いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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39.土下座する妹

ミーシャさんの家に戻る途中、俺たちは村の誰ともすれ違わずにいた。

おそらく、村の人たちはゴブリンとの決戦に備えて、この先の教会に集まっているのだろう。

 

今はその教会の鐘塔から見張りをしている人を除くと、村の外には一人だけしかいない。

 

「てか……あんなとこで、なにしてんだろ」

「どうかしました?」

 

妹は不思議そうに首を傾げるか、それは仕方がないだろう。

 

「ミーシャさん、なんであんなことをしたんで――」

「そんなの奇行ですよ、奇行。あの女の行動なんて、理解しようとするだけ無駄ですって」

 

……あ、その発言はまずい。俺は今リアナに対して話し掛けたんじゃない。

俺は聴覚強化によって、家の物陰に隠れた人物の息遣いが聞こえていた。だから俺は、その隠れている人物に話し掛けたのであって、リアナに話したわけではないんだ。

 

「――奇行じゃないわよ。リアちゃん」

「はひっい!?」

 

物陰からぬっと現れたミーシャさんに、妹が奇行ならぬ、奇声を上げる。

やはりリアナは、俺たちを待ち構えていた彼女の存在に気付いていなかった。

 

「リアちゃんとは三日間一緒に生活をしたけど、そんな顔も持っているのね。ふーん……へぇー。お兄ちゃんと二人きりだとそんな感じなんだー」

「あー……まあ、そうですね。普段はこんな感じです。なんかもううちの妹がすみません」

 

やってしまったなぁとしみじみ思う。

完全な素のリアナを見たのは、外部の人間だとミーシャさんが初めてだ。いつかは人前でも馬脚を現すと思っていたが、予想以上に早かった。

それもよりにもよって、ミーシャさんに悪態をついている時になんて、あまりにも間が悪い。非はこちらにあるので、リアナを庇うに庇えない状況になってしまった。

 

「へぇー、そうなんだー」

 

その悪口を言われた当人も怒るというより、何か面白いものを見つけたような顔だ。ニヤニヤした笑みを貼り付けたまま、リアナに近づいてくる。

 

「リアちゃんは大人しい子だと思っていたけど、私も完璧に騙されていたわ。意外……って言っちゃ失礼だけど、あなた、演技力が高いのね」

「あ……わわわわ」

 

ミーシャさんはそう言うが、おそらくリアナのあれは演技なんかではない。この数日間接してきた印象では、普段のリアナと素直モードのリアナ、この二つの人格を状況で使い分けている。

多重人格のようにも思えるが、これまで接してきた感じだと、違うのは性格だけで嗜好や物の考え方に大きな差異はなかった。

一つ気になったのは、俺がミーシャさんから服をもらった時だけは、何故か普段のリアナのままで素直モードを演じていたことだ。

 

そんな渦中の少女は、いつものように俺の後ろに隠れることもなく、その場で慌てふためいている。

緊張もしているが、それよりもミーシャさんに対する怯えの方が強いようだ。まあ、リアナが怯える気持ちもよくわかる。この人、怒らせると怖そうだからな。

 

「でも、今回ばかりは仕方ないか……」

 

過ぎた叱責でない限り、俺は保護者というより、傍観者に過ぎない。これも社会勉強の一つだと思って、妹にはしっかりと叱られてもらおう。

 

そうして、ミーシャさんがリアナまであと数歩というところだった。突然、リアナが膝立ちになり、そのまま倒れるようにして頭を地面につけた。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

『土下座』だった。ミーシャさんは『フソウ誌』を読んでいるので知っていると思うが、リアナが土下座をしている。

 

「ちょ、ちょっとリアちゃん! なにを……!」

 

少し前まで面白がっていたミーシャさんも、突然地べたに頭を擦り付けたリアナを見て、足を止めてしまう。

 

「リアナ……?」

 

俺もまたリアナの突飛な行動に驚いている。俺から土下座したことは散々あったが、こいつからするのなんて初めて見た。しかも屋内ではなく、こんな砂だらけの地面の上で。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

リアナは、ただひたすら「ごめんなさい」と繰り返していた。地面に頭を押し当てながら、何度も何度も。まるで、その一つの言葉しか知らないオウムのように。

 

