逃亡生活 七日目 朝
オルティゼル王国 山岳地帯の村 カソ
村の中央広場にて
長い夜が終わり、東の空が白みはじめた頃、ようやくゴブリンの襲撃が収まった。
「つ、疲れた……」
この一夜だけで俺はどれだけゴブリンを殺したのだろうか。最初のうちは律儀に数えていたが、夜半に差しかかる頃にはそれも億劫になっていた。
まさか、本当に朝まで波状攻撃が続くとは思わなかった。村全体で見れば、この一夜で百体前後のゴブリンを殺している。
複数の荷車にゴブリンの死体が山のように積まれており、目を覆いたくなる惨状だ。そして、この臭い。ゴブリンの体臭と飛び出た臓物によって、とんでもない悪臭を放っている。
もしこのタイミングで村を訪れたなら、俺はリアナを背負って、脇目も振らずに逃げ出していた。それほど惨憺たる有様だった。
「…………」
服に臭いが染み付いていないか確認してみたが、自分ではよくわからない。だからと言って、リアナに確認してもらうのも怖い。
もしも「兄さん、臭いです。ただちに死んでください」とでも言われようものなら、俺は立ち直れる気がしない。普段の理不尽な毒舌には耐えられるが、それが体臭になると話は別だ。あ……なんだか想像しただけで涙が出そうになってきた。
そんな事情もあって、先日洗濯した服が返り血で汚れるのが嫌だったので、戦闘では急所だけを狙い続けた。
俺の身体強化魔法である『二点強化』は、『眼』と『脚』で運用。これさえ強化しておけば、ゴブリンだろうがオークだろうが、大抵の相手は何とでもなる。
眼の強化で相手の動きが遅く見え、脚の強化で誰よりも速く動ける。急所への一撃で倒せる相手には、この戦法が特に効果的だ。
武器を使いこなす技術もなく、ただ棍棒を振り回すだけのゴブリン相手では、剣戟を交わすまでもない。ただひたすら、すれ違いざまにゴブリンの動脈を刈り取った。
そのせいで、姉からもらったマチェットは血と脂でベトベトだ。後で切れ味が落ちないように手入れをしなければ。
「お疲れさま。さすが銀炎の弟くんだけあるわ。強いのね、感心しちゃったわ」
「ミーシャさんもお疲れさまです……」
遊撃手として村中を駆けずり回っていた俺と違い、ミーシャさんは大して疲れていないように見える。
彼女は、俺のように強化魔法を全力で展開するような不格好な戦い方はしない。とにかく、手の抜き方……いや、加減の仕方が巧みだった。
向こう見ずのゴブリン相手に派手な攻性魔法なんて必要ない。ミーシャさんは奴らの襲来を察知すると、まず光源魔法で村全体を明るく照らした。視覚以上に嗅覚を頼りにするゴブリンが相手では、夜戦だとこちらが不利になる。
特に今回のような防衛戦では、守る側が攻める側以上の優位性を持つことが絶対条件だ。
彼女は光源魔法で視界を確保すると、小さな氷の杭を次々と作り出し、正確にゴブリンの急所を撃ち抜いていった。
派手さがない堅実な戦い方であるため、隙が生じず、魔力も体力も必要以上に消耗しない。さらに、氷の魔法で傷口を凍結させることで、余計な血も撒き散らさずに済む。
彼女は、この村で誰よりもゴブリンを綺麗に、効率よく、そして確実に仕留めていただろう。
「お兄ちゃん、ねむい……」
リアナもフラフラだ。眠気で正常に立っていられない。
「もう少しだけ我慢しようね。そしたら寝ようか」
「ん。お兄ちゃんといっしょに寝る……」
繋いだ俺の手をギュッと握る。かわいい。
「リアちゃんも大活躍だったわね。あなたのおかげで私の負担がかなり減ったわ。……これはもう私の家に永住するしかないわね」
「んー。ふつーにいや」
あ、リアナの容赦ない一言にまたもやショックを受ける。本来なら妹を諫めて彼女のフォローをすべきなのだが、俺もこんな村に住むのはごめんだった。この村の名前はなんだっけ、ゴブリン村?
