いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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04.ふたりでひとり

『俺がベリンダちゃんたちを探しに行きます』

 

そう女将さんたちに大見得を切った後、俺たちは捜索の準備のため、借りていた部屋に一旦戻ることになった。

 

「………………」

 

部屋がある二階に続く階段を登っていると、背中に鋭い視線が突き刺さる。

不満と不安と苛立ちと怒りとの感情がごちゃ混ぜになり、今にも爆発しそうだ。

 

うーむ、これはまずいかな? まずいよな? まずいだろうなあ……。

そんなかつてないプレッシャーに、階段を登る足が一歩ごとに重くなっていく。

さしずめ、断頭台を登る死刑囚の気分だろうか。

いっそこの階段が永遠に続いてくれたらなと思ったが、当然そんなわけもなく、ギロチンはもう目前に迫っていた。

 

そして案の定、部屋に入った瞬間、今まで無言を貫いていたリアナが俺に詰め寄る。

 

「…………兄さん、私の言いたいことはわかりますよね」

「うん。多分だけどわかると思う」

「そうですか。そーなんですか。わかってますか。わかってるんですか。……ですか、あーえーて、言わせてもらいますね! でなければ、この溜飲はとても下がりそうにありません!」

「うん、その……はい。お手柔らかにお願いします」

 

いつにないリアナの剣幕に俺も観念し、コクコクと首肯せざるを得なかった。

とてもじゃないが逆らえる雰囲気ではない。

普段から無表情で何を考えているかわかりづらい妹が、珍しく怒気を孕んだ形相をしている。うわあ。

 

「私たちはただでさえお姉様から追われている身なのに、人助けをする余裕なんてあるわけないじゃないですか! なにを勝手なことをしてるんですか! 兄さんは馬鹿なんですか! ええ!! 大馬鹿者でしたね!!」

「……はい。それについては本当にごめんなさい」

 

次々と放たれる妹の矢のような罵声に、俺は額を床に擦り付けて深々と謝罪をするしかなかった。

……リアナの言うことはもっともだ。

寝坊の所為で当初の予定が狂っているのに、何の得にもならない人助けをするなんて正気の沙汰ではない。

逃亡者である事情を鑑みれば、ここで親子二人を見捨てたとしても、薄情者だとそしる人もいないだろう。

俺たちもまた比喩でもなんでもなく、自らの命が懸かっていた。

 

「そもそも私たちには、行きずりの他人を助けるような義理もないでしょう! つまらないお人好しも大概にしてください!」

「……いや、助ける義理はあるよ」

 

リアナの言葉は正論であり、何一つだって間違いはない。だが、そこだけは絶対に譲れない一線だ。

俺たちには、ちゃんとベリンダちゃんを助ける義理はある。

 

「まさかとは思いますが、一宿一飯の恩とかつまらない話じゃないですよね。こちらは宿に正規の対価を払っているんです。店と客、双方の利害が合致し、金銭によって取引された時点で、もう貸し借りはどこにも存在してないんですよ! こんなのは通貨制度の基本原則です!」

 

買い物なんて生まれてから一度もしたことのない世界有数の引きこもりに、まさか通貨制度について説かれるとは思ってもみなかった。

幽閉されていたとしても読書家ではあるから、知識だけは人並みにある。

 

「いや、そんな単純なことじゃないよ。それだけなら俺でも気に毒に思うだけで放っておく。……助ける理由は別にある。これはもっと大切なことだ」

 

お人好しと揶揄されたが、俺は目についた先から人助けをするような立派な人間じゃない。

それどころか過去の所業を考えれば、俺は間違いなく極悪人に分類される。

それに、現在の切羽詰まった状況は誰よりも理解しているので、リアナの言っていることは痛いほどわかる。だけど。

 

「どんなに切迫した状況にあっても譲れないものはある。今回はその最たるものだったって話だ」

 

リアナにそれがわからないのも無理ないだろう。なんせ自分のことなんだから。

 

