「そう、残念だわ。それに……今の話を聞くと銀炎はとても恐ろしい人のよう。それも残念ね。……それにしてもアンリくん、君はとんでもない就職先を勧めてくれたわね」
「いやあ、姉さんはミーシャさんみたいな才能豊かな人には優しいですよ。これまでの印象通りであってると思います。理不尽なまでに厳しいのは俺たちのようなごく一部だけですね!」
我が家の魔法研究は完全実力主義制ではあるが、労働環境としてとても優れている。環境も設備も人員も超一級と呼べるものだし、夜五時以降の労働は強制されない。昼休憩だけではなく、おやつの時間だってある。
「そ、そうなの……なんだか可哀想になってきた。……それにしても、リアちゃんの右手の指輪って魔力封じだったのね。しかも三つとも? それでもまだ魔力を完全に封じ切れないなんてどうなってるの?」
「三つのうちの二本は魔力封じの指輪であっていますね。一度外すと効果がなくなる使い切りな分、とても強力なものです。手に入れるのに俺の総資産を使いました」
当時の俺が持っていたコネクションを最大限に利用し、約二年の歳月をかけ、豪邸が建つぐらいの資金を使って手に入れた。その所為もあって、現在の持ち合わせがほとんどない。
「残りの一つは? それは魔力封じじゃないの?」
人差し指と中指の指輪は俺が用意した魔力封じだ。指輪に特別な意匠は施されていないが、内側には強力な魔力封印の術式が刻まれている。デザインは下品さを感じさせない、金と銀の中間の色をしたシンプルなもの。
もう一つの指輪は、それらとは別種のものだ。見た目は他の指輪と同様に派手さはない。ただ……。
「薬指の指輪は『ジルベルタの環』です。姉のコレクションからパクってきました」
「ジルベルタの環……! それって、『アンシュトルの悲劇』で出てきた伝説的呪具じゃない! えっ……? だとしたらリアちゃん、あなた今呪われているの……!?」
『アンシュトルの悲劇』は、俺たちの祖国であるアルメルの君主制崩壊の原因となった歴史的事件だ。
そして、リナアがはめている『ジルベルタの環』は、当時の皇帝暗殺に使われた呪いの指輪であり、込められた呪いは途轍もなく強力で、解呪も破壊も不可能である。
本来なら然るべき機関が管理するものなのだが、どういう経緯なのか、名品珍品のコレクターである姉の手に渡っていた。
「なんだか呪われているらしいですね。おかげでここ十日ぐらいは肩こりを感じます。肩こりなんて人生初体験です」
「ん……? 肩こりがあったのか? お兄ちゃん、マッサージは大の得意だぞ」
「ヒ、ヒヒヒ! くすぐったいです! やめて! やめてください!」
軽く揉んでみたが、彼女の肩はやわやわだった。肩こりを舐めるなと言いたい。
……今の反応を見るに、リアナが元気そうでよかった。さっきは酷く落ち込んでいたから心配していた。
「……肩こりって。確かジルベルタの環は身に付けた人物の生命力を全て吸い上げて、肉体を結晶化させる呪いがかけられた指輪でしょ?」
「そうですね。その効力があります。だからジルベルタの環には、生命力の代わりにリアの膨大な魔力を吸わせています」
玉座に座ったまま結晶化した皇帝の遺体が、暗殺から半世紀経った今でも埋葬すらされていない。
宮殿の玉座の間は厳重に封印され、そのままの状態にされている。下手に動かすと結晶から呪いが漏れ出し、辺り一帯が汚染されてしまうらしい。
「呆れた。普通の魔法使いなら一瞬で魔力が尽きそうなものだけど、リアちゃんの場合は魔力の生成が吸収に勝っていることなのかしら? 何もかもデタラメね」
「それでもリアの魔力を封じ込めるのには足りなかったので、更に現代最高峰の魔力縛りを二つ使って、ようやくここまで抑え込むことに成功しました」
そんな曰く付きの呪物と、強力な魔力封じを使っても尚、未だ魔法が使えるのがリアナの恐ろしいところだ。
魔力封じの指輪は当初三つ用意していたが、うち一つは嵌めた瞬間に砕け散ってしまった。ジルベルタの環の呪いの力で事前に膨大な魔力の大部分を吸い上げておかなければ、強力な魔力封印ですら正常に機能しない。
「はあ……君、やっぱり頭おかしいわ。そんなことをして、自分の妹にもしものことがあったらどうするつもりだったの?」
「その時は俺もリアと一緒に死ぬつもりでいました。何もせずに屋敷に居続けても姉に殺されるだけでしたし。あの時あの場での最善の行動だったと自負しています」
万が一、リアナがジルベルタの環の呪いに負けて死んでしまったら、俺にはもう生きている意味はない。
だが、あのとき俺は確信していた。彼女がたかだか伝説級の呪具程度に負けるような可愛げのある存在ではない、と。
リアナが指輪をはめる直前に使った魔法は、それほど凄まじいものだった。庇護の対象であるはずの妹に、姉と同じ畏敬の念すらも感じた。
「兄さん……私のためにちゃんと死んでくれるつもりだったんですね。今の言葉にはキュンキュンしました。感動です。私たちは兄妹仲良く死にましょうね」
リアナは膝に座ったまま体の向きを変えると、俺の首に両腕を絡みつけ、そのまましなだれかかってきた。
「にーさん、にーさん。んふふー」
感極まった様子で、俺を呼びながら頬ずりしてくる。なんだか急に懐かれてしまったが……悪い気はしなかった。
「えー……そこは『私の分まで生きてほしい』と言うところだと思うんだけど、私の勘違いかしら……?」
ミーシャさんは、妹による行き過ぎたスキンシップよりも先に、人として至極真っ当な疑問を呈する。まあ、それが普通の反応だろう。
最期は同じ墓を共にする夫婦であっても、残された伴侶に後追い自殺を望んだりはしない。
「紛れもなく勘違いです。私が死んだら兄さんには可及的速やかに死んでもらいます。……ですよね、兄さん?」
「うん、そのつもり」
これは誓って嘘ではなく、俺はリアナが死んだら本気で死ぬつもりでいる。この妹こそ、姉さんに捨てられて全てを失った俺の生きる理由だからだ。
だけど、俺がもし先に死んでしまった時は、彼女に真っ当に生きていてもらいたい。この妹には、これまで奪われてきた普通の幸せというものを少しでも感じてほしかった。
「…………」
兄としては複雑だが、リアナの優れた見てくれだけではなく、心からこいつを大切にしてくれるのなら、この村の若者にだって託してもいいと思っている。
俺が最優先するのは、自分の幸せではなく妹の幸せだ。たとえそれが俺の手から離れてしまうものであっても、その選択を否定せずに尊重する。
「んふふー。それにしたって、兄さんは私のこと大好き過ぎですよー。私たち血のつながった兄妹ですよー? 結婚なんかしちゃだめなんですよー? ホントに困ったお兄ちゃんですねえ。てれてれ」
「お、おう……」
「…………兄さん、私と一緒に生きて、私と一緒に死にましょうね」
今まであまり表に出さなかったが、どうやらリアナは思った以上に俺のことを好きなようだ。この様子を見る限り、しばらくは兄離れができないかもしれない。
まあ、それはそれで、お兄ちゃんとしても望むところなので一向に構わないのだが。一番に願うのは妹の幸せだが、その手助けをする対象が俺であっても構わないのだ。
「アンリくん、さっきの発言を少し訂正させてちょうだい。……君たち、二人揃って頭おかしい」
うん、それは俺も思った。