ミーシャさんの言う通り、今回のゴブリン襲撃で一番活躍したのはリアナだったかもしれない。俺とミーシャさんは屈強な村人たちに混じってゴブリンを倒していただけだったが、リアナにはリアナにしかできない役割があった。それは言うまでもなく、回復魔法による治療だ。
今回の襲撃では、幸いにも死者や大きな怪我人は出なかった。
しかし、ゴブリンによる波状攻撃は、集中力の低下を招く。長い夜、いつ襲い掛かってくるかわからない敵に対し、気を張り続けるのは難しい。時間が経つにつれて集中力を維持するのが困難になり、負傷者が増えてしまう。
回復魔法を使えるリアナは、そんな負傷者の治療に専念していた。襲撃のインターバルと呼べる時間ですら、彼女は治療を続けていたため、片時も休む暇がなかっただろう。
リアナが村人に掛けた言葉は「おわった」と「次」の二つだけ。いわゆる流れ作業のように、淡々と負傷者を処理……いや、処置していった。
何度だって言わせてもらうが、うちの妹は大変な器量良しだ。そんな塩対応でも、村の若い男たちの反応は上々だった模様。
「リアが他の人に魔法を使えるようになって、本当によかったよ」
何日か前、国境近くの森で意識のないノーマンさんの治療をしていた時、リアナはプレッシャーで過呼吸寸前に陥っていた。それがたった数日で、こんなに成長を見せてくれるとは、お兄ちゃんとしても鼻が高い。
「うん、もうヨユー」
生意気にも胸を張ってピースサインをする。無表情のため、少しシュールな姿だった。
「え、なになに? どうかしたの?」
「お、聞きたいですか? 聞きたいですよね! ミーシャさんには特別に教えてあげますよ。……ちょっと前に、国境近くの森で狼に噛まれた人がいたんですけど」
リアナが初めて人の役に立った日だ。俺は、あの時のことを生涯忘れないだろう。そしていつか、彼女の輝かしい半生を伝記にして残したい。
「お兄ちゃん……恥ずかしい……」
握っていた手を引っ張られ、恥ずかしいからやめてほしいと懇願された。仕草の一つ一つが可愛いな、もう。普段なら鉄拳の一つでも飛んでくるところだが、今のリアナは別人のように対応が違う。どうしてしまったんだろう。
「今の話は聞かなかったことにしてください。何もかも忘れてください」
世界一可愛い妹の自慢をしたかったが、その可愛くて仕方がない妹が止めるのだ。やむを得まい。
「へ? うーん、ちょっと気になるけど、まあいいわ。……じゃあ君たちは私の家で寝なさい。昨日言ったとおりに二階の部屋よ」
「ミーシャさんはどうするんですか? まだ帰らないんです?」
「私はみんなと後始末するわ。村をこのままにしておくわけにはいかないからね……」
ミーシャさんが露骨にげんなりしている。やっぱりアレのことだろうか。
「後始末と言うと、このゴブリンの死体の山のことですかね……?」
ゴブリンの死体が積まれた荷車は視界の端にチラチラと映っていたが、意識的に見ないようにしていた。
醜悪な化け物がどれだけ死んでも、俺の良心はチクリとも痛まないが、人型の死体であることには変わりない。それがうず高く積まれている光景は、見ていて気分のいいものではなかった。
「ええ、村から離れた場所で焼いてから、埋めるようにしているわ。その後の防臭防虫作業を含めると……うーんそうね、昼過ぎまでには終わってくれたらいいんだけど」
「……それって手伝った方がいいですかね?」
本音を言えば、絶対にやりたくない。悪臭が凄まじいゴブリンの死体なんて見るのもイヤだし、触るのもイヤだ。だが、俺ももう大人と言っても差し支えない年齢だ。時には世間体のために嫌な仕事でも進んでやる必要がある。
「……お兄ちゃん、寝ないの? いやだよ?」
そんな俺の大人の事情を知らないリアナが、俺の手を強く握って寝ようと催促している。
あー、素直モードのリアナがぐずりかけている。いつもの飴があればいいのだが、今はあいにく品切れだ。というか、森でベリンダちゃん親子に配ってから仕入れていない。どこかの町で早急に買ってこないと。
