いずれラスボスになる妹と、その兄のはなし   作:悠里@

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50.惜別

ようやく旅の準備が整い、俺たち兄妹はこの村を出発することになった。昼をかなり過ぎてしまったので、あまりのんびりしていると、麓に着く頃には暗くなってしまう。

 

「リアちゃんには、私の化粧水を分けてあげる。十代だからといって甘く見ていると、すぐにお肌がカサカサになるわよー。旅なんかしてると特にね」

 

玄関先でミーシャさんが見送ってくれた。他にも食料を始めとする物資を分けてもらい、彼女には感謝しきれない。

 

「うん、気をつける」

 

妙に淡泊な返事をして、リアナはミーシャさんから化粧水を受け取った。日の光に瓶をかざして眺めている様子から、とても嬉しそうだ。

ミーシャさん謹製の化粧水は、泊まっている間ずっと使わせてもらっていた。そのおかげで妹の肌はいつも保湿されており、今もプニプニしている。

うちの妹は生まれついての引きこもりではあるが、自分の外見には知り合った当初から気を使っていた。これはおそらくエイラの教育の賜物だろう。ただ、服飾のセンスだけはとても独特で、フリルだらけのヒラヒラした黒系の服を好んでいる。

 

「妹のために何から何までありがとうございます。……ミーシャさんはこれからどうするんですか?」

「ゴブリンの根城にされた村にみんなと行って、雌ゴブリンがいないか確認してくる予定よ。まあ……雌にしても生き残りはほとんどいないと思うから、余さず残さず殺してくるわ」

 

今からあの地獄のような村に行くのか。どれだけ体調が万全であっても、二度と行きたくない場所だ。

ゴブリンの中でも雌ゴブリンは戦力として数えられないほど弱い。ミーシャさんにとっては、取るに足らない相手だ。

それと、ミーシャさんが言う雌の生き残りが少ない理由は……まあ、例の子孫を殺す毒の効果によるものだろう。つまり、ゴブリンキングは倫理観ゼロのケダモノという意味。

 

「というか、寝なくて大丈夫なんですか?」

 

ミーシャさんは昨晩からゴブリンとの決戦、下層魔法の行使、村の被害確認、リッキーの埋葬、リアナの薬の調合と、一息もつく暇がなかった。これから例の村に行くにしても、歩いて一時間程度はかかる。移動中に倒れてしまわないか心配だ。

 

「あと三日はいけるわね!」

「いやいやいや、本当に死にますよ!?」

 

さっきも同じことを言っていたが、本気で三日眠らないつもりなのか? ゴブリンを一匹も残さずに殺しきるのは、この地域に住んでいる以上、最大の責務と言える。生き残りが他の場所に移動する前に対処しなければならない。

そうだとしても、ミーシャさんの体調は大丈夫なのか? 過労死ラインなんてとっくに超えている気がするぞ。

 

「ま、今後の後始末や納期の遅れを考えると少しだけ逃げ出したくなるわね。責任のある立場って何かと大変なのよ。いっそのこと、このまま君たちの旅についていっちゃおうかしら」

「おお、大歓迎ですよ。ミーシャさんがいればこの逃避行にも彩りが生まれそうです」

 

冗談めかしていたが、それが本心でも構わなかった。ミーシャさんのような優秀な人物がいれば、この旅は格段に楽になる。

下層クラスの魔法使いであり、一流の錬金術師でもあり、洞察力に優れていて目端が利く。優秀すぎて俺の居場所がなくなってしまうほどだ。なにより美人なのがいい。胸はあまりないけど。

 

「その彩りなるものは私だけじゃ足りないって言うんですか。殴りますよ蹴りますよ」

「……殴って蹴ってから言う言葉じゃないからね、それ」

 

脇腹と脛が痛い。

 

「ふふ、でも私も大人だからね。そんな簡単に自分の責任から逃げ出せないのよ。ここで逃げてしまったら、亡くなったお父さんとお母さんの顔に泥を塗るようなものだもの」

「……私たちはどこまでも逃げてやりますけどね。責任なんて知ったことじゃねえです」

「…………責任か」

 

俺とリアナは果たすべき責任から逃げているのだろうか。社会的な視点から見れば確かにそうかもしれない。でも、その責任を果たす……つまり、リアナが姉と戦えば、確実に殺されてしまう。