「……へぇー、最たるものですか。まさかとは思いますが『あの子が可愛かったから恩を売って男女の契りを結びたい』なんて言うつもりじゃないでしょうね」

「突然お兄ちゃんに小児性愛者のレッテルを貼らないでもらいたいな……。そんなわけないだろう。今は真面目な話をしているんだ。そんなふうに茶化してもらいたくはない」

 

そう語る俺の表情は、真剣そのものだったのだろう。

他人の感情があまり理解できないリアナにもそれが伝わったようで、声のトーンが少しだけ大人しくなった。

 

「……じゃあなんですか。何が兄さんをそこまでさせるというんですか」

「それはな――ベリンダちゃんが、リアを綺麗だって褒めてくれたからだ」

「――――は?」

 

どうしてか、リアナが呆気に取られたようにキョトンとしていた。

目をぱちぱちさせて、俺の発言に驚いている。

はて……? 俺は何か変なことを言っただろうか?

 

「……は? ……え? はい。……はい? はいィ!? い……いったい、あなたは何を言っているんですか……? もしかしなくても私の理解が足りないんでしょうか……。お兄様、どうか浅学な私めのために、ご教示いただけませんか……?」

「ご教示と言われても、そのままの意味だぞ。妹の可愛さを共有できる、そんな良い子を暗い森の中に放ってはおけないだろ。そんなの当たり前だろ? ははは。まったく、何を言ってるんだかリアちゃんはオゴォ!!」

 

世の常識を説いた俺の顎に、渾身の妹パンチがクリーンヒットした。

顎部を強かに打ち抜かれたので、視界がぐわんぐわんと揺れる。

彼女の右手には指輪が三つもはめられているので、拳で殴られると洒落にならないぐらい痛い。

 

「~~~~!!」

 

反射的に後ずさりするほどの激痛に悶えていると、リアナが肩から脱力したような深い溜息を吐き出す。

 

「はぁ~~、兄さんはそのまま死んでください。その後に私もそんな恥ずかしい肉親を持ったことを理由に死にます」

「……し、死んでしまうなんてもったいない。そ、その類まれなる拳で世界を狙おうかじゃないか……。トレーナーはもちろん俺だ……」

 

生まれたての子鹿のようにガクガク震える足で、暗雲が垂れ込めている俺たち兄妹の新たな展望を語ってみせる。

 

「…………」

 

リアナは呆れてものが言えないのか、じっとりとした目で俺の無様な姿を見ている。

い……いかん。いかんぞ。ここでなにか言わないと、俺のヒエラルキーが地の底の底まで落ちてしまう。

 

「が、頑張る妹を、お兄ちゃんは、いつだって応援しているぞ」

 

頭で考えるより先に口から出てきた言葉は自分でも理解に苦しむものだったが、ガクガクと震える足を抑えてなんとか親指を立てて見せた。

 

「……兄さんはナチュラルに狂った発言をしないでください」

 

脳味噌が派手に揺れた所為か、自分でもわかるぐらい思考が前後不覚に陥っていた。

……俺の妹は可愛い。俺の妹は可愛い。俺の妹は最高に可愛い。よし、大丈夫だ。もう何も問題ない。

 

「あー、真剣に聞いた私が馬鹿でした。ほんとに死んでしまいたい。もーいいです。もー好きにしてください。あーもう」

 

もーもーと不満を垂れてはいるが、驚くことに態度が軟化している。

どうやら納得はしてないようだが、諦めてはくれたようだ。

 

「聞き分けの良い妹を持って、お兄ちゃんは嬉しいな」

「……今度は本当に顎を砕きましょうか?」

 

物臭な少女とは思えない身のこなしで、シュッシュッと見事なガゼルパンチを見せつけてくる。

我が妹の意外な才能が今ここに開花した。

……でも正直洒落になってないので、その世界を狙えそうな才能を伸ばすのはやめてもらいたい。

このままでは世界を獲る前に、お兄ちゃんが廃人になってしまう。

 

 

 

 

 

 