「お、おい……どうかしたのか?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

俺の言葉も届いていない。顔を伏せたまま、ミーシャさんに向かって無我夢中で謝り続けている。

 

「リアナ……!」

 

これはただ事ではない。こんなふうに謝るリアナなんて、今まで一度だって見たことがない。

俺がリアナに土下座をする時は、そこまで深刻な事態ではない。謝ってはいるが、半ば冗談めいた形で成立した、兄妹同士のじゃれ合いみたいなものだ。

しかし、今ミーシャさんに向かって土下座をする彼女からは、それとは違う強迫観念めいた何かを感じてしまう。

地面に伏せているため表情は確認できないが、同じ言葉を繰り返す妹は恐怖に耐えられないのか全身が震えていた。

 

「えっと……」

 

そんな彼女を見て、ミーシャさんも困ったように立ち尽くしている。リアナの過度な反応にどう対応すべきか分からず、戸惑っている様子だった。

 

「…………」

 

……俺は誰よりも、妹のことを理解していると自負している。そんな俺でも今のリアナには、何と声を掛けたら良いのかわからなかった。それだけ、今の彼女は普段とはかけ離れていた。

 

「……ねえ、リアちゃん、どうしてそんなに謝ってるの?」

 

ミーシャさんは膝を折り、できるだけ身を低くする。そして、慎重に言葉を選びながらリアナに話し掛けた。

声には困惑も混じっていたが、それでもリアナを怖がらせないための優しさが感じられた。そんな言葉に反応して、妹の肩がビクッと震える。

 

「わ、私、すごく、ば、ばかなので、あ……謝り方を、こ、これぐらいしか、しし、知らなくて……」

「…………ッ」

 

俺はその言葉を聞いた瞬間、心臓が掴まれたような痛みを感じた。

物心が付く前から、十年以上の歳月を幽閉されていた意味を再確認する。同時に、父のした愚かな行為に対して、強い憤りを覚えてしまう。

 

「……そういうことかよ」

 

リアナがミーシャさんの悪口を言った。この程度なら、真摯に「ごめんなさい」と一言謝れば済む話だ。

たったそれだけのことなのに、妹はここまでやってしまう。それは間違いなく、彼女の人間関係の希薄さが招いた結果であり、ひいては父の責任だと言える。

いくら魔力を制御できないからといって、こんなに人格形成に問題を起こすような仕打ちを受けていいはずがない。

リアナは、他人との距離感をほとんど掴めていない。自分が悪いと思ったら謝る。そこまでは正しい。だけど、その謝り方をまるで知らない。

これまで誰かに謝る機会もなかったし、謝られる機会もなかった。俺との遊びで身につけた土下座を使って、壊れたように謝罪の言葉を繰り返すしか知らないのだ。

 

「リアちゃん、私は別に怒ってないわよ? ……というか、それって、私に謝ってるのよね?」

 

この尋常じゃない様子に対して、ミーシャさんが困惑するのも当然だ。多少は驚かせるつもりだったようだが、ここまで過剰な反応をされるとは思わなかっただろう。

 

「は、はい、そうです。私は、あ、あなたを馬鹿にする発言をしてしまいました……。ほ、本当に、ご、ごめんなさい」

「うーんと、でもあんなのは冗談の範疇でしょう? お兄ちゃんと楽しくおしゃべりがしたかっただけでしょう?」

 

謂れのない誹りを受けたミーシャさん自身が、リアナを肯定するように優しく諭してくれる。

これはもう、俺が口を挟む余地はなかった。他力本願かもしれないが、人生経験の豊富な彼女が、俺よりも正しい方向に妹を導いてくれるだろう。

 

「は、はい……兄さんと二人でいられるのが、嬉しくて楽しくて、ついいつもの調子で話してしまいました」

「うん、じゃあ別に謝ることなんて何もないわよ。本音を言えば、少しはムッとしたわ。でも本当にそれだけの話」

 

多少なりとも怒ってはいたのか。確かに『奇行』はともかく『あの女』はまずかったよな。

……いや、どっちもまずいか。よくその程度で許してくれたと思う。子供の戯言だと思ってくれたのだろう。

 

「それ以上に、リアちゃんの新しい一面を見られて『この子、やっぱり可愛い!』と思った。こっちも本音。これが、私の偽らざる気持ちよ」

 

