いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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41.第十七層魔法

――ゴブリンを殺す。一匹でも多く、一秒でも速く。

血脂でマチェットの切れ味が落ちてきたので、時には峰を使って骨を砕く。

 

「グャ……!」

 

その結果、死に損ないが増えていったが、どのみち再起不能だ。

囲まれないように家屋の壁を背にして戦っていたせいで、不覚にもリアナとリーシャさんまでの道を作ってしまう。

 

「リアナ……!」

 

背後の壁を蹴り、その反動を利用して、二人を狙うゴブリンに飛びかかる。推力が加わった一撃は鎖骨を砕き、心臓にも損傷を与えた。

 

「いえーい。ナイスです、兄さん」

 

珍しく褒めてくれた妹に返事をする暇もない。その時間があるなら、息を整えるのに使いたい。

 

「ハァハァ……」

 

決戦が始まってからそれほど時間は経っていないが、既に肩で息をしている。俺もこの三年で相当鈍ってしまった。

 

「ギャハー!」

 

そんな疲れを見抜いたゴブリンが一気に詰め寄ってきた。それも、攻撃に合わせてカウンター気味に胸の中心を蹴り飛ばす。

俺の生命線である視力の強化がなければ、今のタイミングは狙えなかった。

 

「ギャ、キュー、カ……ヒュー……」

 

折れた肋骨が肺に刺さり、こいつはもう死ぬのを待つだけだ。

不細工な呼吸音が気持ち悪かったので、頭を踏みつけ首の骨を折ってやった。長く苦しまずに済んだのだ。地獄で少しは感謝してもらいたい。

 

 

『まだまだゴブリン共は来るぞ!! 殺せェ!! 奴らの血で村を染め上げろ!! 殺せ殺せ殺せェェェ!!』

『若い連中は怪我人を教会に運ぶことに専念しろ! この村から一人も死人を出すんじゃねえぞ! もし俺の前で死んでみろ! 俺が殺してやるからな!』

 

中央広場も人々も何とか持ち堪えているようだったが、それも遠からず崩壊するだろう。

飛び交う怒号の内容からして、相当の負傷者が出ているようだ。回復魔法を使えるリアナを行かせれば大きな助けになるだろうが、いま彼女を俺のそばから離れさせるなんて絶対に許さない。

 

……この村からリアナを連れて脱出するなら、ミーシャさんの家から荷物を回収しなければならない。山の中で着の身着のままだと、今後がつらくなる。

でも、そんな暇すらないかもしれない。この状況で袋小路の家の中に行くなんて、自ら退路を断つようなものだ。

ここから逃げるには……そうだな、まずはリアナを抱きかかえて手薄な西の茂みがいいだろうか?

 

「…………?」

 

いやいやいや、思考とんでもなく悪辣な方向に傾いていた。だけど、そう考えてしまうほど限界が近い。

逃げるにしても、今はまだ駄目だ。可能な限り良い人のフリをしていたい。なにせ、リアナに新しい友達ができた直後なのだから。

 

「ミーシャさん、まだなんですか!!」

 

叡智の淵源にどっぷり浸かっている魔法使いに声を掛けるなんて非常識もいいところだが、そうせざるを得なかった。

瞑目して集中するミーシャさんの魔力は、とっくにピークに達しているように見える。視認できるほどの魔力の奔流が彼女を中心に展開され、遥か上空の雲も逆巻いていた。

 

「ふぅ……ごめんごめん、待たせたわね。じゃあ行くわよ!」

 

俺の声に重なるようにして、大規模魔法の発動準備が完了した。どんな魔法かは不明だが、これが起死回生の一手となり得るのか。

ミーシャさんは、これまで忘れていた呼吸を取り戻すように、肺が大きく膨らむほど息を吸う。その呼吸に呼応して、再び大気が震えた。

 

『――我が名は、ミーシャ・ノルドマン。我が血、我が汗、我が肉を、この地に余さず捧げる者なり。然れば、この祈り、この渇望、この大願を十全に満たし給え! 充てがうは円環なる塩の道、喚び起こすは氷の道。道は障壁となりて、我らの郷里を護らん! それこそは、絶対不変の氷結晶の城塞! 城塞よ! 悪しき魑魅どもから、断絶せよ!』

 

長大な魔法詠唱だった。魔法詠唱は節が多くなればなるほど魔力消費も多くなり、より強力になっていく。

魔法詠唱とは、魔法使いだけが持つ唯一無二の鍵であり、叡智の淵源へ降りていくために必要な手順だ。節が増えるほど、淵源に踏み込む階層が深くなっていく。一節は一つ目の扉を開け、二節は二つ目の扉を開ける。

扉はどの層にも無数にあり、どれを選ぶかは術者の選択は自由だ。しかし、深くになるにつれ、難易度も飛躍的に上がっていく。だから魔法使いは、己の性質に合った扉を開けるため、詠唱によって扉の鍵を作る。それが自分の得意とする魔法を選ぶということ。

取捨選択をして、より深い階層に沈んでいく行為は、その系統の魔法を極めることに繋がる。

 