ベリンダちゃん父娘の捜索に向かうため、所持品を可能な限り厳選する。

悪路が続く森の中では、歩きやすさと疲労を考慮して余計な荷物は持たない方がいい。

それに重装備だと、動けない怪我人がいた場合に担ぐのが困難になる。

妹やベリンダちゃんのような小柄な女の子なら問題ないが、怪我人がベリンダちゃんのお父さんの場合は大問題だ。

彼女のお父さんには会ったことはないが、もし俺よりも身体の大きな人物だった場合、担ぐにしてもコツがいる。

怪我の部位によっても担ぎ方は変わってくるので、荷物は少なくして身軽にしておきたい。

 

「じゃあリアちゃん、部屋で良い子にしてお兄ちゃんの帰りを待っててね」

 

少し迷ったが、お金の入った革袋を取り出し、部屋に備え付けられた机の上に置いた。

 

「……もしも俺が戻らなかったら、このお金を自分のためだけに使ってほしい。当面の生活ができる程度のお金は入っているから。女将さんに事情を話せば、多分悪いようにされないと思う。決して、お菓子や本とかの無駄遣いには使わないように」

 

人となりを完全に把握したとは言えないが、あの女将さんなら万一の時に妹を任せても大丈夫だろう。

なにか裏の顔がある人ではなく、快活で優しい善良なおばちゃんなのだ。

……実は、影で国家転覆を企てている人物だったとしたら、俺はいよいよもって人間不信になる。

 

「それに、もしリアちゃんがこの町に根を下ろすことになっても、美人さんだから結婚相手は引く手あまただと思うぞ!」

「……??」

 

リアナには結婚云々の冗談が理解できなかったのか、思いっきりはてなマークを出された。

不思議そうに俺の顔を見ており、何とも釈然としないご様子。

 

もっとも、妹がこの町で誰かと結婚する未来なんかより、姉さんに見つける可能性がずっと高い。

かといって、リアナにこの先一人で逃亡生活の旅を続けられる行動力はない。

それだけは迷いなく断言できる。三年間連れ合った兄のお墨付きだ。

それならば、多少の信頼を築けた人たちの世話になった方がいいはず。

どんなに短い間もいい。リアナには一日でも長く、普通の幸せと呼べる日々を過ごして欲しい。

ただ、この地を治めている領主がどうにもちゃらんぽらんな人物らしいので、そこだけは気掛かりだった。

まあ、それ以外は魔物の被害も少ない治安の良い町なのだ。大きな贅沢は望めまい。

 

さてと、これ以上遅くなるわけにもいかない。

遭難者救助の基本はとにかく時間を掛けず早急に行動をする、それが第一。

だから今は一分一秒でも惜しい状況だった。まだお天道様が昇っているうちに行動しなければならない。

 

「じゃあ行ってくるよ。良い子に留守番してたら、お土産に木の枝でも拾ってくるから期待してて……ととっ」

 

そうやって、部屋を出ようとした時、リアナに腕を掴まれてしまう。

 

「えっとえっと……その、さっきから兄さんは何を言っているんですか? ……もしかして、こんなところに私を置いてくつもりなんですか?」

 

いつもの我が儘かと思ったが、どうにも様子がおかしい。

この慌てようからして、俺が一人でベリンダちゃんたちを捜索に行くのをまるで想定してなかったように思える。

 

「……いや、置いてくって。そんなのリアもとっくにわかっているものだと思ってたけど……」

 

人生の大半を幽閉されて育った少女に、何が出るかもわからない森の探索に同行させるわけにもいかない。

普通に考えればわかりきった話だ。

この妹は、引きこもりで世間知らずで身勝手で我が儘で捻くれ者で皮肉屋で甘えん坊ではあるが、読書家で頭はとても良い。

そんなことはいちいち説明しなくても、理解していると思っていた。

 

「えええ? どうしてですか?」

 

掴んだ手はそのままで、尚も執拗に追求してくる。

冗談でも何でもなく、本当に驚いているようだった。うーん、なら仕方がない。

 

