イヌイヌイヌ子さん、しまなみ海道をゆく!○○   作:ドラ麦茶

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1・駅前広場

 駅前広場の南側はオシャレなウッドデッキになっていた。

 その向こうには海が広がり、潮の香りを含んだ風が吹き付けている。

 五月になり過ごしやすい日が続いているが、海風は予想以上に冷たく、これは事前に想定していたより寒いかもしれない。

 まあ、念のため防寒着は多めに用意しているし、旅が始まれば身体は温まるから、なんとかなるだろう。

 

 本栖(もとす)高校・野外活動サークル、通称()クルのメンバー・犬山(いぬやま)あおいは、海を眺めながらうーんと大きく伸びをした。

 海とは言っても、三〇〇メートルほど離れた場所に大きな島があるので、見た目は川のようでもある。

 実際、地元の人には『海の川』とも呼ばれているそうだ。

 

 対岸の島には海に沿って造船用の大きなクレーンがいくつも並んでおり、巨大なタンカーも停泊している。

 海なし県として知られる山梨県在住のあおいには初めて見る光景だ。

 スマホを取り出して何枚か写真を撮る。後でライーンにアップしておこう。

 

 あおいは五月の大型連休を利用し、中国地方広島県の尾道市に来ていた。

 細く入り組んだ坂道とレトロな町並みに独特の雰囲気がある『坂の町』

 中心部の市街地だけでも二十五もの寺院がある『寺の町』

 たくさんの有名映画の舞台となっている『映画の町』

 (はやし)芙美子(ふみこ)志賀(しが)直哉(なおや)などの文人が愛した『文学の町』

 など、多くの魅力がある人気の観光地であるが、今回のあおいの目的は尾道の市街地ではなく、ここから南へ向かって伸びる『しまなみ海道』を自転車で旅することだった。

 

 しまなみ海道は、広島県尾道市と愛媛県今治市間にあるおよそ六つの島を七つの橋で繋いだ、全長約七十キロの道である。

 

 特徴的なのは、そのほとんど全ての橋に自転車専用道が整備されていることだ。

 

 しまなみ海道は全長一キロを超える橋が多くあり、最長のものは四・一キロにもなる。

 これほど大きな橋を自転車で渡れるのは全国的にも珍しく、サイクリストの聖地として日本中の愛好家に知られる場所だ。

 いや、アメリカの有名ニュース番組で世界七大サイクリングスポットとして紹介されたこともあるそうなので、世界的に有名と言っても過言ではない。

 

 親戚のおばさんからロードバイクを貰ったことで自転車の魅力に取りつかれたあおいは、オススメのサイクリングロードをたびたびネットで検索しているのだが、必ず名前が上がるのがこのしまなみ海道だった。

 

 多くのレビューサイトやサイクリストブログで紹介され、瀬戸内海の上を風を切って走る爽快感や、立ち寄る島々での観光やグルメなど、さまざまな面で高い評価を得ている。

 

 自転車道が整備されているため初心者でも安心して走ることができ、休憩所やトイレなどのサイクルオアシスも充実、自転車で泊まれる宿泊施設が多いのも高評価のポイントだ。

 山梨からはかなり遠いが、あおいもサイクリストの端くれ、これはぜひ行かなければならない、と思い、大型連休を利用してやってきたのである。

 

 朝もまだ早い時間だが、駅前広場には何人ものサイクリストが集まっていた。

 多くが機能性の高いサイクルウェアを着ているが、カジュアルなスポーツウェアの人もいるし、シャツにジーンズという普段着の人も少なくはない。

 自転車も、ロードバイクやクロスバイク・マウンテンバイク等サイクリングに適した自転車だけでなく、通勤通学や買い物によく使われるシティバイクもチラホラ見かける。

 

 しまなみ海道のサイクリングロードが初心者にもオススメな理由のひとつが、自分のレベルに合わせたコースを選べる点である。

 全コースを一日で走破する人もいれば、宿泊しながら数日かけてのんびり走破したり、ひとつふたつ橋を渡って引き返す人もいる。

 

 さらには、ほとんどの島で広島・愛媛の両方面にフェリーやバスが出ているので、疲れたら途中から乗り物に変えることもできるのだ。

 様々な人がそれぞれのレベルで楽しめるという点も、聖地とされる理由だろう。

 

 ホンマにいろんな人がおるわ、と、あおいは周囲を眺めながら歩く。それだけで、なんだか楽しくなってくる。

 

 あおいは駅前広場を出て、国道を渡り駅の方へ向かった。

 駅の隣にはもうひとつ公園があり、そこにも何人かサイクリストが集まっていた。

 

「うわ、すごい」

 