あ、なるほど、そっちでもあるのか。顔が可愛ければ、人生は楽勝とはよく言ったものだ。俺がリアナと同じことを言っていたら、今度こそミーシャさんに顔面をグーで殴られてたな。

 

「私を、ゆ、許してくれますか……?」

「うん、許すもなにもないわよ。じゃあそうね、リアちゃん。あなたは私にどうしてほしいのかな?」

 

これは俺も気になる質問だった。これまで他人との関わりを持たなかったリアナが、他人に何を求めるのか。

 

「あ、あう……」

「ゆっくりでいい。私にできることを教えてちょうだい」

 

リアナは今も顔を地面に向けている。だから表情は確認できないが、彼女の黒髪から覗くうなじの産毛は逆立っていた。

 

「…………ど、どうか、わ、私のことを…………き、嫌いにならないで……」

 

少しの間を置いて、少女の口から絞り出された言葉は、とてもか細い望みだった。

そんな些細な願いであっても、妹にとっては由々しき問題だったのだろう。言葉の最後は、聞き取れないほど小さく萎んでいた。

しかし、そんなささやかな願いは、ミーシャさんのこれまでの言動からすれば、確認するまでもないことだ。

 

「えい!」

 

そのいじらしい言葉を聞いて、ミーシャさんは未だに土下座を続けているリアナの顔を両手で挟み込む。

そのまま地面に伏せていた顔を、ミーシャさんと視線が合うように持ち上げる。強制的に土下座から解放されたリアナの顔は、押さえつけられて潰れていた。

 

「わ、にゃに、しゅるんでしゅか……」

 

今の告白は、彼女にとって勇気を振り絞って出したものだったのだろう。ミーシャさんの突然の行動に茶化されたと感じたようで、潰れた顔で少し不満そうに抗議の声を上げた。

 

「うーん。何度見たって、可愛らしい顔。……『嫌いにならないで』なんて、卑屈になる必要なんてないわ。嫌うなんてとんでもない。絶対にありえないわ。私はリアちゃんのこと大好きよ」

「…………!!」

 

ぱあっと、赤い瞳に輝きが戻った。濁りきった目が嘘だったかのように、ピジョンブラッドの美しい光彩へと変わる。

 

「うんうん。じゃあ、私と友達になろっか。お茶や本の趣味も合うと思うし、仲良くなれると思うわ、私たち」

「……は、はい! な、なります。私たちは、もう、お友達です。へへへ」

 

ミーシャさんの言葉にリアナが応える。このタイミングでベリンダちゃんに続けて二人目の友達か。この妹には、意外と友達作りの才能があるのかもしれない。限りなく受け身ではあるけど。

 

「……てか、俺たちとミーシャさんは、もうお友達だったんじゃ? 依頼交渉時にミーシャさんが自分から言ってませんでした?」

 

リアナとあっという間に打ち解けたことに、ささやかな嫉妬心が芽生え、つい意地悪を言ってしまった。妹に友達ができて嬉しい反面、変な独占欲も湧いてしまう。俺も大概なシスコンだった。

 

「あ、あれー? そうだったかしら……? あー、そういえばそうだったわね。うん、じゃあ、より深く友達になれたってことにしておきましょうか。これからはマブダチね!」

 

どんな誤魔化し方だ。この調子だと、ミーシャさんはあの時の発言を完全に忘れていたな。こんなんだと、俺なんかは友達判定から外されているんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、一旦家に戻りましょうか。『ゴブリン撃滅大作戦』の前に簡単な食事を用意するわ。お腹いっぱいだと動きづらくなっちゃうからね」

「……ところで、リッキーはあのままでいいんですか? あのままだと、いずれゴブリンに襲われますよ」

 

相変わらず引っかかりを感じる作戦名だったが、それよりもリッキーの確認をしておかないと。

ただ、この様子からすると、彼女は狂気に囚われてリッキーを村の外に置き去りにしたわけではなさそうだ。

 

「うん……あれでいいの」

 

当然と言うべきか、リッキーの件は納得済みだった。それでも翳りの表情は隠しきれていない。

 

「わかりました。……それと、そろそろ隠していることを教えてもらっていいですか」

 

リッキーの件も大事だが、もうすぐゴブリンとの決戦が始まる。これから何をするのか教えてもらわないと、こちらも行動に迷いが出てしまう。

 

