逃亡生活 八日目 夜
オルティゼル王国 山岳地帯の村 カソ入り口付近にて
ミーシャさんの挑発的な物言いに、ゴブリンキングは口角泡を飛ばし怒り狂っていた。
亜人種であるゴブリンに俺たちの言葉は通じない。しかし、彼女の冷酷に細められた視線は、言葉以上の蔑みを伝えていた。
「ギャガー!! ギャー!! ギャガー!!」
「これ、もうちょっと挑発すれば、自分から壁に触ってくれるんじゃないですかね? ……へーいへーい、どうしたどうした。かかってこいよ、バーカバーカ」
リアナが壁の反対側にいるゴブリンキングを挑発し始めた。圧倒的に優位な立場に立っているためか、完全に図に乗ってしまっている。
この妹……自分じゃ何もしていないのに、なんでこんなに偉そうな態度を取れるんだ。
リアナの言う通り、この氷の壁に触れれば、たとえ相手がゴブリンキングであろうとも、たちまち凍りついてしまうのは間違いない。
間違いないが、それでは困る。……こいつを殺してはいけないという話は、前もって伝えておいたはずなんだけど。
「というか、ゴブリンのくせに私よりもタッパがでかいとか、マジふざけんなですよ! ゴブリンなんか人間様を見上げるぐらいで丁度いいんです! 縮めー! 今すぐ縮めー!」
「……あんまり汚い言葉を使うのは止めようね。お兄ちゃんの教育方針に問題があると思われちゃうから」
そんな八つ当たりめいた挑発が効いたのか、ゴブリンキングはついに癇癪を起こした。濁った目を血走らせ、黄色く変色した歯を限界まで食いしばり、今にも砕けそうになっている。
「ギギギ……!! ギギ……ギギギ!! ギャガー!!」
「愉快痛快です。最高におもしろいですね。ぷぷぷー」
俺の妹……ひょっとして性格が悪すぎなんじゃ。というか、どこでこんな嗜虐嗜好を身につけたんだ。
今はゴブリン相手だからいいが、このろくでもない感情をひと様に向けないよう、本気で祈らずにはいられない。
「……行きましょうか。こんな王様気取りの猿を相手にしても時間の無駄だわ」
「むむ、お猿さんは可愛くて賢いです。こんな汚くて臭くて可愛くないゴブキンと同列に扱うなんて酷いです。あんまりです。かわいそうです」
この旅で意外にも動物好きだと判明した妹が、ミーシャさんに不服申立てた。
人生の大半を幽閉されて育ったリアナは、これまで猿なんて一度も見たことがない。一体こいつは猿の何を知っているというのだろう。
「そうね……ごめんなさい。確かにリアちゃんの言う通り、お猿さんと比べるなんて失礼だったわね。私も考えなしに喋り過ぎたわ。少し頭に血が上っていたみたい」
「いや、こいつに謝る必要はないですよ。俺もどの口が言ってるんだと思いますし」
ミーシャさんは、可愛がっていたリッキーを殺された上に、このゴブリンキングの手によって近隣の村も潰されている。
表面上は冷静に見えても、彼女の内心が怒りであふれていても不思議ではない。
「…………」
彼女は今も喚き散らすゴブリンキングに氷の一瞥を与え、壁に手を添えて歩き出した。先ほど言った通り、この氷壁に問題がないか確認するためだろう。
村の内側まで攻めてきたゴブリンはすべて凍死。村の外にいるゴブリンは、迂闊に触れると即死する氷壁に隔てられて手出し不能。
つまり、壁があるうちは安全が確保されており、互いに手出しのできない状態だ。だったら、多少の雑談をしても問題ないはず。
「……そこらに盛られていた塩って、この氷の壁と関係しているんですか?」
ちょうど村の外周に盛られた塩の上に、氷壁が出現している。十中八九、この魔法と関連性があると見ていいはずだ。
「うん、そんなところ。目の届く範囲外の魔法だから、私なりに色んな工夫が必要なのよ。扱いがデリケートな大深度の氷魔法だし。それ以上の説明となると話が専門的で長くなっちゃうわね。……なにかと限定的で不安定な要素が多いから、見た目より自由度は高くないわ」
あまり高度な話になると、俺の頭では到底理解できないだろう。
体質上、第一層魔法の基礎である指先に火を灯すこともできない俺は、この旅でも火打石を手放せない魔法使い(笑)だった。
「大深度……ちなみに第何層の魔法なんです?」
「十七層よ。ふふん、これはちょっと大したものだと思わない?」
「第十七層魔法……!」