ちなみに、この飴に関しては絶対にケチってはいけない。安い飴だとリアナの機嫌が悪くなるのは過去に証明済みだ。だから、高級で美味しい飴は、この旅における必要経費だった。
「……君は、リアちゃんと一緒に休みなさい。村の人でもないのに、そこまでさせられないわよ。こんな馬鹿騒ぎに朝まで付き合ってもらっただけで十分。本当にお疲れさま」
「そうですか……。では、心苦しいですが、お言葉に甘えさせていただきます」
リアナのおかげでこの場を離れる大義名分ができた。正直ホッとしている自分がいる。我ながら実に薄情な男だった。
「あっ、いまホッとしたでしょ」
「人の心を読まないでください」
◇
「お、アンタたちか、化け物退治を手伝ってくれて助かったぜ。おかげさまで大きな怪我人を一人も出さずに済んだからな」
リアナを連れてミーシャさんの家へ向かう帰り道。この村で初めて会った熊おじさんが、俺たちに労いの言葉をかけてくれた。
俺の中ではすっかり熊おじさんとして定着しているが、確か名前はブラッドさんだったか。彼は今回のゴブリン襲撃の際で、圧倒的な強さを見せつけた。殺した数で言えば、村で三番目だろう。
ブラッドさんの槍捌きは目を見張る鋭さがあった。使い慣れた動きだったので、彼の過去が少しだけ気になる。
そんなゴブリンキルカウントの一位は、俺かミーシャさんのどちらかだ。二人だけで、襲撃してきたゴブリンの半数近くを殺した。ただ、俺たちは魔法が使えるので、彼らからしたらズルをしたようなものかもしれない。
「ブラッドさんもお疲れ様です。……これまでゴブリンの犠牲者はいたんですか?」
あ、やべ。やってしまった……。疲労と寝不足で朦朧としているせいか、とんでもなく失礼な質問をしてしまった。もし本当に犠牲者がいるなら、二人とも気まずくなるだけだ。自分の思慮の無さに辟易する。
「いや、一人もいないぞ? ああ、でもいると言えばいるのか……」
「……というと? 何か別にあったんですか?」
またやってしまった。どうして俺はこうも好奇心を優先してしまうんだ。
「家畜がな、やられるんだわ。……アイツらの家畜に対する執着は凄いぞ。人間よりも優先的に襲いやがる」
ブラッドさんの言う通り、ゴブリンは家畜小屋を中心に狙っていた。そのおかげで守る場所の傾向をある程度絞ることができた。もしこれが避難場所を中心に狙っていたら、万が一のことが起きていたかもしれない。
「でも、それはちょっとわかる気がしますね」
「お、なんだ? 兄ちゃんはゴブリンなんかの気持ちがわかるのか?」
俺は魔物行動学の学者様でもないし、そもそもゴブリンの気持ちなんてわかりたくもない。これはもっと本能的……いや、趣味嗜好の話だ。
「簡単な話です。雑食で筋ばかりの人間よりも、豚や牛の方が食いでがあって、何より美味しいですからね」
「フハハ、確かにな! 俺もゴブリンだったら、人間よりもそっちを狙うわ。もしかしたら、アイツらは俺たちよりも舌が肥えているかもしれん。……本当に頭に来る化け物どもだ!」
男二人で、ガハハと豪快に笑い合う。その間、リアナは完全に置いてけぼりだ。
この手の話はグロテスクで多少不謹慎だが、関心がないと言えば嘘になる。いや、むしろ好ましい話題と言ってもいいかもしれない。男というのは、情けないことに何歳になってもそういう生き物だ。
「お兄ちゃーん、もう寝ようよー」
リアナに服の裾を思いっきり引っ張られた。お兄ちゃんの一張羅が伸びるからやめてほしい。
ブラッドさんと無駄話をしていたら、完全にぐずってしまった。素直モードの彼女をここまでぐずらせるなんて、なんて駄目なお兄ちゃんだ。
「おっと、お嬢ちゃんがお疲れだったか。すまんすまん。嬢ちゃんはずっと教会で気張ってくれたもんな」
中央広場にある教会は、ゴブリン襲撃に備えて急場の避難所として使われていた。リアナはそこで負傷者の手当てをしていたのだ。
なるべく一緒にいたかったが、今回はさすがにそういうわけにはいかない。それでも、妹が失敗せずに上手くやれたのは、村長代理のミーシャさんがリアナの役割を村の人々にきちんと説明してくれたおかげだろう。
