いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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46.矢車草の花の色

「ねえねえ、アンリくん……リアちゃんの変化に気付かない?」

 

ミーシャさんが取っておきの悪戯を成功させたような笑みを浮かべ、奇妙な質問をしてきた。

 

「変化ですか?」

「ええ、リアちゃんの顔の変化ね」

 

敬虔なお兄ちゃんである俺は妹の顔を何時間でも眺めていられるのだ。だから、どんな些細な変化であってもたちまちに気付けてしまう。

 

「フフフ、それは俺という兄に対しての挑戦ですか? 舐められたものですね、受けて立ちましょう」

「ちょ、挑戦……? ……うん、まあいいわ。そう思うならそれで」

 

未だ薬の甘さにむせ返るリアナの側に移動し、彼女の首を俺の方に四十度ほど曲げた。「ぐえ」という変な声が漏れたが、彼女の顔はいつも通りキレイで可愛くて……あれ?

 

「あ……あーっ! リアナの目の色が変わってる!」

 

リアナの目の色が赤から青に変わっていた。

あの吸い込まれるような美しさを持つピジョンブラッドの輝きが損なわれるなんて! こ、これはもう世界の損失と言っても過言ではないぞ……!

いや、待てよ……今のやや紫の入った濃い青色の瞳も、落ち着いた感じで悪くないかもしれない。うん、これはこれで彼女の別の魅力を引き出している。でも、俺にとっては馴染みのある赤い目の方が……。

 

「う? え……えええっ!? ちょ……ちょっと、待ってください!!」

 

俺の言葉にリアナは慌てて立ち上がり、化粧台の鏡を覗き込んだ。自分の目の色が変わったと言われたら、そりゃ気になるし、驚きもするだろう。

 

「……本当だ。……これって……矢車草の花の色。兄さんと同じ青色です……」

 

リアナが息を漏らすように言葉を紡ぐ。世界有数の引きこもりが矢車草を知っているのは不思議に思ったが、言われてみれば確かに俺と同じ色かもしれない。

ただし俺の目は、リアナや姉さんのような魔法的特性もなく、極めて普通のものだ。

 

「どう? 兄妹なんだし、せっかくだからお揃いにしてみたわ。うんうん……似合ってる似合ってる」

 

リアナの反応を見て、ミーシャさんは満足そうに頷いた。妹の目の色が変わったのは驚きだが、それが何になるというのだろう。

 

「うへへ……兄さんと同じ……おんなじだ」

 

腑に落ちずにいる俺とは対照的に、リアナは妙に喜んでいた。表情はいつも通りだったが、変てこな敬語も忘れて、だらしなく笑っている。

 

「……これが報酬ですか?」

 

妹が化粧台に行ってしまったので、俺も元の席に座った。

報酬がお金ではないとは事前に聞いていたが、だからと言って妹の目の色を変えられても釈然としない。技術的にはすごいと思うが、それ以上の感想は出てこないのが正直な感想だ。

 

「だって君たち、アイリスさんから追われているんでしょ?」

 

俺が先日、姉を『銀炎』と呼ぶのは機嫌を損ねるという話をしたからか、ミーシャさんは本名の『アイリス』と呼んでいた。

あだ名の『イリス』も教えて良かったが、今それを言う必要はないだろう。そのあだ名は、両親(母は既に亡くなっているが)と親しい友人にだけ呼ばれているものだ。

勝手な想像だが、姉さんとミーシャさんの相性はかなり良い。姉は自身の才能に溺れず、自己研鑽を怠らない人物を好んでいる。

年齢も近いこともあり、知り合えたらきっとあだ名で呼び合えるような仲になれるはず。もし、俺が姉さんをあだ名で呼ぼうものなら、瞬きの間に蒸発する。

 

「はい、そうですけど。それとリアの目の色を変えることと何の関係が? ……というか、戻りますよねこれ? かなり心配なんですけど」

 

俺はリアナの赤い目が好きなので、本音を言えば容姿を変に弄ってほしくなかった。

変えられた本人がこうして喜んでいる以上、俺がどうこう言える問題ではないかもしれない。これは兄としてのエゴだろう。

 

