いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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31.ミーシャ・ノルドマンの難題

逃亡生活 八日目 夜明け前

 

オルティゼル王国 山岳地帯の村 カソ

村の中央広場にて

 

 

 

夜明けが近づき、空が薄明かりに染まる頃、昨夜と同じ光景が中央広場で繰り返されていた。村の四方に散らばったゴブリンが、波のように押し寄せ、今も絶え間ない襲撃が続いている。

 

「また一匹入ったぞ!! 殺せ殺せ!! 一匹たりとも生かして帰すな!!」

 

防衛網をかいくぐり、一匹のゴブリンが中央広場へと侵入したが、斧を持った男の一閃により、頭部の三分の一が削り取られた。

 

「ギャ……キャキャ!」

 

前頭葉を欠損した小鬼は、口端から血泡を吹いたが、それでもまだ倒れなかった。僅かに残された命を使い、固く握った棍棒を振り下ろそうとする。

 

「ふっ!」

 

俺はそれよりも早くゴブリンの奇妙に膨らんだ腹部を蹴り飛ばし、最後の攻撃を阻止した。小さな体は朝霧の空に弧を描き、頭蓋に残った脳も広場に散らばった。

 

「殺せ殺せ殺せェ!! 皆殺しだァ!!」

 

そんな酸鼻を極めた光景にも、村の男たちは誰一人として怯まない。当然、それはゴブリンも同じだ。

やつらは村の精鋭たちに比べて、体格でも武器のリーチでも劣っている。しかし、放たれた矢のように引き返す術を知らない。斬られても、刺されても、潰されても、動ける限り、前へ前へと進み続ける。

俺はそんな決死隊にも感慨を抱かず、マチェットを最小限の力で振り抜き、冷徹に頸動脈を切断していく。

 

「あー」

 

途中、力加減を誤り、一匹の首を切断してしまった。歪なボールのように不規則な軌道で転がる頭部を見て、後で拾わなければならないと思うと、心に軽い憂鬱が広がった。

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー! 全部は殺すなって言ってるでしょうが! この馬鹿どもー!!」

「やば、忘れてた」

 

ミーシャさんの声を聞くまで、完全に頭がどうかしていた。テンションが村の皆さんと同様にジェノサイドな方向に染まり、頼まれていたゴブリンの捕獲をすっかり忘れていた。

 

「馬鹿! あんぽんたん! 脳筋! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! ねえ、この村にはなんで馬鹿と馬鹿しかいないの!?」

 

ミーシャさんの語彙力が崩壊した罵声が聞こえてくる。よほど腹に据えかねたのだろう。

ゴブリンが相手だとしても、連日連夜で殺し続けていると、真っ当な精神を保つのは難しくなる。こんなんじゃ、村の人たちを蛮族だとか言える資格はなかった。相手がゴブリンであっても、殺しは殺意でやるものではないのだ。

今の俺の姿は、先立った母にはとても見せられない。あとで猛省しよう。

 

 

「みなさーん!! まだ生きているゴブリンがいたら教えてくださーい!!」

 

村中に聞こえるように大声を上げる。今回の襲撃でゴブリンを一番多く殺したのは俺だ。我がことながら、どの面を下げて言ってるんだろう。

今回、ミーシャさんは最前線に出ず、避難所である教会の防衛に専念していたため、戦闘にはあまり参加していない。

 

「おー、アンタか。ここにまだ一匹いるぞ。コイツだけ逃げ回ってたから追い回して遊んでたんだ。……あ~、逃げるゴブリンだけが、遊び相手に良いゴブリンてなもんよ~」

 

……いかん、ブラッドさんの精神状態が良くない方向に歪んでしまっている……! 前線には立たせたら駄目なタイプになっている……!

正気に戻ってもらいたいが、俺にはどうすることもできない。この朝日を浴びて、彼の邪悪な気が浄化されるのを祈るばかりだ。

 

「ソイツ捕縛するので、俺に譲ってください」

「あいよー。アンタも結構な悪趣味だねえ、こんな臭くて汚ぇゴブリンなんて縛って何がいいんだか」

「捕縛と言ってもそういう意味じゃないですからね! ミーシャさんの命令です!」

 

捕縛や緊縛のような趣味は俺にはない。ましてやゴブリン相手なんてもってのほかだ。

八つ当たり気味にブラッドさんから譲られたゴブリンを睨んでみたが、襲いかかってくる気配はない。

 

「ギッギギ……」

 

