いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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30.二つの依頼

「……えっと。確認するけど、君たちって兄妹なんだよね?」

「はい、そうですけど。それが何か?」

 

ミーシャさんが、そろりそろりと二階に上がる気配を感じ、俺は目を覚ました。部屋に入ろうとする彼女の存在には気付いていたが、身動きは取らなかった。いや、取れなかったと言うべきか。

 

「……ふにゃ……すや……」

 

どちらにしても、俺を抱き枕にして気持ちよさそうに寝ている妹を、誰かが来たからといって、引き剥がせるわけないだろう!

そんなわけで、ミーシャさんに兄妹で同じベッドで寝ているところをばっちり目撃されてしまった。別にやましいことはないのだが、それでもやましく感じてしまうのは何故なのか?

 

「うん……ならいいんだけど。……あの、うん。……これから昼食作るけど、食べる? それと、お風呂も沸かしたけど……」

「はい! どちらもいただきますとも!」

 

普段は歯に衣着せないミーシャさんが、いつになく歯切れが悪い。ここまで困惑している彼女を見るのは初めてだ。少なくとも、昨日俺の体に刻まれた術式を見た時よりも困惑している。

俺は言い訳が通じない状況に開き直り、いつも以上に強気になっていた。これが、失うものがない男の強さというものだ。

 

「そうね……貴族って、大昔はそういう行為が慣習化してたって聞くし……私たちのような庶民とは根本的に考え方が……」

「いや、そんなフォローしなくていいです! 俺とリアナはそういうのじゃないですから! それにうちの一族は今も昔も健全ですから!」

 

そんな強気の仮面は瞬く間に砕け散ってしまった。弱いお兄ちゃんだった。

というか、ドン引きしながらも、理解のある大人の対応で済ませようとするのは何なんだ。いっそのこと、罵ってほしい。

 

「じゃあ……どうぞごゆっくり。ええ、そうね、急がなくてもいいからね……オホホホ」

 

「後始末なんかもあるだろうし」と聞き捨てならない言葉を残すと、ミーシャさんはドアをゆっくりと閉め、その場を後にした。

 

「いや、だから違うんです! 俺たちは、その、仲良し兄妹ではありますが……!」

 

届きもしない弁明は虚しく響き、二階の寝室には兄と妹と静寂だけが残された。

……こ、これはとんでもない誤解をされてしまったぞ。もしかして、ミーシャさんは思い込みが激しい人なのか?

 

「……兄さん、さっきからうるさいです。ふわあ……。私の睡眠を妨げると目蓋を引きちぎりますよ……?」

「リアちゃんもガチで怖いこと言うのやめてくれる!? 寝起きで思いつく発想じゃないよそれ!?」

 

 

その後、必死の弁解の結果、どうにかミーシャさんには普通の兄妹であると信じてもらえた。と思う。弁解中、ずっとニヤニヤしていたのを見ると、この人は相当底意地が悪いに違いない。

 

 

 

 

 

 

ミーシャさんが沸かしてくれた風呂にリアナを先に入れ、俺も続けて入る。風呂場は一階にあり、リッキーの臭いが若干気になったものの、昨日今日の汗を流すことができた。なんでも、浴槽に張ったお湯もまたミーシャさんの魔法によるものらしい。彼女は一家に一人は欲しい万能さだ。

 

今は地下にあるミーシャさんの化粧台を使わせてもらって、リアナの身なりを整えている。髪を梳かし、香油を付け、分けてもらった化粧水を塗ってやるなど、今日はフルコースだ。一通りの道具を貸してもらえたので、いつも以上にやりがいがある。

 

「んむー」

 

リアナも気持ちいいのか、変な唸り声を出しており、俺もつい嬉しくなってしまう。彼女の身支度を整えるのは、この旅でも可能な限り続けている昔からの習慣だ。もう、この黒くてサラサラな髪に毎日触れないと落ち着かなくなってしまった。

そんな俺たちをミーシャさんはさっきから怪しい目で見ている。下世話な好奇心に満ちた視線がチクチクと刺さり、気になって仕方がない。

 

「……俺たちは本当に何でもない普通の兄妹ですからね」

「ええ、わかっているわ。わかってるんだけど、一度そういう目で見ちゃうとね……ふふ」

 

彼女は俺たちを本気でそういう目で見ているわけではなく、ただ単に面白がっているだけだ。この村は娯楽がほとんどなさそうなので、こうして他人をからかって遊んでいるかもしれない。

それでも、俺とリアナの関係は何かと複雑であるため、そうやって玩具にされるのは面白くない。

 

