今回、桐生ちゃんの喧嘩シーンはありません。後半は少しギャグっぽいのを入れてみました。
桐生が食料を手に入れ、一度ベースキャンプに戻ると、クラスメイトたちは驚きと興味の入り混じった視線を向けてきた。高級肉を見せると、誰かが「どうやって手に入れたんだ?」と尋ねてきた。
「Cクラスの奴と喧嘩して勝ったからもらった」
桐生がそう答えると、クラスメイトの反応は様々だった。驚いて「マジかよ!?」と目を見開く者もいれば、「いや、普通そんなことで食料確保しないだろ…」と引き気味の者もいる。だが、どんな手段であれ、食料が手に入ったのは事実。これで食に困ることは格段に減るわけで、最終的には皆「助かる」と感謝していた。
それから少しして、桐生、堀北、綾小路の三人は探索へと出かけることにした。食料の確保も大事だが、周囲の地形を把握し、他のクラスの動向を探るのも重要だ。そんなこんなで森の中を進んでいると、気がつけばBクラスのベースキャンプに辿り着いていた。
Bクラスの拠点は、Cクラスとは全然違う違った雰囲気を持っていた。
“Cクラスが異常なだけか...”
彼らは井戸の周りを拠点として活用しており、木が多くてテントを広げるスペースが少ない代わりに、ハンモックを上手く活用して寝泊まりの場所を確保していた。
Bクラスはまるでサマーキャンプのような和気あいあいとした雰囲気を醸し出している。
「Bクラスはまとまりがあるな…」
桐生は周囲を見渡しながらそう呟いた。同じように無人島試験をスタートしたはずなのに、使っているアイテムや生活の工夫が全然違う。Bクラスの団結力の強さを改めて実感させられる光景だった。
そんなことを考えていると、目の前でハンモックを取り付けていたジャージ姿の少女が、こちらに気づいて振り返った。
「あれ?堀北さん?それに綾小路くんと桐生さんも」
元気な声で話しかけてきたのはBクラスのリーダー、一之瀬帆波だった。彼女はいつも通りの明るい笑顔を浮かべている。
「随分とクラスは上手く機能しているようね。拠点としては苦労も多そうだけれど」と堀北が率直な感想を述べる。
「にゃはは、なんとか工夫してやってるよ。おかげでやることもいっぱいなんだけどね」
そう言って、一之瀬は手際よくハンモックの紐を結び終えた。その手際の良さを見ても、Bクラスがしっかり機能しているのがよく分かる。
「だとするとお邪魔しているのは悪いわね」
「ごめんね。なんか追い返すみたいな言い方になっちゃったかも。でも少しくらいな大丈夫だよ?」
一之瀬は特に嫌がることもなく、すんなりと受け入れた。むしろせっかくだからと、にこやかにハンモックに座るよう勧めてくる。
だが、堀北はその申し出を断った。こういうタイプの誘いに乗るような性格ではないのは、一之瀬もよくわかっているのか、無理に勧めることはしない。
「一之瀬さん。一応、私たちは前回から協力関係にあると思っていいのかしら?」
と、堀北が改めて確認を取る。
「私は少なくともそう思ってるよ」
一之瀬は即答した。そして、何か思いついたように「そうだ!」と声を弾ませる。
「私たちは協力関係を継続するってことでいいかな?それならリーダーの正体を見破るっていうルールも、お互いのクラスは除外し合うっていうのはどう?」
その提案に堀北は少し考えた後、
「ちょうど私もその話をしようとしていたの。一之瀬さんが構わないなら、その提案を受けさせてもらいたいわ」
「もちろんオッケーだよ!」
一之瀬と堀北の会話を聞いていたとき、桐生がふと視線を横に向けると、一人の男子生徒が丁寧に頭を下げているのが目に入った。眼鏡をかけた彼は、礼儀正しく感謝を述べている。
“アイツは確か...Cクラスの....”