「そういやなんだが……傷を治してもらった若い連中が嬢ちゃんに惚れちまったらしいぞ。くく、なんだなんだモテモテじゃないか! もし嬢ちゃんのお眼鏡にかなう奴がいたら、俺にコッソリ教えてくれよな!」
彼はリアナの肩をポンポンと叩き、中央広場の方へ向かっていった。
「はい、お疲れさまでした……?」
んー? ええ? リアナがモテモテ……!? 最後にとんでもないことを言われてしまったぞ……。なんだその……ブラッドさんの冗談の類だと思うし、何も聞かなかったことにしよう。忘れよう、忘れてしまおう。
「肩触られた……」
そのモテモテ(仮)の妹は、今の問題発言より肩を叩かれたことにビックリしている。……関心があるんだかないんだか。
◇
ブラッドさんと別れた場所から少し歩けば、ミーシャさんの家がある。エントランスを開けると、牧草をもぐもぐしながらリッキーちゃんが出迎えてくれた。
「…………」
それを極力見ないようにして、すぐに二階へと上がる。そういえば……牛の臭いがあまり気にならなくなったな。ゴブリンの悪臭を一晩中嗅ぎ続けた影響だろうか。俺もいよいよこの村に毒されてしまったのかもしれない。
いや、まだ村には一晩しかお世話になっていないけど。そもそも村人よりゴブリンと接していた時間の方が長いけど。
「ふー」
他人の家だが、ようやく落ち着ける場所に着き、溜まっていた疲労がどっと押し寄せてきた。疲れてはいるが、お腹はそこまで減っていない。
ゴブリン襲撃の合間に、村のご婦人方が簡単な料理を振る舞ってくれた。ミーシャさんの料理に比べれば数段劣るものの、各家で焼いたパンや塩気の効いたそら豆のスープは、疲れた体に染みる美味しさだった。
二階の部屋には、彼女の言う通り二台一組のベッドがあった。大きめのサイズで、これなら気持ちよく眠れそうだ。このベッドはミーシャさんの亡くなったご両親のものらしいので、大切に使わせてもらおう。
「疲れました。疲れ果てました」
リアナが目の前のベッドにうつ伏せに倒れ込むと、耳馴染みのある適当な敬語で独りごちた。
やはり、あの素直モードは俺以外の誰かといる時用に使い分けているのだろう。同じ無表情ではあるが、心なしか顔つきが違う。素直モードのリアナは少し幼い顔をしている。
「おや。リアちゃん、お久しぶり」
「……何を言ってるんですか。あなたはついに数秒前のことすら忘れるようになったのですか? 脳に重篤な疾患でもあるんですか?」
このケレン味の効いた悪態を聞くと、やっぱりリアナらしいなと思う。変な話だが、少しだけニヤついてしまった。
「いや、だってね。その数秒前のリアと今のリアは別人だもの」
「……まったく、ニヨニヨして何を言っているんですかね。どんな私だろうと、私は私です。違いはありません。さ、アホなことを言ってないで寝ますよ。それとも永眠させましょうか?」
「うん、それでこそ俺の知っている妹だ。……おかえり、リアナ」
いつもの愛称ではなく、言い慣れた彼女の名前で呼ぶ。
このリアナと素直モードのリアナを比べるものではないと分かっているが、どうしてもこちらの方が馴染み深い。でも、今のは嫌味っぽく聞こえてしまったかな。少し反省。
「ふぅん……そう、なんですね」
「リアナ?」
「……お気になさらず。こちらの話です」
リアナの妙に謙虚な態度に、少し気まずくなったが、特段やることもないので俺もベッドに横になる。
見た目よりも柔らかくて高級感のあるベッドだったが、それでも少し埃っぽい匂いがした。元の持ち主が亡くなってしまったことを実感してしまう。
俺たちは予定外の来客だから、ミーシャさんがそこまで手が回らなくても文句など言えるはずもない。
「……ところで、寝る前に聞きたいんですけど、どうして私たちは目的地にも向かわずにこんなことをしているんですか?」
「うーん……どうしてだろう? ……成り行き?」
言われてみれば確かにそうだ。どうして俺たちは外国の過疎化した村で、ゴブリン退治をしているのだろうか。謎だ。
だけど、どう考えても成り行きとしか言いようがない。昨夜、二つ返事でゴブリン退治を手伝うと了承してしまったのが、すべての過ちだった気がする。
