仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ イリス×エリシア 夢幻審理のパラドックス 作:teru@T
それはそこに輝きがあるから
「……うぅ〜ん?」
「どうした、伊織」
ある日の昼休み。誓、伊織、遥の三人はいつものように屋上で昼食をとっていた。誓はコンビニで買ったと思われるハムサンド、伊織は母の作った、遥は家の使用人が作った弁当を各々広げている。伊織は母お手製の玉子焼きを、遥は形が整いすぎているだし巻き玉子を交換したところで、伊織が鼻をすんっと鳴らした。
「なんかね、ここ最近鼻が変なんだ」
「鼻が変?」
「あら、それは大変だわ。伊織くんの鼻はラヴィリンスを探索するのに間違いなく役立っているもの。放課後になったらうちの治療班に診てもらいましょ」
「まずは症状を聞いてから決めましょうよ……。具体的にはどう変なんだ?」
「えーっと……」
伊織は今の症状を言葉にまとめようとしたが、うまくできないようだ。しばらくうんうん唸った後で、あ! と大きな声をあげた。
「たまに海の近くみたいな匂いする!」
「海の近く?」
「磯の匂いのことかしら。それはたしかに変ね。ここは山に囲まれているし、川くらいしか水辺が無いもの」
「でしょ? だから変だなあって」
伊織の説明を聞いて、誓は何か考え込むような素振りを見せ始めた。そんな誓を置いて、遥は伊織に今日の放課後の様子を尋ねる。
「伊織くん、今日の放課後は何も予定を入れないでちょうだい」
「はーい。……って、センパイ? なんか考え事?」
「あぁ。……とは言っても大したことじゃないからあまり気にしないでほしい。……ちょうど良いか。伊織、診察が終わった後も財閥の別荘にいられるか?」
「? うん。今日何も予定無いし」
「なら良し。お嬢様、診察終わったら伊織借りますよ」
「えぇ」
すん、と再び鼻を鳴らす伊織。磯の匂いはもうしなかった。
診察を無事に終え、結果が出るまでの間伊織は誓に連れられ図書室にいた。そこで二人が何をしているかと言うと──
「せんぱぁ〜い……。もう無理だよー……」
「まだ勉強会は始まったばかりだろう……。音を上げるのが早いな」
「だってぇぇぇぇぇ」
勉強会である。半泣きの伊織の前には、分厚い本がいくつも積まれている。向かい合うように座っている誓は、涼しい顔で本をペラペラ捲っている。
「君がラヴィリンスで出会ったイビツキ──ミオや僕のグレイスのように友好的なイビツキもいるにはいるが、大半は自我を失って襲ってくるやつらばかりだ。今のうちに友好的なイビツキの特徴を学んでおいて損はないだろう?」
「そうかもしんないけど〜……。無理なものは無理だよぉ〜……。オレ勉強とか苦手だし……」
「そんな気はしていた」
「じゃあなんで……」
「僕には君を守る義務があるからな。君を巻き込んだ者として、それだけの責任はある。全力は尽くさせてもらう」
「……」
不意に伊織の言葉が途絶えたため、不思議に思った誓が伊織の方を見ると。彼は目をキラキラと輝かせながら誓を見ていた。
「センパイ、かっこいい……!」
「そうか? 僕は君の先輩なんだろ。ならこれぐらいはして当然じゃないのか?」
「そんなことないよ! 今のセンパイすっごくカッコ良かった! あ、どのくらいかっこいいかって言うと──」
「わかった、わかったから。そんなにテンションを上げるな」
まったく……と言いつつも、誓はどこか照れくさそうに頬杖をついてそっぽを向いた。照れているのは間違いないのだろうが、それを指摘したらきっと目の前に置かれている本が倍になるだろう。そう察した伊織は、何も言わず本のページをまた捲り始めた。
「うー……」
「……」
「むぅ……うぅん……?」
「…………」
「……うぅー!」
「うるさいぞ。もっと静かにできないのか」
ずっと唸りながら本のページを捲っている伊織に、とうとう誓は黙っていられなかったようだ。誓は本から顔を上げ、呆れ顔で伊織を見ている。
「何のことかちんぷんかんぷんすぎて……」
「どこがわからないんだ?」
「ここ!」
伊織が本を開いて誓に見せたページ。それはセイレーンのページだった。
「セイレーンか。美しい歌声により航行中の船を惑わせ、遭難させたり難破させる……という伝承が有名だが。君も名前くらいは知ってるんじゃないか? ゲームのモンスターに出てきたりするだろ」
「うん、オレも知ってるよ! なんか、こう……人魚? みたいなやつ! 歌がすっごい上手いんだよね!」
「なら話は早いと思うが。セイレーンを知っているなら何を悩む必要がある?」
「知ってるから悩んでるの!」
ここ! と伊織はセイレーンのページのある箇所を指で差した。
「オレが知ってるセイレーンって人魚みたいなやつのはずなんだけど……。なんで下が鳥みたいになってるやつも載ってるの?」
伊織が指差した場所。そこにはセイレーンの写真が載っているが、たしかに下半身が鳥の女と魚の女が載っていた。詳しくない人間からすればわからなくて当然だろう。
「あぁ、それか」
伊織が指差したその写真を見て、誓は特に驚く素振りも見せず口を開いた。