ミーシャさんがこれまで唱えた詠唱は、多くて三層程度だった。だが、いま唱えた魔法は恐らく十層以下の扉に触れている。

十層以下、二桁の層になる魔法。それを深淵魔法、もしくは下層魔法と呼ぶ。

上層魔法と呼んだ方が耳触りは良いかもしれないが、高名な魔法使いに言わせると『下層に達していない上層の魔法は、深淵の上澄みをすくっているに過ぎない』らしい。

彼女が下層魔法使いのポテンシャルを持っていたのは、俺も想像だにしていなかった。王立の大学に在籍していたらしいし、もしかしたらユーテウス院から認定書を貰っているかもしれない。

 

「ぶふ……!」

 

ミーシャさんの隣でじっと魔法を眺めていたリアナが吹き出した。どゆこと? 俺なんてちょっと感動しているのに。

 

「うわ、なんだこれ……!?」

 

突如として――村全体を青い光が包み込んだ。これは光源魔法とは別種の光だ。

それにさっきから続いている地響きも凄い。立っていられなくなるというのは些か大袈裟だが、足裏から振動が伝わってくる。

 

「地震……?」

「地震じゃないわね。この国は地震なんて滅多に起きないし」

 

詠唱を終えたばかりのミーシャさんが捕捉する。隣接国である俺の国も地震なんて殆ど起きない。となると彼女の魔法によって、この辺一帯の地面が揺れていると見ていいだろう。

 

「……なにをやらかしたんです?」

「んーと、ここからだと村の入り口が一番近いかな。すぐそこだし、ちょっと行ってみましょうか」

 

地面の揺れは次第に収まっていく。ミーシャさんが纏っていた魔力の奔流も消えていた。青い光を除けば、目に見える変化はなかったが、魔法の行使は完了したのだろうか。

 

「いやいや、先に残ったゴブリンの相手を……って、あれ?」

 

俺はこの場で三十匹以上のゴブリンを殺したが、それでも意気軒昂なゴブリンがわんさかいる……はずだった。

 

「ギ、ギギ……」

 

なにやら残されたゴブリンたちの挙動がおかしい。まるで錆びついた鎧を着ているように動きが遅い。というよりも、ほとんど身動きが取れていない。

 

「ガ、ギャ」

 

無理やり口を開けようとしたのか、ゴブリンの下顎がポロリと落ち、そのまま地面に接触して砕け散った。よく見ると、既に死んでいる個体も何体かいる。

 

「兄さん、ゴブリンくんがカチカチですよ。氷みたいに冷たいです」

「ああ、うん……リアちゃん、そんなもの汚いから触るのやめなさい」

 

そう妹に言い聞かせながら、俺もゴブリンに触ってみる。リアナの言うとおり、カチコチに凍りついていた。こんな状態では、とてもじゃないが生命を維持できない。

試しにマチェットでゴブリンを小突いてみたら、氷像のように砕け散ってしまった。血も凍り付いているが、断面はグロい。

 

「ちょっと! 子供じゃないだから馬鹿なことやめなさい! 後で掃除が大変なのよ!」

「ご……ごめんなさい……」

 

怒られてしまった。まるで子供を叱る母親のような言葉遣いだ。

確かに、ゴブリンの氷片が溶けてしまったら、大変なことになる。凍りついているうちに氷片(肉片)を一纏めにしておくか。

 

「兄さんが怒られています。かわいそうです。でもちょっとかわいいです」

「うぐぐ」

 

馬鹿にされているのか慰められているのか、何とも微妙なラインだ。

でも屈辱に感じたので、誹謗中傷の判定にしよう。よーし、お返しに心の中で精一杯毒づいてやる。

リアナの馬鹿! アホ! 間抜け! でも、お兄ちゃんを慕ってくれるところは可愛いから好き!

 

「……な、なにを急に、馬鹿でアホで間抜けなシスコン面を晒しているんですか?! 気持ち悪いから死んでください!」

「なにをぉ!」

「そこの馬鹿兄妹! 馬鹿なことやってないでちゃんとついてきなさい!」

「「…………はーい」」

 

兄妹の声が、一つに重なった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「なんか……凄い物が見えるぞ」

「……むむむむ、なんでしょうか」

「ふふーん」

 

ミーシャさんの得意げな顔を横目に村の入り口に着くと、そこには透明な壁がそびえ立っていた。これまでの状況と隣のドヤ顔から察するに、これは彼女の氷によって作られた魔法の壁だ。

厚さはおおよそ一メートル、高さは優に五メートルにも達している。氷なので反対側まで透き通って見えるが、厚みがあるため少しぼやけた感じに見えた。

そんな氷の壁が、ここから見える範囲すべてに続いている。もしかして、これが村全体を隙間なく囲っているのか……?

