いやー、ビナーくんは強敵でしたね(最高難易度から目をそらしつつ)。
今回からようやく負けインたちと本格的に関わっていきます。前回はオリ主のプロローグ的な話だったということで。
一話まるごと負けインが登場しなかった二次創作があるらしいですよ、皆さん。
「適度な距離感って大切だと思うんだよ、和彦」
豊橋駅から路面電車の停留所までの道すがら、私がそう話を振ると、和彦はえも言われぬ、それこそ毎朝家のポストに突っ込まれる手芸教室のチラシを見るような顔をした。
夏の放課後、高校生が一番活発に活動する時期に可愛い妹と並んで歩くには似つかわしくない表情だ。道行く男女連れとまでは言わないまでも、もう少し笑顔になるのが男として自然だろう。
この私の美少女フェイスを見飽きたとでも言いたいのか。
それとも3日で見飽きるほど美人だと言いたいのか。
「なにさその顔」
「いや、もしかして朝雲さんに彼氏ができて近づき難いとか目の前で惚気けられてげんなりしてるとか、そういう話かと思って」
「なにそれ。ちーちゃんがそんな付き合いたてのバカップルみたいなことする訳ないでしょ」
そもそも朝雲さんは一に彼氏、ニに学習塾(彼氏含む)、三に私生活の人だ。私と一緒に過ごすということは、自動的に綾野くんも塾もない日なんだから目の前でイチャついたりはしない。もちろん惚気け話をすることもあるが、それは私から話題を振った場合に限る。分別のある女性なのだ我が親友は。
……ん?もしかして私、親友から優先順位を3番目に置かれてる?
私が三下?この私が三下……?
「なら今日は?用事も無いのに俺と帰ってるし」
「今日はちーちゃんと勉強しようかと思ったんだけど、和彦が病み上がりだから一緒に帰れって。良かったね、ちーちゃんも杏奈ちゃんも心配してくれて」
「八奈見さんが心配したのはオムライスの代金だと思うけど」
あのあと、昼休みに起きた私はシナリオ通り八奈見さんが保健室までデリバリーしてくれた昼食を頂いた。
付け合せにポテトもあったのは、おそらく二人分の量をかさ増しするためだろう。意外と丁寧に下ごしらえされていて、冷めてもさくさく頂けるポテトだった。
寝起きに食べたオムライスの味はとても美味しかったです。
ああ、そこで腑に落ちた。
さっきの顔は、八奈見さんが面倒な愚痴をこぼした時の顔か。
「いいかな?和彦。
杏奈ちゃんはね、あれで私とも和彦とも距離感測ってるの。あくまで借りたお金を返すまで、あのバカップルの熱が冷めるまでの避難所があればいいってこと。お弁当もなあなあで済ませないで、それなりにこだわってるのも『やっぱりお金返してお終い』ってならないようにするためだからね」
「そっか。じゃあ袴田の話をしたり、あけすけに『振られたから狙い目だと思われてるー』なんて話をするのも、そういう目で見るなって牽制なんだ」
「いや、それはただの愚痴」
だって付き合いが続くと思ってたら、そこまで露骨にできないし。
今度は、え?という顔になる和彦には悪いが、異性のうちにカウントされてないから言えるようなことなんだよ。ちょっと八奈見さんの社交力を甘く見過ぎだ。
本来だったら「袴田クンが付き合い出したら他の男の子に放っておかれなくて困っちゃう♪」という意味だからね。
それを袴田君の前でやらないのが八奈見さんの良い子たる由縁なわけだけど。
「ある意味、普段つるまないのに時々愚痴を言える相手っていうのはいい距離感だと思うよ。
で、一方私は最近こう思うの。人に頼られるのはいいけど、ちょっと忙しないんじゃないかって」
「文芸部に見学に来たのはそれが理由か。今まで部活なんて興味なかったのに」
「部活動よりも佳樹が居るからね。和彦が文芸部に入ったのは丁度よかったんだ」
放課後の部室には小鞠ちゃんと月之木先輩がいた。
今日は顔見せのつもりだったが、ようやく負けイン三人娘の最後のひとり、小鞠ちゃんがお目見えした。
「小鞠ちゃん、可愛いかったな。全身毛を逆立てたハリネズミみたいで。これから仲良くしようねうへへ。」
「言っておくけど、変なことしたら流石に追い出されるぞ。月之木先輩なんか怖い目で見てたし」
「距離感間違えなければ大丈夫だって!小鞠ちゃんも嫌がってなかったし!」
「いや滅茶苦茶拒んでたし、言い訳が完全にセクハラオヤジなんだけど」
失敬な。嫌よ嫌よも好きのうちという言葉を知らないのかこの兄は。
美少女が女の子とイチャつくのがセクハラなわけ無いじゃないか。
確かに小鞠ちゃんは私が物理的に絡むと「離れろ!」「や、やめっ」「死……っ!」と言いながら暴れた。
だが私は知っている。女の子同士と間で「離れろ!」は「もっと構え!」というフリだ。
私も昼休み、クラスの女子にやって知ったばかりだったが、その時は過剰に全身わしゃわしゃされて大変な目に遭った。朝雲さんが言うには日頃の感謝の気持ちらしい。
小鞠ちゃんはきっと、私よりも体力が無いせいだろう。私ひとりで可愛いがったのに部室を出る時には「ひんし」状態だった。