 公園入ろうとして、あおいは思わず声を上げた。

 入口のそばには学校にある駐輪場のような横長のガレージがあるのだが、そこで、バラバラのロードバイクを組み立てている人がいたのだ。

 

 ガレージには『自転車組立場』という看板がある。マイ自転車を分解してバッグに入れ、電車やバスで運んだ人が組み立てるための専用スペースなのだ。

 駅の近くにこんな場所まで用意されているとは。本当にここはサイクリストにとって至れり尽くせりの場所である。

 

 あおいは感心して自転車を組み立てる人を見つめる。年配の男性で、かなりのベテランサイクリストであることが伺えた。

 組み立て方もスムーズだ。バラバラだった自転車があっという間に形になっていく。

 今のあおいには到底マネできない芸当だ。

 もしあおいが組み立てたら、走行中バラバラになってしまいかねない。

 

 あおいの視線に気づいた男性は、親しみのある笑顔を浮かべた。

「こんにちは。お嬢ちゃんも、しまなみ海道を渡るのかい?」

 

「こんにちは。そうなんです」

 あおいも笑顔で応えた。

 今回の旅のため、あおいは黄色のお洒落なサイクルウェアを買った。

 まだまだ初心者のあおいだけに、ひと目でサイクリストだと判ってもらえると、なんだか嬉しい。

 

「自転車を組み立てるなんて、スゴイですね。自転車歴、長いんですか?」

 

「まあね。もう四十年以上になるかな」

 男性は誇らしげにそう答えた後、

「でも、自転車もそれに乗る方も、もうポンコツだよ」

と言って、豪快に笑う。

 

「そんなことないですよ」と、あおいも笑う。

 お世辞ではない。

 自転車は確かに古い型式なのかもしれないが、初心者のあおいが見てもしっかりと手入れがされているのが判る。

 男性自身も、見た目は六十代前後といったところだが、足の筋肉は引き締まっており、現役のスポーツ選手にも負けてないかもしれない。

 

「しまなみは初めて?」

 男性が訊く。

 

「はい。何日かかけて、ゆっくり今治まで行ってみようと思ってます」

 

「そう。良い旅になるといいね」

 

「ありがとうございます」

 

 あおいのスマホがポコっと鳴った。見ると、千明(ちあき)からのライーンだった。

 

【イヌ子、どこだ? こっちは広場の裸のおばさんの前にいるぞ】

 

 いや裸のおばさんて、と心の中でツッコみ、【いま行く】と返信した。

 

 あおいはスマホをしまって男性に言う。

「友達が戻ったので、もう行きます」

 

「そうかい。じゃあ、気を付けてね」

 

「はい。おじさんも、お気を付けて」

 

 あおいは男性に別れを告げると、駅前広場に戻った。

 広場の中央には上半身裸の女性の銅像があり、千明はその前に立っていた。

 紺色のスポーツウェアにヘルメット姿、そばにはママチャリが立ててある。

 あおいに気づくと、「おーい、イヌ子ー」と大きく手を振る。

 あおいも手を振りかえして応えた。

 

 大垣(おおがき)千明はあおいの同級生で、野クルの部長だ。

 今回、あおいの自転車旅に同行してくれたのである。

 ちなみにもう一人の部員である各務原(かがみはら)なでしこは他の友達とキャンプ旅に出かけている。

 今回はあおいと千明の二人旅だ。

 

 あおいが公園を散策している間、千明は駅近くの自転車レンタルのお店に行っていた。

 しまなみ海道の自転車レンタル店『レンタサイクル』は、尾道市や今治市はもちろん、道中の島々にも、ターミナルと呼ばれる貸出場がたくさんある。

 これにより、遠くに住む人でも自宅から自転車を運ばずサイクリングを楽しむことができるのだ。

 

 貸し出されている自転車の種類も豊富で、クロスバイクやシティバイクの他にも、幼い子供と乗れるチャイルドシート付きの自転車や、前後に乗って二人で息を合わせて漕ぐタンデム自転車なんてのもある。

 最大の特徴は乗り捨てシステムで、基本的に借りた自転車はどのターミナルでも返却可能なのだ(タンデム自転車のみ借りたところに返さなければいけない)。

 なので、目的地に着いた後、わざわざスタート地点まで返しに行く必要が無く、行きは自転車で帰りはバスという使い方はもちろん、旅行者がふらっとサイクリングに使用したりもする。

 

「しかし、街中にある銅像って、なんでこんなに裸のおばさんが多いんだ? だいぶセクハラだろ」

 千明は銅像を見上げながら言った。

 

「何でもかんでもセクハラ言うたらアカンで、芸術なんやから。ていうかなんの話やねん」

 