それは社会に生きる人間として、責任の放棄に該当するかもしれない。それでも、殺されるとわかった状況から逃げ出すのは生物として正しい。だったらリアナの言う通り、知ったことじゃねえってやつだ。

 

「あ、リアちゃんの当てこすりに言ったわけじゃないのよ。ごめんなさい、ちゃんと考えてから発言するべきだったわね」

 

自分の非に感じたのか律儀に謝ってくれる。リアナの発言はただの難癖なので、ミーシャさんが謝る必要はない。

彼女もこいつの口の悪さに辟易しているだろうが、最後まで空気の読めない妹に気を遣ってくれた。今日だけでも、二度三度と侮辱する発言をしているのに、この人の忍耐力も大したものだと思う。

 

 

 

 

 

 

「おーい! ミーシャちゃーん! そろそろいくぞー! あの化け物どもにこれ以上増えられても困るからな!」

「あら、ブラッドおじさん。わざわざ迎えに来てくれて悪いわね」

「……!!」

 

リアナがブラッドさんの大きな声に驚いて、俺の背中に隠れてしまった。

昨日は大勢を相手に治療行為をしていたのに(ほとんど喋っていなかったけど)、どうして今さら隠れる必要があるんだか。

 

「あのおじさんは、リアちゃんを食べたりはしないよ? ……多分」

「た、たぶん!?」

 

ああ、俺の余計な一言でリアナが縮こまってしまった。ブラッドさんは熊みたいな外見をしているが、それでも人間を食べたりはしないだろう。多分。

 

「アンタたち、もう行くのか。なんだなんだ、もう少しゆっくりしていけばいいじゃないか!」

「いえ、これ以上遅くなると麓の町に着く前に暗くなってしまうので」

「はっはっは! そういやそうだったな、忘れてたわ!」

 

頭をポリポリ掻き、豪快に笑っている。うーん、この蛮族思考。

 

 

ブラッドさんは「じゃあまた後でな」とだけ言い残し、またどこかへ行ってしまった。ここにいるとミーシャさんと俺たちの惜別の邪魔になると思ったのだろうか。だとすると、リアナよりも万倍空気が読める。

 

「では名残惜しいですが、そろそろ行こうと思います」

 

事実として別れは惜しまれるが、あまり遅くなるのもいけない。山の中での野宿はゴブリンの生き残りがいる可能性もあるため、できる限り避けたかった。

 

「あ、ちょっと待って。君たち、首都のサカラに行くのよね?」

「……それって、言いましたっけ?」

「ううん、言ってないわよ? でも正解って顔に書いてあるわね。君は気を許した相手には嘘が下手になるみたいだから、この先とても心配だわ」

 

反射的に自分の顔をペタペタと触ってみたが、当然そんなものは書いてあるわけがない。

 

「余計なお世話です。家族や友人相手に顔色一つ変えずに嘘をつけるようにはなりたくありません。これは俺という人間の美徳だと思ってください」

「ふふ、うん確かに。確かにね。アンリ君の言う通りだわ」

 

などと格好つけてみたが、実はリアナに対してそれなりに嘘をついている。それこそ意味もなく、顔色一つ変えずについているため、美徳も何もない兄だった。

 

「そうです。嘘は良くないです。何度だって言いますが、私は兄さんに嘘をつきません。……ですから兄さんも私に嘘はつかないでくださいね?」

「は、ははは……と、当然じゃないか……リトルシスター」

 

リアナには、どうでもいいことを含めてあれこれと騙しているので、もう手遅れと言えよう。

 

「それでサカラに行くならなんだけど……この手紙をアーヴィング先生に渡してくれない?」

「姉と面識のある人には会いたくないんですけど!」

 

ミーシャさんがとんでもない話をぶっ込んできた。アーヴィング卿は彼女の魔法使いとしての師匠であり、首都サカラの王立大学で教授をしている。

俺も姉も面識があるので、そんな人物に会いに行けるはずがない。この人も俺たちの事情を把握していながら、どうしてそんな無茶お使い頼んだりするんだ。

 

「先生だったら大丈夫よ。何年も師事してた私が保証するわ。一応その旨も手紙に書いておいたし」

 

ミーシャさんはアーヴィング卿に全幅の信頼を寄せているようだが、不安なものは不安なのだ。こちらは命が懸かっている。

 

「はぁ……わかりましたよ。なんだか貸し借りで言うとこっちの貸しの方が多い気がしますね」

 

