いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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47.深淵を覗く緋の色

「ごめんなさい。ご家族の事情に踏み込んじゃったみたいね。すごく気軽に聞いちゃったけど……」

 

あからさまに不機嫌な態度をとるリアナを見て、ミーシャさんも申し訳なさそうにしている。ただ、彼女は俺たちの事情を知らないので、何も悪くない。

 

「いや、こちらの都合なんで気にしないでください。じゃあ……赤い目について、あらましだけ話しますね」

「そう。とても助かるわ」

 

先ほどの申し訳なさそうな態度は消えて、きっぱりと断言した。

その反応から、ミーシャさんも姉と同じく、気になることは徹底的に調べ尽くす性格のようだ。そんな部分も含めて、姉とは相性が良さそうに感じた。

だが、姉と違って最低限の良心の呵責があるのが唯一にして最大の違いだ。あの人は、リアナとは違う意味で遠慮や配慮というものを知らない。

 

「赤い目の持ち主は、うちの……クリューガー家で何代かに一人生まれるかどうかという珍しいもので、姉と妹の前だと約百二十年前まで遡ります。その人は早逝してしまったらしいですが……」

 

現当主の父から数えて五代前の話だ。俺も父から聞いた話と家譜を読んだ程度なので細部までは知らないが、その先祖は世継ぎとなる子供だけを残して他界した。

それと不思議なことに、クリューガー家の分家筋に赤い目の持ち主が生まれたという記録はない。

クリューガー家とユーテウス院の取り決めにより、一族で最も優れた魔法使いが家督を継ぐことになっている。ひょっとしたらそれが関係しているのかもしれない。

 

「若くして亡くなられたの? それはどうして?」

「俺も詳しいことはさっぱりなんですが、どうやら目から与えられる莫大な情報に、受け皿である脳のキャパシティが耐えきれなくなるみたいです。その負担によって亡くなってしまったんだとか」

 

そのご先祖様は、二十三歳の若さで亡くなってしまった。今際の際には、簡単な会話もままならず、得体の知れないうわ言を呟いていたとされている。端的に言えば、気が触れていた。

奇しくも、二十三歳というのは今の姉と同じ年齢なのだが、彼女は何事もなくピンピンとしている。怪我も病気も知らず、健康体そのものだ。

 

「えっと、莫大な情報……? まだ詳しくわかってないのだけど、その、リアちゃんは大丈夫なの……?」

「別に……こんなのなんでもないです……」

 

リアナが気怠そうに答えた。エイラのことを思い出してしまったようで、素の状態なのに口数が少ない。

ミーシャさんの感じる疑問はもっともだった。今の話だと、まるでリアナが近い将来に死んでしまうと言っているようなものだ。

関係のない話だが、ミーシャさんが妹を本気で心配してくれたのがとても嬉しい。建前でも何でもなく、リアナを心から気にかけてくれる大人がいる。それだけで救われた気がする。

 

「リアナ自身、クリューガー家で歴代最高傑作と称される姉と同等の才能を持っています。稀有な力を持つ目と、それを受け止められるだけのポテンシャルを兼ね備えているようです」

 

実際は、才能なんて言葉だけじゃ語れないほど特異なものらしいが、凡庸な俺には理解できない。

魔法使いの血統として千年の歴史を持つクリューガー家でも、姉に並び立つ者は一人もいない。それ自体が驚くべきことだが、妹のリアナもまた同じ逸材だという。

 

「へえ、あの銀炎……じゃなくて、アイリスさんと同じ才能ねえ……。うーん、失礼だけど、とてもそうは見えないわね」

「本当に失礼ですね! ええ! おっしゃる通り私とお姉様なら雲泥万里の差がありますけど!」

 

リアナは姉と違い、ギラギラとした活力やカリスマの類をまったく感じさせない。外見上なら、彼女はどこか儚げで、庇護欲をそそられる美少女だ。まあ、実際は口も態度も性格も悪いのだが。

なんにしても、あの姉と比べられるのは可哀想だ。ここは頼れるお兄ちゃんとして、可愛い妹に助け舟を出してやろう。

 