「もし俺になにかあったら、リアナを助けられない。大事な妹に怪我をしてほしくない。俺は、リアナが痛い思いをするのだけは絶対に嫌だ」

 

順序立てて理詰めの説明をしようと思ったが、その時間も惜しかった。

少し照れくさくかったけど、あるがままに今の心情を伝える。

 

「私には兄さんが何を言ってるのか、ちっとも理解できません。私はあなたの妹なんですよ?」

 

だというのに妹の反応は鈍くて、尚も要領を得ていないようだった。

リアナの言っている言葉も理解に苦しむ。

『俺の妹』なのがリアナを置いてかない理由になりはしない。

 

しかし……こんなつまらないことで兄妹間の齟齬が生じるものかね。

いつもはこんなこと滅多に無いのにな。はあ。

 

「……だから、リアナがいても邪魔だと言っている。今すぐ放してくれ」

 

優しく言っても聞かないリアナを明確に拒絶する。自ら吐き出した言葉は、想像以上に胸が痛んだ。

 

「…………」

 

だが、そんな心ない言葉を浴びせられても、彼女はいつもの様子で平然としていた。

俺の腕を握る力も緩まずに、決して放そうとしない。

 

「私たち兄妹は、二人で一人。一心同体。そう遠くない終わりの瞬間まで、ずっとずっと一緒です」

「なにを、言ってるんだ……?」

 

俺はいま、リアナからとんでもないことを言われている。

 

「この先、私が兄さんから離れるなんて絶対にあり得ません。兄が死ぬ時は、妹も死ぬ時ですから」

 

言葉の意味はわかるが、理解が追いつかなかった。

……いつものみたいな冗談を言っている雰囲気でもない。間違いなく本気で言っている。

それなのに――リアナの発言には覚悟を決めたような重みがなかった。

それが当然であるように『俺が死んだら自分も死ぬ』と言っている。

 

「…………」

 

二の句が継げられない。

俺にはこれ以上、リアナにかけるべき言葉が見つからなかった。

強情や意地っぱりでは片付けられない。

自分にとって、確認するまでのない事実をありのままに伝えているだけ。

それは……根本的に俺と考え方が違っているものだった。

 

今日までの三年間、コイツとは同じ時間を過ごしてきた。

血の繋がった兄妹として、相互依存と呼んでも大袈裟ではない関係だった。

それについては否定しない。端から見れば、歪で不自然な関係だっただろう。

そうだとしても、何が妹をこうも頑なにしているのか。それだけは俺にもわからなかった。

 

「それはそうと、あなたは私のことを邪魔者扱いしますが、私がいたほうが何かと助かると思いますよ。戦えたりはしませんが、ほらほら、回復魔法なんかも使えますし」

 

リアナの空いていた左手が淡く青い光に包まれた。

彼女の魔法は出力が弱く、最高位の治癒士のように傷を一瞬で癒すというわけではない。

だが、時間をかければどんな状態であろうと治すことが可能であり、ほかにも特殊な効果もある。

俺はそんな妹の力を借りて、たったの三日でこんな遠くの国まで逃げてこられた。

 

「いま……何時だ?」

 

時計を確認する。三時半。

季節は春だが、日の入まで時間が刻一刻と迫っていた。

この調子だと妹は何を言ってもついてくる。そんな確信があった。だったら悩んでいる暇はない。

 

「……わかった。森の中では俺の足跡をなぞるようにして歩くんだ。何があっても俺の前には絶対に出るなよ」

「むふー。そんなのわかってますよー。なにも私だって怪我したいわけじゃありませんしー。ではでは、さっさといきましょー」

 

一転して、けろりと機嫌を良くしたリアナが、珍しく笑みの表情を作った。

不自然に目を細め、ぎこちなく口角を吊り上げると、掴んでいた俺の腕を自分の胸へと抱きかかえる。

 

「ふへへー、兄さん兄さん」

 

腕から伝わる少女の柔らかな感触に、心の奥底がざわめくのを感じた。

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