コンビニで腹ごしらえと弾薬の補給――と言っても二発しか使っていないのだが――を済ませた俺は近くの駅に来ていた。
この学園都市キヴォトスには無数の学園がある。例えば俺の通う『自由』と『混沌』を掲げるゲヘナ学園、『ロマン』と『技術』のミレニアムサイエンススクール、『規律』と『伝統』を重んじるトリニティ総合学園、といったふうに。
丁度来たD.U.セントラル空港行きの電車に乗る。俺が入った車両の中には乗客はおらず、簡単に座席に座る事ができた。
D.U.セントラル空港は同区画内にヴァルキューレ警察学校があることで比較的治安が良く、空港という性質上交通の便も多い。
違和感。
「・・・・・おかしい」
昼時のD.U.セントラル空港行きの電車は良く混む。それに乗客が誰も居ない。俺は何らかの事態が起きてると考え、ニュースを確認する為にスマホを取り出す。
「?・・・・・電源が点かない」
何度ボタンを押しても、長押ししてもスマホの画面は暗いままだ。
だが昼時ならクロノススクールの気球船が飛んでいるはずと窓の外を見る。
「は?」
窓の向こうには一面の
血の匂い――いや、死臭と言うべきか。それを感じて俺は窓の外から視線を外し、振り返った。
「はじめまして」
其処には無色の――白い少女が座っていた。燃え滓の様な、中身の無い器の様な空虚さ。此方を見透かす様な深い青の瞳に、青空を写した水面の様な水色の長髪。星の様にも、十字架の様にも見える青いヘイロー。
「ふむ、貴方には私が
「お前は誰だ」
「あら。名前を聞く時はまず自分からですよ?」
白い少女はそう言った。
俺は少し悩み、自身の名を言うことにした。怪しいが、悪いものではないと直感したからだ。
「・・・・・霧島ヒノトだ」
すると彼女は少し頷いてから言う。
「貴方は、思ったよりも素直なんですね。私の事は・・・・・そうですね、ミズノエ、とでも呼んでください」
「ミズノエ、此処は何処だ?」
「きゃあ。いきなり呼び捨てなんて、ヒノト君は大胆ですね♪」
「・・・・・」
「ふふふ、からかい過ぎでしたね。お詫びに質問に答えてあげます。此処は時間が重なる場所。『天国』――は不謹慎なので『狭間』とでもいいましょうか。通常なら来れないのですけれど・・・・・貴方がスタンド使いなのが原因でしょう。ある意味では、私も『私』というスタンド使いですから。『スタンド使い同士は引かれ合う』という事でしょう」
「スタンド?」
「ええ。姿・形はあるが、目には見えない。己の苦難に
そんな高尚なものだとは思えないが、その言葉に一つ思い浮かぶものがあった。
俺は『グルーミィ・サンディ』を出して聞く。
「・・・・・
「はい」
ミズノエはそう言って微笑む。分からないことだらけだ。
「ふふふ、分からないことだらけだって顔をしていますね?教えてあげたいところなのですが・・・・・どうやら貴方は忘れてしまう様なので関係ありませんね」
「忘れる?此処の記憶は外に持ち出せないと言うことか?」
「いいえ、違います。貴方は、
ミズノエは真剣な表情になり、俺の事を真っ直ぐと見つめた。
「ヒノト君、貴方は波紋です。
唐突に視界がぼやけていく。
「そろそろ時間みたいですね・・・・・『ヘイローの無い男性』というテキストの欠落、『大人のカード』と『スタンドの矢』、『世界の修正力』・・・・・ああ、もしかしたら貴方の存在は必然だったのかもしれません」
俺はぼやける視界の中、ミズノエに問う。
「ミズノエ、それはどう言う・・・・・」
「ふふふ・・・・・さようなら、ヒノト君。次は現実で会いましょうね」
その言葉を最後に、俺の視界は暗転した。
◆◆◆◆
「はぁ・・・・・」
ため息をつきながら乗り換え用改札を出る。
あの奇妙な体験から醒めると、俺は何時の間にかD.U.セントラル空港駅のベンチに座り込んでいた。
あれは白昼夢だったのだろうか?