「分かりました。ありがとうございます、柴田くん」
「いいっていいって!それにしても、そんなに畏まることないんだぜ?」
「いえ、そういう訳にはいきません」
短いやり取りを見ていた堀北が、不思議そうに腕を組む。
「クラスメイトにしては、随分と余所余所しいわね」
「ああ、彼は──」
「Cクラスの生徒か」
一之瀬が説明しようとした瞬間、桐生が先に口を開いた。その鋭い視線は、礼儀正しく振る舞う眼鏡の生徒をじっと見据えている。
「知ってたんだ? 彼、Cクラスと揉めちゃったみたいでさ。さすがに放っておけなくて」
“似たような状況だな…”
桐生は心の中でそう呟く。昨日、桐生たちもCクラスの生徒を拾ったばかりだった。
「私たちも昨日、一人拾ったのよ。Cクラスの生徒を」
堀北がそう言うと、一之瀬は驚いたように目を瞬かせた。
「えっ、本当? もしかして……龍園くんと?」
「ええ。簡単に言えば、彼に殴られた女子を助けただけよ」
堀北は伊吹のことを一之瀬に説明する。
「なるほど……龍園くん、相変わらず荒っぽいね。それにしても、女の子に手をあげるなんて……」
一之瀬が眉をひそめる。あの龍園という男に関しては、Bクラスの生徒もある程度把握しているのだろう。
しかし、すぐに一之瀬は何かを思い出したように顔を上げた。
「あっ、そういえば──」
「少し前に、龍園くんたちのベースキャンプから、大声というか喧騒が聞こえたんだけど……何かあったの?」
その問いに、桐生が表情を変えずに淡々と答えた。
「ああ、それか。Cクラスの奴に喧嘩ふっかけられたから倒しただけだ」
「……あはは、そうなんだ……」
一之瀬は苦笑いを浮かべ、少し引き気味に頬をかいた。桐生の言葉には飾り気が一切なく、まるで日常の出来事を語るような調子だったからだ。
「一之瀬さん、聞いてばかりで申し訳ないけれど、私たちはAクラスの状況を確認したいと思っているの。彼らのベースキャンプに関して掴んでいることはある?」
堀北が冷静な口調で問いかけると、一之瀬は少し考え込むように視線を上げる。そして、言葉を選びながら口を開いた。
「『恐らく』で良ければ、場所は分かるよ。でも、情報を得るのは難しいと思うけどね」
それでも道筋を教えてくれる一之瀬に、堀北は小さく頷いた。
「そろそろ行きましょう。長居するとBクラスに悪いわ」
堀北がそう言って歩き出し、桐生もそれに従おうとした。しかし、ふと横を見ると、Bクラスの生徒たちが楽しそうに釣りをしているのが目に入った。
何人かが海辺に座り込み、糸を垂らしてじっと待っている。その姿は、試験の厳しさとは裏腹に、まるで休日のレクリエーションのようだった。
“釣り、か”
何人かが糸を垂らし、魚がかかるのをじっと待っている。その様子を見た一之瀬が、パッと明るい表情になった。
「ねえ桐生さん、せっかくだしやってみる? 釣り、結構楽しいよ!」
桐生は一瞬、考えるように目を細めた。
“どうするか……”
•偵察が終わった後で参加←
•すぐに参加
•断る
“まずはAクラスの偵察が優先だな”
「そうだな、Aクラスの偵察が終わってから行く」
桐生がそう言うと、一之瀬は少しだけ驚いたようだったが、すぐに笑顔を浮かべて頷いた。
「分かった! じゃあ、偵察が終わったらまた声かけるね!」
彼女の明るい反応に、桐生は小さく頷いた。堀北が桐生に声を掛ける。
「桐生さん、行きましょう」
そうして、桐生たちはBクラスの拠点を後にし、Aクラスの偵察へと向かうことになった。
一之瀬が教えてくれた方角に向かって歩き続けると、やがて洞窟が姿を現した。その入り口の前には、仮設のトイレが2つと、シャワー室が1つ、さりげなく設置されている。
「ここからじゃ中の様子は分からないわね……」
堀北が、物陰に隠れながら距離を取って様子を窺うも、正直なところ、これでは状況を把握するのはかなり難しい。
ましてや、Aクラスに知り合いがいるわけでもない。それにしても、隠れて情報を集めようとしても、この状況で何か得られるものはもうないだろう。
そんなことを考えながら、堀北が気配を消して身を潜める姿を横目に、綾小路は何の躊躇もなく歩き出した。目指す先は、洞窟へと続く道だ。
「ちょ、ちょっと。どういうつもりなの、不用意に姿を晒しても得はないわ」
「隠れて様子を窺っても得なんてないだろ」
“埒が開かないなら、自分達で行動するしか無いな...”
