いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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45.向き合って、お話をしましょう

互いの存亡を賭けたゴブリンとの戦いは、ミーシャさんが治める村の勝利で幕を下ろした。

 

村からは何人もの負傷者が出てしまったが、それでも犠牲者は一人も出さなかった。それは村のみんなの実力もさることながら、ミーシャさんの辣腕が一番の理由だろう。

村を一つにまとめ上げた指揮能力以上に、魔法使いと錬金術師、その二つの顔で彼女は真価を発揮した。魔法の氷壁が全ての住人を護り、錬金術の毒が全てのゴブリンを殺し尽くした。

この成果は、どんな穿った見方をしても完勝と言って過言ではない。

 

犠牲者は一人もいなかった。それは間違いない。それでも、手放しで喜べない心境だった。

どうしても、ミーシャさんの家で数日間を共にしたリッキーが脳裏に浮かぶ。それが村で飼われていた家畜の一頭だったとしても、あの凄惨な最期を思い出すと胸が痛む。

手前勝手な想像だが、リッキーこそが唯一の犠牲者であり、最大の功労者かもしれない。

 

そんなリッキーと最も近くで接していたのは、間違いなく飼い主であるミーシャさんだろう。

リアナによる村人の治療が終わり、村を護る氷壁を解除した直後。彼女はゴブリンによって食い千切られたリッキーの遺体に駆け寄り、こう呟いていた。

 

「ごめん……ごめん……この村のためにあなたを犠牲……ううん、利用した私なんかが謝れる立場じゃないのはわかっている。でも……それでも、ごめんなさい……」

 

誰にも聞こえない、小さくて今にも泣きだしそうな声だった。いや、実際に泣いていたのかもしれない。

あの独白は、聴力強化がなければ聞こえなかっただろう。……この時だけは、俺も聴力強化を解除しなかったことを後悔した。

その後、ミーシャさんは誰の手も借りず、一人でリッキーを村の外れに埋葬した。

 

 

 

 

 

 

逃亡生活 九日目 昼

 

オルティゼル王国 山岳地帯の村 カソ

村長代理の錬金術師兼魔法使い「ミーシャ・ノルドマン」の自宅にて

 

 

 

「むふー、ご飯美味しいです。クリームと鶏肉の相性は最高ですね。これは昨日の労働の正当な対価です」

「はいはい、リアちゃんはみんなのために頑張ってくれたからね。これぐらいで良ければお安いものよ」

 

半日近くの睡眠を取ったリアナが、ご機嫌な様子で朝食兼昼食を食べている。

今日のメニューは、今朝村で焼いたばかりの香ばしい白パンに、ミーシャさんがクリームから作った鶏肉のフリカッセだ。バターでローストしたニンニクと作りたてのクリームの香りが食欲をそそる。

 

「そういえば……ここ」

 

この地下室は、昨日ゴブリンシャーマンの解剖に使っていたが、その臭いはすっかりなくなっていた。どのような消臭したのかは不明だが、おかげで今日も美味しく料理を楽しめる。

……リアナは知らないだろうが、このテーブルの上でゴブリンシャーマンを解剖したのだ。まあ、そのことは忘れてしまおう。あれはやむを得ない事情だった。

 

「うん、想像以上の美味さです。ミーシャさんの料理はいつも良い意味で想像を裏切りますね」

「貴族のご子息ご息女に褒められるなんて光栄ね。君たち、普段はもっといいもの食べているでしょうに」

「リアはお菓子ばかり食べて、ろくに食事を取らなかったんですよ。こんなに食べるようになったのはここ最近です」

「……兄は妹の秘密を勝手に暴露しないでください」

 

それこそ、この旅をするようになってからだ。ちゃんと食事を取るようになった理由はわからない。でもリアナは痩せっぽっちなので、常日頃から妹を心配するお兄ちゃんとしては嬉しい限りだった。

 

「へえ、だったらこうやって食べてもらえるのは嬉しいかも」

 

