いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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44.投擲と決着

「あれ? ゴブリンキングは死なないんですね?」

 

氷壁の向こうに残されたのは、朽ち果てた我が子の中で立ち尽くすゴブリンキングだけだった。こいつの程度の頭では、ここで何が起きたのか理解できないだろう。

 

「ギギ、ギ……?」

 

ほんの少し前まで、自分の子供であるゴブリンたちと悪趣味な宴を開いていた。それがミーシャさんの毒によって、そのすべてが死に絶えた。

それはつまり、ゴブリンキングが王たり得るためのメッキを剥がされたことになる。もはや、ここにいるのは図体が大きいだけの一匹のゴブリンに過ぎない。

 

「ゴブリンキングの子孫だけを殺す毒だからね。服毒した対象に効果がないのは、我ながら皮肉だと思うわ」

「となると、ここにいないゴブリンも死んでるんです?」

「とーぜん」

 

未だ百匹以上のゴブリンがどこかに潜んでいるはずだ。今の話が本当なら、やつらは自分たちの身に何が起こったのか分からないうちに死んでいる。

……リアナがさっき言っていた通り、本当にえげつない代物だった。

 

「てか、これは……」

 

ふと、ある仮定が浮かんでしまう。この毒が人間にも効果があるとしよう。

そして、君主制国家の先王に毒を盛ったとする。その結果、在位中の国王を含めた一族全てが死んでしまう。それはつまり、国家制度の完全な崩壊だ。現国王に毒を盛るよりも難易度が低い分、余計にたちが悪い。

怖っ! 想像するだけで背筋がゾッとしてしまった。

 

「あ、でもゴブリンに乗っ取られた村に、ゴブリンキングの血縁以外の雌が多少は残ってるんじゃない? ま、そっちは弱っちいし、私と村のみんなで適当にやっておくわ」

 

あの村には二度と近づきたくなかったので、それは非常に助かる。ミーシャさんたちなら、ゴブリンに殺された人たちも適切に弔ってくれるだろう。

 

 

「あーっ! ゴブキンが逃げます!」

 

自分の子供が全滅し、茫然としていたゴブリンキングが突然背を向けて走り出した。

それこそ脇目も振らず、一心不乱に全速力で逃げている。体が大きいため歩幅が広く、意外と足が速い。

 

「あらほんと、逃げているわね。暗いし茂みに入られたら、ちょっと面倒かな。……待ってて、いま壁を消すから」

「いや、その必要はないですよ」

 

『脚』に魔力を通わせ、力を込める。氷壁の高さは五メートルだが、これくらいなら助走なしの垂直跳びで余裕だろう。

ただ、着地時に氷で足が滑らないかが心配だ。ここで転んだらあまりに格好がつかない。

 

「ふっ――」

 

着地時の衝撃緩和と滑り止めのため、両足と片手で氷壁の上に三点着地する。

 

「……ありゃ? 氷なのに思ったより滑らない?」

「知らないの? 氷は溶けて表面に水膜が張っていないと滑らないのよ。完全に凍結していれば、ご老人だって転ばないわ。……初めて会った日に言わなかったっけ? 私の氷は特別製で溶けにくいって」

「へえー、知りませんでした」

 

ミーシャさんが壁に立つ俺を見上げながら、どこかで役立ちそうな豆知識を披露する。うん……氷の上が滑らないのなら、わざわざゴブリンキングを追いかける必要もないな。

 

「リアちゃん、そこら辺に落ちてる大きめの石、どれでもいいから拾ってくれない?」

「なんですか急に。路傍の石がほしいだなんて、頭がどうかしちゃいましたか? それとも石に親近感が湧きましたか?」

「なってないから。お兄ちゃんをかわいそうな人扱いしないでくれ」

「まったく、変な兄さん。えっと、これでいいですかね? ……てーい!」

 

気の抜けた掛け声と共に、頭上の俺に拾った石を投げる。全身を無駄に使い、両手を天に掲げるようなへっぽこな投げ方だった。

 

「よっと」

「おー、ナイスキャッチです」

 

うーん、仕方ないとはいえ、これまで運動をしてこなかった人の体の動かし方だなあ。

うちの一族は代々魔法だけでなく、運動神経も優れている。リアナもこうして外に出るようになったので、体の動かし方や使い方もわかるようになるだろう。そして、ゆくゆくはお兄ちゃんとキャッチボールだ。

 

「うん、丁度いいサイズ。硬さも申し分ない。リアちゃん、ありがとう」

 

実際、彼女の投げた石は明後日の方向に飛んでいったが、それぐらいなら俺のお兄ちゃん力でカバーできる。石の大きさは拳大。……これならまあ、十分だろう。

『眼』を強化し、ゴブリンキングまでの距離を測る。ミーシャさんの光源魔法の範囲から外れていたため、多少見づらかったが……ざっと二百メートルくらいか。

 

「……問題ないかな」

 

正しい投擲方法。それは腕の遠心力、腰の横回転、そして上半身から下半身への体重移動が重要だ。リアナのように、デタラメに全身を使えばいいわけではない。

天が味方してくれたのか、風は全く吹いておらず、無風状態。『腕』と『脚』を二点強化。これくらいのサイズの石であれば、ここから一キロ先まで投げられる自信がある。

 

つまり、二百メートル先にいるゴブリンキングを狙う程度、なんてことない。

 