「その点は心配しないで、私も試薬を飲んだもの。この中和薬を飲めば元に戻るわ。ふふーん、一流の錬金術師なら毒を用意すると同時に解毒剤も用意しておくものなのよ」

「言われてみれば、ミーシャさんの目の色も青くなってますね。あー、さっきの違和感はこれか。……ん? 今、毒って言いませんでしたか!? 毒って!?」

「いやね、毒というのは言葉の綾よ。……じゃあ私の目を戻してみるわね」

 

ミーシャさんは別の瓶に入った液体を飲み干すと、目の色が青から緑に変わった。この場合は「戻った」と言うべきか。というか、緑は青の類似色なので変化が地味でわかりづらい。

 

「こんな感じにね。体にも影響ないし、すぐに戻せるわ。ちなみに、こっちの中和薬もゲロ甘よ」

「甘さはともかく、それなら安心しました。最初の話に戻りますが、どうして目の色を変えることが報酬なんです?」

 

リアナは、目の色を抜きにしても特徴的な容姿をしているので、今更それを変えたところで何もならない。

それよりも、今も着ているレースが盛りだくさんな黒のドレスを着替えてくれた方がよほど目立たずに済む。これに関してはいくら言っても聞く耳を持たないので、どうしようもない。

 

「だって、アイリスさんだけが持つとされている赤の瞳は、この界隈じゃかなーり有名だもの。私以外の魔法使いでも知っている人は相当数いるわよ?」

「…………マジですか。あの姉はクリューガー家の門外不出の秘密を何だと思ってるんですかね? 我が姉ながら相当イカれてますね」

 

少なくとも俺が従者をしていた期間は、そんな身内の恥を晒すような真似はしていなかった。

彼女に捨てられ、リアナの世話を本格的にするようになって三年経つ。まさかその間に、一族の秘事を世間様に吹聴しているなんて。

 

「大マジのマジよ。でも私が思うに何かしらの意図はあると思うわよ。自分の存在をそれだけ世に知らしめたいってことだもの。唯でさえ有名人なのに、外見的な特徴までも宣伝して回ってるのだからね」

「ただの度が過ぎた自己顕示欲なだけな気がします。昔から目立つのが好きな人でしたし」

 

姉に関するエピソードは、人に話せるものからそうでないものまで無数に存在する。生来の型破りで破天荒な性格に加え、普通の人の何倍もの密度で生活をしているのだ。彼女のこれまでの半生を伝記にしたためようと思ったら、それだけで本棚が一つ埋まってしまう。

 

「だから身元を隠すには、その特徴的な目の色を隠すのが一番だと思ったの。私のような善良な魔法使いならともかく、わるーい同業者さんに気付かれたら、アイリスさんに密告……いえ、営利や研究目的で誘拐されてもおかしくないわよ」

 

ミーシャさんが善良かどうかはひとまず置いといて、確かにその通りだった。もし、姉の目の存在を知っている他の魔法使いにリアナが見つかったら、その時点でろくでもない未来が待っているのは目に見えている。

苦慮と試行錯誤の結果、リアナの膨大な魔力だけは何とか隠せたが、この世界で妹と姉の二人しか持ち主がいない目の色までは隠せなかった。

……ともすれば、この逃避行の旅で初めて会った魔法使いがミーシャさんだったのは途方も無い強運だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「ところで……彼女たちの目ってなんなのかしら? アイリスさんも凄いものだとは言ってたけど、詳細までは教えてくれなかったのよね」

「え? そうなんですか? 今の話からすると、どういうものか知っているかと思いました」

 

目の持つ性質を教えずにただ自慢していたのなら、それこそ馬鹿の悪目立ちでしかない。あの姉は本当に何がしたいのだろう。俺のような凡人には、天才の考えが理解できそうもない(超好意的解釈)。

ただ、本当に意味のない行為の可能性が高いのが、姉の恐ろしいところだ。あの人は時折、自ら積み上げてきたものを自ら崩して見せる。

 

「いいえ、まったく、さっぱりね。私も彼女に講義でその話を聞いてからずっと気になっていたのよ。……ね、ね、もし良ければ教えてくれない?」

 

ミーシャさんは好奇心に目を輝かせながら、これまでリアナが座っていた椅子を俺の方に向けて腰を下ろした。

どうやら本気で目の秘密を知りたいようだが、仮にも我が家の門外不出の秘密を外部の人間に教えてしまっていいものなのか。

うーん……でも、ミーシャさんなら悪いようにはしないだろうし、別にいいのかな。そもそも知ったところで、どうこうできるものでもない。

多少の後ろめたさを感じつつも、俺もミーシャさんに倣い、互いが向き合うように椅子を座り直した。

 

