「……施術の腕は大したもの。誰だか知らないけど、私も師事したいぐらい。……でもこれはもう無理ね。身体に刻まれた術式に死ぬまで付き合っていくしかない」
ミーシャさんが、俺の上半身を睨むように観察する。当たり前の話だが、これは男として見ているわけではなく、魔法使いとしての学術的な観点だ。身体を見る彼女の表情は真剣そのもので、面白がっている様子は微塵もない。
「そうですね」
この施術を受ける際にも、生涯の付き合いになると念を押された。覚悟はできているはずだった。
「君、後悔している?」
それは幾度となく自分自身に投げかけてきた問いだ。だから、答えも決まっていた。
「はい。この施術をしてから半年もしないうちに」
身体に埋め込まれた術式により、俺は詠唱なしでシームレスに身体強化魔法を使えるようになった。それも、五感と五体のいずれか二か所の同時強化が可能だ。俺はこれを一点集中ならぬ『二点集中』と呼んでいる。
ちょっとした裏技で武器の強化も可能だが、デメリットが多く使いこなしているとは言いがたい。先日、妖樹を切り倒すことはできたので、一定の成果がないわけではないが。
だけど……それだけだ。それだけが俺の魔法の全てだ。それ以外の可能性はなく、一縷の発展性もない。
「ふうん、じゃあいいわ。ここで『後悔はしてない』なんて格好つけようものなら、この家から即座に追い出してたわね」
「ええ? ……えええ!? 今のそういう話だったの!?」
「うん。私は取り返しのつかない行為を美化する馬鹿が嫌いなの」
「マジかー」
ここで俺が『俺は俺の選んだ道に後悔なんてありはしない!』なんてドヤ気味に嘯こうものなら、追い出されていたのか。
実は誰かに泣き言を聞いてもらいたかっただけなんだけど、格好付けなくて本当によかった。
「もしそうなったとしても、リアはここに置いといてくださいよ」
俺が外で寒い思いをする分には我慢できるが、リアナには温かいところで寝かせたい。てか……この村はゴブリンに襲われているんだよね。ミーシャさんは俺を殺す気満々なのか?
「何言ってるの? そんなの当たり前じゃない。追い出すのは君だけよ。私は彼女と末永くこの家で暮らすわ。……ねー? リアちゃん?」
どうやらリアナの安全だけは確保されていたようだ。というか、ミーシャさんは本当にリアナに対して優しくなったな。こころなしか顔もデレデレしている。
しかも冗談かどうか定かではないが、生涯養う気だ。彼女にはちょっと前の自分の行動を思い出してもらいたいものだ。
うちの妹は外見だけなら超かわいいし、今の素直モードなら人受けも悪くないだろう。
それに、本当のリアナを知っているのは俺だけというちょっとした優越感もある。……言動の半分ぐらいは罵倒と暴力だぞ。フフフ、羨ましいだろう。
「ううん。お兄ちゃんといる」
リアナが席を立つと同時に俺の体にひしと抱きつく。……お、お兄ちゃん、いま上半身裸だから妹の乳房の感触がダイレクトに!
「空気を読めないお子様ですみません。妹にモテモテですみません」
普段のリアナは勿論として、このリアナも最高に可愛い。妹おっぱいの感触が堪らないな!
……あれ? 今、肉親としてとても最低な独白をした気がする。でも妹に懐かれて幸せだからいっか。
「うぐぐ……なんだか敗北感が凄いわね。そ、そうだわ! リアちゃんリアちゃん! とっておきのマカロン食べない?」
「いらない。お腹いっぱい」
リアナに一蹴されて、ミーシャさんが悔しそうにしている。これが演技なのか本気なのか、イマイチわからないな。それとも、これもまた彼女の素なのだろうか。
◇
それから少し経って、また地上から騒音が聞こえてきた。これはもしや、例のあれか。
「……また外から騒音が聞こえてきました。ゴブリンの襲撃だと思います」
さっきの襲撃から二時間も経っていない。……ああ、なるほど。あの時のミーシャさんの発言は、つまりそういうことなのか。
「だからさっきはゴブリンの死体を片付けなくてもいいと言ったんですか」
死体をあの場で片付けたとしても、また次のゴブリンの襲撃があるのなら、二度手間三度手間になりかねない。
「そそ。ちなみにこの襲撃は夜通し続くわよ」
「うへー、そりゃ酷い。つまり、ゴブリンによる波状攻撃か。小さい脳味噌でよく考えるなあ」
夜通しと聞いて、げんなりしてしまう。熊おじさんとミーシャさんの言葉が、本当の意味で理解できた。確かに、この村は『最悪の時』だ。
「だからもう村のみんなはまともに眠れてないしクタクタなの。あんなふうに気が立っても仕方がないわ」
あの怒号と罵声の数々は、気が立っているというか、もはや人としての理性を失っているとしか思えなかったが、あえてツッコまないでおこう。
「私はもう、君のことを疑わないわ。じゃあ行きましょうか? ゴブリン退治を手伝ってちょうだい」
ゴブリン迎撃は夕飯の腹ごなしに望むところだが、少し気になることもあった。
「いいんですか? さっきは俺を殴ろうとしてまで止めてたのに」
しかも顔面を。拳でだ。