「……身内贔屓ではなく、客観的に見ても、この世界に姉さん……アイリス・クリューガーと比肩できる人物なんてどれだけいるんですかね?」

 

俺も昔は、姉に連れられていろいろな人物に会う機会があった。

彼女がわざわざ会うような人物は皆、奇人変人賢人偉人超人の見本市だったが、それでも姉と同等かそれ以上の人物にはついぞ会えなかったと思う。単に俺の見る目がなかっただけかもしれないが、それが当時の俺の偽らざる所感だ。

 

「言われてみればそうかもね。少なくとも魔法の分野では、本当に数えられるぐらいしかいないんじゃない? この国だと……そうね、オルティゼル王立大学のアーヴィング先生ぐらいかしら」

「あ、その人は俺も一度挨拶したことがあります。魔法使いにしてはいい人ですよね」

 

オルティゼル王立大学は、俺たちがこれから向かう予定の国都サカラにある教育機関だ。

前に大学の話が出た時から予想はしていたが、ミーシャさんがかつてサカラの王立大学に在籍していたのは間違いないようだ。

大学に勤める大アーヴィング卿には、姉と一緒にサカラを訪れた際に会ったことがある。もう五年ほど昔の話だ。聞くところによると、彼は爵位を持ちながら魔法学科の教授を務める傑物だという。

姉と彼は魔法やら政治などの難しい話をしており、当時十代前半だった俺にはちんぷんかんぷんだった。ひょっとしなくても、今でもちんぶんかんぷんかもしれない。

あの人は、退屈そうにしていた俺なんかに気を使ってくれたので、印象に残っている。確か、その時に飴を貰ったのだ。飴で子供(妹)を懐柔する作戦は、アーヴィング卿から無意識に受け継いだものなのだろう。

 

「ふふ、魔法使いにしてはいい人よね。それに、彼は私の魔法使いとしての師匠でもあるのよ。風の噂で、今は国軍の魔術師団長もやっているみたい。……それでも暇を見つけては教鞭を握ってるんじゃないかしら? 教育熱心だからね、あの人」

「へえ、世間は狭いものですね。意外なところに繋がりがあるものです」

 

そうなると、この旅では極力魔法使いに会わない方がよさそうだ。リアナの魔力と目の色は隠せたし、素性も知られていないが、俺には姉の付き人をしていた過去がある。

その時の知り合いに会うのは、望ましくない展開を招きかねない。言うまでもなく、俺が知る魔法使いの大半は姉の知り合いでもあるからだ。

 

「魔法使いの世界なんて、それこそ国境なんてあってないようなものだし、そんなものよね。ちなみに、私の下層の氷壁魔法も先生の指導の賜物なのよ。彼は世界有数の障壁魔法の使い手だから。……いつか氷を介さない純粋なシールドスペルを覚えたいのも先生の影響なのかもしれないわね」

 

あの村に攻め込んだゴブリンをたちどころに凍りつかせた下層魔法は、アーヴィング卿が関係していたのか。ふむふむ。さすがというか、なんというか――。

 

「はー……話がつまらねーです。くだんねーです。退屈で眠くなります。……私、もうここに居なくてもいいんじゃないですか?」

 

今まで黙って俺たちの話を聞いていたリアナが、突然暴言を吐き出した。

 

「リアナ! 言い方!」

 

あーもう、素のこいつはこれがあるから問題なのだ。素直モードの彼女が恋しいわけではないが、少なくとも今とは違って聞き分けはよかった。

 

「……ぷい」

「あら、ごめんなさいね。話が逸れちゃってたわ」

 

ミーシャさんは、あくまで大人の対応でリアナをなだめてくれる。本音を言えば、ここは少しでも怒って欲しかった。この妹は他人の心の機微が読めないので、優しくされると際限なくつけあがる。

 

「ミーシャさん、ごめんなさい。うちの妹はちょっとアレなんで……」

「ちょっとアレってなんですか。だって、つまんねーものはつまんねーです」

 

こうして、自分の言動を少しも悪びれないのがタチの悪いところだ。

昨日のように悪意を自覚した上での悪口であれば、リアナも真摯に謝ることができる。しかし、今回は単に思うがままに言ったのだろう。つまり、彼女は自分が悪いと思っていない。