並の魔法使いでは、生涯を捧げても到達できない領域だった。
ミーシャさんがこの村に住んでいるのは、両親の死を看取れなかった贖罪だと言っていた。そうだとしても、こんな山奥の寒村で腐らせるのは相当もったいない。
「ちょっとなんてものじゃないですよ! 下層魔法じゃないですか! もしこの村の村長を罷免されたら、ウチに……クリューガー家に訪ねてください! 姉さんが超高待遇で雇ってくれますよ!」
鼻息荒くなってしまったが、そうなるのも仕方がない。
魔法使いという生き物は、総じてろくでなしの奇人変人揃いだ。彼女のように人格面でも能力面でも優れた人物なら、どこに行っても悪いようにはされない。
特に姉さんは徹底した才能至上主義だから、ミーシャさんをとても可愛がってくれるはず。
「あらそう? 銀炎の側で働けるなんてまたとないチャンスよね。私が罷免……されるかどうかはわからないけど……ふふ、今の話は一応忘れないでおこうかしら」
反応を見るに、彼女は本気にしているわけではない。数日前に彼女が『この村に骨を埋める覚悟がある』と言ったのは、その場限りの思い付きで口走った言葉ではないのだろう。
一方で俺は、その場限りの思い付きでとんでもないことを口走ってしまった。
もしミーシャさんが我が家への転職を本気で考え、俺たちの居場所を姉に漏らしでもしたら、自らの墓穴を掘ることになってしまう。
「そ、そういえば……さっき俺のおかげでゴブリンのみに対象を絞ってフィルタができたと言ってましたけど、あれって何のことですか?」
話が良くない方に脱線したので、他の気になる点を確認することにした。
本来なら、下層クラスの魔法使いと話す機会なんて滅多にない。後学のために聞ける話は、今のうちに聞いておこう。
「あー……それね。ゴブリンキングの子供の中でも血が色濃く出るゴブリンシャーマンの遺伝情報が欲しかったのよ。それがわからないと、ここまで精密なフィルタができなかったの。だから、ゴフシャーの死体をここまで運んできてくれたアンリくんのおかげってわけ。……それともう一つ、これにはリッキーも関係していて――」
「リ、リッキー!」
その名前を聞いた瞬間、思わず生唾を飲み込んでしまう。
リッキーはゴブリンの手によって無残に殺されてしまったが、ここでついに『秘密兵器リッキー』の秘密が判明するのか……!
でも、秘密兵器の秘密が判明するとただの兵器になってしまうのか? それに『兵器リッキー』だと語感があまりよくない気もするぞ……!
◇
「兄さん!!」
突然、リアナが俺の足を止めるように、腕を引っ張ってきた。しかし、低身長・低体重・低筋力の彼女が歩いている俺を止められるはずもなく、ずるずると引きずってしまう。
「……ちょっと今、ミーシャさんの話が良いところなんだ。トイレに行きたいなら、近くの家のを借りていいからね。家の人は不在だと思うから、あとでちゃんとお礼を言うように」
構ってあげたいのは山々だったが、今の俺の関心はリアナよりもミーシャさんの話に向いていた。
俺はリッキーの秘密を、まさに運命の悪戯と呼べるほどのタイミングで聞きそびれている。だから、今度こそあの雌牛に隠された秘密を一秒でも早く知りたい……!
「ば、馬鹿ですか! あなたは本当に馬鹿なんですか!」
珍しくリアナが焦っている。いや、さっきミーシャさんに素の性格がバレた時もやたらと焦っていたから、実はそんなに珍しくないかもしれない。
こいつは外見だけなら、楚々とした深窓の令嬢然としているのに、どうしてこうも中身と外見が一致しないのか。
「んもー、何なの? お腹でも空いたの?」
こういう時は、妹の口に飴を放り込むと効果的なんだよな。次に大きな町に行ったら、すぐに仕入れよう。
「ちーがーいーまーすー! ゴブキン……ゴブリンキングが……!」
「……ゴブリンキングが?」
怒りのあまりに憤死でもしたのか。いや、そんなわけないか。だって。
「――わ、私たちの後をつけているんです……!! き、気持ち悪いです……!」
「なんですって……!?」
ミーシャさんが大袈裟に驚いているが、そんなことは言われるまでもなく気付いていた。
この氷の壁で守られている以上、ゴブリンキングが俺たちを尾行しても何もできやしない。だから放っておいたのだが、まずかったのか?