ひねくれもののリアナが上機嫌で舌鼓を打つのも頷ける。ミーシャさんの料理は本当に美味しい。彼女の卓越した料理の腕もさることながら、氷魔法によって食材を貯蔵できるのも大きかった。鮮度を保てた食材を用意できるのは、氷魔法のエキスパートである彼女ならではだろう。

 

とまあ……べた褒めしたところで、彼女の料理もこれで最後になるけど。

 

 

ゴブリンとの決戦の後、村人の治療を終えたリアナはヘトヘトに疲れていた。疲労の原因は回復魔法の行使だけではない。

仕方がないことだが、精鋭ゴブリンとの戦闘によって村からの負傷者がこれまで以上に多かった。彼女は日付が変わるまで治療に当たり、そんな次から次へと来る怪我人の対応に疲れ果てていたのだ。

まさに人見知りの本領発揮といったところだが、俺だって何十人もの人を相手にするのはさすがに疲れる。途中で音を上げて逃げ出さなかっただけ立派だった。

そのため、その日はちゃんとした夕食を取る暇もなく、村の奥様方が用意してくれた簡単な軽食で済ませることになった。

医者でも治療士でもない俺が居ても邪魔になると思ったが、リアナは頑なに俺のそばから離れようとしない。仕方なく、傷の位置や深さ、出血の有無などの簡単な問診の手伝いをしていた。

 

リアナは、村の皆の前ではミーシャさんの時とは異なり、素の顔を見せずに黙々と流れ作業で治療を行っていた。

その中には、リアナに惚れていると噂される村の若者たちもいた。彼らにとって、彼女のそばにいた俺の存在はさぞ疎ましかったことだろう。中には話しかけてくる若者もいたが、彼女の肉親がすぐそばにいるため、さほど踏み込んでくることはしなかった。

そういう意味では、俺というコブ付きがいることが、結果的に良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

美味しい食事を終えて、ミーシャさんお手製のハーブティーを楽しんでいた時のことだった。

 

「ねえ……君たち」

「はい? どうかしました?」

 

ミーシャさんが姿勢を正し、普段は見せない少し緊張した微笑みで俺たちを見ている。何か大切な話がありそうだったので、俺も食卓の対面にいる彼女に倣って背筋を伸ばした。

 

「…………」

 

俺の隣にいるリアナは、空気を読めないのか、それとも読む気がないのか、ティーソーサー片手に知らんぷりしている。まあ、この妹は放っておこう。

 

「えっと……そうね、改めて言うのも少し照れくさいけど。アンリくん、リアちゃん、君たち兄妹には本当に感謝してる。私だけではどうにもならなかった局面がいくつもあった。私の村……カソを助けてくれてありがとう」

 

ミーシャさんとの邂逅から今日で四日目。

その出会いは、俺が道を盛大に間違えたことから始まった。それからなし崩しにゴブリン退治の手伝いまでしてしまったが、こうして振り返ってみれば悪くなかったかもしれない。

「世はなべてこともなし」とはいかない旅路ではあるが、この奇縁は意味のあるものだったと信じたい。

 

「お役に立てたようで何よりです。……ちなみになんですが、俺たちがいなかったらどうするつもりだったんですか? 作戦の大筋はそのままでしょう?」

 

これだけは訊いておきたかった。彼女一人だけだったら、作戦の肝となるゴブリンシャーマンの死体を手に入れるのは相当骨が折れたはずだ。

あの死体は、ゴブリンを全て殺す毒を作るために絶対に必要だった。初めてこの村を訪れた日にもリッキーはミーシャさんの家にいたことから、今回の作戦は既に決まっていただろう。

 

「私一人の場合は……そうね。ゴブリンが乗っ取った村に一人で乗り込んで、どうにかゴブシャーを奪取していたわ。村のみんなを連れて行ったら、騒ぎになって怪我人どころか、死人も出たでしょうし」

「マジですか」

 

思った以上に力技だった。彼女ならもっとスマートな方法を取ると思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。

 

「大マジのマジよ。私は君みたいに隠密行動なんてできないから、成功率は良くて半々ってところかしらね。……最悪の場合、私一人で村にいるすべてのゴブリンと全面戦争になっていたかも」