「リアちゃーん! ちょっとお兄ちゃんのとこにおいでー!」

「はい……? どうかしましたか? 私、これっぽっちも話を聞いてませんでしたけど」

 

化粧台に座り、青い目を眺めていたリアナがトコトコとこちらにやってくる。この話をするには、姉と同じ赤い目を持ったリアナがいてくれた方が何かと都合がいい(今は青いけど)。

 

「うーん……よいしょっと」

 

座っていた椅子がミーシャさんに占拠されていたためか、リアナは少し考えてから俺の膝の上に座った。

 

「他に座るところがないので、愚兄を椅子にしてやります。ありがたく思ってください」

「へーへー、好きに使ってくれ」

「ふふ、本当に仲良しさんなのね」

 

二重の意味で妹の尻に敷かれた俺を見て、ミーシャさんがニヤニヤしている。彼女には以前、同じベッドで一緒に寝ているところを見られている。だからもう何もかも手遅れだった。

リアナにしても、筋肉質な俺の膝なんてゴツゴツしているだけで、座り心地が悪いと思うけど。

 

「んふふー、もし私がここで勢いよく立ち上がったら、兄さんの顎を粉砕できそうです」

 

ちょうど顎の下に収まったリアナが物騒なことを嘯いているが、機嫌は良さそうなので、座り心地についての文句はなさそうだった。

知り合った時からたまに膝枕をしているので、その辺は気にならないのだろう。これが兄としての自惚れでなければ、リアナにとって重要なのは快適さではなく安心感なのだ。

だが、一つだけ問題がある。……尻だ。妹の尻の感触がとても気になる。リアナは身長が低く痩せてもいるが、女性的な部分だけは生意気にも年相応程度に肉付きが良い。

 

「…………」

 

うん。端的に今の感想を言うと、ムニムニとしたお尻の感触がやっこくて気持ちがいい。それと頭皮からも良い香りがする。……我ながら最低なお兄ちゃんだった。死にたい。

 

「……それで、どうかしたんです? 私に何か用でもあるんですか?」

「ミーシャさんが、リアと姉さんの目について知りたいんだってさ。……あと舌噛みそうになるから、それやめて?」

 

俺の顎の下に頭頂部を置いて、小刻みに打ちつけていたリアナの動きがピタリと止まった。

 

「……ふーん、こんな下らないものを知りたいなんて、随分と物好きなんですね」

 

一転して機嫌が悪くなったリアナが、皮肉交じりに自らの目を卑下する。

う……これはやってしまったかもしれない。彼女が自分の特異性を邪険にする理由は一つしかない。リアナは、かつて従者だったエイラを魔法によって傷付けている。それもあって彼女は出会った当初から回復以外の魔法を意識的に使わないようにしていた。

 

「むー……」

 

リアナは俺の両腕を捕まえると、自分の腹の上に乗せて抱きしめる。感情を読み取れるわけではないが、この話題は彼女にとってデリケートなのはわかった。

 

「リア……もし嫌だったら話さないぞ?」

 

ミーシャさんには悪いが、彼女の知的好奇心よりも妹のメンタルの方が比較にならないぐらい大事だ。リアナが嫌がるようだったら、話はここで打ち止めよう。

 

「……話されても何か困るものじゃないですし、別に構いませんよ」

 

少し意外な返答だった。リアナは俺を含めて他人に気遣うことをあまりしない。というか、そもそもやり方を知らない。だから自分の気分が少しでも害されると思ったら、遠慮せずに口に出してしまう。

 

「うん、わかった。リアが昔を思い出すようなことは避けるようにするね」

「兄さん……その発言が既に私のトラウマを刺激しているんですけど。はあ……まったく、お馬鹿な兄さんですね」

 

リアナが呆れたように溜息を吐く。言われてみればそうだ。人生経験がほとんどない彼女にとって、昔の思い出と言えば、どうしてもエイラのことに集約してしまう。

リアナとエイラは正しく主従関係だったが、十年以上支え合いながら連れ添った仲だ。彼女にとっては親同然の存在と言ってもいい。

たかだか三年程度しか兄妹をしていない俺と比べて、彼女との関係は重みが違っていた。

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