「それに関して一般に流布している通説は色々あるな。たとえば、昔の言葉で鱗と羽根を意味する語が似ていたからだとか。イメージが変容したからだとか。僕が聞いた通説は諸々あるが……」
「?????」
「……もう少し噛み砕いて話すか」
誓は筆箱から四色ボールペンを取り出した。赤・青・黒・緑のインクがセットされているタイプの物だ。その中からまず誓は緑のインクを選び、線を引いた。
「この色を何と呼ぶ?」
「え、緑じゃないの?」
「そうだな」
次に誓は引き続き緑のインクでりんごの絵を線の隣に描いた。
「なら、これは? 色も含めて名前を答えてくれ」
「えっと……緑のりんごだから、青りんご?」
「そうだな。僕たちはこの色のりんごを青りんごと呼んでいる。英語ではちゃんとグリーンアップル……緑のりんごと呼ばれているのにな?」
「あっ……」
「今、君も緑のりんごと言っただろう? それなのに青りんごと呼んだな。これは昔日本では色を赤と青の二色でしか判別していなかったから、と僕は聞いたことがあるが……。まぁそれは今は関係ないか」
とにかく、と前置きして誓は続ける。
「言葉は変容するが、強い力を持つものでもある。それこそ僕たちのイメージを容易く固定してしまうようにな。人間がソレと定義してしまえば、ソレは一つの形を持つ。定義された形は実に強力でね。なかなか僕たちはそれを壊せないし、壊そうともしない。僕たちの中の常識というルールを壊すことを、人は無意識に恐れているからね。が、その常識を壊すこと自体は簡単なんだよ」
ごくり、と唾を呑んで伊織は誓の言葉の続きを待った。
「それは言葉を用いることだ。言葉による定義の力は案外脆くてね。なにせ言葉は実体を持たないからな。……が、言葉に厚みを持たせてしまえば、簡単に定義なんてものは壊せる。厚みをもたせるのは簡単だ。歴史、複数人の意見……縦軸でも横軸でも構わない。厚みさえあれば、定義は簡単に壊せるんだよ」
それこそ青りんごのようにな、と続けたところで誓は黙ってしまった。どうやら今日の講義はこれで終わりのようだ。今日はいつも以上に熱が入ってたな……なんて思いつつ、伊織は首をかしげる。
「結局セイレーンが二つ姿ある理由は?」
「……本題がズレてたか。要は言葉が時代と共に変容した、という見立てでも良いんじゃないか?」
「急に雑になった……」
「イビツキに限って言えばそれだけじゃないがね」
誓は手に持っていた本を閉じた。
「イビツキのセイレーンの場合では。魚のセイレーンは何か悪事を働いたセイレーンの姿らしい」
「そうなの?」
「あぁ。正しいセイレーンの姿は鳥のセイレーンらしいな」
「なんで魚に変えられちゃうんだろう……?」
「……少し考えてみたらわからないか?」
誓は何かを待つように伊織をじっと見ている。きっと伊織の答えを待っているのだろう、と悟り、伊織は頭を働かせてみることにした。
「鳥……魚……。羽根……鱗……。……うーん……?」
「あと十秒待ってやろう」
「え、十秒!? そんな、えーっと──」
「時間切れだな」
「早いよセンパイ!?」
でも正直考えても答えは出せなかったと思うので、大人しく伊織は誓なりの正解を聞くことにした。
「僕なりの答えは──」
そこで誓のスマホがブーッ、ブーッとバイブ音を鳴らした。誓は伊織に断りを入れてからスマホを見た。
「ユガミが見つかった……?」
「え、本当!? どこどこ!?」
「詳しい場所はまだ調査中らしい。なにせギルフォードが怪我をして休んでいるからな……」
こんな時に、と毒づきながらも誓は手早く外に出る準備をし始めた。
「君も来るだろ?」
「! ──うん、もちろん!」
伊織もまた立ち上がり、誓の後を追った。
「うぅ〜っ……」
「どうだ、伊織。まだ見つけられそうにないか?」
「うん……。ごめん、センパイ……」
意気揚々と外に出た二人だったが、ラヴィリンス探しは難航していた。伊織の鼻の不調がまた発露し始めていたからだ。
「謝ることはない、が……いったいどこから磯の匂いが……?」
誓は辺りを見回す。が、魚屋らしき建物も無ければもちろん海も無い。ますます伊織の鼻の不調の原因がわからず、二人で頭を悩ますこととなった。
「ほんとにこの匂いなんなんだろ……」
伊織がふと空を見上げた時。
「せ、センパイ!」
「どうした? そんなに慌てて」
「上! 上見て!!」
「上……? ──!!」
伊織の指差す方を誓がつられて見ると。
──空に大きな亀裂がはしっていた。
「どういうことだ……? 伊織の鼻の不調と言い、今回はさすがにイレギュラーが多すぎる……」
「せ、センパイ……どうするの……?」
「……行くしかないだろう」
「でも亀裂あるの空だよ?」
「問題ない、グレイスを呼ぶ。──グレイス! 聞こえていたら手を僕たちに伸ばせ!」
誓が今まで聞いたことのないほど大きな声でその名を呼ぶと。亀裂からぬっ……と透明な骨の手が現れ、誓と伊織に手を差し伸べた。
「ぐ、グレイス便利だね……」
「僕の相棒だからな。──行くぞ、準備はできてるな?」
「もちろん!」
誓と伊織の二人はグレイスの手に飛び乗った。優しく揺れないように運ばれながら、二人は亀裂──ユガミの向こうへ飛び込んだ。