桐生も綾小路の意見に賛同しついて行く。
堀北はしばらく迷っていたが、結局納得したようで、二人と共に洞窟の入り口へと歩を進めていった。だが、そのタイミングで、突然Aクラスの生徒がこちらに気づき、警戒した様子で近づいてきた。
「おい、なんだお前ら。どこのクラスだ?」
その問いに、桐生が答えた。
「私達はDクラスだ」
「偵察に来たのよ。何か問題ある?」
Aクラスの生徒は、少し驚いたような顔をして、それから皮肉交じりに言い放った。
「はっ、どこの誰かと思えばDクラスかよ。頭の悪い連中の集まりだろ」
その挑発に、桐生は淡々と返す。
「確かに、お前らからすれば、頭の悪い連中が集まってるかもしれないな。でも……お前みたいに他人を見下すことでしか自分を保てないような連中じゃないと思うがな」
桐生の言葉に、Aクラスの生徒は一瞬言葉を詰まらせ、顔をゆがめた。その表情からは、少なからず動揺が見て取れた。
桐生は冷静にその場を見守りながら、状況を把握しようとした。
「とりあえず中を見せてもらうわよ」
そう言って、堀北はためらうことなくビニールの覆いに手をかけた。
「あ、おい!」
Aクラスの生徒が慌てて堀北を止めようとする。しかし、その声が響いた直後、静寂を切り裂くような落ち着いた声が洞窟の奥から聞こえてきた。
「何をしている、弥彦。客人を呼んでいいと許可した覚えはないぞ」
そう言いながら現れたのは、一人の男だった。スラリとした高身長で、どこか気品のある雰囲気をまとっている。その視線は冷たく、まるでDクラスの面々を品定めするかのようだった。
「葛城さん!」
先ほどのAクラスの生徒――弥彦と呼ばれた男が、慌てた様子で葛城に訴える。
「こいつら、俺たちの寝床を偵察に来たんですよ!汚い連中です!」
「ビニールごときで大袈裟なことを言うわね」
堀北は動じることなく答えた。
「中を少し見せてもらうだけよ」
その堂々とした態度に、葛城はわずかに目を細めた。そして、一歩前に出ると、静かに告げる。
「遠慮せずに中を見ればいい。ただし──覚悟はしておくことだ」
「……覚悟?」
「指一本でも触れた瞬間、俺は他クラスへの妨害行為として学校側に通達する。その結果、Dクラスがどうなるかは保証しない」
“んなこと、ルールブックに書いてあったか?”