「はあ、もういいです。好きに想像してくださいよ。……よし、今日も美人なリアちゃんの完成だ」

 

身支度を終えたリアナは、ミーシャさんの蔵書から一冊の本を選んで勝手に読み始めた。タイトルまでは確認できなかったが、何やら分厚くて難しそうな本だ。……魔法関連の学術書の類だろうか。

その手の専門性の高い本を読む趣味はなかったはずだが、本人の好きにさせておくことにした。俺がとやかく言えるような問題でもないし、こうなってしまえば梃子でも動かない。

 

「……そういえば、ミーシャさんはあれから眠れたんですか?」

 

夜明けから昼過ぎまでぐーすか寝ていた俺たちとは違い、ミーシャさんはゴブリン襲撃の後始末をしていた。睡眠を取る時間があったとは思えない。

 

「……ゴブリンの死体の処理が終わった後、お風呂の中で微睡んだから大丈夫よ」

「いや、全然大丈夫じゃないです。それ、死ぬやつです。次からはやめてください」

 

入浴中の睡眠は大変危険な行為なのでやめましょう。

 

昼食を済ませて、今は午後二時。……微睡むってどれくらいの睡眠時間を指すんだ? 半日ほど掛かるゴブリンの死体処理を考えると、ほとんど寝ていないのと同じじゃないか。

 

「……このゴブリン襲撃っていつから続いているんですか?」

「今日で四日目になるわね」

 

もしかして、この四日間、毎晩百匹前後のゴブリンに襲われているのか?

村の人によると、毎回同じくらいのゴブリンが村に現れると言っていた。つまり、四日間だと四百匹近くのゴブリンと戦っている。

それだけの数を相手にしても、ミーシャさんと村人たちの辣腕のおかげで、今のところ一人の犠牲者も出ていない。これは既に偉業と呼んでも差し支えない成果だった。心の底から感服してしまう。

 

「…………」

 

だけど、それも時間の問題だろう。今日までと変わらないペースでゴブリンの襲撃が続けば、近い将来……いや、明日か明後日には崩壊する。

使い捨てられるゴブリンとは違って、村の人たちは替えがきかないし、気力体力にも限界がある。だから、そうなる前に何か手を打たなければならない。

 

「外部から救援は呼べないんですか?」

「……こんな山の中の小さな村なんて、助けてくれるところはどこにもないわよ。傭兵を雇うようなお金もないしね」

 

薄々勘付いてはいたが、過疎化が進んだ山村の残酷な現実をハッキリと突きつけられてしまった。

 

「もし来られるとしてもどれぐらい時間が掛かるのかしら? ……領主様に拝謁、陳情、評定会議、予算の編成、兵を召集、いざや出陣ってとこ? その間にこの村なら三回は滅んでるわね」

 

ここは山岳地帯の村だ。峠を越えなければならない。基本的に牛歩である兵士の行軍では何日も掛かる。

 

「ここは何代も前から木材産業で生計を立ててきた村だけど、流行病で人口が一気に減っちゃってね。外部から人が入らないと、ゴブリンの襲撃がなくてもいずれは滅びる運命だわ。……一部ではもうすぐ戦争が始まるなんて話もあるし、この村に出せる兵は一人たりともいないでしょうね」

 

その戦争というのは当然うちの国との問題だ。しばらく新聞を読んでいないが、両国間の緊張具合はどうなっているんだろうか。

それと、村の人たちの武器が妙に斧が多い理由もわかった。ここは木こりの村だったのだ。どうりで屈強な男たちが多いわけだ。

 

「私が錬金術をやっているのも、その流行病が理由なのよ。どうにかして、村のみんなを助けたい一心で、勉強のために大学に行ったの。みんなからは『この村きっての才女だ!』なんて煽ててくれてね、ふふ。学費なんかも出し合ってくれたわ」

 

俺たちの目的地である首都サカラ、そこにある王立大学のことだろう。確かに魔法と錬金術を学べる研究機関だったと記憶しているが、まさかミーシャさんは両方とも専攻していたのか。普通ではありえない話だが、彼女の頭の良さならそれも納得できてしまう。

俺から言わせれば、ミーシャさんの才能と能力は『この村きっての』なんて狭い枠で収まるレベルじゃない。

 

「……でも結局、私は自分の両親すら助けられなかった。そして皮肉なことに、流行病は両親の死を最後にぱったりと収まったわ。だから私は、両親の死すら看取れなかった罪滅ぼしに、この村で骨を埋める覚悟でいるの」

 

ミーシャさんから村の事情を聞くと、つい同情しそうになってしまう。ゴブリン襲撃の件を抜きにしても、村にはいくつもの問題が山積していた。この村は、ゴブリンの問題以前に遅かれ早かれ詰んでいたのだろう。