ゴブリンには狡猾な習性がある。油断させようとしているのかと思ったが、そうではなさそうだ。生物である以上、個体差はあるが、こんなに臆病な個体は初めて見たかもしれない。何にしても、まずは捕縛を優先しよう。

 

「ゲギャ――」

 

マチェットの峰で殴ったら頭が陥没しかねないので、つま先で顎を蹴り上げて気絶させた。

十分加減したつもりだったが、脚が魔力で強化されていたため、意識と一緒に黄ばんだ歯も何本か飛んでいく。まあ、死んでなきゃいいだろう。

気絶したゴブリンを身動きが取れないように縄で縛り、麻袋に入れた。そんなゴブリン入り麻袋を肩に担ぐと、まるで子供を誘拐しているような姿になってしまう。

 

「うん。人にはあまり見られたくないぞ」

 

誰かに見られて説明するのも面倒なので、急いでミーシャさんがいる中央広場まで戻ることにした。

 

 

彼女は教会の防衛と村全体の動きを総括する立場だ。今は一段落ついたようで、服が汚れるのも気にせず地べたに座って休んでいる。

 

「ミーシャさん、ゴブリンを捕まえて来ましたよ。んで、どうするんですかこれ?」

 

麻袋に入ったゴブリンを彼女の近くに投げ捨てた。少々雑な扱いをしてしまったが、どうせゴブリンだし構わないか。

 

「ギャ……!」

 

落下と同時に袋から短い悲鳴。これくらいの高さなら死にはしないだろう。

 

「ありがとう。……リアちゃんはまだ教会にいるわよね?」

「ええ、俺の側にいないのなら教会で村の人の治療中だと思いますが、それがどうかしました?」

 

リアナは今日も教会の一角で、負傷者の治療に専念していた。連日連夜のゴブリン戦の疲労により、昨日以上に村からの負傷者が増えてしまっている。

そんな対応の連続に妹はパンク寸前だった。今はまだ顔には出さないでいるが、内心を考えるとかなり恐ろしい。

……それと昨日、ブラッドさんが村の若者にリアナが惚れられていると言っていたが、大丈夫だろうか。変に粉をかけられてないか心配だ。お兄ちゃんとしては、まだそういう男女の交際は早いと思うんだ。

もし本気でリアナと交際する気があるのなら、まず一次審査として、兄である俺と個別面談をしてもらう予定だ。

 

「じゃあ、昨日伝えられなかった二つ目の依頼内容を今話させてもらうわ」

 

ミーシャさんが重い腰を上げて立ち上がる。頭の中は妹の心配でいっぱいだったが、今からする話は思った以上に重要そうだ。俺も切り替えよう。

 

「……それって、リアには聞かせられない話なんですか?」

「君にやってもらいたいことが、特殊だったからね。リアちゃんには悪いけど君の力だけが必要なの。昨日、彼女をチラ見したのはそーゆうこと」

 

なんだか意味深な言い方をしているが、リアナが関わらないのならそれでいい。でも、妹を邪魔者扱いしているみたいで、あまり気分は良くない。そんな矛盾を抱えた兄心。

 

「それで結局、俺に何をやらせたいんです?」

「うん、そうね。その前にちょっと確認したいことがあるんだけど」

「確認? 別にいいですけど」

 

今更何を確認するのだろう? もうミーシャさんは俺たちの事情をおおよそ把握しているはずなのに。

 

「君の使う強化魔法は戦闘というより、本来は潜入とか追跡とか……まあ所謂、諜報活動用の魔法でしょう?」

「……!!」

 

おいおいおいおい……マジか。嘘だろ。そこに気づくか?

彼女に俺の魔法について教えたのは間違いだった? いや、強化魔法を使えると知っても、普通はそんな発想に至らない。

 

「そ、そんなことないですよ! 俺だって男ですから! 誰よりも足が速くて、誰よりも力持ちになりたかっただけです!」

 

我ながら酷い誤魔化し方だった。魔法を使って足が速くなったところで、それは馬に乗っているのと変わらない。それは本当に足が速いと言えるのか? 力が強いと言えるのか?

