲撃するゴブリンなど、他にも不可解な点はいくつもあったが、夕食を取った後は、最優先でこの牛について教えてもらおう。そうしよう。

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