「え? なにか問題あったんですか?」
「ううん、なにも問題はないはずよ……。でも、なんだか気味が悪いわね」
気味が悪い……確かにその通りだ。敵の首魁が自ら俺たちを尾行するなんて、普通に考えればリスクを伴う行動でしかなく、何のメリットも存在しない。
俺がその気になれば、単身で壁を乗り越えてゴブリンキングを殺害することも可能だ。今もこいつが生き長らえているのは、単にミーシャさんに止められているだけに過ぎない。
「…………」
振り返ると、壁の向こうでゴブリンキングがヒタヒタと俺たちを追いかけてきている。こうして直接姿を見ると、何とも不気味な姿だった。
「アンリくん……君がゴブリンキングの立場だったとしたら、これからどう動く? 壁の高さは五メートルで、破壊は不可能。壁に触れたら死亡、運良く侵入できたとしても死亡。壁もいつ消えるかわからない。それを踏まえた上で、何か意見を聞かせてもらいたいわ」
改めて本人の口から説明されると、とんでもない魔法だな。村を守るという条件さえなければ、ミーシャさん単身でゴブリンの群れを殲滅できたんじゃないか。
とはいえ、彼女の懸念通り、俺たちが見落とした秘策がゴブリンキングにはあるかもしれない。
この壁にしても絶対無敵というわけではない。対象範囲がゴブリンに限定されているため、攻略法はいくつか存在する。特に、壁の高さを無視できる火矢やスリングを使った投石は、村の破壊に効果的だろう。
しかし、ゴブリンシャーマンを失った群れには、そんな道具を作れる知恵者はいないはず。
「はいはいはい! 破城槌で壁を破壊します! 攻城兵器です! 大きい兵器は浪漫に溢れて格好良いです!」
質問されたのは俺なのに、なぜか我が妹が元気に手を上げて答えていた。頭は良いはずなのに、どうしてたまにこんなあんぽんたんな発言をするんだろう。
どうでもいい情報だが、リアナの兵器好きは俺の影響だ。以前、彼女の部屋に置き忘れた俺の本を勝手に読んでいた。なので妹は意外と男の趣味に対して理解がある。
「壁の破壊は不可能って最初に言いました! そもそも、ゴブリンはそんなものを持っていません! というわけで、リアちゃんは大幅減点! 回答権剥奪! ……それでお兄ちゃんの方はどう思うかしら?」
「ガーン……そ、そんな……必死に考えたのに。こんなのってないです……。酷いです……あんまりです……しくしく」
リアナがわざとらしく泣いたフリをする。俺も妹のボケた回答に追随したい気分だったが、これ以上はミーシャさんにガチ気味に怒られそうなのでやめておこう。
「そうですね。見張りのゴブリンを何匹かここに残して撤退、ですかね……。ゴブリン側の残存戦力もまだ相当残っていますし、一旦拠点に戻ってから見張りのゴブリンに村の状況を逐次報告させます」
ゴブリンの知能を考えれば、それが精一杯だろう。決して甘く見ているわけではないが、これまでの行動と照らし合わせて考えれば、この程度が限界だと考えられる。
「うん、私もそれが一番だと思うわ。……次善策としては食料封鎖かしら。いくらゴブリンにとって難攻不落の要塞だとしても、私たちもいつまでも籠城できないからね。村が維持できなくなるまで囲われてしまったら、それこそどうしようもなくなるわ」
食料封鎖……つまり、兵糧攻めか。今のように籠城している俺たちにとっては、うってつけの作戦だ。
兵糧攻めをするにしても、ゴブリン側にもある程度の供給確保が必要だが、アイツらにそんな知能があるとは思えない。今回の襲撃にしても、個人用のおやつくらいしか持ってきていないのではないか? 百匹を超えるゴブリンの維持は、まずもってできないはずだ。
「ところで、この壁はどれぐらいもつものなんですか?」
この氷の壁が数時間程度でなくなるなら話にならない。それこそ籠城以前の問題だ。