 

「まず君、音に敏感すぎ。昨日起こさないよう二階に上がったのに既に目を覚ましていたもの。……そんな敏感な耳で何を盗み聞きしたかったのかしらね?」

「…………」

 

昔の俺は、壁越し、床越し、天井越しと、いろんな場所で盗聴行為をしていた。だから、俺の耳が聞き間違いをするなんてことは、絶対にあり得ない。

 

「魔法使いとしての未来を犠牲にしてまで、無詠唱魔法を使えるようになったのも、声を出さずに済ませるためとしか思えないわ」

 

当時は、そんな裏方仕事に傾倒していた。任務の成功率を上げるために、誰にも相談せず独断で施術を行ってしまった。

俺は少しでも姉さんを驚かせたかった。少しでも喜んで欲しかった。だが結局は失望させただけだった。そして俺は捨てられた。

 

「……俺の魔法をちょっと知っただけで、よくもそんな発想に至れますね。普段からどんなあくどいことを考えているんですか?」

 

もはや、そんな皮肉めいた負け惜しみしか言えなかった。

 

「普段の私は、魔法と植物と本を愛する淑女ですもの。君の言うような物騒なことは考えてないわ。……でも君の場合はお姉さんが銀炎だからね。アルメルは君主を擁さない貴族様による共和制国家でしょ? しかも、クリューガー家って評議会の一員よね? そんなの、ほぼ国のトップじゃない。そんな家で数年のうちにみるみると頭角を現した――」

「あー、もういいです」

 

これ以上、姉の話を聞きたくなかった。俺と彼女の関係は、ある意味でリアナとの関係よりも複雑だ。それは妹のリアナにとっても同じ。俺たち兄妹は、二人揃って姉に対して複雑な感情を抱えている。

 

「あらそう。なら淑女らしく黙らせてもらうわね」

 

これはもう完全にお手上げだ。実際に両手を上げて降参してみせる。

あの程度の情報だけでここまで見透かされたなら、負けたとしか言いようがない。彼女と何か勝負をしているわけではないが、完敗を喫した気分だった。悔しさすら感じない。

 

……この人は、こんな小さな村で人生を終わらせるべきではない。彼女の才覚があれば、どんな国や組織でも、相応の地位に就くことができるだろう。魔法の腕はもちろん、洞察力も優れていて、それでいて抜け目がない。

まだ非情になりきれないところもあるが、それもまた彼女の魅力の一つと言える。それに、彼女は錬金術師でもある。何かと盛りすぎな人だ。

彼女自身が望んだことではあるが、この才女をこんな山奥の小さな箱庭で腐らせていいものなのか。

 

「……それで俺に何をさせたいんですか?」

 

俺の人生はリアナのために存在しているが、それでも彼女のために少しは働いてもいいかもしれない。そう思わせるだけの能力とカリスマが彼女にはあった。

 

「無茶は承知している。だから、単刀直入に言わせてもらうわ」

「はいはい、なんなりとどーぞ」

 

全面降伏した以上、ある程度の無茶は叶えてやってもいいだろう。

 

「ゴブリンシャーマンの死体が欲しい」

「…………はあ!?」

 

前言撤回! やっぱりこの人は無茶苦茶だ!

 

「あと少ししたらこのゴブリンを逃がすわ。そしたら君は追跡しなさい。恐らくはやつらの根城に帰るでしょうから。……あとは他のゴブリンには見つからずに、ゴブリンシャーマンを見つけて、殺して、その死体を持ってきてちょうだい」

 

……うん、頭おかしいのかな。頭おかしいよね。ミーシャさんの言っていることは、無茶を通り越し、無謀も飛び抜け、無駄の領域だ。

リアナがいる時に言えなかった理由はこれか。邪魔者扱いしたことも頷ける。そりゃゴブリンが何百体いるかもわからない場所にあいつを連れていけるはずがない。そして、言って聞かないのがうちの妹だ。たとえそこがどんな地獄であっても、俺の側から離れないだろう。

 

「いやいや、簡単そうに言ってますけど、そんなの無理に決まってますよ! 住処が洞窟だったらどうするんですか? そんなの絶対に見つかりますって」

 

潜入工作は得意だが、出入り口が一箇所しかない洞窟ではどうにもならない。何も煙のように姿を消せるわけではない。どうやってもゴブリンに見つかってしまう。

 

「……いいえ、その心配はないと思うわ」

「え? どうしてです?」

 

その質問に対して、ミーシャさんは重苦しげに顔を曇らせた。何か別の問題でも抱えているのだろうか?

 

「ゴブリンの数があまりに多すぎると思わない? それも生後半年前後の亜成体ばかり。ゴブリンの妊娠期間からして、こいつらは去年の秋口に妊娠した子供よ。そうすると生まれたのは冬の間。そんな食料の少ない季節にここまで増える理由って何? 大半は餓死するのがオチよ」

 

冬に大量出産したゴブリンの子供が餓死せずに生き残った理由――。

 

「もしわからなければ、このゴブリンを追ってみなさい。きっと答えが見つかると思うわ」

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