本当に気の毒だと思う。だけど、それだけでしかない。この村を見捨ててサカラに向かうのは、あまりに目覚めが良くない行為だ。それでも俺は、リアナを守ることを最優先に行動しなければならない。今は、ゴブリンの脅威から逃れるために、これ以上この村に滞在するわけにはいかなかった。

 

「事情はわかりましたけど、俺たちにはもうこの村でできることはないと思います」

 

なけなしの良心がじくじくと痛む。だが、この程度の痛みなら、リアナを失うことに比べたらなんでもない。

 

「これから俺たちは村を出て、次の町に向かいます。美味しい食事と温かい寝床を提供していただいて、ありがとうございました」

 

彼女には、ゴブリンの迎撃と村人の治療という二点で貢献した。一泊のお礼にしては、お釣りが来る成果だろう。

 

「うん……でもね、君たちには後二日だけここにいて欲しいと思うの」

「ええと……そうは言われても」

 

俺たちがこの村にそこまでする義理はない。ミーシャさんも村の人たちも掛け値なしでいい人ばかりだし、今の進退窮まった状況も理解できる。だが、そんな同情心だけで妹の命を懸けられるほど、俺は人間ができていなかった。

国境の町で起きたベリンダちゃん親子の失踪の件でも、あんな大樹の化け物がいると事前に知っていたら、俺は妹を連れて町を離れていただろう。

 

「そうね……私も無茶なことを言っていると思う。だから君たちには報酬を約束する」

「……お金ですか?」

 

当面の路銀を工面してくれるのなら、二日間だけ手を貸すのもやぶさかではない。いつ犠牲者が出てもおかしくない状況だ。最低でもそれに見合うだけの報酬をもらわないとやっていけない。

 

「お金は……ちょっとごめんなさい。さっきも言った通り、そんなに裕福な村ではないの。だけど報酬として用意するものはお金以上に価値があるものだと思う」

「お金以上に価値のあるもの? 俺はお金を自分の命の次に大事なものとして認識していますけど?」

 

当たり前だが、そんなのは嘘だ。リアナよりも大切なものは、この世界の全てをひっくり返そうが存在しない。

 

「君も意外と言うわね。そんなこと、ちっとも思ってない癖に。……私からの報酬は、君たちの旅に絶対に役立つわ。だって『リアナ』ちゃんの安全に関係していることだもの」

 

他人の口から妹の名前が出て、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「リアナ……。あなたは最初から妹の名前を知ってたんですか?」

「いいえ。でも私の前で二回もその名前で呼んでたわよ。偽名として使うつもりなら、少しは気をつけなさいね。……追われているんでしょう? 銀炎に」

 

ああ、これは至極単純な話。ミーシャさんの観察力と洞察力が、それだけ優れている証拠だ。これまでの俺の反応を見れば、直接的には言わなくても、俺たちが姉に追われていると察したのだろう。

だけど、どうしてこのタイミングで、それを言う必要がある? 俺たちへのワイルドカードとも言える手札を切る必要があった?

 

考えられる理由は、一つしかなかった。

 

「……まさか、俺たちを姉さんに売るつもりですか?」

「うーん、それはホントに心外ね。私は銀炎のファンではあるけど、お友達ではないもの。お友達の君たちを売るような真似はしないわ」

「…………」

 

ミーシャさんの一連の発言にどんな意図があるのか。俺たちがこのまま村を出ていって別の町へ向かうならば、俺たちとミーシャさんはもう『お友達』ではないと暗に釘を刺している……?

その想像が正しければ、彼女の行動は完全に脅し……つまりは脅迫だ。だが、脅迫かどうか、その真意を測る術を俺は持っていなかった。悔しいが、これ以上は手詰まりだ。

 

「……わかりました。『お友達』として、その依頼を受けします。報酬の中身を教えてもらってもいいですか?」

 

素直に白旗を掲げた。いいように使われるのは癪だったが、彼女の心が読めない以上、これしか方法がない。村から出ることで、俺たちの所在が姉に知られる可能性が少しでもあるのなら、ゴブリン相手のほうがはるかにマシだ。

 

「……悪いけどまだ言えないわね。全てが片付いた時の成功報酬として約束しましょう」

「! ……ふざけないでください。それはいくらなんでもずるいですよ」

 

俺たちが手伝うと約束をした以上、報酬を教えるのはミーシャさんのルールに沿うものだ。それなのに報酬が何なのか教えてくれないのは、こちらのモチベーションに影響を及ぼすだけでなく、信頼さえも裏切る行為に等しい。

 