「もうそれでよかったのでは? ミーシャさんなら一人でも勝てる気がします」

「私の魔力が空っぽになってもいいのならね。それに、殺し損ねたゴブリンが村に流れてくるリスクがあるし。……ま、それだけ君たちが居てくれて助かったってこと」

 

冗談のつもりだったが、どうやらミーシャさんは本気で勝つつもりだったらしい。確かに、ミーシャさんが有象無象のゴブリン如きにどうにかされる姿は想像できない。

……俺があの村にいるゴブリン全員と戦う事態に陥っていたら、どうなっていただろうか? 十中八九、途中でマチェットが使い物にならなくなって、逃げ出していたと思う。負ける気はしないが、数が数だけに勝てる気もしないのが本音だ。

 

国境の森の妖樹に、ゴブリンの群れ。今日までの旅路を考えると、もっとまともな武器を持った方がいいかもしれない。

だけど俺たちは、名誉や武勲を求める冒険者ではなく、日陰に生きる逃亡者だ。怪我や死亡のリスクを考えれば、戦いなんてしたくないし、余計な荷物も増やしたくない。

戦闘に自信がないわけではないが、それはあくまで緊急時の手段であり、目的ではない。だから俺には、携帯性に優れ、取り回しのしやすいマチェットがあれば十分だろう。

 

 

「それで君たちの報酬の件なんだけど……今朝、ようやく調合が終わったわ」

「……え? 今朝?」

 

あの時、報酬について教えてくれなかったが、まさか用意すらできてなかったのか。

すでに報酬があるように見せていたのは、俺に依頼を受けさせるためのブラフだったらしい。しかし、『用意してある』と断言はしていなかったので、今となれば抗議のしようもない。

やはりというか何というか、ミーシャさんは俺よりも一枚も二枚も上手だったな。でも、不思議とそこまで悪い気はしないのは、彼女の人徳がそうさせるのだろう。

報酬は確か『リアナの安全に関係しているもの』と言っていた。具体性がなくピンと来なかったが、今の話からするとどうやら彼女が調合した薬らしい。

 

「私もここまで徹夜が続いたのは初めてよ。フフフ……ガリ勉だった大学時代の私だって、もう少し寝てたわ。でも……あと三日ぐらいはいけるかもしれない」

「止めてください。本当に死んでしまいます」

 

冗談かと思ったが、彼女の目は本気だった。青色の瞳が怪しくギラついている。寝不足で人が死んだという話は聞いたことがないが、少なくとも寿命は確実に縮んでいる。

 

「あれ?」

 

……なんだかミーシャさんの顔に違和感があるような? 昨日までの彼女とは少し違うような、そうでもないような。うーん?

 

「それで、完成品のこの薬なんだけど……リアちゃん飲んでみてくれる?」

 

彼女は立ち上がると棚から透明の瓶を取り出し、その『完成品』なるものを軽く振る。色は無色透明だが、水とは違って粘度が高くドロドロしていた。

 

「え……私ですか? 嫌です。そんな得体の知れないものは飲みたくないです。気持ち悪いです。断固お断りです」

 

いつの間にか、部屋の隅でミーシャさんの本を読んでいたリアナが、嘘偽りのない本心を言い放つ。

まあ、何の薬かもわからないのに突然飲めと言われても、誰だって嫌だろう。

しかし、リアナは素の状態だと俺以外にも容赦ないな。もっと段階を踏むものだと思っていた。

 

「ううう……そんなに悲しくなること言わないで……私とリアちゃんの仲じゃない……」

 

ミーシャさんはヨロヨロと歩き出し、泣きすがるようにリアナに体を預けた。

 

「わわ、な、何をするんですか!? 重いです! 人肌の感触と体温がキモいです! というか、私とあなたがどんな仲だと言うんですか!?」

 

突然の事態にリアナも困惑気味だった。それにどうしようもなく口が悪い。「人肌の感触と体温がキモい」って。よくもそんなあけすけに人を傷つける発言ができるものだ。逆に感心する。

 

「どんな仲って……そんなの……昨日、友達になったじゃない! とーもーだーちー!」

 

なんなんだろう。ミーシャさんが妙に子供っぽい。昨日までは毅然とした態度を取っていたのに、今日になってから幼児化してしまった。これはいよいよ、寝不足で頭がおかしくなってしまったか?