片足を一歩前に出し、石を持った右腕を頭上に振りかぶる。そのまま、汚れた毛皮のクロークをまとったゴブリンキングの背中に向けて――全身全霊の力で石を投げた。

投げたと同時に、強化範囲を『視覚』『聴覚』に移す。ドンという衝撃音が辺りに響く。

 

「――ギャ!」

 

ゴブリンキングの断末魔は一瞬で途切れた。あの下品な声をこれ以上聞かずに済んだのは好都合だ。

俺が投げた石は、ゴブリンキングの背中を抉り、骨を砕き、内臓を潰し、腹を貫通した。背中の入り口の位置から推測するに、出口はちょうどヘソの辺りだろう。これなら間違いなく即死だ。

 

「ゴブリンキングを殺しました。これにてゴブリン討伐完了です」

 

壁の下にいる二人に向かって、親指を立てて見せる。ここで多少かっこつけても罰は当たらないだろう。

 

「やたー! やたー! 私の兄さんがかっこいいー!」

 

リアナがぴょんぴょんと跳ねながら喜んでくれている。石の投げ方は下手だったが、その喜び方はお兄ちゃん的にパーフェクトだ。

 

「うん……アンリくん、お疲れさま。リアちゃんの言う通り、ちょっとだけ格好良かったわよ」

 

ミーシャさんも右手を突き出し、親指を立ててくれた。いつもより笑顔が明るい気がする。長かったゴブリンとの戦いも終わり、安堵しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ぐーぐーとお腹が鳴っています。お腹空きました。ご飯食べたいです」

 

リアナはお腹を押さえながら、空腹を訴える。屋敷にいる時と比べて動く機会が増えたからか、リアナの食欲もすっかり増していた。

そういえば、俺たちはまだ夕飯を食べていない。夕方頃に起きてからミーシャさんを探しに行って、その帰りにゴブリンとの最終決戦に巻き込まれたのだから当然か。

 

「確かにお腹減ったな……」

 

戦いの緊張から解放されたせいか、俺も空腹を感じていた。

ミーシャさんの手料理は錬金術師ということもあって、分量や加熱のタイミングに一切の手抜かりがなく、これまで出された食事はどれもこれも絶品で美味しい。

ただ、ゴブリン討伐も今日で完了した。そうなると、彼女の手料理はあと何回食べられるのか。旅をしている以上、別れは常につきものだが、多少は寂しくもある。

 

「それじゃ、少し遅い夕飯と行きたいところだけど……その前にリアちゃんにはとっても大切な仕事があるわよ?」

「リアに仕事ですか?」

 

こいつのやれることなんて、それこそ回復ぐらいしかないと思うが、何かあるのか?

 

「ええー? 何なんですか? 私もう働きたくないんですけど!」

「一応言っておくけど、今日のリアちゃんは何も働いてないからね。むしろ俺たちの邪魔をしてただけだからね」

 

リアナはミーシャさんの魔力を回復させたが、その程度は仕事のうちに入らない。

それよりも、ゴブリンとの戦いのさなか、彼女を守ることに専念させられたので、本来とは違う戦い方をするはめになった。そのマイナスのほうがずっと大きい。

 

「うーんとね。今、教会には負傷者がたくさんいると思うの。だから、みんなリアちゃんが来るのを今か今かと待ちわびているわよ」

 

そうだった。ど忘れしていたが、教会のある中央広場で屈強な村人たちがゴブリンを迎撃してくれたのだ。彼らの尽力がなければ、俺たちは挟み撃ちに遭っていただろう。

 

「いーやーでーすー! 絶対にいーやー! そんなところに行きたくありませーん!」

「こーら、我儘を言うんじゃない」

 

リアナのクソガキっぷりは今日も健在だった。ミーシャさんも、この妹と友達になったことを後悔しているんじゃないか?

 

「自然治癒こそ人が持つ正しい機能であり、魔法による回復は人の節理から外れたものという学説があるみたいですよ? ええ、なんだか私もその説が正しいような気がしてきました。魔法よくない。捨てよう、魔法」

 

これが指を紙で切るような小さな傷でも、瞬きよりも速く治す人間の言い草である。俺は、リアナが血を流している姿を一度だって見たことがない。

 

「大丈夫大丈夫。そんな時代遅れの魔法排斥主義者は、私の村にはいないから。みんな、リアちゃんにはとっても優しくしてくれるわよ。行きましょう行きましょう。さあ、行きましょう!」

 

ミーシャさんがリアナの両脇を掴んで、仰向けにズルズルと引きずっていく。妹のささやかな抵抗によって、地面には靴の跡が刻まれていた。

 

「ミーシャさんも案外強引だなあ……。でもまあ、いいか」

「いーやー! 兄さーん! 助けてー! あなたの美人でかわいい妹の危機ですよー! いーやー!」

「いってらっしゃーい。お手柔らかにお願いしますねー!」

 

悲痛な悲鳴を上げるリアナを無視して、俺は二人を生温かい目で見送る。

そういえば、以前にもこんな光景を見たな。確かあれはベリンダちゃんの部屋にリアナが連行される時だったか。

 

……どうやら俺の妹は友達ができると、一度はどこかに引きずられる運命にあるらしい。

あの頃のリアナは人前でほとんど喋れなかったのに、たった数日でこんなにも人は成長するものなんだなあ。しみじみ。

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