「私が気の済むまで……とはいかないけど、何日かは展開可能よ。一度展開した後なら魔力消費はそれほど酷くないからね。普段通りに生活するだけなら三日はいけるかしら」
「じゃあ村に食料があっても、長期の籠城戦は無理なんですね。でもその情報をゴブリンは知り得ないわけですから、やっぱり一時撤退するんじゃないですか? 知って三日待つのと、知らずに三日待つのでは雲泥の差ですし」
「うん、だから私も今回は帰ると思っていたのよ」
どちらにしても、あいつらに三日以上待てる忍耐力はないように思えるが、それは過小評価し過ぎだろうか。
……それと壁が維持できなくなる理由は、ミーシャさんの魔力不足によるものね。ふむ。
「しかし下層魔法だけあって、とんでもない性能ですね。襲撃初日から使えばよかったじゃないですか」
「それも一度は考えたんだけど、さっきも話したとおりフィルタの精度の問題と事前準備の多さ、それに使用後の魔力回復に数日要するからね。ここぞという時にしか使えないのよ」
つまり、奥の手の魔法だったということだ。
もし襲撃の初日にこの魔法を展開に成功したとして、三日間だけ村を守れたとする。その後、ミーシャさんは魔力枯渇によって戦いに参加できなくなってしまう。
彼女という最大戦力を欠いた村の力では、多勢に勝るゴブリンにいずれは蹂躙されてしまうわけだ。やはり、どの局面においてもミーシャさんの魔力切れが懸念材料になるな。ふむむ。
「ならその問題を一つだけ解決しましょうか。……じゃーん! ここに我が愛しの妹がいます。リアちゃん、ミーシャさんによろしく」
「あー……はいはい、兄さんは見栄っ張りさんですね」
今の会話から自分の役割を察したリアナが、ふんすと鼻を鳴らし、腕まくりのフリをする。
「私、気合入れてます」という意気込みのつもりだろう。もっとも、彼女にとって魔法の行使は呼吸と変わらないものなので、そんな気合を入れる必要は一切ない。
「……そ、それじゃ失礼しますね」
リアナが少し緊張した面持ちで腕を伸ばし、ミーシャさんの胸元にぽんと手を置く。少しすると、青い光が手のひらから発生した。
……傍から見ると、おっぱいを揉んでいるみたいで、ほんのりエッチだ。
「私は別に怪我なんてしてな、い……!? ええええ!? ウソウソウソ……信じられない、信じられない……!」
ミーシャさんが顔を紅潮させ、子供のように驚いている。ここまで大げさな反応を見せてくれるなんて、こちらとしても嬉しいものだ。
……この村に初めて訪れた時、彼女の前で無詠唱の魔法を使って驚かれたことを思い出す。だけど、今回はそれとはワケが違う。彼女が驚いているのは、リアナの回復魔法の性質だ。
「リアの回復魔法は怪我だけではなくて、魔力回復も可能です。ついでに腰痛、肩こり、冷え性の改善といった温泉のような効能もあります。……どうですかね、これならこの村の食料が尽きるまで籠城ができません?」
今のリアナは、底なしの魔力タンクのようなものだ。他者の魔力充填も可能な回復魔法を長時間使っても、絶対に疲れたりはしない(飽きることはある)。
それだけだと隙がないように聞こえるが、決して万能ではない。出力が極端に弱く、治療に時間がかかるため、戦闘中での咄嗟の使用はまず無理だ。
それに、睡眠欲求だけはどうにもならない。屋敷から抜け出したときも、俺の強化魔法とリアナの回復魔法を併用して国を跨ぐ長距離移動をしたのは記憶に新しい。
あの時は、妹を背負いながら休まず眠らずの死ぬ思いをして、なんとかこの国まで辿り着いた。もし睡魔まで取り除けたなら、あそこまでの苦労はしなかっただろう。
「アンリくんは私をよく褒めてくれるけど……私なんかより、リアちゃんの方がよっぽど凄いわね……。やっぱり銀炎の妹ちゃんだけあるわ。ちょっと本気でクリューガー家に就職を考えようかしら……?」
あれ? もしかして、今度は本気で心動いている……?