「とにかく!これからはプライベートの時間とダラダラタイムを増やすべく、クラスの子たちとそれとなーく距離を置く口実を用意することにしたから!」
「じゃあどうして今日は見学だけで入部しなかったんだ?」
「いや、だって見知らぬ上級生の縄張りだし、なんか怖いし」
「縄張りって」
アニメで見た月之木先輩はいい女だったけど、美人は怖い事もあるからね。仕方ないね。
別にビビってるわけじゃいけども。
実際にこの目で見た月之木先輩はいい人で美人さんでした。
と、そこへ私は愛しの妹の気配を感じてちょっと背伸びをすると、人混みに紛れた制服姿の佳樹を見つけた。
佳樹もこちらを見つけたようで、手を振ってくる。
「お兄様、お姉様。いま帰りですか」
「帰り一緒になるのは珍しいね佳樹」
「はい。ちょっと足りない薬味があるので、買出しに。それからお兄様が良ければお米を買い足そうと思うのですが……」
「手伝うよ。荷物持ちなら任せろ」
むん、と力こぶを作れない和彦。私は佳樹と顔を見合わせて笑った。
兄妹三人で路面電車に乗り込む際、和彦が耳元に口を寄せてきた。
「佳樹には心配かけたくないから」
はいはい、黙ってろってことね。
お兄様は大変だね。
※ ※ ※
佳樹とのお買い物イベントなんて原作には無かったが、温水家に私が居ることで買出しのタイミングがズレた結果だろう。それは今更気にしても仕方ない。
負けヒロインに直接関係しない改変なんて数え切れないほどしてきたし、大事なポイントを逃さなければそれでいい。
私という存在がちょっとした変化を生むのを見るのは、原作破壊の危険がある点に注意すれば案外悪くない。自分の足跡がこの世界に残されているのを感じると、それが困った事態かとうかはさておき物語の登場人物になった気分を味わえるようだ。
何の変化も生まない人生よりはいい。
「そういえばお兄様。学校でお友達はできましたか?」
佳樹のその質問が、あらかた買い物を済ませて帰路につく頃になったのも、私がつとめて楽しい買い物になるよう佳樹とのお喋りに興じていたからだろう。
その質問に、疲れを見せないようにしていた和彦が、げっという顔をした。
この後の会話は覚えている。和彦は友達がいないのは恥ずかしいことではないが、許されないという厳しい現実を佳樹から突きつけられる。
だが私がこの世界に居ることで、ちょっとだけ原作と違う点ができるのだ。
「佳樹、私を含めれば和彦が今日話した人数は5人で合ってるよ?」
「……お姉様、嘘をつくのは恥ずかしいことです」
おや?おかしいな。
信用が無いぞ?
私は日ごろ佳樹に惜しみない愛情を注いでいるのに、佳樹は私に愛を返してくれないのだろうか。それともまさか、受け入れられてないとか?
いくら佳樹が天使でも、思春期の女の子なのは変わらない。内心では毎日干渉してくる姉がウザいと思われているのか。もしそうだとしたら佳樹に嫌われているのかもしれない。
佳樹に嫌われた私に存在価値なんてある?いや無い。
「ですが、お姉様はお友達がたくさん居てえらいですね。ご褒美によしよししてあげます」
「そうでしょそうでしょ!もっと褒めてもいいんだよ!?」
「はい。お姉様は良い子ですね」
佳樹によしよしされた。
うれしい。
「今日もお姉様のおかげで、商店街の皆さんからたくさんおまけしてもらいました。これもお姉様の人徳ですね」
「人徳なんてそんな。ちょっと顔を覚えてもらおうと思って出し物の手伝いしただけだよ。それにみんな話してると佳樹のこと褒めてくれるし、自慢の妹のおかげだと思うな!」
「そんなことありませんよ」
私もお返しに頭をよしよしすると、佳樹はくすぐったそうに身をよじった。
私たち姉妹はご近所さんや商店街の皆さんからも、育ちの良い美少女姉妹と評判だ。
だがそれは、私と佳樹が同じように評価されている事を意味しない。
私がお願いをされる事が多いのに対して、佳樹はお願いをする事の方が多い。
商店街はその年齢層から言って、今までのやり方を通そうとする人間の多い場所だ。目新しさや思いつきで方針を決める学生と違って、新しい発想や提案が出来る人間が評価されずらい。自ずと好まれる人間像とは、どんな頼み事もはいはい喜んでと明るく請け負う便利な人間になる。私だ。
そんな場所で、自分の提案を「佳樹ちゃんがそう言うなら」と受け入れて任せてもらえる学生がどれだけ居ることか。
まあ、それでもこの商店街に限って私の交友関係が広いのは事実だけどね。
交友関係を心配されているお兄様とは違って。
私はご覧の通り兄妹を信じ尊重する良き姉であり妹なので、いちいち友達がどうとか口出しはしないのだ。
「ちょろ……」
その和彦が何か言っているが聞こえない。
どうせ私と佳樹の絡みで百合成分を補充しているのに水を差すのは止めてもらおう。
「温水さん、こんな所で大胆だねえ」
「はわぁ……。み、見ちゃいました」
聞こえない、聞こえない……。
…………?