「あれは、私の言いつけを守らなかったから頭に来ただけ。君の実力を疑っていたわけではないわ。それに、銀炎の弟くんだってわかったもの。お手並み拝見とさせて貰おうかしら」
「なんて理不尽な。それと俺と姉は何も関係ないです。姉さんの強さは姉さんだけのものです」
俺と姉を同列で語って欲しくはない。それが姉弟であっても、相手が相手なだけに比較される側としては堪ったもんじゃない。
「リアはここにいる?」
念の為に確認する。返ってくる答えはわかりきっているが。
「ううん。お兄ちゃんについてく」
うん、知ってたよ。俺に妹を死地に連れていく趣味はない。本当は縄で縛ってでも地下室で大人しくさせたいが、コイツは状況次第で何をしでかすかわからないので、それはできない。
「……えーっと、彼女は戦えるの?」
「いいえ、まったく。回復はそこそこ得意ですが、戦闘に関してはへっぽこです」
俺には、リアナの戦う姿なんて想像できない。それ以前に、かわいい妹に戦闘なんてして欲しくなかった。
「……銀炎の妹ちゃんで、彼女と同じ目を持つのに?」
……姉さんのことがどれだけ好きなんだ、この人。少しクドいぐらいに姉と俺たちを関連させるな。
あの人の実力は疑いようもないが、俺たちにとって姉は、ミーシャさんの想像する立派な人物ではない。もし姉さんが人格者なら、俺たちは国外へ逃亡せず、この村でゴブリンと戦うような事態に陥ってないのだ。
「ええ、クソ雑魚です。この村の子供と戦っても負けます。一分もしないうちに泣かされるでしょうね」
この旅で拳闘の才能が開花したが、恐らくアレは光栄なことに兄限定のものだろう。ん? 光栄?
「そ、そうなの。確かに魔力も大して感じなかったし……でも何だか不思議ね」
ミーシャさんはとんでもなく頭が回るから、これ以上話すと余計なことに気付きかねない。ここまでバレてしまったなら教えてもいいかもしれないが、わざわざ俺から言う必要もないだろう。
「さてと、雑談は程々にしませんか。俺は前線で戦いますが、妹は後方で待機させてください」
「わかったわ。リアちゃんには避難所の教会に居てもらいましょう」
よし、話はまとまった。それじゃ、ゴブリンゴブリン、久しぶりのゴブリン退治の時間だ。奴らと対峙した時の基本原則はもう頭と体に染み込まれている。それは『油断せずに執拗に』だ。
「よっし! やるぞー! おー!」
「お兄ちゃん、はだか」
「……あ、忘れてた」
危うく、上半身裸でゴブリンと対峙するところだった。ごちゃごちゃ言いながら、始まる前から油断していたぞ。
一張羅を着直して一階に上がると、秘密兵器のリッキーちゃんが変わらぬ様子で反芻をしていた。
この牛の一体何が秘密兵器なんだろう。この臭いには慣れそうもないが、目はくりくりしてて、結構かわいいじゃないか。これなら情が沸くのもわかる。
「お前のお母さん、美味しかったぞ……」
そんなリッキーちゃんを見ていたら、つい異常者のような言葉が出てしまった。あの後、ステーキは残さずにペロリといただいた。最後の一切れまでしっかりとジューシーで美味しかった。
どんな事情を抱えてたとしても、美味いものは美味い。そこはちゃんと割り切ろう。でも、なぜだろうか、ホロリと涙が出そうになる。
「……ごちそうさま」
俺の隣で、リアナが両手を合わせて祈るようなポーズをリッキーに向けている。……なんだろう。
「ごちそうさまでした。美味しかったわ」
ミーシャさんも同様のポーズをしている。……なんだろう。これから俺の知らない儀式でも始まるのか?
というか、二人はいつの間に仲良くなったんだ。共謀……というか、示し合わす時間もなかったはずだが。
「……それ、俺も同じことをやった方いいんですか?」
「えっ? もしかして君は『フソウ誌』を読んでないの? ……信じられないわね、はぁ」
呆れ顔に加えて、わざとらしい溜息まで吐かれた。えっ……これ、喧嘩売られている?
「……妹に勧められて読むには読みましたけど、もう一年以上前なんで。土下座と輪廻転生についてはよく覚えています。他の細かいところまでは、ちょっと」
本当は東洋のえっちな情報はバッチリ読みました。何かと妄想が広がりました。
「はぁ……」
リーシャさんに調子を合わせたように、妹にまで呆れられてしまった。これにはお兄ちゃんも大ダメージ。
「ああ、本当に嘆かわしいわね。いいから、君も手を合わせなさい!」
これ以上食い下がっても話が進まないので、ミーシャさんに従っておこう。一体、俺を何に巻き込むつもりなんだ。
「……こんなことをしてて、ゴブリンは大丈夫なんですか?」
「私の村を舐めないでくれる? 私がいなくてもゴブリンの十匹や二十匹なんでもないわよ」
「わお」
強い。村人が強い。ここ、本当に蛮族の村じゃないだろうか。……そのうち村の入口にゴブリンの串刺し死体が並ぶようになったらどうしよう。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさま」
「ごちそうさまでした……?」
ミーシャさんに合わせて、俺も同じ言葉を繰り返す。生きた仔牛に向かって、手のひらを合わすという怪しい三人組の爆誕だ。いやもう、なんだこれ。