彼女から、厳重に封蝋がされた封書を受け取った。さほど厚みがなかったので、中身は本当に手紙なのだろう。

 

「でもあの薬は絶対に必要だったでしょう? 同じものを他の錬金術師に頼んでも、そう簡単に作ってもらえるとは思えないわね」

「あー、言われてみればそうです。こんな他に需要のないニッチな薬を注文しようとしたら、俺の手持ちじゃ絶対に足らないでしょうね」

 

他の錬金術師に目の色を変える薬を注文したところで、依頼料もそうだが完成までの期間も季節単位で掛かるだろう。この薬が完成したのは今朝だと言っていたが、ミーシャさんはいつの間に作っていたのか。ずっとゴブリンの対策に追われていて、それどころではなかったはずなのに。

 

「わかればよろしい。それじゃあよろしく頼むわよ。……それと最後にもう一つ。リアちゃん……いきなりで悪いんだけど、魔法を使ってみくれない? なんでもいいわ。さっき言いそびれてたことがあったのよ」

「……? これでいいですか?」

 

リアナの掲げた右手が青く光る。これはいつもの回復魔法だ。若干訝しんでいたが、妹はミーシャさんの言葉に素直に応じていた。

 

「あー……やっぱりね。リアちゃん、ごめんなさい」

「な、なんですか? 理由も言わずに突然謝られてもキモいだけです」

「リア、もうちょっと言い方を考えよう?」

 

こいつは思ったことを包み隠さずに言い過ぎだ。

でも、よくよく考えるとリアナが何か粗相をしても叱らないでいた俺の責任なんだよな。世話をした三年間で言葉遣いも悪くなり、性格も増長してしまった。

もし妹の従者をしていたエイラに会えたなら、この件を真っ先に謝らなければならない。『ごめんなさい。あなたが大切に育ててくれた少女は、口も性格も悪くなり、結構なクズになってしまいました』と。あれ? これは殺されるかもしれないぞ?

 

「アンリくん、ちょっとリアちゃんの顔を見てくれる?」

「フフ。それはまた俺に対する挑戦ですか? よろしい受けて立ちましょう」

 

この世界に妹検定なるものがあったら、俺は一級を取れる自信がある。妹を可愛がるだけでダメ人間にするのが減点対象だったら、確実に落ちるけど。

 

「だからなんで無駄に尊大なのよ……」

 

リアナの顔はいつ見ても可愛い。それを口に出すのも恥ずかしくない。何なら公衆の面前でも大声で叫べるぞ!

 

「……いつもの美人で可愛い妹ですけど? ほっぺたもプニプニで調子が良さそうです」

 

手入れをしたばかりの頬を突いてみると、柔らかくて心地よい感触が返ってきた。うん……何というか、愛おしさのあまりに抱きしめてやりたい。でも、そこまでするとリアナも怒るのでやらないけど。

 

「はい。私は美人で可愛いあなたの妹です。んふふ、兄さんは私をもっと褒めてください。もっと撫でてください」

「このシスコンとブラコン……。『いつもの』じゃ困るのよ。私の薬の効果、もう忘れたの?」

 

妹の頭と頬を撫でながら、ミーシャさんの言葉を反芻する。「いつもの」じゃ困る? いつも通りの可愛いリアナの何が悪いというんだ……?

 

「あ、リアナの目の色が元に戻ってる!」

「えー! そ、それは困ります! 私は兄さんと同じがいいです!」

 

俺と同じがいいなんていじらしい言葉を言いながら、リアナは魔法の行使を止めて自分の顔をペタペタと触る。そのベタな反応はさっき俺もやったけど、そんなふうに触っても何もわからないぞ。でも目の色が赤く戻ったのは確かだった。

 

「……あーうん、やっぱり。やっぱりね」

 

妹の目を観察していたミーシャさんが、何か合点がいったように呟く。それと同時に、目の色が再び青くなった。

 

「あれ? また青くなりましたね? これってどういうことです?」

「リアちゃんが魔法を使っている間は私の薬の効能が一時的に切れちゃうみたい。うーん……なんでこうなるかしらねえ。不思議ねえ」

「思考放棄しないでください。あなたが作った薬でしょうが」

 

まるで他人事のように言われてしまった。薬を作った張本人であるミーシャさんがわからなければ、薬学の素人である俺たちにわかるわけがない。

 

「わからないものはわからないわ。……というか、私はもうリアちゃんの目についてあれこれ考えるのを止めることにしたの! だーかーらー! もう知らないのー! もうどっか行っちゃえー!」