ミーシャさんのノリがあまりにも軽かったから、すぐに終わると思っていた。まさか、ゴブリンの襲撃数が増えるどころか、攻めてくるスパンまで短くなるとは思わなかった。
まあ根本の原因は、俺が古い地図に気付かず道を間違えたことなんだけど、そこはそれ。気づかないフリをしよう。
「あーもう! 兄さんはお馬鹿ですね! おりゃあ!」
「ぐええ!」
リアナが勢いよく立ち上がったかと思うと、寝ている俺に向かってフライングボディプレスを仕掛けてきた。俺も大げさに悲鳴を上げてみたが、彼女の小さな体では、痛くもなければ苦しくもない。
それに、リアナも怒っているというより、ふざけている感じだった。今も俺に自分の体の匂いを擦り付けるように身じろぎしている。まるで自分の所有物だとマーキングする動物みたいだ。
「ちょっと、重いからどいでほしいんだけど……」
実際はそこまで重くない。それよりも無性に照れくさい。女の子特有の柔らかい感触……それとどこか懐かしい甘い香りがする。この妹の匂いに比べたら、一階のリッキーはやっぱり臭い。悪臭だ。あんなものには一生慣れない。
「ダメでーす。昨日からの諸々の罰として、今日はこのまま一緒に寝まーす。あ、それと兄さんには思う存分、私を撫でさせてあげますね」
そう言って、リアナは俺の毛布の中にへと潜り込んでくる。
「罰って。あ……おい。なにやってるんだ」
そして、同じベッドの上で顔を突き合わせる形になってしまう。三年前に彼女の世話をするようになってから、こんなこと一度だってなかった。
泉の森で一夜を明かした時にリアナを湯たんぽ代わりにしたから、その時の意趣返しかもしれない。
「えへへ、兄さんのお顔がとっても近いです。あ、少しだけお髭が伸びちゃってますね」
「……あ、ああ、昨日から剃ってないからね」
互いの息がかかるくらいの距離。こんな近くに妹の顔がある。目鼻立ちが整っていて、可愛さと美しさが混在した顔だ。……子供から大人になるための準備期間とでも言うのだろうか。
十五歳を迎えたばかりのリアナには、そんな不思議なバランスを感じさせる魅力があった。独特の虹彩を宿した紅玉の瞳は、ずっと見ていても飽きないほど美しい。
……ついさっきも思ったが、この妹、すっごい良い匂いがする。普段髪に付けている香油とは違う、独特な甘い匂いだ。こんなの全然罰じゃないんだけど。いや、別の意味で罰かもしれないけど。うむむ。
森の一夜では緊急性があったためそうでもなかったが、今の俺は妹を変に意識しすぎている。妹を大切にする模範的なお兄ちゃんとして日々心がけているのに、これは良くない兆候だ。
「ささ、兄さん。撫でて撫でて」
そんな兄の複雑な心境などお構いなしに、リアナは頭を撫でることを強要する。こういうところは、本当に小さな子供と変わらない。それとも末っ子気質と言うべきか。
「ほら、仕方がないな……」
照れ隠しにわちゃわちゃと撫でようかと思ったが、寝る前に興奮させるのもよくないので、ゆっくりと髪を梳くように撫でてやった。
「むふー、むふふー。とっても気持ちいいです。最高ですね」
「お気に召していただいたようで何よりです、お姫さま」
「むふふ……苦しゅうない。苦しゅうないです」
どうやらこれで正解だったようだ。捻くれ者のリアナにしては珍しく素直な感想を述べている。
そうやってしばらくの間、頭を撫でていると、口数が徐々に減っていった。一晩にも及ぶ治癒魔法の行使は、さすがのリアナといえども負担が大きかったのかもしれない。
「兄さん……ずっと、ずぅーと……いっしょにいてくださいね……」
リアナはそれだけ言うと、寝息を立てた。眠りについたのを見て、撫でる手を止めようかと思ったが、もう少しだけこうしていようと思った。なんだかそうしたい気分だった。
「うん。俺たちはずっと一緒だ」
こうしてリアナの……妹の寝顔を見ていると、胸に情動が灯される。決して不快ではない、そんな情動。
「ああ、そうか。そうなんだな」
俺は、決意を新たにする。俺の残りの人生すべてはリアナのためにある。一秒でも長く姉さんの手から逃げるためなら、俺はなんだってしてみせるだろう。