 

「これ……触っても大丈夫ですか?」

「ええ、どうぞどうぞ。ぜひ触ってみてちょうだい。別に面白くはないでしょうけど」

 

さっきみたいに勝手な行動をして怒られないように、ミーシャママの許可を得てから氷の壁に触ってみる。今度はやけに積極的だった。

そうして触れてみると……うん、これは確かに面白くない。なぜなら冷たくもなければ、温かくもないからだ。

どこからどう見ても分厚い氷なのに、こうして触っても何も感じないのは不思議だった。

 

「あ、向こうにいるゴブリンくんが凍りついてますよ! ぷふー、変な顔! 面白いです!」

 

俺と同じように氷の壁をペタペタ触っていたリアナが、反対側にいるゴブリンを指差してケラケラ笑っている。

彼女の視線の先にいるゴブリンは、指先が氷に触れていただけだったが、そこから伝播するように全身が凍りついていた。

これでは、ゴブリンはこの壁を登るどころか、触れることすらできない。それと、リアナの悪趣味な感想については、聞かなかったことにしよう。

 

「これって魔法の影響を受ける対象をフィルタリングしているんですか? 氷の壁の内側と外側だけを区分しているなら、村の中にいたゴブリンだけが都合よく凍るのは不自然ですし」

「そうそう、ご明察。始めは人間以外を対象にしようと思ったんだけど、それだと家畜や植物が死んじゃうからね。ゴブリンだけが対象になるように設定したわ。ま、これに関してはアンリ君のおかげ」

「俺のおかげ……?」

 

俺がやったことってなんだろう? この村に来てからやったことと言えば、ゴブリンを殺すか、ゴブリンを殺していただけだ。

しかしこの規模の魔法だと、ちょっとしたミスでも大惨事になる。それも、ミーシャさんは一週間近くまともに寝ていない。下手をすれば、村中に人間とゴブリンの氷の彫像ができあがっていた。

 

「うん、でも良かった。ちょっと難しい魔法だったけど、ちゃんと機能しているみたいね」

 

あの下層魔法を「ちょっと難しい」程度で済ませてしまうのか。才能というのは実に残酷なものだ。

ちなみに、俺の才能すべてを犠牲にした無詠唱の身体強化は、当然のように上層魔法だ。

 

「もしかして……壁に触らせてほしいと言った時に、やけに積極的だったのは、この魔法のテストも兼ねていたとか?」

「そそそそ、そんな訳ないじゃない! そ……そんな失敗してたら魔法が発動した段階でアンリくんも凍っていたわ!」

 

おんや? あからさまに反応がおかしいぞ。

 

「……兄さん兄さん、この女は何を狼狽えているんです?」

「さあ? どうしたんだろうね? あとミーシャさんをこの女と呼ぶのは止めなさい」

 

軽い冗談のつもりで言ったが、ミーシャさんは妙に狼狽えていた。彼女の言っていることに何の矛盾もないように聞こえるが、この様子だとフィルタの調整が少し怪しかったんじゃないか?

 

「つかぬ事をお聞きしますが――」

「あーあー、何も聞こえないわー。……じゃ、じゃあ壁がちゃんと村を囲っているか確認しましょうか――あ」

「あ」

 

ミーシャさんが足を止めたと思ったら、壁の反対側にこれまで見たことのない一際大きなゴブリンがいた。初めて見る種類のゴブリンだったが、俺たちはそいつをよく知っていた。

 

「うわ、出た。ゴブリンキングだ」

 

黒いアレを見てしまったような言葉が口をついて出てしまった。よくよく考えてみると、名前も少々アレと似ている。

 

氷の壁の向こうにいるゴブリンキングは、他のゴブリンよりもずっと大きな体躯を持ち、何かの骨で作った汚い冠をつけていた。

それに他のゴブリンとは違って、腰巻だけではなく、動物の毛皮を雑になめしただけのクロークを羽織っており、それが余計に変質者チックだ。

 

「はえー、これが噂のゴブキンですか。こんなのゴブリンを大きくしただけじゃないですか。はあ、なんだかガッカリですね……」

 

リアナがゴブリンキングの名前を縮めた所為で、余計に名前が黒いアレっぽくなってしまった。思ったままを口にしただけのようだが、それは正鵠を射ているかもしれない。

俺は妹ほどガッカリしていないが、それでもこんな薄汚い存在が、数百体以上のゴブリンを束ねる群の長だと思うと拍子抜けしてしまう。

 

「ギャガギャギャ!! ギャラガ!! ギャラガ!!」

 

俺たちに向かって何かを喚き立てているが、例によってさっぱりだ。

 

「…………」

 

ミーシャさんは何も言わずに、壁越しのゴブリンキングの前に立つ。それは、この村を治める長としての凛とした佇まいだった。

なるほど、これは見方によっては、村の長とゴブリンの長――長同士の睨み合いとも言えるだろう。

激昂するゴブリンキングとは対照的に、ミーシャさんは厳めしい様相だ。耳に掛かった茶色い髪をかきあげ、ゴブリンキングを挑発的に睨み付ける。

 

「私の氷は特別製よ。決して、溶かすことも破壊することもできないわ。村を囲う全長一キロの氷の壁。越えられるものなら越えてみなさい」

 

それは、この村の長としての言葉。そして、少し遅れた宣戦布告だった。

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