「・・・・・考えてもしょうが無いか」
俺は先程の出来事を頭の片隅に押し込み、ミレニアムサイエンススクール行きの直通電車に乗り込む。
車両の中にはちらほらとミレニアムサイエンススクールの生徒が座っている。俺は空いている座席に座り、スマホの電源を入れた。
それからニュースアプリを開き、ニュースを流し読みする。
『ミレニアム生 新素材開発成功』『アビドス高等学校 存続の危機か』『エデン条約 数年後の締結に向けて』『ヴァルキューレ 治安維持への思い』『レッドウィンター またも政権交代』『ハイランダー鉄道 本日の運行情報』『新作スイーツを突撃取材!!』・・・・・。
目的の駅でスマホを仕舞い、電車を降りる。それから改札を出て、ミレニアムサイエンススクールがある方向を見る。
ミレニアムサイエンススクールは活気に溢れている。その活気は俺からすると少し眩しい。
暫くその活気を遠目に見ながら自治区内を散策する。不思議なものが売ってあったり、珍妙な飲食店、ゲーム専門店、電気屋、工具店。見ているだけでも時間が潰せそうだ。
そうやって歩いていると、スマホが震えた。取り出してみると非通知の三文字。ため息を飲み込み、スマホを耳の近くに宛てがった。
「・・・・・もしもし」
『はじめまして、霧島ヒノトさん。少しお話しませんか?』
・・・・・胡散臭い。
「金はやらんぞ」
『はい?・・・・・ああ、成る程。この電話を詐欺か何かではありません。貴方と会って話してみたいのです。ええ、勿論、
何故知っているかは問題じゃない。その状態で、相手が何をしたいのかが問題だ。
「・・・・・場所は」
『ミレニアム自治区にあるカフェでどうでしょうか』
スマホが震え、座標が送信されて来た。
調査されたか、ハッキングか・・・・・両方だな。
『では、また後で』
通話が切れる。
俺は地図アプリを開き、送られてきた座標に向かって歩き出す。近かったのか、数分程で目的地に着いた。
CLOSED?
・・・・・貸し切りか。話したいとは言っていたが警戒しておくにこした事は無いだろう。
「『グルーミィ・サンディ』、開けろ」
俺は『グルーミィ・サンディ』を出し、扉を開けさせる。
扉は特に抵抗も無く、来客のベルを鳴らしながら開いた。扉にブービートラップは無かった様だ。
カフェの中を見渡すと、中央のテーブル席に車椅子の少女が居た。花のようなヘイロー、長く透き通った白髪、その白さと車椅子が病弱さを感じさせる。
「さっきの電話はお前か?」
するとその白い少女は頷き、対面の椅子を指して言った。
「ええ。ですが、この病弱系色白美少女相手に立ち話も如何なものかと思いませんか?」
「・・・・・」
ああ、此奴・・・・・死ぬ程面倒臭い手合いだ。
呆れながらもその少女の対面に座る。少なくとも害意は無いようだ。死ぬ程面倒臭そうだが。
「では、改めまして。私はミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカーの明星ヒマリと申します。ふふっ、よろしくお願いしますね」
俺としては、よろしくしたくないのだが、名乗られたので礼儀として名乗り返す。
「・・・・・霧島ヒノトだ」
目の前の少女――明星ヒマリを観察する。強そうには見えないが、情報という点に関しては圧倒的な格上だと推測できる。
「あの・・・・・そんなに見つめられるといくらこの私でも照れてしまいます」
「・・・・・はぁ。要件は?」
「こほん、要件は・・・・・今この天才美少女に向かってため息をつきませんでしたか??」
「で、要件は?」
「・・・・・貴方と話してみたかったのです。このキヴォトスで唯一のヘイローを保っていない人間。それも男性の貴方と。それに貴方が『グルーミィ・サンディ』と呼ぶ力についても大変興味が惹かれます」
少し考える。メリットは無いが、目立ったデメリットもそこまで無いと言えば無い。
これも散歩のうち、か。
「・・・・・まあ、話すぐらいなら良いか」
「本当ですか?!」
「ああ」
「ではまず・・・・・・・・・・」
それから俺は質問攻めにあった。「ヘイローが無いのに何故キヴォトスで生活しているのか」といったものから「その能力はどんなものなのか」といったものまで。あと「男性とはどの様な気持ちなのですか」と言われても返答に困るだけなんだが・・・・・。
ヒマリ――本人から呼び捨て出来ることを誇って良い的な事を言われた――は好奇心と自己肯定感の塊の様な少女だ。その病弱さを吹き飛ばす様な自信と才能。それに、手の平――正確には指先から相応の努力を積み重ねたであろう事が見て取れる。
面倒臭い、死ぬ程面倒臭い奴だが・・・・・俺はこの少女を嫌いになれなかった。
「ふふっ・・・・・とても有意義な時間でした」
「そうか」
「ええ。この世界にはまだまだ私の知らない事が沢山あるということを再認識できました」
そうやって話し終わる頃には外は暗くなっていた。
「では、今日は此処でお開きとしましょう」
・・・・・どうやらヒマリは一対一の為に本当に一人の様だ。
「はぁ・・・・・ヒマリ、夜道を一人で帰るのは危険だ。ミレニアム生で、天才だと言うのなら尚更だ」
「?」
「これも『出会い』だ。家まで送ってやる」
「あら、良いのですか?」
「状況を知っていて放置するのは俺のポリシーに反する」
しょうもないポリシーだが、見知った顔が不幸になる可能性を放置して後になってからたらればを考えるようにはなりたくない。
ヒマリは少し驚いた表情をしてから笑った。
「ふふっ、ではお言葉に甘えさせてもらいますね」
その夜、俺はミレニアム自治区で自称天才清楚系病弱美少女ハッカーの車椅子を押すという珍しい体験をした。
後日知った事だが、彼女の車椅子は電動だったらしい。