その選択がこの村のためになるかどうかは別として、ミーシャさん自身のためになるのは、間違いなく我が家だと自負できる。クリューガー家は魔法の研究機関として、世界で五指に入るレベルだ。
「自分の才能を限界まで伸ばしたいのなら、身内の贔屓目抜きでもこれ以上ない選択だと思いますよ。………あ、もし姉さんに会った時なんですけど」
「わかっている。君たちのことは決して銀炎に言わない。それについては、亡くなったお父さんとお母さんに誓うわ」
「ありがとうございます。でもそれは大前提でお願いします。俺が言いたかったのは、ウチの姉のことを『銀炎』と呼ばない方がいいってことです」
あと、本気でウチに来るつもりがあるのなら、姉の動向を定期的に教えてもらいたい。そんな下心たっぷりの算段もあった。
まあ、それは都合が良すぎるし、下手をすれば彼女の立場が危うくなりかねないので、言わないでおこう。
「え? だって銀炎の名前は、ユーテウス院から授かった名誉あるものなんでしょ?」
「ユ……ユユユユ、ユーテウス院……!!」
あ、『ユーテウス院』の名前を聞いたリアナが怒りに打ち震えている。ユーテウス院は、一介の魔法使いにとって避けて通れない話題の一つだ。
しかし、俺たち…特に妹にとっては、一言では語りきれない確執がある。
「リアちゃん、大丈夫? どうかしたの?」
「あ……あの糞ジジイども……! 絶対に絶対に許しません……! 私の生活を奪いやがって!」
ミーシャさんの心配する声も耳に入らないほど、頭に血が昇っている。俺たちがこうやって姉から逃げるようになった元凶なわけだし、その気持ちもよくわかる。
「リアのことは放っておいてください。クリューガー家とユーテウス院との取り決めで問題がありまして」
「ふーん……このご時世では考えられないぐらい、ユーテウス院は公平公正なところなのに。そんなに怒るようなことがあるのかしら……?」
ミーシャさんの言う通り、俺たち魔法使いを統括するユーテウス院は、間違いなく公平公正だ。国や機関との癒着もなく、賄賂も絶対に受け取らない。
それどころか、身分や立場だけでなく、過去の経歴や実績すらも顧みない。その人物が現在持つ才能と能力だけを正当に評価し、正式に認める、唯一無二の組織と言っていい。
我がクリューガー家もまた、アルメルが共和政以前の帝国時代から、深く長い繋がりがある。
ただ、他の魔法使いの例に漏れず、ろくでなしの奇人変人が集まった組織であることは間違いない。だからこそ、リアナがああやって怒るのも無理はなかった。
「あのジジイどもさえいなければ、私は今もあの部屋で兄さんと紅茶を飲んでいられたのに! 殴らせろ! 百回殴らせろ!」
……これは酷い。今後は妹の前で、ユーテウス院の名前を出すのは厳禁だな。
「リアちゃんも怒ったりするのね……」
「こいつ、見た目こんなですけど、かなり怒りやすいですよ」
リアナは大人しそうな見た目で、基本的に無表情だから、ミーシャさんがそう思うのも無理はない。実際は外見に反して感情の起伏が激しく、怒るときは感情を露わにしてすぐに怒る。
「……それで姉についてなんですが、どうも本人は銀炎で呼ばれることにくすぐったさを感じているみたいで」
「へぇ、それは意外かも。彼女はそんなの気にしない人かと思っていた」
姉は豪胆で傲岸不遜な人物だが、妙なところで繊細な部分があった。
対外的に『銀炎』と呼ばれる分には我慢しているが、部下や友人にそう呼ばれると背中が痒くなるらしい。これはいつかの本人談だ。
「だから本名のアイリスと呼んでやってください。多分その方が心証良いと思います」
「ふーん、やっぱり家族だけあって色々と詳しいのね」
…………家族。
俺とリアナは間違いなく、姉と同父同母の肉親だが、果たして今の彼女にとって、俺たちはちゃんと家族として見られているのだろうか。
あの時、姉さんがリアナに向けた殺意は間違いなく本物だった。あれは決して、血を分けた妹に向けるべき感情ではない。
何が姉をあそこまでの狂奔に駆り立てるのか。それさえわかれば、多少の話し合いの余地があったのかもしれない。