桐生は心の中でそう思いながら、葛城を観察する。確かに、ビニールの覆いに触れた程度で妨害行為に該当するとは考えにくい。だが、「訴える」とまで言われてしまった以上、完全に無視するわけにもいかない。
“どうするか……”
•触れる←
•触れない
“よし、触れよう”
桐生はためらいなく手を伸ばし、ビニールの覆いに指先を触れようとする。
「おい!何をやっている!葛城さんが重要なこと言ったばっかだろ!」
弥彦が怒鳴るように叫ぶ。桐生はその言葉にも動じることは無かった。しかしこれ以上言われると面倒なので手を引っ込める。
「ここはあなたの言うことを尊重するしかなさそうね。まぁいいわ。せいぜい楽しみにさせてもらうわよ。Aクラスの実力がどの程度のものか」
「随分と威勢がいいな。こちらも期待してるとしよう。Dクラスの悪あがきに」
短いやり取りを終え、堀北は葛城の横を通り過ぎる。
洞窟を後にし、森の中を歩いていると、桐生がふと口を開いた。
「この後、Bクラスに寄りたいんだが、いいか?」
堀北は一瞬考えたが、特に問題はないと判断したのか、すぐに頷いた。
「必要なことは済ませたし、構わないわ」
綾小路も異論はないようで、そのまま三人はBクラスのベースキャンプへと向かうことにした。
森を抜け、再びBクラスのキャンプが見えてくる。井戸の周りには相変わらず人が集まり、何人かはハンモックでくつろいでいる。
そして、テントの前では、一之瀬が生徒たちと話し込んでいた。彼女は桐生たちの姿を見つけると、ぱっと明るい笑顔を浮かべ、手を振る。
「あっ、おかえり! 堀北さん、それに桐生さんと綾小路くんも!」
三人が近づくと、一之瀬は興味津々といった様子で尋ねた。
「Aクラス、どうだった?」
「守りに徹しているという感じね」
堀北が淡々と答えると、一之瀬は「やっぱり?」と苦笑いした。
「それなら、私たちが探りを入れるのも難しそうだね。まぁ、Aクラスらしいと言えばらしいけど」
一之瀬は腕を組みながら、少し考え込むような仕草を見せた。Bクラスとしても、Aクラスの動向は気になるのだろう。
桐生はそんな様子を横目で見ながら、ふと辺りを見回す。先ほども目に入った釣りの光景が、再び視界に飛び込んできた。
楽しそうに釣り糸を垂らしている生徒たちを見ながら、一之瀬が思い出したように言う。
「そうだ、さっき言ってた釣りだけど、どう? やってみる?」
「ああ、ぜひやらせて貰う」
Bクラスのキャンプに戻り、一之瀬と話している最中、桐生が釣りに参加すると口にした途端、堀北が眉をひそめて詰め寄ってきた。
「桐生さん? あなた、もしかして釣りがしたいからBクラスに寄ったの?」
まるで詰問するかのような鋭い口調だったが、桐生は特に気にすることもなく、あっさりと頷いた。
「ああ。あの時誘われてたし、釣った魚は持ち帰っていいって話だったからな」
「必要ないわ。そもそも桐生さん、少し前に肉を取ってきたじゃない」
「肉は肉、魚は魚だろ」
「はぁ……」
堀北が呆れたようにため息をついたが、桐生も譲る気はなさそうだった。
このまま言い争いがヒートアップしそうな空気を察したのか、一之瀬がすかさず仲裁に入る。
「はーい、ストップストップ! 桐生さんも堀北さんも落ち着いて!」
一之瀬は笑顔のまま、楽しげに手を叩きながら言った。
「ここはもう、堀北さんたち三人で魚を釣ろう? はい、決定!」
「……勝手に決めないでちょうだい」
「まあまあ、せっかくだしさ!」
堀北は渋々といった表情を浮かべながらも、反論しきれない様子だった。綾小路も特に反対はしないようで、結局、三人全員で釣りに参加することになった。
Bクラスの生徒から釣竿を受け取り、釣り場へと向かう。湖の近くにはすでに何人かが糸を垂らしており、それぞれが楽しそうに釣りをしていた。
桐生たちが近づくと、釣りをしていたBクラスの生徒たちがこちらに気づき、親しげな雰囲気で声をかけてきた。
「おっ、新しく参加するのか?」
活発な雰囲気の男子生徒が、にこやかに声をかけてくる。
「俺、柴田颯。よろしくな!」
続いて、明るく話しかけやすい雰囲気の女子生徒が、軽く手を上げながら名乗った。
「私、網倉麻子!よろしくね!」
そして、少し日焼けした健康的な少女が、笑顔で自己紹介をする。
「運動得意な安藤紗代。よろしく!」
「桐生一葉だ。よろしく頼む」
「堀北鈴音よ……よろしく」
「綾小路清隆だ、よろしく」