 

「はあ、こいつはもう」

 

当然だが、それを相手がどう受け止めるかは別の話だ。ミーシャさんのようにリアナの幼児性を容認できる人物ならともかく、他の人なら間違いなく傷つけるか、怒らせてしまう。

今のところ、ミーシャさんの前以外では素の彼女は出ていないが、今後はそういうところも含めて注意しないと、余計なトラブルになりかねない。

何にしてもリアナが退屈しているようだから、今は話を戻した方がお互いのためだろう。

 

「それで、リアナと姉さんの赤い目なんですけど、ザックリ言ってしまうと詠唱が不要になります」

「うん……そんな予感はしてたけど、本当にザックリしているわね。……あれ? でもアイリスさんは講義の時に詠唱してたわよ?」

「ああ、姉さんは講義の時だと学生に合わせるようにしているんで、教本通りの魔法詠唱はしてますね」

 

姉さんは他国に留学してまで学問としての魔法を学んでいる。本人は詠唱が不要であっても、知識としては教えられるほど詳しい。だから、実技として人前で魔法を使う時には、その魔法に則った詠唱をしていた。

 

「それとなんですけど、魔法詠唱で深淵に潜る際に『層は扉』『節は鍵』で例えますよね」

「うんまあ……その辺りの解釈は色々あるけど、それが一般的よね」

 

俺たちの使う魔法の根源である『叡智の淵源』は下方向に続く無限の多層構造になっており、より深い層に潜るにつれて魔法の難易度が上がっていく。

『叡智の淵源』に踏み込む行為を『扉を開ける』と呼び、無数にある下層への扉から使う魔法を詠唱によって選択する行為を『鍵を選ぶ』と呼ぶ。

ミーシャさんの言う通り、『扉と鍵』はあくまでイメージに過ぎないので、時代や地域によって解釈は様々だ。

 

「たとえばですけど……火の第一層魔法を使うなら『炎よ』と一節の詠唱を鍵として、一層にある火の扉を開けますよね」

 

才能全てを身体強化の術式に捧げた俺が詠唱したところで、火の魔法の扉は開くはずもなく。

『指先程度の火を起こす』という、そんな教本の一ページ目に書かれた初歩の魔法であっても、発動することは叶わない。構文のエラーによって、じくりとした痛みが体に刻まれた術式に走る。

 

「うんうん、私は火の魔法の適正が低かったから今も勉強中なのよね。熱量を伴わない光源を出すのは得意な方なんだけど」

「それがリアナや姉の場合、どうも鍵どころか扉もないみたいです。赤い目の正式名称は『深淵を覗く緋色』と言うみたいで、その目がどんな魔法でも使わせてくれるんだとか」

「…………へ?」

 

ミーシャさんの反応は当然だろう。さっきの話の登場人物であるご先祖様の死因がまさにそれだ。

層に扉もなく鍵も不要ならば、深淵の底の底まで覗き見ることになる。それは『叡智の淵源』の莫大な情報が脳に直接注ぎ込まれるようなもの。どんなに優れた才能があろうとも、一人の人間のキャパシティで受け止め切れるものではない。

 

「私にはその扉と鍵という例えが、どうにも理解できません。使いたい魔法を使えばいいじゃないですか」

 

俺の膝の上で尚も退屈そうにしていたリアナが口を挟む。それが当然であるかのような口ぶりだった。

 

「え? へ? ちょ……ちょっと待って? あの、君たちの言ってる意味が全然わからないんだけど?」

 

妹はこの手の話題に消極的なので話す機会は滅多にないが、以前にも全く同じことを言われた。『使いたい魔法を使えばいい』。その時は俺もミーシャさんと同じような反応をしたと思う。

 

「私にはその……詠唱ですか? そっちの方の意味がわかりませんけどね。ここで魔法関連の書籍を何冊か読みましたがさっぱりでした。……というか、なんですかあのポエム。聞いているこっちが恥ずかしくなるんですけど」

「ば、馬鹿! なんてことを言うんだ!」

 