「…………うわ」

 

腕をブンブンと振り、子供のように駄々をこねだした。うわあ……リアナだってこんな醜態は(滅多に)晒さないぞ。

これがこの村の代表者の姿なのか。つい、反射的に周囲に誰かいないか確認してしまう。こんなどこに出しても恥ずかしい姿を他の村民に見せるわけにはいかない。

 

「うげ。最悪ですね、この女」

「うん。最悪だ」

 

侮蔑を過分に含んだリアナの悪態に思わず同意してしまった。ミーシャさんをまた『この女』と呼んでいるが、今回ばかりは咎める気にもならない。

 

「でも他の魔法使いの前でリアちゃんが魔法を使わなきゃ大丈夫でしょ。そもそも無詠唱魔法を使っている時点で十分に危険なわけだし」

「いきなり冷静にならないでください。感情の起伏に付いていけません」

 

ぶんぶんと振り回していた腕を一瞬で組むと、的確なアドバイスをくれた。いったいなんなんだこの人。

 

「はあ……わかりましたよ。元々そのつもりでしたし、気をつけるようにします」

 

ベリンダちゃんのような魔法を知らない相手ならともかく、魔法使いの前でリアナに魔法を使わせるつもりはなかった。

比較的善良な部類に入るミーシャさんですら、リアナの無詠唱魔法を見た瞬間、冷静さを失っていた。他の魔法使いに見られてしまえば、ただでは済まないことは明白だった。

 

「うん、そうしてちょうだい。じゃあ今度こそサヨナラかしらね」

「……最後はもっと格好良く締めようと思わなかったんですか? 今日になってから急に格好悪くなりましたよ?」

 

今日の彼女はリアナに泣き縋ったり、子供のように駄々をこねたりと、何かと散々だった。少なくても成人を過ぎた淑女が取る行動ではない。

 

「そうかしら……? 完璧であろうとするより、こうやって弱点があるように見せた方が何かと便利なのよ。親しみを持ってくれるし、舐めてくれるからね」

「前者はわかりますけど、ミーシャさんは舐められたいんですか?」

 

俺も道化を演じる部分があるので、その気持ちはわかるが、舐められたいという感覚は理解できない。

俺が男だからというのもあるが、張れる見栄があるのならいくらでも張りたい。俺が張れるものなんて虚勢とハッタリだけだ。

 

「ええ、是非とも舐められたいわね。私も村長代理なんてやってるけど、社会の中ではまだまだ小娘だし、いくらでも舐めてもらっても構わないわ。……さてと、お勉強はここまでね。後は自分で考えなさい」

「はいはい、わかりましたよ。じゃあリアちゃん、ミーシャさんにさようならって言おうね」

 

自分で考えろ、か。ミーシャさんは最後に変な宿題を残してくれたな。『舐められる』とは『侮られる』と同義だ。自分が侮られたい状況……。

ああ、なるほど。何となく彼女の言葉の意味がわかった気がする。とどのつまり、擬態だ。『強者が弱者に擬態をする』。これは油断を誘い、相手の隙を作り出すということだろう。それは何も戦闘だけではなく、交渉事においても相手に警戒心を抱かれずに済むのは大きなメリットだ。

 

もっとも、姉の背を追うために全力しか知らなかった俺には使いどころが難しいかもしれない。ミーシャさんのような強者であれば、非常に強力な武器にもなる。強者が弱者へ擬態をするのには意味があるが、俺のような弱者がより弱く見られても意味が薄い。

 

まあ……彼女が言いたかったのは、そんな単純な話じゃないかもしれない。今度暇があれば考えてみるか。会話のネタとしてリアナと一緒に考えてみるのも楽しそうだ。

 

「ばいばい」

 

俺がミーシャさんからの宿題を思案している間に、リアナが軽く手を振って別れの挨拶をしていた。

……これまた目上の人に対して随分と気安い挨拶だな。もっとも、二人は友達らしいから、それでいいのかもしれない。

 

ミーシャさんもさして気にした様子もなく柔らかく微笑んで見せた。それは、まるで親が子に向ける慈しみを感じさせるような笑みだ。

母からの愛情……。それは、リアナが知らないものであり、もう二度と叶わないものでもあった。

 

「ふふ、ばいばい。またいつか、どこかで会いましょう」

 

ふと、どこからか薔薇の甘い香りがした。

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