お互いに軽く挨拶を交わし、早速釣りを始めることになった。
それぞれ釣竿を手にしながら、桐生は海面を見つめる。ゆらゆらと揺れる海面には、時折魚の影がちらついていた。
「……さて、どんなもんか試してみるか」
桐生はゆっくりと釣竿を構え、慎重に糸を垂らした。初めての釣りに挑むDクラスの三人と、それを見守るBクラスの生徒たち。
静かな空気の中、新たなひと時が幕を開けるのだった。
海辺に並んで釣り糸を垂らしてから、しばらくの間は静かな時間が流れていた。潮風が心地よく吹き抜け、太陽の光が水面に反射してキラキラと輝いている。Bクラスの生徒たちは和気あいあいと会話しながら、のんびりと釣りを楽しんでいた。
桐生も釣竿を握りながら、じっと海を見つめていた。釣りなんてまともにやったことはないが、要は待つだけだろうと、気楽に構えていた……が、思っていたより早く事態は動いた。
「……ん?」
突然、桐生の釣竿がぐんと強く引かれる。
「おおっ!?」
周囲の生徒たちが一斉に反応する中、桐生は片腕で竿を引き上げようとした。しかし、思った以上に強い力で引っ張られる。
「結構でかいな……」
桐生は冷静に竿を立て、ぐいっと勢いよく引く。魚の抵抗を感じながらも、やがて水面下から大きな影が跳ね上がった。
「……おお、ハマチか」
水しぶきを上げながら、銀色に輝く大きなハマチが宙を舞い、砂浜にポトリと落とした。
「で、でっか!!」
柴田が驚いた声を上げ、網倉と安藤も目を丸くする。
「まさかこんな大物が釣れるなんて……!」
「ちょ、ちょっとすごすぎない!? 普通こんなの簡単に釣れないよ!?」
一之瀬も驚きながら桐生の釣り竿を見つめ、堀北は呆れたようにため息をつく。
「……やっぱり、桐生さんって規格外ね」
桐生は釣り上げたハマチを見つめ、少し満足げに頷いた。
「……悪くないな」
静かだった海辺に、釣り上げられた魚のバタバタと暴れる音が響いた。桐生が見事に大物を釣り上げたことで、周囲のテンションが一気に上がった。
「よーし、俺も負けてられねぇ!」
柴田が意気込んで釣竿を握り直す。網倉や安藤もやる気を出し、次々と竿を振っては海に糸を垂らした。
そして数分後──。
「やった!引いてる、引いてる!」
「お、私もかかった!」
次々と竿がしなる。柴田は元気よくアジを釣り上げ、網倉は小ぶりながらも鯖をゲット。安藤も負けじとイワシの群れを引っ掛けた。
「おお、調子いいな」
綾小路も静かに竿を引き、タイミングを見計らって釣り上げる。そして、見事に30センチほどの鯖を釣り上げた。
「悪くないな」
一之瀬も「すごいね!」と手を叩き、Bクラスの生徒たちは次々と成果を上げていく。
……しかし、そんな中で一人だけ成果が出ていない者がいた。
「…………」
堀北鈴音
彼女はそれなりに長い時間糸を垂らしているはずなのに、一向に魚がかかる気配がなかった。
「……なぜ、私だけ釣れないのかしら」
イライラしながら海面を睨みつける堀北。
「……魚も釣られる人を選ぶ権利がある、ってことじゃないか?」
綾小路がぽつりと呟いた瞬間、周囲の空気が微妙に変わった。
「……」
堀北はゆっくりと綾小路の方を振り向き、そのまま静かに歩み寄る。
「……ん?」
綾小路が何かを察したように僅かに身を引いたが、堀北は構わずさらに一歩、彼の間近まで近づいた。そして、すぐそばで立ち止まると、
「面白いジョークね、綾小路くん」
穏やかそうな口調だった。しかし、その目は笑っていない。
「じゃあ今度は、あなたを餌にしたら釣れるのかしら?」
「……え?」
綾小路が一瞬、何を言われたのか理解できず、わずかに目を見開く。
「ま、待て堀北。それはさすがに──」
「ほら、海に放り込んであげるわ。魚の気持ちになれるかもしれないわよ?」
堀北が冗談なのか本気なのかわからない笑顔を浮かべながら、綾小路の腕を軽く掴む。その手には妙な力が込められていて、冗談では済まされない空気が漂う。
「わ、悪かった、だからその手を離してくれ」
綾小路は即座に謝罪し、堀北の手をスルリとかわして距離を取った。
「.....まあいいわ。こんなことで時間を無駄にしても仕方ないもの」
そう言いながら、手び釣り竿を持ち直し、静かに海面を睨み始める。
「......それでいいんじゃねえか?」
柴田がホッとしたように呟き、Bクラスの生徒たちも何となく安心したような空気を漂わせた。
しかし、桐生は思った。
"あいつ、釣れるまで絶対にやめないタイプだな......”