 軽くノリツッコミをした後、千明の自転車を見る。

「それよりアキ、そんなママチャリで大丈夫なんか? もっとええ自転車あったやろ?」

 

 あおいがそう言うと、千明はトレードマークの黒縁メガネをくいっと上げて「ふふん」と笑った。

「なめるなよ小娘……これはただのママチャリじゃあない。なんと、スーパーウルトラな電動アシスト機が付いた、グレートデリシャスな自転車なのだぁ!」

 

 ばばーん! と自分の口で言って、千明はサドル下のバッテリーとモーターに手をかざした。

 

「いや、別に威張ることやないやろ」

 あおいは呆れ顔をする。

「アキが自転車旅に来るなんておかしいと思てたけど、そういうズルをするつもりやったんかいな」

 

「ズルって言うな。せめてチートと言ってくれ」

 

「おんなじことやろ。むしろチートの方が印象悪いわ」

 

「ま、いいじゃねぇか。あたしは自分の身の丈を知っている。七十キロの長旅を自力で走破するのは、あたしにはムリだろうからな。これならイヌ子の自転車にも後れを取ることはない」

 

「確かに、途中でしんどいだの疲れただのグチグチ言われるよりはええか」

 

「だろ? それに、ママチャリは荷台があるから、荷物もたくさん積めるぜ」

 

 ぽん、と千明は後ろの荷台を叩いた。

 今回の旅は数日かけて行うつもりだ。宿泊は野外活動サークルの名に恥じないようキャンプを予定している(というより宿泊費の節約だが)。

 テントや寝袋等のキャンプ用品も携行するため、荷台がある自転車はありがたい。

 

「……ただ、電動だけあってレンタル料は普通の自転車と比べてお高く、すでにすっからかんになっちまったけどなぁ」

 千明は涙を流しながら空っぽのがまぐちを逆さにして振った。

 中から出てくるのは埃だけだ。

 まあ、さすがに道中の食費や帰りの交通費くらいはどこかに残しているのだろうが。

 

「泣かんでもええやろ。まあ、付きおうてもろとるわけやし、お昼くらい奢ってやるわ」

 

「ホントか!? さすがはイヌ子様!」

 

「その代わり、ウチの荷物もちょっと運んでな」

 

「ああ。そのくらいなら任せろ」

 

 千明は親指を立て、ニカッと笑った。

 

 ププッ、っと、クラクションが鳴った。

 国道の方を見ると、大型のワゴン車の中からあおいのおばさんが手を振っている。

 

「お、ウチの()()も到着したみたいやで」

 

 あおいはおばさんに手を振りかえした。

 今回、あおいが乗る自転車、及び二人の荷物は、おばさんが運んでくれたのである。

 

 あおいと千明は駅の駐車場でおばさんと合流する。

 

「お待たせあおいちゃん千明ちゃん」

 

「わざわざゴメンなおばちゃん」

 

「お疲れ様っす!」

 

 あいさつを済ませると、おばさんはワゴン車の後部ドアを開け、あおいの自転車を取り出した。

 高二の春におばさんからもらった、カッコええロードバイクである。

 

「ホンマにありがとな、おばちゃん。助かったわ」

と、あおいはお礼を言う。

 あおいもレンタルを利用することも考えたのだが、やはり乗り慣れた自転車で旅をしたいという思いもあり、父親に相談したら、おばさんに頼んでくれたのである。

 

「ええよええよ。ちょうど、おばさんも広島旅行したかったさかいな」

 

 あおいがしまなみ海道を渡っている間、おばさんは尾道と広島、そして、戦艦大和や()()()()でおなじみの呉を観光するという。

 そしてフェリーで愛媛の松山へ渡って、今治で再度合流する予定だ。

 

「――ほなあおいちゃん千明ちゃん、気い付けてな」

 

「うん。おばちゃんも旅行楽しんでな」

 

「帰りもよろしくお願いします!」

 

 自転車と荷物を下ろすと、おばさんはさっさと行ってしまった。相変わらずせっかちである。

 

 あおいたちはまたまた広場へ戻り、タイヤの空気圧やブレーキの利き具合、ライトの点灯などを簡単にチェックする。

 もちろん、家を出る前にさんざんチェックしたので問題はない。

 飲み物やタオル、雨合羽などの準備もバッチリだ。

 

 それぞれの自転車に荷物を積み込んだ後、最後にサイクルグローブをはめ、ヘルメットをかぶって顎のところでバックルを止めた。

 これはあおいにとってサイクリング前の儀式のようなものだ。

 バックルを止めた瞬間、一気に気が引き締まる。

 

「――よし。アキ、行くで」

 

「おいーす」

 

 ふたりは自転車にまたがり、ペダルを漕ぎだした。

 

 

 

 

 

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