「―――時雨ちゃん!?円ちゃん!?」
振り返ればそこに奴らはいた。
呆れと驚愕が半々に混じった時雨ちゃん。
そして両目を押さえて指のスキマからばっちり見ている円ちゃんだ。
「意外と、こう、そういう感じなんだね温水さん。そんな気はしてたけど」
ちょっと引いてる時雨ちゃん。そういう感じとは?
「私はいいと思います!姉妹愛!」
ふんす、と鼻息も荒くして、君は何を言っているんだ円ちゃん。
不味い。なんかよく分からないけど、非常に誤解が深刻で喫緊だ。
落ち着け私。
落ち着いて素数を数えろ。
ひっひっふー。
とにかく何か言い訳をしないと!
私が往来のど真ん中で妹にいけない事をする変態だと思われてしまう!
「いま家族サービス中だから!」
佳樹と和彦の腕を取り2人を抱き寄せる。
見るがいい。温水3兄妹の仲良しっぷりを。
これで人前で恥ずかし気もなく抱き合う家族と思わせれば、私個人から矛先を反らせるはず!
いや家族サービスって何だよ。
いくら元社会人だからって、言い訳下手くそか。
こんな言い訳で誰が誤魔化されてくれるだろう。小学生だってもう少しマシな嘘をつくのに、どうして出てくる言葉が家族サービスになるのか。
終わった。明日には噂が広がって、往来の真ん中で妹とイチャついた変態だと、あらぬ風評が出回りあらゆる生徒から白い目で見られるんだ……。
私の華の女子高生生活、完。
次回作にご期待ください。
「そういうのもありですよ!ねっ、時雨ちゃん!」
「う、うん。そうだねえ……」
ん?
流れ変わったな。
「私はいいと思います!家族愛!」
「円、邪魔しちゃ悪いからもう行こうか」
「!そうですね、お邪魔でした!」
「それじゃあ温水さん、また」
「私は応援してますよ!」
円ちゃんは手を大きく振りながら、時雨ちゃんに手を引かれて去っていった。
なぜ引き下がったんだろう。
私だったら面白おかしく引っ掻き回して、三日はからかい倒すのに。
「何だったんだ?」
「きっと家族の時間を尊重してくれたんですよ。良識のある方たちなんですね」
まさに天啓が舞い降りた瞬間だった。
そうだよ、家族団らんの邪魔したら大人しく帰る以外の選択肢なんてありはしない。
さながら佳樹は神託を下ろす天使。やはり佳樹は天使だったんだ。
そこへさらに追加の啓示が降ってくる。
「お姉様、あの方たちにお兄様のお友達になってもらうのはどうでしょう。きっと印象に囚われず、本当のお兄様を知ってくれるのではないでしょうか」
「佳樹、そんな事頼むのも悪いだろ。瑞樹にだって―――」
「そうだよ!その手があった!」
「―――瑞樹!?」
考えてみれば簡単なことだったんじゃないか。
普段周りに人が寄ってくる私と、人が寄ってこない和彦。
和彦が居ればいい感じの人避けになるじゃないか。
「さっすが佳樹、天才!私の自慢の妹だよ〜」
「はい。佳樹もお姉様のような家族に恵まれて果報者です。お姉様もいいお友達に恵まれましたね。
それにお姉様のお友達なら内偵もしやすいですし」
「今なんて?」
女子とお近づきになれるのに何故か反発している和彦に、囁くように耳打ちする。
「まあまあ、これ以上佳樹に心配かけたくないんでしょ?」
「それとこれとは話が違う」
「大丈夫だって、適当に口裏合わせてもらうから」
作戦は簡単だ。
時雨ちゃんと円ちゃんに頼み、和彦を紹介して友達のフリをしてもらう。
和彦は佳樹に友達を作るフリをし、私は和彦を理由に周囲から距離を取る。
「ね?」
「……わかった。わかったから、そろそろ離れてくれ」
そういえば腕を抱いたままだった。
和彦の顔を見ると、ちょっとムッとした表情。
「あててんのよ?」
「あたってないから」
「あてるモノが無いって言いたいのか?おん?」
「何て答えたらいいんだよ!」
情けない悲鳴に佳樹がくすりと笑った。
※ ※ ※
翌朝。
和彦と登校すると、下駄箱で瞑目し仁王立ちする人物がいた。
日焼けが健康的な彼女は焼塩檸檬。負けイン2号であり、綾野くんとのセッティングを和彦に提案されて今朝は待ち構えていた。
昨日の昼休み、何故か保健室で起きなかった焼塩さんは、カッと目を見開くと、開口一番こう叫んだ。
「温水さんって、光希と付き合ってるの!?」
「ふぇ!?」
友達(を作らない)計画。
なお、佳樹は負けインに含むものとする。
私もバス停で突然不審な妹に手を握られる、そんな学生生活を送りたかったですね。