これまでミーシャさんの魔法詠唱の際に変な反応をしていた原因はそれなのか。詠唱が長大な下層魔法に至っては、リアナは吹き出してさえいた。

なんでそんな反応をしているのか疑問に思ったが、まさかここまで酷い理由だなんて。俺が詠唱が必要な魔法を使えなかったばかりに、彼女は魔法使いに対してとんでもない偏見を持っていた。

 

しかし……これはまずい。本気でまずいぞ。はっきり言って、ミーシャさんの反応が恐ろしい。

 

 

「リアちゃん……さすがに今のはかちーんと来たわよ」

「へ? ど、どうしてです……?」

 

鈍感なリアナでも、ミーシャさんのただならぬ様子に気付いたようで狼狽えてしまう。彼女の口調は極めて冷静だったが、纏う空気に冷たいものが走る。この人がここまで怒ったのを見たのは初めてだった。

今までは一人の大人としてリアナの態度を許してくれたが、こればかりは一人の魔法使いとして見過ごせるものではない。

 

「その言葉……他の魔法使いの前では絶対に言わない方がいいわよ。最悪、殺されても仕方がないものだから。私は一回だけなら許してあげる。でも次は……次はないわ」

「………………あ、あの……その…………ご、ごめん、なさい……」

 

リアナがわけもわからず、しどろもどろになって謝っている。魔法詠唱が魔法使いにとってどんな意味を持つのか理解していないと、こんな反応になるのか。

魔法とは、人にはない才を持ち、人には成し得ぬ努力をして、初めて成立する奇跡なのだ。何も知らず、生まれついて全てを与えられた彼女には、そこから理解できないのだろう。

 

「……ちゃんと心から謝れるなら許してあげる。でもさっきの発言は魔法使いの在り方に唾を吐きかけるのと同等の侮辱だから」

「は、反省しています……ごめんなさい……。じ、実は、ちょっとだけ、格好良いと思っていました……」

 

リアナの褒めているのかどうかも怪しい反省の弁に、ミーシャさんもなんとか冷静さを保ち続けている。怒ってはいるようだが、寸前のところで激情に駆られた行動は取らなかった。

ここでリアナが謝らず、意固地にでもなって反論しようものなら、おそらく、この場はゴブリン襲来の時よりも最悪な事態に陥っていた。

こいつに誰かと喧嘩ができる精神性を持ってなくて本当によかった。今も肩が少し震えている。

 

魔法使いの詠唱を馬鹿にする。それはつまり、才能と時間、授けてくれた師、ひいては連綿と積み重ねられてきた歴史そのものを侮辱する行為に等しい。

ミーシャさんが先程「殺されてもおかしくない」と言っていたが、それは脅しでもなんでもない。本当だ。本当に殺される。魔法使いによっては、親や先祖を侮辱された以上の蔑みを感じてしまう。

彼女は魔法使いだけでなく、錬金術師という別の側面も持っている。だからこそ、この程度の注意喚起だけで許してくれたのだろう。

 

「俺からも謝らせてください。これはリアナの教育係だった俺の責任です」

 

人の世には幾つものタブーがある。それと同様に、魔法使いの世界にも『魔法使いの詠唱を揶揄してはいけない』という暗黙の、そして絶対のルールが存在する。それは、魔法使いとして生きていれば、誰からも教わらずに自然に身に着けているもの。

しかし、規格外の才能を持ちながら、魔法をまともに学ばずに幽閉されて育ったリアナは、まさに例外中の例外だった。だから、何も教えずにいた俺の責任なのは間違いない。

 

「はぁ……本当に知らなかったみたいだし、別にいいわよもう。それにしても……リアちゃんは回復魔法しか使わないのね。他の魔法は使えないの?」

 

ミーシャさんも怯えるリアナを見て毒気が抜かれたらしい。俺たちに気を回してくれたみたいで、今の話を水に流してくれた。

 

「あー、それにはちょっとした秘密がありまして……」

 

実は「ちょっとした」どころではないのだが、ミーシャさんはリアナの指輪にも気付いたし、薄々は勘付いているんじゃないかと思う。

 

「……え? 使えますよ? 他の魔法も」

「…………はい?」

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