「私もそう思う。でもこれだけは約束する。私の渡す報酬はこの村に立ち寄って本当に良かったと思うようなものだもの。だから事前に知られたくないの」

「つまり、事前に報酬の中身を知ったら俺が家探しをして、報酬を持ち逃げするかもしれないってことですか。『お友達』にしては結構な扱いですね」

「……今の言葉をどう捉えるかは『お友達』の君の自由だわ」

 

いくらなんでも見くびられたものだ。俺は信用なら裏切るかもしれないが、信頼までは裏切らない。

……ミーシャさんは酷く沈痛な面持ちをしている。これまで接してきた彼女の人となりを考えると、これが本当の顔なのだろう。

 

「……わかりました。でも、俺たちがこの村に滞在するのはあと二日だけですからね。それ以上は……って、あれ? そうすると二日で全ての片が付くってことですか?」

 

ミーシャさんが俺たちに提示した条件は『二日間だけ手伝ってほしい』と『全てが片付いた時に報酬を渡す』の二つ。その二つを照らし合わせると『このゴブリン襲撃があと二日で片付く』という意味だ。

 

「ふふ、良いところに気付いたわね。君の言う通りよ。……そしてその時に秘密兵器のリッキーの出番なの!!」

「なんだってー!? リッキーちゃんは対ゴブリン用の秘密兵器だったんですか!?」

 

リッキーのことは、シリアスな雰囲気に飲まれてすっかり忘れていたが、まさかこのタイミングでその名前が出てくるとは思わなかった。

 

「でも実は、まだ秘密兵器として未完成なの。そのために君にやってもらいたい依頼が二つあります」

「えええ? 昨夜みたいにゴブリンを迎撃するだけじゃないんですか? 後から依頼内容を追加するなんて酷すぎません?」

「……う、ごめんなさい。私も本当に酷いことを言っていると思うわ」

 

謝ったところで結局やらせるなら何も意味もない。若い身空でこの村を守る立場である以上、綺麗事ばかり言っていられないのは理解できるが、やり方が少々姑息で狡猾だ。それだけ切羽詰まっているのだろうが、俺たちに依頼をする以上、多少は信頼してほしかった。

 

「一つ目は今夜の襲撃の際にゴブリンを一匹だけ捕まえてほしいの。なるべく大きな負傷もさせないでほしいわ。私の魔法だと刺し殺すか、圧死させるか、凍死させちゃうだけだし」

 

……殺し方のラインナップがいちいちエゲツないな。氷の杭で刺し殺すか、氷の塊で押し潰すか、氷漬けにして殺すということだろうか。彼女の魔法ならいくらでもやりようがあると思うが、まあいいだろう。

 

「生け捕りですか? あんなの捕まえてどうするつもりです? 捕虜にはなりませんし、言葉も通じませんし、うるさくて臭いだけですよ?」

 

奴らにどこまで同族意識があるかは知らないが、捕虜のゴブリンごと交渉人が殺される未来しか想像ができない。

 

「ええそうね。でも必要なの。私からも村のみんなには殺さないように伝えておくわ」

「わかりました。やってみます」

 

ゴブリンを一匹捕獲するぐらい簡単にできるだろう。気絶させてから縄で縛ってしまえばいい。服が多少汚れるかもしれないが、そこは必要経費として割り切るしかないか。

 

「それで二つ目の依頼内容はなんですか?」

「……それはちょっと、今はまだ言えないわね」

 

歯切れが悪いし、あからさまにきまりの悪そうな顔をしている。……それに、今一瞬だけリアナの顔を見たな。

 

「……今、リアナを見ましたよね。もし妹に何かさせるつもりなら俺たちは今すぐここを離れますよ」

 

軽くなりかけた心が冷たくなり、暗く深く沈んでいく。妹を危険な目に合わせるような依頼なら、こんな村にはもう用はない。

姉に密告されようが知るか。どうせこの女は軽々にここから離れられる立場にはない。伝達手段は限られている以上、姉に伝わるまで時間がかかる。

だったら、それよりも先に一睡もせずに全力で走って別の国に移動する。それで俺の体が壊れようが、そんなのは知ったこっちゃない。

 

「リアちゃんは関係ないわ。君にお願いしたいことなの」

「……わかりました。その言葉を信じます」

 

彼女はとても優秀な人物だが、若さもあってまだ魔法使いとして老獪と呼べる境地には達していない。これまでずっと、罪悪感を抱いているのがわかる。なら、今の言葉も嘘ではなさそうだ。

 

もし、それすらも俺たちを騙す演技だった場合――。何もかもかなぐり捨てて出ていく。それだけだ。

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