 

「ミーシャさん……テンションやばくないです? 今すぐ寝たほうがいいじゃないですか? それとリアは人を傷つけないように言葉を選びなさい」

「私、リアちゃんに嫌われちゃったのかしら……よよよ」

 

ミーシャさんがリアナにしなだれかかったまま、さめざめと泣き出してしまう。いくらリアナでもこれには無表情なりに眉を下げ、困ったような顔をしていた。

……なんてことだ。ミーシャさんがどこに出しても恥ずかしい大人になってしまった。寝不足のせいもあるだろうが、ゴブリンとの戦いが終わって、緊張の糸がぷっつりと切れてしまったせいなのかもしれない。

 

「……私はあなたを絶対に嫌いません。それだけは断言します。だからその薬を渡してください」

「うっそ」

 

驚いたことに、あのリアナが自ら態度を軟化させている。渋々ではあるが、飲む気になったようで薬を受け取ろうと手を差し出した。

 

『人に嫌われないようにするには、人を嫌わないようにするのが一番なんですよ? だから私は人を嫌いになったりはしません』

昨日言ったリアナの言葉だ。とても感銘を受けたので、お兄ちゃんメモリーにしっかりと刻まれている。

妹は人から嫌われるのを極端に恐れている節があった。だからなのか、自分がミーシャさんを嫌っていると思われるのは、彼女にとって不本意なのかもしれない。

 

「はい、どーぞ」

 

これまでの泣き言が嘘だったかのように、ミーシャさんがケロリとした笑顔で薬をリアナに渡した。

とっくに気づいていたが、あんなのは嘘泣きだ。彼女のような酸いも甘いも噛み分けた大人が、あれぐらいのことで泣くはずがない。

人間関係が希薄で、知り合いと呼べる人物が指の数で足りてしまうリアナには、あんなあからさまな演技も見破れない。とはいえ、大人のやる冗談にしては、少々大人気なない。

 

「うう……どうしてこんなことに……」

 

表情筋が死んでいるリアナは顔に出ないが、露骨に嫌そうな声を出した。受け取った薬瓶の蓋を開け、おそるおそる液体の匂いを嗅ぐ。

 

「……刺激臭がするようでしたら、うっかりという体で瓶を床に落とそうと思っていましたが……匂いは特にしませんね。無臭です。味も無味だといいんですけど」

 

少し安心したようで、リアナは瓶の中身を一気に飲み干した。白い喉が薬を嚥下すると同時に一瞬だけ膨らむ。

 

「うっ! うううーッ!」

「リアナ!! ど、どうしたんだ!?」

 

透明な液体を飲み込んだ途端、リアナがえずくようにうめき出した。まさか――毒!?

 

「うげー! な……なんなんですかこの味! 甘い! 甘いです! それしか言葉が浮かばないぐらいゲロ甘です!」

「……なんだ。そんなことか」

 

単に薬の甘さにむせていただけだった。ほっと胸を撫で下ろす。

ミーシャさんにしても、このタイミングで俺たちに毒を飲ませはしないだろうが、妹のことなので反射的に声を荒らげてしまう。

本気で俺たちに毒を盛る気があるなら、さっきの食事に混入させた方が確実だ。こんなあからさまな状況で仕込んだりしないだろう。

 

「ふふ、リアちゃんが飲みやすくなるように甘く調合したわ。その上で薬の効果に影響が及ばないようにするのに、かなーり苦労したわよ。私の自信作ね!」

「ば、馬鹿なんじゃないですか?! 紅茶に砂糖をいくら注ぎ込んでもここまで甘くなりませんよ! それなのに後味だけが妙に爽やかなのが逆に苛つきます!」

 

一体どれだけ甘かったんだ。甘味が好物であるリアナが、あんなに顔を歪ませるなんて少し経験してみたい気もする。すぐに後悔しそうだけど。

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