「うん、わかったわ。今とっても機嫌いいもの。なんだって教えちゃう」

 

リアナという友達を得たおかげか、ミーシャさんはこの上なく上機嫌だ。

ようやく、彼女が今まで隠していたことを教えてくれそうだ。最低でも『秘密兵器リッキー』と、村の外周に引いた『塩の道』については確認しておかないと。

 

「じゃあ帰りましょうか。そこで私の計画を話すわ。ほらほら、リアちゃん、あなたもね。あなたが気に入ってくれたハーブティーも出すわよ」

 

何もせずに地面に膝を立てたままのリアナに向かって、ミーシャさんが右手を差し伸べた。

 

「は、はい。あのお茶は、と、とても美味しかった……です」

 

あの人見知りでコミュ障の妹が、おずおずと彼女の差し伸べられた手を掴んだ。

 

「…………」

 

くそ、俺は馬鹿なのか。

『妹が友達から差し出された手を掴む』。たったそれだけのことで、涙腺が緩んでしまう。別にこんなの感動的でもなんでもないはずなのに。

自覚はしているが、俺は妹のことになると感情をまともに制御できない。さっきから情緒が著しく不安定で、全身が震えるように総毛立っている。ああ、本当に情けない。

 

「え? あなた、その指輪……」

 

リアナの右手を握ったミーシャさんが、指にはめられた三つの指輪に気づいてしまう。

やはりというべきか、彼女はとても目聡い。その三つの指輪こそ、俺たち最大の武器であり、最大の弱点でもある。

特に中指につけた『ジルベルタの環』は、母国アルメルの帝国制崩壊に関わるほどの曰く付きだ。だから、不用意に触らせていいものではない。

 

だけど、俺はもうミーシャさんを完全に信頼している。なんせ、リアナの友達なのだ。それなら、妹の秘密を教えてしまっていいかもしれない。

 

 

『――――――!!』

 

村の入り口から、嘶き声が響いた。

 

……いや、嘶きなんて生易しいものじゃない。あれは、断末魔だった。村の入り口に繋がれたリッキーの命が消えた音だ。

 

「たった今、リッキーが殺されました。ゴブリンの襲撃です」

 

聴覚が強化された俺が言わなくても、リッキーの断末魔はミーシャさんにも届いたかもしれない。

ここから村の入り口までは百メートル以上離れているが、それでもリッキーの断末魔は大きく、耳にこびりつくほど悲痛だった。

 

「……わかった。うん、わかったわ。でもこれって、想像していたよりキツいわね」

 

ミーシャさんは泣いてはいなかったが、泣き言を漏らしてしまう。

間を置かずに、教会の鐘が村中に鳴り響く。見張りの人もゴブリンの襲撃に気づいたようだ。

 

「悪いけど……夕食はすべてが終わってからになりそうね。村のみんなはもう教会に避難しているから、避難誘導は必要ないわ」

 

ミーシャさんは既に感情を切り替えていた。非情だとしても、私情はすぐに切り捨てる。彼女には、魔法使いとして、そして為政者としての資質が備わっていた。

 

「それと君、ここで私とゴブリンの襲撃に耐えてくれないかしら? 何割かは村の入り口から来ると思うの」

「ええ、もう見えてますからね」

 

村全体に展開した光源魔法の効果によって、夜であっても視界は良好だ。こちらに向かってくるゴブリンの姿がはっきりと見える。

第一波は……十匹程度だろうか。残された精鋭ゴブリン二百匹のうち、尖兵の十匹。ミーシャさんと二人なら、問題なく対処できる数だ。

 

「リアちゃん、あなたは教会に行きなさい。知っていると思うけど、そこがこの村で一番安全よ」

「え? 嫌です。私は兄さんと一緒にいます」

「……はい?」

 

さっきまでのしおらしい態度から一転し、リアナはきっぱりと断言した。ミーシャさんは、妹の正気を疑うような、というよりも、わけがわからないといった顔をしている。

 

「まあ、こうなるよね……」

 

でも俺は、この展開を少しだけ予想していた。彼女のありのままを引き出すとはこういうこと。

 

つまり、これこそがリアナ・クリューガーという少女の本当の顔なのだ。

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