長い戦いになりそうな予感がした。
堀北が釣竿を握る手に力を込め、じっと海面を見つめていた。波が静かに揺れ、時折、水面がきらりと光る。
そして──。
「……っ!」
竿が勢いよく引き込まれた。
「来たわ!」
堀北は歯を食いしばりながら、慌てず慎重にあわせる。普段の冷静さを崩さず、けれどどこか必死な様子が伝わってきた。
「おお、ついにか!」
柴田が楽しそうに声を上げ、網倉と安藤も「頑張って!」と応援する。
「落ち着いて、ゆっくりいけば大丈夫だよー!」
一之瀬も温かい笑顔でアドバイスを送る。
堀北はそれには答えず、ただ釣竿の握る力を強くする。すると海面に大きな水しぶきが上がる。
「よし……っ!」
ついに魚が姿を現した。
「大きいな」
桐生がぽつりと呟くほどには、しっかりとしたサイズの魚だった。
「やったじゃん、堀北さん!」
網倉が嬉しそうに拍手し、周囲も「すごいすごい!」と盛り上がる。
しかし、当の堀北はいつものように無表情を貫いたまま、釣った魚を見つめた。
「……これくらい、別に普通よ」
その様子を眺めながら、桐生はふと、堀北の右手に目をやった。
見えないところで、彼女の指がぎゅっと強く握られているのを、桐生はしっかりと見ていた。
“よほど嬉しかったんだろうな……”
そう思いながら、桐生は何も言わずに視線を戻し、静かに海へと目を向けた。
釣りを終えた桐生、堀北、綾小路の三人は、Bクラスの生徒たちに軽く別れを告げ、自分たちのベースキャンプへと戻ることにした。
穏やかな波の音を背に、三人は砂浜を歩きながらキャンプ地へと向かっていた。
「結局、結構な量釣れたわね」
堀北が一之瀬達から借りたクーラーボックスをちらりと見ながら呟く。その中には、それなりの大きさの魚が数匹入っていた。
「まあ、食料としては十分だろう」
桐生が淡々と答えながら歩を進める。
「二人のおかげで助かった。オレはのんびりしてただけだしな」
綾小路が気の抜けた口調で言うと、堀北がジト目で睨みつけた。
「ええ、本当にのんびりしてただけだったわね」
「いや、オレもちゃんと釣っただろ?」
「一匹だけね」
「一匹でも釣れば十分じゃないか?」
そんな他愛ない会話をしながら歩いていると、やがて自分たちのベースキャンプが見えてきた。
「さて、とりあえず魚の処理をしないとな」
桐生がそう言うと、堀北と綾小路も無言で頷いた。
短い寄り道だったが、食料は確保できた。あとはこの無人島生活をどう乗り切るかだ。
三人はそれぞれの考えを巡らせながら、自分たちのテントへと足を踏み入れた。
龍が如くシリーズに釣りがあったので組み込んでみました。
無人島試験は後1〜2話で終わる予定です。